「ミレノ市潜入」
アウゲスティン古王朝オルノーサ王家女王リン・オルノーサの夫であるクロイデル・ギンガス=オルノーサは、唸り声を上げた。ここはオルノーサの呼びかけで集まった、スカード島連合軍本陣の天幕である。クロイデルは、目の前に控える少女に向かって言葉を発した。
「そうか……ハルヅェンは、い、いやハルヅェン・バリスタ準爵殿は、息子であるダーヅェンの手によって身罷られたか……。そして此度の戦は、そのダーヅェン・バリスタの手による物だと言うのだね?アーシア殿。」
「はい。全ては兄とその側近による陰謀でございます、夫君殿下。お疑いとあらば、聖拝ペガーナの僧によって、心を読まれてもかまいませぬ。国元では、父を害したのは私と言う事にされております。信じていただくためならば、どのようなことでも致す所存にございます。」
「いや、そこまでせずとも良い。信じよう、アーシア殿。」
クロイデルのその言葉を聞くと、アーシアはしばらくそのまま微動だにせずにいたが、やがて細かく震え出し、その口から嗚咽を漏らし始めた。そのアーシアの背を、フェリカがやさしく叩く。フェリカはクロイデルの方を見、目線で尋ねた。クロイデルもまた、頷く。アーシアは、フェリカに連れられて退出して行った。
クロイデルはその場の一同を見回して、言った。
「さて、これで事情は明らかになったわけだが、かと言って事態がすっかり改善したわけでは無い。ミレイルとナインズはほぼ完全に西海岸同盟の手に落ちた。ミレイル教会の重鎮とそれを護る聖騎士達、アダプトル・ナインズ準爵の嫡男レンドール・ナインズ殿率いるナインズ騎士団の精鋭こそこちら側に脱出してこられたが……。」
「夫君殿下、こうなったら我らの全力を結集して、まずこのミレイルの地を奪還いたしましょうぞ!そして余勢を駆り、一気にバリスタに攻め込みダーヅェンめを捕らえるのです!西海岸同盟の中心国であるバリスタさえ陥落させてしまえば、西海岸同盟はバラバラになるに違いありますまい!」
そう言ったのは、ナインズからの脱出者であるレンドールだ。あえて父祖の地であるナインズ国の奪還を後回しにしても、バリスタを叩く事を優先しているのは、彼がオルノーサ王家とその提唱によるスカード島連合の事を、まず第1に考えているというポーズである。
クロイデルはその言葉に頷かざるを得ない。一刻も早く、この戦争を終わらせねばならない。まかり間違っても、かつての様にスカード島全土を巻き込む大乱にするわけにはいかないのだ。全戦力を集中すれば、連合軍の総操兵戦力は狩猟機だけで40騎強、従兵機に至っては、80台はある。
ただしその戦力の全てをつぎ込むわけにも行かなかった。ミレイルとナインズと言う2つの国を陥落させた西海岸同盟軍は、次なる目標として、キムナストと言うミレイル及びオルノーサ王家領に隣接した国を狙っている。キムナストからは救援を求める使者が、オルノーサ領首都レーサラへとやって来ていた。スカード島連合軍としては、この救援要請を無視するわけには行かない。かなりの戦力を送らねばならなかった。それ故、ミレイル教会領の入り口であるこの地には、総戦力の半分ほどしか来ていない。
しかし総戦力の半分でも、狩猟機20騎、従兵機40台と言う大戦力だ。西海岸同盟とて自国を護る必要性から、全戦力を出して来ているわけではない。これだけの戦力があれば、キムナストへ送る戦力を引き抜かれた後の、ミレイル駐留の西海岸同盟軍には充分に余裕を持って対抗できるであろう。クロイデルは決断する。
「これよりミレイルに派遣されている全部隊の集結を待ち、明後日の朝にはアシャル峠を越えてミレイル首都ミレノへ進軍する!各々出撃に備え、操兵の整備や調整など、怠らないように!それと兵達や馬には充分に休養を取らせておくのだ!」
「「「はっ!」」」
一同はクロイデルに敬礼をすると、その場を立ち去って行く。クロイデルもまた、自らの乗機であるサーズディンの様子を見ておこうと思い、立ち上がった。その時、天幕の外から小姓がやって来て、クロイデルに耳打ちをする。クロイデルは怪訝な顔になったが、頷いて言った。
「うむ、会おう。呼んで来なさい。」
フィー達一同は、クロイデルの前に平伏していた。クロイデルは口を開く。
「顔を上げてください。それと敬語もいりません。私は元々、それほど偉い立場の人間では無いんです。縁あって、リン女王の夫となっただけで。」
「は?い、いえしかし……。」
「無論、他に人がいる所では話は別ですがね。ですが、貴方がたの様な人達に肩肘張った対応をされると、どうもむず痒くて仕方が無いのですよ。」
クロイデルは、丁寧な口調で言った。一寸前までの偉そうな口調が、嘘の様だ。と、ブラガが身体を起こして言う。
「そこまで言うんなら……。これでいいかい、夫君殿下、いやクロイデルさんよ。」
「ああ、その方がずっと良いですね。」
クロイデルは、柔らかく笑った。そしてその顔が急に真面目になる。
「ところで、人払いをして会いたいなどと、一体どう言う話なのです?」
「本当は話さずに置こうかとも思ったのですが……。ハリアーが反対しましてね。いざと言う時に、危険かも知れない、と。」
「ハリアー?ああ、そちらの女性でしたね。それで?」
クーガの台詞に、クロイデルは先を促す。その続きを、ハリアーが引き取った。
「実はこの戦争の陰には、ある聖刻器……いえ、正確には神器が関わっているのです。」
「!?」
クロイデルの表情が強張る。ハリアーは、あの宝珠『オルブ・ザアルディア』に関する事情を色々と話した。特に、前回彼等一同がバリスタ首都スラーに潜入した際に、ダーヅェン・バリスタから感じた異常な威厳や呪縛の力については、事細かに話した。最後には、クロイデルの顔色は蒼白になっていた。
「……と言う訳で、ダーヅェンが4ヶ国をまとめる事ができたのも、国民を虜にしているのも、おそらくはその宝珠『オルブ・ザアルディア』が関わっている物と……。クロイデル様?どうなさいましたか?」
「なんと……言う事だ……。またもこの島を……その様な聖刻器が、戦乱を煽っていると言うのか……。」
「またも?」
クーガが、クロイデルの台詞の一部に引っ掛かりを覚えた。クロイデルは頷く。
「うむ、実は以前のスカード争乱も、その裏で『聖者の仮面』と言う名の聖刻器が戦を煽っていたのですよ。詳しい話は省きますが、その戦争は酷い物でしてね……。」
クロイデルは遠い目をした。だがすぐに彼は力強く言う。
「わかりました。その宝珠の力については、充分に注意を払わせていただきます。わざわざお教えいただき、ありがとうございました。」
「そ、そんな。勿体無い……。」
フィーは偉い人から頭を下げられ、恐縮する。そこへクーガが話を付け加えた。
「宝珠は、かの邪教トオグ・ペガーナの者達も狙っています。そちらにもお気をつけ下さい。そしてまだ確実では無いのですが、魔導師……おそらくは練法師だろうと思われますが、それも宝珠を狙っていると言う情報もあります。」
「トオグ・ペガーナですって!それに練法師!?」
クロイデルは驚く。クーガは頷いた。
「ええ、そうです。」
「なんと……。どんどん話が大きくなりますね。わかりました、注意しましょう。」
一通りの話が終わり、フィー達がその場を辞そうとしたときである。クロイデルが彼等に改めて話しかけて来た。
「ところで……皆さんにお願いがあるのですが。皆さんは山師だと仰いましたね。仕事を……それも危険な仕事を受けていただけませんか?」
『……確かに危険な仕事だぁな。しかも格別に。』
ブラガは狩猟機フォン・グリードルの操手槽で、不機嫌そうに言った。彼等がクロイデルと話した、次の日の事である。彼等は山中の間道を、苦労しながら進んでいた。
ちなみに、ブラガの乗るフォン・グリードルは、スカード島連合軍に従軍していた操兵鍛冶師の手で、色が地味な灰色に塗りなおされていた。また、描かれていたバリスタ国の紋章や騎士の家紋などは、綺麗に消されている。装備品はブラガの武器に合わせ、手斧と小剣に換えられていた。
ぶつくさ言うブラガに、シャリアが自分の狩猟機エルセ・ビファジールから、窘める様に声をかける。
『でもその分、報酬が良いじゃないの。それにあんたが今乗ってる、奪ったフォン・グリードル、色の塗り替えから武器の交換まで、只でやってくれたじゃない。借りには違いないでしょ?借りは返さなきゃ。』
『でも大丈夫かなあ。』
フィーの狩猟機、ジッセーグ・マゴッツから声が上がる。シャリアがそれに反応した。
『何よフィー、あんたまで。』
『いや、わかってる。わかってはいるんだ。けれど実際に教えて貰った間道が、操兵で抜けられるかな……って思ってね。』
『……それは確かにそうね。』
そう、フィー達に与えられた任務は、ミレイル教会領内の間道を通って山越えをし、ミレイル首都ミレノまで潜入して情報を収集する事であった。そして集めた情報は、遠隔通話を行う練法の術によって、フェリカを介してクロイデルに伝えられる事になっている。
だがこの作戦には幾つかの問題があった。その最大の物は、スカード島連合軍に参加しているミレイル残存部隊から教えてもらった間道が、本当に操兵で通る事ができる道なのかどうかである。当然のことながら、本道と比べれば間道は難所続きのはずである。そしてここの山道は、本道でさえも操兵で通るのは危険な場所があったのだ。
そこへ今まで黙っていた、ハリアーとクーガが口を挿んだ。
「受けてしまったんですから、今さら言っても仕方ありませんよ。」
「その通りだな。何、いざとなれば私が奥の手を使うとも。もっとも、その後私は力を使い果たし、役立たずになるがね。」
『クーガさんの練法は頼りにしてるんですから、力を使い果たしてもらっちゃ困りますよ。』
フィーが、疲れた様な口調で台詞を吐き出す。ともあれ彼等は、気を取り直して進み始めた。
やがてフィー達一同は、谷に出くわす。幅は2.5リート(10m)、深さは10リート(40m)はある。落ちたら、操兵と言えども一発で終わりの高さだ。一応橋はかかっているが、太い丸木を数本横に並べた粗末な物で、操兵の重みでは渡れる様な物では無い。シャリアがごくりと唾を飲み込み、言った。
『どうしようか……。』
『谷を、飛び越えるしか無いな。少し後ろに下がって、助走をつけよう。万が一、失敗した時の事を考えて、この鎖を持っててくれるかい?』
フィーはジッセーグに背負わせていた鎖の束を解くと、その一端を自機に持たせ、一端をシャリアのエルセ・ビファジールに持たせた。そしてジッセーグは一旦後ろに下がると、一気に助走をつけ、跳んだ。跳躍は見事成功し、フィーのジッセーグは谷の向こう側へと着地する。フィーは言った。
『さあ、今みたいにして跳ぶんだ。シャリア、頑張って。』
『ちょ、ちょっと待って。……よし、行くわよ!』
シャリアは大きく深呼吸をしてから、機体を後ろに下がらせて助走の姿勢を取らせる。そしてエルセ・ビファジールは疾走し、跳躍した。今度も跳躍は成功し、シャリアのエルセはフィーの機体の脇へ着地した。シャリアは大きく息を吐く。
『はあああぁぁぁぁっ!し、死ぬかと思ったわ。』
『大丈夫、ちゃんと成功したよ。さあ、ブラガさん。この鎖を持って、跳んでください。』
『俺の番か……。よおっし、やってやらあ!』
フィーの声に、ブラガは威勢よく返す。彼のフォン・グリードルは、フィーが投げて来た鎖の端をしっかりと掴み、助走して跳躍する。若干目測を誤ったか、フォン・グリードルは崖の端ぎりぎりに着地した。その衝撃で、崖の端が崩れ始める。ブラガのフォン・グリードルはぐらりと傾いた。ブラガは悲鳴を上げる。
『うわ、うわあああぁぁぁっ!?』
『ブラガさん!鎖をしっかり持って!』
ブラガは彼のフォン・グリードルに、鎖をしっかりと強く掴ませた。その鎖をフィーのジッセーグ・マゴッツとシャリアのエルセ・ビファジールが引っ張る。ブラガと彼のフォン・グリードルは、何とか谷底へ落ちずに済んだ。ブラガは全身に冷や汗を掻いて呟いた。
『ほ、本当に死ぬ、かと思った……。』
『大丈夫、生きてますよ。』
『落ちなくてよかったわね。』
ブラガはフィーとシャリアのかける言葉にも、返事をする余裕が無い。そんな様子を見つつ、ハリアーとクーガは、馬を手で曳きつつ、丸木の橋を渡っていた。クーガは言う。
「皆、随分と腕を上げているな。以前であれば、この谷は絶対に越えられなかっただろうに。」
「それだけ経験を積んだ、と言う事ですね。良い事か悪い事かはわかりませんが……。腕が上がれば、それに比例して厳しい戦いに臨まねばなりませんから。」
「いや、腕が上がらなくても、やって来る戦いは待ってはくれんよ。だとするならば、腕が上がっているのに越した事は無い。」
ハリアーの言葉に、クーガは諭す様に返した。そして彼は続けて言う。
「さて、先を急がなくてはならんな。明日早朝には、スカード島連合軍の本隊が峠越えを開始する。それまでには、ミレノ市に到着して居なければ話になるまい。」
「そうですね、急ぎましょう。ここからミレノ市までは、あとどのぐらいですか?」
「半日は無いだろう。急げばおそらく、日が暮れるまでには辿り着けるだろう。」
そして彼等は道を急いだ。木々の密生した場所、崖にも見えるほど急な下り坂など、操兵だけではなく馬にも厳しい難所が連続していたが、彼等はなんとかそう言った場所を切り抜け、前に進んで行く。やがて夕刻になった頃、彼等はミレイル教会領の首都ミレノを眼下に望む、山中の岩場に辿り着いた。
ブラガはフォン・グリードルの胸板になっている操手槽の扉を開放し、そこからミレノの街を『遠眼鏡』で眺めていた。ちなみに『遠眼鏡』の秘められた力は使わず、単なる望遠鏡として用いている。彼は徐に言った。
「……すっかり占領されてんな。街の周囲には、軍隊が展開してやがる。操兵も、見た限りでは1、2、3……首付きの狩猟機だけでも7騎、従兵機はその倍にちょっと足りねぇ12台と言った所、か。どれも駐機して、操手槽の扉は開いてるな。……ん?待てよ。」
『どうしました?』
『何かあったの?』
フィーとシャリアの問い掛けに答えず、ブラガは見る方向を変えた。そしてしばらくそのままの姿勢でいたが、突然彼は『遠眼鏡』の力を開放する合言葉を唱えた。
「……レックリック!……間違いねぇ。ダーヅェンだ。」
『ダーヅェンですって!?』
シャリアが驚いて叫ぶ。他の皆の反応も、似た様な物だ。もっとも、いつも無表情なクーガは除いての話であるが。ブラガは言った。
「ミレノ市の西に延びる街道が、どうにも騒がしい様子だったんでよ。見てみたら、バリスタ国の旗印を掲げた馬車が、厳重に護衛されてやって来るじゃねぇか。しかも豪勢な奴が。だもんで、その馬車の中を『遠眼鏡』の力で覗いてみたんだが……。来たのはダーヅェンの野郎だ。
んで、どうする?街中に潜入するか?」
「そうだな。可能なら、そうしたいが。」
クーガがブラガに答えた。ブラガは頷く。
「わかった。んじゃ夜闇に紛れて、城壁の壊れた場所から忍び込もう。ただし警戒は厳重だぜ?その事は覚悟しといてくれや。んじゃあ、もう少し街の近くまで移動しようぜ。そしてそこで夜が更けるまで睡眠を取ろう。あ、その前に連合軍本陣に連絡を取っておかないとな。」
『了解です、わかりました。』
『いいわよ。』
「わかった。」
「はい、では行きましょう。」
一同はブラガの言葉に同意を返す。彼等は山を下りて行った。
そして、日が暮れてしばらく経った。フィー達はこっそりと夜闇に紛れ、ミレイル首都ミレノへと向かう。勿論の事、操兵の仮面は外して持ってきているし、例の杭『パイ・ル・デ・ラール』は地面に穴を掘って埋め、その上に操兵を駐機してあった。また、これまでに得た情報は、既に『遠話の首飾り』による遠隔通話の術で、スカード島連合軍本陣にいるフェリカへと伝えられている。今頃は既にクロイデルに話が通されている頃合いだろう。
彼等はミレノ市の城壁周囲を巡回している警戒の兵士達の目を盗み、城壁が壊れた場所へとやって来る。だがそこには、不寝番の兵士が4人、立っていた。彼等は岩陰に隠れ、その兵士達の様子を窺う。だが兵士達に隙は無かった。フィーは小声で皆に問う。
「どうします?」
「私がやろう。」
クーガが小さな声で言った。彼は気配を消す術を使うべく、素早く結印を行った。彼の気配が、目に見えて薄まる。もし目の前で見ていなかったら、仲間達にも彼が何処にいるのか分からなくなる程だ。そしてその直後、彼は姿隠しの術を念じただけで発動させ、自らとその持物を透明にする。もはやクーガが何処にいるのか、誰も分かる者はいなかった。
そして数秒後、城壁が壊れた場所を警備していた不寝番の兵士達が、ばたばたと倒れた。そして何処からともなくクーガの声がする。
「今のうちだ。こいつらは眠っているだけだ。しばらくしたら目を覚ましてしまう。急ぎたまえ。」
フィー達4人は岩陰から走り出ると、倒れて眠っている兵士達の横を抜けて、街中へと走り込んだ。しばらく走る内に、空気から滲み出る様にクーガの姿が現れる。フィー達はまったく気づく事ができなかったが、彼はフィー達と共に並走していたのだ。彼等はそのままミレノ市の中心の方へと走って行った。
街中は、酷い有様だった。掠奪を受け、殺された市民の死体が広場に集められ、積み上げられている。それを見たハリアーは、思わず八聖者に祈った。生き残った市民もいる事はいる模様だが、こんな状況下で、外を出歩く様子は無い。フィー達は街を巡回している兵士達に見つからないよう、注意しながら進んで行く。目的は、ダーヅェンが今何処にいるかを確認する事であった。
フィーが小声で、隣のブラガに尋ねる。
「ダーヅェンは、何処にいると思います?」
「たぶん城じゃねぇかな。」
ブラガは答える。だがクーガはそれ以外の可能性を指摘した。
「教会と言う事も考えられる。ここミレイルの首都ミレノで、城以上に堅牢かつ壮麗な場所だ。教会の重鎮達は街を捨てて逃げ出したのだから、それに遠慮する事も無いだろうしね。」
「むう……。しまったなあ、もう今日の分の『遠眼鏡』の力は使っちまった。あの力を使えば、簡単に確認できたんだがよ。」
「悔しいのはわかるけど、悔しがるよりは先の事を考えましょう。まずは城の前まで行ってみましょう。」
悔しがるブラガを宥める様に、フィーが言う。そうしてフィー達一同は、ミレノ市の主城前まで辿り着いた。果たして主城には煌々と篝火が灯され、夜遅いにも関わらず人の出入りが激しかった。開け放しにされた城門からは、重々しい金属音……鎚打つ響きも聞こえて来る。フィー達一同は、見つからない様に建物の陰に身を隠した。
クーガはハリアーに言った。
「〈聖霊話〉で、あの城の中に『オルブ・ザアルディア』があるか確認できるかね?」
「……試してみましょう。ただ、あの宝珠は聖霊による探知を誤魔化す事ができる様なので少々不安なのですが。」
「あ。あたしも『気』を探ってみるわ。」
ハリアーとシャリアは精神を集中させる。周囲の者はそれを邪魔しない様に、できるだけ静かにしていた。やがて2人は口々に言う。
「……あの城の中に、幾つかの聖刻の波動を感じました。どうやら操兵の様です。『オルブ・ザアルディア』は残念ながら感知できませんでした。」
「あ、でもその操兵は動いてないわよ。『気』が感じられなかったもの。それと、お城の宮殿そのものには、人はいないみたい。」
「一体何やってやがんだ?」
「おそらくは城の設備を使って、操兵の修理をやっているのではないかね。しかし宮殿内には人がいないとなると、ダーヅェンはここにはいない可能性が高いな。教会へ行ってみないかね?」
ブラガの疑問に答えたクーガは、もう1つの候補を調べに行く事を提案した。一同はその提案に頷く。彼等は急ぎ、その場を立ち去った。
やがて教会の前までやって来たフィー達は、彼らの予想が当たっていた事を確信する。教会の建物にはバリスタ国の旗が掲げられ、その警備も並の物では無かったのだ。明々と篝火が焚かれ、多数の兵士が歩き回っている。彼等は見つからないように、遠くの建物の陰から様子を窺う事しか出来なかった。
ハリアーとシャリアは、再び遠距離から〈聖霊話〉と『気』による探知を試みる。しばらく精神を集中した後、彼女等は口を開いた。
「やはり『オルブ・ザアルディア』は確認できません。ただ……非常に邪悪な雰囲気は感知できました。まるで魔物の様な……。」
「あたしもなんか、嫌な『気』を感じたよ。こっちはお城とは違って、教会の中にも沢山の人がいる。その動きは、まるで誰かを護っているみたいな動きなんだけど……。その中心にいるのが、その嫌な『気』の持ち主なんだよね。」
2人の報告を聞き、一同は悩んだ。できるならば、ダーヅェンが確実にここにいる事を確認しておきたい。だがこの警備ではそれも難しいだろう。やがてクーガが徐に言う。
「よし、1人兵士を攫おう。」
「!?……どうするつもりですか?」
ハリアーは驚き、クーガに尋ねる。クーガは淡々と答えた。
「幸いな事に、気配を消す術はまだ効果時間が続いている。また姿を消して、あの警備をしている兵士達の1人に、命令を聞かせる術を使う。そしてこちらへ歩いてこさせる様にする。そうしたら、次はハリアー、君の出番だ。その兵士を金縛りにしてしまってくれ。そうしてその兵士を連れ去り、尋問しよう。」
「……とりあえず、それしか無ぇか。」
ブラガがやや消極的だが、賛成する。他の皆も、頷いた。クーガは姿を透明にする術を念じ、発動させる。そして彼の居場所はまったく分からなくなった。
少しして、警備をしている兵士の1人の挙動がおかしくなった。その兵士は、ふらふらとフィー達が姿を隠している建物の方へと歩いて来る。ハリアーは心の中で念じ、相手を金縛りにする招霊の秘術を行使した。ハリアー程の高位の僧侶になると、いちいち祈りの言葉を口に出さずとも低位の術であれば行使が可能となるのである。果たして秘術は効果を発揮し、その兵士を金縛りにする。ブラガとフィー、シャリアは一斉にその兵士に飛び掛かり、相手を拘束した。無論、声を上げられない様に猿轡も噛ませている。そして彼等はその兵士を連れて、下町の方へと走り去った。
フィー達は、下町の廃屋に隠れて、攫って来た兵士の尋問を行った。兵士の尋問は、容易であった。クーガが自分の持つ『魂の指輪』の力を使い、この兵士の心を読みながら尋問したからだ。それによると、ダーヅェンはやはり教会の建物にいるとの事だった。何故ダーヅェンがミレイルに来たのかと言う問いに対する答えは、バリスタにいるよりも、スカード島の中央に近いミレイルに本拠地を移した方が、単純に有利であると言う事であった。聞くだけ聞くと、彼等は攫って来た兵士に猿轡を噛ませ、廃屋の片隅に転がして置く事にする。
フィー達はとりあえず今まで知った事実を、ミレイル東端のスカード島連合軍本陣にいるフェリカに伝える事にする。ブラガが『遠話の首飾り』の力を開放し、フェリカまでの遠隔通話の術を発動させる。通話はすぐに繋がった。それと同時に、フェリカの怒った声がブラガの頭の中に響く。
(遅い!もっと早く連絡をよこしなよ!)
「あ、いやすまん。悪かった。でも、大して情報は増えて無ぇんだけどな。けど一応報告しておく事ができたんで連絡したんだ。
ダーヅェンがこの街に来てるって事ぁ、前言った通りだ。だけど奴ぁ、一時的にバリスタから出向いて来たわけじゃぁ無ぇらしい。本格的に本拠地をここミレイルの地に移すつもりでやって来たんだ。今、奴ぁ教会の建物を乗っ取って、そこを宿代わりにしてやがる。
それと操兵の数は、前言った通りに狩猟機7、従兵機12台だが、ミレノ城の施設を使って今突貫で操兵の修理をしてやがる。だから明日までに数が少しだけ増えるかも知れねぇ。
以上だが、そっちからは何かあるか?」
(こっちは予定通り、軍の終結を終えた所さね。明朝早く、アシャル峠を越えて、明日の午前中にはミレノ市に攻め込めるよ。夫君殿下は、できればそちらも同時にミレノ市に攻撃をかけて欲しいって。)
「わかった。んじゃあな。」
ブラガは『遠話の首飾り』による遠隔通話の効果を打ち切ると、仲間にフェリカが言った内容を伝えた。フィーが難しそうな顔をする。
「連合軍と同時に攻撃、ですか?でもそれには、事前にミレノ市を脱出していなければなりませんよね。それは難しいのでは。……と言うか俺、来ただけであんまり役に立ってませんね。操兵の所に残ってた方が良かったかも……。」
「気にしない、気にしない。あたしだって、それほど役に立ってるわけじゃ無いし。」
「シャリアは『気』を探ったりして活躍してるじゃないか。」
フィーとシャリアの掛け合いを尻目に、クーガがハリアーに向けて問いかける。
「ハリアー、君の使う招霊の秘術に、他者を空間跳躍させる物があったな?」
「はい、1リー(4km)まででしたら問題無く送り届けられます。」
それを聞き、クーガは頷く。
「私の転移の術では、少々操兵の隠し場所までは遠すぎるのだ。3人を頼めるかね?」
「ええ、かまいませんよ。フィーさん、シャリア、ブラガさん。3人を私の術で操兵の所まで送り届けます。」
「今からですか?」
ハリアーの言葉に、フィーは訊ね返した。ハリアーとクーガは頷く。クーガはフィー、シャリア、ブラガの3人に向かい、徐に言った。
「私とハリアーはここに残り、戦いが始まったら内部からかく乱しようかと思う。良いかね、ハリアー?」
「ええ、操兵の戦いでは、私はあまり役に立てませんからね。では行きますよ。」
そう言うと、ハリアーは八聖者に祈り、招霊の秘術を行使する。彼女の両掌に光が宿り、彼女はそれをフィーに押し当てた。その瞬間、光がフィーを包み込み、そして光が治まった時、そこには何も存在していなかった。フィーはハリアーの秘術により、空間を転移したのだ。
そしてハリアーは、続いてシャリアとブラガも同じ様に転移させる。3人とも無事に転移先に着いた事を、ハリアーの感覚が教えていた。ハリアーは溜息を吐く。クーガがそんなハリアーを労わった。
「ご苦労だったね、ハリアー。」
「クーガこそ、今日は沢山術を使って疲れたでしょうに。」
「うむ。とりあえず場所を移動して改めて隠れ、攻撃がはじまるまで休んでいよう。」
ハリアーは気になっていた事を、クーガに尋ねる。
「あの兵士はどうします?」
「そのままにするしかあるまい。解放するわけにも行かないからね。」
「……一寸待っていてください。」
ハリアーは転がっている兵士に近づき、心で念じて低位の招霊の秘術を行使する。彼女の指に光が灯った。彼女はそれを兵士に押しつける。兵士はびくりと身体を振るわせた。ハリアーはそれを都合3度ばかり行って、息を吐いた。クーガは彼女に尋ねる。
「……何をしたのかね?」
「精神に負担をかけて消耗させ、気絶させたのです。これでそう簡単には目を覚ましません。」
ハリアーは兵士の縄と猿轡を解く。クーガは彼女に向かい、言った。
「優しいな、君は。」
「避けられない戦いの場で遭遇したなら、倒す事に躊躇はありません。ですがこう言う場合に放り出しておいて、それが元で餓死でもする事にでもなっては、寝覚めが悪いですからね。これならば、時間が経てば目を覚まします。」
「……では行こうか。」
2人はその廃屋を後にする。後に残されたのは、気絶した兵士だけであった。
次の日の午前中、ついにスカード島連合軍がミレノの街の東側にその姿を現した。彼等は20騎の狩猟機と40台の従兵機を前に押し立て、騎兵歩兵合わせて総勢2,500人に近い軍勢で進軍していた。彼等はこの大戦力を持ってして、占領されたミレイル首都ミレノを奪回すべく、やって来たのだ。
対する西海岸同盟軍は、狩猟機は徹夜の修理により1騎増えた8騎、従兵機もまた2台増えた14台である。もっとも増えた操兵は、心許無い応急修理の機体であったが。操兵に関しては圧倒的に負けている西海岸同盟軍であったが、ただし兵の数は連合軍よりも多い3,000人である。しかし操兵の圧倒的戦力に対し、人間の兵士がどれだけ物の数になるのかは言わぬが花と言う所だった。
スカード島連合軍の旗操兵であるシグル・ナズル・サーズディンが、手にした破斬剣を掲げ、それを振って西海岸同盟軍を指す。すると全軍から雄叫びが上がり、連合軍は整然と前進を開始した。西海岸同盟軍は全操兵を前面に出し、迎え撃つ姿勢である。と、その時であった。わずか3騎と言う小勢であったが、狩猟機で構成された有力な部隊が、スカード島連合軍の現れた反対側、ミレノの街の西側から出現したのである。無論、それはフィー、シャリア、ブラガの3名が駆る操兵達であった。
フィーは拡声器を通して仲間に叫ぶ。
『敵の動きを見てくれシャリア!君のエルセが一番仮面の格が高いから、感応石の探知範囲は一番広いんだ!』
『フィー、狩猟機が1、従兵機が2、こちらに向かって来る!街の外を回り込んで来るから、まだ見えないけど!』
『フィー、狩猟機は頼んだぜ!』
シャリアとブラガも叫び返す。やがて敵操兵の姿が見えた。フィーは再び叫ぶ。
『マルツ・ラゴーシュ1騎に……形式が分からないのが1台、ガレ・メネアスが1台!』
『俺が型式不明な奴か。』
『あたしがガレ・メネアスね?』
敵の操兵は3体がばらばらに分かれて、フィー達を包囲しようと試みる。だがフィー達も散開し、見事に1対1の体勢が出来上がった。
フィーは迂闊にも無造作に間合いに入って来たマルツに向かい、魔力の込められた破斬剣を振り下ろす。その一撃は綺麗にマルツの肩口に入り、装甲に大きな罅割れを作った。慌てたマルツは、破斬剣で反撃を繰り出すが、フィーのジッセーグ・マゴッツには当たらない。
フィーは2撃目をマルツの右腕に向けて繰り出した。見事に攻撃は命中し、マルツの右腕は斬り飛ばされる。マルツは左手だけで破斬剣を持って攻撃して来るが、やはり当たらない。操手の技量があまりにも違い過ぎるのだ。
と、次の瞬間、フィーのジッセーグは足元にある岩の割れ目に躓いてしまった。体勢を崩したジッセーグに向け、マルツ・ラゴーシュの破斬剣が迫る。だがフィーは慌てる事はなかった。彼は攻撃を放棄し、回避に全力を注ぐ。ジッセーグ・マゴッツはマルツの破斬剣を、華麗に躱した。
その後もフィーの確かな操縦技量に支えられたジッセーグは、終始マルツ・ラゴーシュを圧倒する。そして最後の時が来た。フィーのジッセーグが持った魔剣の一撃が、マルツの胴体を上下に断ち切ったのである。マルツの上半身が、がらがらとその場に崩れ落ち、下半身は後ろに向けて倒れる。フィーは仲間達の支援に向かおうと、ジッセーグの首を振らせ、左右の状況を見渡した。
幸いな事に、フィーが手助けをする必要も無かった。シャリアのエルセ・ビファジールは、一撃も喰らう事なしに敵のガレ・メネアスを片付けていたし、ブラガのフォン・グリードルは多少長槍の刺突を喰らったものの、その厚い装甲で耐え、逆撃で型式不明の――おそらくは老朽化した――従兵機を叩き潰していた。
フィーは仲間に向かって言葉を発する。
『連合軍に手助けをしないといけないんだけれど、クーガさん達も心配だ!ブラガさんは街に直接向かってくれますか!?』
『わかった!西門を破って、中に入りゃいいんだな!?』
『あたしはフィーと一緒に外を回って、連合軍の手伝いに行けばいいのね!?』
3人はそれぞれの役割を果たすべく、各々の狩猟機を走らせた。
クーガは、修理中であった従兵機を奪う事に成功していた。練法で姿と気配を消し、ミレノ市の主城に入り込んで、そこで修理中であった型式不明の従兵機を奪ったのである。ちなみにその従兵機の操手槽は密閉型であった。比較的、一番状態の良い機体を選んだのであるが、やはり修理中だけあって、あちこちがガタガタである。クーガはその状態の酷い操兵に鞭打って、機体を立ち上がらせた。
彼はその場にあった斧槍を従兵機に拾い上げさせると、周囲にあった同じく修理中の従兵機や狩猟機を叩き潰す。修理のため外装が外されていたり、分解されていた機体は、容易に完全破壊された。そして彼は、主城から街中へと出る。目的はミレイル教会の建物だ。そこには一足先にハリアーが行っているはずなのである。
「私が行くまで、自重する様にとは言っておいたが……。」
クーガは従兵機を、全力で駆けさせた。しかし状態の悪いその機体は、クーガの意志に反して、のろのろとしか動かなかった。
一方のハリアーは、今攻撃を仕掛けるべきか悩んでいた。彼女の信ずる聖刻教会は、無用な戦いを禁じている。だが、これは無用な戦いでは無い……はずだ。宝珠『オルブ・ザアルディア』を手に入れて破壊することは、世界を救済する事に繋がるのであるから。彼女が何を悩んでいたかと言うと、今まさに彼女の眼前を、兵士達に護られたダーヅェン・バリスタが輿に乗り、東門へと向かって移動していたからである。ハリアーをぎりぎりの所で押し止めていたのは、ダーヅェンが本当に『オルブ・ザアルディア』を持っているかどうかが、未だにはっきりしていなかったと言う事実だ。
その時である。ダーヅェンの行列が、その足を止めた。いや、正確には足を止めざるを得なかった。突如強烈な突風が吹き付け、ダーヅェンの兵士達がばたばたと転倒したのである。ダーヅェンを輿で運んでいた人足やダーヅェン自身は、難を逃れた。ハリアーはこの術を見た事がある。クーガが良く使用していた風術だ。ハリアーはクーガが来たのかと思い、風の吹いて来た方向を見遣る。
だがそれはクーガでは無かった。
「……別の練法師!」
そこには静かに佇んでいる、仮面を被った人物がいた。体型からしておそらくは男と思われる。だがその仮面の意匠も、衣服の形も、クーガの物では無かった。ハリアーは急いで八聖者に祈りを捧げ、自らを練法から護るための秘術を行使する。その間、空中にいる練法師は、次々に風術を行使して、ダーヅェンの兵士を倒していった。ハリアーはその様子から、おそらくは風門の術師であろうと推測を立てる。
風門の練法師と思しき人物は、ダーヅェンに向かい、徐に言葉を発する。
「……貴公が所持している宝珠を、こちらに渡してもらいたい。さすれば命を失わずに済む。」
「き、貴様!それを何処で知った!」
ダーヅェンは血相を変えて、叫ぶ。練法師は冷たく言い放つ。
「貴公の知る必要の無い事だ。……で、どうするかね?」
練法師の言葉に、だがダーヅェンは不気味に笑うと拒否の返事を返す。
「断る。しかし貴様、中々の術者だな。……貴様も我が配下へと入るが良い。」
「む!?」
その瞬間、隠れて見ていたハリアーにも、強烈な呪縛の波動が押し寄せる。しかしハリアーは強力な抗術を使っており、更には元から高い精神力でこの手の術には強いのである。彼女はあっさりと呪縛を跳ね返した。
見ると、その風門の術者もまた呪縛をなんとか防いだ様である。彼は言った。
「ならやむを得ん。貴公を殺して、奪い取るのみ。」
「!?……ば、馬鹿な!この呪縛が効かないのか!?」
ダーヅェンは恐怖をその顔に浮かべる。風門の練法師は念じただけで強烈なカマイタチを作り出し、ダーヅェンとその輿をかついでいた者達を切り刻んだ。血が飛沫を上げる。ダーヅェンは幸運にも……純粋に運だけでカマイタチから逃れる事ができたが、輿から落ちた衝撃で動けなくなっている。
風門の練法師は、ゆっくりとダーヅェンに近づいて行った。だが、その前に立ちはだかる者がいた。ハリアーである。ハリアーは風門の練法師に向けて言った。
「まちなさい!貴方に宝珠を渡すわけにはまいりません!」
「……まだ邪魔者がいたか。」
風門の練法師は、ハリアーに向けて術を発動させた。結印も無しで、である。おそらく相当の実力者であるのだろう。彼女の周囲をカマイタチが吹き荒れる。しかしそのカマイタチは、彼女に傷一つ付ける事はなかった。ハリアーは鎚矛で殴りかかる。その一撃は、練法師の胸元に見事に決まった。練法師は思わず苦痛の声を上げる。
「ぐうっ!?き、貴様!抗術を使っているな!?何処ぞの僧侶か!?」
「ええ、その通りですよ!」
ハリアーは続けて鎚矛を振り上げ、振り下ろす。しかしこれは大きく目標を外れ、地面を叩いてしまった。彼女は姿勢を崩す。風門の練法師はその隙に、大きく距離を取る。そして今度は結印を行い、術を発動させた。おそらくかなり高度な術を用いて、抗術を破ろうと言うのだろう。練法師の指先から強烈な雷が放射される。だがその雷はハリアーを避けるようにして、彼女の周囲に落ちた。練法師は驚愕の声を上げる。
「この術すらも効かないだと!?なんと、そこまでの僧侶であったか!む!?」
と、そこへ損傷著しい従兵機が、斧槍を構えて突っ込んで来る。風門の練法師は舌打ちをして、空中に舞い上がった。従兵機は驚いたのか、動きを止める。練法師は一瞬念じただけで、カマイタチを発生させる術を使おうとした。従兵機には、どんな低位の術であれ操手を練法から護る能力は無い。操手の姿が見えない以上、直接操手を狙った術をかけるわけにはいかないが、一定範囲に効果のある術を相手の機体を囲む様にかけてやれば、その効果は操手に届くのだ。
だがその術は発動しなかった。風門の練法師は驚愕する。彼の記憶から、今使おうとした術が、完全に消え去っていたのである。これは相手の術を、相手の記憶から盗み去る練法だ。そう、あの従兵機の操手は自分と同じ練法師だったのだ。彼は舌打ちする。これ以上の戦闘は危険だ。
「……おぼえておれよ。我が名は白翼。亜竜不死合の練法師ぞ。この借りは、必ずや返すぞ。」
練法師……白翼は別の術の結印を開始した。この術は、自らの仮面が記憶している術であるため、盗まれる危険が無い。白翼の身体はその瞬間、風へと変じた。そして風に流されるままに、何処かへと消えて行ったのである。
風門練法師白翼が逃げ去った後、ハリアーは従兵機に駆け寄った。果たして従兵機からは、彼女の大切な仲間であるクーガの声が聞こえて来る。
『大丈夫かね、ハリアー?』
「ええ、私は大丈夫です。あの白翼とか言う練法師にも、宝珠を持っていかれずに済みました。」
『それは重畳。』
クーガはそう言うと、輿から落ちて呻いているダーヅェンの方へ従兵機を歩かせはじめる。ハリアーもまた、ダーヅェンに声をかけながら彼に歩み寄った。
「あなたが、あの宝珠『オルブ・ザアルディア』を持っているのですね?どうか私達に渡してください。あれは危険な道具なのです。」
「き、貴様らもあれを狙っておるのか!い、嫌だ!渡さん、渡すものか絶対に!」
ダーヅェンは、なんとか立ち上がって逃げようとする。しかしクーガの従兵機が、斧槍の刃をその前の地面に叩き付けた。ダーヅェンは息を飲んで足を止めた。だが振りかえったその顔は、決して諦めた顔では無い。それは悪鬼の形相だった。ダーヅェンは叫ぶ。
「き、貴様ら!あの宝珠の力を知らぬな!?思い知るが良い!」
そう言ってダーヅェンは、懐から宝珠を取り出すと空に掲げた。宝珠から光の柱が天に向かって立ち昇る。ハリアーとクーガは焦った声を上げる。
『まずい!宝珠が発動した……いや、発動させたのか!?』
「クーガ!周りの死体が!」
ハリアーの言う通りだった。先程風門練法師白翼に殺された兵士達の死体が起き上がり、死人となってクーガ達に一斉に襲い掛かって来たのだ。ハリアーは急いで合言葉を唱え、聖なる鎚矛の力を開放する。
「くっ、『光の鎚矛』よ!汝の力を!オーロールゥ!」
死人程度の力量の低い死霊は、『光の鎚矛』が発する聖光の中に立ちいる事はできない。ハリアーは先に立ち、輝く鎚矛で死人の群を掻きわけて進む。その後をクーガの従兵機が、手近な死人を叩き潰して死体に戻しながら追った。目的は、逃げるダーヅェンだ。しかし死人に邪魔されて、クーガとハリアーは、なかなか速度を上げる事ができないでいた。
ミレイル首都、ミレノを奪還すべく攻めていたスカード島連合軍は、混乱の極致にあった。突如ミレノ市の城壁の中から天に向かって光の柱が立ち昇ったかと思うと、倒したはずの敵兵が立ちあがり、再び攻撃を仕掛けてきたのだ。極めて異常な事態である。しかも生ける死人として蘇るのは、敵の死体だけではない。味方の死体さえも、腹から腸をこぼしながら立ち上がり、今までの味方に襲いかかってくるのだ。それを目の当たりにした者達は思わず恐怖に凍り付き、その隙を突かれて死人に捕まってしまったりしている。
操兵騎士達も、同様のあり様であった。倒したはずの敵狩猟機が起き上がり、攻撃を仕掛けて来る。その機体はあちらこちらが腐り果て、腐臭を漂わせていた。流石に従兵機までは蘇りはしないが、それでも充分な異常事態だ。連合軍側の1騎のマルツが恐慌に陥り、滅茶苦茶に破斬剣を振りまわす。偶然その一撃が、腐った敵狩猟機の胸板に命中する。しかし大穴が開いた敵狩猟機の胸板は、すぐさま再生し、何事も無かったかの様に腐った敵狩猟機は攻撃を仕掛けてくる。マルツの操手は悲鳴を上げた。
全軍の士気が崩壊しかけたその時、一陣の風が吹く。その風は、黒鉄色をしていた。クロイデル・ギンガス=オルノーサ駆るシグル・ナズル・サーズディンである。サーズディンはマルツに襲いかかろうとしていた腐った狩猟機を一撃で腰断すると、大音響で叫んだ。
『恐れるな!このような事、聖なるペガンズの神々が許しておくはずが無い!なんとしても、このあやかしの術を打ち破り、ミレイルを魔の手から奪回するのだ!』
サーズディンの雄姿に、スカード島連合軍は息を吹き返す。周囲からちらほらと声が上がり、やがてそれは全軍による雄叫びへと変わる。連合軍は崩れかけた隊列を組み直し、死人の群と敵軍とを押し返し始めた。だがそれを成し遂げたクロイデルは、口の中で小さく呟く。
「これがあの山師達が言っていた宝珠とやらの力か……。今は持ち直したが、いつまで続くか……。」
彼の目には、斬り倒したはずの腐った敵操兵が再生し、立ち上がる姿が映っていた。
街の中では、クーガとハリアーが苦戦していた。ハリアーは既に『光の鎚矛』の力を、その1日の使用可能回数である3回まで使いきっており、今は必死に死人の攻撃を躱しながら直接戦っていた。死人は当初よりもその数を増やしている。どうやら、占領の際に惨殺されて広場に積まれていたミレノ市民の死体も、死人として蘇って来ている様だ。ハリアーはできるだけ多くの敵に囲まれない様に、障害物のある場所を選んで戦っていたのであるが、どう考えても多勢に無勢である。クーガの従兵機による支援があればまた話は別であったかもしれないが、クーガは別の敵と渡り合っていた。それは腐った狩猟機……死操兵である。
この死操兵は元々修理中であった狩猟機だったのだが、クーガが従兵機を奪った際に、彼の手によって完全に破壊された。だがその破壊された狩猟機は、あの宝珠『オルブ・ザアルディア』の力で死操兵として蘇ったのである。そして今、その死操兵はクーガの従兵機を襲っていたのだ。
クーガは必死に死操兵の首を狙って斧槍を振るう。しかし斧槍は取り回しが難しい武器であり、なかなか相手の首には命中しない。しかも逆に死操兵の攻撃を受け、元から損傷していた彼の従兵機はもはや風前の灯も同然であった。そしてとうとうクーガの従兵機はとどめの一撃を受ける。死操兵の長剣により、機体の腰部から上下に二分されたクーガの従兵機は、上半身と下半身に分かれて地面に転がった。機体の上半身から、よろよろと重傷を負ったクーガが這い出て来る。
ハリアーはクーガに走り寄ると叫んだ。
「クーガ!大丈夫ですか!?」
「む……。少々きついが、まだ何とか動ける。」
クーガは強がりを言う。そして彼は殺傷力のある強力な気圧の弾丸を放つ術と、小さな火球を生み出す術を合成して結印し、今まさにハリアーに襲いかかろうとしていた1体の死人に向けて解き放った。その死人は、6発の気圧の弾丸と、1発の火球を受けて吹き飛ばされる。だが死操兵が彼等の方へゆっくりと歩いて来た。クーガは小さな声で言う。
「逃げたまえ、ハリアー。ここは私がなんとかする。」
「何を馬鹿なことを!貴方こそ逃げてください!転移の術があるでしょうに!」
「そう言うわけには行かないな。あの死操兵や、この死人達をまとめてなんとかする方法は、無くもない。」
そう言ってクーガは、無限袋から畳んだ布地を取り出す。それはかなり大きな代物だ。その表面には、練法陣が描かれている。これはクーガの使い得る最強の秘術のための練法陣だ。だがこの術の行使には、多少の時間が必要であるはずだ。練法陣の描かれた布地を広げるという準備も要る。どう見ても、目の前に迫った死操兵を相手にするには時間が足りない。その上、周囲を十重二十重に囲んでいる死人が邪魔になってしまう。
ハリアーは直感した。クーガが逃げないのは、ハリアーのためであるのだ。ハリアーは以前よりもずっとその僧侶としての格を上げている。そのため、戒律もまた以前より厳しく護る事が義務付けられる。そして僧侶には、聖刻の力に直接頼る事は許されないのである。たとえば練法師であるクーガの空間転移の術で逃げ出す、などの行為がそれに当たる。練法師の術は、聖刻の力そのものであるのだ。彼女の格が低いうちであれば、それらの行為も目こぼしされたであろう。しかし八聖者より『探索』を命じられる程の僧侶となった今では、そう言うわけには行かない。戒律を厳格に護る必要があるのだ。たとえ命の危機に晒されようとも。
クーガはそれを知っており、それ故に彼女と共に練法の転移術で逃げ出そうとはしていないのだ。また自分1人でなら転移術で逃げ出せるはずなのだが、彼はそれをも良しとはしなかったのである。ハリアーを見捨てる事は、彼にはできなかったのだ。
ハリアーは急ぎ心で念じて、自分の指に聖光を灯す術を行使する。先程『光の鎚矛』に灯っていたのと同質の光が、彼女の指先に灯った。彼女はそれを高々と掲げ、反対側の手でクーガの腕を掴む。重傷を負っているクーガは、思わず呻いた。
「ぐっ!は、ハリアー、何を?」
「黙ってなさい!ここを突破しますよ!」
ハリアーは聖光を振り翳して、強引に死人の群を突破する。死人は聖光から逃れようとして、ハリアーの前に道を開ける。死操兵もまた、その聖光を避ける様に後ずさった。2人は脱兎の如く走る。死人の群と死操兵は、その後を追って来た。
スカード島連合軍は、今の所士気を保っていた。それには何よりも、サーズディンの存在が大きい。オルノーサ王家の守護操兵であり、スカード島の守護神であるこの操兵が、自ら先陣を切って戦っているのである。士気が上がらない方がおかしかった。
だが、それも時間の問題であろう。死人自体は倒せば死体に戻るものの、ここは戦場であり、死人の材料は沢山ある。また、敵の狩猟機はおろか、味方の狩猟機さえも倒されればすぐさま腐り、敵として連合軍に向かって来るのである。サーズディンの活躍で、味方の狩猟機に被害はそれほど出ていないが、それでも既に2騎が腐った狩猟機の仲間入りをしていた。更に言えば、腐った狩猟機はどれだけ攻撃を加えても、すぐさま傷を再生して立ち上がって来るのである。
クロイデルは舌打ちをした。軍の傷が浅いうちに退却を考えるべきかも知れない。だが退却しようにも、その時期が掴めない。スカード島の守護神であるこの操兵の乗り手が、うかつに退却を命じると、軍は総崩れになるだろう。クロイデルは人知れず懊悩した。その時である。
『うりゃあああああぁぁぁぁぁっ!ガルウス!』
サーズディンに後ろから襲いかかろうとしていた腐った狩猟機の首が、刎ね飛ばされた。首を刎ねたのは、フィーのジッセーグ・マゴッツである。そして地面に落ちたその首を、シャリアのエルセ・ビファジールが『気』の込められた長剣で刺し貫く。
『たああああああぁぁぁぁぁぁっ!!』
その瞬間、腐った狩猟機の身体がぐずぐずに崩れ出し、地面に倒れる。もはや再生はしない。フィーのジッセーグから、サーズディンに声がかけられる。
『ご無事ですか、クロ……いや夫君殿下。』
『すまぬ。助かった。しかしどうやって、あの不死身の怪物と化した腐った操兵を倒したのだ?』
『奴らは死操兵と言って、死んだ操兵です。奴らの弱点は首です。首を徹底的に破壊すれば、奴らは蘇ってきません。』
サーズディンのクロイデルは、声を張り上げる。
『聞いたか!奴らの弱点は首だ、首を狙え!奴らは既に化け物だ、何の遠慮もいらぬ!』
『『『おおおおおぉぉぉぉぉ!!』』』
周囲の操兵達から、喜びの声が上がる。スカード島連合軍の操兵達は、死操兵を取り囲み、首を狙って攻撃をかけた。フィーのジッセーグとシャリアのエルセもまた、他の死操兵を狙って攻撃を仕掛けた。更に凄まじかったのはやはりサーズディンである。操手であるクロイデルの腕前もそこそこの物だったが、何より操兵の力が凄い。獅子奮迅の活躍をして、死操兵を斬り伏せて行った。それを見た、兵士達の士気もこれ以上無いぐらいに上がる。兵士達も、従兵機の支援を受けつつ、死人の群を駆逐して行った。
ハリアーとクーガは、城壁際に追い詰められていた。ハリアーの使った結界術が、なんとか2人を護ってはいたが、何と言っても敵の数が多すぎた。ハリアーはクーガに向けて言う。
「クーガ、貴方だけなら転移術で逃げられるでしょう?」
「馬鹿な事を。二度とは言うな、ハリアー。いいかね、君を置いて私は逃げない。」
「クーガ……。」
ハリアーは一瞬押し黙る。だが何か覚悟を決めたのか、クーガに話しかけた。
「わかりました。では最後の賭けといきましょう。あの死操兵さえ倒せれば、後は動きの鈍い死人です。逃げ切る事は不可能では無いでしょう。これをお願いします。」
腰の袋から素焼きの小瓶を取り出したハリアーは、それをクーガに手渡す。クーガは尋ねた。
「これは?」
「聖水です。」
「そうか、以前別の死操兵を倒した、あの術を使うつもりか。」
クーガの台詞に、ハリアーは頷く。クーガは死操兵に向き直ると、思い切りその小瓶を投げつける。重度の打ち身を受けて、其処彼処の骨に罅が入った身体が痛んだが、彼は意志の力でその苦痛を噛み殺す。小瓶は死操兵の装甲に当たり、砕けて中の聖水を撒き散らした。聖水は死操兵の胴体を濡らす。すかさずハリアーが、あらゆる負の生命を払う招霊の秘術を行使する。ハリアーの祈りに聖霊が応え、死操兵の胴体にかかった聖水が閃光を発する。次の瞬間、死操兵は消滅していた。
ハリアーは呟く。
「あとは死人だけですね。」
「また聖光を出して、切り抜けるかね?」
「そうですね、少々待ってください。」
クーガの問いにハリアーは首肯し、一時的に自分の精神力を賦活させる術を用いる。これで術を用いる精神力を確保するつもりだ。そして彼女は心で念じて術を行使し、再び自らの指に聖光を灯す。
「さあ、行きましょうか。」
「待ちたまえ、露払いをする。」
クーガは僅かの間、何やら念じると、ただそれだけで直径10リット(40cm)はある大きな火の玉を出現させる。更に彼は続けて術を念じ、烈風を呼びだす。火の玉は烈風に飛ばされ、猛烈な勢いで死人の群に突っ込んで炸裂した。更に烈風自体が死人の群を吹き飛ばし、包囲に大きな穴を開ける。
ハリアーは輝く指先を前方に掲げ、走り出した。クーガもその後を追う。死人がのろのろと、その後を追った。クーガは走りながらハリアーに問う。
「何処へ逃げるかね?」
「昨夜、私達がこの街に入って来た場所、城壁が壊れていたあそこはどうでしょうか?」
「そうするとしよう。」
2人は必死に走った。だがハリアーは術の使い過ぎによる極度の精神疲労で、クーガは操兵戦闘時の重度の打ち身で、共に時折走れなくなる事があった。そのため、追手である死人を引き離す事は叶わなかった。
やがて彼等は、目的地である城壁が崩れた場所までやって来た。だが最悪な事に、そこにも死人が屯していた。その死人達は目的も無くうろうろしていたが、2人を見つけると襲いかかって来る。ハリアーはもはや術を使う余裕は無い。クーガは一瞬精神を集中させて念じると、自分の精神力を一時的に回復させる術を使う。そして彼は、続けて強力なカマイタチを発生させる術を念じた。彼の前方にいる死人達はずたずたに斬り裂かれる。だが後方からも死人はやって来る。クーガは前方の脅威を取り除くべく、連続してカマイタチの術を念じた。ハリアーが叫ぶ。
「クーガ!来ました!」
ハリアーは腰から鎚矛を抜いて、その手に構えている。後ろから来た死人を相手にするつもりだ。だがいくら何でも、敵が多すぎる。クーガが前方の敵を殲滅するまで、持ちこたえられるかどうかは分からなかった。
その時である。巨大な影が、クーガとハリアーを追っていた死人の群と彼等の間に割って入る。それは地味な灰色に塗られた全高1.71リート(6.84m)の鉄巨人、ブラガの狩猟機フォン・グリードルであった。ブラガの声が拡声器から響く。
『大丈夫かよ?2人ともよ。』
「……あまり大丈夫では無いな。力尽きる寸前だよ。」
クーガが平板な声で言う。表情は仮面に隠れて見えないが、どうせいつも通り無表情の鉄面皮なのだろう。ブラガは2人に向かって言った。
『なら、お前さん方は脱出してくれや。その間、こいつらは俺が相手してやらぁ。』
ブラガのフォン・グリードルは、両手の手斧と小剣を振るい、次々に死人を叩き潰して死体に戻して行く。死人も攻撃するが、フォン・グリードルにはまったく攻撃が通じていない。クーガとハリアーは、ブラガが戦っている間に城壁の壊れた所から外へと脱出する事ができた。やがてブラガも、2人が逃げたのを確認してから、その城壁が壊れた個所から外部へ脱出した。
そしてミレイル首都であるミレノ市は、スカード島連合軍の手に奪回された。街中にいた死人の群も、連合軍によって駆逐され、再びミレノ市は安全な街となった。ミレイルの西半分は未だ西海岸同盟の手にあるが、それも時間の問題だろう。キムナストに攻め込んだ西海岸同盟軍の主力は、情報によればスカード島連合による援軍と、キムナスト軍との合同作戦により、動きを封じられているとの事であった。このままクロイデル率いる部隊がミレイルの西半分をも取り返せば、キムナストにいる西海岸同盟軍は、補給路を失って立ち枯れるであろう事は明白である。
しかしクロイデルは事態を楽観できなかった。今回ダーヅェンの手によって使われた宝珠『オルブ・ザアルディア』の力により、実の所かなりの被害が出ていたのである。狩猟機は2騎が倒された際に死操兵化し、修理する事は不可能であったし、従兵機も6台が破壊されたのを始め、過半数が大きな損傷を被っている。また騎兵や歩兵は2,500人のうち、2割にあたる500人が死傷し、戦力外となっていた。これらの被害のうち、かなりの部分が死操兵や死人による物であったのだ。それさえ無ければ、連合軍は容易に大勝利を収めていたに違いない。
最悪であったのは、せっかく前線に出て来ていたダーヅェンを取り逃がした事であった。死人の大群を使ってクーガやハリアーの手から逃れた後、何処へ雲隠れしたのか、一向に判明しなかったのである。だが少なくとも、既にミレノの街にいない事は確実であった。ダーヅェンの専用馬車が、ダーヅェンが宿泊所に用いていた教会から消え失せていたのだ。おそらくは、あの異変で連合軍が混乱している隙を見て、何処かに逐電したに相違無かった。
「特殊部隊を編成して、ダーヅェンを追わせる、か?いや、彼等に依頼した方が確実かも知れないな……。」
彼等、とは無論フィー達の事である。クロイデルは、フィー達に会うべく立ち上がった。
あとがき
一応戦いには勝利する事はできましたが、今回は宝珠『オルブ・ザアルディア』を奪取する事はできませんでした。しかもスカード島連合軍には、宝珠の力によってけっこうな被害が出ています。決着は、先送りになりました。
実の所、宝珠を持ったダーヅェン・バリスタが、何処へ逐電したのかは、正直何の手がかりもありません。フィー達一行は如何にして怨敵ダーヅェンの行方をつきとめるのでしょうか。……まあ、実際お手軽な手段を使うんですけれどね。
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