老 樹 騒 乱
                             高良 勉


[琉球語]

口あきとーる干潮ぬ
潮路から
ニライ・カナイぬ御神が
渡てぃいめんせーし信じとーる
村んかい
革命信じたる息子や
振い別りたん
やしが
村みーしてぃたるいきがんぐゎ
あんまーや みーしてぃらん
小満芒種ぬ夕間暮
かんだ葉くさじぃがちー
木霊ぬ話ちかすたる
あんま―額かい刻まったる
皺かい拡がてぃいちゅるうむい
肝ふがすぬくとー ねーらん革命んかい
いきがんぐゎや命かきとーん
あたらいきがんぐゎかい
足ぬよーてぃいちゅるあんまーや
たゆいくぃりんちたぬむん
村ぬ家んかいや電話やねーらん
うふあわてぃぬ電話や
共同売店かいいすじゅん
足ぬねーたるあんまーんかい 息子や
なまなまーし 電話すん
黒びちゃいする電話ぬあがた
息子んかい あんまー姿やゆーわかとーん
あんまーや 夕闇暮ぬ庭うてぃ
うとぅりたる耳んかい 呼び出しぬ声ちちゃん
あんまーや なま
大昔からぬ石くびり坂
ぐーにぃーぐーにぃ はーえーそーん
あんまー額ぬ なま汗よー
なま汗じーじー 頭わいん
あんまー後うてぃ
がじまる樹がうふどぅもーい
嵐ぬちゅーんどー・峰起ぬちゅーんどー
電話とぅてぃん
あんまーや 息ぜーぜー
 「もし、もし」
 「今年ん、また、けーゆーさんどー」
あんまー うびじぬうむいや
振い乱りたる白髪ぬぐとぅ
くじりてぃ わっくゎてぃ いちゅんどー
[日本語]

閉じない環礁の
潮路から
ニライ・カナイの神が
渡り来るのを信じている
そんな村に
革命を信じた息子は
決別した

村をみすてた息子を
老母はみすてない
小満芒種の頃の夕暮れ
かずら葉をもぎりつつ
木霊の話をした
老母の額に刻まれた
皺に拡がる幻想を
決して充たすことのない革命に
息子は命をかける
そんな息子に
足がめっきり弱った老母は
音信をくれとせがむ
村の家には電話がない
緊急電話のときは
共同売店に急ぐ
足の萎えた老母に 息子は
不定期の電話をする
黒く冷たい受話器の彼岸に
息子のイメージは確かだ
老母は 夕暮れの庭で
衰えた耳に呼び出しの声を聞いた
老母は今
悠久の石畳の上を
ころげるように疾走する
老母の額に脂汗がにじむ
汗は石となって額を割る
老母の背後で
榕樹が一斉に鳴る
嵐の先ぶれ・峰起の先ぶれ
受話器の向こうで
老母の息はせわしい
 「もし、もし」
 「今年もまた帰りません」
老母の一瞬の幻想は
振り乱れた白髪のように
崩れて無限に拡散する

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