マタギの人々…朝日連峰五味沢のマタギ

2000/06


熊を撃ち山の神に祈りを捧げるマタギ達……00/05ゴールデンウイーク、荒川周辺にて


はじめに
 *此処のマタギはいつのころからこのようなことをしているのか?
マタギ研究の第一人者「田口洋美」氏の著書「マタギ」には、日本各地のマタギの様子が記録されているのでマタギの由来などに興味のある方は一読を!
今回、五味沢マタギについて小生がここ10年余りにわたり彼らと交流している仲で感じたことを少々述べてみたい。

日頃のマタギ達
 全員生計を立てるべき職業を持っている。ある人は営林署に勤め、ある人は工務店で、ある人は設備会社で。
皆さんが想像するような、いわゆるマタギで生計を立てている人は一人もいない。
主たる職業は皆さんと同じごく普通のサラリーマンである。

マタギに変身
 それではいつマタギになるのか?
熊を狩るマタギになるのは毎年4月下旬から5月上旬のおよそ2週間である。
山の雪が春を迎え堅雪になる頃。冬籠もりをしていた熊たちが眠りから覚めてブナの新芽を頬ばむ頃。マタギ達は鉄砲を担いで山に入る。その日から彼らはマタギなのだ。
この日から彼らの人相が変わる。目は輝き、行動は俊敏になり、体はピリット絞まる。
実際に猟を始める前に「山見」と称して雪山を双眼鏡をぶら下げて見て歩く。
残雪の状況を詳しく観察する。何処にどれくらいの雪が残って、どのくらい崩落(雪崩)しているか。
谷筋は歩くことが出来るか。(周囲の斜面から雪崩の心配があるか否か)
調査することは数限りなくあるのだ。この自然の状況調べをするのが熊狩りの第一歩(プロローグ)なのだ。

熊狩り
 1週間ほど掛け調査兼体作りを終えるといざ本番となる。
まず里の周囲から始める。私達には考えられないほど民家の近くから熊狩りは始まる。そして獲れるのだ。
徳網の荒川を挟んで聳えるあの徳網山でも獲れるときがある。あんなに近くで!!
猟は徐々に朝日の山中深く、奥へと進入する。
山に入るには山の入り口にある山の神に全員お参りをして、御神酒をいただく。毎回!
山の猟は山の神からの授かり物なのだ。(熊も、キノコも、山菜も)
熊狩りは昔から五味沢では巻き狩りをする。10数名で山に入り、鉄砲で撃つ人、熊を追い出す人、それらの人を統括しながら熊を鉄砲の方に追いやるように勢子に指示をする人。役目を分担して蟻の子一匹漏らさないように細心の注意をして猟は進められる。
しかしあの広い山の中で10数名がいてもそのエリアは広すぎる。山には柴がびっしり生えている。遠目には何も無いように見えても柴の中に入れば周りは何も見えない。そのような場所での猟は至難の業である。
チームは指示者(見立て)のトランシーバーの指示に従いそれぞれ行動する。
そして熊を稜線に追いやり、鉄砲撃ちの所に追い込み仕留める。

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撃ち取った熊(滝口で止まった)

撃ち取った熊
 ほとんどの場合熊は稜線の近くで撃ち取られる。
撃たれた熊は谷底に向かって雪の急斜面(絶壁)を滑り落ちてやがて谷底付近で止まる。上の写真のように。
マタギ達はいち早く谷底に滑り降り(棒ゾリで)祭り事をする。
まず下顎から皮を剥ぐためのナイフを入れる。
そしてきれいに皮をむき終えると、山の神に報告の神事を執り行う。(見出しの写真)
それが済むと腹を割き、熊の胆を丁重に取り出す。更に内蔵。それが済むと皆で分担して枝肉をそれぞれのザックに収めて山を下る。

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顎の下からナイフを!

熊宿の神事
 里に下りると早速熊祭りの支度。
手際よく調理をして熊宿の山の神棚にお礼を捧げ、御神酒をいただき祭りを執り行う。これはすべて山親方の指図で行われる。
初めにいただくのは熊の脳の刺身。(私は最初はびっくりした。まさに度肝を抜かれたという感じ)
やがて熊汁が出てくる。主に内臓とか骨を切った(スペアリブ)物を実に旨く煮てある。
それをいただきながらしばしの祝宴。
この祭りというのは実は反省会だと私は思っている。
その日のそれぞれの行動を事細かにお互いに批評し会う。(裁判とも言う)それは山でかなり危険な状況下で行動しているので、事故の防止という意味からも歯に衣着せぬ物の言い方で、これは重要な儀式であると私は感じている。初めての時はかなりドキッと感じる言い合いである。子供の頃からの仲間だからこそ出来る言い合いなのだろう。
これは熊が捕れても獲れなくても山に入った日は必ず行うもののようだ。

熊狩りの終わり
 そうして山形県から各地区に割り振られた頭数を取り終えると熊狩りは終了する。
小国町では5月5日に飯豊地区の、5月4日頃五味沢地区でそれぞれ熊祭りが行われる。
これは一般の人も参加できる。熊汁をご馳走してもらえるので興味のある人は一度参加してみては如何か?
飯豊地区(長者原)は国民宿舎「梅皮荘」で。五味沢地区は 白い森の宿「りふれ」で。
小生も今年 りふれ でこの熊祭りに参加したが猟を終えたマタギ達はいつもの和やかな里の人に戻っていました。
昨年、平成11年5月23日(日曜日)8時30分からNHK総合TVで「マタギに戻った8日間」というタイトルの「新日本紀行」という番組でこれらが紹介されました。

おわりに
 猟の様子の描写というのはなかなか素人の筆では書けません。
いろいろ書きたいことはあるのですが、書き方によってはグロになってしまうようだし、彼らマタギの心を書き表すことは至難の業です。
これを読んでいただき、もし質問が有ればメールを下さい。その事に答える形の方が理解していただけるように思います。
私が長い間マタギ達と春夏秋冬を通じてお付き合いさせていただいている事により感じていることは、彼らは決して動物虐待をしてはいません。
又、やたら滅多ら熊を撃ち取っていることはありません。彼らは皆紳士です。
登山道を中心に熊を捕り、熊の害を防ぐことに腐心しています。余所の県や地域では時々熊の被害がニュースに出ますが、此処五味沢地区では今までに熊による人間への被害は聞いたことがありません。
取りすぎているからだろう? そんなことはありません。何故なら毎年この地域で同じぐらいの数の熊に会うことが出来ます。田口氏の言う「釣り合いのとれた猟」だと私も同感しています。

山さんへメール :  yoshio@mth.biglobe.ne.jp