「操兵が泣いた日」


 俺の操兵が泣いている。
 その両の眼から、大粒の涙を流している。
 俺は操手槽の中で、3年前の出来事に思いを馳せていた。

「おーい、これ大丈夫なのかよ。」
 俺はジェスの野郎に疑わしげな声をかけた。
「俺が組んだんだぞ、当然だろ。」
 ジェスのスカタンは、いかにも自信タップリに返す。
 だが、俺はやはり今一つ…いや、今1024ぐらい信用できなかった。
「そういっておいて、この間組んだ従兵機、ありゃあ何だよ。ガレの仮面とアズの胴体に、何だかわけの分からない機体の手足持ってきてくっつけちまいやがって。仮面周りの調整だけでなんとかしようとしやがったろ。」
「動いたじゃねえか。」
 莫迦野郎、あれは俺の腕がいいんだ、と俺は心の中で悪態をついた。
 俺達はモグリの操兵鍛冶で、操兵密売組織の幹部でもある。
 もっとも操兵密売組織といっても、こんな南部の更にド田舎じゃあ、たいした事はない。
 ケチな盗賊団の下部組織といったところだ。
 どうしてこんな所まで身を持ち崩してしまったんだろうなあ…。
 俺はタメイキをついた。
 親父の代までは、北部の操兵騎士団お抱えの操兵調教師だったというのに。
 しかも、操兵密売は重罪だ。
 捕まったら、投獄や鉱山送りではすまない。
 市中引きまわしの上、獄門磔は間違いないし、下手をすると火炙り…それも煙を立てないようにジワジワと焼き殺されてしまう。
 ちなみに、普通に煙を立てて火炙りにされると、煙で窒息して苦しくなく死ねるという話だ。
 本当かどうかは知らないが。
 流れ流れて、今じゃあこんな…親父も草葉の影で泣いているだろうな…。
「おいヴァール、ぼけっとしてないで動かしてみろよ。」
 ジェスのスカタンが突っ込む。
 人が感慨に浸ってたいたというのに。
「っせえな、少し黙ってろ。お前の仕事と違って集中が必要なんだよ、シューチューがよ!」
 とはいえ、ジェスの言う通り、今は仕事中だった。
 俺の仕事は鍛冶師兼調教師。
 それも調教の方が主な仕事だ。
 つまり、組みあがった操兵を試したり調教したりするのが俺の仕事。
 鍛冶師としては俺はそれほど腕は良くないが、調教師としての技は親父直伝。
 超一流だと自負している。
「おーい!まだかよ」
 相棒のジェスの野郎は、鍛冶のほうが専門だった。
 奴も決して悪い腕ではないが、いかんせん部品をよせ集めて機体を新造するなんて
真似はできるほどではない。
 が、今のところ奴の仕事は失敗したことがない。
 奴が作る操兵はなかなか質がよいと、裏家業のやつらの間で、もっぱらの評判だ。
 その秘密は俺の存在にあった。
「黙ってろっつーたろ!まったく右手がマルツで左手がジッセーグだあ?胴体なんか一体全体なにかわかんねー代物じゃねーか。なんだよこのはみ出した心肺機は。てめえ狩猟機扱うのは、はじめてだろーが」
 大体、ジェスの野郎、どこから狩猟機の部品なんて手に入れて来やがったんだ。
 共同の金庫から、大量に金を持ち出しやがって。
 狩猟機の部品は従兵機の部品と違い、入手も困難どころか、至難というべきだ。
 しかも、それをこんなに大量に…その貴重な部品をこんなにデタラメに組み合わせやがって。
 俺は印を組んで起動呪文を唱え、操兵の"心"を捕まえようとした。
 ふん!
 ふん!
 …やはり動かないどころか、仮面との同調もできないじゃないか。
 仕方ない、アレをやるか…。
 俺はおもむろに座りなおすと、精神を集中させた。
「おーい」
「っせえっつーんだよぉ!少し静かにしててくれってばよぉ!」
 俺は精神を集中すると、"気"を練りはじめた。
 そして、練りあげた"気"を操縦桿に叩き込む。
 これが俺が親父から譲り受けた、家伝の秘技である。
 操兵の機体には、たとえそれが従兵機であろうとも血液が流れ、"筋肉筒"が付いている。
 従兵機の場合は"気"の伝達効率が悪く、実際に気が"力"として発現するには至らない。
 しかし、血液が流れている以上は弱々しくとも、表面的に操兵の力を増したりする効果がぜんぜん無くとも、一応"気"の流れる道は開いているのだ。
 それに、俺は"気"を"気闘法"として使うわけではないし、第一この操兵は起動すらしていない。
 起動していない操兵に"気"を流し込んでも、普通は効果を表すわけがない。
 だが俺は練った"気"を操兵の機体自体に注いだ。
 何度も、何度も、練りなおした"気"を注ぎ込んでいるうちに、ゆっくりと機体が活性化しはじめた。
 あちこちの血管や筋肉筒、骨格に"気"が伝達されて、人間がマッサージを受けたときのような効果が現れているのだ。
 各部の眼にみえない微妙な狂い、歪みといったものが、俺の"気"で洗い流されてゆく。
 さすが狩猟機の機体だ。
 "気"の通り具合が従兵機とは全然違う。
 …だが、使う"気"の量も桁違いに違う。
 この技はただでさえ、普通に気闘法として気を使う何倍も力を消耗する。
 しかも途中で止めるわけには行かない。
 止めたら、もとのもくあみだ。
 はやく"来て"くれんと疲れ果てて倒れてしまいそうだ。
 その時、脳裏に何か戸惑ったような感覚が発生する。
 来た!
 俺はその感覚を捕まえると、"気"で感知している機体全体のイメージに強く結び
付けてやった。
 それと同時に、俺の肉体は反射的に心肺機のはずみ車のひもを引く。
 クン、という軽い感触がして、機体が起動する。
 俺の精神と、操兵の仮面の意識とが結び付けられるのが分かる。
 俺の荒業で無理矢理に叩き起こされた操兵の仮面は、まるで抗議するかのように頭の中で雑音を立てた。
 それも当たり前だろう。
 ぐっすりと気持ち良く眠っていたのに、騙されて叩き起こされ、強引に機体を押し付けられたのだ。
 操兵は、一度無理矢理にでも起動してしまえば、仮面自身の調整能力が働いてそれ以後はなんら問題無く起動することができる。
 若干悪い癖が付きやすくなったり、機嫌を損ねて動かなくなったりしやすいが。
 この"気"を使う方法は、本来いうことを聞かなくなった、クセのついた機体を調教するための補助に使うものとして教えられたのだが、俺はこのように仮面と機体の同調を調律する事に応用できるという事を見つけ出したのだ。
 きっと俺は天才なのかもしれない。
 もっともこの方法は仮面に大きく負担をかけるから、下手をすると仮面がへたばってしまう可能性もあり、寿命も短くなってしまうかもしれないが…どうせ俺たちは操兵の密売人だ、関係ない。
 だがそう思ったとき、脳裏に親父の顔が浮かんできた。
 厳しく俺を鍛えて、一流の操兵調教師に仕立て上げた親父。
 頭の中に浮かんだ親父の顔は怒っていた。
 いつもそうだった。
 俺が操兵を荒っぽく扱うと、親父は俺をぶんなぐった。
 特に、それが手抜きをするためだったりすると、足腰が立たなくなるまでやられた。
 俺は頭を振って、無理矢理親父の幻をふりはらった。
 後は仮面の力を抑えこんで支配する。
 そうしたら、ざっと動かして変に付いてる前の操手の癖を抜いて…。
 ぐ、狩猟機の仮面はさすがに一筋縄ではいかないな…仮面に宿っている意識も強力過ぎる…なんとか支配しないと。
「おお、動いたじゃねーかよ。やっぱり俺の腕は天才的だな。」
 ジェスの野郎、御気楽にいいやがって!
 手前がヘボでスカタンだから俺が苦労してるんだろうが!
 知っているんだぞ!
 お前が勝手に共同の金庫から大金を抜き出してたのも!
 この機体を何とかして、高値で売り払わないと大赤字になってしまうじゃないかよ!
「が、があぁっ!!ぐわあああぁぁぁ!!!」
 一瞬気を抜いたのが致命的だった。
 俺は操兵の仮面の逆襲をもろに食らってしまった。
 下位の従兵機と違い、狩猟機の仮面はとんでもなく強力な力を持っているのだ。
 目が回る。
 吐き気がする。
 さっきまでの荒業で、激烈に消耗していたのが響いたのか、俺はそのまま気を失ってしまった。
 気を失う直前、脳裏に再び親父の顔が浮かんだ。
 その顔はやはり怒っていたように思う。

 俺の操兵が泣いている。
 目の前には、朽ち果てた狩猟機が倒れ伏している。
 俺は唐突に理解した。
 この朽ちた機体こそが、こいつの本当の体なのだという事を。

「う、うう…」
「おい、生きてんのか!?大丈夫か!」
 ジェスの声が聞こえていた。
 一体何があったのだろうか。
 そうか、操兵の仮面をねじ伏せようとして逆にやられてしまったんだ。
 そう思ったとき、俺は妙な事に気付いた。
 操手槽が違う。
 いつのまにか、別の操兵に乗っている。
 気を失っている間に、ジェスが俺を別の操兵に運んだのだろうか。
 だが、なんでジェスがそんな事をするのだろう?
 ふと目を下ろすと、操縦桿が目に入った。
 その操縦桿に付いた印に見覚えがあった。
「…?…!?」
 その印は、俺が機体の調整の目印に付けた印だった。
 つまりこの操兵は、あちこち様子が変わっているものの、まぎれもなくあの操兵なのだ。
「おい、ジェス!なんだこれは!」
「なんだっつっても、操兵が動き出したかと思ったらいきなりベキバキ音を立てて変形を始めやがったんだ」
「!?」
 操兵が変形したという話を聞いて正直俺は驚いた。
 俺は並の人間よりはずっと操兵に詳しい。
 だが、その俺でさえそういった現場を目にした事はない…聞いたことぐらいはあるが。
 だが、操兵の機体を無理矢理に変形させるというのは、一部の古操兵でしか聞いたことが無い。
「それだけじゃない、鍛冶場においてあった他の従兵機やら操兵仮面やら、みんないかれちまった。大損害だ」
 実は、操兵が変形したという話を聞いたとき、俺はその可能性に気付いていた。
 一部の古操兵には、他の聖刻石や仮面から魔力を吸収する能力があるという話を聞いたことがある。
 そして、操兵の機体をベキバキと音を立てて変形させるぐらいの魔力を、この狩猟機の仮面が持っていたとは思えない。
 正直、最初見たときは、作りこそ精巧だが、古ぼけて力の弱り切った仮面にしか見えなかったのだ。
 であれば、必要な魔力をどこから持って来たのか…答えは簡単、俺達の鍛冶場に置いてあった他の操兵からだ。
 だが、そうなると俺達の操兵密売家業も、これでおしまいというわけだ。
 もういちどやりなおすだけの資金は残っていない。
「仮面の類は、力を使い果たしたみてえに粉々になっちまったし、操兵部品の類は宙を飛んで、その機体に溶け込むみたいに消えちまった…」
「まてジェス、いま降りてく…ぐ…、開かねえ!扉が開かねえ!」
 機体前面の出入口は、装甲板が癒着したようになって開かなくなっていた。
「おい、外から見てみると、後ろに出口が開いてるように見えるんだが。どうだ?」
 ジェスの言ったとおり、後ろを向くと扉が見えた。
 だが、どんなに力を込めて押そうとも、その扉も開こうとはしなかった。
「…?」
 良く見ると、その扉の縁は、ただ装甲に溝を彫り込んだだけだった。
 が、ジェスの言った"変形"は、ゆっくりながらまだ続いていた。
 扉の形をした溝は、徐々に深くなり切れ目へと変わってゆく。
 それと同時に前面にあった、"元"出入口の扉は、跡形も残さず消えていった。
 機体のそこかしこからベキベキミシミシと音がする。
 この操兵の仮面は、無理矢理に取り付けられた気に入らない機体を、自分の気に入るように作り変えていたのだ。
 とんでもない化け物のような仮面だった。
 しかし、俺達の鍛冶場にあった従兵機から魔力や部品を奪っても、それでもぜんぜん足りないようだ。
 先ほどから散々に頭の中で"空腹"だと、操兵の意識ががなりたてている。
 そのとき俺は更に変な事に気付いた。
 …何で操兵の"気持ち"なんてわかるんだろう俺は?
 大体、操兵の意識という物はこんなにはっきりした確固たるものじゃあない。
 北部にいた頃、一度旗操兵の調整を手伝う機会があったが、当時最高位のその操兵でさえももっとこう、うすぼんやりしたというか、無機的というか、機械的というか、そういったものだった。
 つまりこの操兵の仮面は…。
「…おいジェス、この仮面、どっから入手した?」
「いや、盗品だって話だったが…実際のところ良くわからん」
 こいつはそんなわけのわからない代物を使いやがったのだ。
 俺が溜息をついたそのとき、膝の間の黒水晶に光がともった。
 色は青が2、黄色が3…そして、その光点は俺達の鍛冶場をぐるりとかこむように配置されていた。
「おい、ジェス!囲まれてるぞ!軍隊かなんかだ!」
「なにぃ!どうしてここがばれたんだ!」
 後でわかった事だったが、軍隊の操兵隊はこの謎の操兵の"食事"の時に漏れでた魔力の変動を感知したらしい。
 近くに狩猟機がいたのも運が悪かった。
 狩猟機には感応石という、魔力を感知する仕組みがあるからだ。
 俺達は悪態をつきつつも、鍛冶場を脱出しようとした。
 だが、俺はまだこの操兵から出られない。
 操兵の"変形"が一段落しないと、扉が完成しないのだ。
「く、くそ!出られねえ!ジェス!…ジェス?」
 ジェスの姿は無かった。
 ふと目をやると、隠し金庫の扉が開かれていた。
 中はからっぽだった。
 そして、隠し通路の方から、"バタン!"と扉の閉まる音が聞こえてきた。
 ジェスのスカタン野郎は、俺を見捨てて一人だけ地下通路から逃げ出しやがったのだ。
「くっそ…!!!」
 俺はとりあえず操兵に手近にあった両手剣を背負わせ、従兵機の備品だった長槍と投槍を両手に持たせた。
 感応石を見ると、青い光点…2騎の狩猟機は、東と西から、黄色い光点…3台の従兵機は北が1台、南が2台というようにこちらを包囲し、接近しつつあった。
 狙い目は北の従兵機だ。
 それを倒せば、なんとか逃げられるかもしれない。
 5対1ではまともに戦う気など起きない。
 しかもこちらは動いているのが不思議な、未調整の機体なのだ。
 北側の壁を突き破って外へ出る。
 そこにはアズ・キュート型の従兵機がいた。
 普通は従兵機には感応石は搭載されていない。
 だから、建物の中にいたこちらの動きは相手にはわからなかったようだ。
 俺はすかさず右手の投槍を投擲した。
 ガスッ!
 思ったより軽い音と共に、投槍はアズ・キュートの胴体を貫通し、地面に縫いつけた。
 傷口より凄い勢いで血が流れ出し、ビクビクと麻痺を繰り返した後に、敵の動きは止まった。
 その瞬間、敵の従兵機の胸に付いていた仮面がパッと音も無く砕け散った。
 俺の頭の中で、俺の操兵の意識が満足そうな反応を返す。
 つまり…俺の操兵は、相手を倒したとたん、そいつの仮面の魔力を喰ってしまった、という事だ。
 ともあれ、俺は操兵を操ると敵から逃げようとした。
 しかし、急に機体の動きが鈍くなった。
 どんなに足踏板を踏んでも、操縦桿を引いても、駄々をこねるようにして一向にまともに動こうとしない。
 感応石の、他の操兵の反応はどんどん近づいてくる。
 このままでは逃げ切れない。
「くっそおおぉ!」
 俺は機体を反転させると、手近な方の操兵に向かい応戦の態勢をとった。
 その瞬間、操兵の機体が素直に言う事をきくようになる。
 つまり、この操兵は逃げる気が無い、ということだろう…というよりは、まだまだ魔力を喰い足りない、ということか。
 しかし、動いている操兵からは魔力を喰うことはできないようだ。
 つまり、相手を倒してしまわねばならないという事。
 俺は泣きたくなった。
 あと4つも敵の操兵を倒すなど、とてもじゃないが無理だ。
 しかも、そのうち2騎は狩猟機なのだ。
 つまり並の腕ではないのだ。
 建物の陰から出てきたガレ・メネアス型の従兵機に長槍を投げつけて俺は両手剣を引き抜いた。
 更に敵の操兵があらわれる。
 今長槍を投げつけた相手も、まだ動いている。
(…俺、死んだかもしれん…)
 はっきり言って、そう思った。

 俺の操兵が泣いている。
 目の前には、打ち壊された祭壇が横倒しになっている。
 操兵の仮面からは、深い哀しみが伝わってくる。

あの時は本当に間一髪で奇跡的に勝利をおさめることができた。
 ちなみに、倒した相手の仮面の魔力はことごとくこの俺の操兵の仮面が喰ってしまった。
 まあ、その魔力を喰ったおかげで俺の操兵の出口は完成し、俺は出ることが出来た。
 俺はその後、敵の狩猟機の残骸を鍛冶場に運び込むと、傷ついた俺の操兵を修理した。
 そして、軍隊が捜索隊を出さないうちに、はるか遠くへと逃げ出した。
 その後も俺はこの操兵と旅を続けた。
 この操兵の仮面は本当に相当に疲弊していたらしく、どんなに魔力を"喰わせて"やっても満足する事はなかった。
 魔力を"喰わせる"度に、機体もどんどん形を変えていった。
 だが、そのうち適当なところで折り合いを付けたのか、2年前を境にこの操兵は急におとなしく言う事を聞くようになった。
 だがこの操兵は、何か焦燥感の様な物をいつも抱えているようだった。
 あの時、俺が操手槽で気絶しているあいだに、俺とこいつの精神には、妙なつながりができたらしく、こいつの"気分"みたいなものが伝わって来るようになっていたのだ。
 もっとも、"飢餓感"とか"焦燥感"などというのは、俺が人間の感情・感覚で近い物をあてはめているだけだったが。
 俺は何とかしてこの操兵の正体を探ろうとした。
 こいつが何を焦っているのかも気になっていたから。
 そして、えらく苦労したものの、2年かけてこのファインド森林の奥深く、小さな古代遺跡を探し当てた。
 そこには遥かな過去に朽ち果てた狩猟機が、地に伏していた。
 そのデザインは、俺の操兵…こいつが自分で変形させたそのデザイン…によく似ていた。
 しかしその朽ち果てた狩猟機は、もはやいかなる手段を用いても修復は不可能だろうことは一目瞭然だった。
 こいつの仮面に、仮に充分な魔力があってもだめだろう。
 そしてそこには、この狩猟機が守っていたとおぼしき祭壇があり、それはめちゃめちゃに打ち壊されていた。
 おそらくはこいつの仮面が安置されていたのだろう。
 どこぞの、冒険を生業とする"山師"と称するやつらが、祭壇を打ち壊し仮面を奪っていったのだろう。
 本当であれば、この朽ちた機体と仮面と祭壇とで何か結界のようなものが作られていたらしいのだが、それは完全に効力を失っていた。
 そしてそこの大地には巨大な穴があいていた。
 なにかわけのわからない物が遥か地下から遺跡の天井を突き破り、上空へと抜けていったような痕跡が残っていた。

 俺の操兵が泣いていた。
 もとはといえば、この邪悪な魔物を封印し、その封印を守るためだけに創造されたはずだったのに。
 だが守るべき封印は既に破壊され、恐るべき邪悪が世界に解き放たれてしまったのだ。
 俺の操兵が泣いている。
 自分のすべてが無駄だったという思いに泣いている。
 遠い過去の創造者達に託され、そして果たせなかった使命を思い、泣いている。
 魔物を解き放ってしまった愚か者達への怒りと情けなさとに泣いている。
 胸がつぶされそうな無力感に泣いている。
 操兵の仮面から、俺の精神に流れ込んでくる苦しみ、哀しみ、怒り。
 俺はなにも言わなかった。
 なにも言えなかった。

 俺は操縦桿を握ると、操兵を遺跡の外へ歩き出させた。
 逃げた魔物を追って、なんとかするのだ。
 どうすればなんとかなるのかは、まだわからないが、このまま放ってはおけないと思う。
 操兵密売組織にいた頃の俺なら、こんなことは考えなかったろう。
 もしかしたら俺は変わったのかもしれない。

 遺跡を出ると、木の間から太陽が顔を出していた。
 確かに俺は変わったのだ、そう確信する。
 俺の操兵はもう泣いてはいない。
 親父が笑った気がした。


あとがき

 えー、先日古いFDを整理していたら、私のSS処女作が発見されました。
 その設定とかが捨てるには惜しいなあ、と思いましたので、リファイン…というか、ほとんどリライトになりましたが…いたしまして、この場で発表させていただきます。
 まあ、直しがあまりすんなりとはいかなかったせいもあって、ちょっと内容的に心配なのですが、たぶんそのうち再度直すと思います。
 お客様達からの反応が良いようであれば、続編も書こうと思います。
 それと、できましたら感想をぜひぜひお願いします。
 感想を書いていただけるのでしたら、mail To:weed@catnip.freemail.ne.jp(スパム対策として全角文字にしていますので、半角化してください)へメールで御報せいただくか、掲示板へお願いします。


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