「蠢動する邪教」


 デン王国の貴族、ティコノ・アールイム・マーフィクス準爵の子息であるウィザン・テイン・マーフィクス子侍の護衛任務終了から数日、フィー達は仕事のネタを探していた。と言っても、歩き回っていたのは主にクーガとブラガである。クーガは街の古物商等を渡り歩き、古文書の類を探し求めていた。そしてブラガは、盗賊匠合の拠点などに顔を出し、情報の収集に努めていた。どちらも、主に古代の遺跡の情報を求めての事である。
 ちなみにフィーとシャリアとハリアーは、特殊な知識も、特別な伝手も持っていないため、そう言った情報収集の役には立たない。それ故に、手持無沙汰であり、各々適当に日々を過ごしていた。たとえばハリアーは、クーガにくっついて古物商などを見て回っていたし、フィーは街に出て、皆すっかり忘れているかも知れないが、本業である絵描きをやっていた。シャリアはそんなフィーにくっついて回っている。

「……フィー、流石に上手いわね。」
「いや、俺なんかまだまだだよ。」

 そう言いつつ彼は、財布の中に今しがた描いた絵の代金として受け取った硬貨を入れる。彼はたった今まで、ある商人の肖像画を描いていたのだ。シャリアが見た所、その絵の出来はなかなか素晴らしかった。だがフィーは満足していない様子である。もっとも商人は非常に満足して、代金をはずんでくれたのだが。
 そんな時、フィーは誰かの視線を感じた。誰かが彼等を物陰から監視している様なのだ。フィーは絵を描く道具類を片付けると、シャリアを促して歩き出す。シャリアはフィーに尋ねた。

「あれ?もうおしまいにするの?」
「ああ。……シャリア、こっちを窺ってる奴がいる。どう言う奴かは分からない。油断はしない方がいい。」
「え?何処?」
「あまりきょろきょろしないで。とりあえず移動して、そいつがこっちを見張ってる事を確かめよう。」

 フィーとシャリアは、今までいた広場を後にする。彼等を見つめている視線は、その後をついて来た。それは間違い無く、彼等を監視している。フィーは少々困った顔で言う。

「間違い無く追って来るよ。どうしたものかな……。」

 今日は城郭で囲まれた街の中しか行かない予定だったから、彼等は重武装をしていない。鎧も着用していないし、武器もフィーは護身用の短剣ぐらい、シャリアも小剣を腰に下げているだけだ。
 だがシャリアは強気だった。

「どっか路地裏に誘い込みましょ。そこで叩きのめしちゃえばいいのよ。」
「俺、短剣の扱いは自信無いんだけどな……。」
「大丈夫、あたしがいるから!」

 フィーはシャリアの言葉に、半分引き摺られる様にして適当な路地裏へと入りこんだ。彼等を監視する視線は、なおもついて来る。やがてシャリアはいきなり振り返ると、叫ぶように言った。

「姿を現しなさい!つけて来てる事はわかってんのよ!」

 そう言いつつ、シャリアは小剣を抜き放つ。フィーもまた、短剣を抜いた。彼等をつけて来た者は、あわてて逃げ出す。彼等はその後を追って走り出した。

「待ちなさい!……あ、あら?」
「……子供?」

 それは1人の少年だった。見た目11〜2歳程度で、街に住む人間にしては身なりは全く良く無い。おそらくは浮浪児の類だろう。フィーとシャリアは、気が抜ける思いだった。だがシャリアは、自分に気合を入れ直す。

「油断しないでフィー、ああいった子たちは、小銭次第で何でもやるんだから。流石に人殺しまでする根性は無いだろうけど、ね。
 ……義父さん義母さんに引き取られる前のあたしたちも……そうだったから。」
「……わかった。」
「もっともあたしは、落ちる所まで落ちる前に、義父さんや義母さんに助けてもらったけどね。」
「……。」
「捕まえるわよ。」

 フィー達は、少年を追って走る。だが、少年の逃げ足は速かった。障害物などを多用した逃げ足に徐々に引き離され、彼等は結局少年を見失ってしまったのだ。ついでにフィーが、少年が逃げる途中に盾にしたゴミ箱に突っ込んでこけるというおまけ付きである。

「ん、もう何やってんのよフィー!」
「ご、ごめん。ちくしょう、なんて逃げ足が速いんだ。」

 シャリアはフィーをゴミの山から引っ張り出す。

「すまないシャリア。……けどあの子供、一体何のために俺たちを見張ってたんだろう。」
「たぶん小銭で雇われたんでしょうよ。ああいった子たちは、銅貨数枚もあげれば、喜んで何でもやるわ。もっとも、誰に何のために雇われたかは分かんないけど。」

 シャリアは溜息混じりに言う。フィーもまた、深く考え込んでしまった。彼等は結局、彼らが長期宿泊している酒場兼宿屋へと帰る事にした。



 やがて夕刻になり、フィー達が待つ酒場兼宿屋に、クーガとハリアー、それにブラガが帰って来た。だが、それぞれの顔色はあまり良く無い。例外は、いつも無表情なクーガぐらいだ。
 店の2階にある宿の一室に集まり、フィー達が子供にあとをつけられた事を話すと、ハリアーが驚いて言った。

「私達も何者かにあとをつけられたんですよ。もっとも、相手の姿を確認する前に逃げられてしまいましたが。」
「ハリアー達も?あたしたちだけじゃ、なかったのね。」
「……これは確実に、我々を狙って何者かが動いているな。」

 クーガが平板な声で言う。すると、それに付け足す様にブラガが話し始めた。

「それについてなんだけどよ。盗賊匠合の拠点になってる酒場で、ちょいと気になる噂話を聞いて来たんだ。なんでも、この街に最近、何らかの裏の組織が手を出し始めたらしい。ダイカさん達は最初、他所の盗賊匠合が縄張りを荒らしに来たのかと思ったらしいんだけどな。どうもそんなんじゃ、なさそうなんだ。
 そいつらは、裏の社会に自分達の勢力を広げる事もやってるが、他にもなんか探し人をしているらしい。」

 ダイカ、とはこの街の盗賊匠合の頭である。ブラガは続けた。

「その探し人って言うのがよ……。操兵を2体も持ってやがる山師を探してるんだそうだ。……もろに俺達っぽいだろ?」
「確かに、操兵を2体も持っているのは今の所俺達ぐらい、ですよね。」
「でも今ジッセーグは修理中で動けないし、実質ゴルタル1台みたいな物じゃない。」

 ジッセーグと言うのは、正式名称ジッセーグ・マゴッツと言い、フィーが運用している狩猟機である。ゴルタルと言うのは同様に、彼らが所有する従兵機で、こちらは主にシャリアが使っている。ちなみにジッセーグは、前回の護衛仕事で大きく損傷し、しばらく修理で動けなかった。
 クーガが徐に口を開く。

「うむ……。だからこそ、その者達は今の我々の状況を知れば、仕掛けて来る可能性が高い、な。その者達が敵だとして、の話だが。」
「少なくとも、味方とは言い難いぜ?この街の盗賊匠合とさえ事を構える様な、裏の組織なんだぜ。実際、今盗賊匠合はそいつらと抗争中だ。」

 ブラガが心配そうに言う。クーガはそれに頷いて見せた。

「うむ。その考えは間違っていないだろう。おそらく敵と見て間違いは無い。そしてそ奴らは、ジッセーグの修理が終わらないうちを狙って、ちょっかいをかけてくるだろう。操兵が2体と言う情報を知っていれば、我々の事を……人員構成、宿泊している場所、等々割り出すのは難しくは無い。」

 一同は暗い顔になる。やがてシャリアが、皆の顔を見回して言った。

「で、どうすればいいと思う?」
「少なくとも、今後1人では歩かない事ですね。あと、上級市民街とかに行く時は別ですが、一応武装して歩きましょう。私達の様な山師であれば、日常的に武装していてもさほどおかしくは無いはずです。」

 ハリアーの意見に、皆は頷く。ただ、フィーは絵描きの仕事が出来そうに無い事に、多少消沈していたが。がちがちに武装した絵師などに絵を描いてもらう物好きは、そうは居ないだろう。
 さらにブラガが考えを述べる。

「盗賊匠合と、共同歩調が取れるかもしれねぇな。ただし、根回しにいくらか金がかかるだろうけどよ。」
「安全には代えられん。金が要り用ならば、遠慮なしに言ってくれ。私もいくらか出そう。」
「俺だって出しますよ。」
「私も……。」
「あ、あたしだって出すわよ。」

 ブラガに皆が資金提供を申し出る。ブラガは相好を崩した。

「あんがとよ。けど思ったんだがよ、こういう時のために俺達全員で、共用の資金を用意しておいた方がいいな。操兵の修理代金とかの共通性の高い金は、そっから出すようにしてよ。」
「それはいい考えですね。ただ、誰が資金を管理するか、ですが……。」

 ハリアーは、少々考えこむ。それに対し、クーガが即座に答えた。

「フィー、で良いのではないかね?」
「えっ!?お、俺が?」
「うむ。我々仲間内で、操兵の管理は君に一任している様な物だ。今までも操兵の修理代は、君の財布から出していた分が少なく無いだろう。これからはそう言う金は、共用の資金から出すと良い。その場合、君が金を管理した方が、面倒が無い。」

 フィーは周囲を見回す。ブラガ、ハリアー、シャリアもクーガの意見に賛成の様だ。フィーは少々戸惑っていたが、やがて頷く。

「わかりました、共用の資金、俺が管理します。」
「そうか、では早速……。」

 クーガはそう言って、衣服のそこかしこから、隠し金を取り出してフィーの前に置いた。続いてブラガ、ハリアー、シャリアも、身体のあちこちから金や宝石を取り出して、フィーの前に積み重ねる。フィーは慌てたが、自分もまたごそごそと金や宝石を取り出した。
 そしてフィーは早速その資金の中から、ブラガに2,000ゴルダ程を活動資金として渡した。ブラガはその資金をあらためて懐に収める。

「では早速ちょいと行ってくるか。」
「待ちなさいよブラガ!1人じゃ歩かない様に決めたばかりでしょ!」
「おっと、そうだったな。んじゃ誰か一緒に来てくれるか?」

 ブラガの誘いに応じたのはフィーとシャリアだ。

「じゃ、俺が行きましょう。」
「あたしも行くわ。」
「そっか、んじゃ頼まあ。」

 彼等は早速、盗賊匠合と接触を取るべく出かけようとした。だがその時、扉をノックする音がする。続いて聞こえてきた声は、宿の主人の物だった。

「あのー、すいませんフィーさん達。皆さんに、お客さんが見えてます。」

 一同は顔を見合わせた。



 フィー達一同は、客と言う人物に、1階酒場の奥まった一室で会っていた。初老のその人物は、自己紹介する。

「はじめまして。私は穀物をはじめとして食糧一般を扱っている商人の、デンバー・ローと申します。皆さん、名前をお聞きしても?」
「ああ、はい。俺はフィーと言います。」
「あたしはシャリア。」
「私はハリアー・デ・ロードルと言う、聖刻教の法師です。」
「……私はクーガと言う。」
「で、俺がブラガだ。あんた、一体俺達に何用だい?仕事の依頼でも?」

 ブラガがデンバーに尋ねた。デンバーは首を左右に振る。

「いえ、違うのです。今日は商談にやって参りました。」
「商談?俺達は穀物なんざ商ってねぇぞ?」
「いえ、そうではなく私が欲しいのは、古物なのですよ。貴方がたが持っている、ね。私は趣味で、古物や骨董の収集をしているのです。」

 ブラガは皆の顔を見回した。皆は眉を顰めている。デンバーは言葉を続けた。

「古代の神の力が結晶したと言われる宝珠、『オルブ・ザアルディア』……。大層美しい代物だと聞いております。貴方がたが持っている、と聞いたのです。どうか、お譲りいただくわけにはまいりませんでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!何処で聞いたんでぇ、そんな事?」
「とある占術師に頼りました。私は文献でその宝珠の事を知り、以前から欲しい欲しいと思い詰めていたのですよ。それで占術師の占いに頼って、何処にあるかを占ってもらったのです。」
「占いなんて、眉唾物ですよ。」

 クーガが割って入る。彼は占術が、月門の練法を応用して作り上げられた、効果も確かな1つの確立した術法だと言う事を知っている。知った上で、しらばっくれているのだ。ちなみに月門とは、練法8つの門派のうちの1つである。月を象徴とし、闇や幻、人の精神などを操る術が多い。
 デンバーは食い下がった。

「そんな事はありません!その占術師は確かな腕前の持ち主です!貴方達が『オルブ・ザアルディア』を持っている事は確かなはずだ!お願いだ、どうか私に『オルブ・ザアルディア』を譲ってください!代価はなんでも差し上げます!」
「残念ですが、ご期待には沿えそうにありません。」
「どうか、どうか……!あれが無いと……!」
「申し訳ありませんが。」

 必死のデンバーに、クーガはにべもなく謝絶する。シャリアが思わずデンバーの事をかわいそうに思ったぐらいだ。シャリアはクーガに言葉をかけようとする。

「クーガ……。あ、い、いや何でも……。」

 だがシャリアは、クーガが小さく首を左右に振ったのを見て、とりあえず諦める。デンバーは、しばらく粘っていたが、やがて諦めたのか、椅子を蹴倒し、捨て台詞を残して部屋を出て行く。

「ふん!私はどんな事をしても、どんな手段を取っても、『オルブ・ザアルディア』を手に入れてみせるぞ!後で泣く破目になるぞ!覚悟するんだな!」

 それを見て、今までデンバーに同情的だったシャリアは腹を立てる。

「な、何よあれ!ちょっとかわいそうかなーとか思ったあたしが、馬鹿みたいじゃない!」
「でも、妙ですね……。」

 ハリアーは、デンバーの様子に妙な物を感じた様だ。だがその内容を口にする前に、クーガが何やら術の結印をしているのに気が付く。

「……クーガ、何をしているんですか?」
「……。これでよし。霊魂を召喚して、デンバー氏の後を追わせた。何かがあれば、私に連絡が来るだろう。」
「クーガも、あの人の様子が変だと気付いていたんですか?」

 クーガは小さく頷いた。彼は自分が気付いた事を語る。

「デンバー氏は『あれが無いと』と懇願していた。『あれが無いと』どうなると言うのだろうな。あの切迫感は、単なる古物や骨董収集の趣味が高じての物とは、とても思えない。」
「ですよね。」

 ハリアーが同意する。クーガは続けて言った。

「だからと言って、そうほいほい渡せる代物では無いがね、あの宝珠は。なんと言っても、呪いの品物だ。更にトオグ・ペガーナの僧侶達があれを狙っている。
 ……いっその事、ここサグドルの聖拝ペガーナ寺院に頼んで、封印でもしてもらうか?正直上手く行く望みは薄いが。」
「なんで望みが薄いんでぇ?」
「シャルク法王国の、それも大寺院にいるような僧正でもない限り、あれだけの物品を封じるのは不可能だ。私があれを調べた限りでは、そう感じた。この国に居る様な僧では、とてもとても……。
 だから今までは、我々が所持していた方が安全だと思い、持っていたのだ。」
「でも、寺院に保管してもらうだけでも、今より安全なんじゃないですか?」
「かもしれんが……。」

 フィーの言葉に、クーガは口を濁す。だが彼は、思い直したかの様に言った。

「そうだな。今まで何ヶ月も、ずるずると引き摺られる様にしてあの品を隠し持っていたが、やはり聖拝寺院に預けるのが一番かもしれん。私とハリアーは異端者と異教徒だから、聖拝寺院に赴くわけにはいかん。フィー、シャリア。頼めるかな?」
「わかりました。俺たちで聖拝ペガーナの寺院へ行ってきます。」

 そしてクーガはブラガに向き直る。

「ブラガ、君にも頼みがある。盗賊匠合の情報屋と接触して欲しいのだ。我々を探っている……いや、狙っている裏の組織があると言うこの状況下で、デンバー氏が我々に接近してきた事がどうにも気にかかる。情報屋に頼んで、デンバー氏の裏を取って欲しいのだ。無論1人で歩かせるわけには行かないから、私とハリアーが君につく。ハリアー、かまわないな?」
「ええ、勿論です。」
「お、おう。わかった、そっちは俺がやろう。」

 クーガはブラガの返答を聞くと、懐から古ぼけた布地に包まれた宝珠……『オルブ・ザアルディア』を取り出した。彼はそれをフィーに渡す。

「フィー、これが例の宝珠だ。うっかりとこの包みを解いてはいけない。気をつけて運んでくれ。」
「はい。では行ってきます。シャリア、行こう。」
「うん。じゃあ行って来るね。」

 フィーとシャリアは聖拝寺院へと出かけて行く。残ったクーガ、ハリアー、ブラガは、盗賊匠合の情報屋と接触を取るために、彼らもまた酒場兼宿屋を後にした。



 フィーとシャリアは、サグドルの上級市民・貴族街にある聖拝ペガーナ寺院にやってきていた。彼らが態々一般市民街のではなく、こちらにある聖拝寺院にやってきたのは、なるべく規模が大きい寺院の方が良かろうと言う考えのためだ。無論、こちらの街に出向くために、彼等は武装をしていない。せいぜいが懐に隠し持った短剣程度である。もし上級市民街以上の所でいつもの如く武装などしていたら、たちまち衛兵あたりに捕まってしまうだろう。
 寺院の前で立ち番をしている若い僧侶が、不思議そうな顔で彼等を見ている。こんな上級市民や貴族しか来ないはずの所に、良くて一般市民にしか見えない彼等がやって来たのだ。不思議がるのは当然と言えよう。フィー達は、若い僧に用向きを告げる。

「あの、よろしいでしょうか?」
「聖拝ペガーナ、サグドル寺院へようこそ。本日はこちらへ何の御用でしょうかな?お祈りに参られたのならば、中へお入りください。」
「いえ、私は山師の活動をしておりまして、しばらく前、古代の遺跡から呪われた物品を掘り出してしまったのです。幸いな事に、呪いを防ぐ力を持った、その物品を包むための布地も一緒に発見したので、呪いは発揮されておりませんが。
 結局はその物品の始末に困りまして。呪いの物品であるため、下手に売り払うわけにもいかず困っております。売り払ってしまい、他の人々に迷惑をかけては……と。そこで、その物品を聖拝寺院に納めに参ったのでございます。僧侶の皆様方の、奇跡の御技にてこの物品を封印していただければ、と思いまして。」

 フィーが布地に包まれた宝珠を取り出して説明すると、若い僧侶は目を白黒させた。そしてフィー達を中へ通すと、しばらくそこで待っている様に言い、姿を消す。どうやら、もっと偉い人に話を通しに行ったらしい。
 今まで黙っていたシャリアが、退屈そうに言葉を発する。

「結局待たされるのね。あーあ。」
「事が事だからね。慎重になるのは悪い事じゃあない。」
「それはわかるけど……。」

 結局、人が来たのはかなり待たされた後だった。やって来た僧侶は、着ている物などから察するに、けっこう高い地位にいる人物の様だ。僧侶はフィー達に向かい、笑顔を向ける。

「本日はようこそ聖拝寺院へ。私は当寺院の法師、ペイルと申す者。呪われた品物を納めに来た、と聞かされていますが?」
「はい、これでございます。『オルブ・ザアルディア』と言う、呪いの宝珠です。」
「ほう。……見てもよろしいな?」
「あ、はい……。お気をつけ下さい。」

 法師ペイルは、宝珠を包んでいる布地を丁寧に剥がして行く。そして宝珠の本体を目にすると、ほうっと溜息をついた。彼は思わずそれを手に取ってしまう。だが流石に聖拝ペガーナの僧侶だけあって、呪いの力には気が付いた様だ。彼は一瞬にして顔色を蒼白にし、慌てた様に宝珠を包みに戻した。
 法師ペイルは汗を満面に浮かべて言う。

「こ、これは……。美しい宝珠ですが、確かに呪いの力を感じますな。よろしい、分かり申した。これは我が寺院にて、きっちり封印して保管させていただきます。」
「ありがとうございます。」
「あ、ありがとうございます。」

 フィーは礼を言う。シャリアもまた、それに追随して礼を言った。だが法師ペイルの話は終わっていなかった。

「ところでお二方。もしよろしければ、当寺院に幾許かなりと寄進をする御積りはありませんかな?」
「え?」
「ああ、勿論ですとも。これだけの物を保管していただくのです。当然の事でしょう。」

 きょとんとしたシャリアとは逆に、フィーはにこやかな笑みを浮かべて懐から財布を取り出した。シャリアはこの展開について行けていない。フィーは財布から、かなりの大枚を支払った。大体、額にして500ゴルダはあるだろうか。その後、少々世間話の様な事を話した後で、フィーとシャリアは聖拝寺院を後にした。
 シャリアは帰り道で、苛立ちを隠さなかった。

「なによアレ!うちの近所のお坊さんは、あんな風なお金を強要する様な事は言わなかったわよ!?」
「仕方ないよシャリア。大きい寺院の僧侶は、ああ言う物だからね。」
「でも、そんな風な僧侶が、徳が高いのかな?そうは思えないわ。ちゃんとあの宝珠を封印とかできるのかな。」
「……その心配は、あるね。でもああ言った寺院の警備は凄く厳しいから、盗まれたりする危険はまず無いと思うよ。」

 フィーはシャリアを宥める様に言った。そして次の瞬間、フィーはシャリアを突き飛ばす。シャリアは大きくよろけた。彼女は文句を言う。

「何すんのよ!フィー!フィー!?」
「敵だ!……ちくしょう、喰らった。」

 彼は、左肩に投げ短剣を受けていた。ただの投げ短剣ではなく、毒刃である。フィーは身体が痺れるのを感じた。ただ、まったく動けなくなる程ではない。
 物陰から、5人の男が出てくる。彼等は一見いい服を着ており、上級市民に見えた。ただ、その手には何かがべっとりと塗られた短剣を構えている。
 シャリアはフィーに小声で尋ねる。

「フィー、身体は動く?」
「ちょっと痺れてるけど、なんとか……。」
「なら、逃げるわよ。まともな武器も無しで、5人もの毒使い相手じゃあ、分が悪すぎる。」
「ああ。」
「3つ数えるわよ?1、2、3!」

 フィーとシャリアは、一斉に走り出した。5人の男たちは後を追って来る。フィーとシャリアは、入り組んだ路地に逃げ込むと、その複雑な街路を利用して敵を撒こうとした。果たして彼等は、なんとか敵を撒く事に成功する。

「はあ、なんとかなったわね、フィー。……フィー!?」
「……く、毒が……回ってきた……みたいだ。」
「フィー、しっかりして!フィー!……くそ、頑張ってよフィー。」

 シャリアはフィーに肩を貸して、歩きだした……撒いたはずの敵に出逢わない様に祈りながら。



 クーガとハリアー、そしてブラガは、情報屋との接触を終えて、いつもの酒場兼宿屋へと帰って来た。そこで彼等は、宿に置いた彼等の荷物が荒らされている事に気付いた。もっとも、魔力を持った物品の類や、金品などの貴重品は、彼等は常に持ち歩いているため、被害は全くと言って良い程無かった。上級市民・貴族街へ行くために普通の格好をしていったフィー達に大荷物を持たせるわけにはいかず、山の様に道具類をかついでいたブラガは文句たらたらだったが、この結果を見てその甲斐があったと安堵していた。
 そこへフィーとシャリアが帰って来た。顔面蒼白にして、今にも倒れそうなフィーを見て、ハリアーが駆け寄る。シャリアは叫ぶように言った。

「ハリアー!フィーは毒でやられたの!」
「毒ですって!?なら毒消しの術を……。」
「ま、待ってください。毒はもう抜けたみたいです。かなり体力を消耗しましたけど……。」

 フィーの台詞に、ハリアーは急いで彼を診察する。確かに毒はもう彼の身体から抜けていた。ハリアーは急いで強力な治癒の術を使う。フィーの顔色が、目に見えて良くなって行った。ハリアーは尋ねる。

「……どうですか?」
「ああ、もうだいぶ良いです。まだ身体は痺れたみたいな感じが残ってますけど……。」
「毒の中には、毒が消えてもしばらく影響が残る物がある。おそらくは、そう言う代物なのだろう。」

 クーガが徐に説明をする。と、彼は急に何かに気を取られたかの様に中空を見遣る。まるで、誰かの声を聞いているかの様だ。彼は言った。

「デンバー氏につけていた霊魂から連絡が入った。彼は何者かに脅迫を受けている。それで彼は、脅迫相手に渡すため、あの宝珠を欲したのだ。と言うよりも、陰に潜む何者かが、宝珠を手に入れる手段の一つとして、彼を利用しようとしたのだろうな。」
「情報屋によると、デンバーのおっさんの孫娘が、最近姿を見せねえらしい。表向きは病気っつー事だが、薬師を呼んだとか薬を買ったとか、はたまた坊主を呼んで奇跡の技に頼ったっつー話は全然聞かねえ。
 噂では、攫われたんじゃねーか、ってー話だった。おっさんが脅迫されてるっつー事なら、話は合うな。
 ……っと、そうだ!」

 情報屋からの情報と、今のクーガの話を聞いて、状況を整理していたブラガだったが、突然何かを思いついたかの様に、自分の荷物を漁り始めた。そして彼は、1本の3段伸縮式望遠鏡を取り出す。それは3月前の古代遺跡の探索行で入手した品々の1つで、『遠眼鏡』と名前が付いている物品だ。これには練法の力が秘められており、1日1回まで命令語を発する事により最長半刻の間、30リー(120km)以内の好きな場所の様子を眺める事ができるのだ。ただし、その練法の力を維持するには、使い手の極度の精神集中を必要とし、使い手は精神的にかなり疲労する。なお、この道具は練法の力を使わない時は、普通の望遠鏡としても使える、便利な代物である。
 ブラガはこれを目に当てると、合言葉を唱えた。

「ええと、合言葉は〜と。レックリック!へっへー。こいつの力が役に立つ時が来たぜ。クーガ、デンバーのおっさんは今、店か?」
「いや、店の裏手にある自宅の部屋だ。そこで彼は脅迫者と会っている。」
「了解っと……。おお、いたいた。はて、この男が脅迫者かぁ……。」

 ブラガは『遠眼鏡』の力を使って、デンバーと脅迫者の様子を眺めていた。彼は口に出してその様子を説明する。

「デンバーのおっさんは、半泣きだな。脅迫者に泣き縋ってる。お、脅迫者が帰るぞ。おお、馬に乗って街の門の方へ行く。こりゃ街の外に出る気だな。」

 ブラガはしばらく黙っていた。そして彼は再び口を開く。

「……街の外に出た。奴は馬を全力で走らせてる。ってえ事は、そんなに遠く無ぇ場所の様だな。そうでなきゃ、馬が疲れ切っちまう。」

 ブラガはまた黙る。監視に注力しているためだ。ブラガ以外の残りの面々は、ブラガの邪魔をしない様に口を閉じていた。四半刻(30分)ばかり時が過ぎる。やがてブラガは声を上げた。

「見つけたぜ!奴らの隠れ家だ!……げ、従兵機が1台ありやがる。見た事は無い機種だ。操手槽は密閉型だな。それが隠れ家の周りで警戒してやがる。隠れ家自体は、一見大き目の農家の建物だ。どれ、中には……。1人、2人……多いな、7人ばかり居るぞ。そのうち1人、僧服っぽい立派な服を着たやつがいる。こいつが親玉っぽいな。
 奥に子供が……女の子が閉じ込められてる部屋がある。こいつが多分、デンバーのおっさんの孫娘だな。下っ端の1人が見張りに立ってる。……ふう、大体見るべき物は見たな。あー、疲れた。」

 ブラガは目から『遠眼鏡』を離す。相当精神を疲労したらしく、目の下には隈が浮いていた。ブラガは皆に問う。

「……さて、どうする?」
「決まってます!その女の子を助けましょう!」

 そう言ったのは、ハリアーである。彼女は子供を誘拐して、デンバーに協力を強制するというその行為が許せなかった。次に同意したのはシャリアである。

「そうね、人を攫って無理矢理言う事を聞かせようなんて、許せないわ。」
「そう言うと思ったぜ。フィーとクーガはどうだ?」
「俺もかまいません。と言うより、ぜひその子を助けましょう。」
「私もかまわない。このところ我々にちょっかいをかけているのは、そいつらだろう。禍根を断つ意味でも、放ってはおけないな。」

 フィーとクーガも同意した。ブラガはにやりと笑う。そして彼等は、襲撃計画を立て始めた。



 フィーは従兵機ゴルタルを駆って、道を走っていた。彼がゴルタルを使っているのは、彼の狩猟機ジッセーグ・マゴッツが未だ修理中である事と、単純にシャリア達よりも腕がいいためである。まだ毒による痺れが若干残ってはいたが、それを差し引いても彼がゴルタルに乗った方が、シャリアやブラガ、クーガが乗るよりも強かった。
 やがて彼は、ブラガに教えられた通りに進む方向を変える。しばらく進むと、目的地であるやや大きめの農家風建築物が見えて来た。その隣には、従兵機が駐機しているのが遠眼にも見える。と、その従兵機が蒸気を吹き上げて起動した。ゴルタルの接近に気付いた様だ。フィーはゴルタルに走りながら長槍を構えさせ、突撃の体勢を取らせた。
 敵従兵機はこちらが端から戦いを挑むつもりだと気付き、こちらの攻撃をなんとかして躱そうと動き出す。フィーはゴルタルを疾走させる。腕前はどうやら、フィーの方が数段上の様だ。ゴルタルが構えた長槍の先端が、躱そうとした敵従兵機を上手く捉えた。凄まじい衝撃が走る。敵従兵機は、肩口の装甲板を大きく抉られた。だが敵従兵機も黙ってはいない。手に持った長槍で、フィーのゴルタルに突きかかる。ゴルタルはからくもその一撃を躱した。



 丁度その頃……フィーが敵従兵機と壮絶な戦いを繰り広げている頃である。農家風建築物の裏手から、シャリア、ハリアー、ブラガが突入を敢行していた。彼等はハリアーの秘術で、祝福を受けていた。裏口を破った彼等は、ハリアーを先頭にして家の中に飛び込んだ。

「て、てめえらっ!何者だっ!?」
「盗人猛々しいわね!」
「おいシャリア、一度下がれって!」
「わかってるわよ。ハリアー、お願いね!」

 言葉ではなく、頷きで返したハリアーは、朗々と八聖者に祈りを捧げていた。聖霊の秘術を使うつもりだ。家の中にいた男達5人が、ハリアーに飛びかかってくる。ハリアーは巧みな身ごなしでその攻撃を躱しつつ、八聖者への祈りを完遂させた。一瞬光が迸り、周囲に聖霊の力が満ちる。その瞬間、ハリアーを取り囲んでいる男たちの表情が変わった。

「……!」
「あ、ああ、ああああああぁぁぁぁぁああぁぁあぁっ!」
「あひいぃいいいいぃぃぃっ!?」

 男達は、全員が恐怖の表情をその顔に浮かべると、ある者はその場に凍りつき、ある者は手に持った長剣で味方に殴りかかった。これは以前、トオグ・ペガーナの僧侶であるザヤンが用いた術と同質の物である。この術にかかった男達は、恐慌状態に陥ってしまい、まともな判断力を失ってしまったのだ。
 そこへ双剣を閃かせてシャリアが斬り込んで来る。ブラガも手斧と小剣を構え、突っ込んだ。ハリアーもまた、鎚矛を振るって奮戦した。そこへ声がかかる。

「何の騒ぎだ!」

 最後の1人を鎚矛で殴り倒したハリアーが、そちらを見ると、今倒した男達とはあきらかに格が違う男が立っていた。僧服らしき物を着たその男の目は、狂気にぎらぎらと輝いている。
 僧服の男は言った。

「貴様ら、何処の手の者だ?まあ、大方孫娘を取り戻さんとしたデンバーの差し金であろう。だが貴様らもデンバーの孫娘も、ここで果てる運命よ!皆、魔神ジアクスの捧げ物にしてくれるわ!」
「トオグ・ペガーナ!!」

 ハリアーが叫んだ。僧服の男――トオグ・ペガーナの僧侶は、魔神ジアクスに祈りを捧げ始める。シャリアとブラガがトオグ・ペガーナの僧侶に斬りかかった。相手が術を使う前に勝負を決める気だった。
 だが、シャリアの双剣も、ブラガの手斧も、トオグ・ペガーナの僧侶に当たりはしたのだが、何かクッションにでも当たったかの様な感触がして、まったく攻撃は効果を表さなかった。シャリアは叫ぶ。

「こ、これってハリアーがよく使う術じゃない!?」

 たしかにその通りなのだが、ハリアーは答えられない。彼女は敵のこれ以上の術法行使を防ぐべく、八聖者に祈念をしている所だった。トオグ・ペガーナの僧侶は、徐に次の術法のための祈りを開始する。
 だがその術が発動する事は無かった。

「ぐうっ!?」

 トオグ・ペガーナの僧侶は、背後から何らかの術法の直撃を受け、その影響で祈念を中断してしまった。彼は後ろを振り向く。
 やや距離を置いたそこには、複雑な紋様の描かれた精巧な漆黒の仮面を被った人物が立っている。ブラガは喜びに叫んだ。

「クーガ!」
「ば、馬鹿な……。何の気配も感じなかったぞ……。」

 そう、そこに居たのはクーガである。トオグ・ペガーナの僧侶は苦悶の混じった台詞を吐いた。クーガは再度、術の結印に入った。
 更にハリアーの術が完成する。トオグ・ペガーナの僧侶と、ついでに傍にいたブラガ、シャリアは言葉を封じられた。ほぼ同時に、クーガの攻撃術法が敵の僧侶を打ち据える。それは高密度に圧縮された気圧の弾丸だ。数発の気圧の弾丸が、敵の僧侶の肌を抉った。敵僧侶はよろめき、崩れ落ちそうになる。クーガが次に放った全く同じ術で、トオグ・ペガーナの僧侶は完全にとどめを刺された。
 敵の僧侶が倒れると、ハリアーはクーガに駆け寄った。

「クーガ!人質の女の子は無事ですか!?」
「うむ、今向こうの部屋で眠らせている。ついでに見張りの男も眠っている。がんじがらめに縛ってあるがね。」

 クーガは答えた。そう、クーガは練法を使って単独で侵入し、攫われて人質になっているデンバーの孫娘を確保するのが役目だったのである。練法で姿と気配を隠せ、更に転移の術法で侵入できるクーガは、この任務に打って付けだったのだ。
 やがて、表の扉を開けてフィーが家に入って来た。彼も敵従兵機との戦闘に、勝利していたのだ。そして彼等は、気絶しているだけの敵を見分けて、縛り上げて行った。勿論、デンバーの孫娘誘拐犯として、街の衛兵に突きだすためである。彼等は生き残った敵を従兵機の腕でぶら下げて、サグドルの街へと帰還していった。



 それから数日後の事である。フィー達一同はジッセーグの修理の様子を見に、鍛冶組合まで行ってきた。結果はまだまだ時間がかかると言う事であった。流石に、あれだけ壊れた物をそう簡単に直せるわけが無いのである。
 更にフィーは、あの古代の操兵仮面に合った機体を鍛冶組合に製作してもらうには、どうしたら良いか、を聞いて来た。それによると、鍛冶組合に操兵を製作してもらうにはまず第1に、身分の保証された騎士階級以上の者の、署名入り直筆紹介状が必要なのだと言う。これについては、フィーはケイルヴィー爵侍の厚意により、彼の紹介を受けているので、問題は無かった。また手数料も払わねばならないと聞いたフィーは、自分の所持金から捻出して支払った。
 だが最大の問題が残っていた。操兵の代価の前提示、である。操兵鍛冶組合は、操兵の代価として金銭は受け取らない。鍛冶組合が操兵の代価として欲するのは、操兵の仮面や聖刻石、そしてある種の希少な鉱石や金属などである。ちなみに、ある種の希少な鉱石や金属とは、聖刻の波動――魔力――を遮断、反射する性質を持つアヴィ・レールや、鉄の数十倍の硬度と強靭度を持つティヴァスキ・ン等の事だ。
 そしてフィーが持っている代価に相当する物品と言えば、カット済みの聖刻石が数個――それなりの大きさではあったが――と、狩猟機の仮面が2枚に従兵機の仮面が3枚だった。鍛冶組合の渉外担当者の話によると、並の狩猟機の機体だけならば、この程度の物品を代価に造れなくもないらしい。だが、あの古代の仮面に見合う様な高級な機体になると、これではまるで足りないとのことだ。フィーは落胆した。

「やれやれ……。代価となる物品が貯まったら、再度それを提示しろとは言われたけど……。見込みは少ないなあ……。きちんと代価を用意しないと、製作依頼を受けるか否かの審査にも入れないって言うし……。」

 いつもの酒場兼宿屋の自分達の部屋で、フィーはぼやく。仲間達は皆、それを眺めていた。するとクーガが、つい、と近寄って来てフィーの傍らのテーブルに何かを置いた。フィーはそれを眺めると、絶句した。それは握り拳ほども大きいカット済み聖刻石2個と、それよりは小さい原石のままの聖刻石、そしてクーガが練法を使って獲得した従兵機の仮面が1枚だった。フィーは慌てて言う。

「クーガさん!駄目ですよ、こんな!これはクーガさんに渡した、貴方の正当な取り分じゃないですか!いただけませんよ!」
「別に君にやる、とは言っていない。操兵と言うのは、仲間全員の財産である、と言う様な側面がある。であるならば、私がそのために出資したとて、おかしい事はあるまい?」

 クーガは真面目腐って言う。もっとも彼はいつも無表情で、その声は平板である。真面目なのか、そうでないのかの区別はとてもつき難い。
 クーガの台詞を聞いた他の仲間達もまた、次々に自分の荷物から品物を取り出して来る。ブラガは大粒のカット済み聖刻石を2個と、小石よりやや大きいか、と言う程度の聖刻石の原石、そして以前奪取した従兵機の仮面を出した。シャリアもまた、小石程度の聖刻石の原石と、カットされた小粒の聖刻石を2個、机の上に置く。ブラガとシャリアは口々に言った。

「そう言う事なら、俺も一口噛ませてもらうぜ。」
「そうね。もしかしたら私達もその操兵、使わせてもらうかもしれないし。」
「み、みんな……。」

 フィーは感きわまって、思わず涙目になった。最後にハリアーが、交易用金貨をテーブルに積み上げる。彼女は言った。

「私は聖刻石の類は持ってませんが……。フィーさん、鍛冶組合に払う手数料を自分の財布から出したでしょう?その金額の一部を補填させてくださいな。私だって仲間なんですからね。」
「すみません、ハリアーさん……。」

 フィーはハリアーに頭を下げた。それを見つつ、クーガは口を開く。

「しかしおそらくは、これでもまだ足りぬかと思う。あの古代の仮面は、かなりの逸品だった。それに見合う機体となると……。かなりの上級品だろうな。」

 皆は頷く。クーガは続けた。

「さて、その足りない分を補うためにも、何処か古代遺跡を発掘したい所だが……。何分情報が無い。まずは情報を仕入れねばならんな。」
「どうしたもんだろな。」

 ブラガが溜息をついた。その時、彼等の部屋の扉を叩く音がする。続いて聞こえてきた声は、宿の主人の物だった。

「あのー、すいませんフィーさん達。皆さんに、またお客さんが見えてますよ。この間の方です。」

 一同は顔を見合わせた。



「先日は本当に失礼をばいたしました!」
「いや、だからもう良いです。」
「いえ、このままでは私の気が済みません!」

 やってきた客は、例の商人、デンバー・ローだった。彼はフィー達に孫娘を救われた礼と、以前失礼な捨て台詞を吐いた事へのおわびに来たのである。

「どうか、お礼とお詫びの気持ちを受け取っていただきたいのです。」
「そんな……。」
「お金では失礼にあたるかと思いまして、よろしければ私の収集した骨董、古物の中から適当な物をいくつか選んでいただきたく思います。山師の方々ならば、そう言った物から良い物を選ぶ目も持ってらっしゃるでしょうし。」

 その台詞に、ブラガは聞こえない様に呟く。

「金でもいいのに……。」
「古物の収集って、あれは例の宝珠を必要としてる言い訳じゃあなかったんですか。」

 フィーの上げた疑問の声に、デンバーは答える。

「いいえ、たしかにその言い訳に使いましたが、私が古物を収集しているのは事実です。古代の杯や短剣、古文書の類なども……。」
「フィー、見せてもらう事にしよう。」

 クーガが声を上げた。彼が『古文書』と言う言葉に反応したのは間違い無い。デンバーは喜んで言った。

「おお、それでは私の家までおいでください。良い物があるといいのですが……。」



 デンバーの家の蔵には、大量の古物が眠っていた。だが、その大半は大した価値も無い物であった。いや、美術品の類には多少の価値のある物もあったが。

「むう……。これなんか、多少の金にはなりそうだがなあ……。多少なんだよな。」

 ブラガが値踏みする。だがクーガは辺りを見回すと、徐に手元をマントに隠して、結印を始めた。そして彼は1本の工芸品らしき杖――それは実は誘印杖であった――と、1本の短剣を拾い上げる。彼が結印したのは、実は魔力感知の術法であった。彼はこの大量のがらくたの中から、魔力を持つ物品を探し当てたのである。
 更にクーガは、いくつかの古文書を調べ始める。そして彼は、それらの古文書をざっと斜め読みすると、その内の1つを取り上げた。彼はデンバーに向かい、言った。

「この3つは、我々山師にとって大層な価値を持つ物です。これらの物品をお譲りいただければ幸いですが……。」
「おお、いいですとも。しかしその古文書はともかく、短剣にその工芸品の棒、ですか?価格的には大した物では無いのですが……。本当によろしいので?」
「ええ。」

 クーガは頷く。

「特にこの短剣は、美術的には見るべき物はありませんが、実用品としては優れているのですよ。」
「そうですか。そう言う事ならば、ぜひお持ちください。」

 デンバーは、快くその品々を譲り渡した。
 デンバー宅からの帰り道、クーガはフィーにその短剣を渡す。彼は言った。

「その短剣はフィー、君が持つと良い。おそらくは、だが、その短剣は心で念じて命ずるだけで、短時間ではあるが操兵との同調を強化してくれると言う品だ。うかつに投げて使ったりするんじゃないぞ。勿体無いからな。」
「こ、これが!?」
「うむ。常に鞘に入れて、脇にでも吊るしておくと良い。」

 そこへハリアーが質問する。

「クーガ、その棒が何なのかは、なんとなく分かるんですけれど……。古文書は一体何なんですか?」
「これか。これは、ざっと見た限りだが多分古代の遺跡に関係した文献の様だ。詳しい事は、子細に調べてみないとわからないがね。」
「本当かよ!」

 ブラガが喜びの声を発する。だがクーガはそれに水を差した。

「まて、まだそうと決まったわけでは無い。それにもし古代遺跡に関する文献だったとして、未盗掘の物と決まったわけではないぞ。」
「おいおい、せっかく盛り上がる所だったのによ……。」
「夢ぐらい見させてよ、クーガ。」
「まあまあシャリア、ブラガさん……。クーガも悪気があってやってるわけじゃないですから……。」

 ハリアーがむくれた2人を宥める。クーガは何処吹く風と言った様子だ。フィーはその様子を見ながら、クーガが手に入れた古文書に書かれているかもしれない古代の遺跡に思いを馳せる。

(その古代遺跡に、聖刻石か何かが眠っていればいいな。そうすれば、あの仮面に機体を造ってやれる可能性が上がる。まてまて、まだそう上手く行くとは決まって無いんだ。そもそも、クーガさんが言った通りに、もう誰かに発掘されているかもしれないし……。でも……。)
「フィー!何してんのよ!」
「ぼぉっとしてんなよ。」

 シャリアとブラガの声に、フィーは我を取り戻す。どうやら突っ立って考え込んでいた様だ。彼はあわてて仲間の後を追った。


あとがき

 フィー達に、トオグ・ペガーナの魔の手が迫りだしました。とりあえず彼等は、問題の宝珠を聖拝ペガーナ寺院に預ける事で、対策としようとしていますが、はてさて……。
 ところで、もし感想を書いていただけるのでしたら、weed★hb.tp1.jp(スパム対策として全角文字にした上、@を★にしていますので、半角化して★を@に変えてください)へメールで御報せいただくか、もしくは掲示板へよろしくお願いします。どちらかと言えば、掲示板の方が手軽ですが、どちらでもお好きな方をご利用ください。


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