「影に潜む者達」


 夕暮れの街中を、3人の山師が連れ立って歩いていた。その3人とは勿論の事、盗賊であるブラガ、絵師兼操手のフィー、女剣士シャリアである。彼等の仲間である土門練法師クーガと、聖刻教会の尼僧ハリアーは、宿で荷物番をしている。何故彼等3人が出歩いているのかと言うと、この街……セルゲイ自治国家王都ルーフェイの裏社会に、何とか接触を取ろうとしていたためだ。フィー達一同は、彼等が探し求めている宝珠『オルブ・ザアルディア』の手がかりを得るため、この街の盗賊達の組織と、何とか連絡をつけたかったのである。
 ブラガは周辺の酒場の看板を確かめる。

「んー、『海よりの風亭』、『歌う小鳥亭』か。……無ぇなあ、『風の翼亭』てぇのは。」
「前の酒場では、この辺だって言われたわよね。」
「うん、旅行者達のための、外来者区画の端にあるって言ってたと思うけど。」

 3人は、その辺を歩いている酔客に訊いてみた。

「なあ、おっちゃん。『風の翼亭』って酒場は知らねぇか?」
「んぁ?……風の翼……風の翼……どっかで聞いたような。おお、あそこだ、あそこ。」

 その酔っ払いが指差したのは、看板も出していない一軒のおんぼろな建物だった。確かに酒場らしく、開きっぱなしの扉から酔漢が出入りしている。ブラガは溜息を吐いた。

「あんな所だったのか……。あんがとよ、おっちゃん。」
「なあに、良いってことよ。」

 ブラガはその男に礼を言うと、その建物へと向かう。フィーとシャリアも、彼の後を追った。
 その酒場は、何と言うかひどい物だった。今にも崩れそうな建物の中に、申し訳程度に座席とテーブルを持ちこんでいる。カウンターは一応あるが、一寸傾いでいたりする。ブラガはそのカウンター席に座った。椅子が軋む音が響く。フィーとシャリアも、おっかなびっくりカウンター席に座った。店の主人と思われる男がやってくる。

「何にするかね?」
「品書きは無ぇのかい?」
「1組しか無ぇよ。今、あっちのテーブルの客が見てる。」

 見ると、一応こんな店でも客がいて、テーブル席1つが埋まっていた。ブラガはやれやれと言う顔をする。

「んじゃ適当に飲むもんと、つまみをくれや。」

 彼はそう言いつつ、手で盗賊同士に使われる合図を送ってみる。店主は眉をぴくりと動かすと、言った。

「あんた、ここいら辺の者じゃないね。どこの出だい?」
「ああ、元は旧王朝の方だ。ちょいと仕事の都合で、こっちまで出張ってきたんだが……。」
「そうか。ここいらじゃ、その合図はこうやる。覚えておくんだな。」

 そう言って、店主は手首から先をひらひらと動かした。フィーやシャリアの目には、たいして違わない様に見えたが、ブラガは礼を言う。

「ありがとよ。で、だ。一応『仕事』の前に挨拶に出向きたいんだが、何処へいけばいいかね。それと情報屋の場所も聞きたいんだが……。」
「今この街の裏は3分割されてる。1つがオージス親分の所、1つがビンガー親分の所、最後が騎士会議議員のリノー様の所だ。何処か1つに挨拶に行きゃ、残り2つを敵に回す事になる。気をつけな。
 それと情報屋だが、それは挨拶に行った親分の所で聞きな。各々で別の情報屋を抱えてるからな。」
「き、騎士会議?議員?」

 ブラガは泡を食う。フィーもまた、ぎょっとしている。シャリアだけは、まったく分かっていない様だ。店主は笑って言う。

「リノー様がこの街の裏社会を文字通り裏で支配する事によって、犯罪とかを制御しようとしてんのさ。勿論、大っぴらに言ったら駄目だぜ。いくら公然の秘密だって言ってもな。」
「色々詳しい様だが、店主。おまえさんは何処についてるんだい?」
「この店は中立地帯さね。こう言う場所も、必要だって事さ。もっとも、何処か1つが裏の支配権を握ったら、潰されちまうんだろうがね。」

 そう言いつつ店主は、弱い泡酒を素焼きのコップに3人分注ぎ、茹でたジャガイモを塩で炒めた物を皿に盛って出す。ブラガはジャガイモをつまみながら訊く。

「盗品の物流なんかを調べて、その盗品を取り返したい場合は、どの親分につけばいいかね?」
「調べるだけならオージス親分かね。盗みの本道を貫いてる御方だ。何処の誰がどんな盗みをしたか、とかはオージス親分の情報屋が一番だろうよ。だが盗品を取り返すのは難しいかもな。当の盗んだ盗賊が親分の子飼いだったりする可能性も高いからな。オージス親分は子分を大事にする。他所者よりかは子分の方に味方するだろうよ。
 行ってはいけねえのが、ビンガー親分の所。強盗、殺し、なんでもありの暴力組織だ。ここの連中に盗まれたんだったら、別の意味で諦めた方が良い。街の外を流れるサザムー河に浮かびたく無かったら、な。
 リノー様ん所は、微妙だなあ。勢力自体は一番小さいんだが、表の権力と繋がってるのが大きくて、潜在力は一番高い。ここの情報屋は金で情報をかき集めてるから、情報の確度も量も充分だ。だが裏社会の安定を望んでるだけあって、その中で騒ぎを起こす事を望んで無い。その盗品とやらを盗んだのがここの盗賊だろうと、他所の盗賊だろうと、暴れる事に良い顔はしねぇよ。」

 ブラガは溜息を吐いた。彼はコップの酒を呷る。

「一応、それぞれの親分さんに挨拶しに行く場所を教えてくれるかい?」



「……なるほど、それは厄介だな。」

 クーガは無表情に言った。ハリアーもまた、難しそうな顔だ。ブラガはクーガに訊く。

「なあ、何処へ繋ぎを取ったらいいと思う?」
「ふむ……。オージス、と言う親分はどうかね?もし仮に盗んだのがオージスの手下だったとしてだ。買い取ると言う事を前提に交渉すれば、悪い結果にはなるまい。今の所、我々は先日盗賊達の従兵機から剥いだ仮面が数枚ある。それに以前に手に入れた操兵仮面も何枚か持っている。これを一時に売却すれば、かなりの大枚になるな。それで宝珠を買い取れば良い。」
「なるほど、それはいい考えですね。」

 フィーは頷く。だがブラガが反論する。

「宝珠を手放したがらなかったら、どうすんでぇ。」
「その場合は、盗んだ当人ではなくオージスに交渉して、荒事に目を瞑ってもらうしか無いだろうね。宝珠の危険性を訴えれば、盗みの本道を貫いていると言うその親分であれば、分かってもらえなくも無いのでは?無論分かってもらえない場合は、最後は正面から対決する事になるがね。」
「……やっぱ、それっきゃ無ぇか。」

 ブラガは溜息を吐く。クーガは肩を竦める。

「ビンガーの所は論外だと言うのはわかるだろう。リノーとか言う議員の所は、悩み所だな。しかしどちらかと言えば、オージスの方がよさそうな気もする。正直な話、あくまで勘でしか無いがね。」
「いや、確かにオージス親分の方がいいんじゃねぇかって俺も思う。理由は、宝珠を盗まれた庄家が一家惨殺されたとか言う話を聞いてねぇからだ。オージス親分の配下じゃあねぇかって気がしやがる。だから、後は交渉次第だって事だな。」
「何にせよ、オージスとか言う親分さんの所へ挨拶に行くのは明日、ですね。今日はもう遅いですから、休みましょう。」

 クーガとブラガの話を聞いていたハリアーが、結論は出たと見て休む事を提案する。仲間達は頷いた。



 次の日、ブラガ、フィー、シャリアの3人はオージスの所へ行く前に、まず鍛冶組合へと寄って行った。目的は自分達の操兵の、修理の進捗状況を見るためと、手に入れた従兵機の仮面を売り払うためである。彼等はこの際だからと、以前に手に入れていた操兵仮面の類も換金してしまう事にした。
 鍛冶組合に着くと、そこの鍛冶組合の渉外担当者が迎えてくれた。

「よお、あんたらかい。狩猟機の修理は3騎とも出来てるよ。金払って持ってってくれや。」
「もうですか!?早いですね。」
「何、損傷も些少な機体ばかりだったし、あの程度ならあっと言う間だよ。」

 フィーは驚いたものの、素直に修理の代金を支払う。この分の金は、直前の仕事において雇い主側から、既に必要経費として受け取っている。
 金を払うと、フィーは倒した敵操兵の仮面を売り払う商談に入った。渉外担当者は、フィーが持ち込んだ大量の仮面に、目を白黒させた。彼はフィー達が大荷物を持っていた事は気になっていたが、その包みが全て操兵仮面だとは思っていなかったらしい。しかもその仮面は、従兵機の物が大半とは言え、1枚は狩猟機の物も入っている。

「こ、これは随分な量だなぁ。仮面だけだから、査定にはさほど時間はかからないと思うが……。それでも数が数だから、1日2日は待ってもらう事になるよ。」
「ざっとした見積もりだけでも、今のうちに出してもらえますか?大量の資金が必要になりそうなんで。」
「あー、うん。最低でも……。たぶん100,000ゴルダは行くんじゃないかねぇ。数が多いからね。」
「ありがとうございます。」

 フィー達は、査定のために仮面を渉外担当者に渡し、預かり証を書いてもらうと、自分達の狩猟機を受け取って鍛冶組合の建物を出た。そして街外れの駐機場に操兵を預けた後、彼等はオージスの所へと挨拶に出向いた。
 オージスの組織の拠点は、一見何の変哲も無い雑貨屋だった。ブラガはフィーとシャリアに何処か近場で時間を潰していてくれる様に言うと、1人でその雑貨屋へ向かう。彼は店の入り口を潜った。店の者が声をかけてくる。まだ若い男だ。

「いらっしゃいませ。」
「あー、ちょいと尋ねたい事があるんだがよ。」

 ブラガはそう言いながら、手で盗賊同士の符丁を送る。無論、『風の翼亭』の主人に教わったやり方で、だ。店の者の眉がぴくりと動く。彼はブラガに向かって、改めて口を開いた。

「そうでございますか、でしたらどうぞ奥の方へ。そちらでお話をお伺いいたしましょう。」
「お、おう。」

 男は先に立って店の奥へと入って行く。ブラガはその男の後をついていった。
 奥に通されたブラガは、そこの部屋でしばらく待たされた。椅子は宛がわれたが、正直居心地が悪い。そこへ人が入って来る気配がして、ブラガは慌てて立ち上がった。だが彼に声がかかる。

「ああ客人、そのまま、そのまま。わしがオージス一家の若頭、ロジスタ・バモンだ。して、わしらの所に一体何用かね?」
「へ、へい。私ぁ、ブラガって言う旅の者で、山師をやっております。こちらにお伺いしたのは、ちょいと『仕事』をする前にこちらにご挨拶を、と思いまして。それと情報屋の場所などもお教えいただけたら、と。」
「ほう、『仕事』の前に挨拶を、ねぇ。最近の若い者にしちゃ、よく出来たお人だ。」

 ロジスタと名乗った男は、そう言って笑う。だがその目はちっとも笑っていない。ブラガは懐から包みを差し出す。無論、中身は交易用のゴルダ金貨だ。

「これはほんのご挨拶のしるしでございます。どうかお納めを……。」
「ほう、本当に行きとどいたお人だ。ただ、ここまでするとなれば、相当に大きな仕事だろうねぇ……。」
「いえ、大きくなるかならないかは、わからない類の仕事なんでございます。」

 ロジスタの目が一瞬きつくなる。彼は徐に言った。

「ほう?ちょいと話しちゃくれねぇかい?あんまり大仕事になるようなら、こっちの方にも関わるかもしれないんでねぇ。たとえばウチが保護してる店とか狙われると、こっちの顔が潰れちまうんでね。」
「いえいえ、そんな事はいたしませんとも。実はルツビ村の庄家の話を、ご存知でしょうか?そこから盗まれた、ある宝物を私らは探しているんでございます。その宝物は、このぐらいの……。」

 ブラガはそう言って、両手で直径2.5リット(10cm)ほどの輪を作ってみせる。

「このぐらいの、とっても綺麗な宝珠なんでございます。色はだいたい白っぽくって、自分から光り輝いているような、とっても神々しい、けれど何処か禍々しい雰囲気を纏った珠なんでございます。ですが実はその宝珠は、とんでもねぇ呪いの品物でしてね。ウチの山師仲間の坊さんが、その宝珠を始末するために行方を追っているんでございますよ。で、私らはその坊さんの手助けをしてるって、こう言うわけでして。」
「で、その宝珠の行方を知る為に情報屋に伝手が欲しい、ってわけかい。」
「へい、その通りで。もしオージス親分の手下の仕業でしたら、こっちには金を出しても買い取る用意があります。200,000とか300,000とか言われると困りますが、100,000ぐらいまででしたら、何とか捻り出せます。」

 ロジスタはしばらく目を瞑って、黙ったままだった。だが彼は突然かっと目を見開くと、若い者を呼んだ。

「おい!」
「へいっ!若頭、何の御用でしょう!」
「このお客人を、情報屋のミルん所まで案内してやんな。お客人、今回の『仕事』に関しては、ウチからは手助けは一切しねぇ。だが邪魔もしねぇ。他所から来た奴が勝手にやった事だ。それでいいな?いや、何も言うな。後の事は情報屋のミルから聞け。」

 ブラガは目を白黒させる。だが彼は黙ってその若い者の後について行く。ロジスタは小さく呟いた。

「まあ、これでどう転んでも良い様になるさ。たとえ失敗しても、警告にはなる。成功すれば、けじめが取れる。リノー議員の所にゃあ、外から来た奴等が勝手にやった事だと言い訳ができる。丁度良い所へ来てくれたもんだ。」



 ブラガはオージス一家の若い者に連れられて、雑貨屋から出て行く。するとそこへフィーとシャリアが小走りに駆け寄って来た。

「ブラガさん、どうでした?」
「首尾は上手く行ったの?」
「お客人、こちらは?」
「ああ、俺の山師仲間だ。」

 オージス一家の若い者に、ブラガはまず答える。若い者は渋面を作った。

「あっしが案内しろって言われたのは、お客人だけなんですがねぇ。」
「あー、フィー、シャリア。悪いな、そう言う事なんで先に帰っててくれや。まだ途中なんだ。」
「え、そ、そんなぁ……。」
「大丈夫ですか?」

 シャリアとフィーは心配そうな顔をする。フィーが『大丈夫か』と訊いたのは無論、トオグ・ペガーナの連中に襲われないかどうか、だ。だがそれを制して、ブラガは言った。

「まあ、何とかなるだろ。んじゃ行って来らあ。」
「じゃ、いきましょうかお客人。」

 フィーとシャリアの心配そうな視線を受けつつ、彼らは道を歩いて行った。そして彼らは狭い路地裏の道をぐるぐると歩きまわり、1軒の小さな家へ辿り着く。そしてオージス一家の若い者は、そこで立ち止まった。ブラガは彼に訊く。

「ここでいいのかい?」
「ええ。あっしはここで待たせてもらいやす。用事が済んだら出て来ておくんなさい。そしたら表通りまでお送りします。」

 ブラガは促されるまま、その家の扉を叩く。中から声が聞こえて来た。

「どーぞ。」
「おう、お邪魔するぜ。」

 家の中に入ったブラガは、案内に出て来た小男に、客間を兼ねた居間に通される。彼は小男に椅子を勧められ、それに腰掛けた。するとその小男が、ブラガの眼前に座る。

「さて、俺が情報屋のミルだ。お客人、何が訊きたいね?」
「あ、ああ。実はな……。」

 ブラガは先程若頭のロジスタに話した内容を、このミルと言う小男にも話して聞かせる。ミルは顎に手をやって唸る。

「う〜ん、そうか。あのヤマを調べてんのか。まあ、まずはこれだけ貰おうか。」

そう言って、ミルは指を2本ばかり出す。ブラガは懐から油紙に包まれた交易用金貨を2枚取りだすと、ミルの前に置く。金貨1枚は100ゴルダなので、これで200ゴルダになる。ミルは多少驚く。

「金貨で出て来るとは思わなかったな。銅貨とは言わんが、銀貨の山になると思ってたよ。」
「それより早く教えてくれや。」
「お、おう。んじゃあまず、盗みをやった奴からだな。そいつの名はポール。腕はそこそこだが、けちな盗賊さ。けれど最近調子に乗りやがってな。『仕事』も手荒くなりやがってよ。人を傷つけたりな。それで上から少しきつく注意されたらよ、ビンガーの所に鞍替えしやがった。上の人達はなんとかケジメ取りたがってるがよ、リノー議員の所が色々うるさくてな。議員の所は、表社会に迷惑をかける様な真似するんなら、お互いの組織間での戦争も辞さないってよ。」

 ブラガはなるほどと頷いた。若頭であるロジスタが言った事の意味が、ようやく飲み込めたのだ。オージスの一家がやった事でなければ、リノー議員の勢力への申し訳も立つと言う物である。だから『手助けも邪魔もしない』と言われたのだ。
 ミルの話は続いた。

「今ポールの奴ぁ、ビンガー一家が構える操兵密売組織の頭代理に収まってやがる。ほんとはそんな偉くなれる奴じゃ無ぇんだがな。身体も虚弱だし。けど、最近なんか貫禄みてぇなのが出て来たって言われてよ。それで調子に乗っちまったんだな。」
「それで、その操兵密売組織の根拠地はどこでぇ?」
「あわてなさんな。こっから先は別料金だ。」

 そう言って、ミルは指を5本上げた。ブラガは黙って金貨5枚を懐から出す。ミルはにやりと笑って言った。

「ここ王都ルーフェイから街道を真東に馬で1日も行けば、ほとんど街道が通行不能な所に出る。一応道は通ってるんだが、朽ち木が倒れてたりして、どうにもこうにも行くに行けないんだがね。そこに国境を示す立て看板が立ってるが、そこから南へ半日ばかり進むと、いきなり崖に突き当たるんだわ。その崖には、操兵で掘った坑道がある。高さ2リート(8m)ばかりの、な。そこが操兵密売組織の鍛冶工房さね。
 この情報はリノー議員の所でも知らねぇ情報だぜ?何故って、知ってたら国軍が出動してるわな。操兵密売は、いくらなんでも黙っておけねぇ重罪だからな。」
「……なんで、たれこまねぇんだ?その情報が国に漏れれば、ビンガーの一家もお終ぇだろーがよ。」
「その辺は、盗賊同士の暗黙の了解って奴だな。いくらビンガー一家とは敵対してて、なおかつ奴らのやり口が気に入らなくとも、たれこみなんてしたらウチの親分の名が地に落ちるってもんさね。……まあ、他所者のどっかの誰かさんが勝手に何かやらかして、その結果国にばれたりしたなら、ウチのせいじゃ無いけどな。」

 ミルは肩を竦めて見せた。ブラガはなるほどと頷く。そして彼は、最後の質問をする。

「で、そこの防御態勢はどうなってやがるんでぇ?」

 ミルはにやりと笑うと、指を2本突き出した。



 国境を示す立て看板が立っている所で、フィー達は野営をしていた。このあたりに来ると、ファインドの樹海から続く森林が生い茂っており、通行が非常に困難になって来ている。ブラガは『遠眼鏡』を覗き込み、それに秘められた遠くを見る練法の力を開放して、操兵密売組織の拠点の様子を窺っていた。
 ブラガは毒づく。

「ち、情報に無い機体がありやがる。なんつーか、マルツを改造した機体だってーのは分かるが、とにかく狩猟機だ。それ以外は情報通りにガレ・メネアス2台とよく分からねぇのが1台。」
「武器は何かね?」
「マルツは破斬剣だ。ガレは両機とも片手持ちの戦斧。よく分からねぇのは長槍だ。」

 クーガの質問に答えつつ、ブラガは更に敵陣の様子を窺う。

「鍛冶師とその徒弟がいるな。鍛冶師1人に徒弟3人。けど、なんつーか足枷かけられて、無理矢理働かされてるみてぇだな。みすぼらしいが、武装した男が8……いや9人いる。そのうち4人が操兵乗りだとして……。クーガ、ハリアー、お前ら5人相手にできるか?」
「まあ、なんとかしてみせよう。」
「大丈夫です。ですが鍛冶師達をなんとか助ける事を考えないといけませんね。」
「そうだなあ……。おっと、いやがった。たぶんこいつがポールだ。……間違いねぇ、間抜け面して、宝珠を磨いてやがる。こいつをぶっちめて、宝珠を奪えばいいわけだ。
 ……おいっ!」

 突然ブラガが叫ぶ。仲間達は何があったのかと驚きの声を上げた。

「ど、どうしたんですブラガさん!」
「何!?何がいたの!?」
「……なんてこった。まじぃ事態だ。」

 ブラガは『遠眼鏡』を覗きながら、冷や汗を流す。その様子はただ事では無い。

「仮面を着けた奴がいやがる……。」
「「「!?」」」

 一同は息を飲んだ。クーガがブラガに問いかける。

「どの様な輩かね?できるだけ詳しく教えて欲しい。」
「赤い仮面を被ってる。仮面の造形はクーガの物ほど繊細じゃなく、おおざっぱな気がするな。仮面と同じ赤色のゆったりとした法服を纏ってやがる。」
「火門の可能性、高し……か。低い階位から破壊の術を多く持っている、文字通り破壊的な門派だな。」

 クーガは冷静に分析をする。彼は続けて言った。

「幸いにも、先日覚えたばかりの術が役に立つやも知れんな。新たに抗術を学んだのだ。これで術師相手にかなり対抗できる様になった。」
「私もいる事を忘れないでくださいね、クーガ。私も抗術は使えるのですよ。」

 ハリアーも力強く言う。それに頷き、クーガは言った。

「さて、どう言う作戦を立てるかね。」
「表から操兵3騎で強襲しか無ぇと思うが。」
「待ってください。鍛冶師達を人質に取られたらどうするんですか?」

 ブラガの台詞に、ハリアーが待ったをかける。フィーが呟く様に言った。

「なんとか誘き出す事ができれば……。」
「忍び込んで、鍛冶師達を先に救出しちゃえばどうかな?」

 そう言ったのはシャリアだ。シャリアは続ける。

「鍛冶師達を救出すれば、相手はそれを追って来るんじゃないかな。そうすればそれを待ちかまえて……。」
「なるほどな。んじゃ誰が潜入する?っつっても、クーガとハリアーの2人しか選択肢は無ぇか。3人は操兵で待機してねーといけねーもんな。」
「いや、ハリアーにも待機していてもらおう。残念だが、ハリアーは潜入活動に向いていない。」

 クーガの台詞に、ハリアーは残念そうに頷く。クーガはそんな彼女を慰める様に肩に手を置く。

「私は鍛冶師達の救出で手いっぱいになると思われる。練法師の相手は、君に任せる事になるかも知れん。頼んだぞ、ハリアー。」
「は、はい!任せてください!」
「んじゃ俺は、坑道の地図でも描くかね。フィー、羊皮紙と木炭貸してくれ。」

 そうして彼等は、次の日の為に作戦を練っていった。



 その日の作業が終わり、鍛冶師達は牢屋へと戻された。野草や良く分からない肉片が入った塩スープと、硬くなった麺麭だけの粗末な食事が与えられると、牢番はどこかへ行ってしまった。どうせ逃げる事などできないと高を括っているのだ。初老の操兵鍛冶師ガナック・オズノーは、牢番に見つからない様に、塩スープを足枷の鎖と牢の鍵部分に塗り付ける。そうして金属が腐るのを待っているのだ。徒弟達も、目の光は失われていない。彼等はいつか必ず、ここから逃げてやるつもりなのだ。
 彼は残った塩スープで、硬くなった麺麭を喉の奥に流し込む。いつか逃げる日の為に、体力はできるだけ残しておかねばならないのだ。だが彼は危うく、その食事を口から吹き出す所だった。彼の部下である徒弟達も同じである。牢屋の壁……崖を掘り抜いただけの岩壁から、ぬっと何者かが壁抜けでもしたかの様に――実際壁抜けしたのだが――出現したのだ。その何物かは、複雑な紋様の描かれた精緻な仮面を被っている。ガナックは、息を飲んだ。その人物は指を1本立てると、それを口の辺りに当てた。静かに、と言う仕草である。彼は小さな声で言った。

「……故あって、貴君らを助けに来た。大人しく私の指示に従って欲しい。」

 この人物は、勿論のことクーガである。彼は腰の袋から針金やヤスリ、その他の工具類を取り出すと、ガナックの足枷を弄りはじめる。やがてピン、と音がして、足枷の鍵は外れた。クーガは徒弟達の足枷の鍵も同じ様に外して行く。
 全員の足枷を外し終わると、クーガは徐にガナックに質問する。

「操兵は、奪おうと思えば奪えるかね?」
「……難しいな。機体はともかく、仮面は厳重に管理されている。全部外して、頭代理の部屋にあるはずだからな。」
「そうか。では操兵を奪うのは諦めよう。馬には皆、乗れるかね?」
「ああ。大丈夫だ。」

 ガナックの返事に、クーガは満足した様に頷いた。彼はその場の全員に向けて言う。

「皆、私の傍まで集まってくれ。練法……妖術で脱出する。術に抵抗はしないでくれ。」

 それを聞き、ガナックは小さく苦笑した。

「練法でかまわんよ。わしら操兵鍛冶は一応、練法の初歩は学ぶ場合が多いでの。」
「……まあ、ともかく集まってくれたまえ。」

 クーガは、複数の人間を連れて空間を跳躍するための術を行使するため、結印を開始した。そして術法は完成し、彼と鍛冶師達の姿はその場から消える。
 彼等が再びその姿を現したのは、操兵の工房とは別に、岩壁を掘って作られた厩の前だった。外はもう暗くなっている。

「さあ、馬を奪って脱出する。」
「わかった!」
「こちらだ、急げ。ティッカーブン。」

 クーガは合言葉を唱えて、腰に縛り付けていた聖刻器のランタンを灯す。ランタンから漏れる、練法の炎による灯りが、周囲を明るく照らした。鍛冶師達は急ぎ、馬に鞍を乗せ手綱をつける。
 その時、暗くなっていた操兵工房に使われている坑道に、明かりが灯った。何やら騒ぐ声も聞こえてくる。どうやら鍛冶師達の脱走が発覚した様だ。クーガ達は急いで馬に乗り、逃げ出した。叫び声が聞こえる。

「あっちだ!外だ!逃げたぞー!」
「どうするね!追って来るぞ!」
「大丈夫だ。味方がこの先に伏せている。そこまで逃げ切ればなんとでもなる。」

 クーガと鍛冶師達は馬を走らせる。ことにガナックら鍛冶師達は、必死である。捕まったらどんな目にあわされるか分かった物ではない。
 だが彼等はどうにか目的地まで来れた様だ。彼等の行く手にハリアーが待っていた。クーガは馬を止めて降りる。

「クーガ!無事ですか?」
「大丈夫だ。鍛冶師達も救い出せた。」
「おい、来たぞ!」
「そ、操兵で追って来た!」

 ガナックの徒弟達が騒ぐ。そして後ろの方から騒々しい駆動音と共に、首の無い操兵……従兵機が姿を現す。数はガレ・メネアス2台と正体の分からない機体――おそらくは旧式の老朽従兵機――が1台である。更にその後ろから、頭の付いた上級の機体――狩猟機がやって来た。
 操兵の足元には、薄汚れた皮鎧を身に着けたごろつき共が各々様々な武器を構えている。その数は6人ばかり。全員が馬を降りている。こいつらが持っていた馬は皆普通の乗用馬であり、軍馬では無かったため、騎乗しての戦闘は行う事ができなかったのである。
 そしてごろつき共に護られる様にして、赤い仮面を被った人物が立っていた。その人物は笑う。

「ククク、どこの術者か知らねど、その者達を連れ去られるわけには行かぬのでな。覚悟するが良い。」
「……君ごとき三流術者に倒される私では無いよ。」
「ほう?我を三流と呼ぶか。面白い冗談だな!」

 そして赤い仮面の人物は、結印を開始する。間違い無く練法師だ。クーガはすかさず前方に身を投げた。クーガが今までいた場所に、霧が発生する。その霧は辺りを漂うと、地面に落ちている木の葉に触れ、発火した。周囲に炎が燃え上がる。だがクーガは既に地中に潜り込んでいた。彼が敵拠点への潜入に用いた、地中に自由に潜る術の効果が、まだ続いていたのである。これでは火門練法師は、クーガを練法の効果範囲に捉える事ができない。
 火門練法師は舌打ちすると、クーガの仲間らしい僧服の女に目をつけた。彼は再び同じ術の結印を行う。

「焼け死ぬがいい!」
「……『光の鎚矛』よ!オーロールゥ!」

 ハリアーは、聖なる鎚矛を明るく輝かせるための合言葉を叫び、灯りを確保しつつ走る。そんな彼女に向かい、先程の術が発動した。彼女の周囲を炎が取り囲む。
 だがその炎は彼女を燃やす事は無かった。彼女が行く所、炎の方で避けていく様である。火門練法師は動揺して叫んだ。

「き、貴様何処ぞの僧侶か!抗術を使っているな!?おい、貴様ら!私を護れ!」
「へ、へいっ!」
「この尼ぁ!」

 ごろつき共は、一斉にハリアーに向かい長剣や小剣を叩き付ける。だがハリアーの技量は高く、ごろつき共の攻撃を軽く躱して行く。火門練法師は操兵に向かい叫んだ。

「な、何をしている!あの尼僧を叩き潰すのだ!」
『へ、へいっ!』
『おっと、そうは行かねぇなあ。』

 突然周囲を囲む様に、頭の付いた3騎の巨大な影が現れる。無論、フィー、シャリア、ブラガの3人の狩猟機だ。操兵密売組織の操手達は、泡を食った。特に狩猟機に乗っていた者は驚きが大きい。

『ば、ばかな!感応石には反応は無かったぞ!?』
『仮面を外して隠れていたんだよ。よくある手だろう?』

 フィーの声がジッセーグ・マゴッツより響く。その時、フォン・グリードルのブラガが言った。

『例のポールって奴ぁ、そのマルツの改造機に乗ってやがるぜ。奴が操手だとは、思ってもみなかったけどな。』
『へぇ……。結構多才なんだね。』

 シャリアの感心した様な声が、エルセ・ビファジールから聞こえて来た。そしてフィー達の3騎の狩猟機は、密売組織の操兵達に斬りかかっていく。

「く、お、おのれ……。」

 火門練法師は苦々しい声を漏らす。その時、ハリアーの周囲で強烈なカマイタチ現象が発生する。ハリアーに攻撃を仕掛けていたごろつき共のうち、4人がそのカマイタチの範囲に巻き込まれて血の海に沈んだ。これはクーガの仕業である。地中に退避していたクーガは、練法により敵の位置を感知し、カマイタチを起こす術を、ハリアーを中心にして行使したのだ。無論ハリアーが、低位の練法を無効化する抗術を使っているからこそ出来た荒業である。
 火門練法師は一瞬逃走しようかどうか迷う。だがその一瞬の迷いが彼の命取りになった。突如地中より生えた手が、彼に金属粉を投げつけたのである。彼はそれを真っ向から浴びる事になった。そしてその金属粉が瞬時に白熱する。彼は叫んだ。

「ぐぎゃあああああぁぁぁぁっ!!」

 次の瞬間、最後のごろつきを叩き伏せたハリアーが火門練法師めがけて突進してくる。だが火門練法師は、重度の火傷のために身体に苦痛が走り、身動きが取れない。そしてハリアーが振るった鎚矛の一撃を受けて、名も知れぬ火門練法師は命を落とした。
 一方、フィー達も戦闘を有利に進めていた。既に従兵機3台は完全にがらくたと化して大地に伏せており、残るはマルツ・ラゴーシュの改装機と見える、ポールの狩猟機だけであった。フィーはポールに降伏勧告を行う。

『もう勝負はついた。降伏して、あんたが持ってる宝珠をこっちに渡してくれれば、命は取らない。』
『宝珠?き、貴様ら、あれが狙いだったのか!』
『嫌だって言うんなら、お前さんをやっつけて宝珠を貰うしか無ぇんだがな。』

 ブラガが脅しをかける。ポールの喉からヒッ、と声が漏れる。それは操兵の拡声器を通して、周囲の人間全員に聞き取れた。ポールはしばらく動かなかったが、やがて機体に駐機姿勢を取らせると、操手槽を開いた。ポールの狩猟機から、蒸気が噴き出す。彼は言った。

「ほ、本当に命は助けてくれるんだな?」
『ああ、本当だ。』
「な、ならこれ……。」

 ポールがそう言って、懐から宝珠を取り出したその瞬間である。突然宝珠から、光の柱が天空に向けて発せられた。同時にポールの声が周囲に響く。

「わあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?な、なんだ、何が起きてるんだっ!?」

 フィー、シャリア、ブラガの3人は、即座に自分達の操兵を後ろへ跳び退らせた。同時にフィーは、操兵との同調を強化する短剣の力を使う。ハリアーが、ポールの狩猟機の方を見て叫んだ。

「宝珠が!皆さん気をつけて下さい!宝珠が発動しています!」
「いつもとは少し違うぞ!充分注意するんだ!」

 地面から上半身を出しただけのクーガもまた、仲間に向かい叫ぶ。彼は練法による感覚で、地中から地上の様子を窺っていたのである。その練法による感覚は、宝珠の発動を普段以上に明確に捉えていた。
 ポールの泣き叫ぶ声が聞こえる。

『わあああああぁぁぁぁっ!た、助けてえええぇぇぇっ!』

 ポールの狩猟機は、操手槽を閉じて立ち上がっていた。その身体は一回り大きくなった様に見える。いや、そう見えるだけではない。確かにポールの狩猟機は一回りも二回りも大きくなっていた。急激な膨張に耐えきれず、装甲板がはじけ飛ぶ。それは既に化け物だった。
 元ポールの狩猟機だった化け物は、持っていた破斬剣をまるで短剣の様に使い、フィーのジッセーグ・マゴッツに突きかかって来る。フィーはその攻撃を躱すと、魔剣で斬りかかった。膨れ上がった筋肉筒が裂ける。大量の血が飛び散った。だがその血はすぐに止まる。見ると、傷が治っているわけでは無いのだが、流れ出た血液が凝固しているのだ。

『こいつ……。やりづらいぞ。』

 シャリアは化け物の後ろに回って、『気』を練っている。ブラガはクーガの所へ行き、武器に魔力を与えてもらおうとしていた。フィーは時間を稼ぐべく、再び化け物に斬りかかる。その時、ポールの声が響いた。

『助けて……。助けてええええぇぇぇぇっ!』
『な、なんだっ!?まさかあの中で、まだ生きてるのかっ!?』

 その声に驚き、フィーの攻撃は地面を叩いてしまう。ジッセーグは機体の平衡を崩した。化け物は更に巨大化し、操兵の3倍程度の大きさになっている。化け物は体勢が崩れているフィーのジッセーグめがけて、短剣にしか見えない破斬剣を振り下ろした。フィーは必死になって魔剣でその攻撃を受ける。

『出してくれええええっ!』
『く、どうすりゃ良いんだ!』

 ポールは最初から敵だった男である。ここで見殺しにしても、誰も文句は言うまい。だが、目の前でこう泣き叫ばれると、どうしても見捨てる事に罪悪感が湧く。
 シャリアの練気がようやく終わったらしい。シャリアは化け物の後ろから、『気』を纏った長剣で脚を狙って斬り付けた。もっとも、敵は狩猟機の3倍近い巨体である。脚ぐらいしか攻撃が届かないのも確かだ。

『いやああああぁぁぁぁっ!』

 『気』の乗ったシャリアのエルセ・ビファジールの攻撃は、見事に敵の脚を斬り裂いた。大量の血が噴き出す。だがやはりその血はすぐに止まる。見ると、やはり傷が治っているわけでは無い。ただ凝固した血液が、傷口を縫い留めている様に見える。
 そこへブラガが攻撃に参加して来た。彼はクーガに魔力を与えてもらった手斧を用い、それで敵の脚先を狙った。見事に攻撃は当たり、血が飛沫を上げる。しかしその傷もまた、すぐに凝固した血液で固定されてしまった。化け物は、一向に弱った様子を見せない。
 ポールの泣き声が聞こえた。

『ひいいぃぃぃ……。ち、力が吸われていく気がするう……。』

 フィー達は必死に攻撃を繰り返した。相手の脚は傷だらけではあるが、まったく動きに支障は無い様だ。と、その時クーガが叫んだ。

「そいつには力の核が2つある!1つは胴体の中、1つは頭だ!」
『胴体の中って、それは例の宝珠ですよね。頭のって……。』

 フィーはジッセーグ・マゴッツの首をめぐらして、はるか上の方を見た。そこには化け物の頭がある。そして化け物の額に、何やら顔の様な物が張り付いていた。フィーは叫ぶ。

『操兵の仮面だ!あれをなんとかすれば、きっと!』

 そう、そこに張り付いていたのは、ポールの狩猟機の仮面だったのである。だがそこまではジッセーグの剣も届かない。するとシャリアが叫ぶように言った。

『一寸気を引いててくれる!?あたしの『気』で、あれを撃ち落としてみる!』
『わかった!』
『まかせろ!』

 シャリアのエルセ・ビファジールは化け物の額を狙うために、化け物の前に回る。フィーのジッセーグ・マゴッツと、ブラガのフォン・グリードルはそれを護るために、化け物の寸前まで近づいて気を引く事に専念した。

『この化け物ぉっ!』
『いい加減、こたえた様子でも見せろっつの!』

 フィーとブラガの狩猟機は、各々の武器で化け物の両脚を斬りつける。血が吹き出すが、すぐその血は止まる。化け物は右手の破斬剣でフィーのジッセーグを、素手の左手でブラガのフォン・グリードルを狙って攻撃してくる。フィーはかろうじてその攻撃を避けたが、ブラガは真っ向からその一撃を受けてしまう。

『ぶべっ!?』
『ブラガさんっ!』

 ブラガのフォン・グリードルは高く空を飛んで、大地に打ちつけられた。装甲板が罅割れ剥離し、ぶちぶちと筋肉筒の繊維が千切れる音がする。ブラガは操手槽内で、あちこち手ひどく打ちつけられ、気を失った。
 フィーは焦る。ブラガのフォン・グリードルよりも華奢な彼のジッセーグ・マゴッツがあれだけの威力の攻撃を受けたら、ただでは済まない。いや、下手をすれば一撃で破壊される。クーガが叫んだ。

「フィー!敵の攻撃を躱す事だけに専念するんだ!」
『た、助けてええぇぇぇ……。』
「はい、わかりました!ええい、うるさい少し静かにしてろ!助けてやるからっ!」

 フィーは敵の攻撃を必死で躱し、受け流した。神経を削られる様な息詰まる時間が過ぎて行く。そしてシャリアが叫んだ。

『よおっし、行くわよぉ!落ちろおおおおぉぉぉぉ!!』

 シャリアのエルセ・ビファジールが掲げた手から、強烈な『気』の弾丸が飛び出して、音高く化け物の額の仮面へ向かう。化け物は避けようとしたが、その時フィーが魔剣で化け物の脚を斬り付けた。化け物の注意が『気』の弾丸から一瞬逸れる。『気』の弾丸は、見事に化け物の額に命中し、仮面を叩き割った。
 その瞬間、化け物の額から、凄まじい神気が天に向かって奔流の様に立ち昇る。化け物は棒立ちになった。フィーは化け物の右脚めがけて斬りかかる。彼は、魔剣の秘められし力を開放するための合言葉を叫んだ。

『ガルウス!』

 魔剣の刃が光り輝き、怪物の脚をまるで抵抗無しに斬り裂いていく。血が噴き出したが、今度はその血は止まる様子を見せない。フィーは魔剣を振り切った。化け物の右脚は、大腿部から斬り落とされた。化け物はゆっくりと倒れ込んで行く。化け物は動かない。額からの神気の奔流も、徐々にその勢いを衰えさせて行く。フィーはジッセーグを操って、怪物の腹の所へ歩み寄らせた。そして魔剣を突き立てて、その腹を切り開く。
 怪物の腹の中では、何やらねばねばした物に絡み付かれた人間――おそらくはポール――がもがいていた。その脇には、あの宝珠『オルブ・ザアルディア』が同じくねばついた物に絡み付かれて光を放っている。フィーは魔剣の切っ先でその宝珠を抉り出した。宝珠は宙を飛び、ぼとっと音を立てて地面に転がる。クーガがそれに駆け寄り、『神力遮断布』で宝珠を包み込んだ。

『……なんとか終わりましたね。』
「うむ。タサマド師より頂いた封印札は品切れだから、モニイダスまで行かねばならないがね。」

 フィーとクーガが話していると、ブラガがハリアーの治癒術により、なんとか起き上がって来た。

『やれやれ、一撃で沈められちまったぜ……。フォン・グリードルもあちこちやられたし、たまらんな、こりゃ。』
『ブラガさん、大丈夫ですか?』
『おう、ハリアーのおかげでな。だが機体の方はそう簡単には直らんからなあ……。』

 シャリアとハリアーも、話に加わってくる。

『ところで、これからどうするの?』
「そうですね。モニイダス王国へ向かって、僧正様から封印札を頂いてこなければなりません。」
『ブラガさんの操兵を修理してからですね、それは。』

 彼等がそんな話をしている後ろでは、彼らに救出された鍛冶師達が、呆然としていた。

「な、なんなんですか、あれは……。」
「操兵があんな化け物になるなんて聞いた事がありません……。」
「師よ、貴方は知っておいででしょうか?」
「わしにだって、分からん物ぐらいあるわい。」

 操兵鍛冶師ガナックとその徒弟達は、いつまでも化け物と化した操兵の残骸を眺めていた。



 ブラガの操兵の修理には、思ったよりも時間を取られた。もっとも、2週間強と言うのはこれだけの損傷にしては早い方であったらしい。助け出された操兵鍛冶師ガナックが、礼の意味も込めて力を尽くしてくれた結果であった。
 正直な所、フィー達は早目にこの街を出立したかった。この街には、フィー達の事を狙っている存在がいたからである。それはトオグ・ペガーナの連中の事ではない。ビンガー・バッタン率いる、この街の盗賊達の一部である。ビンガーは、自分の配下の操兵密売組織の工房を潰されて、非常に怒り心頭であった。
 だが操兵密売は極めて重罪である。また鍛冶組合に所属している操兵鍛冶ガナックを拉致して、無理矢理に働かせていた事も、問題を大きくしていた。ポールが生きて捕まったのも、ビンガーに取って痛かった。はっきり言うと、司直の手がビンガーの近くにまで伸びて来ていたのである。そのため、下手な動きをする事はできなかった。フィー達に復讐はしたいが、今街中で何かすれば、捕まって処刑台へと送られてしまう。ビンガーは動くに動けなかった。
 だがビンガーは、フィー達の操兵の修理が終わり、彼等が街を出ると言う情報を手に入れた。これは彼にとっては、フィー達に意趣返しをする、最後のチャンスである。街から離れた所でならば、彼等を襲った所で問題は無い。更にビンガーは念には念を入れ、素行の良く無い山師連中を雇ってフィー達を襲わせた。これで表向きには、山師同士の諍いである。雇った山師達の数も、そして操兵も、フィー達よりも多い。
 だがビンガーが知らなかった事がある。フィー達は、幾度もの戦いを潜り抜けた、とんでもない強者揃いであったのだ。

『……せいっ!これで操兵は全部やりましたよ。』

 フィーのジッセーグ・マゴッツから声が上がる。彼は6台もいた敵従兵機のうち、4台までを自分1人で片付けていた。勿論操兵との同調を強化する短剣の力を借りてではあるが、恐るべき腕前と言える。
 一方シャリアとブラガは、フィーほどは操縦が巧みでない物の、敵と比べれば充分に高いその技量で、終始相手を圧倒し、あっさりと楽勝していた。彼等は自分の相手になった従兵機が沈黙したのを見ると、クーガとハリアーを狙った徒歩や騎乗している敵の始末に移る。だが実際の所、その必要も無かったかも知れない。
 クーガは敵が襲いかかって来たのを見ると、すかさず自身を透明にする術法を用い、姿を隠した。そしてその上で攻撃の術を連発し、敵の過半をあの世へ送りこんでいた。
 更にハリアーはハリアーで、打撃の効果を殺してしまう招霊の秘術を行使した後、周囲の人間に自らを崇めさせる秘術を用いた。ハリアーに斬り付けても殴りつけてもまったく効果が無かった敵は、突然ハリアーに対する畏怖に襲われて、その場に平伏したのである。

『こいつら、一体何がしたかったのかね。』
『ねえハリアー、ちょっとその降伏させた奴らに訊いてみてよ。』
「ええ、今からそうする所ですよ。」
「杭や宝珠を狙っていなかった様だから、トオグ・ペガーナとは違う筋の者だとは思うが……。」

 ハリアーの秘術によって降伏させられた者達から、あらいざらい事情を聞きだしたフィー達は、溜息を吐く。

『あー、鬱陶しい。フィー、早くモニイダスへ急ごう?』
『わかってるってシャリア。ビンガーの手が及ばない所へさっさと逃げよう。』
『まてよ2人とも。こいつらの従兵機の仮面、まだ剥ぎ終わってないんだ。終わるまで待てって。』

 狩猟機の3人の言葉を聞きながら、ハリアーは苦笑いを漏らす。彼女の視線の先では、降伏した者達が仲間の死体を片付け、重傷者の手当てをしている。そこへ従兵機の仮面を剥ぎ終わったクーガが、自分の馬を引きつつやって来た。

「……どうかしたのかね?」
「いえ、こんな殺伐とした空気の中で、私も含めてよく平気でいられるな、と。慣れてはいけないと思いつつも、慣れてしまう物なんですね……。」
「その様な物だよ。『人殺しの重みを忘れてはいけない』とかはよく聞く言葉だ。だが、その様にできる者は実際少ない。と言うか、その重みを忘れてしまわなければ、心が桁外れに強い者でなければ、潰れてしまうのが落ちだよ。
 少なくとも、私はそこまで心が強く無いのでね。人殺しの重みとかは忘れる様にしているよ。たとえ鬼畜に落ちようとも、私は自分と自分の大切な人が無事な方が良い。」

 そう言ってクーガは、ハリアーの肩を軽く叩く。ハリアーは少しばかり悄然とした様子だったが、顔を上げて馬を歩かせだした。クーガの馬もその後を追う。そして3騎の狩猟機も歩き出した。目指すはモニイダス王国の聖刻教会である。彼等は後を振り返らなかった。


あとがき

 今回フィー達は、比較的すんなりと宝珠を入手する事ができました。もっとも裏社会の大物の1人に喧嘩を売った様な物なので、今後この街に来るのは難しくなりますが。……行けない街が増えて行く(笑)。残る宝珠はどちらもファインド森林諸国に有るわけですが、そこへ行くにはカグラと言う大規模な街道を通るのであれば、第1話で逃げ出して来たジャクオーウァ国を通らねばなりません。またそれを避けて、モルアレイド海岸諸国からファインド森林諸国へ入ろうとするならば、今回のこの国を通らねばなりません。他にも道が無いわけでは無いのですが……。結構大変ですね、はい。まあその辺りはおいおい考えて行く事になるでしょう。
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