「玄室の亡霊」


 ここはデン王国とミルジア山岳民国の国境付近、デン王国側である。この辺りは険しい地形が続き、本来操兵で歩く様な場所ではない。だがフィー達はあえて操兵での乗り入れに挑戦していた。その理由は、クーガが解読した古文書の中身にあった。
 クーガが解読した古文書には、今は遺跡となった古代の研究施設の防衛態勢が記されていたのである。それによると金属合成獣という、操兵でないと太刀打ちできない様な化け物が、放し飼いにされているらしいのだ。ちなみに金属合成獣とは、文字通り金属と獣を合成した人造の生き物で、練法によって造られた物だ。これは、よく古代遺跡等の守護者として配置されている。
 幸いな事に、フィーの狩猟機ジッセーグ・マゴッツは劣悪な環境に対する適応能力が高い機種であった。それとフィーの操縦の腕前が上がっていた事も大きい。そう言った理由により、彼等はゆっくりとではあったが、操兵を伴って着実に山道を進んでいた。

『……ひいい〜、つ、疲れた。以前の遺跡への道ほどじゃないけど、こんな悪い道は操兵で通るもんじゃないよ。』
「頑張って、フィー!」
「もうちっと行けば、また道が楽になるって。なあそうだろ?クーガ」

 ぼやくフィーを、シャリアとブラガが宥める。ブラガから道に関しての情報を尋ねられたクーガは、頷いてみせた。

「サグドルを出る前に仕入れた地形図では、この辺がいちばんつらい場所だ。後は若干だが楽になるとも。」
「そうだと良いんですが。馬もかわいそうですし。」

 ハリアーが、自分達の乗っている馬達を気遣う発言をする。険しい山道で、馬達もつらそうだ。クーガは説明を続ける。

「正直、これが一番楽な道なのだよ。ただし楽なだけあって、遺跡を護っている護衛の化け物に出合いやすい道でもあるが、ね。その時は頼んだぞ、フィー。操兵なら、まあまあ楽勝のはずだ。」
『わかってます。……でも正直、出てくるとしたらもう少し平坦な所で出て欲しいですね。こんな所じゃあ戦うに戦えませんよ。』

 彼等はそんな事を言いながら、山道を辿って操兵と馬を歩かせる。やがて多少は平坦で広めの道に出た。フィーをはじめ、皆一息つく。
 だがその時である。彼等の進行方向右側になっている山の斜面から、何かが襲いかかって来たのだ。目標になったのはシャリアとその馬だ。シャリアはぎりぎりで回避する事に成功する。彼女は毒づいた。

「な、何よいきなりっ!……こ、こいつって!?」

 襲いかかってきたのは、四足の獣であった。しかしその皮膚は金属光沢を放ち、見るからに人造の化け物である事を想像させる。クーガは皆に向かい、言った。

「こいつだ。金属合成獣の四足獣型だ。操兵でなければ、やっかいな相手だ。フィー!頼んだぞ!」
『任せておいてください!』

 フィーのジッセーグ・マゴッツが、巨大な破斬剣を振り下ろす。その刃は、金属合成獣の身体を大きく抉った。その隙に、シャリアをはじめとして皆は、安全域まで下がる。

「フィー!頑張って!」
「いいぞ、そこだ!」

 仲間達は声援を送る。フィーは再度ジッセーグに剣を振り上げさせた。その時である。彼は何か気になる物を見つけた。20リート以上も後方だろうか、何か光る物が視界に入ったのである。

『……?なんだアレは。うわっ!』

 フィーは気を取られた隙に、金属合成獣の攻撃を受けてしまった。幸いなことにダメージは少なく、ジッセーグ・マゴッツの装甲で全て防ぐことができた。仲間達から悲鳴があがる。フィーのピンチに見えたのだろう。

『やったな!お返しだ!』

 フィーのジッセーグは、破斬剣を振り下ろした。それは綺麗に敵の胴体を真っ二つにして、反対側に抜ける。金属合成獣は、あっさりと息絶えた。
 フィーは息をつく。

『ふう……。』
「やったわね、フィー。でも、途中あぶなかったわよ。気を抜くのはマズいわよ。」
『あ、ああ。いや何か……後方に何かが見えたんだよ。光の反射が。もしかすると、だけど……。誰かが遠眼鏡で、こっちを見てたんじゃないかな。』

 フィーは自分の想像を語った。言ってしまうと、なんとなくそれが真実である様な気もしてくる。
 ブラガがその台詞に反応して、後方を見ようとした。だがクーガがそれを止める。

「ブラガ、後ろを見るのはよした方がいい。」
「何故だ?」
「もし本当に誰かが居たとして、こちらが気付いた事を相手に知らせる必要は無い。」

 クーガは能面の様に無表情で言った。彼は更に続ける。

「とりあえず今はなんでもない様子を装うんだ。誰かが我々をつけているなら、そのうちに尻尾を捕まえればいい。」
「そ、そうか?」
「でもそれが本当だとして、誰が私達の後をつけているんでしょう。そんな人に心当たりは……。」

 ハリアーの言葉に、クーガは自分の予想を言う。

「たとえば、我々の獲物を横取りしようと言う奴ら、等はどうかね?我々は、宿の1階の酒場で相談する事がよくあった。あの宿には泊り客は我々だけだったが、酒を飲みに来ている客は幾人も居た。その中に、性質の悪い同業者が居てもおかしくない。」
「……性質の悪い同業者……か。かもしれねえな。山師の中にゃ、悪辣な奴らも多いしなあ。」

 ブラガがやれやれと言う風に言葉を吐き出す。やがて彼等は、金属合成獣の死体を道から除けると、先へ進み出した。



 その夜の事である。フィー達一同は、途中で野営をする事になった。できるだけ平坦な場所を選んで、そこに天幕を張る。そして交代で焚き火を絶やさない様に見張り番をしながら、一夜を過ごすのだ。
 それを後方の岩陰から、じっと望遠鏡で見ている者があった。1人の男である。フィーの見た物は、気の迷いでは無かったのだ。その人物は、身動きせずに野営地の状況を確認していた。もっとも夜間で暗いため、昼間よりずっと接近していたが。
 だがその男も、昼間から1人でずっと監視をし続けるのは流石に苦痛だったと見える。野営地に何も動きが無いと見たその男は、やがて望遠鏡をしまい込み、マントにくるまって横になった。おそらくは仮眠を取ろうと言うのであろう。
 だが突然その男は跳び起きると身構えた。そこへ何者かの声がかかる。同時に電光が走り、その何者かが持っている松明に火が灯された。

「おおっと、動くんじゃねえ。この石弓が、おめえを狙ってるんだ。」
「……。」

 ブラガとクーガであった。実はクーガは練法を使い、自分に仕える霊魂を召喚していたのである。そしてその霊魂に自分達の後方を監視させて、自分達をつけている者がいたら、その居場所を報告する様に命令していたのだ。
 男はなんとか逃げられないか、きょろきょろと周囲を見回す。だがブラガの持つ軽弩の狙いは、ぴくりとも逸れない。

「あきらめな。さて、なんで俺達をつけてたのか、話してもらおうか。」

 その時、男の右手が閃いた。ブラガは反射的に軽弩の引き金を引く。その矢は過たず、男の腹に突き立った。血が飛沫を上げる。だが同時に、クーガの腕に男の投げた短剣が突き刺さった。クーガは松明を取り落とす。

「ぐっ!」
「く、クーガ、大丈夫か!?」
「大丈夫だ、たいした傷ではない。それより逃がすな。」

 男は重傷を負いながらも、逃げ出した。ブラガはクーガが落とした松明を拾い上げ、その後を追って行く。だが男はブラガの追跡をついに振り切った。クーガが待つ場所に、ブラガが悔しそうに帰って来る。

「だめだ、逃げられた。すまん。」
「いや、私が松明を落とさなければ良かったのだ。謝るのはこちらだ。」
「とりあえず、手当しないとな。皆の所へ戻ろうぜ。」

 彼等はとぼとぼと野営地へと戻って行った。野営地では、見張りをしていたハリアーとシャリア、それに天幕で待っていたフィーが彼等を出迎える。クーガの様子を見て、ハリアーが驚きの声を上げた。

「クーガ!怪我をしてるじゃないですか!」
「大丈夫、大したことはない。それよりすまない、逃げられてしまった。」
「けどよ、大怪我は負わせたぜ。これでしばらくは、こっちの事を見張るだなんて事は無理だろうぜ。」

 ハリアーはクーガの腕を急いで手当した。包帯を幾重にもしっかり撒きつけて、止血をする。クーガはおとなしく治療を受けていた。
 フィーが呟く。

「けど、これで相手が何者か、わからなくなりましたね。」
「そうね。これから充分注意しないとね……。」

 シャリアもフィーに同意する。野営地には、重苦しい雰囲気が流れていた。



 次の日は、彼等は道なき道を行く事になった。フィーのジッセーグが先頭に立ち、道を切り拓いて行く。それはとても時間のかかる作業だった。途中の渓流で水が補給できなければ、操兵の冷却水は尽きていたかも知れない。
 だが苦労の甲斐あって、奥まった山中のぽっかり開けた場所に建っている、古代の神殿にも見えるその遺跡に、彼等は夕刻前には到着する事ができたのである。ブラガは感慨深げに言葉を発した。

「ようやっと着いたな。……けど、もう夕刻だ。今日は休んで、探索は明日だな。」
『そうですね。じゃあ天幕を張りましょう。』

 フィーは正直、一番疲れているはずだ。しかし彼はジッセーグから降りると、率先して天幕を張り始めた。クーガはハリアーと共に、焚き火のための薪を集めに動き出している。シャリアはフィーを手伝って、天幕の設営をやっている。ブラガは鍋をジッセーグの背負っている荷物から降ろして、夕食の準備をはじめた。
 やがて夕食が終わり、順番に見張りを立てて野営を始めた。順番は、クーガ、ハリアーが最初の組、次に真ん中がブラガ単独、最後にフィーとシャリアと言う組だった。ちなみにクーガは、再び自分に仕える霊魂を召喚し、見張りを手伝わせている。なおこの霊魂は、3刻は継続して仕える物であるため、実質一晩中見張る事が可能である。
 その夜、最後のフィーとシャリアが見張りをしていた頃合いだった。突然クーガが起きて来た。フィー達は怪訝に思って彼に尋ねる。

「どうかしたんですかクーガさん。」
「まだ寝ててもいいのよ。」
「いや……。召喚した霊魂が、何かしら異常を感知した事を知らせて来た。2人とも、皆を起こした方がいいと思うかね?」

 その台詞に、2人は目を見開く。すぐさまフィーがクーガに問いただす。

「い、いったい何が!」
「わからん。連絡は『遺跡に異常あり』とだけで終わってしまっていた。」
「皆を起こしてくる!」

 シャリアが皆を起こしに走る。フィーは遺跡の方を見遣った。何も動きは無い。……いや、それは間違いだ、何か暗がりの中で、動く物がある。……ひからびた死人に、骨だけになった骨人だ、しかも1体や2体ではない。少なくとも2、30体は居るだろう。
クーガはフィーに向かって言った。

「ジッセーグだ。これだけの大軍相手では、操兵の力を借りなくてはどうにもならん。」
「わ、わかりました。」

 フィーはジッセーグに駆け出す。そしてすぐに操兵の起動音が響いて来た。残りの面々も跳び起きて駆けつけてくる。

「何事ですか!」
「わからない!」
「死人に骨人だ。遺跡の中から這い出て来た。」
「な、なにいっ!?」

 ブラガの叫びを合図にしたかの様に、死人と骨人の群は襲いかかって来る。そこへフィーのジッセーグ・マゴッツが、亡者の群へ突入した。
 クーガが言う。

「我々は、おこぼれを狙うぞ。フィーとの戦闘を潜り抜けてくる奴だけを狙って、叩き潰すんだ。フィーが操兵の剣を振るう、その邪魔にはなるな。」
「はい、わかりました。」
「おう。わかった。」
「来たわ!」

 骨人も死人もその大半が、獅子奮迅の活躍をしているジッセーグの巨大な剣で吹き飛ばされ、千切れ飛んでいく。だがそれをなんとか逃れるやつも居ないわけではない。4体の骨人がクーガ達に襲いかかってきた。
 クーガはハリアーに指示を出す。

「ハリアー、ぎりぎりまで術は控えてくれ。温存だ。」
「わかりました、できるだけ剣で戦いますよ。」

 そう言いつつ、2人は息の合った攻撃で1体の骨人を沈めた。その隣ではブラガが気をひいた骨人に、シャリアが双剣を楽々と打ちこんでいた。もはやこの程度の敵など、数さえ居なければ敵では無いのだ。そしてその数は、フィーの狩猟機ジッセーグ・マゴッツに食い止められている。死人・骨人側に勝ち目は無かった。
 やがて全ての骨人、死人が掃討される。その頃には、陽が昇ってきていた。ブラガが疲れた様に言う。

「やれやれ、少し休憩してもいいか?このまま探索に入ったら、疲れから何かへまやらかす可能性もありやがる。」
「そうね、少し休憩して、ご飯食べて、そしてから遺跡に入ろ。」

 シャリアがブラガに同意した。それに反対意見の者は、誰もいない様だ。彼らは少々休んでから、朝食の準備に取り掛かった。



 ブラガは遺跡両開きの門の前に立っていた。その門は開いている。先程明け方前あたりに亡者の群が出て来たのは、ここなのだろう。ブラガは呟いた。

「あれで打ち止めだと、いいんだがな。」
「そんなわけ、無いと思うなあたしは。」
「そうですね。私ももっと手強いのがこの中に潜んでる、とそう思います。」

 女性陣2人から駄目出しされたブラガは凹んだ。クーガは言う。

「さっさと隊列を整えたまえ。進入するぞ。」

 その声に、周囲の面々はきちんと隊列を整えた。一番最初にブラガ。2人目に、いつでも先頭と交代できるようにシャリアが。3番目にハリアーとクーガが並んで。そして最後尾に殿を兼ねてフィーが。これが彼等のいつもの隊列である。しかしその時その時で臨機応変に並び変えるのも、良くあることである。
 何はともあれ、彼等は隊列を組むと、神殿の様な研究施設の中へ入って行った。



 結局の所、地上1階や2階には何もめぼしい物はなかった。先程繰り出して来た死人や骨人は、この中にいたらしいことは痕跡からわかったが、研究施設と言うからには『研究材料』や『研究成果』の物品がいくつかあっても良いはずである。だが、そう言ったものは何処にも無かった。

「だーっ、また何処かに隠されてやがんのか?研究設備みてえなもんも何処にも見つかってねえからな。」
「どこにあるんでしょうね。研究設備。」

 フィーも困っている様だ。この神殿もどきの図面を描いてみたが、何処にも隙間とか無いのである。シャリアは既に頭から煙を吹いていた。
 そんな時、クーガが言った。

「この部屋の形は、周囲8方位と、練法の門派を表しているな。先程、ある部屋の天井に、『陽』を表す古代の聖刻語の紋様が描かれていた。……戦力の大半が亡者だと言う所から見て、怪しいのは土門だな。」

 クーガはブラガを促す。土門を表す部屋に行こうと言うのだ。だがブラガは土門が何なのか知らない。そんなブラガに、クーガが練法の門派の説明をしてくれた。

「陽門、金門、火門、木門、月門、風門、水門、土門の8つの門派……流派とでも言えばわかるかね?練法には、その8つの流派がある。そのうち亡者などを操る術を司るのは、土門なのだよ。」
「げー。気色悪ぃな。」
「……すまんな。」

 クーガの台詞の意味が分からなかったブラガは、目を白黒させる。ハリアーがその疑問に答えた。

「ああ、クーガも土門だそうなんですよ。死者の魂を操る術とか、クーガも多少は使えるはずですよ。」
「な、なにっ!あ、き、気色悪いなんて言って、すまんかった!」
「いや、いい。それより土門の部屋へ行ってみよう。この研究施設は土門と何か関係がある様だ。第一、敵の大半が亡者だからな。」

 彼等は全員が連れ立って、土門を表す部屋へ入って行った。ブラガが叫ぶ。

「さて、んじゃあこの部屋をみっちりと調べますか。」

 そう言って、彼は床を適当な棒きれで叩き出す。やがて彼は、反響音の音程の違う場所を見つけ出した。ブラガはクーガに尋ねる。

「ここだと思うか?」
「おそらくは……。」

 その台詞に勇気づけられて、ブラガは床板を持ちあげる。その床板は持ちあがる様になっていたのだ。そしてその下には階段が存在していた。ブラガが呟く。

「あった……。」
「では行こうか。」
「そうね、行きましょ。ブラガ、先頭お願いね。」
「おう。」

 そうして、彼等は地下室へと降りて行ったのである。



 地下室は、研究室だらけだった。そして数々のサンプルや研究成果の聖刻器があちこちに転がっていたのである。もっとも、そう言う所には怪物が居て、宝物を護っていたが。
 今もフィー達は、2体の死人食らいと戦っていた。クーガがフィーを呼ぶ。

「フィー!今から一時的に君の剣を強化する。一時戦線を離脱して、こちらに来たまえ。」
「え、あ、はい!今行きます!」

 フィーはブラガに自分が相手をしていた死人食らいを任せると、クーガ達の所まで後退した。ちなみにその間、シャリアは一人で残った死人食らいの相手をしている。シャリアの持っている双剣は、どちらも強力な魔剣なので、問題が無いのである。
 クーガは複雑に指を絡み合わせて印を形作ると、呪句を唱えた。そしてフィーの破斬剣に手を触れる。その瞬間、フィーの破斬剣は何か異様な雰囲気を漂わせはじめた。

「こ、これは?」
「《与術》という術で、武器に魔力を一時的に付与する技だ。おそらくそれで、死人食らいに効果が出るのではないか、と思う。もっとも正確にわかっているわけではないから、相手の身体が斬れなかったらすぐに諦めて防戦に努めるんだ。」
「はい!」

 フィーはブラガに抑えてもらっていた死人食らいに、破斬剣の一撃を叩きこんだ。破斬剣の刃は、はたして通常の武器が効かないはずの死人食らいの身体に斬り込んだ。恐ろしい事に、破斬剣の切れ味は、いつもの数段上になっている。

「いけるっ!」

 フィーは叫んだ。死人食らいは、お返しとばかりにその爪で突きかかって来た。フィーはそれを上手く躱す。そしてもう一撃、死人食らいの身体に剣を埋め込んだ。
 死人食らいは聞くに堪えない叫びを上げて、床に伏した。見ると、シャリアも自分の相手を倒している。フィーは笑いかけた。

「おつかれシャリア。」
「フィーも頑張ったじゃない。」
「いや、クーガさんに、剣に術をかけてもらったおかげだよ。」

 そこへブラガが口を挿む。

「俺が支援したのも忘れんなよ。」
「勿論ですって。」

 クーガは敵が倒れると、すぐに宝物を調べに行った。まるで陳列しているように並んでいるケースを調べ、そのケースに入っている書類とお宝を調べて行く。ケースの中には、実際かなりの価値を持つ、魔力を持つ武具などが収められていた。
 クーガはハリアーを呼ぶ。

「ハリアー、君に良い物があるぞ。」
「いえ、私は僧籍にある身ですから、魔力を持った物品は……。」
「いや、これは聖霊の力をもて造られた、聖なる武具だ。どうやら、神の力を研究するために研究材料としてここに持ってこられた様だな。書類には、『光の鎚矛』とある。」
「そんな聖なる代物を、研究材料ですか……。罰あたりですね。」

 そう言いつつハリアーは、ケースの中からクーガに指差された鎚矛を取り出す。それは彼女の手にしっくりと馴染んだ。
 ブラガが興味深そうに、それを眺める。彼はクーガに尋ねた。

「なあ、他にはどんな物があるんでぇ?」
「この手斧と、この兜、だな。どちらもかなりの魔力が秘められているらしい。合言葉を唱えたり、念ずる事によって、術法の効果が発動するようだな。『切り裂きの斧』に『風神の兜』と名付けられている。どちらもここの研究施設で創造された物のようだ。」
「手斧に兜、かあ。あたしは良いわ。武器は間に合ってるし、兜もつい先日、品質のいいのに新調したばかりだから。」

 シャリアがそう言うと、フィーもそれに追従する。

「そうですね、俺もいいです。武器は操兵の物と同じ形式の方がいいですし、防具も間に合ってますからね。」
「そうか、じゃあクーガはどうだ?」
「私はあまり前には立たないからな。時折前線に出る、君が持つと良い、ブラガ。」
「そっか。んじゃ俺が両方貰うぞ。」

 ブラガは嬉しそうに、それらの武具を手に取り、身につけていく。どちらもかなり良い物の様で、目に見えて彼の身ごなしが軽くなった。




 フィー達一同はこうして、各部屋や各倉庫などの護衛を倒しながら、進んで行った。その都度、色々な物が手に入った。聖刻石なども、多少は入手できた。クーガは時折、誘印杖や練法の資料なども手に入れている。それ故かあまり自分では、それ以外の手に入った宝物を受け取ろうとはしなかった。
 やがて彼等は、ひときわ大きな部屋に出た。そこには一人の人影が立っていた。すわ護衛の怪物か、と皆は気を引き締める。
 だがその人影はゆっくりとこちらを向いた。その顔には、複雑な紋様の描かれた精巧な漆黒の仮面がはまっている。フィーは驚いて叫んだ。

「妖術……練法師!!」
「いや、違う……!」

 そう言ったのは、クーガだ。彼にはその仮面をつけた人影の正体がわかっていた。

「亡霊……!」

 そう、その人影は亡霊だったのである。亡霊は、生者に対し憎しみの念を抱いている事が多い。ましてや彼等は、ここを発掘と言えば聞こえが良いが、泥棒をしに来た様なものなのだから。
 だがこの亡霊は仮面を被っている。あきらかに練法師の亡霊だ。となると、相当強力に違い無い。果たして勝てるだろうか。
 その時、亡霊は聖刻語で語りかけて来た。

《……待て。戦う意志は無い。》
「!?」
「何、あいつなんて言ったの、クーガ!」

 シャリアが剣を構えながら、そう言う。クーガは答えた。

「……彼は戦う意志は無い、と言っている。とりあえず皆、武器を下ろしてくれ。」
「お、おい?」
「わかりました。」

 フィーが真っ先にクーガの言葉に従う。他の面々も、渋々ながら、武器を下ろした。クーガは聖刻語で話す。

《武器は下ろしました。戦う意志は無いのですね?》
《うむ、そうだ。お前は土の門の者だな?実力的には心もとないが……8つの門派の中で、偶然土の門の者が来たと言うのは……。なんたる僥倖か……。》

 クーガは続けて問う。仲間は言葉がわからないので、怪訝そうな顔だ。

《私が土の門だと言って、どう言う意味があるのです。》
《お前は、《視盗》の術を覚えているか?》
《……はい。》
《ならば良かった。私はお前に受け継がせる物が、受け継がせる術があるのだ。これを誰かに受け継がせない限り、私は死ぬに死ねない。私は来るかもわからない、この様な機会を待って、永遠とも思える苦痛の時を過ごして来たのだ。
 どうか、私から術を受け継いでくれ。》

 クーガは驚く。この亡霊は、自分に術を受け継がせようと言うのだ。だが問題があった。

《ですが、私はそれほど強力な術者であるとは自分でも思っていません。あまり高度な術は、受け取る事ができませんが……。》
《それなら大丈夫だ。術の難易度的には、この術は最低位だ。……受け取ってくれるな?》
《……はい。》

 クーガは決断した。そして皆が見守る中、《視盗》と言う術――結印中の相手から、術を盗み取る術である――を結印した。皆は何が何だかわからない様子だ。

《よろしい。いくぞ。》
《はい。》

 亡霊もまた、結印をはじめた。クーガは今しがた結印した《視盗》の効果を使う。本来ならば盗まれる側と、盗む側の意志力の勝負になるのだが、今回は盗まれる側である亡霊が全く抵抗していない。術はすんなりとクーガの物になった。その瞬間、クーガは驚く。

《こ、これは!?》
《その通り、今お前が受け取った術は、呪操兵との《契約語》だ。だが呪操兵本体と操兵用仮面、そして操手用の仮面はまったく別々の場所に封印されている。……それを見つけ出すのだ。そしてその呪操兵を復活させるのだ。それが、わしがお前に託す使命だ。》
《あなたが今、被っている仮面は違うのですか?》
《この仮面『ヴーム・オゴ』は、わしの予備仮面だ。わしが消えた後、わしの装備をこの仮面込みでお前にくれてやろう。呪操兵の操手用仮面の位置は、このわしが被っている仮面が知っている……。お前が成長し、その力量に相応しくなったと仮面が判断すれば、教えてくれるだろう……。
 ああ……これで思い残す事は無くなった。これでわしは消える。さらばだ……。》

 クーガは思わず消え去ろうとする亡霊を呼び止める。亡霊の姿はぼやけはじめており、今にも消えそうだ。

《待って下さい。あなたの、あなたのお名前をぜひ……。》
《わしはツァード・ローグ・ヴァムガード……。そうだ、この奥にある物も、お前に……お前達にやろう。ただし、ひとつだけ……。神の『宝珠』には気を付けろ……。》

 そして、その亡霊は塵となって消えた。そこの床には、亡霊が身に着けていた物が散乱している。クーガはそれを拾い集めた。彼は漆黒の仮面を見つめる。そんな彼に、ハリアーが話しかけた。

「クーガ、いったい何があったのです?あの亡霊は、貴方に何を言ったのです。」
「ああ、今説明する。全て、全てね。だがその前に……。」

 クーガはその漆黒の仮面を己の顔にあてがった。仮面『ヴーム・オゴ』は素直に彼に従った。



 彼等は、亡霊がいた部屋を通り過ぎて、一番奥の部屋へとやってきた。そこは明らかに操兵庫とでも言える場所だった。しかし、今そこには1体の操兵も無かった。
 ただし、そこの床には特殊な練法陣が描かれており、その中央には操兵用の長大な剣――破斬剣が突き立っていた。クーガはフィーに言う。

「フィー、ジッセーグを持って来たまえ。この剣を抜くには、操兵でなくば無理だ。」
「ちょ、ちょっと、でもどこからジッセーグを入れればいいんですか?」
「大丈夫だ、今開ける。この仮面の波長が鍵になっているのだ。」

 クーガはそう言うと、一方の壁に近寄り何やら操作した。すると、そこの壁が大きく左右に開き、外へ出るスロープが現れた。操兵が充分歩く事ができる巨大なスロープだ。フィーは納得し、その出口から、ジッセーグの駐機してある場所へと走り去る。
 残りの面々は、この操兵庫の中を調べた。すると隠し部屋が、更に奥の方に見つかった。その隠し部屋をブラガが開けると、そこは壁、天井、床一面に聖刻文字と練法陣が描かれている、いかにもな部屋だった。そして部屋の中央に台座が置かれ、その上に何やら黴くさい布――ただし微細に紋様が刺繍してある――に包まれた物体が安置してあった。
 クーガはそれを子細に眺めてみる。どうやらそれは、直径2.5リット(10cm)程度の丸い物体だった。クーガは包みを開ける。するとそこに包まれていたのは、美しい、しかし何処か禍々しい宝珠だった。彼はそれを手に取って見る。すると、精神が研ぎ澄まされ、感覚がいつもよりも数倍、いや数10倍鋭くなるのが感じられた。だが、それと同時に身体がひどくだるくなり、今にも倒れてしまいそうになる。彼は慌ててそれを包みに戻した。ブラガが尋ねる。

「おーい、なんでぇそりゃ。美術品として高く売れそうな品だったけどよ。」
「これはそんな物じゃあない。物はわからないが、何か呪いがかかっている。だがここに放置していくのも危険かもしれん。我々が立ち去った後、何者かに利用されないとも限らない。
 ……正直、持っていったものか悩んでいるのだが。これがあの亡霊が言った、神の『宝珠』かも知れん。」
「げ、呪いかよ。やべえなそりゃ。」
「この包んでいる布も、只の代物ではないな。この宝珠の力を完全に遮断している。」

 彼等は隠し部屋を出る。すると操兵の駆動音が聞こえた。シャリアが話しかけて来る。

「ねえ、フィーが戻ってきたわよ。」
「ジッセーグで、あの剣を抜くんですね?」
『おーい皆、剣を抜くから一寸注意しててくれー。』

 フィーはそう言うと、ジッセーグの手にあの剣を握らせ、一気に引き抜いた。ぎらり、と刀身に刻まれた聖刻文字が光る。明らかに操兵用の魔剣だった。フィーは呟く。

『これは……凄い剣だ。だけど……鞘は無いのかな?』

 その後皆で鞘を探し回る事になった。



 そして彼等は、その遺跡を後にした。帰り道は、来た時の跡が残っていたため、来た時ほどは苦労はしなかった。それでもフィーは大変な思いをしたのは間違いないが。
 途中で一泊野営をし、更に半日ほど移動に使って、ようやく彼等はなだらかな地形へとたどり着いた。ここまで来れば、街道まであとひと頑張りである。
 だがそのとき、フィーが皆に注意を促した。

『皆!操兵の反応がある!こちらに向かっている。狩猟機1、従兵機2!気を付けて!」
「「「「!!」」」」

 一同は身構えた。やがて数頭の馬に跨った6人程の人間と、3体の操兵の姿が見えてきた。彼等は全力で走り寄ってくる。やがて10リート(40m)ほどの距離をおいて、相手は止まった。もう間違いない、彼等はフィー達一同に用があるのだ。それもおそらく物騒な方面の。
 相手の中で、馬に乗った人間のうち1人が声を上げた。ちなみに、その男は僧服の様なものを着ている。

「貴様ら、ここから先の山奥にあると言われる古代の遺跡を掘り返しおったな?」
「だったら、どうだって言うのよ!」

 シャリアが叫ぶように応える。すると、その僧服の男はいきなり要求を突きつけて来た。

「本来はその遺跡は、我々が発掘する予定だったのだ。貴様ら、そこで何か、宝珠のようなものを掘り出しおったろう。それをこちらに渡してもらおうか。」
「宝珠?知らねえなあ。」

 ブラガがとぼけて見せた。だが僧服の男は騙されない。

「とぼけるな!我々は神の啓示を受けて動いているのだ!あの宝珠は先日まで遺跡に存在し、そして今はもはやそこには存在していない、とお告げがあった!素直に渡さねば、死ぬ事になるぞ!」
「神様か。それでは騙せんな。」

 クーガが呟く様に言う。その顔は、漆黒の仮面が覆っていた。彼はいつでも術を結印できる様に、その手を前に突きだす。
 ハリアーが僧服の男に向かい、叫ぶように言った。

「渡さねば殺す、などと!その様な無法を許す神は何処の神です!」
「我らの神は魔神ジアクスなり!」
「トオグ・ペガーナか。」

 クーガが敵の宗派を推察する。トオグ・ペガーナとはペガーナの名を冠してはいても、もはやペガーナとは言い難いぐらいに変質してしまった異端宗派である。トオグ・ペガーナでは、魔神ジアクスのもたらす新世界を渇望し、その準備のため旧世界――今人々が生きているこの世界の事である――を破壊する事が教義となっている。

「トオグ・ペガーナで欲しがっている代物とあっては、どうしても渡すわけにはいかんな。」
「トオグ・ペガーナって、何よ?」
「俺も聞いた事ねえぞ。」
『俺はあります。邪神を信じてる、とんでもない宗教らしいですよ!』

 フィーの簡潔な説明に、シャリアもブラガも顔色を変える。そんな奴らが必要としている物を渡したら、いったいどんな悲惨な事態が引き起こされるだろうか。フィーの声がジッセーグの拡声器から響く。

『あんたらの思い通りには、絶対にさせませんよ!』

 そしてフィーの狩猟機は破斬剣を抜いた。今まで使っていた物ではなく、遺跡で手に入れてきたばかりの物だ。僧服の男――トオグ・ペガーナの僧侶は苛立たしげな様子を見せると、配下の者達に合図をする。

「貴様ら!こいつらを殺ってしまえ!」

 すると一斉に、おお、と声が上がる。そして馬に乗った者達はブラガやクーガ、シャリアにハリアーを目がけて馬を駆けさせ、操兵に乗った者達はフィーのジッセーグを始末せんと襲いかかる。
 ハリアーは両手を組んで、八聖者に祈りを捧げ出した。それを護る様に、シャリアが馬を前に進め、双剣を抜き放つ。ブラガもクーガの前に出て、遺跡で手に入れた手斧を鞘から抜いて戦闘準備をした。クーガはもはや問答無用とばかりに、結印を開始した。
 フィーのジッセーグは、斬りかかって来た敵狩猟機――どうやらマルツの改装機のようで、若干機動性が上がっている様だ――の破斬剣による攻撃を躱し、引き続き寄って来る従兵機2台――こちらは形式が一切不明である――に斬りかかった。まずは数を減らすつもりだったのだ。フィーがジッセーグに振るわせた破斬剣は、見事に1台の従兵機の装甲を叩き斬った。おそるべき威力を持った魔剣である。
 だが、フィーは圧倒的に不利であった。相手は狩猟機1、従兵機2の合計3体。それに比べ、こちらはジッセーグ・マゴッツが1騎だけであるのだ。腕前に相当の差がなければ、勝利は不可能だろう。
 一方、操兵の足元では騎馬に乗った人間同士の戦いが行われていた。まず先手を取ったのはブラガである。ブラガはいきなり、遺跡で手に入れた手斧の力を解放した。しかも敵が密集している場所を狙って。半径50リット(2m)ほどの空間の中に、カマイタチ現象が巻き起こる。突っ込んで来る5人中3人と馬3頭程が巻き込まれ、血を吹き散らした。2人が落馬してそのまま動かなくなる。だが今の攻撃で斬られた男達も狂信的に魔神ジアクスを信じているらしかった。残る1人と、巻き込まれなかった2人は、ひるむ事無く突っ込んで来る。
 それを迎え撃ったのは、シャリアである。彼女は双剣を振るい、一人の男に叩きつける様にした。その男はつい今さっきブラガの手斧の力でカマイタチに切り裂かれた者である。そいつは既にダメージを受けていた事もあり、あっさり落馬し、これも動かなくなった。だが残る2人はまだ無傷である。1人はシャリアに長剣で斬りかかって来た。だがシャリアの腕前は高く、あっさりと躱される。もう1人はブラガに相対していた。こちらはいきなり斬りかからず、まずは間合いを測っていた。
 ハリアーは祈りを終えると、その輝く掌をブラガの目の前の男に向ける。すると、その男は凍りついた様に動きを止めた。ハリアーが得意とする金縛りの術である。彼女は即座にもう一人の男にも術を使うべく、八聖者への祈りを開始した。
 クーガはただひたすら、術の結印を行っていた。仮面を得た彼は、操兵に効果のある術法を使おうとしていた。だが、操兵にも効果のあるほどの術は、総じて結印に要する時間が長いのである。
 トオグ・ペガーナの僧侶は人間同士の戦いで、味方の旗色が悪いのに腹を立てていた。彼は操兵に向かい、声を張り上げる。

「おい!誰か1人、こちらに来て手伝え!」
『は、はい!ザヤン様!』
『行かせるかっ!』
『おっと、お前の相手は俺だよ。』

 フィーのジッセーグの攻撃で傷ついた従兵機が1台、ブラガやシャリアの方へやって来る。人間相手ならば、傷ついた操兵でも大丈夫だと思ったのだろう。それを止めようとしたフィーだったが、敵の狩猟機に阻まれてどうにも動き様が無かった。
 フィーは敵の狩猟機に攻撃をする。

『く、くそっ!そこを退けよっ!』

 ジッセーグの剣は、上手く命中した。フィーはすかさず剣の刀身に刻まれている文字に書いてあった合言葉を叫ぶ。

『ガルウス!』

 合言葉に応えて、剣に秘められた力が発揮された。刀身が眩く光り輝き、その刃が敵の装甲をバターの様に斬り裂いていく。敵狩猟機の操手は、驚きの声を上げた。

『ぎゃっ!ば、ばかなっ!くそ、これでもくらえ!』
『甘いぞっ!』

 敵狩猟機は、今の一撃で動きが鈍り、そのために剣捌きがおぼつかなくなった。そのため、フィーのジッセーグに攻撃は当たらない。だが残った最後の従兵機が放った槍の一撃が、フィーの操兵に命中した。

『うわっ!?』
『馬鹿め、俺を忘れたか!』

 破片が飛び散り、装甲に大きく亀裂が入る。フィーは大きく身体を操手槽内壁に叩きつけられた。以前に行ったことのある、デン王国南側の古代遺跡で手に入れた、魔力のこもった操手用防具が無ければ、大怪我をしていただろう。
 フィーは苦しげに呟く。

『く、くそっ!』

 だがその時である。ジッセーグの感応石に眩い光が灯ったかと思うと、突然従兵機の足元が流砂と化した。敵の従兵機はなんとその流砂に吸い込まれ、地面に沈んで行く。従兵機の操手は泡を食った様な叫びを漏らす。

『な、なんだこりゃあ!た、助けてくれっ!』
「フィー!これで1対1だ!」
『クーガさん!』

 そう、これはクーガの練法による攻撃だったのである。従兵機はみるみるうちに流砂に沈み込み、砂に飲まれてしまった。見ると、仲間達の方に行った半壊した従兵機は、シャリアやブラガに槍で何度も攻撃を仕掛けているが、一向に当たらない……否、攻撃が当たっても、シャリアもブラガも平気の様なのだ。

「ハリアーの術だ!これでこちらは何とかなる!」
『わ、分かりました!こうなったら、こっちのもんだ!』

 フィーは意気軒昂となり、敵狩猟機に攻撃を行った。敵狩猟機は攻撃を避けることもできず、まともに斬撃を受ける。敵狩猟機は、完全に沈黙した。
 ザヤンと呼ばれたトオグ・ペガーナの僧侶は、怒り狂っていた。あれだけの戦力――操兵3体を含む――を用意したのに、山師風情に蹴散らされてしまったのだ。彼の手に残ったのは、もはや半壊した従兵機1台のみ。しかもその従兵機は、邪教の尼僧――ハリアーがこれを聞けば怒り狂うだろう――の秘術に邪魔されて、相手に一撃も与えられずにいる。

「くそ……。見ておれ……。」

 彼はこの状況をひっくり返すため、接敵範囲内に踏み込むと、術の祈念に入った。



 クーガは残った従兵機を制圧すべく、新たな術の結印に入ろうとしていた。だが敵の僧侶が馬をこちらに走らせてくるのに気付き、まずは皆に警告を発する。

「皆、あのトオグ・ペガーナの僧侶が何かするつもりだぞ。気を付けるんだ。」
「と言われてもなあ……。相手の攻撃が届かないのはいいけど、この術……。こっちの攻撃も届かないんだろ?何もしようが無いぜ。
 頼みはお前さんの術なんだぜ?」

 ブラガはそう言って苦笑する。そう、ハリアーが使った術は、一定の空間内での物理攻撃が、一切効果を持たなくなると言う術なのである。だがクーガはそれに反論した。

「術使いなのは、おそらく相手も同じだ。精神を集中させて耐えるだけでいい!」
「……わかった!」
「わかったわ!」

 ハリアーは、どの術を使うか一瞬迷った。だが、敵から言葉を奪う術を使う事にする。ハリアーは馬を少々敵に近づけさせて、クーガを自分の術の範囲内から外す様に動いた。この術は半径1リート(4m)範囲内の敵味方かまわず、全ての対象者の言葉を奪う術だからだ。
 だがそのために、彼女の行動は一歩遅れることとなった。先に、トオグ・ペガーナの僧侶、ザヤンの術が発動してしまったのである。

「我が神、魔神ジアクスに従う聖霊よ!彼奴らを恐怖に陥れたまえ!」
「きゃあああっ!?」
「ぐうぅっ!!」
「!」

 その術の範囲に入っていた仲間は、シャリア、ブラガ、そしてハリアーである。ハリアーはなんとか持ち前の高い精神力で耐えた。しかしシャリアとブラガは耐えきれなかった。

「あ、あ、ああああああ!!」
「ひ、ひいいぃぃっ!?」
「!八聖者よ、お力を!」

 シャリアはあまりの恐怖に恐慌し、呆然と立ち尽くす。ブラガもまた恐慌状態となり、手に持った手斧でクーガに斬りかかった。ハリアーは祈念していた術を発動させる。トオグ・ペガーナの僧侶であるザヤンの言葉を奪い、これ以上の術の発動を阻止するためだ。

「く!……だが、甘いわ!」
「そんな!効かない!?」
「……。」
「……!!」

 だがザヤンにはその術の効果は無かった。先程まで恐怖の叫びを上げていた、シャリアとブラガが黙ってしまっただけである。ザヤンは強靭な意志力で、ハリアーの術の威力を退けたのだ。ザヤンは続けての術の祈念に入る。ハリアーもまた、慌てて新たな術の祈念に入った。
 だが再び、ザヤンの方が術の完成は早かった。ザヤンは聖霊の力を集中し、ハリアーの術を破る。

「魔神ジアクスのお力持ちて、聖霊よ!邪教の尼僧の術を破れ!」

 ハリアーが使った《力殻弄》の術……範囲内の物理攻撃を封じ、一切の打撃を効果の無いものとする術が、トオグ・ペガーナ僧ザヤンの術法にて破られた。ザヤンは叫ぶ。

「さあ!これで攻撃は通じる様になったぞ!こやつらを踏みつぶしてしまえ!」
『は、はいザヤン様!』

 そう、今まで攻撃が通用せず、手をこまねいていた、壊れかけた従兵機の操手である。彼の従兵機は、槍を振り上げてハリアーを叩き潰そうとした。
 同時に、恐慌状態になって敵味方の区別がつかなくなったブラガの手斧が、術の結印を行っていたクーガを斬り裂く。クーガは躱しきれず、直撃をくらった。

「!!……ダール・オーズ・リハー・アブラム……。」

 だが、肋骨を折るほどの大怪我を負ったにも関わらず、クーガは超人的な意志力で結印と呪句の詠唱を続ける。そして術が発動した。《練粧》……ある一定範囲内の数人を金縛りにする術である。
 だがその術は、目の前のブラガではなく、ハリアーを叩き潰そうとしていた従兵機を目標に行われた。この術は操兵そのものには効果は無い。だが従兵機には、操手を術法から護る力は無く、従兵機の胴体を術法の範囲で囲むように術をかければ、その操手には術の効果は届くのである。なお、狩猟機の操手槽には操手を護る結界が存在しているため、低位の術法では狩猟機の操手には届かない。
 そう、クーガは目の前の脅威である狂乱したブラガを金縛りにするよりも、ハリアーを救うために従兵機を制圧する事を選んだのだ。果たして従兵機は動きを止め、蒸気を吹き上げる。

「……!!」
「く……。」

 ハリアーの術で言葉を失っているブラガが、叫びの形に口を開く。そして手に持った手斧をクーガに向けて振り上げた。クーガはなんとか躱そうとする。しかしこんな時に苦痛が身体の自由を奪い、うまく躱せない。
 だがクーガは諦めていない。最後の最後まで、なんとかあがき続けよう、としていた。だがだからと言って、打てる手は無い。ブラガの攻撃がなんとか外れる事を祈るしかない。

「……?……!」

 だが、ブラガの動きが突然止まった。口をぱくぱくさせて、言葉が出ない事と、自分がクーガを攻撃していた事に驚いている様だ。しかしその瞳には、先程まで失われていた理性の光があった。
 クーガはシャリアとハリアーの方に目を向ける。先程まで術で与えられた恐怖に凍りついていたシャリアは、トオグ・ペガーナの僧侶であるザヤンに無言で斬りかかっていた。そしてハリアーは、クーガに顔を向けて、にっこりと笑いかけた。

「……どうやら、ハリアーの術が間に合ったようだな。」

 クーガは呟く。そう、ハリアーがザヤンの与えた恐怖を打ち破るための術を使い、シャリアとブラガを恐慌状態から解放したのである。だが、正直クーガはあぶない所だった。まかり間違えば、味方の手で殺されていた所だ。
 凄まじい金属音が上がる。クーガが見遣ると、半壊した従兵機に、フィーのジッセーグが破斬剣を突き立てていた。フィーの声が拡声器を通して聞こえる。

『大丈夫ですか!?クーガさん!』
「ああ、なんとかな。」

 クーガはそう言って手を振ると、小規模な雷光を掌から放つ術を結印した。そしてその雷光をザヤンに向ける。ザヤンは今、シャリアとハリアーの2人に集中攻撃を受けており、綱渡りの様な状態で耐えていた所だった。クーガの放った雷光が、その均衡を崩す。電撃に麻痺したザヤンは、シャリアの剣とハリアーの鎚矛の前に、落馬して大地に伏した。



 戦闘が終わり、彼等は急いで怪我人の手当てを行った。一番の重傷者はクーガである。ハリアーは八聖者に祈りを捧げ、強力な治癒の術を使った。クーガに怪我を負わせた張本人であるブラガは、しきりに恐縮していた。なおフィーも打ち身の怪我をしていたが、ハリアーの応急手当で、術の力を使うまでもなく何とかなった。
 その後彼等は、この襲撃の背後関係を知るべく、死亡したザヤンの霊魂を呼び出して話を聴く事にした。無論、クーガの練法によるものである。シャリアとブラガ、それにフィーは、死者の魂を呼び出すと聞き、驚愕していたが。それによると、ザヤンはトオグ・ペガーナの上層部からの命令によって、彼らが遺跡で見つけた宝珠『オルブ・ザアルディア』を奪取せんとしていたのだ。だが詳しい事情はザヤンも知らず、ただ高僧達からの命令を受けて行動していただけ、との結果に終わった。
 フィー達一同は、あの宝珠に薄気味の悪い物を感じていた。だが、邪教の手の者が狙っている以上、あれをうかつに手放すわけにもいかない。もし邪教の手に渡れば、どの様な災厄を招くかわからないからだ。彼等は、あの宝珠を安全に始末できる方法は無いか、頭を痛めていた。


あとがき

 今回、キャンペーンの1つの核となる物品が出て来ました。そう、トオグ・ペガーナの連中が狙っている、あの宝珠『オルブ・ザアルディア』です。この宝珠には色々と秘められた力がありますが、今のところはまだ秘密と言う事で。
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