退職前の年次有給休暇
  平成21年4月26日
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「年次有給休暇を、全部消化してから辞めます」
・・という言葉、
言ったことはありますか? 言われたことは、ありますか?


通常は、引継ぎが無事終了したら、残った年休を消化する・・
というパターンが多いかと思いますが、

まれに、
ほとんど引継ぎもせず、
年休の残り全部を消化して辞めていく人もいます。

そうなると、残される方は困りますし、
会社としても、他の従業員への手前、
年休一括消化の請求は、できたら拒否したいと考えるでしょう。


こういう場合、

「業務引継の方が大事なんだから、
 会社は、年休一括消化を拒否できるんじゃないの?」

「いやいや、年休は労基法で認められているから、
 拒否はできないでしょ?」

と意見が分かれそうですが、
法的にはどちらなのでしょう??



その前に、まずは年次有給休暇の定義を
見てみましょう。

労働基準法39条1項

『使用者は、
 その雇入れの日から6ヵ月間継続勤務し、
 全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、
 10労働日の有給休暇を与えなければならない』

とされています。

つまり、年次有給休暇は、
要件を満たせば法律上当然に発生する
労働者の権利なのです。

ですから、

「うちの会社には年休はないよ」  とか、
「パートやアルバイトには年休はないよ」
という事業主の主張は通用しません。


また、

『使用者は、年次有給休暇を労働者の請求する時季
 に与えなければならない』(労基法39-4)

ともされているので、事業主は原則、
年休の請求を拒否できません。


ただし、

『請求された時季に年次有給休暇を与えることが
 事業の正常な運営を妨げる場合においては、
 他の時季にこれを与えることができる』(労基法39-4)

という「時季変更権」は、事業主に認められています。


とはいっても、その時季変更権は、
際限なく認められている訳ではなく、
事業の正常な運営が妨げられる場合に限って、 です。


それは、「単なる人手不足」程度の事ではありません。
  (西日本JRバス事件 H10.3 名古屋高裁 )

それが認められてしまったら、
慢性的な人手不足に陥っている企業の労働者は、
誰も年休を取ることが出来なくなってしまいます。

それに、その労働者が年休を取ることで、
業務の正常な運営が妨げられるのであれば、
事業主は、時季変更権を行使する前に、

他の部署へ要員の応援を依頼する  とか、
シフト変更をする  等の配慮をしなければなりません。

そういう努力をしないで、安易に時季変更権を行使すると、
違法となってしまいます。(弘前電報電話局事件 S62.7 最高裁)

もう一つ。

時季変更権はあくまで、時季を「変更」するだけです。
年休の請求自体を拒否できる訳ではありません。

さらにもう一つ。

「事業」とは、事業所全体のことをいいます。
ですから、「事業の正常な運営」を妨げるか否かの判断は、
部署単位ではなく、事業所全体で行ってください。


以上のことを踏まえた上で、
退職前の年休一括消化を考えてみます。

たとえば、退職日までの労働日数と同数の
年休残日数があるとします。

この状況で、年休を全部消化するとなると、
事実上、引継をする日はありません。

このような場合でも、会社は全部の年休消化を
認めなければならないのでしょうか・・?


結論は、認めなければなりません。(原則)

というか、認めざるを得ない。


「・・じゃあ、せめて、引継ぎを終わらせてから消化してよ」
という事業主の不満の声が聞こえてきそうですが、
その時季変更権も、退職の場合は行使出来ません。

なぜなら、上でも述べたように、
時季変更権を行使できるのは、あくまで、
他の日に、年休を変更できることが前提だからです。

その点、退職する人には、退職日以降に、
年休を取得できる労働日は存在しません。
それに、退職とともに、年休権もなくなってしまいますし。

ですから事業主は、労働者の請求どおりに
年休を与えるしかないのです。


「じゃあ、引継ぎはどうすればいいの?」


・・・そうですね。

実際、引継ぎされずに困るのは会社です。
業務遂行にも支障をきたすでしょう。
お客様にも、迷惑をかけることになるかもしれません。


そんな横暴は許せない。懲戒処分にしたい。
賃金の減給制裁や、退職金の一部不支給で対抗したい。
・・と思う会社側の気持ちもわかります。


しかし、年休が法律で認められている以上、
出るとこ出たら、会社が負ける可能性は高くなります。


やはり解決するには、
正攻法ですが、労働者との話し合いしかないと思います。

労働者の立場に立てば、
無理やり年休を全部消化してから辞めるというのは、
よほど会社に対して思うところがあるはずです。

ですから、そこで会社が強行策に打って出ても、
トラブルがさらに大きくなるだけです。

それよりも、
「会社が困る」ということを正直に話し、
引継ぎをお願いしてみましょう。

その際、引継ぎで消化できない年休を、
会社が買い上げてもいいでしょう。

または、(結果は同じことですが)
年休を全部消化させるために退職日を伸ばしてもいいでしょう。

そして、今後、このような事態に陥らないために、

・日ごろから年休の取得を促進する

・労基法の計画的付与で、強制的に年休消化を行う

・就業規則等で「退職時の引継は必ず実施する」旨規定し、
 それを周知させ、退職前の年休一括消化をけん制する

・退職時にこのようなトラブルが起きないよう、
 日頃から、労使間の良好な関係を築いておく

等の対策が必要だと思います。

労務トラブルは、退職前後に出やすいものです。



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