やっぴらんど楽しい世界史テーマ史『ダ・ヴィンチ・コード』を読み解く

 コンスタンティヌス大帝

ラングドンの盟友サー・ティービングが、こんなことを語っています。

「コンスタンティヌスは資金を提供して新たな聖書を編纂するよう命じ、イエスの人間らしい側面を描いた福音書を削除させ、神として記した福音書を潤色させた。以前の福音書は禁書とされ、集めて焼却された」

コンスタンティヌス大帝(274?-337、在位306-337)と言えば、

・分裂していたローマ帝国を再統一した皇帝
・新都コンスタンティノープルを築き(330年)、遷都した皇帝
・ミラノ勅令(313年)でキリスト教を初めて公認した皇帝
・ニケーア公会議(325年)を開催し、キリスト教の教義を統一した皇帝

ま、このくらいが「受験世界史」としては覚えておいて当たり前の知識でしょうか。

特に、成立以来300年間にわたってローマ皇帝からいじめられてきたキリスト教徒の信仰を認めた、という点は大きな意義のあるところです。「地名で見る世界史#08 イスタンブール」で述べたように、その背景には「帝国統一」という政治的な意図があったことは確かですが、伝えられるところによると、彼自身、次のような「神の啓示」を受けた体験があり、そのことがキリスト教に接近する要因となったと言われています。

内乱状態の中、コンスタンティヌスは、ライバルのマクセンティウスと熾烈な戦いを繰り広げていた。312年のある日の夕暮れ、コンスタンティヌスは、天空に光輝に包まれた十字架を見た。そのかたわらには、「汝、これにて勝て」の文字。さらにその夜、夢でキリストが現れ、十字架に軍旗をつけるよう命じた。この命令にしたがって、彼は勝利を収めることができた─。(『世界の歴史5 ローマ帝国とキリスト教』河出書房新社より)

また、彼が召集したキリスト教会初の総会議である「ニケーア公会議」では、「三位一体説」(父なる神、子なるイエス、聖霊の三者は等質で不可分であるとする説)を「正統」(つまりカトリック)とし、イエスの神性を十分い認めない(つまりイエスは「人間」だったとする)「アリウス派」は否定され、「異端」として追放された、と教科書には書いてあります。

冒頭に掲げたティービングの話にあるように、「ダ・ヴィンチ・コード」では、イエスの「人間らしい側面」について語られたものは、コンスタンティヌス帝によって闇に葬られたのだとされています。映画「最後の誘惑」(1988年製作)で描かれたようなイエスとマグダラのマリアとの男女の関係(カトリック教会から総スカンを食いましたが)など、「人間イエス」の生涯について記した文書は数多く存在し、それはコンスタンティヌス帝の教唆によって現在の「新約聖書」には盛り込まれなかったのだというわけです。

ティービングはこうも言っています。

「教養のあるキリスト教徒の大多数は、おのれが信じるものの歴史を知っている。たしかにイエスは、並はずれた力を備えた偉人だった。コンスタンティヌスの腹黒い政略のせいで、イエスの生涯の偉大さが損なわれるわけではない。だれもイエスを詐欺師呼ばわりなどしていないし、イエスが地上を歩き、幾多の民をよりよき生へと導いたことを否定してもいない。われわれはただ、イエスの大いなる影響力をコンスタンティヌスが巧みに利用したと言っているだけだ。キリスト教の今日の姿は、そういった作為の結果なのだよ」

「作為の結果」─。宗教といえども、人間が長い歴史の中で作り出したもの、と考えると、「神の言葉」があったとしても、そのどれを採用してどれを知らんぷりするかによって「教義」に大きな違いが出てくることは確かかもしれません。たまたま、コンスタンティヌスが、「公会議」でイエスは人間ではない、神と同一だ、とする「教義」を「正統」としたところから現在の「キリスト教」が始まっているのです。仮にそれまで多くの人がそう思っていたとしても、イエスを人間だと考える人は「異端」とみなされることになったのです。

05/06/06