「操兵闘技大会(後編)」


 鋼と鋼が衝突し、破片が飛散する。従兵機の拡声器から、雄叫びが響いた。

『おおおおおっ!!』
『何のっ!今度はこちらの番だっ!』

 ブラガ、クーガ、ハリアーの3人は、観客席から闘いの様子を眺め遣っていた。今は本日1回戦目の第1試合、操手タクル・フォーブスの従兵機アダプトルと、操手ダイオスの従兵機テクチャルの試合である。操手、操兵とも力量は伯仲しており、どちらが勝つかは運と言った所だ。
 ブラガが溜息混じりにぼやく。

「これじゃ、この試合の勝者と当たる奴は、かなり有利だな。」
「うむ。どちらが勝つにせよ、完全破壊寸前にまで追いやられるに違いないな。明日行われる2回戦までには、どれだけ急いでも直るまいよ。」
「それに2回戦の相手は、1回戦免除じゃないですか。しかもその相手はよりによって、あのベイア・ライザンですよ。」

 クーガの台詞に応えるかの様に、ハリアーが言った。ベイア・ライザンとは、彼等が味方をしているケイルヴィー爵侍の政敵である、ラクナガル爵侍に雇われた操手の名前である。ラクナガル爵侍は、自分の息がかかった操兵乗りを、この闘技大会の優勝と言う成果をもってして、デン王国の騎士団デナ・フレイグロードに送り込もうとしているのである。
 そうこうしている間に、第1試合は終了し、ダイオスの従兵機テクチャルが勝利を収めた。しかし傍目から見ても、それはぎりぎりの勝利であり、機体の損傷などから2回戦をまともに戦えるかどうか怪しい物であった。

「やれやれ、思った通りだな。これじゃあ、ベイア・ライザンにゃ下手すると指一本触れられずに終わりだぜ。」

 ブラガは苛立たしげに呟く。彼等の仲間であるフィーとシャリアは、この操兵闘技大会に選手として出場しているのだが、その目的はベイア・ライザンの優勝を阻む事にある。彼等は、ベイア・ライザンを優勝させない事で、ラクナガル爵侍の思惑を阻むつもりなのだ。
 やがて第2試合も終わり、第3試合が始まろうとしている。この試合は、彼のキース・ハウルが出る試合だ。ブラガはクーガに、試合の予想を尋ねる。

「どっちが勝つと思う?」
「順当に行けば、キース・ハウルだな。相手のリーン・グリーは乗機が従兵機だ。アズ・キュードは従兵機の中では強力だとは言え、狩猟機に勝つ程ではない。操手の腕前に天と地ほどの開きがあれば話は別だが……。」

 その時、凄まじい破砕音が聞こえた。キースの狩猟機フォン・グリードル・ハオルンが、手に持った破斬剣で、相手の従兵機アズ・キュードの胴体を叩き割った音である。アズ・キュードは一撃で大地に伏した。
 クーガは解説を続ける。

「……天地ほどの開きがあれば話は別だが、この結果を見る限りでは逆にキースの方が、操手としてはるかに腕前が上だった様だな。」
「おい、次の試合の勝者が、フィーと当たる事になるんだよな?」
「ああ、その通りだ。ただ、フィーが勝ち進めば、だがね。フィーの相手は狩猟機だ。強敵と見て良いだろう。」
「おいおい、そう言う時は嘘でも大丈夫って言うもんだろが……。」

 クーガとブラガが話している間に、敗退した機体の片付け、会場の損傷個所の補修などが行われ、第4試合の準備が整っていった。



 闘技大会会場脇に設営されている操兵の整備櫓で、フィーは乗機たるウルク・イアン・バルダロードに、冷却水を補充していた。今、操兵の冷却水容器には、次の試合にて消費するであろう量の水が、注水されている最中である。
 操兵の機体内に設置されている冷却水容器は、その容量が膨大である。通常の旅などにおいては、その冷却水容器いっぱいに水を入れて行動する物だが、その様な場合は機体の動きと共に、冷却水が容器内で右に左にと揺れ動き、操兵の平衡を取るのが難しくなる。それを防ぐため、この様な闘技大会などでは、最低限の水量で試合に挑むのが、通例となっている。無論試合が終了したなら、次の試合までに再び水を補給するのだ。
 フィーは噛み締める様に言う。

「……そろそろか。」

 フィーが出場する試合は、第5試合である。今は第4試合が行われている頃合いだ。ちなみに仲間達は、シャリア以外は敵情視察のために観客席へと出向いている。シャリアは別の整備櫓で同じ様に、自分のエルセ・ビファジールに冷却水を補給しているはずだ。
 と、そこへフィーに声がかかる。

「はっはっは、フィー!激励に来たぞ!」
「……来なくていいって。」

 思わずフィーは口の中だけで呟く。やって来たのは、誰あろうキース・ハウルである。

「見てくれたかね、私が勝利を決めた瞬間を!」
「見られるわけが無いでしょう!ここで操兵の様子を見ているのに!」
「おお、それもそうか。しかし次は貴公の試合であるな。敵は狩猟機……。強敵であるが、私と当たるまでは負けるでないぞ?」

 ごすっ、と重い音がした。見ると、キースが頭を抱えてしゃがみ込んでいる。その後ろにはシャリアが拳を固めて立っていた。どうやらシャリアがキースの後頭部をどついたらしい。キースはがばっ、と立ちあがり、シャリアに食ってかかる。

「何をするか小娘っ!」
「あんたこそ何やってんのよ!フィーは試合前なのよ!?自分の勝利に浮かれるのは分かるけど、他人の試合前の精神集中を邪魔するんじゃないわよっ!」
「む……。」

 キースはシャリアの言の正しさを認めたか、思わず一歩下がる。

「むむ、確かに……。これは私がすまぬ事をした。許せ。」
「別にいいですよ。でも、もう邪魔はしないでくださいね。」
「うむ。では観客席から貴公に声援を送るとしよう。ではな!」

 キースは踵を返し、堂々とした様子で去って行く。それを見て、フィーとシャリアは溜息を吐いた。

「はあ……。シャリア、ありがとう。あのままここに居られたんじゃ、息が詰まって仕方が無かったよ。」
「ふう……。まったく、あの男は何しに来たのかしらね。」
「激励って言ってたけどね。」

 フィーは肩を竦める。そこへ闘技大会の係員が、声をかけて来た。

「フィールズ・ウォルドー、第5試合が始まる。指定の入り口から、試合会場に進入してくれ。」
「了解!じゃ、シャリア。俺は試合だから。」
「がんばってね。」

 シャリアに手を振り、フィーはバルダロードの操手槽に身を沈める。バルダロードはその機体を整備櫓から動かし、係員の誘導に従って歩きだした。



『本日の第5試合!操手フィールズ・ウォルドーの狩猟機ウルク・イアン・バルダロード対、戦士ラムサン・オゴール駆る狩猟機ガウ・ラーマ!』

 会場全体に、船舶の伝声管に似た仕組みを通して、選手紹介の声が響き渡る。観客達の歓声が周囲を埋め尽くした。この試合は、この闘技大会初めての、狩猟機対狩猟機の戦いである。盛り上がるのも無理は無かった。
 観客席の片隅で、ブラガが呟く。

「フィーのやつ、大丈夫かね。あがってたりしねぇと良いんだが。」
「それは大丈夫だろう。確かにこう言う場は、彼は初めてだ。しかし彼は歴戦の操兵乗りだ。一騎討ちの経験もある。どちらかと言うと、シャリアの方がそう言う意味では心配だがね、私は。」
「そうですね、シャリアは一騎打ちとか経験無いですし……。」

 クーガの台詞に、ハリアーが不安げに言葉を発する。と、クーガは徐に話を変えた。

「あの敵の狩猟機、ガウ・ラーマとか言ったが……。原型になる機体が分からないな。何度も何度も改造を重ねて来ていると見たが……。動き自体は滑らかだから、丁寧に手入れされている事は分かるな。」
「操手もそこそこの腕前じゃあねぇか?歩き方がぎくしゃくせずに、かなり自然に歩いてやがる。」
「うむ。だがフィーの方が強い……。ただ、無傷で勝つのは難しいかも知れんな。」

 ブラガとクーガにそう評されたガウ・ラーマだが、武装は長剣と中型の盾を装備していた。その厚い守りを貫くのは、かなり難しそうだ。
 バルダロードとガウ・ラーマは両者開始線に着く。バルダロードからフィーの声が上がった。

『いざ!』
『……いざ!』

 ガウ・ラーマからも声が上がった。両者は互いの剣を構え、じりじりと近づいて行く。そして2騎の狩猟機はまるで呼吸を合わせたかの様に、同時に走り出した。

『でええええぇぇぇぇい!!』
『なんとおおおぉぉぉ!!』

 機先を制したのは、フィーのバルダロードだ。バルダロードが振るう操兵用の魔剣が一閃し、ガウ・ラーマの右肩口に叩き込まれる。ガウ・ラーマは盾を上げて受けようとしたが、一瞬間に合わずに直撃を喰らった。
 クーガがバルダロードの動きを見て、右眉をぴくりと上げる。

「ふむ。フィーは早速短剣の力を使っているな。流石に、それだけの相手だと見たか。」
「短剣?……ああ、あの短剣ですか。」

 ここで言う『短剣』とは、以前とある商人を助けた際に、謝礼として貰った古物の短剣の事である。その短剣には、操兵と操手との同調を、一時的に強化する力があるのだ。フィーは、1日に1度しか使えないその短剣の力を、温存せず使用に踏み切ったのである。もっとも、今日フィーが戦う試合はこの試合のみであるため、短剣の力を温存する事にさほど意味は無いのだが。
 ガウ・ラーマは大きな打撃を受けてよろめくが、すぐさま機体を立て直して反撃する。

『これでも……くらえええ!』
『くっ!だがその程度っ!』

 長剣の一撃がフィーのバルダロードを襲う。だがバルダロードは、厚い装甲でその一撃を凌いだ。フィーが短剣の力を借りてまでしても躱せない一撃を見舞うほど、ガウ・ラーマの操手であるラムサンの技量は高い様だ。だが肝心のガウ・ラーマの力は、最初に受けた一撃により格段に落ちており、バルダロードの厚い装甲を突き破る事はできなかった様だ。
 フィー操るバルダロードは、聖刻器の破斬剣を裂帛の気合と共に突き出す。

『はああああぁぁぁぁっ!!』

 甲高い金属音が聞こえ、魔剣の切っ先がガウ・ラーマの胴体を貫く。一部の観客から溜息の様な声が上がった。クーガは平板な声で呟く。

「まず、これで勝負はついたな。」
「え?どういう事ですか?」

 ハリアーが怪訝そうに問う。クーガはガウ・ラーマの方を指さした。

「ガウ・ラーマの足元を見たまえ。びしょ濡れになっているだろう。」
「ああ!なるほど、さっきのフィーの一撃か!」

 自分も操兵乗りであるブラガには、それで意味が通じたらしい。だがハリアーは僧侶であり、操兵には詳しく無い。

「よく意味がわかりませんが……。」
「フィーの先程の攻撃で、ガウ・ラーマは冷却水容器を破損したのだよ。見たまえ、明らかに焦って攻撃しているだろう。冷却水が無くなってしまえば操兵は……。」

 先に受けた攻撃の後、ガウ・ラーマは急に冷静さを失い、滅茶苦茶にバルダロードに攻撃を仕掛けていた。だがそんな無理な攻撃が、フィーほどの操手に通用するはずもなく、ほぼ全ての攻撃が捌かれてしまう。たまに攻撃が当たっても、バルダロードの厚い装甲は、ほぼ完全にその攻撃を防いでいた。
 やがてガウ・ラーマは突然膝をついたかと思うと、全身から蒸気を吹き上げて擱坐してしまう。クーガはハリアーに対する説明を続けた。

「冷却水の切れた操兵は、過熱してしまい行動不能になるのだよ。あの様にね。」
「なるほど、そうなんですか……。」
『この試合、フィールズ・ウォルドーのウルク・イアン・バルダロードの勝利とする!』

 フィーのバルダロードが、審判から勝ち名乗りを受ける。周りから怒号の様に歓声と悲鳴とが上がった。歓声はおそらくはフィーに賭けた者、悲鳴は対戦相手であるガウ・ラーマのラムサン・オゴール選手に賭けた者が上げたのだろう。
 試合会場からは、デン王国の従兵機によって、擱坐したガウ・ラーマが引き出されて行く。フィーのバルダロードは自分の足で会場外へと歩み去った。戦いによって荒れた地面を、これもデン王国の従兵機が丁寧に均していく。やがて次の試合の準備が整い、次に戦う操兵が入場してきた。



 その日の帰り道、フィー達一同はその日の試合について話しながら歩いていた。彼等は既に、ケイルヴィー爵侍邸まであと少しと言う所まで、やって来ている。シャリアの疲れた様な声が響いた。

「いや、流石にレビ・シュバーグ相手は大変だったわ。いくら叩いても、ちっとも打撃が効いて無いんだもの。それにあの盾の厚い事ったら。あれで受けられると、こっちの攻撃がさっぱり通らないし。相手が自分の剣で自分の足を斬っちゃって、自滅してくれなかったら、どうなっていたか……。」
「だけど勝ちは勝ちだよ、シャリア。相手が自滅するまで、相手の攻撃をかすらせもせずに躱し続けた技量は、中々の物だと思うよ。」
「え、そ、そうかな。えへへ……。」

 フィーの褒め言葉に、シャリアは頬を赤く染める。そこへブラガが口を挿んだ。

「明日の第2回戦はフィーは第3試合、シャリアは第6試合か。対戦相手は、どうなってるんでぇ?」
「フィーの相手はオブロムと言う操手の、アズ・キュード・オブロン。……アズ・キュードの改造機だな。シャリアの相手はアラッチャ・ゾクと言う操手の、標準型アズ・キュードだ。
 どちらも今日の試合で、かなりの損傷を被っていたから、比較的楽に勝てるだろう。操手の腕前も、並程度だった。もっとも、油断は禁物だが。」

 クーガが今日の試合の結果から見た予測を立てる。その分析に、一同は安堵しかけた。だがクーガの話は終わっていなかった。

「問題はその次にある第3回戦の第2試合と第3試合だ。第2試合でフィーと当たるのは、おそらくはオットー・フィリンの狩猟機ガイエンヌ・オーン。この選手は第1回戦免除になっていたので、今日は試合が無かった。だから、正直強さが分からない。開会式で見た限りでは、エルセ・ビファジールを基にして改造した、そこそこ強力な操兵だと思う。番狂わせでも無ければ、こちらが勝ちあがって来るだろう。
 第3試合でシャリアと当たるのは、こちらも第1回戦免除になっていたオーバ・ニカスの狩猟機テルフィッツだろう。開会式で見た限りでは、マルツ・ラゴーシュの改装機と見たが……。」
「番狂わせがあれば、どうなるんですか?」

 ハリアーがクーガに尋ねる。クーガは首を傾げて答えた。

「その場合は、フィーと当たるのは操手ティモンの狩猟機マルツ・ラゴーシュ・ティモス。シャリアと当たるのは操手テナンスの従兵機ガレ・メネアス・テナー。ただしあくまで番狂わせが起きた場合だ。特にシャリアの方では、万が一にも従兵機が勝ちあがって来るとは、思わない方が良かろう。
 ……!」

 クーガは突然、手を懐に入れて投げ短剣を取り出すと、すかさず後ろの方へ投げつける。一同は一瞬唖然とするが、次の瞬間後ろの方へ向き、身構えた。
 彼等の目に、走り去る何者かの後ろ姿が映る。フィー達一同は、それを追いかけて走り出した。だが逃げる何者かの足は速く、徐々に間隔を離されてしまう。と、ブラガが石に蹴躓き、派手に転倒した。

「だああっ!?」
「ブラガさんっ!?」
「お、俺にかまうな!奴を……。」

 思わず足を止めたフィーに、ブラガが叫ぶ。しかしクーガがそれを制止する。

「いや、諦めよう。ここで奴を追いかけて、皆がばらばらになるのは、得策ではない。」
「……そうでしたね。フィーさんを脅迫するために、ラクナガル爵侍が私達を狙っているんでしたね。」

 ハリアーが眉を顰めつつ言う。フィー、シャリア、ブラガは渋面になった。

「ちっくしょう、そんな事まで注意しなきゃならねぇのかよ。やりづれぇ……。」
「とりあえず、今日はケイルヴィー爵侍様のお屋敷まで戻りましょう。」
「そうね。明日に備えて、ゆっくり休まなきゃ。」

 愚痴を吐いたブラガを宥める様に、フィーとシャリアが口々に言う。フィー達一同は、連れ立ってケイルヴィー爵侍邸まで歩いて行った。



 フィー操る狩猟機バルダロードの、魔力が込められた破斬剣が一閃する。改造されて装甲を強化されているはずの、アズ・キュード・オブロンだったが、魔剣の一撃には耐えきれず、胴体に深々と斬り込まれた。アズ・キュード・オブロンは、第1回戦にて受けた損傷が修理しきれていなかった事もあり、全身から血液を吹き出してひっくり返る。2日目に行われた第2回戦の第3試合は、あっさりと決着がついた。
 バルダロードを整備櫓に戻し、鍛冶組合から派遣された操兵鍛冶師達に預けてから、フィーは観客席へと向かった。そこにはブラガ、クーガ、ハリアーの3人がフィーを待っていた。ちなみにシャリアは自分の試合の順番を待って、自分のエルセ・ビファジールの所に居る。

「よう、フィー!お疲れさん!」
「ええ、まあそれほどでも無いですが。ところでベイア・ライザンの試合はどうでした?」

 ブラガの声に、手を上げて応えたフィーは、気になっていたベイア・ライザンの試合結果について聞いてみた。ブラガは渋面になって答える。

「ああ、順当にベイア・ライザンの狩猟機、フォッグ・テインが一撃で勝負を決めたぜ。使ってる武器は、両手剣だったな。」
「一撃ですか……。じゃあ、消耗とかも全く無いと思っていいですね。」
「ああ。だがベイア・ライザンの次の相手はあのキース・ハウルだ。しかもキースの狩猟機、フォン・グリードル・ハオルンも、こちらも消耗は全く無しに勝利している。上手く行けば、潰し合ってくれるだろうな。……む?」

 フィーと会話していたクーガが、突然会場の方に注意を向ける。そこでは操手ティモンの狩猟機、マルツ・ラゴーシュ・ティモスと、オットー・フィリン駆る狩猟機、ガイエンンヌ・オーンの戦いが行われていた。クーガは右眉をぴくりと上げて言う。

「……番狂わせが起きたな。」
「え?じゃあ次に俺が戦うのは、オットー・フィリンじゃなく、ティモンの方ですか?」
「うむ、そうなる。」

 彼等の眼前では、ティモンのマルツ・ラゴーシュ・ティモスが勝ち名乗りを受けていた。フィーはマルツ・ラゴーシュ・ティモスの様子を見遣って呟く。

「かなり損傷してますね。午後に行われる3回戦の第2試合までには、到底直らないでしょうね。」
「うむ、これで機体が万全なフィーの方が、かなり有利になったのは間違い無い。だが慢心はしないようにな。」

 クーガの言葉に、フィーは頷く。そこへ何者かの声が響いた。

「はっはっは、調子はどうかね?我が好敵手フィーよ。」
「また出た……。」

 フィーは疲れた様な顔で呟く。やって来たのは、言わずと知れたキース・ハウルであった。ブラガが仏頂面で口を開く。

「何しに来たんでぇ?こっちにゃ用はねぇぞ?」
「そう言うな。我が好敵手を激励に来たのだ。私と当たるまで、決して負けるでないぞ。……とは言えフィー、次の貴公の対戦相手は既に死に体であるな。気を抜かねば負ける事はありえぬだろうて。」
「危ねぇのは、そっちの方だろうがよ。相手は公営の賭けでも優勝候補に挙がってた奴だぜ?」

 ブラガは毒づいた。驚いた事に、キースは頷く。

「うむ。だが実の所、それほど心配はしておらぬのだ。いや実はな、先程試合を終えた時に、次の試合……ベイア・ライザンとの戦いで、八百長をしてくれぬかと恥知らずにも頼みこんで来たのだ。いや、本人では無かったがな。無論一喝して追い返したが……。
 その様な事をする以上、腕には自信が無いのであろうよ。そんな輩に、私は負けん!」
「いや、少し待ちなさい、キース殿。」

 クーガが会話に割って入る。彼は肩を竦めて言った。

「先程の試合を見た限りでは、ベイア・ライザンの実力はかなり確かな物です。八百長を持ちかけて来たのは、本人ではなくベイア・ライザンの背後に居る者でしょうね。背後にいる者は、手段を選ばない輩である事が、はっきりしています。
 繰り返して言いますが、ベイア・ライザンの実力は、その狩猟機の力を含めてかなりの物です。油断すると、貴方でも危ういでしょうね。」
「む……。」
「なおかつ、もう1つご忠告を。ベイア・ライザンの背後にいる者は、貴方を八百長で懐柔するのに失敗した以上、今度は何を仕掛けてくるか分かりません。くれぐれもご注意される事です。」

 キースはしばし俯く様に黙り込む。だがやがて顔を上げると、力強く頷いた。

「あい分かった。忠告、ありがたく受け取っておく。確かに今のは我が油断であった。この様な事ではいかんな。では私は自分の機体の所へ戻るとしようぞ。また会おう、諸君!そしてフィー!必ずや貴公と決着をつけようぞ!」

 キースは踵を返し、立ち去って行く。ブラガはクーガに問うた。

「なんであんな忠告をしたんでぇ?」
「我々の目的を忘れたかね?ベイア・ライザンの優勝を阻む事だ。もしキース・ハウルがベイア・ライザンに勝利してくれるのであれば、それはそれで良いだろう。」
「それはそうですね。あの人と戦いたくなさそうなフィーさんには申し訳無いですが……。」

 ハリアーはフィーの方に目を向ける。フィーは首を振った。

「たしかに、あんな暑苦しい奴とやり合うのはご免ですが、奴がベイア・ライザンを倒してくれるのなら、それはそれでかまいませんね。不本意ですが、キースを応援するとしましょうか。不本意ですが。」
「……ところで、シャリアの相手はやはり狩猟機テルフィッツのオーバ・ニカスの様だな。ただ、相手のガレ・メネアス・テナーもかなり奮闘した様だ。斧槍で大きな一撃を与え、かなりの損傷を負わせている。次のシャリアの試合結果次第だが、これはかなり有利になったと見て良いだろうな。」

 試合会場では、後片付けと次の試合の準備が進められている。やがてシャリアが出場する、第2回戦の第6試合が開始された。フィー達はシャリアのエルセ・ビファジールに声援を送る。

「いけー!シャリア!」
「相手の動きは鈍いぞ!」

 ブラガの言う通り相手のアズ・キュードは、前日の戦いにおける損傷が響いてか、その動きがかなり鈍い。一応外面だけはなんとか修理した模様だが、高機動狩猟機であるエルセ・ビファジールの動きには、到底ついて行けていない。
 エルセは右手の長剣、左手の小剣の2刀を用い、変幻自在の剣技で攻撃する。アズ・キュードはその2刀に、たちまち切り刻まれた。アズ・キュードの操手は、苦し紛れに星球棍を自機に振るわせるが、エルセの素早い動きにあっさり躱されてしまった。
 そしてシャリアのエルセは、最後の一撃を振るう。

『いやあああぁぁぁっ!!』
『うわあああぁぁぁっ!』

 エルセが突く様に振るった左手の小剣の切っ先が、アズ・キュードの胴体を深々と抉る。アズ・キュードは己が流した血の海に沈んだ。ちなみにエルセの右手の長剣は、目標を外して大振りになっており、シャリアは機体の平衡を大きく崩していた。もしアズ・キュードがこの攻撃を持ち堪えていたなら、シャリアは逆に危機に陥っていただろう。
 ともあれシャリアとエルセ・ビファジールは、勝ち名乗りを受けた。周囲からはほどほどに歓声が上がる。実の所、シャリアの選手としての人気はさほど高く無い。女であると言う事で偏見の目で見られ、彼女の賭け札は狩猟機乗りでは一番人気が低い。下手をすると従兵機乗りの選手の方が、人気が高いぐらいだ。
 しかしここに来て、既に賭けに敗れた観客達からは、女操手がどこまで行けるか見てやろうと言う様な気持ちで、少々ながら人気が出て来た様である。そんな様子を見て、ハリアーは頷く。

「シャリアの実力も、ようやく少しづつですが、認められて来た様ですね。」
「だが名前が売れ過ぎても、この稼業は大変かも知れんよ?」
「そんな物だな。」

 クーガは首を傾げ、ブラガは肩を竦める。やがて試合が終わったシャリアも合流し、彼等と共にその後の試合を観戦した。
 やがて第2回戦は全ての組み合わせが終了となる。この後、しばらくの休憩を挿んで、午後から第3回戦が行われる事となるのだ。
 ブラガは、試合の控えている2人に向かって言う。

「お前ら、そろそろ操兵の所に戻った方が良く無ぇか?」
「そうですね、じゃあ行こうかシャリア」
「うん。」

 フィーとシャリアは立ちあがり、操兵の整備櫓へと向かって歩きだす。ブラガ、クーガ、ハリアーは、彼等2人に声援を送った。

「午後の試合も、頑張れよお前ら。」
「くれぐれも油断はしないようにな。試合の事だけでなく……。」
「気を付けて、頑張ってくださいね。あと、できるだけ人目のある場所を通って行くんですよ?」

 フィーとシャリアの2人は、手を上げてそれに応えると、歩き去った。残された3人は、試合会場の方へ目を向ける。そこでは、デン王国所属の従兵機が、戦いによって荒れた地面を、丁寧に均している。そして何人かの人間が、消石灰で試合の開始線等をひきなおしていた。

「午後の3回戦第1試合は、ベイア・ライザンとキース・ハウルか。どっちが勝つと思う?」
「どうだろうな。キース・ハウルの腕前が確かなのは分かっている。その操兵が強力なのもな。だが、ベイア・ライザンの情報は殆ど無い。先の試合でも、一撃で勝負を決めてしまい、その技量を見切る事はできなかった。わかるのは、かなりの腕前と言う事だけだ。」
「厄介な話ですね。ですがフィーさんと当たる前に、実力者であるキース・ハウルと当たるのは、色々な意味で幸いですね。」

 ブラガ、クーガ、ハリアーは、会場整備の様子を眺めながら、次の試合について話していた。彼等の口調には、あまり不安は感じられない。真っ向から正々堂々と当たれば、フィーが負けるとは思っていないのだ。フィーの操兵乗りとしての実力は、実際かなりの物なのである。
 だがそれは、相手が正々堂々と戦った場合の事である。実際、キース・ハウルの話では、八百長試合を仕組もうと試みているし、フィー達一同の周りにも、怪しげな人影が見え隠れしている。ベイア・ライザンの裏にいるラクナガル爵侍は、何を企んでいるか知れた物では無いのだ。
 ブラガやハリアーの顔が、自然と厳しくなる。クーガだけは何時も通りの無表情であるが、その纏う雰囲気が多少硬質な物に変わっていた。



 やがて午後になり、休憩も終わって、いよいよ第3回戦の第1試合である、ベイア・ライザン駆る狩猟機フォッグ・テイン対、キース・ハウル操る狩猟機フォン・グリードル・ハオルンの戦いが開始されようとしていた。
 両機が、試合会場の開始線に立つ。両機とも黒い機体色をしているが、スマートで精悍なフォン・グリードル・ハオルンに対し、フォッグ・テインは固太りした様な重厚さを感じさせる機体だ。

『いざ尋常に!』

 キースの声がフォン・グリードル・ハオルンから聞こえる。対するベイアのフォッグ・テインは、無言で両手剣を構えた。両機はじりじりと足摺を繰り返し、少しずつ近づいて行く。
 その時、突然異変は起きた。フォン・グリードル・ハオルンの機体から、急にがくっという感じで力が抜けたのである。フォッグ・テインはそれを好機と見たか、反射的に両手剣で斬りかかった。
 凄まじい破砕音が聞こえた。フォッグ・テインの両手剣は、狙い過たずフォン・グリードル・ハオルンの胴体を、強かに打ち据えた。フォン・グリードル・ハオルンは後ろに弾き飛ばされるが、必死で平衡を保ち、堪える。その拡声器から、キースの狼狽した声が聞こえた。

『な、なんだっ!?きゅ、急に力がっ!』
『……何をやっている。戦いの最中だぞ!』
『くっ!』

 再びフォッグ・テインは両手剣で斬りかかる。対するフォン・グリードル・ハオルンは、必死でその攻撃を破斬剣で受けると、返す刃でフォッグ・テインに斬りつける。フォン・グリードル・ハオルンの拡声器からは、キースの必死の叫びが響いていた。

『おおおおおお!!』
『む!……ふ、ふふふ。やるな。だが非力!』

 フォン・グリードル・ハオルンの破斬剣は、フォッグ・テインの肩口を捉えていた。だがフォッグ・テインの厚い装甲に阻まれて、軽度の損傷しか与えていない。キースは叫ぶ様に言う。

『く、急な不調とは言え、このキース・ハウル!むざむざと負けてなるものか!』
『不調だと?自分の未熟を機体のせいにするか!……いや、まさかな?』

 フォッグ・テインの両手剣が唸りを上げる。その剣撃は、再びフォン・グリードル・ハオルンの胴体を打った。だが同時に、フォン・グリードル・ハオルンの破斬剣がフォッグ・テインの胴体に決まる。双方から破片が飛び散った。しかし損傷の度合いは、明らかにフォン・グリードル・ハオルンの方が大きい。
 キースは自分の操兵に、必死に呼びかける。

『気張るのだ、フォン・グリードル・ハオルンよ!我が好敵手との決着も果たさずして、こんな所で敗北してはいられぬのだ!』

 フォン・グリードル・ハオルンの仮面の裏に配された聖刻石が輝き、機体から、激しい駆動音が上がる。まるでそれは、キースの激に応えんとしているかの様だった。だがそれは、蝋燭の燃え尽きる、最後の輝きにも似ていた。
 破斬剣を大上段に構え、フォン・グリードル・ハオルンは一撃必殺の念を込めて斬り下ろす。だが次の瞬間、その一撃は突如として力を失う。傍目にもその異常は明らかだった。フォッグ・テインはあっさりと両手剣で、その一撃を弾く。ベイアの声が、フォッグ・テインの拡声器から聞こえて来た。

『本当に操兵の調子が悪かった様だな。だが、悪いが遠慮はせん。とどめだ。』
『く……ッ!』

 そしてフォッグ・テインの両手剣が、フォン・グリードル・ハオルンの胴体を刺し貫く。フォン・グリードル・ハオルンはゆっくりと仰向けに倒れた。
 審判が勝ち名乗りを挙げる。

『この勝負、ベイア・ライザンの狩猟機、フォッグ・テインの勝利!』

 会場は歓声に包まれる。だが突然のフォン・グリードル・ハオルンの不調に、不審を抱いた者も居た。観客席でこの試合を見ていた、クーガ達3人である。

「……仕掛けられた、かもな。おそらく、だが……。」
「クーガ、それって……。キースの奴の機体に細工がされていたって事か?」
「ああ。いくらなんでも、ベイア・ライザンにとって都合が良すぎる。係員か、操兵鍛冶師の中に、ラクナガル爵侍が手の者を紛れ込ませているのやも知れん。」

 クーガとブラガは、自分達以外には聞こえない程度の小声で話す。ハリアーは眉を顰めた。

「もしそんな卑怯な事が行われているのであれば、許せませんね。」
「フィーとベイアの試合が行われる前に、操兵の機体を確かめておく必要があるだろうな。」

 クーガは無表情に言う。彼の視線の先では、キース・ハウルが操手槽から、担架で運び出されていく。彼は徐に溜息を吐いた。



 フィーは試合終了後、操兵を整備櫓へと戻し、機体から降りて来た。試合そのものは、相手の狩猟機が大きく損傷していた事もあり、フィーと狩猟機ウルク・イアン・バルダロードの圧勝で終わった。しかしフィーの気分は晴れない。

「あのキース・ハウルが破れた……か。」

 彼は試合会場に入る時に、大破したフォン・グリードル・ハオルンを目にしていたのである。あの様子では、操手も相当な怪我を負ったに違いない。一方的に好敵手宣言をされただけの相手であり、なんとなく虫の好かない人物ではあったものの、やはり気にならないと言えば嘘になる。
 と、考えに沈むフィーに、何者かが話しかけた。

「もしもし?貴方がフィールズ・ウォルドーさん?」
「はい?どちら様ですか?」

 フィーが顔を上げると、そこには中年の男が立っていた。その男はにこやかな笑みを浮かべつつ、言葉を発する。

「いや、少しばかり内密のお話があるのですが……。少しお時間を頂けませんかね?」
「……話があるのならば、ここで伺いましょう。」
「いえ、ここでは少し……。他の人の耳もありますので……。」

 フィーは眉を顰める。

「他の人に聞かせられない様な話なら、聞く気はありません。それに大会中は用心のために、単独行動はしないように言われていますので。」
「あ、ちょ、一寸お待ちを!」
「失礼します。」

 フィーはその場を後にする。彼の後ろから、舌打ちをする様な音が聞こえて来た。彼はそのまま、人目の多い場所を歩き、観客席にやって来る。

「皆!シャリアの試合はどうです?」
「よおフィー、お疲れ。今丁度終わった所だ。敵の狩猟機テルフィッツが弱ってた事もあって、楽勝してたぜ。まあ、1撃はもらったけど、大した事ぁ無ぇだろうよ。」

 フィーの声に答え、観客席にいたブラガがシャリアの戦いぶりを話す。フィーは更に質問した。

「ベイア・ライザンの試合は、どうでしたか?奴の腕前の程とかは、分かりましたか?」
「あ、ああ……。腕前はかなりの物だが、それでもお前の方がずっと強ぇ。ただ、な?対戦相手だったキース・ハウルの機体が、突然調子を悪くしたんだわ。」

 そこまで言って、ブラガは声を低める。

「クーガの考えじゃ、機体に細工をされたんじゃねぇか……ってよ。」
「!」

 フィーは目を見張った。

「そ、それじゃあ……。」
「ああ、お前の時にも何か仕掛けられる可能性がある。明日、試合前に機体を調べて置く必要があるって、クーガは言ってたな。」
「うむ、明日準決勝が始まる前に、バルダロードを私が調べてみよう。」

 ブラガの隣にいたクーガも、試合会場に目を遣りながら言う。試合会場では傭兵エリッチャル・オボンの従兵機である標準型アズ・キュードが、優勝候補の一角と噂される操手ドーバー・ウルツラオス駆る狩猟機ガルム・エクサス相手に、かなりの善戦を見せていた。この試合の勝者が、シャリアのエルセ・ビファジールと戦う事になるのだ。
 フィーもそちらに目を向けながら、誰に聞かせるともなく呟く。

「……そんな汚い手で負けたと知れば、あのキース・ハウルもさぞかし悔しがるだろうな。」

 フィーの視線の先では、善戦はしたものの所詮従兵機、アズ・キュードがガルム・エクサスに斬り倒されていた。ガルムの操手、ドーバーが審判の勝ち名乗りを受ける。
 丁度そこへ、先程試合を終えたシャリアがやって来た。

「勝ったわよー。……どうしたの皆、浮かない顔して。」
「いえ、少し問題が出てきたんですよ。とりあえず帰り道に歩きながら教えてあげます。今日の所は、試合は全部終わったんですから、ケイルヴィー爵侍様のお屋敷まで戻りましょう。」

 ハリアーが眉を顰めながら、シャリアに向かって言う。シャリアと、そして他の皆もその台詞に頷いた。



 そして次の日、闘技大会の最終日である。フィー達一同は、朝早くケイルヴィー爵侍の屋敷を出て、闘技場へとやって来ていた。彼等はこの闘技大会の間だけフィーの乗機となっている、ウルク・イアン・バルダロードの整備櫓へ向かう。そこには、既に一通りの整備を終えられたバルダロードが佇んでいた。
 クーガは皆に向かって軽く頷くと、その操手槽の中へと潜り込む。そして操手槽の扉を閉じると彼は、何やら中でごそごそやっている様子だった。
 しばらくして彼は操手槽を開き、外へと出て来る。だが彼は整備櫓からは降りて来ずに、そのまま木枠を伝って操兵の頭の方へと移動すると、操兵の兜の隙間に手を突っ込んで何やら探っていた。そして次に彼は、再び木枠を伝って操兵の左肩の方へ移動する。そこでも彼は何やらごそごそとやっていた。
 ハリアーがクーガに声をかける。

「クーガ!どうですか?」
「うむ……。」

 クーガは何時も通り無表情だったが、少し雰囲気が硬い。彼はようやく整備櫓から降りて来ると、破り取られた2枚の呪符を差し出す。

「……練法で調べてみたのだがね。やはり仕掛けがしてあったよ。これは聖刻の波動を封じる呪符の様だ。これを貼られた操兵は、上手く動かなくなる。……昨日のキース・ハウルの操兵と同じ様にね。」
「ありがとうございます、クーガさん。あらかじめ調べておいてもらわなかったら、大変な事になる所でした。」
「クーガ、一応シャリアのエルセも調べておいた方がいいんじゃねぇか?」

 フィーとブラガが口々に言う。シャリアは憤懣やるかたないと言った様子だ。

「なんて卑怯なのかしら!フィー、今日の試合、絶対に勝ってよ!?」
「悪いが、勝つのは俺だ。」

 突然そこへ声がかかった。フィー達は皆、一斉にそちらに顔を向けつつ、腰の物に手をやる。そこに立っていたのは、両手剣を背負い操手用の防具を着込んだ、目つきの悪い男だった。その男はにやりと笑うと肩を竦める。

「まあ待て。今戦わずとも、すぐに操兵で立ち会う事になる。そんなに殺気立つ物じゃない。」
「貴方は……ベイア・ライザン、だね?」
「ええっ!?」
「こいつが!?」

 クーガの確認の声に、シャリアとブラガは驚愕の声を上げる。ハリアーとフィーも驚いている様だ。ベイアはその様子を、面白そうに見遣る。フィーは疑わしげな顔で、彼に問いかけた。

「一体何の用だ。」
「いや、な。お前達に良い事を教えてやろうと思ってな。お前がフィールズだな?お前の操兵には、仕掛けがされている……らしい。頭と左肩に、何やらまじないの符が、装甲の内側に貼り付けられている……そうだ。頭のは見つかり易くしてある囮で、本命は左肩のやつ……という話だ。」
「「「!?」」」

 ベイアの言葉に、フィー達は驚いた。ブラガが顔を引き攣らせながら言う。

「へっ、そいつならもう2枚とも見つけちまったぜ?」
「ほお……。ではこれは余計な節介だったか。では退散するとしよう。」
「待て!」

 フィーは、背を向けて立ち去ろうとしたベイアを呼び止める。ベイアは怪訝な顔で振り返った。

「……何用だ?」
「なんであんたは、そんな事を俺達に教えに来たんです?もし俺達が見つけていなければ、あんたは有利な立場で戦えたはずなのに……。」
「……馬鹿にするな。」

 フィーの言葉に、ベイアは怒気を発する。彼は続けた。

「そんな手段で勝って、何が嬉しい。いくら雇い主とは言え、俺を馬鹿にするにも程がある。この闘技大会は最後まで戦うが、その後は今の雇い主とは、きっぱりと手を切るつもりだ。……先のキース・ハウル戦も、先に小細工の事実を知ってさえいれば!」
「……。」
「俺は色々と後ろ暗い事にも手を染めているが、こと戦いに関しては話が別だ。少なくとも、真正面からの戦いで汚い手段を使う気など無いわ!」

 ベイアはそう吐き捨てる様に言うと、今度こそ踵を返して立ち去って行った。フィー達は呆然と立ち尽くす。やがてシャリアが口を開いた。

「……なんか、思ってたのと違うわね。」
「うん……。」

 フィーも目を丸くしながら頷く。だがそこへクーガが口を挿んだ。

「いや、ベイア・ライザンの言葉が信用できても、その後ろにいるラクナガル爵侍は絶対に信用できない。何をやってくるか、知れた物ではないだろう。ちゃんとシャリアのエルセも調べておこう。」
「そうですね。油断は禁物です。」

 ハリアーもクーガに同意する。フィー、シャリア、ブラガは眉を顰めながら頷いた。



 そして操兵闘技大会準決勝第1試合、いよいよベイア・ライザン駆る狩猟機フォッグ・テインとの戦いの時が訪れた。フィーは試合会場へとバルダロードを進入させる。満場の歓声が彼とバルダロードを迎えた。フィーは操兵の首をめぐらせて、対面の入り口を見遣る。そこには既に、フォッグ・テインの黒い機体が姿を現していた。バルダロードの白い機体とは好対照だ。
 フィーはゆっくりと操兵を開始線へ進ませる。フォッグ・テインもまた、同じ様にゆっくりと歩いて来た。会場に、選手紹介の声が響き渡る。

『本日最終日の1試合目!準決勝第1試合!腕利きの操手フィールズ・ウォルドー駆る狩猟機ウルク・イアン・バルダロード対、歴戦の操兵乗りベイア・ライザン駆る狩猟機フォッグ・テイン!』

 審判が旗を上げて、両機に抜剣を促す。フィーはバルダロードに愛用の魔剣を抜かせた。フォッグ・テインもまた、その背中に背負わせていた両手剣を構える。フィーは心で念じて、いつも身に着けている聖刻器の護身用短剣『操手の護り手』の力を解放した。フィーの精神がバルダロードの仮面と、より強く結び付けられる。
 審判が、掲げていた旗を振り下ろした。フィーは叫ぶ。

「いざ!」
『……勝負だ。』

 フォッグ・テインからベイアの声が聞こえる。バルダロードとフォッグ・テイン、白と黒の機体が互いに開始線から突進した。先手を取ったのは、やはりフィーのバルダロードである。ベイア・ライザンは腕利きで、フォッグ・テインも優秀な機体ではあったが、それでもフィーの腕前には及んでいない。しかもフィーは、操兵との同調を強化してくれる短剣の力まで使っているのだ。
 バルダロードの持つ魔剣が、フォッグ・テインの肩口に命中する。刃が装甲に斬り込み、破片が飛び散った。

「うおおおおおっ!」
『なんの、まだまだっ!』

 だがベイア・ライザンも只者では無かった。フォッグ・テインが両手剣を薙ぎ払う様に振るう。鋼が砕ける大音響が響き、その刃はバルダロードの脇腹にめり込んだ。こちらも装甲板が砕けて散る。

「ぐううっ!」

 フィーの身体は、その衝撃で操手槽内壁に叩き付けられた。彼の身を聖刻器の操手用防具が護っていなければ、かなり危なかったかもしれない。フィーは頭を振って意識をはっきりさせると、再度バルダロードに魔剣を振るわせる。
 魔剣の切っ先は、フォッグ・テインの太腿を貫く。片足が動かなくなり、がくりとフォッグ・テインの動きが鈍った。

『まだだっ!』

 ベイアの声が、フォッグ・テインの拡声器から響く。フォッグ・テインは両手剣を再び薙ぐように振るった。バルダロードは後ろへ跳躍し、その一撃をかろうじて躱す。片足が言う事を利かないフォッグ・テインは、よたよたとよろめいた。
 フィーは小さく叫ぶ。

「……好機!」

 フィーはバルダロードに剣を振り上げさせ、一気に飛び込んで斬り下ろした。魔剣の刃が薄く光を放つ。そしてその刃は、過たず相手の胴体に斬り込んだ。
 しかしベイアの執念も、恐ろしい物があった。彼は自機がダメージを被るのを無視し、相打ちでバルダロードに打ち込みを加えたのである。フォッグ・テインの両手剣が、真っ向からバルダロードを打ち据えた。
 バルダロードはカウンターを受けた様な形になり、後ろへと吹き飛んだ。操手槽内のフィーは、衝撃であちこち身体をぶつけ、呻き声を上げる。

「ううっ……。く、くそ、バルダロードは……。」

 バルダロードの損傷を急ぎ確認すると、フィーは機体を向き直らせる。フォッグ・テインはずたずたになりながらも、両手剣をバルダロードに向けて立っていた。

「もう少しだ。もう少し頑張ってくれよ、バルダロード!」

 フィーの言葉に反応したのか、バルダロードは激しい駆動音を上げた。それはまるで、操兵が叫んでいるかの様に聞こえた。フィーとバルダロードは、剣を構えて突進する。

「いくぞ!これで最後だ!」
『……来い!』

 フォッグ・テインは両手剣を振り上げて、迎え撃つ姿勢を取る。振り下ろされるその刃を躱し、バルダロードはフォッグ・テインの脇を走り抜けざま、魔剣を一閃させた。
 フォッグ・テインの拡声器から、ベイアの声が響く。

『……見事。』

 そしてフォッグ・テインはゆっくりと倒れ込んだ。試合会場の地面に、操兵の赤い血液がじわじわと広がって行く。最後に喰らった一撃により、あちこちの筋肉筒が断裂し、血管が破れたのだ。
 審判が勝ち名乗りを上げる。

『準決勝第1試合は、フィールズ・ウォルドーのウルク・イアン・バルダロードの勝利!』

 会場から歓声が上がった。フィーは軋む機体に踵を返させ、試合会場から出て行く。彼は後ろを振り返ってフォッグ・テインとベイア・ライザンの様子を知りたかったが、なんとかその気持ちを抑える。気をつかう様な真似をしては、かえってベイアは怒るだろう。フィーは複雑な気持ちを抱えつつ、その場を立ち去った。



 操兵闘技大会は、終幕を迎えていた。閉会式にて、今大会で優秀な成績をおさめた者が表彰されている。フィーは準優勝に終わっていた。流石にベイア・ライザンとの戦いで重度の損傷を被ったバルダロードでは、フィーの腕前をもってしても、決勝戦に勝利する事は不可能であったのだ。
 フィーを破って優勝したのは、なんとシャリアである。準決勝にて彼女は、優勝候補の一角であったドーバー・ウルツラオスの狩猟機ガルム・エクサスを撃破し、しかも運良く損傷は軽微であったのだ。そのため、決勝戦にて彼女は圧倒的に有利な状況で戦う事ができたのである。

「優勝おめでとう、シャリア・マルガリ殿!」
「え、あ、は、はい。ありがとうございます。」

 表彰台の上で、シャリアは引き攣った笑顔を浮かべ、主催者からメダルを首にかけられていた。ちなみに準優勝者であるフィーと、3位入賞者達は、皆けっこうな怪我を負っているために救護室に放りこまれており、この場にはいない。その分シャリア1人が衆目を集める破目になっている。そのためシャリアはがちがちに緊張していた。
 もう1人、あまりの事に固まっている人間がいた。ハリアーである。彼女は優勝者が誰かを賭ける公認の賭博にて、大穴であったシャリアになんと2,000ゴルダもの大枚を賭けていたのだ。彼女はシャリアが大穴扱いされている事に腹を立て、賭けの倍率など見ずにシャリアの賭け札を買ったため、自分がいくら儲けたのか全然知らなかった。その倍率、なんと14.7倍。29,400ゴルダもの大金が戻ってきてしまい、彼女は泡を喰っていたのである。賭け屋の親父は言ったものだ。

「いやあ流石だね、お嬢さん。こんな大穴にこんだけ大枚を突っ込んで、見事的中させるなんて、信じられないよ。あんた本物の博打うちだよ……。」

 それを聞いたハリアーは満面を朱に染めて、仲間の後ろに隠れてしまった。



 何はともあれ、フィー達一同は無事に目的を果たす事ができた。ベイア・ライザンのフォッグ・テインを打ち破り、ラクナガル爵侍の陰謀を阻止する事ができたのである。そして彼等は今、お祭り騒ぎの去ったデン王国首都サグドルを、出立しようとしていた。目的地は旧王朝地域の北西はザライン地域にある、隠された古代の遺跡である。ちなみに、闘技大会で負ったフィーの怪我は、既にハリアーの術で完治していた。
 フィー達を見送りに来ていたケイルヴィー爵侍が、彼等に声をかけた。なお彼は1人ではなく、護衛にジムスも連れている。

「ハリアー殿、そして諸君、今回も本当にお世話になりましたな。特に今回はフィー君のおかげで、大変な事になる所をなんとかできた。どうやって君達に報いたら良いのか、わからないぐらいだ。よければフィー君、シャリア君共々、騎士団に推挙したいぐらいだよ。」
「そ、それはご勘弁下さい、爵侍様。私は宮仕えなどと言う柄ではありませんので。」
「あ、あたしもです。あたしは騎士団に入れるほど礼儀とか知りませんので……。」

 フィーとシャリアは、ケイルヴィー爵侍の発した言葉を、慌てて謝絶する。ケイルヴィー爵侍も本気では無かったのか、笑って台詞を流した。ジムスも笑っている。
 そのとき、シャリアが怪訝そうな顔でケイルヴィー爵侍に訊ねた。

「ところで、本当に良いんですか?この馬を借りちゃって。」
「かまわないとも。シャリア君のエルセ・ビファジールが修理と改装を終えるまでの間、旅の足が無いのだろう?諸君等には、そんな程度の事では到底返せない借りがあるのだ。他にも力になれる事があれば、いつでも言ってくれて良いとも。」

 そう、シャリアのエルセ・ビファジールは闘技大会での損傷の修復と、闘技大会優勝の賞品である狩猟機用の特殊な甲冑の取り付け作業のため、鍛冶組合に預けてあったのだ。そんな賞品があるなどとは、貰うその時まで何も知らなかったため、一同は大層驚いた。
 それはともかく、シャリアはエルセの修理と改装が終わるまで、旅をするための足が無い状態であった。だがだからと言って、出立を待つわけにもいかない。季節はもうすぐ冬であり、未開地の探索行には厳しい季節となる。そうなる前に、次の遺跡発掘は決行してしまいたかったのだ。
 そのため当初シャリアは、此度の遺跡発掘のためだけに、馬を購入するつもりであった。無論探索行が終わり、エルセが直ったならその馬は売却してしまう事になるが。しかしそれを聞いたケイルヴィー爵侍が、わざわざ1週間かそこら程度のためだけに馬を買う事は無いと、自分の持ち馬を一頭貸してくれたのだ。しかもわざわざ、かなり良い馬を選んでくれたのである。
 シャリアはケイルヴィー爵侍に頭を下げる。残りの皆も、それに倣った。そしてフィーが一同を代表して、口を開く。

「それでは爵侍様、上手く行けば1週間前後でまた戻って参ります。シャリアが借りた馬は、その時お返し致します。」
「うむ、君達の方が詳しいだろうが、古代の遺跡には危険がつきものだと聞く。くれぐれも気をつけてな。」
「ではまた後日お会いしましょう。……行こう皆!」

 フィーとブラガは自分の操兵に乗り込み、クーガ、ハリアー、シャリアは各々の馬に跨る。彼等は首都サグドルの市門前から、西へ向かう街道へと歩きだした。それを見届けて、ケイルヴィー爵侍とジムスは街中へと戻って行く。
 と、フィーがジッセーグ・マゴッツを歩かせつつ、徐に口を開いた。

『……ところでベイア・ライザンとキース・ハウルはその後、どうなったのかな。』
『噂じゃあベイア・ライザンは傷も治らねえうちに、街を出たらしいぜ。乗ってた狩猟機じゃなく、何やら従兵機で。なんでもあの狩猟機フォッグ・テインは、雇い主からの借り物だったらしいな。
雇い主っつうと、ラクナガル爵侍なんだが。』

 フォン・グリードルからブラガが答える。シャリアが馬上から声を上げた。

「今回の大会のために用意された機体ってわけ?本来の乗機じゃない機体、しかも狩猟機を使いこなすなんて、本当に腕利きだったのね、あの男。」
『そう言う事だな。キース・ハウルの方はちょいと耳に入って来なかったが、あれだけ操兵が大破したんだ。直るまでかなりかかるんじゃねーか?怪我も重いだろうし。その間はサグドルで足止めだろうよ。』

 ブラガが続けて言う。その答えに、フィーは自機の操手槽で渋面になった。

『うう……。今回の遺跡発掘からサグドルに戻って来た後、下手に何処かでばったり会わないといいんだけどなあ……。』
「よっぽどあの男が苦手なのね、フィー。」

 シャリアは呆れたように肩を竦めた。そこへクーガとハリアーが口を挿む。

「さて、少し急ごう。今日中にミルジア山岳民国まで到達しておきたい。」
「できるだけ早く、この仕事を終わらせてしまいたいですからね。」

 その声にフィー、ブラガ、シャリアは頷くと、少し各々の操兵や馬の歩調を早める。フィー達一同は、最近かなり冷たくなってきた風を受けつつ、西への道を進んで行った。


あとがき

 長らくお待たせいたしました。今回のお話は、操兵乗りにとっての花道、操兵闘技大会の本番です。色々ラクナガル爵侍の悪の手が伸びましたが、主人公たちは見事それを躱してみせました。おまけにフィーではなしにシャリアが優勝したりしまして……。
 敵キャラのベイア・ライザンですが、あまり素行は良くありませんが、一本芯が通った人物です。それ故、戦いでは正々堂々とやりました。
 ところで、もしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。もしくはWEEDへのメールでもかまいません。どうか応援のほど、よろしくお願い致します。


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