「騎士、胎動」


 前回の遺跡探索行から、はや3か月が過ぎていた。季節は冬であり、山師稼業にはつらい時期となる。そのためフィー達は、冬の間サグドルに引きこもって、蓄えを食い潰す生活をしていた。そして今、ようやくの事で春がやってこようとしていた。
 勿論彼等は、ただ怠惰に過ごしていたわけではない。今もフィー達は街の外壁の外に出て、『あること』をやっていた。

「そう、そうだ上手いぞシャリア!」
『く……さあ、そうよ。そうよ、そっと摘んで……。あ!』

 シャリアが操縦する従兵機ゴルタルは、摘み上げようとしていた脆い煉瓦を、ばきっと音を立てて砕いてしまった。拡声器からシャリアの残念そうな声が響く。

『あ〜あ……。またやっちゃった。』
「まあ……それでも進歩は見られるよ。腐らない腐らない。さあ続きだ。」
『はぁ〜、ブラガやクーガはもう出来てるってのに……。あたしぶきっちょなのかな。』

 シャリアは今、フィーから操兵の操縦を習っているのだ。いや、シャリアだけではない。ブラガやクーガも、フィーから操兵の操縦を習っていた。フィーの技量は、他人の師匠になれるだけの腕前に上がっていたのである。
 今現在、クーガ、ブラガ、そしてシャリアの3人は、基礎的な操縦技術は身につけ終わっており、仕上げの段階に入っている。ちなみにハリアーは僧籍にあるため、信教上の兼ね合いから、彼女は操兵には乗ろうと思わない。そのため、彼女はフィーから訓練を受けていない。
 ちなみにシャリアが乗っているこの従兵機は、前回の遺跡探索行にて、彼等がほぼ無傷で入手した物だ。クーガの使う練法の秘術で流砂の中に沈められた従兵機を彼等は掘り出し、自分達の物として使っていたのである。無論、これをここサグドルまで持ってくるのには、かなりの苦労が必要だった。
 ブラガとクーガ、それにハリアーは、今はフィー達の訓練の様子を眺めながら、広場の隅に置かれている丸木に座って雑談をしていた。

「……ところでよ。そう言えば、あの仮面はどうなったんでぇ。」
「どの仮面かね?」
「あの南の方にあった遺跡の地下から手に入れた仮面だよ。フィーがだいぶ執心してたアレ。」
「ああ、あれか……。」

 ブラガが言っているのは、デン王国の南に位置する古代遺跡から、彼らが発掘してきた古操兵の仮面の事である。機体は保存用の封印が破れ、使い物にならなくなっていたが、仮面だけは無事に存在していたのである。だが、それを壁の隠し場所から掘り出した時、フィーはまるで魅入られた様にその仮面に見入っていた。
 クーガは無表情に言葉を発する。

「とりあえずは、まだフィーが持っている。彼の考えでは、なんとかあの仮面用に新しい機体を新造して、あてがってやりたいらしいがね。
 その費用については、我々が発掘した聖刻石や、以前の戦いで奪った操兵仮面などを代価として充当すれば……。いや、まだまだ足りんだろうな。あの仮面に相応しい機体となると。
 それに従兵機ならばともかく、狩猟機の機体を造るとなると、政治的な後ろ盾も必要になる。今の我々では、鍛冶組合も頼みを聞いてくれんだろう。
 だが……フィーは諦めていない様だ。なんとしても、あの仮面に機体をあてがうつもりらしい。」
「そっか。いや俺ぁ最初はあの仮面、売っ払っちまって金に換えるもんだとばかり思ってたがよ。それならそっちの方が得だな。少しほっとした。」
「……。」

 クーガは黙って、ハリアーの方を見遣る。ハリアーも無言で頷いた。術師である2人は、残った3人の仲間があの操兵仮面に魅了されている可能性を懸念していたのである。現にブラガの反応は多少だがおかしい。彼の性格ならば、余分な代物はさっさと金に換えてしまう方が自然である。だが今の彼の様子からすると、あの仮面を売り払わない事に安堵している様である。
 だが心配事はそれだけではない。ハリアーは話を変えた。

「しかし、あのトオグ・ペガーナの者達は、あれ以来姿を見せませんね。あの宝珠を、何が何でも欲しがっている様でしたが。」
「あの呪われてるって奴だな。あれは今誰が持ってるんでえ?」
「私だ。今も肌身離さず持っている。」

 ブラガの問い掛けに、クーガが答えた。ああ言った代物は、正直ペガーナの寺院にでも持って行って封印してもらいたい物だ。だが練法師であるクーガや、聖刻教会の伝道士であるハリアーなどは近寄れる場所ではない。ブラガやシャリア、フィーに持って行ってもらうと言う選択肢も無くも無いが、どうせそこいら辺の寺院では、あんな物騒な代物を封印できるほど強力な僧侶は居ないだろう。下手に売り払うわけにもいかず、結局は彼らが持っているしか無い。どうにも始末に困っていたのだ。
 ハリアーがぽつりと言葉を発する。

「トオグ・ペガーナの者達は、あれを一体どう使うつもりなのでしょうね。」
「考えもつかんな。だが、奴らの教義からして碌な事ではないのは確かだろう。
 私もあの宝珠をあれ以後色々と調べてみたがね。感知系の術法で調べた所、何か吸い込まれそうな気配を感じて、あわてて術を打ち切る羽目になったよ。君の方はどうかね?神の使徒には、神の警告などが聞こえると聞いたことがあるが。」
「そんなに便利な物じゃありませんよ。」
「……だろうな。」

 ハリアーは、溜息をつく。クーガは座っていた丸木から立ち上がった。彼はハリアーとブラガに向かい、言う。

「こうしていても仕方ない。問題を先送りにする様で忸怩たる物があるのは確かだが……。とりあえずはそろそろ夕食の時間だ。フィー達に、宿に帰る準備をする様に言おう。」
「……そうですね。」
「おう、んじゃあ俺が言ってくるわ。」

 ブラガはシャリアの操る従兵機の方へ駆け出した。クーガとハリアーもまた、そちらへと歩き出す。だがその足取りはなんとなく重かった。



 従兵機を駐機場に預け、フィー達一同が宿屋兼酒場へ戻って来ると、そこには客が来ていた。正確には、使いの者だ。その人物は、以前彼等が助けた事のあるジムス・レンバーだった。ジムスは以前、彼の主であるリカール・ソルム・ケイルヴィー爵侍の命を果たすための旅の途中で、毒を使う暗殺者に殺されかけた事がある。それを助けたのが、フィー達一同だった。ジムスは彼等の顔を見ると、頭を下げて来る。

「ああ皆さん、お元気そうで。その節は本当にお世話になりました。」
「あれ、ジムスさんじゃないの。どうしたの今日は?」
「今日はケイルヴィー爵侍様のお使いでやってまいりました。皆さんを招待したいそうです。何か頼み事があるとか……。
 もしよろしければ、今から御一緒願えませんか?」

 一同は顔を見合わせた。



 ケイルヴィー爵侍は、デン王国でもそこそこの実力を持つ貴族である。フィー達は、毒に倒れたジムスの代わりに彼の使命を果たした事で、ケイルヴィー爵侍に知遇を得たのだ。
 ジムスの先導で、彼等はケイルヴィー爵侍の館へとやって来た。彼等は食堂へと通される。ジムスは退出していった。シャリアは困惑している。

「ど、どうしよう。あたしマナーなんか知らないわよ。」
「安心しろ、俺も知らねえ。」

 ブラガは笑う。だが彼の額に冷や汗が流れているのに、その場にいる誰もが気付く。やがてケイルヴィー爵侍がやってきた。フィー達はさっと立ち上がり、礼をする。ケイルヴィー爵侍は、鷹揚に手を振ってそれを止めた。

「ああ、気にしなくていい。無礼講でかまわない。頼みたい事はあるが、まずは食事にしよう。」

 そう言って、彼は席に着いた。フィー達も、腰を下ろす。やがて料理が運ばれて来た。フィーはきちんとマナー通りに食べ進めていた。だが残りの面々は、マナーなどわからない。だがそれでも、クーガやハリアーはなるべく丁寧に見える様に食べている。ブラガとシャリアについては、まあ言わない方がいいという所だ。少なくともブラガとシャリアは、食べた気がしなかったろう。
 食事が終わると、お茶が運ばれて来る。ケイルヴィー爵侍はそれを飲みながら、言葉を発した。

「わざわざ来てもらって、すまなかったな。実は君達に頼みたい事があるのだよ。」
「それは一体……?」

 フィーが一同を代表して尋ねる。ケイルヴィー爵侍は頷いて言った。

「うむ。頼みと言うのは、実はある人物を護衛して欲しいのだ。サグドルから、ネルデ丘陵国の首都デ・ネルデまでの往復だ。途中街道の都合などから、新ルーハス王朝の領土を横切る形になるな。一度、新ルーハスの首都であるキーデスにも寄る用事があるとの事だ。勿論旅行手形などはこちらで手配させてもらう。」
「護衛……ですか?ある人物と言うのは?」
「うむ。我がデン王国の貴族、ティコノ・アールイム・マーフィクス準爵殿のご子息、ウィザン・テイン・マーフィクス子侍だ。」

 フィーは思わず絶句した。クーガもぴくりと眉を動かす。他の面々は、ぴんと来ない様で、きょとんとしている。フィーはごくりと唾を飲み込むと徐に言った。

「父君が準爵なだけでなく、ご自分でも別個に爵位を持っている方となれば、相当な功績のある人物でしょう?そんな重要人物の護衛を、俺た……いえ、私達みたいな者に任せていいんですか?」
「今回、マーフィクス子侍は御忍びで行くのだよ。だから表沙汰になる様な護衛はつけられない。そこで信頼できる人物の紹介を私が頼まれてな。
 そこでその護衛を君達にお願いしたいのだ。君達が腕は充分に立つ事は重々承知している。だからこそ、君達にお願いしたい。下手な兵士を付けるより、確実だ。」

 フィーは仲間達の顔を見回した。仲間達は今のフィーの台詞で、大体相手がどれだけ偉い人物なのかを理解した様で、少々引き攣っている。無論、いつも鉄面皮のクーガは除いての話であるが。
 と、ハリアーがケイルヴィー爵侍に向かい、問いかける。

「爵侍様。そのマーフィクス子侍様が護衛を必要とすると言う事は、何者かに狙われている、と言う事でしょうか?」
「……正直その辺はわからない。私は護衛の斡旋を頼まれただけなのでな。
 ただ少なくとも、彼ほどの立場の者が護衛も付けずに旅行するわけにもいくまいよ。それに正直、彼には政敵が多いからな。この機会を狙って、どこかの誰かが仕掛けても不思議は無い。
 ただ、君達であればそう言った事態にも間違いなく対処できると、私は思っている。」

 一同は黙り込む。だがそのうち、意を決したかの様にブラガが口を開いた。

「フィー、お引き受けしても良いんじゃねーか?爵侍様がこれだけ俺達を買ってくだすってるんだ。お応えしなけりゃ、男が廃るってもんだ。」
「……そう、だね。クーガさん、ハリアーさん、はどう思います?シャリアも。」
「私も文句は無い。」
「私もいいですよ。」
「あたしもかまわないわ。」
「……わかりました、爵侍様。お引き受け致します。」

 フィーはケイルヴィー爵侍に向き直ると、そう言った。ケイルヴィー爵侍の顔が綻ぶ。

「そうか、礼を言う。ありがとう。報酬の話なのだが……。1人1,000ゴルダでかまわないかね?マーフィクス準爵殿から提示された額なのだが。後、万が一操兵が損傷する様な事になった場合、その修理費も持ってくれるそうだ。
 もしそれで足りない様なら、私からもいくらか付けるが?」

 フィーは承諾しようとした。だがクーガがそれに先んじて口を挿む。

「金額的にはそれでかまいません。ですが……それに加えて少々お願いしたい事があるのですが。」
「……何かね?」
「我々は、しばらく前に古代遺跡より逸品の操兵仮面……狩猟機の仮面を手に入れたのです。ですが、機体は完全に壊れて使い物にならなくなっておりました。そこで、その仮面用に機体を新造したいのです。
 ですが、一介の山師相手に鍛冶組合が、従兵機であればともかく、狩猟機の機体を売却してくれるとは、とても思えません。そのため、後ろ盾が必要なのです。どうか、その後ろ盾になって、鍛冶組合に口を利いていただけないでしょうか。」

 フィーはあっけにとられた。彼はクーガの顔を見る。クーガはフィーに頷いて見せた。ハリアーは何か言いたげだったが、クーガが顔をハリアーに向けて左右に小さく振るのを見て、言い出すのをやめた。
 フィーはケイルヴィー爵侍に顔を向ける。ケイルヴィー爵侍は、難しい顔をしていた。しかし彼は頷く。

「うむ……わかった。ただし、確実に成功するとは限らないぞ。私程度では、本来そこまでの権力は無いのだ。それでも良ければ、口利きをしよう。」
「あ、ありがとうございます!」

 フィーは嬉しそうに頭を下げた。ケイルヴィー爵侍も、にこやかに頷いて見せた。



 宿屋兼酒場への帰り道で、ハリアーはクーガに尋ねた。

「クーガ、どうしてあんな事をケイルヴィー爵侍様にお頼みしたんですか?貴方、例の操兵仮面の事でフィーが魅入られているんじゃないかって、心配してたじゃないですか。」
「うむ……。1つには、あの仮面からは悪意の様な物が感じられなかったからだ。だからと言って、仮面の意識という物は、人間のそれとは遥かにかけ離れているからな。悪意なしに、関わった人間に対し害をなす、などと言う事も有り得る話だが。だが、少なくとも悪意は無い様に見えたことが1つだ。
 2つ目は、本当に魅入られているとすれば、フィーがいつどんな無茶をやるかわからない、と言う事だ。あの仮面が機体を手に入れるために、フィーを操りでもしたなら、大事だ。それ故に、そんな事になる前に、平和的な手段であの仮面に機体をあてがってやった方が良いと思ったのだ。」

 クーガの説明に、ハリアーは一応納得した。

「そうですか……。」
「まったく、聖刻とはやっかいな物だ。」
「貴方が言いますか。」

 彼等の前では、フィー、シャリア、ブラガの3人が口々に言いたい事を言いつつ、宿屋兼酒場へ向かう道を歩いている。ハリアーは、彼等に何事も無いことを祈った。



 2日後の朝、フィー達一同はデン王国首都サグドルの、南門へやって来ていた。狩猟機と従兵機の操兵2体を擁する彼等は、山師としても非常に目立つ存在である。そこへ2人の供を連れ、馬に乗った20代半ばと見える青年がやって来て、フィー達に声をかける。

「諸君らが、私の護衛か?」
「ウィザン・テイン・マーフィクス子侍様でございますか?でしたら、我々が護衛の者でございます。ブラガさん、割符を。」

 フィーがブラガに、彼らが護衛である証拠の割符を出すよう促す。ブラガは頷くと、懐から割符を出した。お供の男の一人が、自分も割符を出してブラガのそれと合わせる。割符は、ぴったりと噛み合った。お供の男は頷く。

「ウィザン様、間違いはありません。」
「そうか。私がもったいなくもグリシル女王陛下より子侍の爵位をいただく、ウィザン・テイン・マーフィクスだ。今回の旅、護衛のほど、よろしく頼む。それと、そのようにかしこまった言い方はしなくても良い。今回は忍びの旅なのだ。呼び方も、名前を直接でかまわぬ。気後れする様であれば、『殿』でも付けてくれればよい。」

 マーフィクス子侍は、にこやかに言った。見れば忍びの旅と言う通り、着ている物は上質ではあるものの、一般の旅人が着ている様な物だった。フィーは少々躊躇したが、やがて頷いた。

「わかりました、マーフィ……いえ、ウィザン殿。私はフィーと申しま……言います。本業は一介の絵師なんですが、この狩猟機の操手でもあります。皆、自己紹介を。」
「お、俺はブラガと言います。」
「あたしはシャリアです。この従兵機を任されてます。」
「私はハリアー・デ・ロードルと言います。聖刻教の法師です。」
「私はクーガです。」

 マーフィクス子侍、いやウィザンは、満足げに頷いた。そして彼はお供の者達に声をかける。

「お前達も、自己紹介しなさい。」
「はいウィザン様。」
「様はいい、忍びの旅なのだ。」
「わ、わかりましたウィザン……殿。フィーさん、だったね。私はロラン・パクーと言う。」
「私はランガー・デートン。私とロランは、本来はウィザン殿御付の兵士なんだが、今回は単なる旅仲間、と言う事で。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」

 その様子を見届けると、ウィザンは言った。

「さて、それではそろそろ出立しよう。道中よろしく頼むぞ?」
「は、はい!じゃあ皆、行こう!」

 フィーはジッセーグに乗り込んだ。ジッセーグ・マゴッツが立ち上がる。その隣でシャリアの従兵機、ゴルタルが動き出した。残りの者は、馬にまたがる。彼等は隊列を組んで、南へ向かって歩き出した。



 その日の夕刻、ネルデ丘陵国との国境を前にして、彼等一同はシカムと言う宿場街に宿泊する事になっていた。ちなみに国境線が入り組んでいるため、ここから先ネルデ丘陵国の領土に入った後、一旦新ルーハス王朝の領土内を横切り、再びネルデ丘陵国の領土に入る事になる。そうしてやっと、ネルデ丘陵国の首都デ・ネルデに辿りつく事ができるのだ。
 なおここまで来るのに、今まで特に問題は起きていない。猛獣や怪物に襲われる可能性もあったのだが、実際の所そう言った物の出現は無かった。おそらくは、操兵の鉄の臭いと起動音が、獣や怪物を恐れさせて自分から避けさせていたのだろう。
 フィー達は、ウィザン達と一緒の宿を取った。と言うか、この宿場街は街とは名ばかりで、村と言った方が良い規模であり、宿もまともな物は一軒しか無かったのである。彼等は夕食を採ると、一日の疲れを癒そうと早々に床に着いた。
 だがその夜、フィーとブラガは、すっかり眠り込んでいる所をクーガに叩き起こされた。ブラガは文句を言う。

「な、なんだよクーガ。せっかく良い夢見てたっつーによ。」
「ブラガ、フィー、曲者だ。」
「「!?」」

 ブラガもフィーも、最初彼が何を言っているのかわからなかった。だが、彼が長剣と仮面を取り出し、部屋を出て行こうとするのを見て、はっきりと意識が覚醒する。ブラガは手斧と小剣を手に、フィーは破斬剣だけを持ってクーガの後を追った。すぐに彼等は追い付く。

「曲者?」
「ああ、ウィザン殿達の部屋の、窓の鍵を開けようとしているらしい。急ぐぞ。」
「なんで分かる……ってぇ、練法か。便利なもんだな。」

 ブラガの言った通りである。クーガは、万が一のときのため、自分に仕える霊魂を呼び出し、ウィザン達の部屋の様子を見張らせていたのだ。クーガは更に、明かりを得るために《妖火召》と言う術を結印して人魂を召喚した。
 彼らが庭に出て、マーフィクス子侍達の部屋の外までたどり着いたとき、曲者は今まさに窓を開けようとしている所だった。曲者は2人居た。1人は窓を開けようとしていたが、もう1人は短剣を手にしている。短剣の刃は黒く塗られており、もしかしたら毒刃かもしれなかった。更に2人とも黒づくめの上、覆面をして顔を隠している。明らかに、只の泥棒などでは無い。曲者達は、フィー達に気が付いて逃げようとする。
 クーガは両手を複雑に組み合わせて印を組むと、呪句を詠唱する。不可視の力がクーガから放たれた。2人の曲者の身体は硬直する。それはほんの数秒の事だったが、それで充分だった。
 フィーとブラガは各々曲者に斬りかかった。身体が硬直している曲者に、避ける術など無い。曲者は2人とも、あっさりと斬り倒されてしまった。

「ふう、なんとか倒したぜ。」
「だけど、殺しちゃいましたね……。これじゃ尋問も……。」
「……。」

 クーガは、曲者の死体の傍らに屈み込むと、新たな結印を開始する。ブラガは、げっ、と言う顔をした。フィーも、ああ、と言う顔をしている。クーガが結印している術は、《霊話法》と言う術だ。死者の魂を呼び出し、話をするという術だと言う事は、ブラガ達も知っている。クーガはしばらく何事か呟いていたが、やがて立ち上がり、仮面を脱いだ。



「なんであたしたちを起こさなかったのよ!」
「そうですよ。自分達だけで危険を冒すなんて。」
「すまん、時間が無かったのだ。」

 皆を起こし、事情を説明したクーガ達は、シャリアとハリアーに責められた。クーガは2人に詫びる。そして彼は、ウィザン達に向かい言った。

「この曲者共は、ソーダルアイン連邦はシルン国国王ジューサン・リグドルの手の者の様です。死に際に口走っていました。」

 大嘘である。この情報は、クーガが死者の魂を尋問して得た物だ。ウィザンは眉を顰める。クーガは続けて尋ねた。

「何か狙われる理由でも?」
「国の機密上の話になるので、教えられん。すまんな。
 ……まあ、なんだ。私が狙われる理由は幾つかあると言う事だ。しかしジューサンの馬鹿め。あの醜王、何をとち狂ったか。そんな口の軽い者に、私の命を狙わせるとは。」
「……まあとにかく、これからは夜に交代で不寝番を立てましょう。」

 フィーはそう言って、仲間達の方を見る。仲間達は頷いた。



 それからしばらくは、何事も無く旅は続いた。国境越えをしてネルデ丘陵国に入り、そこのエムパと言う宿場街――実際は村――に泊まり、次の日に出発する……。その間、フィー達は気を抜かず襲撃に備えていたが、結局襲撃は無かった。そして彼等は再び国境越えをして、新ルーハス王朝に入る。新ルーハス王朝の首都キーデスまでは、あと僅かしか無い。予定では、キーデスにてウィザンは、とある人物と会合する事になっていた。

「どうやら無事に、キーデスに入れそうだな。」
「油断は禁物ですよ、ウィザン殿。」

 ハリアーが、ウィザンに対し注意を喚起する。ウィザンは笑って答えた。

「そうだな。しかし油断は大敵だが、余裕は大切だぞ。」
「まあ……、そうですね。」

 その時、ジッセーグのフィーから警告が飛んだ。

『皆!感応石に狩猟機の反応が出た!注意するんだ!』
『わかったわ!』
「応!」
「……。」
「わかりました。ウィザン殿達はまかせておいてください!」

 皆が、各々警戒態勢を取る。そして道の向こうから、1騎の狩猟機が現れた。破斬剣と大盾を構えたその姿は重厚で、重量感を感じさせる。

「レビ・シュバーグ……。重装甲、頑丈さが取り柄の機体。倒すのは大変だな。」

 クーガが反応した。どう対処しようか、考えているらしい。と、そこにレビから声が上がる。

『おうおう、いい操兵乗ってんじゃねぇかよ。いっちょ互いの操兵を賭けて、決闘といこうじゃねぇか。』
『む、武者修行の者か!?断る!』

 一同の気が抜けた。武者修行とは、この様に操兵騎士などが、互いの操兵――多くはその仮面――を賭けて戦いながら、腕を磨きつつ放浪する事を言う。だがそう言った放浪操手の中にはただ徒に、操兵と見れば喧嘩を吹っ掛けて仮面を奪う事を目的とする様な、無法な連中も多い。このレビの操手も、そんな迷惑な輩の一人なのだろう――皆はそう思った。
 レビの操手は言う。

『逃げる気か!?卑怯者め!男なら受けて立ちやがれ!いくぞ!』
『待てって言ってるのに!こっちは仕事の途中だってのに!』

 レビ・シュバーグはいきなり斬りかかってきた。フィーは已む無く応戦する。剣と剣がぶつかり合い、火花が散った。
 ウィザンが口を開く。

「あのレビの操手、無法な輩だが、なかなかの腕前だな。」
「そんな事、言ってる場合ですかっ!」
『フィー!助けようか!?』

 シャリアの台詞に応えたのは、しかしフィーではなかった。それはクーガだった。

「いやシャリア、君は周囲を警戒したまえ。」
『クーガ!?』
「うがった見方ではあるが、アレは実は足止めと言う事も有り得る。」

 クーガだけは気を抜いていなかった。次の瞬間、その考えが当たっていた事を皆は思い知らされる。フィーが叫んだ。

『皆!周囲にいきなり従兵機の反応が出た!シャリア、頼む!俺はこっちで手いっぱいだ!』
『従兵機!?』

 そして周囲から、街道の右の森の中から1台、左の森の中から1台、街道の後方から1台と、合計3台の従兵機が一行を取り囲んだ。開放型の操手槽をして、装甲板が殆ど無い機体だ。いや、それどころか骨格自体も徹底的に肉抜きをして軽量化されている事が見てとれる。剥き出しの操手は、先に襲って来た黒づくめの曲者達と同じ格好をしていた。装備は、操兵用の小剣を手に持っている。
 シャリアは、後方の1台と向かいあった。

『こんのぉ!姑息なのよ、やり口が!』

 シャリアはゴルタルに長槍を振り上げさせ、突き刺した。だが見事に躱される。そして逆に、敵の従兵機は小剣をゴルタルの胸板に突き立てた。

『あうっ!やったわね!』

 だがその傷は浅い。おそらくこの機体は、対人奇襲用に特化されているのだろう。
 一方、残り2台の敵従兵機はウィザン達に襲いかかろうとしていた。だが、それを止める者がいる。ブラガだ。ブラガは叫ぶ。

「くそったれぇ!てめえらなんざ、これでもくらってズタズタになりやがれ!ヴァーズバン!」

 ブラガが叫んだ合言葉によって、彼の手斧が反応を見せた。それは合言葉によって、秘められた風門練法の力を発揮するのだ。突如1体の従兵機の周りに強力なカマイタチ現象が起きる。従兵機自体にはまったく効果は無いが、そのカマイタチは剥き出しの操手をズタズタに切り裂いていた。黒づくめの操手は、血を吹いて機体から落下する。ブラガは馬を飛び降りると、操手の居なくなった従兵機へと飛び乗った。
 もう1台の従兵機も、動きを止めていた。それはクーガの手による物である。クーガは今はウィザン達に対し、練法師である事を隠す必要性から、仮面を被っていなかった。しかし仮面を被らずに行使可能な低位練法であっても、決定的な効果を持つ術は少なくないのである。彼はマントに手を隠して結印し、術を放った。それと同時に、敵に対して命令をする。

「さあ、その操兵から降りてこい。」

 彼が結印したのは《練圧》と言う初歩の術で、他人に命令を強制する働きがある。見事に術にかかったその操手は、従兵機を放っておいて、えっちらおっちら降りて来た。クーガは馬を降りるとその操手を突き飛ばし、乗り手がいなくなった従兵機に飛び乗る。こうして敵の従兵機を2台とも奪う事に成功したのである。
 もっとも、この従兵機は酷い物であった。動くたびに骨格がぎし、ぎし、と鳴り、今にも分解しそうである。軽量化のやり過ぎであった。更にこんな細腕では、大きな武器は持つ事ができないであろう。決定的なのは、操手が剥き出しすぎて非常に恐怖を感じる、と言う事だった。
 まあとりあえずクーガは、自分が操兵から降ろした敵の操手を攻撃した。小剣が唸りを上げて敵に迫り、その胴体を真っ二つにする。どんなに非力でも、操兵は操兵だった。彼は機体をブラガの方へ向き直らせる。彼は叫ぶ。

「どっちが先だね!?」

 この操兵は、拡声器もついていない。操手が剥き出しだから、大声を張り上げるしか無いのだ。
 ブラガが答えた。

「シャリアの方だ!」

 2人は奪った操兵をたどたどしく操り、シャリアの加勢に向かった。



 ところでフィーはどうしていたかと言うと、どうにもレビ・シュバーグの頑健さを攻略しかねていた。ちなみにレビの操手は、もう正体を隠す必要が無いとでも言うのか、まったく言葉を発しなくなった。それが一層の不気味さを感じさせる。
フィーが用いている操兵用破斬剣は、魔剣である。そのために全くダメージが行かないわけではないが、表面的に傷つけるだけで、致命的なダメージはなかなか与えられなかったのだ。
 そして逆に、一寸でも避けるのに失敗したら、ジッセーグの薄めの装甲はあっと言う間に突き破られてしまう危険性がある。フィーは悩んでいた。正直まだ温存しておきたかったのだが、魔剣の特殊能力を使う時かもしれない。
 フィーは思い切り、言葉に全身全霊を込めて、魔剣の合言葉を叫んだ。

『ガルウス!!』

 破斬剣の刃に光が宿り、その光がレビ・シュバーグの重装甲を紙の様に斬り裂く。その一撃は当然の事ながら、内部構造までダメージを与えた。レビの動きが何やら鈍り、次の瞬間自重に押しつぶされてばらばらに部品が散らばった。
 フィーは仲間の加勢に行こうとジッセーグを振り向かせる。だがそこでの戦闘は、既に終わっていた。奪った従兵機の上から、ブラガが手を振る。シャリアのゴルタルも、ほとんど傷が無い様だ。安堵したフィーは、彼等の顔を直接見ようと、映像板を兼ねた前面装甲を開いた。



 フィー達一同は、新ルーハス王朝の領土を抜けて、再びネルデ丘陵国の領土へと入っていた。森の中を突っ切る形で拓かれている街道を、彼等は進んで行く。ネルデ丘陵国の首都デ・ネルデまでは、もう1日もかからないであろう。なお、あの操兵集団による襲撃以来、敵は姿を見せていない。
 ウィザンは、途中で宿泊した新ルーハスの首都キーデスにて、ある商人らしい装いをした――ブラガによると、装っているだけで確実に商人では無いそうだ――人物と、とある上級酒場の個室で密談をした。その結果は満足の行く物だったらしく、それ以後かなり機嫌が良かった。

「この調子で、デ・ネルデまで行き着ければ問題はもはや無いも同然なのだがな。その後であれば、万が一私が死んでももはや手遅れだからな……。」
「ウィザン殿!冗談でも死ぬなどと言わないでいただきたい!」
「ランガーの言う通りです!冗談が過ぎますぞ!」

 ウィザンのお供をしている2人は、ウィザンの軽口に烈火の如く怒った。その様子に、ウィザンは冷や汗をかきつつ謝罪する。

「悪かった、私が悪かった。もう言わないから勘弁してくれ。」
「「本当ですね?」」

 お供の2人にやり込められるウィザンを見つつ、フィー達一同は警戒を続けていた。今の態勢は、先頭にフィーのジッセーグ・マゴッツ、最後尾にシャリアのゴルタル、隊列の中程にクーガとブラガが奪った対人用の軽装従兵機が位置している。クーガとブラガが乗っていた馬は、ハリアーがまとめて引っ張っていた。
 ブラガがいかにも嫌そうに言う。

「この従兵機、歩くたびにギシギシ軋みやがる。凄ぇボロだぜ、こいつはよ。正直、乗っているだけで恐いぜ。」
「だが戦利品は戦利品だ。明らかに対操兵戦には使えん代物だろうが、こんな物でも売り払えば相応な金にはなるだろう。サグドルまで持ち帰れれば、だがな。」
「それを期待して頑張るか。」

 クーガの声に納得の意を返したブラガだが、彼は事あるごとに軋み音を立てる機体に、正直怖気ていた。もっとも、それで警戒を疎かにするわけではないが。



 やがて2刻ばかりが過ぎた頃の事である。フィーが大声を上げた。

『狩猟機の反応だ!皆、注意して!』

 全員が気を引き締める。やがて森の影から現れたのは、1騎の形式不明の狩猟機であった。だが、その機体にはネルデ丘陵国の紋章が刻まれている。その狩猟機は拡声器から声を上げた。

『騎上より失礼いたします!こちらはネルデ丘陵国の狩猟機、フォル・イーグンであります!デン王国はウィザン・テイン・マーフィクス子侍様の御一行とお見受け致します!主君の命により、お迎えに参上つかまつりました!』

 その声に、一同は各々驚きの表情を浮かべる。この旅はあくまで忍びと言う事があってこそ、フィー達一同が護衛の任務をケイルヴィー爵侍から頼まれたのである。それなのに、こうして公式の迎えが来ている事は、非常に不思議な事だった。
 ウィザンはその事について尋ねようとするが、それよりも先にクーガが声を上げる。

「何かのお間違いではありませんか?こちらはただ単に、旅の山師の一団でございます。」
『そんな事は無いはずだ!確かにあらかじめ知らされた通りの構成をしている!マーフィクス子侍様の御一行に違いない!』
「知らされた通りの構成、と仰いますが……。我々は、途中で襲って来た賊の持っていた従兵機を2台奪い、編成に加えているのですがね。旅だった当初とは、編成が変わっているのですよ。その事は、誰も知る由も無いのですがね。」
『そ、それはだな……。』

 フォル・イーグンの操手は口籠る。フィー達一同とウィザン、そして彼のお供の2人は皆、身構えた。
 と、フォル・イーグンはいきなり破斬剣を抜き放った。そしてフィーのジッセーグに斬りかかる。フィーはまったく油断はしていなかった。彼はフォル・イーグンが剣を抜くと同時に、自分もジッセーグに剣を抜かせていたのである。だが、フォル・イーグンの操手は徒者ではなかった。

『うわっ!?』

 フィーのジッセーグは敵の攻撃を受け止め損ね、痛い一撃を貰ってしまう。敵操手の技量は、かなりの物だ。フィーの耳には、ジッセーグの筋肉筒が千切れる音が、ブチブチと聞こえてきた。更にフィー自身も操手槽内壁に叩きつけられ、重い打撲を負う。
 フィーは反撃を見舞った。

『このっ!』
『……。』

 だがその一撃は、フォル・イーグンに躱されてしまう。今の攻撃は、かなり鋭い攻撃であったにもかかわらず、だ。やはり敵は、徒者ではない。フィーは全神経を集中して、次の攻撃を当てる事に集中する。そして彼は、かろうじて攻撃を当てる事に成功した。彼は魔剣の合言葉を叫ぶ。

『おおおおおっ!ガルウス!』
『ぐっ!?』

 フィー操るジッセーグ・マゴッツが持っている剣『デュール・オース』は魔剣である。そしてその魔剣は、1日1回しか使えないと言う制限はあるものの、恐るべき能力を持っていた。それは合言葉を唱える事により、敵の鎧を紙の様に斬り裂く事ができると言う、凄まじい能力である。フィーはその1日1回の能力を使い、一発逆転を狙った。
 果たして、フォル・イーグンは鎧を紙の様に斬り裂かれた。そしてその斬った痕から装甲板全体に罅が入り、ばらばらと脱落する。フィーがその後も攻撃を当てる事ができたなら、形勢は逆転していただろう。
 だが直後、フィーはもう一撃を喰らった。その結果、ジッセーグの動きは鈍り、フォル・イーグンに打撃を与える事が一層困難になったのだ。その頃には、隊列の後ろにいたシャリアのゴルタルも戦線に参加する事が出来ていた。だが、フィーの操縦の腕前でさえなかなか攻撃を命中させられない敵に、シャリアの拙い操縦では命中させる事などできなかった。挙句にシャリアは、従兵機の長槍で地面を突いてしまいバランスを崩しかける始末である。
 ハリアーはクーガとブラガに叫んだ。

「クーガ!ブラガさん!貴方達も加勢を!」
「こ、この機体でかよ!」
「……残念だが、我々では足手まといになるだけだ。操縦の腕前云々以前に、操兵の性能が酷い。この機体では、対人用の用途が精一杯だ。それにこの狭い街道では、フィーとシャリアが戦うので限界だ。
 だがフィーを見捨てるつもりも無い。この誘印杖を使おう。……赤字になってしまうが。」

 クーガはそう言うと、荷物から1本の誘印杖を引っ張り出して、自分の従兵機から飛び降りた。そして彼は、操兵に踏みつぶされる危険を冒し、敵狩猟機の足元へと飛び込んで行った。



 フィーは懸命にジッセーグを操って戦っていた。だがジッセーグは、敵狩猟機の攻撃によりその力を大きく落としていた。敵狩猟機フォル・イーグンの攻撃が、ジッセーグの胸板に当たる。衝撃がフィーを襲い、彼は内壁に身体を思い切りぶつけた。都合、これで3回目になる。ジッセーグのダメージも深刻だ。装甲はガタガタになり、もはや装甲の役割を果たしていないぐらいだ。今度敵の攻撃が当たったら、ジッセーグはばらばらになるかも知れない。
 一か八かの賭けで、フィーはジッセーグに、敵の仮面を狙わせた。聖刻器の破斬剣が、唸りを上げて敵機の仮面に迫る。だが残念な事に、僅かな差……本当に僅かな差で、敵の仮面には命中しなかった。敵の反撃が、ジッセーグを襲う。ジッセーグは直撃を喰らった。ばきばきと音がして、何処か重要部分が壊れた。
 だがジッセーグはまだ生きていた。かろうじてだが、首の皮一枚繋がっていたのである。しかし操手であるフィーは、もはや限界だった。何度も何度も操手槽内壁や操縦装置に叩きつけられ、彼は重傷を負っていた。今も必死に立ちあがろうとしているのだが、苦痛が彼を妨害する。フォル・イーグンは、シャリアのゴルタルを半ば無視すると、ジッセーグにとどめを刺しに来た。

『く……。ここまで、なのか?』

 フィーの口から弱音が漏れる。その時であった。感応石が眩い光を放つ。強力な魔力の波動を感知したのだ。その魔力の発生源は、ジッセーグの操手槽内にあった。それは以前の古代遺跡探索行にて、フィー達一同が入手した、古代の操兵仮面である。フィーは、その古代の仮面を、いつも身近に置いていた。今もまさに、ジッセーグの操手槽内に持ち込んでいたのである。

『うわっ!?』
『きゃああああっ!?』

 敵のフォル・イーグンと、シャリアのゴルタルから声が発せられた。無差別に放出された魔力の直撃を受けて、操兵の機能が停止したのだ。フィーは今のうちに立ちあがろうとした。だがその視界に、一人の人物が映る。クーガである。

『く、クーガさん?』

 クーガは機能停止して硬直しているフォル・イーグンに近寄ると、誘印杖を使って結印を始めた。そして彼は結印が終わり、誘印杖が塵になって崩れ去るや否や、その両手を敵狩猟機の足に叩き付ける。すると、その場所から電撃が走り、それはフォル・イーグンの全身を駆け巡った。当然、操手槽にも電撃は届いている。

『ぎゃああああぁぁぁぁぁっ!?』

 絶叫がフォル・イーグンから発せられた。敵の狩猟機はそのままゆっくりと仰向けに倒れて行く。クーガはすかさず胸板に飛びつき、操手槽の扉を開けた。そして、気絶している暗殺者を引きずり出す。
 彼はその気絶している暗殺者を放り出すと、フィーのジッセーグに向かって近寄る。そして操手槽の扉を開けた。

「クーガさん……。」
「今回は手ひどくやられたな。」
「ええ……。あいててて。」

 フィーの様子を見て取ると、彼はハリアーを呼ぶ。

「ハリアー!フィーを癒してやってくれ。重傷だ。」
「あ、はい。わかりました。……大丈夫ですよフィーさん、今治してあげますから。」

 ハリアーの治癒術の、暖かい光がフィーの身体を癒していく。フィーは溜息をついた。

「やれやれ、情けない……。こんなに一方的にやられるなんて……。」
「仕方なかろう。今回の敵は、徒者では無かったのだ。君は充分に、操手として一流と言える力量を備えている。自信を無くす必要は無い。」
「……今度もクーガさんに助けてもらっちゃいましたね。」
「気にするな。我々は仲間、だろう。」
「……はいっ!」

 フィーは、クーガに向けてにっこりと微笑んだ。クーガはいつも通り無表情だったが、なんとなく空気が柔らかかった。そんな様子を見ていたハリアーは、なんとなくこの2人が羨ましくなった。



 フィー達一同は、ようやくの事でネルデ丘陵国首都、デ・ネルデに到着した。ここに至るまでも大騒ぎだったが、ここに到着してからも大変な騒ぎだった。原因は、クーガが誘印杖の術で鹵獲した、フォル・イーグンである。当のクーガがフォル・イーグンを操縦し、デ・ネルデに入った途端、彼等はこの国の兵士達に、十重二十重に取り囲まれてしまったのだ。
 兵士達を率いていた騎士曰く、フォル・イーグンはつい先日、警備の者が殺されて盗まれた、正真正銘この国の狩猟機だったそうなのである。彼等は危うく身柄を拘束されそうになった。しかし、ウィザンがここで自らの身分を明かし、事情を説明。当初騎士は話を信じようとしなかった。だが身分の証である印章指輪を見せられ、ネルデ丘陵国の国王に面会の約束がある事を告げられると、態度を一変させた。ウィザン及びその供2人はそのまま王宮へ案内され、フィー達にも、フォル・イーグンを返還した事でかなりの額の褒美――狩猟機1騎分の値段には到底及ばなかったが――が渡されて、解放されたのである。
 全てが終わって、ウィザンをデン王国首都サグドルまで送り届けたのは、2週間ばかり後になった。ウィザンはあの後、ネルデ丘陵国国王と何度かの密談を重ね、そして何らかの合意に達したらしい。つまりはウィザンは、デン王国からネルデ丘陵国への使者であった、と言う事だ。
 操兵の修理についてだが、完全破壊寸前までやられたフィーのジッセーグ・マゴッツと、僅かにしか損傷していなかったがシャリアのゴルタルは、事前の約束通りウィザンが責任を持って修理費の支払いをする、と言う事になった。支払いの見積もりは、かなりの額になった――本来の報酬が軽く吹っ飛ぶぐらい――が、ウィザンは笑ってぽんと全額支払う。その太っ腹な様子に、フィー達は感服した。
 なお、クーガとブラガが奪った対人用軽装従兵機は、サグドルに帰ってきた際に、その機体を鍛冶組合へと売り払った。ちなみに機体だけ売り払い、仮面はいざと言う時のために取っておく事にした。クーガとブラガがあの従兵機をあっさり手放したのは、あの機体は造りが荒く、極めて運用に難が有り過ぎるためであった。



 フィーは、いつもの宿屋兼酒場にある自分達が宿泊している部屋で、布地に包まれた盾ほどの大きさの物体をじっと見つめていた。その物体とは、操兵、それも狩猟機の仮面である。その仮面は、今修理に出している、ジッセ−グ・マゴッツの仮面では無かった。ジッセーグの仮面は、機体共々鍛冶組合に預けてある。今彼が見つめているそれは、フォル・イーグンに追い詰められた絶体絶命の窮地において、フィーを救ってくれたあの古代の仮面である。
 フィーは呟く様に問いかける。

「なあ……。お前があのとき、助けてくれたんだよな?」

 フィーは、布に包まれた仮面を優しく撫でる。彼は言った。

「その……。なんだ……。ありがとう、な?」

 当然の事、仮面は何も応えはしなかった。フィーは続ける。

「なあ、いつかお前に……機体を造ってやるからな。それまで、ちょっと待っててくれ、な?」

 仮面は、何も応えなかった。だが仮面を撫でているフィーの掌は、何か暖かくなった様な感じを受けていた。


あとがき

 いよいよ主役メカが胎動を始めました。もっとも、まだ仮面だけではありますが。今後どうやって、この仮面に機体を製作するのか、それはまた後ほどと言う事で。ですが、この仮面はかなり上級の仮面なので、それに見合う機体と言う事を考えれば、おそらくはかなり強力な狩猟機になる事でしょう。
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