■ 賃金にまつわるトラブル
 (平成20年8月24日)

賃金や業務内容が約束と違うから仕事を辞めた、という経験はありますか?

私は過去、ありました。

学生の時のことです。
求人チラシの時給と業務内容が魅力的なので応募しました。
ところが実際は全く違う内容でした。

それでもせっかく見つけたバイトだからと頑張って働きました。

そして初給料日。

なんと、業務内容だけでなく、時給までも当初聞いてた金額と違うのです。
200円もです!

いくらおとなしい私でもさすがに我慢できず、当初の話と違うからっ! ということで
辞めさせていただきました。

こういうケースの場合、労働基準法で

『明示された労働条件が事実と相違する場合、
 労働者は即時に労働契約を解除できる』(労働者の解除権 第15条2)

  と規定されています。


次のお話。。

私が派遣会社で働いていた時のことです。
派遣業界も人手不足です。

日曜日に求人を打っても、水曜日ごろまでは応募の電話が鳴らないときがあります。

月曜日に応募者の電話が鳴るのは時給設定がいい派遣会社です。

そんな人不足の状況でも、派遣先担当者からは「人いないの?」と催促がかかります。

関東だけで人集めは無理なので北は北海道から南は沖縄まで、
赴任費を払って労働者を呼び寄せます。

当然住むところはありません。さっそく現場に近いアパートを探します。

そして敷金、礼金、前払い家賃、備品の用意。

ここまででも相当なお金と人件費が1人の派遣労働者のためにかかっています。
もちろんこれらの費用も会社持ちです。

そして雇用契約、入居の手伝い、派遣先への入れ込み。

こちらは、最初に投資した費用を取り返すべく、なんとか続いてくれぇ!と願い、祈るような
気持ちでいます・・・。

しかしそれもむなしく、1週間も持たずに辞めていく人、他の派遣会社に移って行く人、
行方不明になる人がいます。

するとどうなるか。

入居者がいなくても家賃、水道光熱費はかかります。
また、すぐに辞めたことにより、実際にかかったこれらの費用を
労働者から回収出来ないこともあります。

営業担当者は言います。
「すぐに辞めたんだから、給料なんか払わなくていいよ」と。
「水道光熱費や家賃引いたら、逆にマイナスなんだから」と。

こういう企業側の言い分は正しいでしょうか?

答えは、「NO」です。


企業側の怒る気持ちもよくわかるのですが、たとえ1日で辞めようが、1週間で辞めようが、
実際に労働したのであれば、その分の賃金は払わなければならないのです。

これは、労基法24条1項の「全額払いの原則」で
規定されています。


では、家賃や水道光熱費を会社が勝手に給与から天引きできるでしょうか?

これも「NO」です。

みなさんは毎月給与から税金や社会保険料を天引きされていますね。
これは『法令』で定められています。

それ以外に天引きされているものはありますか?

寮の家賃や水道光熱費、組合費や社内預金、○○会費、等があると思います。

これらは、会社が勝手にみなさんの給与から天引きしているのではありません、たぶん・・。


労働基準法24条1項但し書きでは、

『労使協定がある場合』は、給与から、
その定められた一部の費用を天引きしてもいいよ、  と規定しています。

『労使協定』とは、会社側と労働者側との合意文書です。

ですから、この24協定を結ばずに勝手に給与から天引きすると
「賃金の全額払い」に違反することになるのです。

24協定は会社に保管されているはずですので
気になる人は確認してみてください。


人を採用するには、それなりのコストがかかります。

たとえば募集費用。
ハローワークは無料ですが、その分細かいことを根掘り葉掘り聞かれます。
社会保険の加入は? 試用期間の賃金や内訳は? 
業務内容等もチェックされるでしょう。

求人チラシの場合は比較的簡単に、こちらの要望どおり、
そして緊急の場合もそれなりに対応してくれます。便利です。
しかし1枠数万円とコストがかかります。

面接や採用にも貴重な時間を取られます。
ユニフォームの準備、備品の費用、教育コスト。

そして教育担当者や引継者は、早く覚えてもらいたいと一生懸命教え込みます。
この時期、同じ仕事に人件費が2倍かかることになります。

これだけの時間と労力と費用をかけたのに、
何の仕事もしてもらえずに急に辞められた時の虚しさ、
ショックは、想像に易しいのではないでしょうか?

すべて最初からやり直しです。

「そんなこと言ったって職業選択の自由だ」と 言われたらそれまでですが。
「やむを得ない事情」もあるでしょうし。

ハローワークまたは求人チラシで募集をし、
ようやく明日から6ヵ月の契約で働いてくれる人が
見つかりました。 やれやれ。。

しかし、当の労働者は、、、

「思っていたよりきつい、つまらない」
「もっと時給のいい仕事先が見つかった」
「正社員の内定が出た」

などと、6ヵ月という約束を全うせずに辞めてしまう、
というケースはよくあります。

そして、そういうことが度々あると、
「この会社はいつ辞めても大丈夫なんだ」
と思われ、周りにもいい影響はありません。

事業主は頭を抱えます。そして考えます。
できたら、このような契約違反に罰金を課したい、と。

「契約期間途中で辞めたら●●万円払うこと」


実際に最後の給料から、本人の同意なしで差し引いている会社もあります。

差し引いたらマイナスだから給料は出ないよ、
と言って実際に給料を出さない会社もあります。

前回も言いましたが、これは労働基準法24条の「賃金の全額払い」に違反します。

また、労働基準法第16条の、

 使用者は、労働契約の不履行について『違約金を定め』または
 『損害賠償額を予定する契約』をしてはならない、 にも違反します。
         (6ヵ月以下の懲役 または 30万円以下の罰金)


つまり、約束を破ったという事実だけで、実損はないのに違約金という「制裁金」を求めたり、
実損以上の損害賠償金を求めるような労働契約はしてはならない、ということです。

昔よくあった強制労働につながることを防止するためです。

では、約束を破ったら●●万円払ってもらうよ、という契約は無効
だとしても、実際に労働者に契約違反をされ、それに伴い
実損が出た場合、会社は泣き寝入りをするしかないのでしょうか?

通達では、
損害賠償の金額をあらかじめ定めるのは許されないが、
実際に会社が被った損害について請求するのは構わない、としています。

こういう場合、まずは労使ともよく話し合い、合意の上で
実損分を払ってもらう方向に持っていくのが無難なところでしょうか?


では次に、契約違反をした労働者側の責任はどうなるのでしょう。

雇用契約は民法上の契約です。使用者と労働者が合意の上で
「6ヵ月間働きます」と契約をしたわけです。

ですから、期間満了前に一方的に辞める事はできないのです。(原則)
ただし、やむを得ない事由があるときは契約を解除できます。(民法628条)

自身が病気、家族が病気で介護の必要性がある、
配偶者が転勤する、などでしょうか。

また、その事由が当事者の一方の過失によって
生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。

つまり、内容によっては、契約違反をした労働者が、会社から
訴えられる可能性もあるということです。
無条件で辞められるとは限らないということです。

では実際の損害にはどういったものがあるのでしょう?

 ・予算にない募集費用が余計にかかった
 ・急に辞めたことにより、シフト管理が出来ず、 業務に支障をきたし得意先に損害を与えた
 ・担当が無責任な辞め方をしたため、得意先から契約を打ち切られた

 などでしょうか?  いろいろなケースが考えられるでしょう。

このように、法的には、契約違反をした労働者に
損害賠償を請求出来るとなっています。

その場合、労使合意の下、決着がつけばいいのでしょうが、
決裂し、いざ裁判となった場合、今のところわずかに1例のみ、
しかも制限つきで認められているに過ぎません。

裁判で争うことにエネルギーを使うぐらいなら
早く新しい人材を採用して、今度はすぐに辞められないように
職場環境を見直すほうが建設的かもしれません。
 
結局は、簡単に辞められてしまう会社側にも責任がある、
ということになるのでしょうか?

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