「いきなり強化人間」


 その日、私はひどい悪夢を見た。『空』が落ちてくる夢だ。いや、正確には空から何か巨大な物が落ちてくる夢なのだが、その印象はまさに『空』そのものが落ちてくると言った物だった。

「……酷い夢だ。」

 寝ている間に掻いた汗を拭いつつ、そう呟く。何か声の調子がおかしい。私の声はこんな感じだっただろうか?頭痛がする。いや、単なる頭痛と言うよりは、蛇が頭の中を這いずり回っている様な感覚だ。……気持ちが悪い。
 ふと周囲を見回す。……何処だ、ここは?私の家の、私の部屋では無い。見た事の無い部屋……いや違う、『記憶』にある。ここは『俺』の部屋、『研究所』の『俺』に割り当てられた私室だ。……『俺』?『記憶』にある、だと?
 私は寝台から飛び起きると、部屋の片隅に設置されている洗面台に駆け寄った。そこの壁には鏡が取り付けられている。私は鏡を見た。

「な……!?」

 鏡の中には、『俺』の顔が写っていた。逆三角形の精悍な輪郭。キツい、と言うよりは悪いとでも言うべき目つき。緑がかった、やや前髪が長いぼさぼさの頭。
 私は思わず小さな声で歌い出す。

「緑ぃー、ポワポワポワーン♪川ぁー、サラサラサラー♪光ぅー、キラキラキラーン♪
 ……ま、間違い無い。このグリーンリバーライト声は……。ヒイロ・ユイ!?って違うだろ!」

 ゼロ・ムラサメだった。



 私はしばし呆然としていた。一寸寝て起きたら、ゼロ・ムラサメになっていたのだ。たしかに前の晩まで、セ○のドリームキ○ストをひさしぶりに引っ張り出して、『ギレンの野望・ジオンの系譜』を数日ぶっ続けで、連邦軍モードでやっていたのだが、それにしても突然ゼロ・ムラサメは無いだろう。これは悪夢の続きだと思って、自分の頬をつねってみたのだが、やはり痛かった。どうやら夢では無いらしい。しかも蛇が頭の中を這い回る様な頭痛は続き、これが夢でも幻でも無いと私に言い聞かせるかの様だった。
 しばらく考え込んでいた私だったが、ようやくの事で現実を受け入れる気になった。どうやら私は、と言うより私の精神は時空を飛び越えて、ゼロに憑依したらしかった。そんな非科学的な、と思わないでもない。だが現実は現実、認めざるを得なかった。
 しかしよりにもよって、ゼロ・ムラサメか……。地球連邦軍初の強化人間。ジオンのコロニー落としによって全てを失った少年。ニュータイプ研究所に、その『コロニーを落とされた』と言う記憶以外の全てを奪われて、人工的にニュータイプ能力を強引に引き出されると共に、ジオン公国に対する強烈な憎悪を植えつけられた……。たしかに今こうやってジオンのコロニー落としなどの事を考えているだけで、ジオンに対する憎悪の感情が心の奥底から浮き上がってくる様だ。それと同時に、空が覆いかぶさってくる様な、空が落ちてくる様な恐怖感が常に感じられる。更に先程から延々と続く、蛇が頭の中でのたうち回るかの様な頭痛。それはとても辛い感覚だった。
 いくらなんでも、これは無いだろう。たしかに『以前』の人生で、私はニートだった。働きもせずに親に迷惑をかけているだけだった。その罰だとでも言うのだろうか?このままゼロとしての人生を続けていけば、そのうちに私は戦場に出なくてはならなくなる。確かに私はロボット物のアニメとかゲームとかが好きだ。大好きだ。だが実際の殺し合いなんてとてもじゃないができるとは思えない。だからと言って、戦闘拒否もできない。ゼロの記憶――どうやら私はゼロ・ムラサメの記憶を自分の物の様に扱えるようだ――によれば、既に調整は昨日就寝前までに完了しており、あとは実戦に出るのを待つばかりとなっている様だ。だが戦闘拒否すれば、良くて再調整されて記憶をいじられ――そうなっては私の精神自体がどうなってしまうかもわからない――てしまう。悪ければ『不良品』として『処分』されてしまうだろう。……どうしたら良いんだろう。
 ……とりあえず、朝食を摂ろう。



 意外なことに、食事は研究所の食堂で摂る事になっていた。てっきり自分の個室で、特別に調理された物を摂取するのではないかと疑っていたのだが。と言うか、ゼロの記憶――昔の物は消去されていて、研究所時代と『コロニー落とし』の事、あとは学校で教わるような基礎的な知識程度――によれば、当初はそうだったらしい。だが実際に戦場に出す『機材』であるプロト・ゼロに対し、良い意味でも悪い意味でも特別扱いはしてられない、と言う事なのだろう。前線では他の兵士達と同様に戦闘糧食になるのだろうし。あえて言えば、食後に飲むいくつかの錠剤を処方されているぐらいだ。それも追々減らしていく方針らしい。
 ともあれ、私は食堂にやってきた。あの独特の頭痛のおかげで気分的には食欲はあまり無いのだが、肉体的には腹が減っている。食堂では研究員達が朝食を摂っていた。私が食堂に入っていくと、そのうちの幾人かが顔を向けてくるが、それはまるで物を見る様な視線だ。実際彼等にとって、私……ゼロは物でしか無いのだろう。『実験動物』と言う名の。私は黙って列に並び、朝食を載せたトレーを受け取って空いた席に向かった。
 パンをかじりながら、私は壁に掛けられたTVに目を向ける。私は思わずパンを喉に引っかけて噎せた。

「れ……レビル将軍……?」

 そこにはレビル将軍が映っていた。ただし将官用の軍服では無い。パイロット用のノーマルスーツを着用し、カメラに向かって敬礼している。その背景に映っているのは、まぎれもない地球連邦軍が開発したMS、RX−78−1・プロトガンダムである。

『……レビル将軍はかの『ジオンに兵なし』と呼ばれたあの歴史に残る名演説の後、連邦軍のモビルスーツ開発計画を引っ張ってこられました!そして今、将軍の後ろにある愛機ガンダムと共に、陣頭に立って各地を回られ、ジオン軍を駆逐しているのです!我々も将軍に続き……』

 これまでのゼロは、ジオンへの憎悪とか訓練とか調整とかばかりに気を取られており、このような戦意高揚のニュース番組とかには興味を示さなかったようだ。そのため、私が得たゼロの記憶には、レビル将軍の『活躍』の事は特に無い。
 だがこれでこの世界が、『ギレンの野望』に準ずる世界である事がはっきりした。元々のサタ○ン版無印『ギレンの野望』なのか、『ジオンの系譜』なのか、はたまた『アクシズの脅威V』バージョンなのかはわからないが。元々のアニメ版機動戦士ガンダムでは、レビル将軍がモビルスーツに乗ったりするわけが無いのである。
 だがギレンの野望系世界観だとして、今どのぐらい地球連邦軍が盛り返しているのだろうか。だが調べている時間的余裕は無いな。食事が終わったら、あまり時間を置かずに訓練が始まるはずだ。訓練が終わったら、後で誰かに聞いてみようか。……ところで訓練って、たしか実戦形式だよな。私に出来るのか?



 訓練は、わざわざMS――連邦軍では非常に貴重――をもって行われた。機体はなんとRX−78−3・G−3ガンダムだ。実際に戦場に出る際にも、私はこれに乗って戦う事になるらしい。ゼロの記憶によれば、これまではシミュレータや、実機に乗る場合も初期型GMだった様だが。

「これが今日から貴様の機体だ。貴様ならこれを十二分に乗りこなす事ができるだろう。期待している。」
「……。」

 訓練教官を兼ねているゼロ開発担当の『博士』の言葉に、怪しまれないように無言で敬礼を行う。実はゼロはこの博士の名前を知らない。ちなみにムラサメ博士では無いらしい。もっとも、ムラサメ博士の部下ではあるようだが。……名札を見ればいいのか。ふむ、メレディス・マコーマック博士、か。やはりゼロの身体は視力が良い。『以前』の私は近眼だったからなあ……。
 しかし本当に私にこのG−3を期待通りに乗りこなす事ができるんだろうか。ゼロの身体能力や知識を持っていても、中身の精神は私……只のニート青年、いやそろそろ中年に近かったのである。そんな私にこの機体を乗りこなせるか?もしも乗りこなせなかったら、再調整か処分が待っているのでは無いか?
 私は内心戦々恐々としながら、MSのコックピットへ向かった。



 結論から言えば、私の心配は取り越し苦労だった。私は――ゼロ自身としても――初めて乗るはずのG−3を、手足の如く操る事ができたのだ。鹵獲ザクや61式戦車他の旧式兵器を用いた標的機をペイント弾で黄色く塗り潰しながら、私はG−3で訓練場を駆け回った。心なしか、ゼロの記憶に残る過去のゼロ自身よりも上手く動けた様な気すらする。まあ過去のゼロが使っていたMSは初期型GMだったから、ゼロの能力に足枷がついていた様な物だろうけれど……。
 それだけではない。なんと言えばいいのか、『敵の気配』が『視える』のだ。文字通り。何か表現の仕様が無い感覚だが、G−3の装甲を通して標的機のパイロットの気配が感じられる、と言えばいいのだろうか。いや、無人の機体の気配すらも感じ取れるが、やはり人の乗った機体の方がはっきりと分かる気もする。そして気配がわかるだけじゃなく、はっきりとそれに反応する事ができるのだ。単純な条件反射ではなく、はっきりと自分の意志で対処ができる。これが強化人間ゼロ・ムラサメのニュータイプ能力……。こんな能力があれば無敵だ、とも思う。
 だが、私はいい気にはなれなかった。四六時中、常に何かに急きたてられているかの様な感覚がしていたのだ。敵を潰せ!ジオンを潰せ!さもなくば空が落ちる!と。そして同時に気分が非常に高揚する。おそらくはこれがゼロに施された洗脳の結果なのだろう。訓練でMSに搭乗し、精神を集中させている間は特にこの感覚が強くなる気がする。この状況は正直な話、辛い物がある。それとあの独特の頭痛。何時もはそれほど強いわけでは無いが、時折我慢できなくなるほど強くなる。そんな時は正直、元の世界に戻してくれ、と言いたくなる。いや、せめて元の身体に戻して欲しい。
 MSを降りると、称賛の言葉が待っていた。

「よくやったプロト・ゼロ、いやゼロ・ムラサメ。貴様の能力は目を見張る物がある。だがこれで満足していてはいけない。もっと上を目指さねばならん。
 午前の訓練はこれで終了だ。午後からは肉体鍛錬を主とした通常訓練となる。」
「はい……。」
「もうじきお前は実戦任務に就く。ニュータイプ研の名を辱めない様に努めるのだぞ。では自室へ戻れ。」
「は……。あ、マコーマック博士?」

 私は踵を返した博士を呼び止めた。彼は怪訝そうな顔で振り向く。

「なんだ?」
「今の戦況はどの様になっているのでしょうか?」

 博士は眉を顰めて見せる。

「何故そんな事を気にかける?」
「はっ。僕が送り込まれる戦線は、何処になるのかと思いまして。ジオンは徹底的に叩かねばなりません。徹底的に……。」

 博士は、私がやった『ゼロに施された洗脳』の演技に納得した様だった。だが実際私が『ジオンを叩かねば』と口にした時、自分の奥底からジオンに対する憎悪の様な物が、めらめらと燃え上がるのが感じられた。何か危ない……。『自分』をしっかりと保たねば。
 博士は私の疑問に答えてくれた。

「今現在、各地で戦線は盛り返している。北京や北米は言うに及ばず、先日オデッサも一大反攻作戦によって奪還された。これにより地球上のパワーバランスは一気に連邦側へと傾いた。
 お前が投入されるのは、キリマンジャロ奪還作戦の前哨戦からだな。アフリカ大陸が、お前のデビューとなる。これでいいか?」
「ありがとうございます。」

 博士は頷いて、今度こそ立ち去って行った。今日の訓練で取ったデータを、これから解析するのだろう。私は訓練場を立ち去り、自室へと戻った。



 自室で私は、一人考え込んでいた。幸いな事に今の所、例の頭痛は軽くなっている。考え事をするのに支障は無いレベルだ。
 さて、私自身について、戦闘能力的な物は問題ない事がわかった。私はゼロの能力を十二分に使える。肉体能力は勿論、ニュータイプとしての能力までも。だが私はニュータイプじゃあない。ニュータイプは『宇宙時代に相応しい、新しい考え方のできる存在』だと思っている。そしてニュータイプ能力とか言うのは、その考え方を補助するための力であり、その力を持っているからと言ってイコールニュータイプでは無いと思う。そう、所詮強化人間は強化人間、オールドタイプでしかないのだ。
 考えがそれた。問題は、どうやって私がこの世界で生き延びていくか、だ。強化人間である以上、兵器でしか、実験動物でしか無い。そんなのは御免だ、と思う。史実の……ジオンの系譜のゲーム上で、ゼロ・ムラサメも反乱を起こしている。アクシズの脅威Vは持っていなかったから詳しくは知らないが、そちらでもゼロ・ムラサメは反乱を起こしているらしい。
 ……そう、だな。反乱を起こして、自由の身になるしか無いのだろうか。だがそれまでは兵士として実直にやっていくしか無い……のだろう。人殺しになる覚悟は無い。けれど私が放りこまれた世界は戦場だ。そして私自身が『戦闘兵器』だ。殺さねばやっていけない。くそっ……。
 いや、一寸待て。反乱を起こすにしても、この世界のレビル将軍の選択次第では……そのタイミングもかなりしっかりと見計らわないといけない。たぶんこのまま連邦軍がジオン軍を倒して一年戦争は終わるのだろうが、その後のデラーズ紛争やティターンズの台頭とか色々と事件はある。私は無理矢理にティターンズに連れていかれるのだろうが、レビル将軍の選択次第では地球連邦軍対ティターンズとなる。その時に反乱を起こせば、連邦軍で受け入れてもらえるだろうが……。
 待った!レビル将軍の選択次第ではティターンズと連邦軍が歩調を合わせる事も有り得る!そうした場合、反乱起こして脱走する先がジオン系の場所しか無くなるだろうか?エゥーゴという手もあるが、エゥーゴは弱体だ……。ジオン系に逃亡すると……たぶん間違いなく強化人間・NT−001のレイラ・レイモンドが創られる事になる。……ゼロの『恋人』、だ。だが……。強化人間になってしまったら、それは彼女にとって不幸だと言えるだろう……。彼女は可愛い、可愛いんだが……。だからこそ彼女を不幸にしたくないと思う……。たとえ『恋人』にできなくなってしまったとしても、だ。そうなるとエゥーゴだろうか?結局はレビル将軍の選択頼み、か……。
 さらに待てっ!レビル将軍が主人公としての展開しか考えてなかったけど、ことによったらジオン側が……ギレン・ザビが主人公かもしれない!オデッサ作戦まで成功しているからには、おそらくレビル将軍主人公の展開で間違いない。だが、万が一ギレン・ザビ主人公だったなら……。ここからの巻き返しも有り得る。
 こうなったら、なんとか頑張って連邦軍を勝利させるしか無い。一兵士としての働きでどうなる物でもないとも思うけれども……。だが出来る事と言ったらそれしか無いだろうな。全ては連邦軍が勝利してから、だ。
 私は自分が生き延びるため、覚悟を決めた。まずはなんとしても連邦軍を勝利させるしかない。ギレン・ザビの下では強化人間がまともに生きる事など不可能だ。断言する。ニュータイプ研に植えつけられた憎悪はあるが、それ以上に私は元の世界に居た頃からジオンの事は気に入らなかったのだ。一部の人間には魅力的な人物もあるが、宇宙市民の解放を謳っておきながらサイド1、2、4、5の宇宙市民を虐殺したりなど、やる事がめちゃくちゃだ。そんな政体など到底信じる事はできない。
 私は意を決した。こうなったら、まずはなんとしても連邦を勝利させる。そしてその後の展望を拓いてみせる。……でもどうやって?くっ、頭痛がする……。


あとがき

 と言う訳で、主人公はゼロ・ムラサメに憑依してしまいました。果たして彼は、どうやってこの宇宙世紀を生き抜いて行くのでしょうか。はっきり言って、今のままだとお先は真っ暗ですからね。生涯実験動物生活なんてのは、主人公も絶対に嫌でしょうし。彼には頑張って『ゼロ・ムラサメの反乱』イベントを起こしてもらいましょうか。
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