「夜が支配する村」


 その日、フィー、ブラガ、シャリア、ハリアーの4人は、2階が宿屋になっている街外れの酒場で、特にする事もなく過ごしていた。酒場には彼ら以外、客はいない。彼等は先日、ある古代遺跡を発掘してきたばかりである。そして今現在彼等は、彼等の最後の仲間であるクーガが、その古代遺跡から入手した古文書を解読するのを待っている所なのである。

「しかしクーガさんが古文書とかの解読が得意で助かりましたね。」
「おう、もしかしたらこれで、次のお宝が見つかるかもしれんからな。」
「あの古文書に、そういう事が書いてあればいいわね。」

 フィー、ブラガ、シャリアは口々に、次の探索行への期待を喋る。ハリアーはそんな仲間の様子を頬笑みながら見て、言った。

「そうですね。ところで、この辺にはやっぱり聖刻教会の教会は無いんでしょうねぇ……。私はこんな大金持って歩くのは気がひけます。できれば教会に献金したいんですがねぇ……。」
「……現金を生のまま持って歩いてるんですか?」
「え?いけませんか?」

 フィーが驚いた様に言った。ハリアーは怪訝そうに応える。フィーはハリアーにそう言う方面の知識が無い事に驚く。

「ハリアーさん、そりゃまずいですよ。いつ盗難に遭うかもしれないですし、ある程度以上は現金は持って歩かない方がいいです。」
「え?じゃ、じゃあどうするんですか?」

 フィーは小声で教える。

「俺なんかは、持って歩く必要のある現金多少以外は、全部宝石に換えて衣類に縫い込んでます。」
「用心深いわねえ。あたしは必要以上のお金は、みんな実家に送金しちゃってるけど。」
「俺は半分はフィーと同じだな。あとは、こないだ見つけた信頼のおける大きな両替商に、手数料を払って預かってもらってるぜ。」

 フィー、シャリア、ブラガの台詞に、ハリアーは溜息をつく。

「そう言う事は、考えた事もなかったです。気をつけましょう……。ブラガさん、私にもその両替商、教えてくれませんか?私も手数料を払って、預かってもらおうと思います。」
「それがいいな。んじゃ、後で出かけるか。」

 と、そこへクーガが古文書や書付を手に、2階から階段を降りて来た。フィーが手を上げて、クーガに合図をする。クーガは酒場の中の、フィー達が陣取っているテーブルにやって来て、腰掛けた。

「クーガさん、解読は終わったんですか?」
「いや、まだだ。とりあえず食事にしようと思って、降りて来た。だが、期待は持てそうだ。
 先日の遺跡が『別荘兼研究所』だったと言うことは話したな。どうもアレは別荘と言うより、その研究施設の分室の様なものだったらしい。と言うことは、本部も何処かにあると言う事だ。
 ちなみにあそこで行われていた研究は、聖刻器――魔力を持った道具の類の研究だったらしい。操兵も含めて、な。だからこそ、あそこに干からびて使い物にならなくなった狩猟機があったわけだが。」

 クーガは手書きのメモを見ながら語る。周囲の皆は、尊敬の目で見た。クーガはそ知らぬ顔で、手を上げて女給を呼んだ。やがて女給が注文を取りに来る。クーガは適当な食べ物を注文した。すぐに食事が運ばれて来る。
 その時、突然酒場の扉が開かれた。彼等はそちらの方を見る。そこにはみすぼらしい身なりの青年が、今にも倒れそうな様子で立っていた。彼は口を開く。

「み、水を……。それと何か食べ物……。」
「ちょっと、金はあるのかい?うちも一応商売なんだけどね。まあ、水くらいだったらいいけどさ。」

 女給は樽から素焼きのコップに水を汲むと、青年に渡してやる。ちなみにここアハーン大陸西方南部旧王朝地域は、比較的水の豊富な場所である。ここが西方西部域や中原の様な、水の希少な地域であったなら、こんなに簡単に水は貰えなかっただろう。
 青年はそのコップを受け取ると、必死になって水を飲み下した。一息つくと、青年は言った。

「か、金は一応ある。」

 青年はそう言うと、懐から数枚の銀貨を取り出した。女給はそれを見ると頷き、奥にいる店主兼料理人に声をかけた。やがて簡素な料理が運ばれてくると、青年はがっつく様に食べ始めた。
 やがて青年は食べ終わると、再び女給に声をかけた。

「な、なあ。俺は人を雇いに来たんだけどよ。どういう所に行けば雇えるかな?」
「どんな人を雇いたいんだい?」
「あ、と。た、戦える人、だ。化け物退治をして欲しいんだ。」

 女給はフィー達の方に顔を向けると、青年に対して言った。

「あの人たちは山師だって言うから、頼んでみちゃどうだい?あの人たちが引き受けてくれなくても、どういう所で人を雇えばいいかとか、教えてくれるかもよ?」
「おいおい女給さん、ちょい待った。俺達は今、次の仕事の検討を……。」

 ブラガが慌てて女給に待ったをかけようとする。だがそのブラガを、ハリアーが遮った。

「待って下さいブラガさん。まずは話だけでも聞いてみませんか?化け物が出ると言う事なら、何かしら困っている人がいるはずです。」
「……あー。人がいいなあ嬢ちゃんは。」

 ブラガは仲間達の顔を見回す。どうやらシャリアもフィーも、ハリアーの言葉に肯定的な色をその顔に浮かべている。唯一顔色が何の変化も無いのがクーガだが、彼は元から無表情の鉄面皮だ。ブラガは諦めた。

「あー、わかったよ。話だけでも聞いてみるとするか。おい兄ちゃん、あんたの名前と、そして事情を話してくれや。」
「あ、え、お、俺はポリンって言う、ディルコン小侍様の下で下男をやってるもんだ。」

 小侍とは、小さな荘園を与えられる程度の、格の低い貴族の事だ。ブラガは続けて尋ねる。

「で、そのディルコン小侍様ってのは何処にいらっしゃるんでぇ。」
「ああ、ご領主様はこっから北にずっと行った、ピル・アレー沿いに小さな村……ワルプと言う荘園を持ってらっしゃる。山ばっかりの土地で、全然開けてない所だ。」
「ふうん。で?」
「で、って言われても……。」
「だから、どういう理由で戦える人間が欲しいんでぇ?」

 ブラガの問いに、青年――ポリンはようやく合点が行った様で、事情をつらつらと話し始めた。それによると、最近村に夜な夜な化け物が出るらしいのだ。村人が何人か殺されもしているらしい。ピル・アレー――ラムクト山脈から怪物が降りて来る事がたまにあるため、村には自警団みたいな物は存在していた。だが今回の怪物には自警団の人間達もまったく歯が立たず、逆に重傷を負わされ、ほとんど再起不能にされてしまった者もいる。
 そこで領主であるゲール・ラトル・ディルコン小侍に村人が嘆願したのだが、ディルコン小侍の手の者達も怪物に返り討ちにあってしまった。已む無くディルコン小侍は、忠実な下男であるポリンに命じて、怪物退治ができる人間を首都サグドルまで捜しに行かせたのである。なお、下男であるポリンがやって来たのは、少しでも戦える人間は、ディルコン小侍と村を護るために動かせないからである。
 そこまで話した時、クーガが口を挿んだ。

「……その怪物と言うのは、どの様な化け物なのかね?」
「ああ、ええと、俺がじかに見たわけじゃないけど。話によると、外見は人間みたいで……でもなんか死体みたいに血の気が無いって言ってた。あと、村人が血を吸われたって……。」
「ほう……。」

 その言葉に、クーガは眉をぴくりと動かした。そして続けて言葉を紡ぐ。

「ならばもしや……その怪物には武器が通じなかった、とか言わないかね?」
「そう、その通りだ!そう言ってた!あんた、なんで知ってるんだ!?」
「クーガ、武器が通じなかったって、こないだ倒した死人食らいみたいな奴じゃないの?」

 シャリアが声を上げる。だがクーガは首を左右に振った。

「違う。おそらく死人食らいでは無い。死人食らいは血を吸わない。……死体みたい、と言ったな。外見は確かに死体みたい、だったのだな?生きている人間と間違えたりはしないな?」
「あ、ああ。たぶん。話によれば。」
「化け物の被害は、夜に集中しているのだな?」
「ああ。」

 ポリンは肯定する。クーガは眉を顰める。めったに表情を表に出さない彼からすると、珍しい事だ。
 ハリアーが、クーガに尋ねた。

「クーガ、貴方何かその化け物の正体に、心当たりがあるんですね?」
「うむ……。おそらくは……だが。ポリン、君が聞いた話では、そいつと戦った人間の傷がどうしても治らなかったとか、血を吸われた人間がその後極度に衰弱したとか、言わないかね?」
「そ、その通りだよ。あんた、化け物が何か知ってるんだな?」

 クーガは重々しく頷く。そして彼は答えた。

「そいつはまず間違いなく、『吸血屍』だ。生者の血を啜る、恐るべき『死人』だ。……まずい、な。できるだけ急いで対処しないと、そのうちその村は、吸血屍だらけになるぞ。」
「ええっ!?」
「な、なんでですか?」
「おいおい、縁起でもねえな……。」

 仲間達もポリンも、クーガの台詞に驚きの声を上げる。クーガはその理由について説明した。

「吸血屍は、生きている者の血を吸ってその存在を続けている。そして血を吸いつくされた犠牲者は、新たな吸血屍として蘇るのだ。まるで伝染病の様に、吸血屍の害は広がって行くのだよ。
 ……まったく迷惑な化け物だ。」

 クーガの台詞を聞いた仲間達やポリンは、顔色を蒼白にする。ポリンは泡を食ったかの様に、まくし立てた。

「み、皆さん!どうか、どうかその吸血屍とか言う化け物を倒してくれ!お願いだ!お金はか、かならず小侍様が支払ってくださるから!あ、て、手付にこれを渡せとか言われて来たんだ!」

 そうしてポリンは、懐から3つばかり、乳白色の石を取り出す。何かの宝石の原石の様だ。大きさは手の中に握りこむ事ができるぐらいだ。クーガの眉がぴくりと動く。
 ブラガがその様子を見て、クーガに尋ねた。

「クーガ、これが何かわかるか?」
「これは……聖刻石の原石だな。」
「ぶうっ!」

 ブラガは吹き出す。クーガは更に続けて言った。

「何故小侍程度の爵位の人物が、これだけの物を持っているのかわからんが……。そのディルコン小侍様と言う方は、事態の深刻さをわかっている様だな。はっきり言って、手付なんてものではない。これだけで充分に、仕事の代価に値する。……吸血屍だけが相手であれば。」
「?」
「それってどう言う……。」
「……。」

 クーガの台詞の末尾に疑問を抱いたのか、フィー、シャリア、ハリアーは疑念を顔に浮かべる。クーガは一同に向かって言った。

「どうするね?仕事を引き受けるかね?ただ、あらかじめ言っておくが、強敵だぞ。それに私の懸念が当たっていれば、もしかしたら更なる問題があるかもしれない。
 ……私は引き受けてもいい、と思っているがね。」
「……災禍を見過ごすわけにはいきません。皆さん、やりましょう。」

 ハリアーが、力強く応える。フィー、シャリアもそれに同意の声を上げる。

「そうですね。俺たちでなんとか出来るんなら、なんとかしましょう。」
「あたしの剣があれば、なんとかなるんじゃない?やりましょ!」
「……やれやれ、仕方ねえか。皆、やる気になっちまってるしな。」

 最後にブラガが、いかにも仕方ないと言った様子で同意し、一同の方針は決まった。
 クーガがポリンに向かって言葉を発する。

「ポリン、急いで行きたいのは山々なのだが、相手が相手だ。少し準備の時間が必要だ。」
「ええっ!?」
「ちゃんと準備をしなければ、逆に我々が返り討ちになってしまう可能性もあるのだ。だから準備にしばらく時間が欲しい。」
「……わ、わかりました。」

 多少消沈したポリンから、視線をハリアーに移すと、クーガは彼女に話しかける。

「ハリアー、頼みがある。急いでやって欲しい事があるのだ。」
「私にできることでしたら……。」
「と言うか、君にしかできない事だ。頼めるな?」

 その言葉に、ハリアーは頷いた。続くクーガの説明に、皆は頷いたり、感嘆したりしつつ、吸血屍退治の準備に入った。
 そして3日後、彼等はその村……ワルプ荘園目指して出立した。



「よく来てくれた。私がゲール・ラトル・ディルコン、代々このワルプ荘園……この村の領主にして小侍の地位を受け継ぐ者だ。」

 ディルコン小侍は、そう言って一同を迎えた。その顔には疲労の色が濃い。ここはディルコン小侍の館の応接間である。ちなみに館はワルプ荘園の中ではなく、多少外れた位置に建っていた。

「ああ、ポリン。御苦労だったな。お前は下がって良い。」
「はっ!では皆さん、よろしくお願いします。」

 ポリンはそう言って、部屋から退出する。応接間には、フィー達一同とディルコン小侍だけが残った。普通なら、護衛の衛兵か何かも一緒に残るものだろうが、ディルコン小侍にはその余裕も無い様だ。
 フィーがディルコン小侍に尋ねる。

「小侍様、村の被害はひどいのですか?」
「うむ、襲われた村の人間の中には、死んだ者もおるし、男衆の大半が怪我を負わされている。しかもその傷は……。」
「治らない、んですね?」

 ディルコン小侍は、フィーの台詞に驚きの表情を見せる。もっともフィーの台詞は、クーガの受け売りなのだが。ディルコン小侍は言葉を続けた。

「うむ。それで村の女子供は、夜は外へ出ない様にしている。だが家で寝ている所を襲われて血を吸われた者もいてな……。血を吸われた者で、死んだ者はまだおらんが、しかしそう言った者達は皆体調を酷く崩してしまってな。」
「それは不幸中の幸いでした。血を吸われて死んだ者がいない、と言う事は。そうなっては、血を吸われて死んだ者は同じ様な化け物になって蘇るのです。
 しかし何故死ぬまで血を吸わないのでしょうね?」

 口を挿んだクーガの台詞に、ディルコン小侍はぴくりと眉を動かす。そして彼は溜息の様に言葉を吐きだした。

「わからんよ。どうして死ぬまで血を吸わんのか、などと言う事はな。」
「……とりあえず、村で情報を集めてみます。化け物の巣を探し出すために。許可をいただけますか?」
「うむ。」

 ディルコン小侍は承諾した。一同はその場を辞し、村へと向かった。それを見送りながら、ディルコン小侍は呟く。

「……操兵乗りが来るとは思わなかったな。だが、それほどの力があれば、あるいは……。」



 村の中にある、たった一軒の酒場では、村の男達が飲んだくれていた。小規模な畑を耕す気力も無く、山中へ狩りに出る気概も無い。もっとも、体中に痛々しく包帯を巻いた姿では仕事になるはずも無かったが。
 ブラガとクーガは、そんな村の酒場に話を聞きに来ていた。ブラガは、男達の一人に話しかけた。

「よう、大変そうだな。」
「あー、なんだあんたらは?」
「ディルコン小侍様のお達しで、怪物退治に来たもんだよ。怪物に関して話を聞かせちゃくれねえか?」

 ブラガはできるだけ友好的に話しかける。男は一同を一瞥すると、吐き捨てる様に言った。

「小侍様の兵士達でも太刀打ちできなかったんだぜ?お前さん方で、なんとかなんのかい?」
「そのために来たんだ。安心してくれや。まあ、万が一の時は、俺達の仲間にゃあ操兵乗りもいるしよ。下手な化け物にゃ負けねえよ。……ところでよ、化け物を見たんだろ?」
「見りゃわかるだろ。あの化け物にやられたんだ、この傷はよ。」

 男は無愛想に言うと、酒をあおる。ブラガは続けて質問した。

「なあ、化け物って、まるで死人みたいなんだろ?誰か知ってる奴に似て無かったか?」
「いや、わからねえ……。見た事もなかったな……。」

 ブラガは小声でクーガに意見を聞く。

「なあ、こんな小さな村で、顔見知りでないって事はよ。やっぱり何処かから流れて来た吸血屍じゃあねえのか?」
「うむ……。その方が話は早いのだがね。だがそうなると、『巣』を見つけるのが大変だな。」

 クーガもまた、小さな声で答える。ブラガは再び、村の男に話しかけた。

「なあ、その化け物って、逃げる時どっちの方へ逃げたかわかるか?」
「逃げたのはこっちだぜ。わかるわきゃねえだろ。」
「……駄目か。」

 ブラガは肩を落とした。



 村の顔役の家で、一同は情報交換をしていた。酒場に行かなかったフィー、シャリア、ハリアーは、村の中を歩き回って人々に話を聞いていたのだ。だが結局は怪物が夜な夜な現れると言う事しかわからなかった。
 顔役の婦人が差し入れてくれた白湯を飲みながら、一同は考えにふける。ブラガが愚痴を口にした。

「結局は、何もわからないと一緒だな。」
「だが不自然な点がある。吸血屍の仕業だと言う事はまず明らかだが、出ている死人は普通に攻撃されて殺された者ばかりだ。吸血の結果、死んだ者はいまだ居ない。まるで、何物かが吸血屍の行動を抑制しているかの様だ。吸血屍を増やさないために。」
「それじゃあ、やっぱり……。」

 ハリアーが、クーガの台詞に眉を顰める。クーガは頷く。

「うむ……。その可能性は高いと見た方がいいな。」
「なんにせよ、もうすぐ夜よ。直接当たってみるしかないんじゃない?」

 シャリアの言葉に、皆は頷いた。フィーが立ち上がる。

「んじゃあ、俺はジッセーグで待機してるよ。何かあったらすぐ駆けつける。」

 彼は自分の操兵を村はずれに駐機させていたのだ。彼は小走りに部屋を出て行く。残った面々は、ここで夜を待つ事にした。



 日が暮れた村は、真っ暗だった。そんな中、ランタンの灯りが村の中をふらふらと動きまわっている。ランタンを持っているのは、ブラガだった。シャリア、ハリアー、クーガもいる。フィーだけは操兵で待機しているため、ここには居ない。
 シャリアがつまらなそうに声を上げる。

「……来ないわねえ。」
「油断すんじゃねえぞシャリア。」
「わかってるわよブラガ。」

 ブラガの言葉に、シャリアは気を引き締め直す。ハリアーとクーガは無言だ。村の中は、人っ子一人居ない。ただでさえこんな小さな村では、夜は日暮れと共に寝てしまう物だ。更にこんな問題が持ち上がっている以上、夜に出歩く者はいないだろう。
 少し前までは、自警団の様な物が村の中の見回りをやっていたのだが、その全員が癒えない傷を負わされてはどうにもならない。化け物に襲われない事を祈って、家の中に閉じこもるぐらいが関の山だ。
 と、そのときブラガの耳に何か悲鳴の様な物が聞こえた。彼は皆に知らせる。

「おい、何か叫び声が聞こえたぞ!あっちだ!」
「!」
「はい、わかりました!」
「……。」

 シャリアは二刀を抜き放ち、戦いの準備をする。ハリアーとブラガも武器を抜いた。相手に普通の武器は通じない事はわかっていたが、相手の攻撃を受け流すぐらいの役には立つのだ。クーガはランタンから火種を貰って松明を灯す。

「あっちね!?」

 シャリアは先頭に立って走り出す。やがてブラガ以外にも、どたばたと争う音が聞こえてきた。それはある家から聞こえて来る。その扉は打ち壊され、開きっぱなしになっていた。
 更に悲鳴が一同の耳を打つ。

「ぎゃあああぁぁぁ!」
「くっ、待ってなさい!」

 シャリアはその家に飛び込んだ。ハリアーも後に続く。ブラガも飛び込もうとしたが、クーガの声がそれを遮った。

「ブラガ、君はフィーを呼びに行ってくれ。」
「わ、わかった!」

 ブラガは反対方向に駆け出した。それを見届けてから、クーガは徐に腰に吊るしていた棒きれの様な物を手に取る。彼はそうしてから、家の中へと歩を進めた。
 家の中では、シャリアが長剣と小剣の二刀を振るい、怪物――吸血屍と戦いを繰り広げていた。彼女の持つ剣は2振りとも魔力を持った魔剣である。吸血屍は、ぼろぼろの服を身に纏い、髪を振り乱して素手でシャリアに攻撃をしていた。
 クーガは家の中を見渡す。ハリアーは、襲われたこの家の人間らしき女性をかばって立っていた。クーガはハリアーに声をかける。

「ハリアー、吸血屍に白兵戦を挑みたまえ。」
「わかりました、作戦通りですね。」

 ハリアーはクーガと場所を交代すると、吸血屍に近寄った。吸血屍は驚いたことに、ハリアーを避けて後退する。これは吸血屍の弱点のひとつで、ある程度以上の力量を持った聖職者が相手では、見る事も触れる事も、近寄る事さえもかなわないのである。吸血屍はひるみ、逃げようとする。シャリアはわざと場所を空けてやった。吸血屍は、狂ったように突き進み、シャリアの脇を通って家の外へと飛び出した。
 吸血屍を追って、彼等は家を飛び出す。吸血屍は必死になって走り去る。彼等はその後を追った。
 やがて遠くから地響きが聞こえて来る。これは操兵の足音だ。シャリアは叫んだ。

「フィー!こっちよ、こっち!」
『シャリア、大丈夫かい!?』
「全然怪我とかしてないから、大丈夫!」

 その操兵は、フィーの狩猟機ジッセーグ・マゴッツだった。その肩の上には、ブラガが必死になってしがみついている。
 ブラガは大声で叫んだ。

「おい!あの逃げてく奴が、そうか!?」
「ええ、そうよ!あれが吸血屍!」

 シャリアが叫び返す。彼等はそれ以上何も言わず、必死に逃げる吸血屍の後を追った。
 だが突然、吸血屍は逃げるのをやめた。そして向きを変えて向かって来る。フィーは操兵を停止させ、ブラガを降ろした。ブラガは毒づく。

「ちっくしょ、気付かれたか?」
「……そうだろうな。本拠地を見つけられては困る、と言った所だろうからな。」

 クーガが呟く様に言った。彼等は吸血屍の『巣』を見つけようとしていたのだ。だが、吸血屍の背後にいる者はそれを悟り、吸血屍に逃げるのをやめさせたのだ。
 そう、吸血屍の背後には何者か黒幕がいるのである。それはこの吸血屍の行動で明らかになった。吸血屍の知能は低く、まともな判断力は無い。それがこの様な決断力を見せるはずが無いのである。
 クーガは考える。

「遠隔で吸血屍を操る能力を持った者と言えば……。」
「やはり、ですか?」
「うむ。」

 ハリアーの問いかけに、クーガは頷く。クーガ達はその背後にいる存在の正体について、薄々ながら勘付いていたのだ。向かって来る吸血屍を、フィーがジッセーグの手で押さえ込もうとした。吸血屍はそれを避けてハリアー以外の人間に攻撃しようとする。だがフィーの操縦技量はいまやかなり高く、そうそう何度も避けられる物ではなかった。吸血屍はジッセーグの巨大な両手で押さえ込まれてしまう。吸血屍は凄まじい叫び声を上げた。
 クーガは呟く様に言葉を発する。

「……やむを得ん。これはこの場で倒してしまおう。逃げないとあれば、他に手立ては無いからな。」
「そうですね。」

 ハリアーが同意する。クーガは手に持っていた棒きれの様な物を持ちあげた。それは1本の杭であった。これはこの村に来る前に、ハリアーに頼んで特別に清めてもらった物である。クーガはフィーのジッセーグに押さえ込まれてもがいている吸血屍に近づくと、その杭を両手で持ち、吸血屍の心臓へと打ちこんだ。
 吸血屍から、すさまじい悲鳴が上がる。クーガはフィーのジッセーグに向かい、声を上げた。

「フィー、とどめをたのむ。杭をジッセーグの力で根元まで押し込んでしまってくれ。」
『わかりました。』

 フィーはジッセーグの指で、杭を吸血屍の身体に押し込む。吸血屍はびくんと麻痺すると、やがて動きを止めた。
 彼等は動きを止めた吸血屍をジッセーグに持たせ、ディルコン小侍の館へと向かった。



 夜遅いにもかかわらず、吸血屍を倒したと聞くと、ディルコン小侍は彼等を迎え入れた。ディルコン小侍は庭先にまで出てきて、動かなくなった吸血屍を見る。さすがに供の者も何人か一緒に来ているが、戦いができそうな人間はいない。そう言う物は皆、治らない怪我を負って伏せっているのだ。

「これが例の化け物かね。さすがだな、こんなに早く倒してしまうとは。操兵を持ってきただけの事はあると言うわけだな。」
「いえ、まだこれは滅んでいません。」
「何!?」

 クーガの台詞に、ディルコン小侍はぎょっとして後ずさる。クーガは説明を続ける。

「これをこのまま灰になるまで焼き尽くして、その灰を川に流さねば、この化け物……吸血屍は滅びないのです。今は清められた杭に心臓を貫かれ、活動を停止していますが……。万が一これを抜いたりすれば、しばらく経てば蘇ってしまいます。
 ディルコン小侍様、薪を分けていただけませんか?」
「う、うむ!薪ぐらいなら、まったくかまわん。おい!」
「は!」

 ディルコン小侍は供をしていた侍従に命じる。侍従は急いでその場から立ち去ったが、しばらくして下男達に山ほどの薪を持たせて戻ってきた。
 彼等は薪を積み上げ、その上に活動停止状態の吸血屍を置いた。そしてブラガが油を撒いて火を点ける。やがて肉の焦げる嫌な臭いと共に、吸血屍は灰になっていく。灰になった吸血屍は、ディルコン小侍立ち会いのもと、村――ワルプ荘園の傍らを流れる川に流された。



 ディルコン小侍は、寝室で溜息をついていた。彼は寝酒をあおる。そして彼は呟いた。

「だめだ……。いっその事と思って、人を雇ってはみたが……。やはり駄目だ、あいつを殺すわけにはいかぬ……。」

 その時、彼の後ろから声がした。その声音は若者のようだ。

「ほう?僕を殺そうとしていたのですか父上?」
「!な、何故だ!地下牢に閉じ込めておいたはず!」
「僕がその気になれば、牢番を魅了し操って、鍵を開けさせることぐらい簡単ですよ。」

 若者――彼の言葉からすれば、ディルコン小侍の子息と言う事になる――は、徐に小侍の前に歩み出た。その顔立ちは、なかなかの美青年だ。若者は嗤う。それはとても魅力的な笑みである。まさに魔性の魅力と言えるだろう。

「勝手な人ですね。あの妖術師に頼んでまでして僕を生き返らせたのは、貴方ではないですか。」
「だ、黙れ!早く地下牢へ戻るのだ!」
「嫌ですよ。あんなじめじめした薄汚い所へ戻るのは。」

 若者は、紅い瞳で小侍を睨みつける。ディルコン小侍は、思わず怯んだ。若者は続ける。

「もともと僕が一度死んだのも、貴方を暴漢からかばった時の負傷がもとではないですか。元々貴方のせいではないですか。」
「だ、だから私は……お前のために色々と手を尽くした。吸血鬼になり血を吸わねば生きていけなくなったお前のために、わざわざ他所の土地から人を攫って来たりもした。だがお前は……そいつの血を吸いつくし、化け物に変えただけではなく、それを操って村人を攫わせた!自分が血を啜るために!わしが何故、わざわざ他の土地から人を攫ってこさせたと思う!事件を大きくしないためだぞ!」
「だから村人は、血を吸いつくさずにちゃんと殺したじゃあないですか。化け物を作らないために、ね?村人が化け物に変わったら、えらい事ですしねえ。
 ……でも、遠慮してるのもなんか馬鹿らしくなりましたね。この土地の人間を、全て血を吸いつくして吸血屍に変えてしまうのも面白いかもしれませんね。」

 小侍は顔色を蒼白にした。

「や、やめろ!」
「……うるさいんですよ。」

 若者の瞳が、紅く輝く。その瞬間、ディルコン小侍は凍りついた。若者は小侍の首筋に噛みつく。そして思い切り血を啜り上げた。小侍は悲鳴を上げる。

「ぎゃああああぁぁぁぁ!」
「……父上の血は、あまり美味しくありませんね。」

 若者は再度血を啜り込む。小侍はうめき声を上げることしかできない。そのとき、ガタリと音がした。若者は振り向く。何者かが部屋の前で立ち聞きしていた様で、走り去る足音が聞こえた。
 若者は舌打ちする。今、彼には操れる吸血屍の下僕は居ない。彼は瀕死のディルコン小侍の胸を右腕で貫いた。弱弱しく血が流れ出て、ディルコン小侍は絶命する。そして若者は、自分の手で証人を始末するべくその場を走り去った。



 ポリンは恐ろしさに気が狂いそうだった。あの吸血屍とか言う化け物を始末してくれた戦士達に報酬を渡し、その報告をするためにディルコン小侍の寝室まで出向いたら、とんでもない事実を聞いてしまったのだ。以前大怪我をして人前には出なくなったはずの、ディルコン小侍の息子が、なんとあの化け物を作った犯人だと言う。いや、それどころか、小侍の息子自身が化け物になってしまっていると言うのだ。ポリンはどうして良いかわからなかった。とにかく逃げなくてはいけない。でも何処へ逃げれば良いと言うのだろう。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。うわっ!」

 走りづめで息が上がったポリンは、何かに躓いて倒れ込んだ。彼は必死で息を整える。

「はぁっ、はぁ〜……。くそ、どうしたらいいんだ。」

 いつの間にか、彼は村――ワルプ荘園の真中近くまでやってきていた。村は既に寝静まっている。彼は左右を見回した。
 すると彼の後ろから声がした。

「もう逃げないのかね?」

 あの小侍の息子の声だった。ポリンは泡を食って走り出す。だがその気配はポリンの背中にぴったりとくっついて来る。

「そうだ、もっと頑張って逃げたまえ。そうしないと……。」

 とっさにポリンは地面に身体を投げ出した。その頭の上を、空気を引き裂いて何かが通り過ぎていった。

「ほう、そうだそうだ。上手いぞ。」
「だ、誰か!誰か助けてくれええぇぇっ!!」

 ポリンは叫ぶ。だが彼に応える者はいない。この村には、吸血屍が滅びたと言う事が、未だ知らされていないのだ。そのためにもし起きている者がいても、自分が犠牲者にならないために、息を殺して小さくなっているのだろう。
 小侍の息子は、追いかけっこに飽きた様で、ポリンの目の前に立ちはだかった。ポリンは生きた心地もしない。小侍の息子は尊大に言い放った。

「この僕、新領主であるリース・ハトル・ディルコンの手にかかって死ねるんだ。感謝して欲しいな。」
「り、リース……様、お助けを……。」
「ふ……ん、そうだな。君も吸血屍にして、僕の忠実な部下にしてやろうか?」
「ひ、ひいいいぃぃぃっ!」

 泣き叫ぶポリンを前に、小侍の息子――リースは朗らかに笑みを浮かべる。それはとても魅力的な笑みだった。もっとも、何の灯りも無い村の中では見えもしないのだが。
 そのとき、突然明かりが灯った。リースは思わずその明かりから目を逸らす。その明かりは聖なる光だ。リースの様な吸血鬼にとっては苦痛をもたらす光である。

「やめなさい!貴方もここまでです!」

 そう口にしたのは、誰あろうハリアーだった。彼女は指先に聖光を灯しながら、ポリンに走り寄った。リースは聖光が明るく照らす範囲から逃れる様に、後退する。ポリンは這いずる様にして、ハリアーの後ろに隠れた。
 そしてハリアーとは反対側からも灯りが灯る。こちらはランタンの灯りだ。それを持っているのはブラガである。リースが周囲を見回すと、彼の四方を囲む様に人影が見えた。彼は思わず吐き捨てる様に毒づく。

「おのれ……。」
「あなたの様な存在が、今回の事件の裏に居る事は最初から疑っていたんです、吸血鬼!八聖者の名のもとに、貴方を成敗します!」

 ハリアーの声に、ブラガとシャリアが頷く。リースは罵倒の言葉を吐きだした。

「はん!八聖者だと?何処の邪教か知らんが、僕を滅ぼせるものなら滅ぼしてみるがいい!」
「じゃ、邪教ですって!?」

 ハリアーが激昂する。そんな彼女を、リースを取り囲んでいる最後の一人であるクーガが止めた。

「落ち着けハリアー。吸血鬼の言う事など、気にするな。ブラガ、シャリア、吸血鬼に対処するときの注意事項は分かっているな?」
「おう。」
「目を見ちゃ駄目なんだったわよね?操られるから。」
「その通りだ。」

 クーガの冷静な態度に、ハリアーも落ち着きを取り戻す。リースは吸血鬼としての本性を剥きだしにした。

「くっ!おのれ、おのれっ!貴様らごとき、僕の手にかかれば赤子の手を捻るような物だ!僕にひれ伏すがいい!」
「ぐっ!」
「な、何っ!?」

 リースが威圧感を剥き出しにすると、ブラガとシャリアは思わず後ずさった。吸血鬼には、他人を威圧して行動を抑制するという能力もある。これに耐えられるのは、かなりの意志の強さを持つ者だけだ。クーガが皆を励ます。

「臆するな。落ち着いて行動すれば、決して勝てない相手ではない。」
「言うじゃないか、このやせっぽちめ!」
「……そう言う君こそ、ハリアー……我々の仲間の聖刻教伝道士だが、そちらに近づきもしないではないかね。」

 クーガの挑発に、リースは顔を悔しげに歪めた。だがリースはすぐに嘲笑うような表情を浮かべて言葉を発する。

「なに、確かに異教とはいえ僧侶は僧侶、吸血鬼たるこの身では触れる事もかなわない。けれど、やり様はあるんだよ?」

 そう言うと、リースはシャリアにいきなり駆け寄った。シャリアは威圧感に圧されて、正常に対処できない。なんとかシャリアはリースの攻撃を躱すが、その時うっかりとリースの目を見てしまった。

「あ……。」
「シャリア!この馬鹿!」

 ブラガが叫ぶが、もう遅い。シャリアは魅了の視線に捉われてしまう。吸血鬼リースはシャリアに命令を下した。

「さあ、貴様の仲間であるあの異教の僧侶を叩き斬れっ!」
「!」

 シャリアはゆっくりと長剣と小剣の二刀を振り上げる。ブラガの叱咤の声が響いた。

「シャリア!しっかりしろ、この!」
「シャリア……。」

 ハリアーは只シャリアを見つめて立っていた。にっこりと微笑み、シャリアに頷いて見せる。シャリアはくるりと振り返ると、リースに向けて双剣を振り下ろした。

「ぎゃああっ!?き、きさま僕の命令が……。」
「馬鹿かね君は。」

 斬り裂かれたリースに向かい、クーガが嘲る様に言う。もっとも表情は相変わらずの鉄面皮で、嘲りの色など浮かんでいないが。クーガは続けた。

「魅了の類の術は、誰かを殺したり自分が死ぬような命令を受ければ、解ける可能性があるのは当然の事だ。ましてやハリアーは我々にとって大事な仲間だ。そんな大切な者を斬るように言われて、抵抗しないわけがない。」
「クーガ……。」

 ハリアーはクーガの台詞に照れる。リースは苦痛の声を上げながら、クーガに襲いかかった。

「がああああぁぁぁぁっ!」
「……!」

 だがクーガはひらりと身を躱す。自分からは攻撃するつもりが無い様だ。まあクーガの武器は、魔剣でもなんでもない普通の長剣なのだから、それで攻撃しても効果が無い事を彼は重々承知している。
 と、そこへ地響きが起きる。ブラガが呟く様に言った。

「やっと来たかよ。」
「私達がこうやってのらくらと話したりしていたのは、時間かせぎの意味があったのですよ。」

 ハリアーはリースに向かって言い放つ。そしてその台詞の直後、道の向こうから地響きと共に、巨大な人影……フィーの操兵、狩猟機ジッセーグ・マゴッツが姿を見せた。
 リースは焦り、包囲を破ろうとしてブラガに抜き手で攻撃をしかける。だがブラガは自分からは攻撃をせず――威圧されている事もあったが――身を躱す事に専念した。その背後から、シャリアの剣――長剣、小剣の両方が直撃する。彼女も威圧されているはずだったが、意志の力を振り絞って攻撃したのだ。リースは苦痛の声をあげた。

『お待たせ、皆!』
「おう、フィー!こいつを前の奴みたいに押さえっちまってくれ!」
『はい!』

 吸血鬼であるリースは、フィーに対しても威圧の力を届かせるべく、ジッセーグを睨みつける。フィーは思わず怯んだ。だが彼は意志の力を振り絞ると、その威圧の力に耐え、リースを取り押さえるべく操兵を操った。
 リースは無様に捕まえられる。

「うわっ!くそ、放せ貴様!僕を誰だと思っている!」
「……。」

 クーガは腰に下げていた杭を持ちあげる。彼等は清めた杭を、1本だけでなくもしもに備えて複数用意していたのだ。そして彼はその杭の尖った先端をリースの……吸血鬼の心臓に向けた。
 リースは怯える。

「や、やめろ!嫌だ!もう一度死ぬなんて、嫌だ、嫌だーーーっ!!」
「……。」

 クーガはもはや応えはしない。フィーの操兵が来るのを待つためだけに、時間稼ぎのために彼はリースの言葉に応えていたのだ。倒すべき敵に、語る言葉は無かった。クーガは身体ごとぶつかる様にして、ハリアーに清められた杭を、吸血鬼の心臓へと埋め込んだ。

「ぎゃああああぁぁぁぁっ!!」

 吸血鬼の断末魔の声が響く。フィーは以前やった様に、杭をジッセーグの指でぐい、と吸血鬼の胸へ押し込む。吸血鬼リースは、びくりと身体を震わせると、その活動を停止した。
 急速に威圧感が薄れる。

「……ふう、なんとかなった、な。」
「こいつは吸血鬼としては、さほど強くない個体だな。妖術のひとつも覚えていれば、もっともっと手強かったのだろうが。」
「ちょっと、冗談はやめてよ。妖術師の吸血鬼だなんて、考えたくもないわ。」

 ブラガとクーガの雑談に、シャリアが割り込む。先程までの緊張感が薄れ、彼等は忘れていた物……者を思い出す。ハリアーが振り向いて、その者に声をかけた。

「あ、そう言えば。ポリンさん、大丈夫ですか?」
「……。」

 九死に一生を得たポリンだったが、彼は吸血鬼の威圧感に腰を抜かしてへたり込んでいた。



 その後、ポリンから事情を聞いたフィー達一同は、ディルコン小侍の屋敷に赴いた。そして小侍の部下である侍従達と共に小侍の寝室まで入り、ディルコン小侍が殺されているのを発見した。下手人が吸血鬼リースである事は、間違い無い。混乱する侍従達をなだめすかし、再び薪を用意させる。そして活動停止した吸血鬼の身体は、明々と燃える炎によって灰と化した。
 次の日、フィー達一同は以前吸血屍の灰を川に流した場所までやって来た。勿論目的は、吸血鬼の灰を川に流す事である。今回は、村――ワルプ荘園の顔役や、ディルコン小侍の侍従などが立ち会っている。彼等は、ディルコン小侍が死に、跡継ぎも居ないと言うこの事態に、どうしたら良いのか途方に暮れていた。
 それはともかく、いよいよ彼等は吸血鬼の灰を川に流そうとした。川岸でハリアーが、吸血鬼の灰が入った壺を持ちあげようと手を伸ばす。皆はそれを見守っていた。
 その時、突然クーガが小さく叫ぶ。

「ハリアー、躱せ!いや耐えろ!」
「!」

 どこからともなく唸りを上げて、幾つもの空気の塊の弾丸がハリアーを直撃した。ハリアーは強い意志力でそれに耐える。だが、完全には耐えきれなかった。ハリアーは強い衝撃を受け、肋骨を折る大怪我をした。彼女は一瞬、意識が朦朧とするが、気力でそれに耐え、気弾が飛んで来た方向を見据える。
 突然の出来事に、仲間達は唖然とする。そんな中、クーガだけはハリアーを庇う位置に走り込んだ。彼は呟く。

「《練弾》が8発、いや9発?馬鹿な、そんな……。化け物じみた力量だ……。!?」
「く、クーガ……。」
「ハリアー、じっとしているんだ。傷は浅くはないぞ。」

 クーガは手元をマントで隠すと、結印を開始し、小声で呪句の詠唱を行った。ハリアーを襲った敵はおそらく姿を隠している。魔力を感知する術で、敵の位置を探すつもりなのだ。ハリアーはハリアーで、自分の傷を癒すために術を使おうとしている。と、ブラガが突然叫んだ。

「ああっ!?『灰』の入った壺がっ!」
「え!?」
「ああっ!よ、妖術かっ!?」

 仲間達は口々に驚きの声を上げる。それも道理、なんと吸血鬼の灰が入った壺が、宙にふわふわと浮かんでいたのである。壺はそのまま空中を漂う。そして、何時の間にかそこの空中に現れていた男――男に見える――の手に納まっていた。
 フィーは叫んだ。

「か、仮面!?妖術師っ!!」

 そう、その男の顔には非常に精巧な、人の顔を模した仮面がはまっていたのだ。シャリアはその男に向かって怒鳴った。

「あんた!その灰をどうするつもりよ!」
「……吸血鬼の灰は、貴重な触媒になる。」

 その男――練法師は、シャリアの問いに答えた。クーガは息を飲む。うかつに魔力感知の術を使ってしまった結果、彼はその圧倒的なまでの魔力に打ちのめされていたのである。彼は投げ短剣を片手にその練法師に向かい、問うた。

「その吸血鬼を作ったのは、お前か?」
「「「吸血鬼を作った!?」」」

 シャリア、フィー、ブラガの声が重なる。彼等はかなり驚いている様だ。練法師は答えた。

「そうだ。術法の実験でな。若き術師よ。」
「じゅ、術師!?クーガが!?」

 練法師がクーガを術師と呼んだ事に驚き、ブラガはクーガを見つめる。シャリアもまた、クーガを見た。クーガは眉を顰め、舌打ちをする。だが彼は頭を振ると、強い視線で練法師を睨みつける。彼は言った。

「何故ハリアーを傷つけた?お前ほどの力量の持ち主ならば、そのような事をせずとも、それを手に入れる事など容易かったろうに。」
「……その方が、これを手に入れるのに手っ取り早かった。実際その女は、これを捨てようとしていたしな。ただそれだけだ。」
「き、貴様!それだけのためにっ!」

 フィーが激昂する。だが練法師は動じない。そんな練法師に、クーガは再度、問いを投げかけた。

「……お前が我々の問い掛けに答えるのは、何故だ?」
「何、時間稼ぎだ。」
「なんだと?」
「これを貰うついでに、ここで待ち合わせもしているのでな。その相手が来るのを待つ時間を稼いだだけだ。別にお前達を皆殺しにしても良かったのだが、こちらの方が楽だからな。……ああ、来たな。」

 そう練法師が言った時、目の前の空間からにじみ出る様に、巨大な影が出現した。フィーは叫ぶ。

「ば、馬鹿なっ!操兵が空を飛んでるっ!」
「……呪操兵。」

 クーガは息を飲んだ。その空飛ぶ操兵――呪操兵は、今まで話をしていた練法師を肩に乗せると、その巨大な両手を印を組むように動かす。クーガは意識を集中させて、その結印からどんな術なのか読み取ろうとした。もし攻撃の術だとしたら、なんとか適切な手段を取らないと、あっと言う間に殺されてしまうかもしれない。……いや、適切な手段を取ろうが取るまいが、これほどの力量の相手では結果は同じかもしれないが。

「……《転移門》、か。」

 クーガは溜息をつく。それと同時に、空中に浮かんでいた呪操兵は再び空気に溶け込むかの様に、消え去っていた。クーガは呟いた。

「見逃してくれたのか……。それとも殺す価値も無かったか……。」

 どちらにせよ、その呪操兵はその場から消え去っていた……吸血鬼の灰と共に。周りでは、立ち会っていた村の顔役や、小侍の館の侍従達が腰を抜かしている。
 ふと見遣ると、シャリアとブラガがクーガに対し、疑わしげな視線を向けている。ハリアーとフィーは、そんな様子におろおろとしている。クーガはらしくもなく、再び溜息をついた。


あとがき

 今回は随分と早く更新ができました。いよいよ第5話です。こんな拙い作品ですが、読んでくださっている方がいると幸いです。
 前回でハリアーとクーガの関係が改善されたと思ったら、今度はクーガの正体が、仲間にばれてしまいました。ワースブレイドの世界、特にアハーン大陸の西方域では、練法師は嫌われ者ですから、大変です。どうなるかは、次回作をお待ちください。
 ところで、もし感想を書いていただけるのでしたら、weed★hb.tp1.jp(スパム対策として全角文字にした上、@を★にしていますので、半角化して★を@に変えてください)へメールで御報せいただくか、もしくは掲示板へよろしくお願いします。どちらかと言えば、掲示板の方が手軽ですが、どちらでもお好きな方をご利用ください。


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