「宝珠は何処に」
秋風吹くこの季節に似つかわしく、涼しげな日であった。見上げれば、空が高く感じられる。そんな中、3騎の狩猟機――操兵と呼ばれる、全高2リート(8m)弱はある人型の兵器の1種――がセルゲイ自治国家の港湾都市、ズクモンドの港の役場前に駐機していた。道行く人々が、物珍しそうにそれを見遣る。ここセルゲイには操兵の製造や修理を行う事のできる鍛冶組合が存在し、それを頼ってやって来る操兵持ちも多い。そのため、操兵自体はそれほど珍しいわけでも無かったが、それでも上級の機体である狩猟機3騎が一時にと言うのは、滅多に無い事だった。ちなみに馬2頭もそれと一緒に繋がれていたが、そちらはそれほど注意を引かなかった。
そして役場から、5人連れが姿を現す。まず間違いなく、狩猟機3騎の持ち主たちだ。一見した所、装備も着衣もばらばらであり、何処かの軍隊の人間では有り得ない。おそらくは山師――古代遺跡発掘などの冒険を生業とする者達の俗称――であろうと思われる。無論、その山師達はフィー達の一行であった。
女剣士シャリアが伸びをしつつ言葉を発する。
「ん〜!はぁっ、ようやく入国手続き、終わったわね。操兵3騎持ち込んだ割には、入国税思ったよりも安かったわね。」
「まあ、そうだね。でもリムトスとかと比べれば安いってだけで、正直な所あんまり安くも無いんだよ。」
絵師であり、彼等の中で一番の腕を持つ操手でもあるフィーが、シャリアに応える。シャリアはその返事を聞き、がくっと肩を落とす。
「あ、あたし……。最近金銭感覚麻痺してきてる?もしかして?」
「操兵に関わると、皆そうだよ。」
「俺も以前と比べると、金の出入りが激しく……回数が多いわけじゃなく、1回の金額が桁違いになって来た気がすんなぁ。」
フィーの言葉に、手練士――盗賊の別称――であるブラガが、しみじみと返答を返す。その様子を見てくすくすと笑った女性は、聖刻教会の法師であるハリアーだ。まるで少女の様な外観にも関わらず、彼女はかなり高位の招霊の秘術まで使いこなす事のできる実力派だ。しかも彼女は今、神――八聖者と呼ばれる聖刻教会の開祖――からの命を受けて、『探索』を行っている最中なのである。この『探索』を命じられると言う事は、その僧侶がかなりの実力を秘めていると言う証拠でもある。
ハリアーは、傍らに立つ細身でやや長身の男に話しかける。その男の顔は、まるで能面の様で表情に乏しい。
「たしかに最近金銭感覚はおかしくなって来ていますね。もっとも私は聖刻教会を見つけたら、献金してしまうのですが。クーガ、貴方はどうです?」
「私の生業は元々金がかかるからね。術の触媒やら何やら、他にも多々ある。だから彼等の事は言えんな。」
クーガと呼ばれた男の正体は、練法師――巷では妖術師と呼ばれ恐れられる事も多い――である。彼はその中でも、土の門と呼ばれる大地の力を操る門派に属し、かつかなりの実力を持つ強力な術師だ。もっとも彼自身は、自分ではまだまだだと思っている節があるが。
クーガは自分の馬に近づくと、それを繋いでいた街路樹から手綱を外す。ハリアーもそれに倣った。彼は、操兵の背中に手荷物等を積み込んでいたフィー達に向かい、声をかける。
「皆、そろそろ行かないかね。まずは操兵を駐機場に預けて来なければならないだろうし、今夜の宿も探さねばならない。」
「あ、はい。それじゃ行こうか。」
「そうしましょ。」
「おう。」
フィー、シャリア、ブラガの3人は頷くと、自分の狩猟機の顔に仮面を装着するために機体をよじ登って行く。仮面とは操兵の命の源であり、これが装着されないと操兵は動かないのだ。そして彼等はそれぞれの機体に仮面を装着し終えると、操兵の胴体に設けられた操手槽――操兵の操縦席――に入り、操兵を起動させた。3騎の狩猟機が、重々しい駆動音を立てて立ちあがって行く。
そして彼等一同は、街外れにある駐機場に向かって街路を歩きだした。
その日の夕刻、フィー達一同は、ズクモンドの街の端にある粗末な旅客街にて宿を取っていた。ちなみに街の中心近くにも宿泊施設――それもかなり立派な――は存在するが、これらは大規模な商人が率いる隊商などのための施設であり、フィー達の様な一般の旅行者はこうした旅客街に泊まるしか無い。
フィー達は宿の1室に集まり、今後の事を相談していた。ちなみに彼等は、男達で1部屋、女達で1部屋の、都合2部屋を取っている。彼等は今、男達用の部屋に集まって話をしていた。フィーが地図を広げて、それを見つつ言う。
「王都ルーフェイまでは、操兵の足で大体5日弱でしたね。向こうに着いたら宝珠についての聞き込みをしないといけませんね。」
「なあ、一応この街でも王都について聞き込みしておいた方がいいんじゃねぇか?」
ブラガがフィーの言葉を受けて、問い掛けを発した。フィーは少し考えて頷く。
「それじゃ、これから出かけてきますか。あまり酒は好きじゃ無いんですがね。」
「そうよね。それなのに酒場をはしごしなけりゃならないのは、一寸困りものね。」
「俺より酒に強いくせに、何言ってやがる……。」
フィーとシャリアの台詞に、ブラガは思わず突っ込む。と、彼は何やら考え込んでいる様子のクーガに気付いた。彼はクーガにその事を尋ねる。
「クーガ、何か心配事でもあんのか?トオグ・ペガーナの連中の事なら、俺達も充分にわかってるぜ。単独行動はしねぇよ?」
「うむ……。いや、その事では無いのだ。……少し諸君らに相談しなければならない事があってね。ただ、あまりにも自分勝手な様な気もしてな。少々気後れしていたのだよ。」
クーガは最初言いづらそうにしていた。だが一度話し始めてしまうと、心を決めた様だ。彼は仲間達に、自分がしなければならない事を語りだした。
「今回の、第6番目の宝珠を手に入れたら、その後で私に少し時間が欲しいのだよ。以前にも話したと思うが、私のこの仮面は……。」
そう言って、彼は懐から仮面を取り出す。その仮面は、色は漆黒で、鉛色の塗料で複雑な紋様が描かれている。これはクーガがある古代遺跡にて、古代の練法師の亡霊ツァード・ローグ・ヴァムガードより授かった物だ。クーガは話を続ける。
「この仮面は、呪操兵を操るために必要な操手用仮面の、その隠し場所を知っているのだ。そして1ヶ月ほど前、あのスカード島における戦争の最中、この仮面は突然私にその隠し場所を教えた。私に最低限の力が備わった、と言ってね。おそらくその操手用仮面は、それだけで並の仮面を超越した力を持っているに違いない。もしそうであれば、今後の宝珠の探索に当たり、更なる力となるだろう。」
呪操兵とは非常に特殊な、練法師専用の操兵の事である。呪操兵は、その機体に搭乗した練法師の力を増幅する能力がある。その結果、呪操兵に搭乗した練法師は、本来扱えないはずの高位の術法を行使できる様になるのだ。
だが呪操兵はここアハーン大陸西方域では製造されていない。西方にて操兵を製造している鍛冶組合――そしてその裏に存在すると噂されている秘密組織たる工呪会――では、神秘学的知識の欠如により、呪操兵を製造できないのである。そのため西方に存在する呪操兵は、アハーン大陸東方域より持ち込まれた東方聖刻教会製――聖刻教会は宗教組織ではあるが、東方域における操兵製造組織でもある――の呪操兵か、あるいは古代より存在を続けている古操兵しかあり得ないのだ。
そう、ここアハーン大陸西方域において、呪操兵は普通の操兵を遥かに超えた希少価値を持つ存在だった。どんなに能力的に低い呪操兵であったとしても、それは高級な狩猟機数十機分にも相当する価値を持っているだろうと言える。
その呪操兵を操るのに必須な物が、2つ存在する。1つは、練法師が呪操兵を操るための呪文、《契約語》である。これは狩猟機で言う起動呪文にあたり、言わばそれの特別な物である。これについては、クーガはツァード・ローグ・ヴァムガードの亡霊より術を受け継いでいる。
そして2つ目が、その呪操兵の操兵仮面と対になった、練法師用の仮面である。これは呪操兵の仮面と常に同調しており、操手とその呪操兵を結び付けるための物だ。他の仮面では、どんなに強力な仮面であっても、呪操兵を操る事は叶わないのである。クーガの仮面自体はこの操手用仮面では無いが、その隠し場所を記憶しており、クーガにその場所を伝えたのである。
クーガは仲間達の顔を見回す。仲間達は一様に、驚きの表情を浮かべている。……いや、ハリアーだけは違った。ハリアーは、驚きでは無く納得の表情を浮かべていた。彼女はクーガに改めて向き合った。
「なんとなく、そろそろだとは思っていました。クーガの力量ですから、そろそろ仮面の意志とやらに認められても良い頃合いだと思っていましたよ。ですが……1ヶ月も前、ですか?貴方の事ですから、私達に話すのをずっと躊躇っていたのでしょうね。」
「うむ……。宝珠の探索で大変なこの時に、たとえ一時とは言え仲間から外れて単独行動すると言うのは……。」
「……一寸待ってください。貴方1人で行くつもりだったのですか?」
クーガの台詞に、ハリアーは柳眉を逆立てる。クーガは戸惑った様に言葉を止めた。
「そんな事、許しませんよクーガ。私もその仮面の探索とやらに、付き合います。てっきり私は、私達をその探索に付き合わせる事を躊躇っていたとばかり、思っていましたのに。まさか1人で行くつもりだったとは……。そんな危険な事、させるわけが無いでしょう。」
「しかしこの大事な時に……。」
「しかしも案山子も無しです!この大事な時だからこそ、貴方がより強くなるのは望ましい事です。そのためであれば、多少の回り道も必要な事なのかも知れません。ですから、私は私の使命を達成するためにも、貴方の手助けをします!」
ハリアーはクーガの反論を許さず、言い放った。そしてそれまで唖然としていたブラガが、徐に口を開く。
「……そうだぜぇ、クーガ。何を遠慮してやがんだ。それによ、その仮面とかを隠してある場所ってのは、古代の遺跡の類なんだろ?もしかしたら、儲け仕事になるかも知れねぇじゃねぇかよ。そこに1人だけで行く?そいつぁ一寸ずるいんじゃあねぇか?」
ブラガは最後の方を冗談めかして言った。フィーとシャリアも口々に言う。
「そうですよ。皆で一緒に行きましょう。いつも助けてもらってばかりですから、たまには手伝わせて下さい。」
「そうよクーガ!古代の遺跡なんて言ったら、どんな化け物がいるかもわからないんでしょ?そんな所に1人で行くなんて駄目よ絶対!」
クーガはしばらく押し黙っていた。そして彼は、ゆっくりと皆に頭を下げる。彼は小さく言った。
「ありがとう、皆。私からお願いする。どうか力を貸して欲しい。」
「あたぼうよ!」
「もちろん!」
「堅っ苦しいわね、いいわよ!」
ブラガ、フィー、シャリアが次々に声を上げる。そして最後にハリアーが微笑んで言った。
「喜んで力を貸させていただきます、クーガ。」
クーガは黙ったままだった。ただ黙ったまま、彼はずっと皆に頭を下げていた。
ブラガ、フィー、シャリアの3人は、酒場をはしごして店主達に噂話を聞いて回っていた。
「やっぱり例の宝珠は、噂話にも上らねぇなあ。ま、仕方無ぇけどな。」
「噂話に上るくらいだったら、何か起きてるって可能性が大ですからね。いいんじゃないですか?」
「でも何処にあるのかが分からないと、どうしようも無いわよ?」
3人は喋りながら道を歩いて行った。ふとそのとき、ブラガがクーガの事を口にする。
「しかしよ、クーガも水臭ぇったら無ぇよな。」
「まったくね。自分1人で危険に挑もうなんて……。まあ、その気持ちは分からない事もないけどね。」
「お金の面でもそうですよね、あの人は。触媒だかなんだか知りませんが、10,000ゴルダもする買い物をしておいて、皆のためにそれを惜しげも無く使うし。なおかつそれを補充するのに自分の財布から出す様な人ですから。共同の財布があるんだから、こっちに請求してくれればいいのに。」
数週間前、彼等がまだスカード島にいた頃の話である。クーガは、彼が使う必殺の術法に必要な練法陣を描くために、様々な特殊な素材を買い集めていた。その代価の総額は、フィーが言った通り10,000ゴルダに迫る大金であった。だがクーガは当初それを、自分の財布から出していたのである。それを知ったフィーは、パーティ共同の財布から10,000ゴルダを出して、クーガに無理矢理押し付けたものである。
ブラガがそれを聞いて笑う。
「ははは、そんな事されたら、俺達は操兵の修理代とか、自分の財布から出さにゃならなくなるわな。そしたら今頃素寒貧だぁな。」
「そうよねー。特にあたし達は操兵の扱い、まだまだ下手だから、すぐ壊すもんね。」
「そうでもないよ、シャリア。2人とも随分上達してますよ、ブラガさん。」
その時、突然彼らの後ろで声がした。
『フィールズ!?フィールズじゃないか!?』
「え゛っ……。」
その呼び声に、思わずフィーは身体を硬直させる。彼はまるで軋み音が聞こえてくるかのような、ぎくしゃくとした動きで振り返った。そこは街外れで城門に近い場所であり、今しがた街の城門が閉められたばかりである。そして城門で守衛をしていた従兵機――首の無い、下級の操兵――が、領主の館にある操兵庫へと、丁度戻って行く所であった。今の声は、その従兵機から発せられた物である。
『やっぱりフィールズか。久しぶりだなあ。元気にしていたか?』
「に、兄さん……。」
「「兄さん!?」」
シャリア、ブラガが叫ぶ。従兵機の操手は、従兵機にその場で駐機姿勢を取らせると、背中の扉を開けて降りて来た。その身ごなしは練達の武人の技を感じさせる。シャリアは小さく呟く。
「あれは……。あたしじゃ勝てないわね。少なくとも生身対生身じゃ。」
「だがよ、操兵対操兵なら何とかなるかも知れねえぞ?あの従兵機の動きは、少なくともフィーほど巧みじゃなかった。」
ブラガも小さな声で、フィーをフィールズと呼ぶ男を値踏みした。フィーは突如現れた、自身の兄に向かって問う。
「ライルズ兄さん、何でこんな所に?兄さんは確か旧王朝諸国の何処かに仕官すると言っていたはず……。」
「言うなよ。仕官に失敗して、こちらまで流れて来たのさ。だがここも決して悪い所じゃあ無い。旧式の老朽従兵機とは言え、仕えて2、3年しか経ってない俺に、操兵を任せてくれるんだからな。」
ライルズと呼ばれた男は、頬を掻きながら言う。彼は話を続けた。
「お前こそ、今はどうしているんだ?軍人にはなりたくないからって、絵描きになるとか言っていたろうに。それなのに、その格好は?結局何処かへ仕官でもしたのか?」
フィーは今、操手用の防具を身に着け、破斬剣を佩いている。見る者が見れば、フィーが操手である事はお見通しだ。フィーはライルズの問いに答える。
「今、俺は山師をやってるんだよ。絵描きも辞めたわけじゃない。仲間は絵描きを続けてもいいって言ってくれてるしね。宮仕えなんて、俺の柄じゃあ無いよ。
……ライルズ兄さんは、ここで満足しているみたいだね。一寸聞きづらい事だけど、復讐は……やめたのかい?旧王朝を離れるなんて。」
旧王朝……旧王朝諸国とは、ここ西方南部域の中でも比較的先進諸国の集まっている地域を指して言う。だがその分、政治的暗闘や陰謀が渦巻く場所でもあった。ライルズはその表情に影を滲ませつつ、返事をする。
「忘れたわけじゃあ無いんだが……。しかし結局旧王朝の国々にゃ、仕官できなかったわけだしな。こんな遠く離れた場所じゃあ、こちらからあちらへ手出しもできん。それに……折角仕官させてくれたこの国に、迷惑をかけるのも何だしな。
けれど……兄貴は諦めたわけじゃ無い様だ。リギノス古王朝の軍人として仕官したって、しばらく前に手紙が来たよ。どうやってこっちの居所を知ったんだか……。軍人の手紙は検閲を受けるから、詳しい事は書いてなかったが……。兄貴は彼の醜王ジューサン・リグドルになんとか復讐しようと、必死なんだと思う。」
「マイルズ兄さんが……。」
ライルズは力無く首を振る。だが彼は顔を上げると、努めて明るく言った。
「なあフィールズ、そちらの2人はお前の山師仲間か?紹介してくれよ。」
「あ、ああ。こちらがブラガさん。色々と経験豊富で、いつもお世話になってるよ。そしてこちらがシャリア。彼女の剣にはいつも助けられてる。この他2人仲間がいるんだけど、今は宿屋で荷物番をしててくれてるから、ここにはいないんだ。」
「そうか……。フィールズがいつもお世話になってます。この愚弟の兄、ライルズ・ウォルドーです。よろしく。」
ライルズは、フィーに紹介された2人に向かい、微笑みながら挨拶を送った。ブラガとシャリアの2人も、ライルズに軽く頭を下げる。
「俺の方こそ、フィーには何時も助けられてる……ます。お互い様だ……ですよ。」
「あたしもフィーには色々迷惑かけちゃってますし。あたしは常識無いから……。」
ライルズは軽く苦笑すると、再度フィーに向き直る。
「本当なら、何処かの酒場で今夜一晩ぐらい色々と語りあかしたい所なんだが、職務があるから、そうもいかん。これから操兵の整備とか、色々あるからな。俺はもう行かなきゃならんのだ。お前はしばらくこの街にいるのか?」
「いや、明日には王都ルーフェイに向かって発つ予定だよ。」
「そうか、そりゃあ残念だな。じゃあ、縁があったらまた会おう。」
ライルズはそう言うと、自分の従兵機に乗り込む。フィーは従兵機に向かって大声で言った。
「一応今晩は、旅客街にある『ドードンの宿屋』に泊まってるから。」
『おう。じゃあ、またな。皆さん、フィールズの事、よろしくお願いします。』
ライルズは従兵機を立ち上がらせる。そして不器用にその従兵機に手を振らせると、領主の館の方へと機体を歩かせて行った。
宿屋に戻って一息ついた後、徐にブラガは切り出す。
「フィー、お前って、お貴族様だったのな。」
「ち、ちがいますよ。」
フィーは慌てた様に言う。彼は説明する様に言葉を続けた。
「貴族じゃあありません。ウォルドー家はしがない騎士階級の家でした。それも、もう取り潰されてます。……隠してたわけじゃないけど、黙ってた事は謝ります。すいませんでした。」
「ふーん。まあその辺はどうでもいいけど。でもさ、名前を変えてたのはなんで?」
「別に名前も変えたわけじゃないよシャリア。フィールズを縮めた愛称で、フィーってだけさ。」
フィーはシャリアの疑問に答える。ブラガは続けて問うた。
「取り潰されたとか、復讐とか、穏やかじゃあ無ぇ話だよな。その辺の所、もし差し支えなければだがよ……。聞かせてもらえるか?」
「ブラガさん!あまり立ち入った事は……。」
ハリアーが思わず止めに入る。本来山師には、他人の過去を詮索しないと言う不文律があった。しかし仲間全体に迷惑が――命の問題も含めて――かかりそうな場合は、そうも言っていられない事もままある。フィーはハリアーを制して言った。
「いえ、いいんですハリアーさん。兄さん達にはともかく、俺にとってはもう終わった事ですから。
簡単に言うと俺達の親父、ソーダルアイン連邦盟主国であるシルン国の騎士、ゲイルズ・ウォルドーが国王の不興を買いましてね。言われの無い濡れ衣を着せられて、家が取り潰されたんです。父は憤死。更に細かい事を言えば、その事を色々政治的に利用されたりもしましたが……。
それで2人の兄は他国に仕官したんですよ。いずれはシルン国王ジューサン・リグドルへ復讐しようと考えて、ね。下の兄はとりあえず復讐を諦めた様ですが、上の兄は……。俺自身は復讐とかする気概も無かったし、もう宮仕えとかする気も無かったんで、好きだった絵を描いて暮す事にしたんですよ。そして1年半か2年、かな?それぐらい後に皆と出会ったわけですね。」
ブラガ、シャリア、ハリアーの3人は溜息を吐いた。フィーが黙っていたとは言え、仲間にこんな過去があるとは思っても見なかったのだ。クーガが皆に向かい、口を開く。
「……このぐらいで良いだろう、皆。フィーにとってはもう終わった事だと、本人も言っているのだ。」
「そうだな。無理に聞きだす様な真似して、悪かったなフィー。」
ブラガが頭を下げる。フィーは笑って言った。
「ははは。いいんですよ、ブラガさん。」
「そうか、んじゃあ……。」
ブラガが何か言いかけた時だった。彼等が集まって話をしていた宿の1室、男用に取っていた部屋の扉が、外から叩かれる。そして宿の従業員の声が、部屋の外から響いて来た。
「お客さん、お客さん。お仲間に、フィールズ・ウォルドーって人はいらっしゃいますかね?その人にお話があるって人が来てらっしゃるんですが。」
「あ、フィールズは俺です。来客って、どなたですか?」
フィーは宿の従業員に問うた。宿の従業員は答える。
「ライルズ様って言う衛士隊の隊長さんと、その人の連れで何やら偉そうなお人です。偉そうなお人は名乗らなかったんで、一寸分かりません。」
フィー達一同は、顔を見合わせた。
こう言う宿の1階は、大抵の場合酒場になっている。この『ドードンの宿屋』もまた、その例に漏れず、1階が酒場になっていた。その酒場の奥まった個室に、来客とフィー達は案内される。
来客の1人、ライルズは苦笑しつつ言葉を発した。
「こんなに早く再び会う事になるとは、思わなかったな。」
「俺もだよ、ライルズ兄さん。」
フィーが返す。そして彼は、ライルズの連れである人物に顔を向けた。その人物は、高価そうな衣装を身に着け、一目で高い地位にいる者だと言う事が分かる。フィーはライルズに問うた。
「兄さん、こちらの御方は?」
「こちらは俺の上司で、エハル・オラスム衛士長官だ。この街の衛士隊長を束ねる立場の人だ。」
「うむ、わしがこの港湾都市ズクモンドの衛士長官、エハル・オラスムだ。君がライルズの弟か。ふむ、中々見どころがありそうな青年だな。」
その言葉に、フィーは目を見開く。シャリア、ブラガ、ハリアーも驚いた様子だ。こんな街外れの粗末な旅客街に、わざわざ街の重要人物である衛士長官が足を運ぶなど、常識外れだからである。ただクーガだけは、何時も通り無表情でいたが。
フィーは狼狽した様子で尋ねる。
「え、衛士長官ともあろう御方が、こんな場所まで一体何の御用でしょうか?」
「うむ、そんなに畏まらずとも良い。此度は忍びで来たのだからな。さて早速だが、今日の昼間にスカード島からの船で、狩猟機を3騎も持ちこんだ山師と言うのは、諸君らで間違い無いかね?」
「は、はい。な、何か問題でもあったのでしょうか?」
エハル長官は笑いながら言った。
「いや違うとも。そうではなく、諸君らに一寸した仕事を頼みたかったのだよ。ある商人に頼んで、今日港に着いた荷を、王都ルーフェイまで届けてもらうはずだったのだがね。だが最近街道に性質の良く無い野盗が出没するのだよ。
いや、はっきり言おう。この街の中に、野盗と通じている者がいるのだ。そのため、荷は確実に襲われると見て良い。その荷を護って欲しいのだよ。狩猟機3騎を擁する諸君らに、な。幸いな事にウォルドー隊長の話では、諸君らは丁度ルーフェイまで赴く所だと言うではないか。どうか頼めないかね。」
彼の台詞の最後は、非常に真剣な口調だった。そこへクーガが口を挿む。
「何故衛士隊長官であらせられる閣下が、その様な話を持って来るのかも不思議なのですが……。それよりも大事な事があります。何故国軍でその荷に護衛をつけないのでしょうか?更にわざわざ狩猟機3騎を擁する我々を名指しで依頼すると言う事は、相手の野盗も操兵持ちと言う事でしょうか?そして肝心の荷とやらは、一体何なのでしょうか?」
「1つづつ答えて行こう。まず相手の野盗についてだが、確かに操兵持ちだ。確認されている限りでは、ガレ・メネアスが1台と、型式不明の従兵機が2台は存在している。もっとも3台全てが一時に出て来た事例は無いがね。
次に何故国軍の護衛をつけないか、と言う事だが……。このズクモンドにある操兵戦力は、老朽従兵機が2台でしかない。ズクモンドの護りのためには、これをつけてやるわけにはいかんよ。歩兵や騎兵であればつけてやる事も可能だが、操兵を擁する賊共相手ではな。王都から迎えを出してもらう事も考えはしたのだが……。騎士会議からの通達では、今は微妙な時期であり、国軍を動かす事はならんとの事だった。」
エハル長官はここで一旦言葉を切る。そして彼は、フィー達一同の顔を見回した。
「最後に荷の内容についてだが、これは仕事を受けてもらえなければ話す事はできん。受けてもらえたなら、その時点で教えよう。ただ1つ、とても重要な荷だと言う事は言っておこう。
ああ、そうそう。今私は衛士隊長官としてではなく、この街のご領主に頼まれて私人としての肩書で、ここに来ている。実際の依頼人は私では無くこの街のご領主だよ。納得してもらえたかね?
おお忘れる所だった。報酬は全額で5,000ゴルダを考えている。半額が前金だ。道中の必要経費、および操兵などが損傷した際の修理代は、全額こちら持ちだ。それと盗賊の操兵と戦った場合の戦利品の権利も認めよう。」
「かなりの椀飯振舞ですな。」
「それだけ危険が想定されると言う事だよ。」
クーガの言葉に、エハル長官は苦笑して返す。そこへライルズが口を挿んだ。
「なあ、フィールズ。どうにか頼めないか?もしお前達が駄目となると、他の山師達をかき集めなきゃならない。しかしそんな奴らは信頼できるかどうか分からないんだ。腕じゃあ無く人格的に、な。フィールズだったら、その点で絶対的に大丈夫だと、俺は信じてる。」
「ライルズ兄さん……。うん。皆、俺は受けてもいいと思うんですが、どうでしょうか?」
フィーの言葉に、一同は頷く。
「あたしはかまわないわ。受けましょう。」
「俺もいいぜ。フィーの兄さんが、そこまで言ってるんだしな。」
「私もかまいません。」
シャリア、ブラガ、ハリアーが次々に承諾の返事を返す。そのときクーガがエハル長官に向かい尋ねる。
「操兵以外の敵に対処するために、騎兵を何人かお借りできますか?」
「それは無論、最初から隊商に付けてやる事になっていたが。」
「ならば私も問題ありません。フィー、この仕事を受けよう。」
フィーはクーガの承諾に笑顔を返す。彼はエハル長官とライルズに向かい、了承の返事を伝えた。
「この仕事、お引き受けします。出立はいつですか?」
「うむ、明日朝五ツ半には出立予定だ。顔合わせもせねばならんから、それより四半刻前には街の北門前に集まってくれたまえ。それと運ぶ荷の事なのだがね……。」
エハル長官は勿体ぶって言う。
「……鍛冶組合に引き渡す、操兵……狩猟機の部品なのだよ。中でも特に仮面は、万が一の事があっても護り抜いて欲しい。」
「!!……はい、お任せ下さい。」
フィーは一瞬息を飲むが、力強く頷く。エハル長官とライルズも、満足そうに頷いて笑った。
次の日の朝早く、フィー達一同はズクモンドの街の北門前にやって来ていた。3騎の狩猟機からは、重々しい駆動音が響いてくる。もっともその音は、従兵機の様に騒がしくは無い。
そこに荷物を満載した荷馬車が5両やって来る。車引きの馬は、どれも力強そうな馬ばかりだ。そして逞しい軍馬に跨った騎兵達が10人ばかり、それに付き従って来る。そして先頭の荷馬車から降りた人物と、騎兵のうちの1人がフィー達の方へと近寄って来た。騎兵が大声で呼ばわる。
「フィールズ・ウォルドー殿はどちらか!私はズクモンド衛士隊所属の衛士分隊長、レノック・シーズマン!こちらは此度の荷の輸送責任者、ギムナス・ポロッカ殿!」
「俺がフィールズ・ウォルドーです!騎乗より失礼します!」
フィーは自分の狩猟機、ジッセーグ・マゴッツの操手槽を開き、拡声器を使わずに応える。レノックはフィーに向けて見事な敬礼をして見せた。フィーも自分の手と操兵の手で答礼を行う。ギムナスは、フィーに向けて頭を下げて来た。
そこへ1台の従兵機と、1人の騎乗した人物がやって来る。衛士分隊長レノックは一瞬硬直し、即座にその人物と従兵機に敬礼をした。彼の部下達もそれに倣う。フィー達一同もまた、彼等と同じ様に敬礼を行う。騎乗した人物とは、衛士長官エハル・オラスムであった。無論従兵機はフィーの兄、衛士隊長ライルズ・ウォルドーの従兵機である。
エハル長官とライルズの従兵機は答礼する。そしてエハル長官は言った。
「皆、ご苦労。この荷は鍛冶組合にとって重要な物であると同時に、鍛冶組合との関係を重視する我が国にとっても重要な物だ。必ずや王都ルーフェイの鍛冶組合まで届けて欲しい。特に先頭の荷馬車に載せてある仮面だけは、何があっても護り抜く様に頼む。」
エハル長官は、次にフィー達に向き直る。
「荷の安全を、くれぐれも頼むぞ。それと、報酬の前金はここに、後金と当座の経費はギムナス殿に預けてある。操兵が損傷するなりして足が出た場合も、ギムナス殿を通してこちらに請求してくれたまえ。」
「フィールズ、その狩猟機を自在に操ってるなんて、随分腕を上げたんだな。少し嫉妬してしまうよ、ははは。無事に仕事を終える事を期待してるぞ。」
ライルズはフィーに向かい、激励の言葉を送る。エハル長官はクーガに報酬の前金を手渡した。そして隊商の長であり輸送責任者であるギムナスが、一同に号令をかける。
「それでは皆さん、参りましょうか!出発!」
隊列先頭にフィーのジッセーグ・マゴッツ、中程にシャリアのエルセ・ビファジール、後衛にブラガのフォン・グリードルを置いて、隊商は出発した。クーガとハリアーは、フィーのジッセーグに引き続いて、レノック分隊長と共に先頭付近で馬を歩かせている。
フィーのジッセーグは一度だけ後ろを振り返り、ライルズの従兵機に向けて手を振った。ライルズの従兵機も、手を振り返して来る。そしてフィーは機体に前を向かせると、もう振り返る事は無しに進んでいった。
3日が何事も無く過ぎ去ろうとしていた。フィー達を含む隊商の一同は、街道――と言ってもほとんど未整備であり、非常に通行しづらい――沿いの宿場、ソーカ村に到着した。ソーカ村は、宿場とは言ってもさほど施設が完備されているわけではない、普通の農村に毛の生えた程度の物だった。村に一軒きりの宿屋では隊商の全員を収容しきれず、フィー達は空き地に天幕を張って宿泊する事になる。無論護衛の衛士達も同様に、村の中だと言うのにわざわざ野営していた。彼等は同時に、交代で夜中に荷の見張りをする事になっている。
ところが、深夜のある時、荷馬車の見張りをしていたはずの3名の衛士達が、徐にある荷馬車の荷を解きはじめた。警備の為に焚かれている篝火の灯りを頼りに、彼等は荷馬車の荷を漁っていく。
「おい、あったか?」
「あった、多分これだ……。」
「おい、急げよ。」
彼等は荷馬車に複数積まれていた櫃を次々に開ける。そこには緩衝材としての布に包まれた、何やら盾ぐらいの大きさと形をした物が収められていた。彼等はそれを取り出して、中身を確認する。それは人面を模った、素焼きの様な材質の大きな面……操兵の仮面であった。
「うん、間違いない。」
「しかし、これで街には戻れなくなるなあ。」
「仕方無いだろう。何、衛士の仕事じゃあ一生拝めないほどの礼金をたっぷり貰って、どこか他の国にでも逃げるさ。」
衛士達は全部で6枚ばかり出て来た仮面を2枚ずつ担ぐと、その場を立ち去ろうとする。だがその瞬間、彼らは身体が硬直するのを感じる。同時に足元が突如として泥沼と化し、足が取られてしまった。更に一瞬の後、彼等の足元の泥沼は固い岩盤へと変わり、彼等の足を押さえこんでしまう。彼等の身体の硬直は解けたが、彼等は既に1歩たりとも動く事ができなくなっていた。
暗がりから、男が姿を現す。その男はクーガだった。彼は怪訝そうに言う。
「諸君達は、何をしているのかね?……君等が背負っているのは、隊商の荷である操兵仮面だな。これはどう言う事かね?ああ、言わなくても良い。君達が裏切り者だと言う事は、見ればわかる。
……しかしどう言うわけか分からないが、幸いな事に君達は動けなくなっている様だな。」
クーガはしれっと嘘を吐く。彼にこれが、どう言うわけか分からないはずが無い。この裏切り者達を拘束したのは、クーガの練法であるのだから。だがまあ、それを堂々と公言するわけにも行かないのは、知っての通りだ。
そこへクーガの残りの仲間であるフィー達4人と、レノック分隊長がやって来る。その頃になって、クーガの練法が切れたのか、裏切り者達の足は自由になった。裏切り者達はそれに気付くと逃げようとするが、既に取り囲まれている。レノック分隊長は怒声を上げた。
「ペール!モダン!シャンカ!貴様ら、恥を知れ!我らに課せられた命令を無視して盗人の真似事など、衛士の誇りが無いのか!」
「く、そこを退きやがれ!」
ペールと呼ばれた男が、取り囲んでいる者達の中でも弱そうに見えるクーガ――他の者はたとえ女でも、物腰からしてそこそこ強そうに見えた――に長剣で斬りかかった。モダンとシャンカもまた、それに続こうとする。だがモダンに対してはフィーとブラガ、シャンカにはシャリアとハリアーがそれぞれかかって行き、結局は乱戦となった。
クーガは自分も長剣を抜き放ち、ペールの剣を躱しつつ斬り付ける。ペールは囲みを破って逃げるため、必死に斬りかかるが、クーガの防御を崩せない。たまにクーガが体勢を崩しても、そんな時彼は攻撃を放棄して、ペールの攻撃を受ける事に専念してしまう。そしてクーガの攻撃は、ペールを確実に捉えていた。ペールは理解せざるを得ない。クーガはフィー達の仲間内では弱い方だが、決して昨日今日剣を握ったばかりの素人では無いのだ、と。徐々にペールは追い詰められていく。更にはレノック分隊長も、ペールへの攻撃に参加してきた。ペールは絶望にかられ、叫んだ。
「降参だ!降参する!」
ペールは武器を落とす。見ればモダンとシャンカもかなりの重傷を負わされ、地面にへたり込んだまま両手を上げていた。
裏切り者達を縛り上げた後で、レノック分隊長はフィー達に頭を下げた。
「本当に申し訳ない!私の配下から、この様な裏切り者を出すとは、なんともお恥ずかしい次第で……。皆様方が教えて下さらねば、今頃どうなっていた事か……。」
「いや、そこまで恐縮されると俺達も逆に困るんだが……。こっちだって、クーガが気付かなきゃ、みすみす積荷の仮面を持って行かれる所だったんだ。」
ブラガがレノック分隊長を宥める様に言う。そう、クーガはいつも使っている、自分に仕える霊魂を召喚する術を用い、自分達が寝ている間、荷馬車の見張りをやらせていたのである。その用心が無ければ、今頃は裏切り者達の手によって、仮面は持ち去られていた所だった。
やがて他の衛士達も、騒ぎに気が付いて起き出して来る。レノック分隊長は彼等に裏切り者達を任せると、隊商の責任者であるギムナスを起こしに行った。無論、この件の報告と謝罪を行うためである。
その時、ブラガがあらぬ方向に向けて身構える。仲間達は一瞬怪訝な顔をしたが、即座にブラガに倣った。ブラガは叫ぶ。
「ヴァーズバン!」
「ぐおっ!?」
合言葉に従い、秘められた力を開放したブラガの聖刻器の手斧は、彼から5リート(20m)近く離れた場所に猛烈なカマイタチ現象を引き起こす。それに巻き込まれた何者かが、苦悶の叫び声を上げた。
しかしそのカマイタチの威力だけでは、その何者かを倒すには至らなかった様だ。そいつは草を踏みしめる音を残しつつ、その場から遁走した。ブラガは舌打ちをする。
「ち、逃がした。こっちを窺ってやがった。」
「おそらくは、あの裏切り者達と合流しようとした野盗の一味だろうな。こちらに狩猟機が3騎もあったため、直接の襲撃は控えて仮面だけでも盗みだそうとしたのだろう。」
クーガの言葉に、一同は頷く。そんな中、シャリアが首を傾げて言った。
「じゃあこれで、もう襲撃は無いと見ていいのかしら?」
「いや、それはどうかな。一か八かで仕掛けてくる可能性も、無くも無いよ。少なくとも、今後も注意は怠るべきじゃない。」
フィーがシャリアの甘い考えを否定する。シャリアは恥じ入る様に、その身を縮めた。そんなシャリアの肩を、ハリアーが慰める様に叩く。彼等は朝まで睡眠を取るべく、自分達の天幕へ引き上げて行った。
そして彼等は4日目を迎える。夜中に起こされた者が多いため、隊商の責任者ギムナスは出立を半刻遅らせて、その分長く一同に睡眠を取らせる事にしていた。フィー達一同は遅い朝食を摂ると、出立の準備を始める。まずはジッセーグ・マゴッツを駐機していた場所から退けて、その下に埋めていた杭『パイ・ル・デ・ラール』を掘り出す。そしてその杭をジッセーグの背中に積みこむと、落ちない様にしっかりと縛り付けた。
そこへレノック分隊長とギムナスがやって来る。
「おはようございます。流石ですな。もう準備を整えていらっしゃるとは。」
「昨夜は本当にありがとうございました。おかげさまで、大事な荷を盗まれずに済みました。」
「おはようございます、お二方。いえ、まだ荷を王都の鍛冶組合に引き渡したわけではありません。お褒めの言葉はその後でお願いします。」
フィーは真面目な顔で言う。レノック分隊長とギムナスは、感心した顔つきになって頷いた。フィーは昨夜の裏切り者達の処分について訊く。
「ところで昨夜の裏切り者達は、どうなさったんですか?」
「うむ、とりあえずはこの村で預かってもらう事にしましたよ。任務が済んだ後の、帰り道にでも拾って行きます。」
レノック分隊長は、憤懣やるかたない様子で、それでも礼儀正しく答える。自分の部下から裏切り者が出たのが、相当に腹立たしいらしい。
そして出立の刻限になる。一同は隊列を組むと、街道を進み始めた。このまま行けば、この日の内には隣国であるソー・マウスト国へ通じる太い街道に合流する事になる。そこまで行けば人や隊商の往来も多いし、比較的安全だ。彼らは先を急いだ。
だが彼等がソーカ村を出て、2刻ばかり進んだ時である。フィーのジッセーグ・マゴッツから突然叫びが上がった。
『操兵の反応だ!従兵機4台!距離は至近!仮面を外して隠れていたんだ!』
シャリアとブラガも、自身の操兵の感応石を確認する。確かにかなりの近距離に、従兵機の反応が出現していた。それと同時に、ばらばらと14〜15人ばかり、徒歩の人間が街道を塞ぐように現れる。彼等は薄汚い皮鎧を身に着け、長剣なり小剣なり、各々ばらばらの装備をしていた。明らかにまっとうな立場の人間では無かった。そしてそれに続き、4台の従兵機が隊商の前方に現れる。1台はガレ・メネアスと呼ばれる普及型の機体で、他の3台は型式が不明――おそらくは原型が分からないほど徹底的に改造された老朽機――であった。
ガレ・メネアスに乗った男が、その機体の拡声器を使い叫んだ。
『手前ら、皆殺しだ!いいな、1人も逃がすんじゃねぇぞ!』
「「「応!」」」
フィー、シャリア、ブラガの3人は、自分達の機体を前面に出す。そしてその足元では、クーガやハリアーを含めた9騎の騎兵が展開し、隊商の荷馬車を護っていた。徒歩の野盗達は、騎兵達に襲いかかる。そして従兵機は、型式不明の3騎がシャリアのエルセ・ビファジールに、そしてガレ・メネアスがブラガのフォン・グリードルに攻撃した。どうやらまず1騎ずつ仕留めて行く腹らしい。
無視された形になったフィーは、シャリアの援護のため型式不明の1台に斬りかかる。片手持ちの戦斧を持ったその従兵機は、フィーのジッセーグに右腕を斬り落とされた。従兵機の操手の悲鳴が上がる。
『げええぇぇっ!?う、腕がっ!操兵の腕がっ!』
『おい、左腕は無事だろうが!早く武器を拾わねぇか!』
そう言ったもう1台の従兵機に、シャリアのエルセ・ビファジールが二刀流で攻撃した。狙いはこれも相手の右腕である。その従兵機は星球棍を構えていたが、あっさりと腕を破壊されてしまい、星球棍を取り落とす。残り1台は投槍を構え、シャリアのエルセ目がけて突きまくるが、エルセは素早い動きでそれを躱す。
一方ブラガのフォン・グリードルと相対したガレ・メネアスは、渾身の力を込めて斧槍を振り下ろす。しかし一瞬早く、フォン・グリードルの手斧がガレの右腕を叩き斬った。片腕では長大な斧槍を支えきれず、ガレの攻撃は大きく外れてしまう。間髪入れず、フォン・グリードルが左手に持たせた小剣で突くが、これは目標を外し、大振りになってしまう。ブラガのフォン・グリードルは体勢を崩した。もし相手の機体の右腕を奪っていなければ、今頃はやられ放題だったろう。
その時、フィーのジッセーグ・マゴッツに近づく者があった。他の者と同じ様に薄汚れた皮鎧に身を包んだその男は、1本の長さ6リット(24cm)程の、切れ込みがたくさん入った棒を手に、何やら指をその棒に絡める様な仕草をしている。その男の口から、呪句が漏れた。そしてその棒――誘印杖と言う、1種類の予め決められた練法を発動させる道具――が男の手の中で崩れ去ると同時に、男はジッセーグ・マゴッツの足目がけてその手を触れさせた。
フィーがジッセーグの感応石に映し出された輝きに気付いた時には、もう遅かった。ジッセーグの足からその全身に電撃が走り、フィーのいる操手槽にもその電撃が届いたのである。フィーは叫び声を上げた。
『がああああぁぁぁぁっ!!』
『フィー!?』
『フィー!!』
シャリアとブラガがフィーの名を叫ぶ中、ジッセーグ・マゴッツはゆっくりと仰向けに倒れて行く。隊商の方から悲鳴が上がった。誘印杖を使って、フィーのジッセーグを倒した男は、ジッセーグの操手槽へと向かう。
「ふ、この操兵は私が頂くとしよう。まずは操手にとどめを……。」
「そうは行かんな。」
「む!?」
男の行く手を阻む様に、1騎の騎馬が駆け込んで来る。それはクーガであった。彼の後を追って、ハリアーも馬を走らせて来る。クーガは鋭く言葉を発した。
「ハリアー!フィーを頼む!」
「わかりました!」
「さて……。君ごときにフィーを殺させるわけにはいかんな。私が君の相手だ。」
男は鼻で笑う。
「はん、貴様ごときが私に勝てると思ってか?くらうが良い、我が秘術を!」
そう言うと、男はその手を鋭く組み合わせ始める。その口からは、呪句の詠唱が響いた。しかしその詠唱は、途中で尻切れ蜻蛉の様に止まってしまう。男は狼狽して叫んだ。
「き、貴様!?わ、私の秘術を……。」
「何のことかね?では行くぞ。」
クーガは知らない振りをする。勿論この男の術法が途中で止まったのは、クーガの練法による物だ。クーガは心で念ずる事により、相手が結印している術を奪って自分の物にする術を行使したのだ。無論この術は、相手の術を無条件で奪えるわけでは無い。術を奪われる相手との精神力勝負に、圧倒的な差をつけて勝利しなければ、術は奪えないのだ。だが既に一流の力を得ている練法師たるクーガ相手に、多少の術を使えるだけのこの男は、いかにも力不足であった。
そしてクーガは更に心で念ずる事により、自らの長剣に魔力を与える術を発動していた。魔力のこもった刃が閃く。術使いの男は必死に躱そうとするが、躱せない。何度も斬りつけられた男は、血飛沫を上げて大地に倒れ伏した。クーガは馬首をめぐらせる。ハリアーがジッセーグ・マゴッツの操手槽から手を振っているのが見えた。クーガは彼女に頷き、他の敵を掃討するために馬を走らせた。
『あ、兄貴ぃ!もう駄目だぁ!』
1台の敵従兵機から悲鳴が上がる。その機体と頭目格のガレ・メネアス以外は、既にばらばらになって地面にひっくり返っている。見ると徒歩の手下達もまた、隊商を護る騎馬の兵達に追い散らされていた。ガレ・メネアスの男は、予備の鎚矛を操兵の左手に持たせて戦っていたが、そろそろじり貧だった。あの妖術師……練法使いの男が、操兵の1騎は倒す手段があると言っていたため、そうなればこちらは従兵機とは言えど4対2で有利な戦いが出来るはずだった。しかし実際にはこの様である。なおかつ相手の操兵には、何ら深刻な傷は与えていない。
『ちくしょう!逃げるぞ!だがその前に……。こいつだけでも!』
ガレ・メネアスは倒れているジッセーグの腹……操手槽めがけて鎚矛を振り下ろす。ジッセーグの操手槽は開いており、僧服を着た女が操手を助け出そうとしている様子だった。その女とジッセーグの操手が無残に潰れる様子を想像し、頭目格の男はにやりと嫌らしく笑う。
だが、その笑いは凍りついた。
『悪いけどね……。やらせないよ。』
ジッセーグ・マゴッツの腕が上がり、その手に持った破斬剣を突き出していた。破斬剣は、ガレ・メネアスの左腕を斬り飛ばす。巨大な鎚矛が宙を舞った。両腕を失ったガレは平衡を保っていられなくなり、ひっくり返ってしまう。操手であった頭目格の男は、機体から投げ出されて地面に叩き付けられた。
同時にブラガのフォン・グリードルが、最後に残っていた型式不明の従兵機を手斧で叩き斬る。その従兵機の拡声器からは、操手の聞くに堪えない悲鳴が途中まで響いていたが、何処か伝声管が壊れたのか、ぷっつりと途絶えて聞こえなくなった。
騎馬の衛士達に追い散らされていた徒歩の野盗共は、頼みの操兵が全滅したのを見ると、必死で逃げ出した。だが平地で馬からは逃げ切れるはずも無く、全員が斬られて終わる事となる。
フィーはジッセーグを立ち上がらせた。シャリアが心配そうに尋ねる。
『フィー、大丈夫?』
『ああ、あぶない所だったけどね。術使いには気をつけないと。』
「なんと!先程その操兵に走った火花は、妖術によるものだったのですかな!?」
何時の間にか、彼等の足元まで来ていたレノック分隊長が言った。フィーはジッセーグを頷かせる。ブラガもまた、それを肯定する。
『そうじゃなきゃ、フィーがやられたりしねぇって。練ぽ……妖術でも無けりゃ、フィーを倒すのは苦労するはずだぜ?』
「そうですか、いやご無事で何より。」
『仲間のおかげです。さあ、後を片付けて出発しましょう。』
フィーはそう言って、ジッセーグを操って道を塞いでいる敵従兵機の残骸を脇に押し退けはじめる。シャリアとブラガも、それを手伝った。衛士達は、生き残っている野盗共を縛り上げている。この野盗共は次の宿場にて、村人達に預かってもらう事になる。死んだ野盗の死体は、操兵を使って適当に穴を掘り、埋めてしまった。
それ以後は、野盗の姿は見なかった。流石に虎の子の従兵機4台を潰された以上、動きようが無かったのだろう。途中の宿場で1晩泊まり、次の日の昼頃には、隊商はセルゲイ自治国家の王都ルーフェイに辿り着いていた。
荷を鍛冶組合の建物に運び込み、ついでにフィー達の操兵も鍛冶組合に預けた後、隊商の責任者であるギムナスは、フィー達一同に報酬と操兵の修理代他の諸経費を手渡した。
「いや、今回は貴方がたがいなければ、どうなっていた事やら。厚く御礼申し上げますぞ。」
「いえ……。そこまで言われるほどでは。途中で妖術相手に、思わぬ不覚も取りかけましたし。」
「いやいや、あれは仕方のない事でしょう。それに敵を率いていた者にとどめを刺したのは、貴方ではありませんか。」
「そう言えばよ、ギムナスさん。あんた商人連中の噂に詳しいかい?いや、な。俺達は今、ある呪われた品物を探してるんだけどよ……。」
フィーと語り合うギムナスに、ブラガが『オルブ・ザアルディア』について尋ねたのは、ほんの稚気であったろう。彼は宝珠の外観と、持ち主の身体を弱くする呪いについて詳しく説明した。無論、答えが返ってくるなぞ期待してはいない。だがギムナスの答えに、彼ら一同は驚愕する事になる。
「おお、聞いた事がありますぞ。このルーフェイ近くのある農村で、新たに開墾された土地を耕している最中に、そんな物が掘り出されたとか言う話を……。」
「なんですって!?」
「おいギムナスさん!そりゃ本当かいっ!」
「その事について、詳しく教えてよ!」
フィー、ブラガ、シャリアの反応に、ギムナスは思わず1歩引いた。それを見て、フィー達は慌てて謝罪する。
「す、すいません。驚かれましたか?」
「すまねえギムナスさん。いや、正直ここでその話を聞けるとは思わなかったもんでよ……。」
「ご、ごめんねギムナスさん。」
「い、いえ、良いんですよ。はは、ははは。」
引き攣り笑いを返すギムナスに、ハリアーが深々と頭を下げる。
「お騒がせして、申し訳ありません。ですが、その宝珠は本当に危険な物なのです。我々はそれを封印し、最後には破壊するために旅をしているのです。お願いします。どうかそのお話を、詳しく聞かせていただくわけには参りませんでしょうか。」
ハリアーには、彼女が持つ聖なる冠と指輪に付いた宝石――『聖冠レイル』と『奇跡の石』――によって、非常識なまでの威厳が備わっている。その様な人物に頭を下げられて、ギムナスは焦った。彼は泡を食って、べらべらと話の内容を喋り始める。
「え、ええと確か、ルツビ村とか言いましたな、その村は。その村である農夫が荒れ地を開墾しましてな。耕している途中に、鋤が何かにガツン!と当たりまして。で、鉄製の鋤の先端が欠けたそうなんですよ。ぎょっとした農夫がそれを掘り起こしましてな。出て来たのが、その宝珠だそうなのですよ、はい。
その宝珠は、何やら手に持つと身体の具合が悪くなるそうで、その農夫は自宅に持ち帰ったものの、持て余しましてな。庄家に相談したら、庄家が買い取ってくれたそうなんですよ。その庄家は自宅の庭に作った豊穣の神、オーダイナ神の祭壇にそれを捧げて祈ってたと言う話です。
しかし何処にも罰当たりな輩はいるものですな。ある日その宝珠は、その祭壇から盗みだされたそうなんです。よりにもよって、神様への捧げ物を盗み取るとは、なんと罰当たりな。ああいや、そう言えば呪いの品物と言う話でしたな、ソレは。では盗まれて幸いだったかも知れませんなあ。そんな代物を神様に捧げていた庄家の方に、罰が当たりそうですな。ははは。
いや、何故これが商人連中の噂になってるかと言いますとね。その宝珠を宝物と見て、買い取ろうとした商人が何人もいまして。ですがその庄家は宝珠を手放そうとはしなかったんですな、コレが。ですが最初からそんな呪いの品物だと分かっていれば、誰も買い取ろうとは……。」
結局の所、宝珠は行方不明と言う事である。フィー、シャリア、ハリアーはがっかりした。しかしブラガとクーガはそうでも無かった。クーガはブラガに目配せをする。ブラガもまた、彼に頷いた。ブラガはギムナスに礼を言う。
「ありがとよ、ギムナスさん。おかげで今まで五里霧中だったのが、何とかなる目が出て来たぜ。本当にありがとよ。」
「?……今みたいな話で、本当に良かったんですかな?」
「ああ、何も分からねぇよか、ずっとマシって物だぜ。」
ギムナスは未だに訳が分からない様子だったが、相手が満足しているなら、と頷く。一方フィー、シャリア、ハリアーは、今の話の何処に手がかりがあるのか、全然分かっていない。そんな彼等に、クーガが小声で説明する。
「宝珠が『盗まれた』と言う事は、盗賊連中の情報網に引っ掛かる可能性が高い。ブラガであれば、盗賊達から情報を買う事もできよう。」
そこまで言われれば、彼らにも事情が分かった模様である。フィー、シャリア、ハリアーの顔色が、ぱっと明るくなった。3人は口々にギムナスに礼を言う。
「本当にありがとうございました、ギムナスさん!」
「助かるわ!ありがとうねギムナスさん!」
「お話をお聞かせいただき、実にありがとうございました。お陰さまで、とても助かりました。」
「いえいえ、お役に立てたなら幸いですよ。それでは私はそろそろこの辺で失礼させていただいてもよろしゅうございますかな?」
一同はギムナスに別れの挨拶をする。ギムナスは笑って別れを告げると、王都ルーフェイに最近開いたと言う彼の支店へと去って行った。フィー達は互いに顔を見合わせると、頷き合う。ブラガは口を開いた。
「さて、こっから先は俺に任せてもらう事になるな。勿論、トオグ・ペガーナの連中とかに狙われたら堪んねぇから、誰かに付いて来てもらうけどよ。」
「じゃあ俺が。」
「あ、あたしも行く。」
今にも飛び出しそうな3人を、クーガとハリアーが引き留める。
「まあ待ちたまえ。まずは今夜の宿を決めてからだ。」
「そうですね。まず拠点を定めないと。全てはそれからですよ。」
彼ら5人は徐に歩き出した。目指すは宝珠『オルブ・ザアルディア』である。彼等の眼差しは厳しい。果たして今回は、大事になる前に宝珠を手に入れる事ができるのだろうか。それは誰も、知る由も無かった。
あとがき
フィーの背景設定が、こんな所で表沙汰になりました。実はフィーは騎士の家の出だったんですね。まあ、そうでもなければ、一介の絵師が操兵の操縦能力なぞ持っているわけも無いのですが。所で彼には、もう1人兄がいます。その人物も、その内出て来るかも知れませんね。
さて、パーティの面々は首尾良く宝珠の手がかりを掴む事ができました。今度は大騒ぎにならない内に、それを手に入れる事ができるでしょうか?まあ前回が戦争絡みで大事だったんで、今回はあまり大仰にはしないつもりですが。
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