労災隠しの罪  (平成20年12月7日)


「労災隠し」は犯罪です。
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/roudou/rousai/index.html

新聞に載るほどの事件にはならなくても、現場では、労災事故は頻繁に発生しています。
つまり、それだけ泣いている労働者がいるということです。

なぜ、このような労災隠しが後を絶たないのか。
そもそも、労災保険やその周辺知識が、
各企業や労働者に浸透していないのも原因の一つと思います。


では、本題に入ります。

昭和22年、労働基準法が制定されました。
その労働基準法には、『災害補償』という規定があります。

これは、労働者が業務上ケガをしたり、病気になった場合、
事業主がその補償をしなさいよ、と義務付けたものです。


その補償内容は、

◆治療代等は事業主が補償する。【療養補償】

◆その療養のために働けず、賃金がもらえない場合、
 その間、平均賃金の6割を事業主が補償する。 【休業補償】

◆障害が残った場合、その障害の程度に応じて
 平均賃金の50日〜1340日分を事業主が補償する。 【障害補償】
 たとえば、平均賃金1万円の人が障害等級1級になってしまうと、
 事業主は労働者に、1340万円を払わなければならなくなります。
  
◆不幸にも労働者が亡くなってしまった場合、その遺族に、
 平均賃金の1000日分を事業主が補償する。【遺族補償】
 たとえば、平均賃金1万円の人が死亡した場合、
 事業主はその遺族に1000万円を払わなければならない。

◆その場合のお葬式代として、
 平均賃金の60日分をも、事業主が払う。 【葬祭料】


以上の補償が、事業主に義務付けられています。


とはいっても、そうやすやすと右から左に大金は用意できません。
日々の資金繰りに追われる事業主には酷な話です。

そこで、この補償義務を肩代わりするよというのが、労災保険です。
つまり、労災保険の給付が行われれば、事業主は災害補償をしなくて済みます。(労基法第84条)

逆に言えば、

労働者は
・労働基準法の災害補償を事業主に請求できるし、
・労災保険の給付の請求も出来る。

そして、労災保険から給付されれば、最初の休業3日間を除き、
事業主からは補償されない、事業主は義務を免れる、という関係になります。

要するに、労災保険は事業主にとって、とてもありがたい存在のはず。
保険料だって、事業主が全額を負担している訳ですし。

なのになぜ、労災保険を使いたがらないのか??

百歩ゆずって、労働者が事業主の労災隠しを受入れたとしましょう。
つまり、労災保険からの給付ではなく、事業主がみずから補償する方を選んだとします。

でもその後、本当に事業主は、労働者が完治するまで面倒をみられるのでしょうか?
今のこの不況下で、本当に大丈夫なのでしょうか?

その場合、被災労働者に健康保険を使わせ、3割の自己負担分を事業主が負担しているようです。
しかし、当初はすぐに治ると思っていても、予想に反してなかなか治癒せず、
万が一、障害でも残れば、事業主の負担はますます増えていきます。

結局、事業主は最後まで面倒を見ることが出来ず、困った労働者が監督署に駆け込み、
そこで労災隠しが 『発覚!』  となるケースが多いそうです。

この場合でまず問題になるのは、本来は労災保険を使わせるべきなのに、
健康保険を使わせてしまうことです。

私自身、とある事業主にこんなことを言われたことがあります。
『ちょっとしたケガなら、健康保険で受けさせるからいいんだよ!』 と。

健康保険は、業務外のケガや病気などの場合に使われる保険です。
みなさん。健康保険証の裏を見てみてください。
『不正にこの証を使用した者は、刑法により詐欺罪として懲役の処分を受けます。』
と記されています。

とはいっても、被災した労働者は、「自分の不注意で会社に迷惑をかけた・・・」という負い目から、
ついつい会社の言いなりになりがちです。 どうしたって、弱い立場です。
でも、やってしまったら、会社の犯罪行為に手を貸したのと同じです。

・・・話を戻します。

●なぜ事業主は 労災保険を使わせたがらないのでしょう。

 ◇労災保険料が上がるから。

  これは「メリット制」という制度が影響します。
  自動車保険と同じように、事故が多いと保険料は上がり、事故が少ないと保険料は下がります。
  しかし、このメリット制は、すべての事業所に適用される訳ではありません。
  詳しくは ⇒ http://www.roudoukyoku.go.jp/seido/hoken/index.html

  また、通勤災害はメリット制に影響しません。事業主の責任が及ばない事故だからです。
  ですから、すすんで労災申請に協力してあげましょう。

  
 ◇すねにたくさん傷を持っているから?

  労災事故の内容によっては監督署の調査が入ることもあるでしょう。
  そこで、『他の法律違反も発覚するのでは?!』 と考えれば、やはり表沙汰にはしたくないでしょう。
  労働保険料をごまかしている、不法就労者を雇っている等々。


 ◇そもそも労災保険の加入手続きをしていないので、労災保険が使えないと思い込んでいる。
  または、手続していないのがばれると困るから。


 ◇元請事業主から仕事がもらえなくなるのを恐れて。

  建設業の場合、元請が下請労働者の労災保険料を払います。
  つまり、下請労働者が仕事中にケガをした場合、元請の労災を使う事になります。
  元請から仕事をもらっている下請の立場としては、なかなか『労災保険を使わせてください』
  とは言いづらいでしょう。
  逆に『労災は使わせないよ』というプレッシャーを元請から受ける場合もあるでしょう。
  また元請事業主としても、労災事故が多いと、公共工事の受注に影響があるような話も聞きます。


また、労働者自身が労災保険のことを知らず、安易に健康保険を使ってしまうこともあるでしょう。
労働者が労災保険のことを知っていたとしても、労災を使うとクビになる」のを恐れて、
あえて健康保険を使うこともあるでしょう。

このように様々な利害や思惑が絡み、その結果、
法律上当然に保護されるべき労働者が、結局最後は泣きを見る。

どこからも補償されない労働者は、安心して治療に専念出来ず、働くことも出来ず、
かといって生活補償もなく、最後は路頭に迷う、ということにもなりかねません。

会社としても、事故自体をうやむやにすることで、労災事故の真の原因を追究できず、
第二、第三の被害者や損失を出す結果になるでしょう。

そして、そんな会社に対する他の従業員の不信感はますます募り、
「何かあれば、監督署に申告してやる」 と、
仕事に対してではなく、自分の権利を守ることにエネルギーを使いはじめるでしょう。

それって、会社の利益につながるのでしょうか?

「労災かくし」に関する相談窓口について
http://www.saitama-roudou.go.jp/topics/topics20081210095842.html



次に、何をもって 「労災隠し」 というのか についてのお話になります。


●労働安全衛生規則第97条1項の規定により、
 労働災害が発生した場合、事業者は、 『労働者死傷病報告』 を遅滞なく監督署長に
 提出しなければならず  (しないと「労災隠し」)

さらに、

●労働安全衛生法第100条・120条で、これらの報告義務を怠たったり、
 虚偽の報告をすると、50万円の罰金に処せられるとしています。
 

通常、労災事故が発生すれば、保険給付の請求をし (労災保険法)、
休業4日以上の場合は遅滞なく死傷病報告を提出することなりますが (労働安全衛生規則)、

はじめから労災事故を隠したい事業主は、バレないように労災保険を使わせず、
また、義務付けられている死傷病報告もしません。

その報告をしないことが「労災隠し」であり、悪質な場合は書類送検されます。

≪送検事例≫
http://www.roudoukyoku.go.jp/roudou/souken/index.html


この『労災隠し』は、事実を隠ぺいする目的で、労働者に労災保険を
使わせないことに繋がるので、その影響を今一度考えてみます。

まず、

◆健康保険に迷惑をかける。

 労災事故を隠したい事業主は、治療を健康保険で受けさせてしまいます。
 繰り返しますが、健康保険は、業務外の傷病等についての保険です。
 つまり、労災保険で負担すべき医療費を、健康保険が肩代わりすることとなり、
 その結果、健康保険の医療費がかさみ、健康保険料率がアップするかもしれません。

 ということは、労災と関係のない人達にまで、余計な負担を強いる結果になってしまうということです。
 また、健康保険の保障内容は、労災保険に比べると十分ではありません。


◆第二、第三の労災事故が発生する。

 労災隠し ⇒ いずれは重大事故へ・・
 労災事故を防止するには、その原因を追究して、
 2度と事故を起こさないための対策を講じる以外にありません。

 そのためには、監督署という専門家に事実を報告し、どうすれば災害が起きないように
 出来るかを教示してもらえば、また違う方策も見出されると思うのですが・・。

 外資系の会社は、「労災事故の多い工場は容赦なくつぶす」という方針のようです。
 アメリカは訴訟社会で、一つの労災事故が億単位の損失を招くこともあるからです。
 だから容赦なくつぶすのでしょう。徹底しています。
 そういう会社は、日ごろのヒヤリハットへの意識も全然違います。

 であれば、事故を隠す事にエネルギーを使うよりも、勇気を持って事故の原因を明らかにし、
 今後の対策を真剣に講じる事こそが、最終的に、会社を守ることに繋がるのではないでしょうか。


◆労働者に不信感を植え付ける。

 労災なのに健康保険をつかえ?  つまり、痛い思いをしている労働者のことより、
 会社の利益を優先するという会社の本心に、労働者は気づき、傷つきます。
 でも、労働者は弱い立場。 その時は泣く泣く会社の違法を受入れてしまいます。 
 で、もめた時、退職した時に、こういう違法を監督署に申告するようです。


◆労働者死傷病報告は、労働行政が、労災の再発防止策を講じる時に活用しています。

 ですから、この報告を出さないことは、労働災害の発生状況の正確な把握を妨げ、
 労災防止策を推進する労働行政の足を引っ張ることになってしまうのです。


労働者は、会社が労災を使わせなかった事実や、そういう会社の姿勢に、不信感を抱きます。
「いつも偉そうにしている社長(上司)が、平然と労災隠しという違法をしている・・」 と。
そして、労働者を見捨てるその姿勢に嫌気がさし、許せなくなるようです。


では、労災隠しを取締まる側の行政は、どのような対策を講じているのでしょうか?

・労災隠しのポスター等を配布したり、労災防止指導員が直接、事業主等に呼びかけている
・病院等には、被災労働者が困っていたら、監督署に相談するよう勧めて欲しい、旨働きかけている
・事業者団体や社労士会等へは、関係する事業主に、
 このようなことを指導してほしい旨の協力要請をしている
・公共工事発注機関に対しても、業者を指導するよう要請している


また、監督署内部では、
 ・関係書類の相互チェック、
 ・被災労働者からの申告、
 ・立入調査時の出勤簿・作業日誌等のチェック
等により、労災隠しがないかどうかの把握をしています。
 
また、社会保険事務局も、労災と疑わしいケースについて、
手紙で受診者本人に、事故やケガの詳細について確認をしています。
  

このようにして労災隠しが発覚した場合、事業者に対し、
警告や書類送検といった対処をしています。

また、建設業などには、無災害表彰状を返還させたり、
メリット制で保険料額が安くなった事業場には、その返還をさせるなどしています。
 
労災隠しは、事業主や労働者を不幸にすることにつながるので、
行政もその摘発や対処に力をいれています。

ですから事業主側も、起きてしまったことはきっちり反省し、
今後、労災事故が起きないよう対策を講じることが大切です。


今はネットで、あらゆる情報や知識が得られます。
労働者の間では、会社の労基法や安衛法違反は、
監督署に申告すればいいんだ、というのが合言葉のようになっています。


以上のことから、急がば回れ。
労働者にいつ申告されても大丈夫なように、日ごろから法律を守っていくことが、
結局は会社を守ることに繋がる時代になったのです。

そしてその姿勢が、労働者から信頼を得る近道にもなります。

「うちの会社は、法令を順守しているいい会社なんだ」
という誇りが労働者自身に芽生え、それが定着率やモチベーションアップに
つながっていくのではないでしょうか。



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