「ロモー高原の戦い」


 強い西風が吹く中、黒鉄の軍団がその風に逆らい、スカード島中央部の1国、キムナストの地を西へ進軍していた。非常に多数の操兵が、大地を踏み固めながら歩いて行く。その周囲には、総勢2,000人は越えようかと言う騎兵や歩兵が、同じく西を目指して進んでいた。
 彼等はオルノーサ王家が中心となって創設したスカード島連合が送りだした、キムナスト国救援部隊である。キムナスト国はつい先頃、スカード島西海岸の国々が手を組んだ、西海岸同盟の手によって侵略を受けていたのだ。同盟の戦力は、到底キムナスト1国の手におえる物では無かった。それ故キムナストは東側に領地の隣接しているオルノーサ王家に救援要請を発し、オルノーサ王家とスカード島連合はそれに応じて救援部隊を送りだしたのである。
 だがこの救援部隊の任務は、1戦する事もなく果たされた。西海岸同盟のキムナスト遠征軍は、それまで取りかかっていたキムナスト第2の都市であるベーゾン市攻略を途中で放棄し、撤退したのだ。その理由はいくつか考えられる。まず第1は、ベーゾン市を救援に向かっていたスカード島連合軍救援部隊およびキムナスト軍の規模が、西海岸同盟キムナスト遠征軍よりも規模が大きかった事。第2は後方の補給路であったはずの占領地ミレイル国が、その首都ミレノをスカード島連合軍別部隊により奪還された事である。
 西海岸同盟軍は、これらの事情によりキムナスト攻略を一時断念し、未だ自分達の勢力圏内であるミレイル国西半分を防衛するために戦力の集中を図っている物と思われた。そしてキムナスト国救援部隊として派遣された連合軍は、その任務を変更した。彼等の新たな任務は、撤退した西海岸同盟軍を追撃し、未だ敵の占領下にあるミレイル北西部を奪回する事になったのである。
 ところでこの軍団の中に、風変わりな一団が紛れ込んでいた。スカード島連合軍の操兵隊は、狩猟機が20騎余り、従兵機が40台ばかりと、かなりの数である。もっとも、各国から派遣された寄せ集めの兵力ではあったが……。そして狩猟機の大半が、マルツ・ラゴーシュと呼ばれる標準的な機体であり、従兵機もその過半が、ガレ・メネアスと言う従兵機の標準機であった。だがその風変わりな一団は、ジッセーグ・マゴッツ、エルセ・ビファジール、フォン・グリードルと言った3騎の高性能狩猟機を擁していた。そしてそれにも関わらず、彼等は軍の最後尾を歩いていたのである。
 フォン・グリードルから声が上がる。この狩猟機を運用している男……ブラガの声だった。ちなみに彼は手練士――盗賊の別称――でもある。

『次の宿営地まで、あとどれぐらいだ?』
『1刻ぐらいですね。』

 ジッセーグ・マゴッツから、その操手であるフィーがその問いに答えた。フィーは狩猟機3騎の操手の内、最も操縦の技量が高く、同時に操兵の操縦に関しては、他の2人の師匠でもあった。
 その時、エルセ・ビファジールからも声がする。若い女……シャリアと言う少女の声だ。彼女は女だてらに剣士をやっており、長剣と小剣の二刀流を得意としている。

『先行偵察してる物見からの報告は、どうなってるのよ?敵軍と接触するには、あとどれぐらいなのよ?』
「我々の様な末端までは、一々報告の内容を伝えたりはしないだろうね。」

 操兵の足元で、馬に騎乗している男が言う。その男の顔は、不気味なほどに無表情であり、感情を感じさせない。その声も平板である。彼の名はクーガと言い、一行の知恵袋的存在であった。フィーが、彼の台詞を補う様に言う。

『出発前の軍議では、対決の場所はロモー高原って言われる所になるだろうって話だったけどね。』
『軍議、かあ……。あたし達は狩猟機の操手だからって、一応出席は許されたけど……。ハリアーとクーガは出席すら許されなかったもんね。あたしたちも聞くだけしかダメだったけど、さ。
 なんか面白くない。』
「シャリア、私達はかまわないんですよ。それに私達はあまり目立つ事は避けたい事情もありますし。」

 クーガの隣で馬の轡を並べていた、さほど歳が行っていない少女にも見える女性……ハリアーが、シャリアを宥める様に言う。ハリアーとクーガは各々、異教の僧侶と異端の練法師であり、その存在を大っぴらにしては宗教的に色々とまずいのである。
 彼等はこの軍隊の、正式な一員では無い。彼等はある目的を持ってこの軍勢に加勢している、山師――古代遺跡を探索したり、様々な問題事を解決して報酬を貰ったり、そうして生活している者達の俗称――である。彼等の目的とは、ある呪われた神器を破壊する事だ。その神器は、『オルブ・ザアルディア』と言う名の、邪悪な力を持った宝珠で、全てで8つ存在しているらしい。そしてその宝珠は、8つ全てを集め、その上で破壊しなければならないらしいのだ。
 現在彼等の手元にある『オルブ・ザアルディア』は4つ。そして残る4つのうち、1つを西海岸同盟の盟主であるダーヅェン・バリスタと言う男が所持しているのだ。それ故にフィー達一同は、西海岸同盟軍を討伐するスカード島連合軍に協力し、一時的にではあるが従軍しているのだ。
 フィー達一同は軍隊の隊列最後尾に付いて、馬や操兵を歩かせ続けた。



 夜遅いと言うのに、明々と篝火が焚かれ、警備の兵士が歩き回っている。ここはスカード島連合軍の宿営地だ。明日の午前中には、戦いの地であるロモー高原に着く事ができるとあって、戦の主力である操兵の騎士達や従士達は、ぐっすりと休んでいた。一方、休みなく働いていたのが、従軍している操兵鍛冶師達である。彼等は明日の戦いに備え、操兵を万全の状態に保っておくべく、夜を徹してその調整に当たっていた。
 フィー達もまた、見張りを一般の兵達に任せてゆっくりと休んでいた。これは彼等が狩猟機を3騎も所持しているので、一応は騎士に準ずる扱いをされているためだ。もっとも本物の騎士から比べれば、かなり低い扱いでしか無いが。事実、彼等の天幕は外周部に近い所に置かれている。
 だがフィー達が天幕の中で毛布に包まれて横になり、眠りに落ちようとしていたその時である。突然外で絶叫が響き渡った。フィーは飛び起きて叫ぶ。

「なんだ!?」
「外だ!」

 ブラガも跳ね起きて言う。見れば、彼等の仲間達は皆目を覚まし、その手に武器を取り駆け出そうとしている所だった。フィー達は急いで天幕の外へと走り出る。
 そこには同僚に斬りつけている、見張りの兵士達の姿があった。一様に彼等は狂乱し、口の端からは泡を吹いている。絶叫は、彼らに斬られた兵士の物だったのだ。あちこちから、兵士が集まって来るが、狂乱しているのは仲間の兵士だと言う事で、手を出しかねている。
 ハリアーは叫んだ。

「一寸の間、私を護ってください!」

 彼女は狂乱している兵士達の直中へと飛び込んだ。シャリアとフィーがその後を追う。ブラガもそれに続こうとしたが、クーガがそれを止めた。

「待ちたまえ。フィーとシャリアが行けば、この場は充分だ。それよりも我らは、他に何か起こらないか注意しておくべきだ。」
「……こいつは陽動か?」
「おそらくは。」

 ブラガの確認に、クーガは頷きを返す。彼ら2人は、耳を研ぎ澄ませた。そして別の騒ぎが起きる。操兵の整備櫓の方向だ。ブラガとクーガは走りだした。
 ハリアーは八聖者に祈りを捧げ、招霊の秘術を行使せんとしていた。その術は、狂乱している人間を平静に戻すための術である。その彼女に、兵士達は襲いかかる。だがハリアーと兵士の間に、シャリアが割り込んだ。

「こんの……。斬ったら、まずいよね?」
「ハリアーさんが術を使うまで待つんだ!」

 フィーが叫びつつ、破斬剣で兵士の長剣を受け止める。兵士の顔は恐怖と狂気に歪んでおり、いかにも恐ろしげだ。だが流石にフィーもかなりの修羅場を潜って来ているだけの事はあり、動じない。彼は狂乱している兵士達の攻撃を、引き付けて躱す事に集中する。シャリアもまた、それに倣った。
 そしてハリアーの術が発動する。

「八聖者よ!恐怖を払う御力を!」
「ひいいぃぃぃ……あ、あれ?」
「ぐあああぁぁぁ……な、何だ?何が一体?」
「お、俺達は何を……。」

 たった今まで狂乱していた兵士達は、落ち着きを取り戻した。ハリアーは急いで彼等に斬られた兵士の元へ向かう。

「……大丈夫です。出血はひどく見えますが、傷はさほど深くは無いですね。」
「ハリアー、一体どうしてこんな事に?」

 シャリアが怪訝そうに言う。見ると、狂乱して暴れていた兵士達はやって来た他の兵士達に捕らえられ、必死に言い訳をしている。

「ま、待ってくれ。俺は……こんな事、するつもりじゃあ無かったんだ。警備をしてたら、突然暗がりからあの男が現れて……。」
「ああそうだとも。あの男が突然何やらぶつぶつと呟いたかと思ったら、物凄く全てが恐ろしくなって……。あの男のせいだ、俺達のせいじゃ無い。」

 ハリアーは、それを聞くと即座に〈聖霊話〉を行う。〈聖霊話〉とは、高位の招霊系僧侶にのみ使用できる技で、周囲の大気に満ちる聖霊と意志疎通を行う事により、周囲の情報を知る事ができると言う物である。ハリアーはしばらくの間、じっと精神を集中していたが、やがて目を開けて言った。

「邪悪な存在が、この宿営地から離れて行きます。」
「……そう言えば、操兵を置いてある方でなんか騒ぎがあったみたいだよね。治まったみたいだけど。」
「間者が入り込んで、従兵機を奪ったのだよ。」

 シャリアの台詞に応えたのは、クーガだった。彼は何時の間にか戻って来ていたのである。クーガは続けた。

「こちらで騒ぎを起こし、その隙に従兵機を奪って、点検整備中の操兵を破壊しようとしたのだ。幸いな事に、奪われた従兵機がガレ・メネアスだったので、外から操手を攻撃できたがね。被害も従兵機1台が軽く損傷しただけで済んだ。」

 ガレ・メネアスと言う型式の従兵機は、操手槽が開放型になっており、外から操縦士である操手の姿が丸見えなのだ。フィーは姿の見えない残り1人の仲間について聞く。

「ブラガさんは?」
「彼はお偉方への説明に、現場に残った。私は基本的に短剣を投げて気を引いただけで、敵の間者を倒したのは、彼が使った彼の手斧の力だからね。」

 クーガは淡々と答えた。ちなみにブラガの手斧とは、その名を『切り裂きの斧』と言い、強力なカマイタチ現象を起こす練法の力が秘められている。ブラガはそのカマイタチの力を用いて、操兵を奪った間者を倒したのだ。
 狂乱した仲間に斬られた兵士の傷を手当しながら、ハリアーは言葉を発する。

「先程の兵士達を恐慌状態に陥れたのは、おそらく僧侶の使う秘術でしょう。」
「僧侶の使う秘術って……。じゃあもしかして!」

 シャリアの言葉に、ハリアーは頷いて見せる。

「ええ、おそらく間違いはありません。トオグ・ペガーナの僧がまだいたのです。それも、結構な格の使い手が。」

 フィーとシャリアは天を仰いだ。だがクーガに動じた様子は無い。

「かも知れんがね。だが我々には君と言う心強い味方がいる。負けはしないとも。」
「……あまりおだてないでください、クーガ。」

 ハリアーの顔は赤くなっている。クーガはそ知らぬ顔だ。2人の平然とした様子に、フィーとシャリアの顔にも笑みが戻った。
 ちなみにその頃、ブラガはお偉方に事情を説明するため、慣れぬ敬語に四苦八苦していた。



 スカード島連合軍がそこに到着したとき、ロモー高原には既に西海岸同盟軍が布陣していた。同盟軍のその数は、狩猟機17騎、従兵機25台、騎兵が700、歩兵が2,300と言うかなりの兵力である。操兵の数や騎兵、歩兵の数がベーゾン市を攻めた時より若干増えているのは、ミレイル北西部に残されていた残存兵力を動員したのであろう。
 しかしスカード島連合軍は、それ以上の戦力を揃えていた。騎兵歩兵の数こそ西海岸同盟軍に劣る計2,100名だったが、狩猟機は22騎、従兵機に至っては41台である。更に員数外として、フィー達の3騎の狩猟機も参加していた。操兵の数にこれだけの差があれば、人間の兵が1,000弱ばかり違った所で連合軍の有利は動かない。
 両軍は高原の中央で睨みあった。そして双方の主将同士の名乗り合いが戦場に響く。まずは西海岸同盟軍の旗操兵らしき、旗を持ったアーシュ・ドラーケン――極めて豪奢に造られた高級機だが、性能そのものは低い――から声が上がる。

『我は西海岸同盟、ミレイル地方派遣軍主将にしてバリスタ国将軍たるグーデル・ドットである!このスカードの地に永久なる平和を齎そうとするダーヅェン様の覇業を阻む者達よ!このロモー高原の地にて潰えるが良い!』

 それに応える様にして、スカード島連合の軍旗を持ったフォン・グリードルからも名乗りが上がった。

『私はスカード島連合軍、北西ミレイル派遣軍主将、キラムニア国筆頭騎士、テラー・マクガナル。あの大いなる争乱が終わり、スカード島にようやくもたらされた平和を破壊せんとする者が何を言うか。貴公らの戯言など、聞く耳持たん。すぐに貴公を剣の錆にしてくれる。覚悟しておけ。』

 そして双方の主将の狩猟機は、旗を前方へ振った。両軍の前衛が前に進み出て、真正面からぶつかり合う。ここで互いが取った作戦は、何の策も無い力押しであった。だが操兵戦力に勝るスカード島連合軍からすれば、この作戦は間違ってはいない。多少の損害は出るであろうが、ここで敵の主戦力を磨り潰しておけば後々楽になると、主将たるテラーはそう考えたのだろう。そして何の芸も無い真正面からのぶつかり合いならば、下手な策を弄する余地は無い。地力に勝る方が勝利するのだ。
 フィー達の狩猟機は、従兵機隊と共に前衛に配置されていた。大抵傭兵等の操兵は、ここ前衛の位置か、あるいは遊撃戦力として扱われる。それを考えれば、彼等がこの位置に配置されるのは理の当然と言った所だ。彼等に期待されている役割は、敵前衛に歩兵支援の役割で配置されている従兵機群を、排除する事である。
 基本的に、フィー達にはこの位置に配置される事に不満は無かった。彼等が望んでいるのは、勝負がついた時に、彼等が戦場にいる事である。この戦場の何処かにいるはずの、ダーヅェン・バリスタが持っている宝珠を奪う事ができる位置に、彼等は居なければならないのだ。
 フィー、シャリア、ブラガの3人は、フィーのジッセーグ・マゴッツを頂点とした三角陣形を取り、前進する。目標は、一番近くの従兵機群だ。台数は4、内訳は2台がガレ・メネアス、2台が型式不明の機体――おそらくは老朽化した中古従兵機――である。フィーはジッセーグに魔力を帯びた破斬剣を構えさせ、突撃させた。目標は一番前のガレ・メネアスだ。僚機たるシャリアのエルセ・ビファジールもまた、長剣と小剣を抜き放ち、別のガレ・メネアス目がけて疾走した。もう1騎の僚機であるブラガのフォン・グリードルは、主武器が突撃向きではない手斧であるために突進はせず、慎重に歩を進めている。

『おおおおおお!!』

 フィーは雄叫びを上げた。それはまるで彼のジッセーグ自体が叫んでいる様にも見える。フィーの目標となったガレ・メネアスは、斧槍を高く上げて振り下ろす。だがその緩慢な動作では、フィーのジッセーグを捉える事はできない。ジッセーグ・マゴッツは軽くその一撃を躱すと、その懐に飛び込んで魔剣による刺突を浴びせた。ガレ・メネアスのさして厚く無い――それでも従兵機としては充分な――装甲は、あっさりと突き破られる。内部構造を目茶目茶に破壊されたガレ・メネアスは、その不格好な全身から血飛沫を上げてばらばらになった。見ると、シャリアもまた突撃を成功させて、もう1台のガレ・メネアスを粉砕している。そこへブラガのフォン・グリードルが到着し、型式不明の従兵機の1台に攻撃を見舞った。



 クーガとハリアーの2人は、主戦場から離れた場所を馬で走っていた。彼らは、ダーヅェンの位置を確認しておくために別行動を取っていたのだ。もっとも、戦場で彼らに出来る事など――遠慮せず術法を使えば話は別だが――あまり無い。それ故、彼等は仲間達を支援せずに、こうして戦場を大きく迂回して、敵陣の後ろへ回り込んだのである。
 クーガはブラガから借りて来ていた『遠眼鏡』を覗きこむ。もっとも今は、それに秘められた練法の力は使わずに、普通の望遠鏡として用いているのだが。

「……やはり、いるな。」
「ダーヅェンですか?」
「ああ。ダーヅェンの物と思しき豪奢な馬車が、本陣にある。」

 2人は互いの目を見つめる。ハリアーが口を開いた。

「……どうします?」
「とりあえずは連合軍の勝利を信じて、この場で隠れて待とう。戦況が不利になれば、おそらくダーヅェンは逃げ出すだろう。そこを狙うのだ。
 ただ問題は、トオグ・ペガーナの僧侶と、来るか来ないか分からないが白翼と名乗る風門練法師だな。」

 クーガの言葉に、ハリアーは真剣な顔で頷いた。



 フィーは4台目の敵従兵機を仕留めていた。シャリアとブラガも、それぞれ3台と2台の敵従兵機を破壊している。逆に彼等が被った損害は、殆ど無かった。これは彼等の技量が上がっただけでは無い。彼らの戦い方が上手くなったのだ。フィー達は、敵と相対するに当たり、まず最初に相手の右腕を狙っていた。その事により、敵の武器を封じるのである。敵の武器を封じれば、相手の反撃も恐くは無いのだ。
 フィーは叫ぶ。

『よし、次はどいつだ!?』
『フィー、機体の消耗は大丈夫か?』
『ええ、まだまだ行けます!』

 ブラガの問いに、力強い返事を返したフィーは、だが感応石を見て舌打ちをする。

『狩猟機が来る!』
『何っ!?やべぇ!』
『ほんとだ!まっすぐこっちに来る!』

 ブラガとシャリアが叫ぶ。感応石には従兵機2台を連れた狩猟機の光点が映し出されていた。フィーは仲間2人に向かい、指示を出す。

『2人は護衛の従兵機をやって!俺は狩猟機を相手にします!』

 やがて敵の狩猟機が、フィーのジッセーグの前に立つ。フィーはその狩猟機に見覚えがあった。つい先日、彼はその狩猟機と闘ったばかりである。彼は敵操手の名を呼んだ。

『テイダーン・ズナイク将軍!なんであんたみたいな高い位の人がこんな前衛に!?』
『……ベーゾン攻めの失敗による懲罰よ。いくらなんでも、この様な辱めを受けるとはな……。なれどこの懲罰も、そう悪い事ばかりでは無いな。フィーよ、お前に戦場で会えて、嬉しいぞ。いざ、勝負!』
『……受けましょう。いざ!』

 フィーのジッセーグ・マゴッツと、テイダーンのトグル・ヴァーンは軽く剣を打ち合わせて礼に代え、一騎討ちを開始した。



 フィーとテイダーンの勝負は、正直な所を言えば、はじめから結果は決まっていた様な物だった。フィーのジッセーグ・マゴッツは突貫修理とは言え、ほぼ完全であったのに対し、テイダーンのトグル・ヴァーンは懲罰か何か知らないが、碌な修理を受けていなかったのである。3、4合剣を交えただけでトグル・ヴァーンはその機体から蒸気を吹き上げ、関節部からは血と冷却水が飛沫となって飛び散り始めた。思わず剣先が鈍ったフィーに、テイダーンは言い放つ。

『情けをかけるか!だがそれこそが最大の侮辱と知れ!さあ、本気で打ち込んで来んか!』
『……ご無礼を致しました。……参ります!』

 フィーのジッセーグ・マゴッツは、渾身の一撃を見舞う。トグル・ヴァーンの肩口に入ったその一撃は、反対側の脇腹に抜けた。トグル・ヴァーンの拡声器から声が漏れる。

『見事……。我の最後の相手が貴様で良かったぞ、フィーよ。』

 そしてそれを最後に、テイダーンは永遠に沈黙した。フィーは黙したまま、トグル・ヴァーンの首級を取る。それが敗者への礼儀であるからだ。そしてフィーは叫んだ。

『ノーゾ国にその人ありと知られし、テイダーン・ズナイクと、その愛機トグル・ヴァーン!このフィーが討ち取ったり!』

 周囲の兵士達や従兵機隊から、歓声が上がる。味方の士気はこれ以上無いと言うほどに上がった。見ると、シャリアとブラガも自分が相手をした従兵機を下している。フィーは自分の重くなった気を取り直すと、次の敵を探し始めた。



 戦況は、明らかにスカード島連合軍側に傾いていた。いや、連合軍の圧勝と言っても良い。その原因は、明らかに前衛に配置されていたフィー達、特にフィーの、予想外の活躍である。フィー達の本来の役割は、敵前衛に配置されている歩兵支援の従兵機の排除であった。しかし今、西海岸同盟軍は中堅に配置していた狩猟機群まで徐々に前線に投入して来ており、なおかつフィーとその仲間達はそれさえも圧倒しているのである。西海岸同盟軍は、愚かにも戦力の逐次投入の愚を犯していた。そして操兵戦力をフィー達に潰されているため、歩兵騎兵同士の戦いは、支援従兵機が存在するスカード島連合軍が圧倒的に押していた。
 スカード島連合軍の主将たるテラー・マクガナルはしばし迷う。だが彼は決断した。ここで一気に全戦力を投入して勝負を決める、と。彼は機体を操作し、旗を前方に振らせる。これは総攻撃の合図だ。中堅、後衛に配置されていた狩猟機群および残存従兵機群が、一斉に前進を始めた。それに気付いた西海岸同盟軍もまた、残された全戦力を前に出す。主としてマルツ・ラゴーシュで構成された両軍の狩猟機隊は、お互いにぶつかり合った。従兵機隊も、全力でそれを支援する。鋼と鋼が激突し、破片が飛び散った。



 フィーは新たな敵と相対していた。その敵の狩猟機は、先程倒したトグル・ヴァーンと色こそ違う物の、機体形状は瓜二つである。フィーはその狩猟機に向けて話しかけた。

『貴方はテイダーン将軍の兄、ジャバー・ズナイク将軍ですね?』
『おお、その通りである。されど1つだけ間違っておるな。我も弟同様、ベーゾン攻めの敗退により、将軍職を停職させられておるのだ……。貴様がフィーか。弟に操兵騎士としての見事な最期を与えてくれた事、礼を言うぞ。どうせあのままでは、弟に未来は無かったのだ。衆人の前で、懲罰として我らに与えられし、この恥辱。貴様と決着をつけると言う約定が無ければ、弟は自害の道を選んでいたやも知れぬ。』
『ま、待ってください。何故貴方がたはそうまでしてダーヅェンに従うのです?』
『ダーヅェン殿に従っているわけではない。我らは我が国の主君、ケネフェス・ノーゾ様の命に従っているだけだ。その命でなくば、何故あの様な怪しげな僧侶達を受け入れる物か……。と、お喋りが過ぎたな。』

 ジャバーは自らの狩猟機に破斬剣を構えさせると、フィーに向かい言った。

『さあ、我とも立ち会って貰おうか、フィーよ!我が狩猟機、ジャグル・ヴァーンをも、見事討ち倒して見せよ!』
『……。わかりました、お受けいたします。』

 フィーとジャバーは、お互いの狩猟機に剣を軽く打ち合せて礼に代える。そして両者は叫んだ。

『いざ!』
『いざ!』

 ジャグル・ヴァーンは破斬剣を上段に構え、振り下ろして来た。フィーはジッセーグ・マゴッツに機体を逸らさせてそれを紙一重で躱させると、下段に構えさせていた魔剣を斬り上げさせる。ジャグル・ヴァーンはその一撃を躱そうとせずに相打ちを狙い、振り下ろした剣を突き出して来る。
 ……ジャバーは弟とは違い、本来後方で指揮を取る事に長けた将なのだ。それ故、操手として格上のフィーに勝つには、相打ち狙いで機体の装甲と耐久力に頼るしか無かったのである。だがフィーの機体の動きは速い。その剣先は追い付いていかず、ジャグル・ヴァーンは胴体に深い傷を負っただけに終わる。ジャバーは拡声器から叫んだ。

『ぬぬ、やるな!』
『はああぁぁぁっ!!』

 フィーのジッセーグは続けざまに斬り付ける。ジャバーには剣筋が見えなかった。仕方無く彼は再度相打ち狙いの戦法で、操兵に剣を横に振らせる。だがその剣は、ジッセーグ・マゴッツの装甲表層を軽くかすめただけだ。そしてジッセーグの魔剣が、深々と胴体に斬り込んで来る。その剣は操手槽まで達した。飛び散った破片が、ジャバーを傷つける。

『ぐうっ!まだまだぁ!』
『……決めさせてもらいます!はあああぁぁぁ!』

 フィーは気合いの声を上げた。ジッセーグ・マゴッツは魔剣を上段に構え、渾身の力を込めて振り下ろす。ジャバーのジャグル・ヴァーンは必死に破斬剣を突き出す。最後まで相打ち狙いだ。しかしその執念は実らず、ジッセーグの魔剣がジャグル・ヴァーンを肩口から左右真っ二つにする方が早かった。ジャグル・ヴァーンの破斬剣は勢いを失い、ジッセーグの装甲にわずか5リット(20cm)と言った所で止まる。真っ二つになったジャグル・ヴァーンの胴体の隙間からは、機体同様に身体を断たれたジャバーの姿が見えた。
 フィーはジャグル・ヴァーンの首級を取ると、勝ち名乗りを上げる。

『ノーゾ国の将、ジャバー・ズナイクとジャグル・ヴァーンは、このフィーが討ち取ったぁ!』

 その勝ち名乗りに、周囲の兵達からどっと歓声が上がる。だが、そう叫んだフィーの胸中は穏やかでは無く、勝利に高揚してもいなかった。テイダーン・ズナイクとジャバー・ズナイク、どちらも誇り高く、名誉を重んじる男であった。噂では蛇の様に執念深いと言う事であったが、その噂が本当であったとしても、彼等が高潔な人柄である事は間違い無い。その様な男達が、ダーヅェン・バリスタの起こした戦が元で懲罰を受け、辱めを受けたあげく、せめて戦死して不名誉を雪ぐ事を選んだのである。
 第一、勝敗は兵家の常である。一度敗北した程度で、懲罰としてあの様な辱めを受けるなど、理不尽に過ぎると言う物だ。フィーは怒りを覚えた。彼の脳裏に、謂われ無い辱めを受けて憤死した、彼の父の姿が浮かぶ。彼は操手槽内で、小さく呟いた。

「ダーヅェン・バリスタめ……。」

 そこへ、仲間達の機体が駆け寄ってくる。

『フィー、大丈夫!?』
『まだ機体は持つか?』

 シャリアとブラガの声に、フィーはジッセーグの首を頷かせる。見ると、彼等の操兵は若干ながら損傷を受けている様だ。フィーは問い返す。

『シャリアやブラガさんこそ、機体は大丈夫?それに怪我とかしてないですか?』
『あたしとエルセは、まだ大丈夫。一寸装甲が痛んだだけ。怪我は打ち身がちょっとあるだけよ。』
『俺のフォン・グリードルはちょいと反応速度が鈍ったが、まだ何とか。』

 シャリアもブラガも、まだまだ元気の様だ。フィーは操手槽内の検血管と検水管を確かめる。血液はまだ綺麗だが、冷却水が多少減っており、熱くなっている。しかしもうしばらくであれば、戦えそうだ。フィーは仲間達に向かって言う。

『じゃあ、本隊の支援に回りましょう。本来相手すべき敵前衛従兵機隊は、全部やったしね。ただ、皆多少なりとも消耗御してるみたいですし、無理はしない様に。』
『わかったわ!』
『おう!』

 フィー達は、操兵を走りださせた。



 クーガは『遠眼鏡』を只の望遠鏡として使い、丈の高い草の中から敵本陣の様子を窺っていた。当然の事ながら、彼は既に仮面を被っている。彼は突然叫ぶように言った。

「まずい!」
「ど、どうしたんですクーガ!」

 ハリアーがクーガに問いかける。クーガは馬の方へ早足で歩きながら言った。

「ダーヅェンの馬車が、前線へ向かう。」
「え?逃げ出すんじゃ、無いんですか?」
「おそらくは、宝珠の力を使う気だ。逃げ出すのは、その後だろう。」

 ハリアーは、クーガの言葉に蒼白になる。彼女もまた、馬の方へ小走りで近寄った。彼等は馬に跨る。クーガは言った。

「敵主将のアーシュ・ドラーケンが一緒について行っている。あれは私がなんとかする。」
「では……。」

 ハリアーは、天を仰いで天候を確かめる。彼女は頷いた。

「……馬車は私がどうにかしましょう。幸い、南の方ぎりぎり届くぐらいに雨雲があります。」

 彼女が言ったのは、落雷を落とす術が使える、と言う事である。ハリアーは適当な場所で馬を止めると、一心に祈り始めた。クーガはそのまま馬を走らせる。そしてクーガが馬車まであと少しの所まで近寄ったとき、南にある雨雲から雷が発生し、馬車を丸ごと包み込んだ。馬車からは悲鳴が上がる。

「ぎゃああああ!」
「うわあああっ!」
「ひぎぇぇぇぇ!」

 馬車に随伴していたアーシュ・ドラーケンは驚き、その足を止める。クーガは馬の足を止め、急ぎ術の結印を行った。アーシュ・ドラーケンはクーガに気付き、誰何の声を上げる。

『貴様、何者だ!答えねば斬る!』

 クーガは答えずに、結印を続けた。アーシュ・ドラーケンは長剣を抜き、クーガに歩み寄ろうとする。その時、彼の術が完成する。アーシュ・ドラーケンの真下の地面が流砂と化し、狩猟機を飲み込もうとした。アーシュ・ドラーケンの操手、西海岸同盟軍主将グーデル・ドットは驚き、流砂から機体を脱出させんとする。しかしもがけばもがくほど、狩猟機は流砂に沈み込んで行く。グーデルは悲鳴を上げた。

『た、助けてくれっ!操兵が、操兵が地面に沈むっ!だ、誰かある!誰か!』

 クーガはそのアーシュ・ドラーケンには構わずに、馬車に馬を寄せた。ハリアーも馬を走らせてやって来る。馬車は所々が焦げ、見るも無残なあり様になっていた。と、馬車の扉が開き、よろよろと逃げ出そうとする者がいた。見ると、それはダーヅェン・バリスタであった。どうやら幸運にも、雷による打撃をそれほどは受けなかったらしい。とは言っても、宝珠の呪いで身体が極度に弱っている身である。多少の打撃でも、相当な重傷となっている。
 ダーヅェンは、クーガとハリアーに気付くと、声を上げた。

「き、貴様ら!何者だ!」
「……どうか貴方の持っている宝珠、私達に渡してはいただけませんか。あれは破滅を齎す物です。とりあえず封印してしまわねばなりません。」

 ハリアーの言葉に、ダーヅェンは顔色を変える。

「だ、駄目だ!封印なぞさせんぞ!あの宝珠は、あの宝珠は我の大望を叶えるために存在するのだ!」
「ハリアー、言っても無駄だろう。取り上げるしか、あるまい。」

 クーガは馬を降り、ダーヅェンに歩み寄る。ダーヅェンは叫んだ。

「く、来るな!き、貴様ら、宝珠の力を見るが良い!」

 ダーヅェンは懐から宝珠を取り出し、高く掲げようとする。だがその手に投擲用に作られた短剣が突き立った。クーガが短剣を投げたのである。ダーヅェンは悲鳴を上げて宝珠を取り落とした。

「ぎゃあああぁぁぁぁっ!?」
「ハリアー!宝珠を拾うんだ!」
「は、はい!」

 クーガの叫びに応えて、馬を降りたハリアーが宝珠に駆け寄る。しかしそれよりも早く、宝珠を拾い上げた男がいた。

「ダーヅェン様、こ、これを……。ぐ、ぐうっ!?」

 焦げた馬車から飛び出して来たその人物は、つい先日のキムナスト国ベーゾン市における戦いにて、フィーとテイダーンの一騎打ちを邪魔した男であった。名をキリフと言う。キリフは宝珠の呪いの力に苦しみつつ、ダーヅェンに宝珠を渡そうとした。だがその時である。
 宝珠『オルブ・ザアルディア』から、強烈な神気が放出された。その神気はキリフの身体を包み込む。キリフは叫んだ。

「な、なんだこれは!あ、ああああ!た、助けてくれ!……ああ……あ、ああああッ!そ、そうか!これ、これは!ははは、そうか、そう言う事か!分かる、分かるぞ!ははは、あはははは、アハハハハハハハハハハハハハ!!」

 キリフは大声で笑い出す。クーガはハリアーに向けて言う。

「……逃げるぞ。」
「は!?」
「生身では太刀打ちできない相手だ。ここは逃げる。フィー達の助力を仰ごう。」

 クーガは再び馬に跨る。ハリアーは一瞬何が何だかわからない様子だったが、クーガの判断を信じ、彼女も馬に飛び乗った。彼等は連合軍と同盟軍が戦っている方へと、馬を走らせた。



 突然発生した強大な気配は、その戦場にいる者全てに衝撃を与えた。戦い合っていたスカード島連合軍と西海岸同盟軍の者達は刃を引き、互いに1歩離れてその気配の方向を見遣る。その頃までには、スカード島連合軍にもかなりの被害が出ていたものの、西海岸同盟軍の敗北はおおよそ決定していた。しかし西海岸同盟軍の者達の戦意は衰えず、最後の1兵に至るまで戦い続けるのではないかと思われた。その様な時に、その強烈な気配は出現したのである。
 フィー達も、その気配の方を見つめる。そこには何やら、凄まじい神気の渦が立ち昇っていた。その渦は徐々に消え去って行くが、気配そのものは強くなりこそすれ、消える事はなかった。そしてその神気の渦が消え去った時、そこにある存在を見て、フィー達は絶句する。それは身長4リート(16m)はあろうかと言う、巨大な化け物であったのだ。フィー達は、同じ物を見た事がある。かつて彼等が西方南部域旧王朝諸国はトゥシティーアン王国にいた時に、戦った事がある化け物だった。
 その身体はがりがりに痩せ衰え、腕と脚は異様に細く長い。そして骸骨の様な頭の額部分には、何か輝く物がくっついている。そしてその輝く物からは、強烈な神気が発せられていた。人間を異様に歪めた様なその姿は、見る者に吐き気を催させる。フィー達の周囲にいる兵達の口からは、神に祈り、助けを求める声が漏れ出ていた。
 化け物は、ゆっくりと主戦場へと歩いて来る。化け物がかなり近くまで寄って来た時、そのおぞましさに耐えかねた西海岸同盟軍の狩猟機達が、一斉に斬りかかった。

『で、でやあああああぁぁぁぁ!』
『死ね、化け物め!』
『うおりゃあああああ!』

 化け物は斬りつけられて、叫び声を上げる。

『ぎゅきゅるるるあああぐぐぐぐげぇぇええらららあああらるう、らるうううぅぅ!』
『うわあっ!』
『ぎゃああっ!?』

 そして化け物は周りにいるマルツ・ラゴーシュらをその細い足で蹴り飛ばした。それまでの戦いで損傷を負っていた西海岸同盟軍のマルツは、ばらばらになって吹き飛ぶ。生き残った西海岸同盟軍の操兵達は、化け物に後ろを見せて逃げ出した。

『ひ、ひいいいっ!』
『か、神よお助けください!』

 だが化け物は、逃げる西海岸同盟軍の操兵達に追い縋り、その後ろから殴り付け、蹴りを見舞う。西海岸同盟軍の操兵は、あっと言う間に壊滅状態に陥った。
 スカード島連合軍の操兵達もまた、後ずさる。見れば西海岸同盟軍の狩猟機が化け物に与えたはずの傷は、既に完全に再生していた。化け物は足を進める。その先には、スカード島連合軍の旗操兵である、テラー・マクガナルのフォン・グリードルがあった。周囲の操兵から声が上がる。

『閣下!お逃げ下さい!』
『閣下!』
『うろたえるな!!』

 テラーの一喝が響き渡った。フォン・グリードルの拡声器から重々しい声が流れる。

『確かにあの化け物は、我らの手に余る代物かも知れぬ。それに我らの敵は西海岸同盟軍だ。あの化け物と戦う意味は無いだろう。だが、だからと言って私が真っ先に逃げ出しては、我が軍の結束はどうなる。幸いにして、西海岸同盟軍はもはや壊滅したも同然。となれば我らは秩序を失わず、名誉ある撤退を行うのだ。』

 そこへフィー、シャリア、ブラガが各々の操兵で駆けつけて来る。フィーはテラーに向かい、大声で言った。

『閣下!我々に殿をお命じ下さい!我々は山師、あの様な化け物とも戦った経験がございます!』
『む……。』

 テラーは一瞬迷った様だったが、即座に決断した。

『わかった。山師フィーよ、貴殿らに殿を命ずる。ただし、命を粗末にするでないぞ!』
『はっ!』
『他の者は、撤退準備を急げ!』
『わかりました!おい、撤退だ!急げ……。』

 フィー達は化け物の方へと機体を走らせた。シャリアがフィーに向けて声をかける。

『最初はあんなにへっぽこだったのに、随分と度胸が据わったわね。』
『随分と、修羅場を潜ったからね。変わりもするさ。』
『それはいいんだが、勝てるかね?』

 ブラガの愚痴に近い台詞に、フィーは人知れず苦笑を浮かべる。そこへ、彼等の足元から声がかかった。

「フィー!シャリア!ブラガ!」
『!?……クーガさん!ハリアーさん!』
「ごめんなさい。化け物の出現を止められませんでした。」
『じゃあアレはやっぱり、ダーヅェンの成れの果て?』

 ハリアーの謝罪に、シャリアのエルセ・ビファジールから声が上がる。だがクーガは首を左右に振った。

「違う。ダーヅェンの手から宝珠を落とさせた際に、先に別の者に拾われてしまった。宝珠がそいつを変身させたのだ。
 それはともかく、だ。シャリアとブラガは、私が武器に魔力を与えるから武器をこちらに突き出してくれ。」
『あたしは『気』があるんだけど……。』
「万一、気力が尽きた時の用心だ。」

 シャリアはクーガの言う通りにした。クーガは一瞬心の中で念じただけで術を行使すると、突き出された武器に触れて魔力を与える。シャリアのエルセ・ビファジールが持つ長剣と小剣、ブラガのフォン・グリードルが持つ手斧と小剣の4つに魔力を与え終わると、クーガは言った。

「頼んだぞ、皆。」
『まかせといて!』
『まあ、なんとかやって見るさね。』

 シャリアとブラガは、各々の操兵を化け物の方に向けて走りださせた。



 一方、フィーは一足先に化け物と対峙していた。彼のジッセーグが持つ破斬剣は魔剣であり、魔力を与えてもらう必要が無かったからである。フィーは操兵との同調を強化する聖刻器の短剣の力を使った。フィーの精神がジッセーグの仮面とより強く結び付けられる。彼はちらりと操手槽の脇に目をやり、検血管と検水管を確かめた。

『ちょっと冷却水がやばい、かな。あまり時間はかけられないか。……でええぇぇい!』
『ぎゃぐるるぎぎぎぇええええぇぇぇあああああるるるるららららるううううむ!』

 フィーは気合いを込めて、化け物に攻撃した。聞くに堪えない叫び声を上げて、化け物は身もだえする。化け物はフィーのジッセーグめがけてその不気味に細い腕を振りまわした。フィーは上手くその攻撃を躱す。

『やっぱりだ!魔剣の一撃なら、奴は再生が遅いぞ!くらえっ!』
『ぎょぎょぎょぎゃぐぎぇええええええああああああぃぃぃいいいるるいるいるるるる!』

 フィーの斬撃による苦痛に叫びつつ、怪物は蹴りを見舞ってくる。だがフィーはその攻撃も躱した。そこへ、シャリアのエルセとブラガのフォン・グリードルが到着する。怪物の後ろに回り込んだブラガは、操兵の両手に持たせた武器で、一斉に攻撃を行った。

『これでも……くらいやがれっ!』

 右手に持たせた手斧の攻撃は見事に命中し、怪物に打撃を与える。だが左手の小剣は怪物に命中せず大振りになってしまい、フォン・グリードルは体勢を崩しかけた。ブラガは叫ぶ。

『しまった!やべぇ!』
『こんのぉ!』

 怪物の注意がブラガのフォン・グリードルに向きかけた時、『気』を練っていたシャリアがその『気』を込めた長剣で攻撃する。エルセ・ビファジールの機体により増幅された『気』は、長剣の刃に宿り、凄まじい威力を発揮した。長剣の刃が怪物の胴体に斬り込み、胴体の半分近くまで斬り裂く。

『ぎゃきいるるるりぃいるるるらあああるうううう!!』
『ざまあ見なさい!きゃっ!?』

 怪物はくるりと向きを変えると、シャリアのエルセ・ビファジールに向けて攻撃を仕掛けた。細長い腕がエルセを打ち据え、エルセは吹き飛ばされた。装甲板が剥離し、破片が飛び散る。

『シャリア!くそ、この化け物め!うわっ!?』

 フィーはジッセーグの剣で化け物に斬りつけようとしたが、足元にあった岩に操兵を躓かせてしまう。フィーのジッセーグは機体の平衡を崩してしまった。今攻撃を受けたら、格好の餌食だ。果たして怪物は、フィーに向けて蹴りを行って来る。

『く、くそっ!』

 フィーは攻撃を放棄して、回避に全力を注ぐ。その甲斐あって、怪物の攻撃は空振りした。怪物はよろけて膝をつく。そこへブラガが全力で攻撃を行った。

『この野郎っ!!いい加減、死にやがれよ!』
『ぐききいるるるらああぅるるるるぎぎぎっ!?』

 ブラガの攻撃は、見事に決まった。先程シャリアが斬り込んだ胴体の傷口に、手斧と小剣の両方が狙ったかの様に当たったのである。怪物の胴体は更に大きく裂けて、かろうじて背骨で繋がっているだけになった。そこへ機体をようやく起き上がらせたシャリアが、エルセの両手に握らせた双剣で攻撃を見舞う。

『いい加減に、落ちろー!!』
『ぎゃぎゃぎゅぐげげげげげげげががががあるるるるるらららああああっ!!』

 エルセ・ビファジールの双剣は、まるで怪物の背骨を挿み込むかの様に振るわれ、その背骨を断ち切った。怪物の上半身が、フィーの目の前に倒れ込む。シャリアとブラガは叫んだ。

『今よ、フィー!』
『やっちまえ!』
『応!おおおおおおおお!ガルウス!!』

 フィーは、魔剣の秘められし力を開放するための合言葉を叫んだ。この魔剣に秘められし力とは、相手の防御をまるで紙の様に斬り裂いてしまう事ができると言う物である。魔力の込められた破斬剣の刃が輝き、その輝きが怪物の表皮をまるでバターの様に溶かし斬って行く。怪物の頭が断ち割られ、凄まじい神気が周囲に噴出した。

『ぐぎゃがぎゃりらぎゃぶりゅにゅあわあああががががああるるるあらるうらるう〜!!』
『うわっ!?』
『きゃああっ!』
『どわあああ!』

 その神気に当てられ、3騎の狩猟機は操縦不能になる。フィー達の操兵は、横倒しになった。



 フィーは頭を振って、意識をはっきりさせる。どうやら、あの神気に当てられて、軽い脳震盪の様になっていた様だ。彼はジッセーグの操縦桿を動かすが、ジッセーグの腕はびくんと震えただけだ。よく見ると、映像板も映りが悪い。どうやら操兵の仮面もまた、あの神気にあてられて半分麻痺している様だった。フィーは破斬剣を片手に、操手槽を出る。
 そこでは2人の練法師が、真っ向から立ち会っている最中だった。一方はフィー達の仲間である土門練法師クーガ、もう一方は練法師匠合、亜竜不死合所属の風門練法師白翼である。そして2人の間で、あの宝珠『オルブ・ザアルディア』が空中に浮かんでいた。練法師2人は、お互いに術であの宝珠を取り合いしているらしい。宝珠は、ある時は白翼の方へ、ある時はクーガの方へと空中をふらふらと移動していた。
 フィーはハリアーが、白翼の方へこっそりと近づいていくのを目にする。彼女の手には、聖なる鎚矛『光の鎚矛』が握られていた。どうやら彼女は白翼を攻撃して、クーガの援護をするつもりの様だ。
 宝珠は相変わらず空中を漂っている。だがその動きは、徐々にクーガの方へと近寄って行った。白翼は狼狽した声を上げる。

「ば、ばかな!貴様ごときが我よりも……。そ、そんな!」

 白翼は、必死に力を振り絞る。だが、宝珠の動きは止まらない。宝珠は徐々にクーガの手元へと近づいて行った。だがその時、練法師2人の間を駆け抜けた者がいた。その何者かは、空中の宝珠を掴み取ると、呪いの力に呻きつつ振りかえる。それはダーヅェン・バリスタ、その人であった。
 ダーヅェンは叫ぶように言う。

「これは私の物だ!私だけの!」

 そして、そんな彼に走り寄る者がいた。その男は、僧衣の上に粗末な皮鎧を着けている。男は叫んだ。

「ビョンド様!御力をお貸し下さいませ!」

 男はダーヅェンに光り輝く手を触れる。ダーヅェンはその瞬間、光に包まれてその場から消え去った。
 ハリアーは、白翼へ攻撃する事も忘れて叫んだ。

「その男は、遠い場所にいる高僧から力を借りています!その男に使えないはずの強力な術が使えるはずです、気をつけて!」

 クーガは一瞬、白翼とその男のどちらに攻撃をするか迷う。その隙を白翼は見逃さなかった。白翼は両手を凄まじい速度で絡み合わせると、一瞬で結印を完了する。白翼の掲げた指先から、猛烈な電光が放たれてクーガに命中した。
 しかしクーガは全身を貫く苦痛に耐え、彼もまた術を行使した。彼の手から金属粉が放たれる。その金属粉は白翼に命中し、その途端白熱する。だが白翼もまた、先程と同じ術を行使していた。電光がクーガに命中し、クーガが崩れ落ちる。しかし白翼もまた、大火傷により膝をついた。
 フィーは破斬剣を振り上げて、白翼に迫った。

「よくもクーガさんを!」
「むっ!」

 白翼は別な術を結印する。フィーの攻撃が当たる直前、白翼の身体は一陣の風と化した。フィーの攻撃は空振りする。白翼はその場から逃げ去った。
 ハリアーは、クーガに走り寄った。彼は相当な打撃を受けているはずだ。早く手当てをしなければ命に係わりかねない。だが彼女は仲間の危機に、ダーヅェンを逃がした男……トオグ・ペガーナ僧の事を失念していた。トオグ・ペガーナ僧は叫ぶ。

「異教の輩よ!魔神ジアクスに仕える神官、ビョンド様のおおいなる力を受けるが良い!」
「しまった!」
「間に合わないか!?」

 ハリアーは、術に対しては何の慰めにもならないと知りつつも、クーガに覆い被さった。フィーは破斬剣を構えて突進する。だが白翼のおかげで余計な時間を取られてしまったため、男の――正確には、遠く離れた場所にいるビョンドと言う神官の――術が発動する方が早そうだった。そしてその瞬間、空気が唸りを上げた。ハリアーは目を瞑り、フィーは歯を食いしばる。
 トオグ・ペガーナ僧の身体が吹き飛んだ。

「は?」

 フィーは呆気に取られる。そこへ駄目押しとばかりに、ブラガの叫びが響いた。

「ヴァーズバン!」

 ブラガの叫んだ合言葉により、彼愛用の聖刻器の手斧に秘められた力が解放された。空気が渦を巻き、強烈なカマイタチ現象が巻き起こる。トオグ・ペガーナ僧は切り刻まれて、血の海に沈んだ。
 フィーはきょろきょろと左右を見遣る。ハリアーも同じだ。そしてフィーは、エルセ・ビファジールの片手が上がっているのを見つけた。

「シャリア!」
『ちょっと距離があったから、届くかどうか不安だったんだけど、届いたみたいで良かったわ。あー、疲れた。』

 地面に横たわったエルセ・ビファジールから、シャリアの声がする。先程トオグ・ペガーナ僧が吹き飛んだのは、シャリアがエルセの力を借りて放った『気』の弾丸による物だったのだ。だが『気』の弾丸は、飛ばすのにかなり精神力を消耗する。シャリアはかなり疲労困憊していた。
 そこへ、フォン・グリードルの操手槽から身を乗り出したブラガが声をかける。

「所でクーガの様子はどうでぇ。」
「あ、は、はい!……酷い状態です。随分とやられています。ですが、まだ間に合います。」

 ハリアーは、急ぎ治癒術を行使する。光る両掌がクーガの身体に押し当てられた。と、ぐったりしていたクーガの身体に生気が戻って来る。彼は目を開けた。

「……すまない、みっともない所を見せたようだ。」
「いいんですよ、クーガ。」
「しかし結局、宝珠はダーヅェンの手に落ちたままか。」

 クーガは平板な声で言う。だが、付き合いのいい加減長い仲間達は、彼の声に悔しげな響きを感じ取っていた。
 ハリアーは慰める様に言う。

「大丈夫です。あの術は、最大で1リー(4km)までしか移動できないはずです。そう遠くまでは逃げられていないはずですよ。今、〈聖霊話〉を試してみます。」
『それならあたしは『気』を探ってみるわ。ちょっと近くに起動してる操兵が沢山ありすぎて、気配を探るのが難しいけど。』

 シャリアが言っている沢山の操兵とは、撤退中のスカード島連合軍の事である。シャリアとハリアーは、意識を集中させる。しばらくして、シャリアがエルセの操手槽から言った。

『あー、やっぱり駄目だわ。操兵の『気』が大きすぎて、細かい様子まではさっぱり分からない。』
「……。」

 ハリアーはまだ目を瞑って、精神を集中していた。一同はその様子を見守る。そしてハリアーが目を開けた。

「見つけました。流石に大きな力を使った直後だけあって、聖霊による探知をごまかすのは出来なかった様ですね。間違いなく、この邪悪な気配は、『オルブ・ザアルディア』です。それにダーヅェンの、魔物の様な気配もしっかり感じます。おそらく長期に渡り、何度も宝珠の力を行使したせいで、ダーヅェン自身が汚染されてしまったんでしょうね。」
「ちょっと待っててくださいね。」

 フィーがジッセーグ・マゴッツの操手槽へ走って行き、何かを取ってくる。それはクロイデル達から貰った、軍用地図だった。

「この地図の、どの辺ですか?」
「ここ、ですね。あら?何か描いてありますね。」
「ええと、これは……。ザハル砦とありますね。」

 フィーが地図に書かれた文字を読み取る。どうやらこの近くの山城の様だ。フィーはハリアーに問う。

「すぐに向かいますか?」
「いえ……。すぐに向かいたいのは山々ですが、1会戦終えたばかりで皆さん疲れていらっしゃるでしょう。少し休みを取らねば、どうにもなりません。
 幸い、と言ってはなんですが、ダーヅェンが逃げたのは南東にある砦です。そこからバリスタ方面へ逃げるには、スカード島連合軍の制圧地域を通らねばなりません。ダーヅェン自身も多少の怪我は負っている模様ですし、動くに動けないでしょう。」

 ハリアーは即座の追撃を断念する。ブラガもやって来て言った。

「操兵も休ませなきゃ、どうにもならねぇんだ。修理は諦めるとしても、冷却水は補給しねぇといけねぇしな。」
「そうですね。ジッセーグはそろそろ動けるようになったかな?補給には、一度撤退した連合軍と合流しないと。」

 フィーはジッセーグの操手槽に戻る。ジッセーグは、ゆっくりと立ち上がった。どうやら一応動けるまでには回復した様だ。シャリアのエルセもまた、ふらふらと立ち上がる。ブラガはそれを見て、急いで自分のフォン・グリードルまで戻って行った。
 クーガが自分とハリアーの馬を牽いて来つつ言う。

「しかし、あの風門練法師はどうした物かな。真正面から立ち会っては、門派の性質上彼奴の方が対人攻撃力では上だ。対抗するために、私も抗術の類を学んでおくべきだったな。」
「私が相手をしましょうか?」
「うむ……。正直な所、内心忸怩たる物があるが、現実としてそれしかあるまいな……。」

 クーガの肩が、心なしか落ちる。ハリアーは、その肩をぽんぽんと叩いた。彼女は言う。

「しばらく休養を取ったら、出発しましょう。今度こそ、あの5つ目の宝珠と決着をつけます。クーガ、よろしくお願いしますね。」
「……うむ、私の力の及ぶ限り。」

 クーガはそう言って馬に跨った。ハリアーもそれを見つつ馬に乗る。向こうでは、フィーとシャリアの操兵に手を引かれて、ブラガのフォン・グリードルが立ち上がるのが見える。そうして彼ら一同は、スカード島連合軍と合流するためにその場を立ち去った。


あとがき

 戦争にはあっさり勝利したものの、またも宝珠は目の前で持ち去られてしまいました。いやあ、僧侶の術って、けっこう使い勝手が良いですね。特に敵に回すと大変です。破壊力から言えば、練法の方が強力なのですが。
 さて一方では練法師対決ですが、真っ向から立ち会うと、風門と土門では風門の方が強力なんですよね。広範囲を破壊し尽くす術とかは土門の方が多いのですが、1対1の勝負になると微妙に負けてしまうと言う。全体的に見れば、双方とも同じ位強力なのですが、門派間の微妙な差異により、今回はクーガがやられてしまいました、はい。
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