「操兵闘技大会(前編)」



 フィー達一同は、デン王国の首都サグドルに向かう道程の途中であった。彼等、特にハリアーは、しばらく前からずっと考え事をしている。それはモニイダス王国の首都、デル・ニーダル市にてあった、ある1つの出来事による物であった。その出来事とは、以下の様な物である。





 フィー達一同は、モニイダス王国首都デル・ニーダル市にて、聖刻教会の僧正タサマド・カズシキより、彼が作っておいてくれた封印札8枚を受け取った。そして未封印のまま持ち歩いていた、6つ目の『オルブ・ザアルディア』を、封印する事に成功したのである。
 無論その封印は一時的な物である。タサマドが8枚もの封印札を作ってくれていたのは、この封印は1年も持てば良い方だからなのだ。最初の方に封印した『オルブ・ザアルディア』は、長くてもあと半年、短ければすぐにでも再封印しなければならない。そのためタサマドは、念のために封印札を沢山作っておいてくれたのだ。
 そしてフィー達一同は、1晩宿屋で宿泊した後、デン王国の首都サグドルへと向けて出立しようとしていた。彼等はサグドルで所用を済ませて一寸休みを取った後、旧王朝地域の北西にあるザライン地域へと向かう予定でいたのだ。
 彼等は各々操兵と馬に乗り、いざ出発せんとする。そこへ1人の人物が現れた。ハリアーはその人物を見て、慌てて下馬する。その人物とは他でも無い、聖刻教会僧正タサマド・カズシキであったのだ。
 ハリアーはタサマドに頭を下げる。クーガも下馬し、同様に深々と礼をした。

「タサマド師、わざわざお運びいただいて実に……。」
「ああ、いや。そこまで堅苦しくしなくとも良いとも。私はただ、試練に向かう若者達を見送りに来たのだ。楽にしてくれたまえ。」
「は、ありがとうございます。」
「ありがとうございます、僧正様。」

 タサマドは、3騎の狩猟機を見遣る。

「狩猟機が3騎も揃うと、勇壮だね。しかし……。君達の操兵は、これで全てかね?」
『ええタサマド師。これで全部ですが。』

 フィーがジッセーグ・マゴッツの騎上から答える。タサマドは、顎に手を当てて考え込んだ。

「ふむ……。となると、今後新たに手に入れる事になるのかも知れんな。」
「タサマド師、それはどう言う事でしょうか?」

 クーガがタサマドに尋ねた。タサマドは、頷いて答える。

「いや、以前八聖者の啓示で見た映像にあった操兵が、今ここに無い様だからな。もしかしたら、今後手に入れる事になるのでは無いか、と思ったわけなのだよ。
 む?あれは?」

 タサマドの視線を追ったハリアーは、ああ、と頷く。タサマドの視線は、フィーのジッセーグ・マゴッツの背に積まれている荷に行っていたのだ。

「あれが8つの『オルブ・ザアルディア』を打ち砕くための杭、『パイ・ル・デ・ラール』です、僧正様。」
「いや、それでは無い。その上に積まれている操兵用の面当て……。あれが啓示で見た映像にあった操兵の顔に着いていたのだよ。間違い無い。」
『こ、これは、今造ってもらっている狩猟機に、装着してもらおうと思っていたんですが……。』

 フィーの台詞に、仲間達は驚く。タサマドの言葉が正しいとなると、フィーが今造ってもらっている、古代の操兵仮面を基にした狩猟機が、ハリアーが八聖者より命じられた『探索』の旅に必要となると言う事だからだ。少なくとも、その最終局面には。
 タサマドはあっさりと頷く。

「それならば、その造ってもらっているという狩猟機が、今後の旅に必要となるのだろうね。」
『だ、だけどソレって、何時完成するんだっけ?』
『確か来年の初夏だって話だけど……。』

 シャリアに答えたフィーの言葉に、クーガは首を傾げる。

「随分早いな。」
『ソレで早ぇのか?』
『ええ、早い方ですね。仮面を創らなくて済む分、早く出来上がるらしいです。』

 フィーはクーガとブラガに同時に答える。ハリアーは考え込んだ。

「となると、その操兵が出来上がるのを待った方が良いのでしょうか。いえ、あと2つ宝珠はあるわけですから、その内1つを手に入れておいた方が……。ですがそれはどちらもファインド森林に存在するからには……。いえいえ……。しかし……。」
『ハリアー!悩むのは分かるけど、とりあえず先ずはザライン地域に行くのが先でしょ?クーガの用事を済ましちゃわないと。』
「……そうでしたね。まずは手の届く所から始めましょう。」

 シャリアの声に、ハリアーは迷いを振り切って言った。





「……そうでした。まずは手の届く所からでした。今考えた所で、どうしようもありません。1つ1つ、片付けていかなければ。」

 ハリアーは、口の中で呟くと前を見る。彼女の視界の片隅に、遠くに小さく城壁が見えた。それはフィー達一同にとってほぼ半年ぶりの、デン王国首都サグドルである。ハリアーは懐かしげな目をした。

「ケイルヴィー爵侍様や奥様、エリシアお嬢様はお元気でしょうか。」
「……おそらく大丈夫ではないかね。呪いをかけていた輩は倒したのだ。直接の暗殺者に対しては、ジムス殿がおられれば万全だろう。」

 独り言のつもりだった言葉に返事を返されて、ハリアーは驚いた。見ると、クーガが真面目腐った顔をして、彼女と轡を並べている。クーガは馬上で、ハリアーに上体を向けた。

「さて、少し急ぐとしよう。皆、行ってしまう。」
「そうですね。行きましょう。」

 ハリアーとクーガは、先に進んでいた3騎の狩猟機を追って、馬を走らせた。





 サグドルに到着した時フィー達一同は、都市の城郭の外部に、ある変わった建造物が建てられているのを目にした。その建造物は、彼等が旅立った半年前までは、影も形も存在していなかった物である。どうやら、相当な突貫工事により造られた物であるらしい。

『……これは。……闘技場?』
『……そうみたいね。』

 フィーの呟きに、シャリアも同意の声を上げる。そう、それは闘技場であった。しかもまず間違いなく、操兵同士の戦いを意識した物である。
 その時、彼等の操兵の足元から、声がかかった。

「あんた達も、今度の闘技大会に出場すんのかい?」

 声をかけて来たのは、中年ぐらいの職人と見える男だった。ブラガは操兵の騎乗から尋ね返す。

『あ?闘技大会だって?』
「なんだ、知らないで来たのかい?明後日から3日間、この竣工したばかりの闘技場で、操兵による闘技大会が開かれるんだよ。もうあちこちの国にお触れが回って、出場する選手や観戦に来た客なんかで、街中大騒ぎだよ。」

 それを聞いた一同は、困惑する。クーガは呟く様に言葉を発した。

「まずいかも……知れんな。」
「何がですか、クーガ?」
「いや、今晩泊まる場所が無いかも知れん。宿が全て埋まっている可能性がある。」

 それに答える様に、職人らしい男は言った。

「ああ、街中の宿はもう良い所は全部埋まってると思うよ。なんせ、これだけのお祭り騒ぎだからねえ。」
『『『げっ!』』』

 狩猟機の3人組から声が上がる。ハリアーも、眉を顰めた。男は言葉を続ける。

「ああ、それとだ……。急がないと、駐機場も空きが無くなるよ。出場選手の操兵が、腐るほど来たからね。一応国が、急遽駐機場を拡張はしたけれど、間に合う物かどうかねえ。」
『おっさん、ありがとよ!急げフィー、シャリア!』
『え、ええ。行きましょう皆!』
『急がないと!』

 ブラガ、フィー、シャリアは慌てて操兵を操り、駐機場の方へ向かう。クーガとハリアーも、その男に頭を下げてその場を立ち去った。
 幸いな事に、駐機場にはなんとか空きがあり、彼等の狩猟機を駐機する事はできた。だが問題は宿の方だった。ブラガが苦々しげに言う。

「ちっくしょ、半年前まで使ってた宿屋は真っ先に断られたし……。」
「街外れの木賃宿ですら、一杯でしたもんねえ……。はぁ……。」

 フィーの言葉も溜息混じりだ。そこへクーガが口を挿む。

「先に鍛冶組合へ行って来るのはどうかね?とりあえず荷物を減らす事にはなるだろう。その操兵用面当ての事だよ。」

 クーガが指差したのは、フィーがジッセーグ・マゴッツの仮面と一緒に背中に背負っている、操兵用の面当てである。これは彼等がガッシュの帝国へ赴いた際に、湖の底にあった古代の神殿より拾って来た物品である。
 普通の操兵用面当ては、仮面と言う操兵の弱点を保護するかわりに、操兵の力の源である仮面の魔力を阻害し、結果として操兵の力が落ちてしまうと言う欠点を持つ。だがこの拾って来た面当ては、操兵仮面の魔力を阻害するどころか、増幅する能力があるらしい。そのためフィーはこの面当てを、現在製作中である狩猟機に、装備するつもりでいたのである。
 フィーは力なく頷いた。

「そうですね……。じゃあ、鍛冶組合へ行きましょうか。」

 そしてフィー達一同は、鍛冶組合の工房へと向かう事になった。





 鍛冶組合の渉外担当者との話し合いは、上手く行ったと言えるだろう。フィーが最初に、持ち込んだ操兵用面当てを製作中の操兵に装着して欲しい、と言った時は、渉外担当者はあまり良い顔をしなかった。操兵の製作に横槍を入れられると思ったのであろう。
 しかしそれも、その面当てを相手に見せるまでだった。鍛冶組合の渉外担当者は、その面当てを一目見るやいなや、その能力を見抜いたのである。

「これは……。とんでもない代物ですな!よろしい、わかりました。今製作中の貴方の狩猟機に、この面当てを装着する様に手配致しましょう。
 それと今後、もしこの様な操兵の力を増す物品などを入手されましたら、それもお取り付け致しましょう。」
「はあ。けれどそんなに都合よく、こう言った代物がひょいひょい見つかるとは思えませんけどね。」
「ははは、それはそうですな。」

 鍛冶組合の渉外担当者は、そう言って面当てを受け取った。フィーは若干の手数料を支払う羽目にはなったものの、まあ満足の行く結果に終わった。
 フィー達は交渉の結果に満足し、鍛冶組合の工房を出た。だがこれから彼等は、今夜宿泊する場所を探さねばならないのである。それは今だけに限れば、鍛冶組合との交渉よりも難題であった。
 と、その時彼等に声をかける者がいた。

「ハリアー様ではないですか。それにフィーさん、シャリアさん、ブラガさん、クーガさんも。皆様、こちらへ戻って来ておられたのですか?」
「……ジムスさん!」

 フィーを始めとする一同が、声の方を向く。そこには、かのケイルヴィー爵侍の部下である、ジムス・レンバーが立っていた。彼はフィー達と同じく、鍛冶組合の工房から出て来た所らしかった。シャリアが怪訝そうな顔をする。

「ジムスさん、あんた操手だったんだ?」
「あ、いえ。私は操手の訓練は受けておりません。私は爵侍様の代理として、爵侍様の狩猟機の整備状況を聞きに来たのですよ。」
「ええっ!?爵侍様の狩猟機っ!?」

 驚いたシャリアは目を見開く。他の面々も、驚いた様だ。だがクーガだけは何か思い当たる事があったのか、頷いている。

「なるほど、そう言えば最初に爵侍様にお会いした時、あの金属化の術を封じた狩猟機の仮面に向かい、『我が手に帰って来た』とか言っていたな。そうか、あれは爵侍様個人の狩猟機の仮面だったのか。」
「はい。爵侍様は、明後日の操兵闘技大会に、自分が出場すると言って……。」
「「「「ええっ!?」」」」

 ジムスの言葉に、フィー達一同は更に驚かされる。ただクーガだけは無表情の鉄面皮を通している。彼は問うた。

「爵侍様の技量はどうなのかね、ジムス殿。もしあっさりと敗退する様な事にでもなれば、爵侍様の面目が失墜する事にもなりかねん。」
「そうなのです。正直な所、爵侍様の技量は、さして高いとは言えません。ですが……他に方法が無いと仰って……。」

 ジムスは肩を落とす。フィーは面食らった顔で、ジムスに問いかける。

「それはどう言う事なのです?他に方法が無いとは?」
「まあ待てよフィー。こんな所じゃなく、何処かゆっくりと話ができる場所で話そうや。」

 ブラガの言葉に、ジムスも頷く。

「では近くの酒場へ行きましょう。そこで皆様方にも、ぜひお話を聞いていただきたいと思います。その上で、どうかお力をお貸しいただければ幸いなのですが……。」

 ジムスの先導で、フィー達一同はその場から離れることにする。フィー達の胸中には、何かまた事件に巻き込まれる確信が渦巻いていた。





 ジムスはケイルヴィー爵侍に、再度の翻意を促さんと、爵侍の部屋へ足を運んだ。彼は切々とケイルヴィー爵侍に訴える。

「爵侍様、どうか思い直して下さい。確かに爵侍様の狩猟機、ウルク・イアン・バルダロードは強力な機体です。ですが……。」
「ジムス、お前も知っているはずだ。此度の闘技大会には、大会規約により我が国の騎士団員は出場できん。我々の味方をしてくれている騎士達は、残念ながら手を出す事ができんのだ。
 かと言って、外部の有力な助っ人を頼ろうとしても、既に著名な傭兵、山師等にはラクナガル爵侍の手が回っていた。となれば、もはや私自身が出るしかあるまいて。少なくとも、その辺の有象無象よりは、正規の教育を受けた私の方がましなはずだ。」

 ケイルヴィー爵侍は、眉を顰めながら言った。ジムスは何とか彼を思い止まらせようと必死になる。

「ですが爵侍様!」
「このまま奴の手の者が優勝してしまう事になれば、奴はその成果をもってして、その者を騎士団に送り込むであろう。それは避けなければならん事態だ。刺し違えても奴の手の者を倒せれば、それで目的は達せられる。
 分かってくれんか、ジムス。」
「どうか私の話をお聞きください爵侍様!確かに著名な傭兵や山師にはラクナガル爵侍の圧力がかけられていました!しかしそうでない者達もいたのです!あのハリアー・デ・ロードル様達の一団でございます!」

 ジムスの叫びに、ケイルヴィー爵侍は目を見開く。

「何!ハリアー殿達は今、重要な仕事とやらでデン王国を遠く離れているはずでは!?」
「ところが、これも神のお引き合わせでしょう。そのお仕事とやらはまだ終わっていないそうなのですが、偶然にも旅の途中で、再びデン王国に立ち寄っておられたのです!
 今、あの方達は、このお屋敷に来ておられます。」
「何と!それを早く言うのだ!我が家の恩人たる、ハリアー殿をお待たせしたとあっては、面目が立たんではないか!」

 ケイルヴィー爵侍は、大急ぎで部屋を出て、応接間の方へ向かう。ジムスがそれに続いた。やがて彼等は、応接間へとやって来る。ケイルヴィー爵侍は扉を開いた。そこではフィー達一同、特にハリアーが、ケイルヴィー爵侍の夫人であるナスターシャに、手厚い接待を受けて恐縮していた。
 フィー達は、部屋に入って来たケイルヴィー爵侍を見て立ち上がり、頭を下げて来る。ケイルヴィー爵侍は片手を上げて、それを止めた。

「ハリアー殿、よくいらして下さった。その節は本当にお世話になり申した。それに君達も、元気そうで何よりだ。」
「爵侍様も、ご壮健で何よりです。それより爵侍様、明後日の操兵による闘技大会に、御自ら出場なされると聞きましたが、本当でございますか?」
「ええ、ハリアー殿。私も本当であれば、誰ぞ力量のある操手に任せたかったのですが……。ですが騎士団の者は大会規約により参加できず、近隣の著名な傭兵や山師には、既にラクナガル爵侍の手が回っておりました。このままでは、おそらく奴の手の者が優勝してしまうのです。
 そうなってはラクナガルめは間違いなく、優勝の事実を盾に騎士団にその優勝者を送り込み、騎士団にも影響力を行使せんとするでしょう。」

 ケイルヴィー爵侍は、渋面になって言う。そこへフィーが真剣な顔で言葉を発した。

「そのラクナガル爵侍の手の者を倒せば良いのですね?特に優勝とかはしなくとも?」
「うむ、その通りだが……。もしや出場してくれるのかね?私の代わりに?」
「ジムスさんのお話を聞いた時から、そのつもりでございました。」

 フィーは力強く頷く。それにシャリアとブラガも同調する。

「無理に優勝とかしなくても良いんだったら、きっと何とかなるわ。」
「ああ、操兵乗りが3人もいるんだ。しかも乗機は3人とも狩猟機だ。爵侍様、倒さにゃならねぇ相手は、分かってるんですかい?」

 ケイルヴィー爵侍は、ブラガの問いに首肯した。

「うむ。ベイア・ライザンと言う名の、旅暮らしをしている操手だ。私が調べさせた所では、腕前はなかなかの物だが、あまり素行は良くないらしいな。しかし……。」
「どうかなさいましたか?」
「いや、本当に良いのかね?君達は重要な仕事の最中なのだろう?それなのに、それを放っておいて、私の手助けをしてくれるなどと……。」

 その言葉を聞き、ハリアーは微笑む。

「確かにその仕事は大事です。ですがその仕事の完遂には、今造ってもらっている狩猟機が必要なのでございます。それ故、その狩猟機が完成するまでどういたそうかと悩んでいた所なのです。ですので、ご遠慮なさる事はございません。
 それに、もしその様な事情が無くとも、お世話になったケイルヴィー爵侍様が大変な時に力をお貸しできないで、どうしてお天道様の下を歩けましょう。」
「いやいや、お世話になったのはこちらの方です、ハリアー殿。分かりました、そのご厚意、受けさせていただきます。諸君、よろしくお願いする。ベイア・ライザンの優勝をなんとしても阻んでくれ。」

 ケイルヴィー爵侍は頭を下げた。傍に控えていたジムスも、それに倣う。やがて顔を上げたケイルヴィー爵侍の目に、力強く頷くフィー、シャリア、ブラガの3名が映った。
 と、その時ブラガがある問題点に気付き、それを口にする。

「なあ、闘技大会の申し込みって、何時までなんだ?」
「……開催は明後日ですよね。急いで申し込みをしないと、まずいですよね。」

 フィーも冷や汗を流して言う。だがケイルヴィー爵侍は彼等を安心させるように言う。

「大丈夫、私がなんとしても君達を出場枠に押し込んでみせる。最悪の場合でも、私の出場枠1人分だけは、私と交代する形で確保できる。」
「だったら、その場合は出場するのはフィーね。あたし達の中で、一番操兵乗りとしての腕が立つのはフィーだもの。」

 シャリアが自分の顎に手を当て、考えながら言った。周囲の皆も頷く。そこにケイルヴィー爵侍が1つ注意点を述べる。

「1つだけ良いかね?私の出場枠で出る者は、できるなら自分の機体ではなく、私の狩猟機ウルク・イアン・バルダロードを使って戦って欲しいのだ。慣れた機体でなくて申し訳ないのだが、あくまで私の代理と言う形でお願いしたいのだよ。」
「なるほど、了解いたしました。武器は自分愛用の物でかまいませんね?」
「それは勿論だ。」

 フィーの問いに、ケイルヴィー爵侍は頷く。フィーは内心安堵する。乗り慣れたジッセーグ・マゴッツを使えないのは痛いが、愛剣たる聖刻器の破斬剣の力があれば、戦いにおいて優位に立てるだろう。
 ケイルヴィー爵侍が徐に言う。

「さて、私はこれから君達の出場手続きに行ってくるが、君達はどうするのかね?君達のうち、操兵の乗り手である者は私に付き合って欲しいのだが……。」
「ええ、勿論です。ただ出来ましたら、その後で我々の宿泊場所を手配して頂けないかと……。闘技大会のために、宿屋が取れなかったのです。」
「なんだ、そんな事なら私の屋敷に泊まってくれたまえ。おお、そうだ。今日のうちに君達の操兵も、我が家の方に持ってきておいた方が良いだろう。」
「あ、ありがとうございます。」

 ケイルヴィー爵侍の言葉に、フィー達一同は一斉に頭を下げた。爵侍は、笑ってそれを制止する。そしてケイルヴィー爵侍、ジムス、フィー、シャリア、ブラガの5人は、出場手続きをするのと、操兵をケイルヴィー爵侍邸に持って来るために、その場を立ち去った。
 残されたクーガとハリアーに、ケイルヴィー爵侍夫人であるナスターシャがお茶を勧める。

「よろしければ、お茶のお代わりはいかがですか?」
「は、頂戴いたします。」
「私もお願いいたします。」
「ほほ、そんなに硬くならないでくださいませ。貴方がた、ことにハリアー様は我が家にとって大の恩人でございます。その様にされましては、私共の方が恐縮してしまいますわ。」

 ナスターシャは微笑む。ハリアーは、言われて柔らかく微笑んだ。もっともクーガはいつも通り無表情であったが。彼等一同は、しばらくお茶を楽しんだ。





 やがて陽が暮れかけた頃、操兵の歩く音と共に、出かけていた者達がケイルヴィー爵侍邸まで戻って来た。クーガとハリアー、そしてナスターシャに、ケイルヴィー爵侍の息女であるエリシアが、爵侍の家人と共にそれを出迎える。
 ケイルヴィー爵侍が先頭に立って屋敷へと入って来た。それにジムス、フィー、シャリア、ブラガが続く。一同の顔は、若干だが暗い。エリシアが心配そうに聞く。

「お父様、お帰りなさい。……どうなさったのですか?何か心配そう……。」
「うむ、そうかね?いかんな、顔に出る様では……。いやなに、仕事の上で少し心配事があるだけなのだよ。大丈夫、きっと何とかなるからね。」
「本当?」
「本当だとも。私には力強い味方がいるからね。」

 そう言って、ケイルヴィー爵侍は力強く笑う。エリシアもようやく安心した様子で、微笑んだ。
 クーガはエリシアに聞こえないよう、フィー達に小声で聞く。

「……何があったのかね?もしや君等を出場させる工作が、上手く行かなかったのかね?」
「ええまあ……。半分しか上手く行かなかったんですよ。半分はなんとかなったんですけれどね。」
「半分……ですか?」

 フィーの返事に、ハリアーが妙な顔をする。フィーはそんな彼女を制する様に手を上げると、小さな声で言う。

「詳しい話は後でしましょう。今はエリシアお嬢さんとかも居ますし。」
「……そうですね。わかりました。」

 ハリアーは納得した様に引き下がる。そこへナスターシャの声がかかった。

「さあ、夕食にしましょう。今日はお客様もいらっしゃいますし、料理長も腕を振るうと申しておりましたわ。」
「ほう、それは楽しみだ。フィー君、よければその場で、君等の旅の話を聞かせてもらえないかね?」
「は、はい!それほど大した話ではありませんが……。」

 フィーはあまりそう言う話をするのが得意では無い。相手がシャリアの家族達の様な一般人ならばともかく、ケイルヴィー爵侍達貴族を相手に、となると、どうしても気後れしてしまう。
 だがそこへシャリアが突っ込みを入れた。

「何言ってんのよ。スカード島のロモー高原で、ズナイク兄弟を連続した一騎打ちで倒した話なんかはどうなのよ。あれは充分に、語られるに足りる話だと思うわよ?」
「しゃ、シャリア……。」
「ほう!それはぜひとも聞かせてもらわなくてはな!」

 ケイルヴィー爵侍は非常に乗り気の様だ。フィーはシャリアに恨めしげな視線を送るが、彼女は知らぬ振りだ。彼は諦めの溜息を吐いた。
 そして彼等は、夕食を摂る事にした。無論その席で、フィー達がこれまでの武勇伝を披露する羽目になったのは言うまでも無い。





 ケイルヴィー爵侍邸の、自分達に割り当てられた客間にて、フィー達一同は今日行った大会の出場手続きについて、話していた。

「まず俺は、ケイルヴィー爵侍様の代理と言う事ですんなり出場が決まりました。そこまでは良かったんですが……。」
「あたしとブラガは駄目だって言うのよ。それでしばらく押し問答になったの。」
「最後は爵侍様が出て、強引に押し通したんだがよ。それでも俺かシャリアのどちらかしか駄目だって言われてな。それでくじを引いて、シャリアが出る事になったんだわ。」

 ブラガが肩を竦めて言った。そして彼は続けて呟く。

「爵侍様の言葉にもあの係官、中々頷かなかったんだよな。規則を守ろうとか言う理由だけじゃ無ぇな、ありゃ。」
「ふむ、やはりラクナガル爵侍の妨害工作かね。」

 クーガの台詞に、ブラガは小さく頷いた。フィーもまた、応対に出た係官の様子を思い出しつつ言う。

「ええ、こちらの申し込みを断る際に、何やら恐れてる感じが、ちらっと見えたんですよね。別にあれは、こっちを恐れてたわけじゃ無いでしょう。たぶんラクナガル爵侍かその手の者に、何か言い含められてたんでは無いかと。ケイルヴィー爵侍の手の者は、出場させるなとか何とか。」
「確かにそんな感じはしたなぁ。」

 ブラガは自分の顎に手をやって、考えつつ首肯した。と、クーガがフィーに尋ねる。

「対戦表はもう発表されたのかね?」
「それは明日だそうです。ああ、それと使用する操兵は明日中に、闘技場の方へ預ける事になる様です。」
「なら、明日は忙しくなるな。一応フィーも、爵侍様の狩猟機に乗って見て、慣れておかなくてはなるまい。」
「そうですね。その後すぐに操兵を闘技場の方へ持って行く事になりますね。」

 フィーはクーガの言葉に同意した。その日はそれ以上する事もなく、フィー達一同はあす以降に備えて休む事にした。





 次の日、フィーは朝早くからケイルヴィー爵侍の狩猟機、ウルク・イアン・バルダロードに乗って慣熟訓練を行っていた。無論のこと、爵侍にはあらかじめ話を通した上での行いだ。
 まずは仮面との同調から始まり、邸宅の庭を歩きまわり、庭石を拾って積み上げる等の基礎操縦訓練を一通り行う。次にフィーは愛用の聖刻器の破斬剣を使い、幾通りかの型を用いて素振りを行った。

『……さすがに爵侍様の狩猟機だ。これだけ重装甲の機体なのに、動きも滑らかだし、膂力も充分だ。平衡性だけは若干ジッセーグより落ちるかな?』

 そこへ拍手が聞こえる。フィーはバルダロードの首をそちらに向けて、拍手の主を見た。

『しゃ、爵侍様!シャリア!』
「流石だな、フィー君。初めて乗る機体とは思えぬ精妙な動きだ。」
「剣技は多少荒いけど、操兵を操る技量が高いせいかしら?その総合的な鋭さは、達人並よ。」

 ケイルヴィー爵侍はフィー操るバルダロードの動きに感嘆していたが、やがて本題を思い出す。

「ところでフィー君、そろそろ操兵を闘技場へ運ばねばならん頃合いだが。」
「一応皆ついてきてくれるって。皆はもう門の方に行ってるわ。フィーの荷物とかも、もう持って行ってるから。あたしはエルセを取りに来たけど。」
『あ、はい分かりました。じゃあ俺はこのまま出ましょう。シャリア、エルセを……って、もう居ませんね。』

 シャリアは既に操兵を置いてある、邸宅の庭の端へ駆け出していた。やがて心肺器の駆動音が響き、シャリアのエルセ・ビファジールが立ち上がる。2騎の狩猟機は、連れ立ってケイルヴィー爵侍邸の門へと歩いて行った。





 2騎の狩猟機を闘技場の操兵庫に預け、フィー達一同は闘技場の係官から、羊皮紙に描かれた対戦表の写しを受け取っていた。ブラガがフィーの持つ対戦表を覗き込みながら、眉を顰める。

「問題のベイア・ライザンは第1試合は免除かよ。贔屓されてやがんな。」
「それだけじゃないです。第2試合も、確実に従兵機相手です。……もっとも、似た組み合わせが無いわけじゃ無いですけどね。」

 フィーも少々苛立たしげに言った。全参加機数28体の操兵のうち、どうしても4体が第1試合を免除される事になる。その4体は全て狩猟機であったが、その内3体が第2試合で当たる敵が従兵機になる様に配置されていた。どう見ても贔屓である。
 シャリアが自分の分の対戦表を見て、息を吐く。

「フィーとそのベイア・ライザンが当たるのが準決勝か。あたしは決勝まで進まないと、どっちとも当たらないのね。」
「頑張ってくださいよシャリア。万が一フィーさんが失敗したら、貴女しかいないんですから。」
「わかってるわよハリアー。全力は尽くすわ。」

 ハリアーの激励に、シャリアは力瘤を作ってみせる。その時、彼等の後ろから声が響いた。

「おお!お主らはフィーの仲間ではないか!久しいな!もしやフィーもこの闘技大会に出場するのか!?」

 一同はその声に振り向く。そこには見覚えの無い青年が立っていた。容姿はそこそこ整っている方で、その下には細身だが筋肉質の身体が続いている。ブラガはその青年に尋ねた。

「あのー。あんた誰?」
「ぬぬっ!?この私を忘れたと申すか!」
「いや、忘れるも何も俺達は初対面じゃあ無いですか。なんであんたが俺の名前を知ってるんです?」

 フィーは怪訝そうな顔で言う。と、そこへクーガが突っ込みを入れた。

「フィー、ブラガ、我々はその人物と1度だけだが会った事があるよ。当時彼は従兵機に乗っていて降りて来なかったがね。そうでしょう?たしかキース・ハウル殿……だったと思ったが。」
「おお、そうであったな。そう言えば私は従兵機に乗っていたのであったな。それでは分かるわけも無いか!はっはっは。」
「キース・ハウル、キース・ハウ……キース・ハウルっ!?あの橋の袂で決闘を挑んで来た!?」

 フィーのその台詞に、クーガを除く一同は、げっ、と言う顔になる。青年……キースは、それまでの反応から、彼等の真中にいる見覚えの無い優男がフィーだと判断したらしい。それで間違いは無いのだが。

「その通りだ、フィーよ。会いたかったぞ!貴殿もその選手に配られる対戦表の写しを持っている以上、この闘技大会に参加するのであろう!これでようやく、あの時の決着がつけられると言う物ぞ!」
「なんて迷惑な……。」

 フィーはうんざりした顔で呟く。シャリアは手元の対戦表を見つつ、キース・ハウルの名前を探した。

「キース・ハウル、キース・ハウル……7番ね。搭乗する機体はフォン・グリードル・ハオルン……。へえ、あんた何時の間にか狩猟機乗りになったんだ。フィーと当たるのは……フィーが10番だから、準決勝か。」
「ぬ?10番?……なるほど、フィールズ・ウォルドーだから、フィーであるか。何故にこの様な立派な名を持っておるのに、ただのフィーだなどと名乗ったのだ?」
「ほっといてくれ。取り潰された家の名前なんだ。今回は爵侍様の代理での出場だから、仕方なく大仰な名前を名乗ったけど。」
「む、そうか。済まぬ事を聞いてしまったか?許せ。」

 キースは眉を顰めつつ、詫びの言葉を口にする。フィーは多少苛立たしげではあったが、それでも台詞を続けた。

「別にいいですよ。それより対戦表1番のベイア・ライザン……狩猟機フォッグ・テインの乗り手には注意するんですね。俺よりも先に当たるようですから、言っておくけど。」
「ぬ?それほどの強者なのか?」
「ええ、かなり強いらしいですけど、それ以上にその人物の後ろについている人物が信用ならないんですよ。大会で戦う前に、夜道で襲われたりしない様に注意してくださいな。」

 フィーの言葉に、キースは小さく頭を下げる。

「む、忠告かたじけない。わかった、重々注意するとしよう。」
「何、別にいいですよ。それじゃ。」
「うむ、そちらも我と当たる前に負けたりするでないぞ。」

 キースの台詞に、軽く手を振って応えると、フィーは足早にその場を離れる。仲間達は急いでフィーの後を追った。シャリアがフィーに話しかける。

「普段愛想の良いフィーらしく無いわね。よっぽど相性が悪いのね。」
「なんて言うのか……。ちょっと自分でも分からないんだけど、どうにも癇に障って仕方無いんだ。あの妙に古風な喋り口調とかも。」
「あー、分かる気がするぜ。」

 ブラガの同意に、フィーは肩を竦めて苦笑してみせる。そこへクーガが声をかけて来た。

「さて、これから我々はどうするかね?真っ直ぐ爵侍様の屋敷へ戻っても良いのだが……。」
「なあ、ちょいと賭け屋に寄ってってみねぇか?折角公営の賭けが行われるんだし。」

 ブラガが言ったのは、この闘技大会における国営の賭博の事だ。この賭けは、国が胴元となって行われ、この闘技大会での唯一の公認賭博でもある。全員で28人の参加操手のうち、誰が優勝するかを当てる単純な物で、いかさまを防ぐため、選手は賭け札を買えない事になっている。もっとも代理人に賭け札を買ってもらうなど、抜け道はいくらでもあるのだが。
 ちなみに公営の賭けでは優勝者が誰になるか賭けるだけだが、無論裏の賭け屋は何処にでもいる物で、こちらは1試合毎にどちらが勝つかを賭けたりもできる。もっともこちらは非公認の賭け屋であるため、発覚したら衛士に捕縛されかねないし、賭け屋が客の賭け金を飲んで逃げてしまう事もある。

「賭博、かね?」
「あまり賭け事は好きではありませんが……。」

 クーガとハリアーは、あまり気が乗らない様だ。だがブラガはここぞとばかりに言い募る。

「なに、儲けるのが目的じゃなくても良いんだぜ?単に純粋に応援のつもりで買っても良いんだし、よ。最低額の1口5ゴルダだけ買って見ちゃ、どうでぇ?」

 ブラガの熱心な言葉に、一同は賭け屋へ寄って行く事にした。フィーとシャリアは選手であるため、賭け札を購入できない。ブラガとクーガは其々フィーの賭け札を500ゴルダ分と100ゴルダ分購入した。この非常に大口の購入に、周囲はどよめく。しかしそれもハリアーが賭け札を購入するまでであった。
 なんとハリアーは、いきなりシャリアの賭け札を2,000ゴルダ分も買い求めたのである。流石にいくらなんでも、これは非常識であった。泡を食った賭け屋の親父が、思わず考え直す様に言ったぐらいである。

「お嬢さん、どこの大店の娘さんか知らないけど、この選手に2,000はちっとばかり突っ込み過ぎじゃあねぇか?この選手、言っちゃあ悪いが女の子じゃねぇか。とても優勝できるとは……。そりゃあ、当たった時の配当はとんでもねぇがよ。
 こんだけの金をつぎ込むんなら、やっぱガチで優勝候補の1番ベイア・ライザンか、28番ドーバー・ウルツラオスじゃねぇか?」
「いえ、いいんです!19番のシャリア・マルガリでお願いします!」

 どうやらハリアーは、シャリアの賭け札の人気があまりに低い事に、腹を立てたらしい。確かにシャリアはまだ小娘と言って良い年頃ではあるが、その実力はかなりの物である。しかも乗っている機体は強力な狩猟機だ。だが彼女の知名度は、はっきり言って知る人ぞ知る、と言う程度だ。だから賭け屋におけるこの評価も、間違いとは言い切れない。
 しかし身近でシャリアの戦いぶりを知り、かつ彼女と仲が良いハリアーとしては、この評価は腹に据えかねる物があった様だ。彼女は自分の全財産の内、両替商に手数料を払って預かってもらっている金額を除いた、手持ちの現金殆どを賭けに突っ込んでしまったのである。
 賭け屋の親父は、しみじみと言った。

「お嬢さん、あんた……。博打うちだねえ……。」

 ハリアーは、真っ赤になって俯いた。流石に憤りに任せて大枚を賭け事に注ぎ込んだのは、少々恥ずかしかった様である。しかも周囲から見ればこの行為は、極めて配当が高い――つまり実現性の低い――選択肢に莫大な金額を賭けた、とんでもない大博打に見えるのだ。その事を今さらながらに気付かされてしまったハリアーは、俯くしか無かったのである。
 その後フィー達一同は、特に目的も無かったため、真っ直ぐにケイルヴィー爵侍邸まで戻る事にする。その途中通りがかった街中は、今回の操兵による闘技大会を当てこんだ商人達によって出店が並び、まるでお祭か市場の様な雰囲気を醸し出していた。
 と、その時フィーが小さな声で囁く様に言った。

「……つけられてます。何者かは、わかりませんが。」

 ハリアーとシャリアは、その辺の露店の商品を見る振りをして立ち止まり、精神を集中させる。ハリアーは〈聖霊話〉を、シャリアは『気』を探る事で、相手の害意を確かめようとしたのだ。

「……こちらに対し、悪意は特に無い様です。聖霊は敵意を感じませんでした。」
「そうね。特に殺意とかは抱いて無いみたい。殺気は感じないわ。」

 女性陣の言葉に、男3人はひとまず安心する。だがやはり、自分達の後をつけられているのは気に食わないらしい。ブラガが苦虫を噛み潰した様な顔で皆に訊く。

「どうする?撒くか?」
「こちらが5人という多人数では、撒くのは困難だな。とりあえず上級市民・貴族街まで行って、それでもつけて来る様なら対処を考えよう。」
「了解です。」

 クーガの意見に従い、彼等一同は上級市民・貴族街までやって来た。彼等はケイルヴィー爵侍の手配により、上級市民・貴族街への通行証を持っている。そのため彼等は入り口で止められる事無く、中へ入る事ができた。

「……どうだ?」
「駄目ですね、ついて来てます。どうやら相手は貴族か、少なくとも上級市民ぐらいの後ろ楯があるんでしょうね。ここまで入って来れるんですから。」
「……その辺の路地に入る事にしよう。そこで相手を罠にはめる。」

 クーガが徐に言った。フィー達一同はそれに頷く。彼等はそのまま何でもない風を装い、歩き続けた。そして彼等は適当な曲がり角を見つけると、そこを曲がって路地へと入り込んだ。
 フィー達を尾行していた男は、尾行が気付かれているとは知らず、その曲がり角を曲がった。そして彼は、そこで待ち構えていたフィー、シャリア、ハリアーの3人と真正面から出くわす羽目になる。

「さあて、何であたし達をつけて来たのか、話してもらうわよ?」
「おおかた、ラクナガル爵侍あたりに命令されたんじゃないのかな。こんな上級市民・貴族街まで入って来られる立場なんだから。」

 男は後ろを向いて、逃げ出そうとした。だがそこには先程まで居なかったはずの、ブラガとクーガが立ち塞がっている。実を言うと、ブラガは路地の壁の上までよじ登り、そこに身を隠していたのであるし、クーガは何時も通り練法で姿を透明にしていたのだ。
 男は右往左往するが、何処にも逃げ道は無い。彼は破れかぶれになり、人数の少ない方へと突っ込んで行った。

「そこを退けえええぇぇぇっ!」
「断る。君こそ、そこに伏せたまえ。」

 クーガは慌てもせずに、精神を1瞬集中させただけで術の力を解き放った。その術は、相手に1つの命令を強制すると言う術だ。男はその術の力に耐える事ができず、クーガの命令通りに地面に手足を投げ出して、べたっと伏せた。そこをすかさず、ブラガとフィーが両腕を押さえ付ける。男は必死にもがくが、完全に押さえ込まれているためにもはや身動きが取れなかった。
 シャリアが男の目の前に仁王立ちする。

「さあ、あんたが何であたしたちの事つけて来たのか、話してもらうわよ?」
「し、知らん!何かの間違いだろう!」
「なら何であたし達の事見て、逃げ出そうとしたのよ?」
「そ、それは……。そ、そう、物盗りだと思ったんだ!私を待ちかまえて……。」

 男はしらばっくれようとする。そこへクーガが割って入った。

「しらを切っても無駄だよ。私達の本業は山師でね。古代の遺物などを発掘して生計を立てている。そして発掘された古代の遺物には、まるで魔法の様な力を持つ物もあってね……。人の心を読む事ができる代物もあるのだよ。」
「な、何っ!?」
「さて、君の名前を教えてもらえるかね?」

 クーガはしゃがみ込むと、男の肩に手を置く。

「ふむ、オルム・フェードと言うのか。ラクナガル爵侍の配下の密偵、ねえ?」
「なっ!?」
「今回我々の後をつけてきた理由は?ほう、ラクナガル爵侍から、そう言う命令を受けたのか。ふむ、とりあえず今のところは見張りだけだが、いざ命令が来たならば、我々の仲間を拉致してフィーを脅迫する材料にしようとしたのか。試合で負けるように、と。」

 男――オルムと言うらしい――は、本当に自分の心が読まれていると知り、顔面蒼白になる。クーガは質問を続けた。

「君の仲間はどれだけいるのかね?ああ、勿論仲間と言うのは配下や上役も含めてだ。ふむ、密偵頭のワーチャス・ズィーコンの下に君も含めて7名の密偵がいるのか。だが各々の密偵が協力して動く事はまず無い、と。各々の密偵は、自分に割り当てられた仕事をする際、金で雇った配下を使う場合が多いのか。ふむ。密偵と言うよりは、まるで汚れ仕事専門の下っ端の様だな。」
「や、やめろ!俺の心を読むなあっ!」
「場合によってはラクナガル爵侍の私兵を戦力として借り出す事もある、か。む?既に密偵7名のうち、2名が亡き者となっている?代わりの者を選別中?なるほど、君は密偵達の中ではあまり腕が立つ方では無いのだな。下手をしたら、密偵の補充の際に入れ替えられてしまいかねないわけか。」

 クーガは徐に立ち上がった。オルムは悄然と萎れている。

「ああ、俺はもう終わりだ……。」
「この男、どうします?」
「ケイルヴィー爵侍様に引き渡そう。何か政治的にでも上手い使い方を考えてくださるだろう。使えない様ならば、あらいざらい情報を引き出した上で放逐と言った所か。」

 クーガは無表情に言い放つ。フィーとブラガはオルムを立たせ、引っ立てて行った。シャリアがその後について行く。クーガもそれに続こうとした時、ハリアーが話しかけて来た。

「やっぱり手を出して来ましたね、ラクナガル爵侍。」
「ああ。困ったものだ。」
「フィーさんを直接狙うんではなく、私達を人質にしようとするとは……。私達も注意しないといけなくなりましたね。」
「うむ……。」

 クーガは重々しく頷く。おそらくラクナガル爵侍はベイア・ライザンを優勝させるためには、手段を選ばないだろう。その事を思うと、ハリアーの心は重くなった。

「大会に出場しない3人は、今後できるだけ一緒にいる様にしましょう。」
「それがいいだろうね。少なくとも、フィーとベイア・ライザンの対戦が近くなったら、より一層注意する必要があるだろうな。」

 そう言うと、クーガはハリアーを促して歩きだす。ハリアーも、彼に続いて歩きだした。やがてケイルヴィー爵侍邸が見えて来る。とりあえず今日の所は休んで、明日からの闘技大会本番に備えなくてはならない。しかも直接参加するフィーとシャリアだけではなく、他の3人も注意が必要なのだ。クーガもハリアーも、気を引き締める。
 先に進んでいた仲間達が2人を呼ぶのが聞こえた。2人は急いでそちらへ駆け寄って行った。


あとがき

 さて今回は、ワースブレイドの華である操兵が活躍する、操兵闘技大会です。前編は、そこへの導入部と言った所ですね。ただ、まだ本番に入らない内から色々と、悪者の手が伸びてきています。ラクナガル爵侍は、これまでにも何度か名前が登場していますが、はっきり言ってステレオタイプな悪漢です。直接それと対峙するのは主人公達の役割では無く、助演キャラのケイルヴィー爵侍の仕事なのですが。
 ところで、もしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。もしくはWEEDへのメールでもかまいません。どうか応援のほど、よろしくお願い致します。


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