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ダンス・ウイズ・ウルブス Dance With Wolves

1990年/米/181分
【監督】 ケヴィン・コスナー
【出演】 ケヴィン・コスナー/ジョン・ダンバー中尉  メアリ・マクドネル/“こぶしを握って立つ女”
     グラハム・グリーン/“ける鳥”  ロドニー・A.グラント/“風になびく髪”

ケヴィン・コスナーの初監督作品。セリフの3分の1がスー族のラコタ語という企画に、どの映画会社のプロデューサーも乗らなかったが、コスナーは私財1,800万ドルを投じて制作プロダクションを設立、完成にこぎつけたといいます。

映画史上、かつてないスケールのバファロー狩りのシーンには本当に圧倒されます。映画館が揺れるほどのすさまじい地響きとともに、月明かりの荒野を疾走する何千頭ものバファローの群れ。それに続くインディアンたちの勇壮なバファロー狩り。撃たれて倒れるバファロー以外は、すべて本物だそうです。そして、自分たちが冬を越すために必要な分しか殺さないというインディアンの「狩りの哲学」。動物と人間の共存の道さえ、この映画は示してくれます。このシーンだけでも授業で見せる価値はありますね。

かつて西部劇は「野蛮なインディアンvs白人」の構図のものがほとんどでした(「楽しい世界史」インディアン──迫害の歴史参照)。この映画は、「折れた矢」(1950)、「小さな巨人」(1970)、「ソルジャー・ブルー」(1970)等々、“インディアンの側の視点”からの西部劇の流れをくむものとは単に位置づけられない印象があります。「ダンス・ウィズ・ウルブス」では、インディアンは普通の生活者として描かれ、彼らの生活と文化が彼らのことばで語られているのです。そういう意味では、完全に従来の西部劇を越えた西部劇といっていいでしょう。

何よりも、現在、保留地で貧しい生活を強いられているインディアン自身が、この映画により、民族としての主体性を呼び覚まされつつあるらしい。たとえば、“風になびく髪”を演じたロドニーA.スコット。多くのインディアンと同じように12歳でアルコール中毒になりましたが、この映画でインディアンとしての誇りをもって生きていくことを学んだといいます(朝日新聞日曜版「世界シネマの旅」より)。

南北戦争の激戦地ダコタ。北軍のダンバー中尉は足に重傷を負い、野戦病院に収容される。彼は戦場からも軍隊からも逃げ出したい思いから、辺境の地、セジウィック砦への赴任を希望し、許される。そこで彼は、たった一人の生活を始める。彼の仲間は、愛馬と野生の狼“TWO SOCKS”。その愛馬をインディアンが盗みに来たのをきっかけに、彼らとの交流が始まる。彼らは、なついた狼と戯れるダンバーの姿を見て、“狼と踊る男”と呼ぶようになる。

インディアンたちは、“蹴る男”と長老“10頭の熊”を中心として、150人の部族で生活していた。ダンバーは、彼らとさらにコンタクトを取りたいと望み、彼らの村に出かけるが、途中で道に倒れていた青い目をしたインディアン女性を助ける。彼女は幼児の時スー族に拾われて育った白人で、“こぶしを握って立つ女”と呼ばれていた。

ある夜、ダンバーは地震のような地響きにたたき起こされる。インディアンが“タタンカ”と呼ぶバファローの群れたった。群れの襲来をいち早く知らせたダンバーは、一躍インディアンたちに信頼されるようになり、しだいに当初の警戒が解かれていく。こうして交流を深めるうち、ダンバーは“こぶしを握って立つ女”を深く愛するようになり、結婚することになる。

高い文化をもつスー族の、自然と調和して生きる生活に、ダンバーはすっかり溶け込んでいった。冬が近づき、スー族とともに冬ごもりの地へ移動することになったダンバーは、砦に立ち寄る。ところが、騎兵隊にとらえられ、反逆罪に問われる。処刑のため護送される彼を助けたのはスー族の勇者たちだった。彼らに迷惑をかけることを嫌ったダンバーは、妻を連れて一族に別れを告げ、雪山を下っていくのだった。

1991年アカデミー賞作品賞、監督賞その他7部門を獲得。コスナー監督は、「今後インディアンの映画を作る人は、もう昔のようには作れないだろう」と自信たっぷりに語っていました。