2019-02-10

新説)祇園山古墳の被葬者は、豊玉姫では。



以下は、Yahoo!掲示板(textream)に投稿した内容をまとめました。




1
古墳誰時
2015年2月19日 21:22

(1)與止日女神社(よどひめじんじゃ)が割と近くにある。山幸彦が兄の釣針を失くした後、魚からその釣針を取り戻しハデツミ(豊玉の父親)に差し出したのが與止日女である。(ホツマ伝)

與止日女神社(外部リンク)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%87%E6%AD%A2%E6%97%A5%E5%A5%B3%E7%A5%9E%E7%A4%BE

(2)高良大社の祭神について、玉垂命が潮の満ち干をつかさどるとの論考(ホームページ)を最近のこと拝見した。山幸・海幸の話に関係がある。

(3)祇園山というのは、京都の祇園祭りと同じ祇園である。山幸と豊玉の仲がしっくりしなかったのが後に復縁して祝ったのが祇園祭りである。ホツマ研究者の松本善之助の著書で読んだことがある。


以上から、九州のあの場所の祇園山古墳が豊玉姫というのはあり得ると思います。




5
古墳誰時
2015年2月21日 11:10

>(1)與止日女

ホ25129 ときにハデ モロアマめして 【ハデツミ=ハデカミ】
ホ25130 これをとふ クチメはひかん
ホ25131 アラコアミ クチメがつりも
ホ25132 よしなしや アカメひとりは
ホ25133 メなしアミ こゝにハデカミ
ホ25134 モロアマを アカメにそえて
ホ25135 メなしアミ ヨモヒレとれば
ホ25136 ヲヲタイが クチをかみさき
ホ25137 まえによる アカメはクチに
ホ25138 モトチゑて タイをイケスに 【元の釣針を得て】
ホ25139 まつべしと つぐればハデは
ホ25140 さきにしる ユメにタイきて
ホ25141 ワレウヲの よしなきために
ホ25142 チさゝぐ  ワレはミケにと
ホ25143 ミコトのり タイはウヲキミ
ホ25144 ミケのモノ シルシはウロコ
ホ25145 ミツにヤマ うつしてかえす
ホ25146 ミツヤマの タイはこれなり
ホ25147 クチはいむ アカメをほめて
ホ25148 ヨトヒメと キミはチをえて 【與止日女とした】
ホ25149 よろこびに シガノカミして
ホ25150 かえさしむ ワニにのりゆき

吾郷清彦著「全訳秀真伝」




9
古墳誰時
2015年2月22日 18:12

>玉垂命

外部リンク
http://lunabura.exblog.jp/13396106/




11
古墳誰時
2015年2月23日 21:35

>>9

海神の系譜の主要部は、ホツマ伝でわかります。

ホ27086 アマキミと キサキもろとも
ホ27087 シノミヤに をりゐてこゝに
ホ27088 カミとなる ときヨソフスズ
ホ27089 ヤモヰソヱ キワトシネウト
ホ27090 ハツキヨカ キミのモマツリ
ホ27091 ヨソヤすみ ミコトにまかせ
ホ27092 ヲモムロを イササワケミヤ 【山幸の遺骸はイササワケミヤ】
ホ27093 ケヰノカミ ゆえはオキナに
ホ27094 ケヰをゑて めくりひらける
ホ27095 チをゑたり カドテのケヰぞ
ホ27096 カシハデハ ヒメはヲモムロ 【豊玉の遺骸はミヅハミヤ】
ホ27097 ミヅハミヤ ムカシナギサに
ホ27098 ちかいして ミソロのタツの
ホ27099 ミタマゑて ナもアヰソロの
ホ27100 カミとなる タミヅをまもり
ホ27101 フネをうむ キフネノカミは
ホ27102 フナタマか フネはイニシエ
ホ27103 シマツヒコ クチキにのれる 【海神の始祖、シマツヒコ】
ホ27104 ウノトリの アヅミカワゆく
ホ27105 イカダのり サヲさしをぼえ
ホ27106 フネとなす コのヲキツヒコ 【ヲキツヒコ】
ホ27107 カモをみて カイをつくれは
ホ27108 マゴのシガ ホワニなすナヨ 【シガ】
ホ27109 カナザキは ヲカメをつくる 【カナザキ】
ホ27110 そのマゴの ハテカミのコの 【ハテカミ】
ホ27111 トヨタマと ミツハメとフネ 【トヨタマ】【ミツハメ】
ホ27112 つくるカミ ムツフナタマぞ 【6人の船魂】




12
古墳誰時
2015年2月23日 21:46

>>11

ハデツミの子4人

ホ25179 ハテツミは キミにもふさく
ホ25180 わがコとて トヨヅミヒコと 【トヨヅミヒコ】
ホ25181 トヨタマメ タケツミヒコと 【トヨタマメ】【タケツミヒコ】
ホ25182 ヲトタマメ つれいでキミを 【ヲトタマメ】




14
古墳誰時
2015年2月23日 22:11

>>12

ハデツミは九州32県の統治者

ホ27014 モノノへと ゆたかにおさむ
ホ27015 ツクシより シカドこふゆえ
ホ27016 カンダチを モノヌシとして 【カンダチを大物主として】
ホ27017 ハデヅミと ともにミソフを 【ハデヅミと共に九州32県を】 
ホ27018 おさめしむ かれにツミハを 【治めさせた】
ホ27019 コトシロと アスカノミヤに
ホ27020 はべらしむ フヅキユミハリ




15
古墳誰時
2015年2月26日 08:08

>>14

ハデツミ=ハデカミは、満ち干の玉を管轄。

ホ25126 シホヅツが メなしカタアミ
ホ25127 はるべらや みちひのタマは 【満ち干の玉はハデの神風】
ホ25128 ハデのカンカゼ
ホ25129 ときにハデ モロアマめして
ホ25130 これをとふ クチメはひかん




16
古墳誰時
2015年2月26日 08:25

>>15

シガが釣針を返し行き、満ち干の玉を投げた。

ホ25148 ヨトヒメと キミはチをえて
ホ25149 よろこびに シガノカミして
ホ25150 かえさしむ ワニにのりゆき 【ワニ=大型の特急船】
ホ25151 シノミヤで ヤマクイまねき
ホ25152 もろともに ウカワにゆけば
ホ25153 ミヤあいて とえばヤマクヒ
ホ25154 これムカシ キミがチをかり
ホ25155 とられしを イマとりかえし
ホ25156 トミヤから シガノカミして
ホ25157 かえさしむ シガはチをもち 【シガは釣針を持ち奉る】
ホ25158 たてまつる ミヤうかゝひて
ホ25159 わがチぞと いゝつゝたつを
ホ25160 ソデひかえ マチヂといえば
ホ25161 ミヤイカリ ミチなくワレを
ホ25162 なせのろふ ヱにはヲトから
ホ25163 のぼるはず こたえていなや
ホ25164 クチイトを かえてかすはず
ホ25165 しればサチ しらねばヲトえ
ホ25166 コマばひに ワビコトあれと
ホ25167 いえばなを いかりてフネを
ホ25168 こぎいだす タマをなくれは 【玉を投げれば海かわく】
ホ25169 ウミかわく シガをひゆきて
ホ25170 フネにのる ミヤとびにぐる
ホ25171 ヤマクヒも はせゆきミヤの
ホ25172 テをひけは シガまたなくる 【シガまた投げる玉の水】
ホ25173 タマのミヅ あふれてすでに
ホ25174 しつむとき ナンヂたすけよ
ホ25175 ワレながく ヲトのコマして
ホ25176 カテうけん こゝにゆるして
ホ25177 ムカヒフネ ミヤにかえりて
ホ25178 むつみてぞさる




18
古墳誰時
2015年2月27日 14:40

>>11

カナサキは、=住吉でハデツミの祖父であるが、九州の統治者だった。

下記は、天照大神の勅令。

ホ08361       またカナサキは        
ホ08362 すみよろし カミのオシテと
ホ08363 ミハのソオ たまふツクシの
ホ08364 タミすべて ゆいおさむへし
ホ08365 わがかはり




19
古墳誰時
2015年2月27日 14:50

>>18

高良大社の祭神であるところの玉垂(海神)と住吉の実態が判明した。

玉垂(海神): ハデツミ(=ハデカミ)

住吉: カナサキ(=住吉、ハデツミの祖父)





20
古墳誰時
2015年3月5日 10:30

>>19

高良山にやって来たのは、カナサキとハデツミどちらの時代か?

次の2つの点から、ハデツミの時代だとわかります。

(1)高良大社の祭神の中央にハデツミ(=海神、=玉垂)が祭られている。

(2)高良山は元々は高木神の領地だったが、玉垂が結界を張って横取りした。(説話)




21
古墳誰時
2015年3月6日 08:56

>>20

ハデツミがいた実年代

自説の年代考定で前1世紀の後半。生れはBC50−BC40くらい。没年は西暦紀元頃(ーAD50)

古代史解明図において、山幸・豊玉の時代と高木神の両方に重なります。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamas/kodaiy2k/kaimeizu/kodaisi10.gif

古代史解明図(2018.5.26版)
http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamas/kodaiy2k/kaimeizu/kodaisi11.gif




25
古墳誰時
2015年3月7日 11:27

>>21

祇園山古墳から約100mの所に高良下社(=高良下宮社)があります。三つ造りの中央が玉垂命、向って左隣り祇園社、右隣り幸神社です。

双方の「祇園」は同じもので本家本元(豊玉姫)の可能性があります。後述。




26
古墳誰時
2015年3月9日 05:08

>>25

祇園社(八坂神社の旧名)(外部リンク)

http://www.yasaka-jinja.or.jp/about/

http://www.yasaka-jinja.or.jp/about/saijin.html




28
古墳誰時
2015年3月10日 08:53

>>26

>元徳三年(1331)に描かれた社蔵の重要文化財『元徳絵図』には本殿の後方に杉の大木が描かれており、江戸時代の『祇園社年中行事』また諸地誌には、杉葉をお守りとして授与していたことも記されている

松本善之助は著書(ホツマツタヘ、S50頃、毎日新聞社、絶版)の中で、杉ではなくて、カツラの大木であり本来の祭神を豊玉姫と見ています。それには私も同じ見方をしています。

外部リンク

http://www.nihonnotoba3.sakura.ne.jp/2008to/gionsya09.jpg

http://www.hitozato-kyoboku.com/funako-katsura.html




29
古墳誰時
2015年3月13日 08:07

>>26

何故にスサノオノ命が祭神になったのか?

(1)既に祇園社の「祇園」があったから。(史実)

「牛頭天皇」と「祇園」のつながりによって、スサノオノ命が祭神になったのである。

(2)まだ祇園社の「祇園」がなかったら。(非史実)

スサノオノ命が祭神になる理由がない。




33
古墳誰時
2015年3月20日 10:34

>>26

当神社には、祇園守紋という隠れた神紋(神社の紋)がある。

祇園守紋は、巻物が2つ十字にクロスした図柄で、新旧訳の聖書とキリストだそうです。

重要参考書:祇園際の大いなる秘密(久慈 力著、批評社出版、2004.1.25初版)




35
古墳誰時
2015年3月24日 17:43

>>28

豊玉姫とアオイ、カツラの記載個所

ホ26002 ウカヤアヲイカツラのアヤ 【ウガヤ、アオイ、カツラ】
ホ26107 しばしばめせど
ホ26108 トヨタマは ミヅヤをいでず
ホ26109 アクルトシ ヲヲヱスヘラギ 【ニニキネ(ニニギノ命)】
ホ26110 ワケツチの アヲヒカツラを 【アオイ、カツラ】
ホ26111 ソデにかけ ミヤにいたれば
ホ26112 ヒメむかふ ときにハをもち
ホ26113 これいかん トヨタマこたえ
ホ26114 アヲヒバぞ またこれいかん 【アオイ葉】
ホ26115 カツラバぞ いつれかくるや 【カツラ葉】
ホ26116 まだかけず ナンヂヨをすて
ホ26117 ミチかくや ヒメはをそれて
ホ26200 ときにヒメ かえしはアヲイ 【アオイ】
ホ26201 キミカツラ カミにつゝみて 【ホホデミ(山幸)、カツラ葉】
ホ26202 ミヒキグサ フバコにをさめ
ホ26203 たてまつる キミみづからに
ホ26204 ユヒをとき そのウタよめば
ホ26205 ヲキツトリ カモをおさむる
ホ26206 キミならで ヨのことことを
ホ26207 ゑやはふせがん
ホ26208 このウタを ミタビにナンダ
ホ26209 をちかゝる ヒザのアヲヒバ 【アオイ葉】
ホ26210 モにしみて むかひのコシに
ホ26211 トヨタマの アヰミヤいりと 【相宮入り】
ホ26212 よろこびて アヤにうつさせ
ホ26213 をるニシキ コアヲイのミハ
ホ26214 ココチリと ヤマハトイロの
ホ26215 ミツのアヤ カミのヨソヒの
ホ26216 ミハモなるかな




36
古墳誰時
2015年3月29日 12:31

>>29

「祇園」の全く異なる2つの意味

(1)古代イスラエルの「シオン祭」
   
  京都の祇園祭り…


(2)釈迦のいた「祇園精舎」

  牛頭天王、素戔嗚命…。素戔嗚命を祭神とする祇園社(八坂神社)




38
古墳誰時
2015年3月29日 19:40

>>36

外部リンク(youtube)

https://www.youtube.com/watch?v=N4TR32mPxrs




39
古墳誰時
2015年4月5日 07:47

>>38

古代イスラエル人(ユダヤ人)は天狗の面立ち

外部リンク(youtube)

https://www.youtube.com/watch?v=ORId6pStckY




43
古墳誰時
2015年4月5日 11:07

>>39

猿田彦はあきらかに古代イスラエル人

外部リンク(youtube)

https://www.youtube.com/watch?v=f4-Bh7vmp0E




46
古墳誰時
2015年5月8日 11:19

>>43

サルタヒコ(BC40−AD40の頃)は、西暦紀元前後の歴史に深く関わった。

(1) ニニキネ(ニニギ)の天孫降臨の時、道案内をした。

(2) 井堰(いせき)を築き誉められて、三尾の神の名を賜った。

(3) ウスメ(天受女)と夫婦になった。

(4) 天照大神はトヨケと同じ場所(丹後半島)で亡くなったが、そのほら穴はサルタヒコが掘った。

(5) 春日殿(ココトムスビ?)の葬式で、サルタヒコが神輿を上げてタマガエシを頼んだ。

(6) ハタレの乱の時、戦勝祈願で禊をした。

(7) 宇治宮(伊勢)に神宝をたくさん格納した。

(8) タタライスズヒメ(神武后)の名付け親。

(9) 海でヒラコに噛まれて溺れたが、時の天皇の指図で救出(死亡)された。

(10) 上記した以外にもいくつか記載がある(難解)。




47
古墳誰時
2015年5月8日 11:30

>>46

このトピックの自説のまとめ

トヨタマヒメ(豊玉姫)が后復帰のさいに、古代のぎおん祭りがサルタヒコ(猿田彦)によって取り行われた(のではないか)という説です。




48
古墳誰時
2015年5月8日 11:42

>>47

豊玉姫は、祇園さんとか呼ばれるようになった可能性がある。 →祇園山古墳

豊玉姫の弟のタケズミ(賀茂武祇、玉依姫の父親)は、京都の下賀茂神社の場所に住んでいたので、祇園社(八坂神社)にカツラの木を植えた可能性が考えられる。



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