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中国の試験地獄─科挙その1

no.081中国では官吏登用のことを選挙というが、試験には種々の科目があるので、科目による選挙、それを略して科挙という言葉が唐代に成立した。 とくに、君主による独裁体制が確立した宋代、皇帝は

自分の思うままにこき使える官吏を、科挙によって十分に補給することができたのである。 科挙はあくまでも選抜試験であって、それ自体には教育の意味を含まない。ただ学校で養成した人材を試験によってよりすぐって、これを官吏にするのが科挙の狙いであった。


受験戦争の始まり

中国の広い国土と人口の中から、もっとも環境に恵まれ、才能に富んだ人たちが集まって必死の競争を展開するのだから、科挙はどんどん難しい試験になっていった。 科挙のための競争は、すでに子供の頃から始まっている。金持ちの家では、子供を寺子屋に入れて『論語』をはじめとする四書・五経を徹底的に覚え込ませる。科挙を受けようとするものは必ずどこか国立学校の生員(生徒)でなければならなかったから、まずその学校に入るための入学試験を受けなければならない。これが学校試と呼ばれるものであり、3年に2回の割合で行われた。

学校試

学校試は3つの段階に分かれていて、第一が県で行なわれる県試、第二が府で行なわれる府試、第三が本試験ともいうべき院試である。

県試では、まず最初の問題は四書から出る。たとえば、『論語』の本文にある「君子に三つの畏(おそ)れがある」というのが問題に出ると、その答えには「天命をおそれ、大人をおそれ、聖人の言をおそれる」という下文を引用し、それに朱子の意見や自分の解釈を加えて1つの文章をつくるのである。

出題の後、1時間ほどすると、係員がまわってきて、答案が書けた所までのあとに印判をおす。これは答案作成の速度を知るためで、この1時間の間にもし1行も書けず、最初の所へ印をおされると、そのあとの答案がいかによくできていても、採点の際不利となる。

第二の問題は四書からの問題と題を示し韻を指定して詩を作らせるという問題と2問出る。県試では入学定員(4名〜25名)の約4倍ほどを採用しておいてその後の2回の試験で絞り、ちょうど入学定員の数に一致させる。

こうして、府試・院試、さらに今一度学力をためすための歳試が行なわれ、「童生」は晴れて国立学校への入学を許可され、「生員」となるのである。そして、いよいよ官吏への関門である科挙に臨む。

ここからが本番だ。

科挙試─郷試

郷試の予備試験である科試(倍率約100倍)を突破した者を「挙子」と呼ぶ。 郷試は3年に1回、8月9日〜16日(旧暦)にかけて、各省の首府で行われる。試験場は貢院といい、独房が蜂の巣のように何千・何万と並んでいる。挙子は、試験開始の前日、8月8日に入場する。 門前でまず人員点呼が行われ、各学校の教官が立ち会って本人に間違いないことを確認する。挙子はめいめいに大きな荷物を抱えているが、それもそのはずで、試験場でとりあえず

3日3晩を過ごさなければならないから、硯(すずり)や墨、筆、水さしのような文房具のほかに、土鍋・食料品・せんべい蒲団・入り口にかけるカーテンまでもちこむ必要がある。 点呼がすむと、今度は身体検査がある。4人の兵卒が同時に挙子の着衣を上から下までなでまわし、荷物を開けさせて内容を調べる。書物はもちろん、文字を書き込んだ紙片は持ち込み厳禁で、もしそれを発見した兵卒があれば、銀3両を賞に与えられるというので、取調べは厳重をきわめ、饅頭(まんとう)を割って中のあんまで調べるといわれる。 それが終わるとようやく受験生は試験場に入り、自分の独房をさがしあてる。1日がかりの入場さわぎが終わり、挙子が全部それぞれ自分の号舎に落ち着くと、大門に錠が降ろされる。この時以後はどんなことがあっても試験の終了するまでこの門の扉は開かれないのである。 翌朝から試験開始である。係員がまわってきて、答案用紙と問題用紙を配布する。この日の出題は四書題3、詩題1である。挙子たちは、これから頭を抱え、知恵を絞って答案作成に取りかかる。時間は十分に、翌10日の夕刻まで与えられている。

まず、草稿紙の上で十分に案を練り、いよいよ自信ができたときに初めて清書に取りかかる。腹が減れば持参の饅頭を食い、時間に余裕のあるものは土鍋で飯をたく。雨が降ったりすれば大変だ。戸のない独房の中に容赦なく吹きつける雨で命よりも大切な答案を濡らすまいと、必死になって防ぐ。夜になればろうそくを灯すことが許されるが、もしそれが倒れて答案用紙に焼け穴でもこしらえたらおおごとである。

疲れればぜんべい蒲団をひっぱりだしてひと休みすることもできる。しかし隣の独房にこうこうと灯がついていると、自分一人遅れてはなるまいと、再びとび起きて答案用紙に向かう。

疲労と興奮とが重なって、たいていの人は頭が少しおかしくなり、日頃の実力が発揮できぬものが多いが、ひどいのになると病気になったり、発狂したりする。(その2へ続く─)

参考:宮崎市定著『科挙』(中公文庫)