やっぴらんど楽しい世界史テーマ史宇宙開発の歴史

 アポロ計画でっちあげ説

アポロ11号

あのとき私は…

フランスの科学冒険小説家ジュール・ヴェルヌ(1828−1905)による「月世界旅行」(原題:「地球から月へ」、1865年)と「月世界探検」(原題:「月を廻って」、1869年)という小説があります。米国の大砲製造業者たちが、全長270mの巨大な大砲を作り、砲弾型の宇宙船“コロンビアード”を月に打ち上げる。乗員は3名、発射されたのはフロリダ。彼らは月を周回し、月面を観測したのちに地球に帰還。太平洋に着水して、米国海軍に救助される…。

100年後、これとよく似たストーリーが現実のものとなります。

1969年7月21日午前11時56分(日本時間)、人類は初めて月に降り立ちました。(写真はNASAのホームページより)

当時小学校2年生だった私は、たまたま入院していた父と一緒に病院のロビーのテレビでそれを見ていたことを覚えています。アームストロング船長の有名なセリフ、「これは一人の人間にとっては小さな一歩にすぎないが、人類にとっては偉大なる飛躍だ」(That's one small step for a man, one giant leap for mankind.)。当時はもちろんその意味がわかるはずもありませんでしたが、 月にニンゲンが立つって、何かものすごいことなんだなと思いました。

名前からしてかっこいいアームストロング船長に比べるとちょいと地味なのがオルドリン飛行士。ところが、あとで聞いたところによると、あのときオルドリンはカメラを携えていなかったため、月面上で撮影された写真に写っているのはほとんどがオルドリンだったということを知り、少なからぬショックを受けたものでした。 てっきりアームストロング船長だとばっかり思っていました。なんだ、オルドリンだったのかよ〜。また、はるばる月まで出かけていったのに、月に立てなかったコリンズ飛行士の名前もなぜだか不思議と忘れられない。コリンズは、アポロ宇宙船で月の周りをぐるぐる回りながら、2人の帰ってくるのを待っていたのです。かといって、二人が帰ってきたら「じゃ、次オレの番ね」というわけにはいかないのです。コリンズ選手、かわいそすぎです。

で、当時、休み時間ともなると、ノート(「雑記帳」!)にサターンV型のロケットや「アポロ宇宙船」を友だちと競うように描いていたものです。あの妙ちくりんな形をした月着陸船を上手に描く竹村君はすごいと思いました。

それからずいぶん時間がたってから、アポロ計画がアメリカが国家の威信をかけて取り組んだ大事業であったこと、その背景にはソ連との宇宙開発競争があったこと、ロケットと核ミサイルの開発が切っても切り離せない関係にあったことなどを徐々に知ることになりました。

アポロ=フェイク説

最近、テレビや本で「アポロの月着陸はヤラセだ」とか「アポロ計画はNASAの仕組んだ壮大なでっちあげ」だとか、とんでもないことを言う人たちが出てきています。あの映像や写真は、スタジオかどこかで極秘に撮影されたものであり、人類は月になんか行っていないという説です。

その根拠としてまず挙げられているのが、アポロが月面で撮影した写真や映像の中におかしい点がいくつもあるということです。たとえば、大気が存在しないのに米国国旗がはためいている、とか、岩石に「C」の文字が刻まれている(映画などで俳優に画面上の位置を知らせるための「C」(center)である)、別の地点で撮影されたはずなのに背景の山並みが同じ、など。挙げ句の果てには、月面にコーラのびんが落ちていて誰かの手がそれを払いのける映像があるというものまであります。また、大気圏外での強力な太陽線の中を飛行できるはずがないという点もでっち上げ説の有力な根拠とされています。

しかし、彼らがおかしいと指摘する点は、すべて説明できるのです。(以下は、「月探査情報ステーション」「月の雑学 第3話 人類は月に行っていない!?」を参考にしています。)

はためく旗については、立てるときにポールを手で回しているからであり、「C」の文字については、拡大してみると、明らかに岩との焦点が異なることから、フィルムについた「ゴミ」であることが素人目にもわかります。

背景については、大気が存在しない月面では、地球と同じようには景色が見えないという理由で説明できます。つまり、大気を通して景色を見ることに慣れている目には、遠近感に狂いが生じるということです。同じように見える背景の山並みでも、実際のそこまでの距離はずいぶん違うらしいのです。このことは、アポロ16号の際に撮影された映像を見れば納得できます。その映像では、月面上の宇宙飛行士たちの背後に高さ3〜4mぐらいの岩が見えます。ところが、彼らが岩の方に近づいていくにつれ、実は2階建ての家ほどもある巨大な岩であることがわかります。人間はそれまで大気のない世界を見たことがなかったのですから、そんな錯覚が生じるのも仕方のないことなのかもしれません。

このように、ひとつひとつの「疑問」はすべて論理的に説明できます。そもそも、NASAが「でっちあげ」を仕立てる理由があるのでしょうか。逆に、それだけの金と人、時間を要してでっちあげたものならば、なぜ国旗がはためいたり、「C」の文字が刻まれた石をそのままにしておくといった初歩的なミスをそのままにしておいたのでしょうか。失敗したなら何度でも「撮り直」せばいいではありませんか。また、アポロ11号の月着陸がでっちあげであるとすれば、その後に続く12号以降の月面踏査もすべてでっちあげだというのでしょうか。

日本人が書いた「でっちあげ説本」の中には、月にはすでに「宇宙人」たちが地球進出のための基地を作っており、NASAはそれをカムフラージュするために月に行ったと見せかける必要があった、という説を唱えているものもあります。いやはやなんとも。

04/05/05