定額残業代のメリットは? (平成21年1月18日)


とある企業のお話。

社長は採用の際、「この基本給には残業分も含まれています」と
口頭で伝えています。

しかし後日、従業員から 「残業代を払ってください」 と言われてしまいます。
採用時の話を再度すると、「そんな話、聞いていませんよ!」 と必ずトラブルになります。


この会社の問題点は2つあります。

一つは、大切な賃金などの労働条件を、
書面ではなく口頭でしていること。 これはモメるもとです。

もう一つは、何時間残業をしても、
定額分を超える残業代を払っていないこと。


・・・え??


残業代は定額なんだから、それ以上払わなくてもいいんじゃないの?
・・・と思われがちです。


したがって、今回は、
この微妙な存在の「定額残業制」についてお話します。


この定額残業制は、法律で定義されていません。
ですから、判例から入ります。

<キャスコ事件 H12.4.28 大阪地裁>
<徳島南海タクシー事件 H11.12.14 最高裁> ほか多数。

 残業代を定額で支払うことが
適法となるのは、

 ◇それをお互いが合意し、
 ◇通常の賃金部分と割増賃金部分とが明確に区別でき、
 ◇通常の賃金部分から計算した割増賃金との過不足額が計算でき、
   その計算自体も適法で、
 ◇それにより求められた不足分を、使用者がちゃんと支払う、

 という条件をクリアしている場合です。


つまり、就業規則や雇用契約書等に、
 ・何時間分を定額残業とするか
 ・その額はいくらか
 ・その残業代の計算方法
 ・不足があればそれも支払う
という条件を明記すること。

そして、それに則り、
毎月、労働時間を管理し、毎月、過不足を精算する。

それはつまり、残業が発生しなくても定額残業代はきちんと支払うし、
不足があれば、その差額分も当然支払う、ということを意味します。

このように運用すれば、違法にはならないということです。

ですから、これらの要件を曖昧にし、裁判となり、
不払い賃金額を実際に計算することになった場合、

通常の賃金部分と割増賃金部分とが明確でないことにより、
その割増賃金部分(定額残業分)も基本給とみなされ、
残業代の計算の基礎に入れられてしまうこともあります。

これは、定額残業分を「●●手当」として支給している場合も同様です。


以上、適法か違法かのお話でした。



次は、
定額残業制の効果のお話です。

残業代を定額に支給するということは、

◇残業してもしなくても、一定の残業代は支払われる。
 ということは、残業しないでさっさと帰った人はお得で、
 やむなく残業する人は損、 という不公平な空気が蔓延しそうですね。 
 職場の秩序や士気にも影響しそうです。

◇「定額残業分ぐらいは働いてから帰れよ!」 という、
 長時間労働を助長しそうな圧力がかかるのでは。
 
◇残業代込みの金額で求人している企業は、賃金表示に気をつけてください。
 表示の仕方によっては、残業代込みの金額が基本給だと求職者に勘違いされ、
 採用後に「騙された!」 と トラブルになる可能性が大です。

◇昇給等で賃金額が変わるたびに、
 個々に労働契約書を取り交わす必要がある。

 などなど。


こうやって見てくると、定額残業制は、
毎月、定額残業代との過不足を精算しなければならない。 また、

実際の残業代が定額分より少なくても、定額分は支払う。
実際の残業代が定額分を超えたら、その超えた分も支払う。

したがって、
労働時間を管理しなくてもよい、ということではナイ。
残業があってもなくても、定額残業代を払っていれば足りる、ということでもナイ。

加えて、労務管理上もいいことなし。

であれば、定額残業制を導入する企業のメリットは、はたしてあるのでしょうか?
定額残業制を導入する企業の本当の目的は、 なに??

ずばり

残業代を(違法に)節約するため です。

心当たりのある人は、定額残業代が含まれている自分の賃金と、
世間相場の賃金とを比べてみてください。

どうですか?
残業代が組み込まれている分、相場より少しは高いですか?  同じ?

同じという場合、そこから定額残業代を差し引いて逆算してみてください。
基本給が極端に低くなっていませんか? 最低賃金はクリアしていますか?

基本給は、賞与や退職金に影響することがあります。


定額残業制は、従業員の不満の種です。


企業が勘違いを装い、違法に定額残業制を導入している場合、
残業代不払いによる短期的な人件費削減の効果は、確かにあるでしょう。

しかし、長期的にはどうでしょう。

業務内容を見直す努力をせず、
人件費削減目的のみで安易に違法なことを続けていると、

法的リスクはもちろんのこと、結局は、そんな会社に嫌気がさした離職者が増え、
その度に募集、面接、採用、引継、教育コストがかかり、
定着率の悪さから社員の能力は向上せず、業績は一向に上がらない、
という負のスパイラルに陥っていくのではないでしょうか。

「いい人材がいない」と嘆く事業主はたくさんいます。
いい人材は、やはり条件のいい企業に流れていくものです。

いい人材を求めるなら、企業側はまず、労働条件や労働環境、従業員教育等の改善に
まっ先に取組む必要があるとつくづく思います。



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