「争乱再び」


 帆船『銀色の秋刀魚』号は、スカード島に唯一公式に開かれている港、オシー港に入港した。無論非公式の港は無いわけでも無いが、別に犯罪者にでもなる気がなければ、スカード島に入るにはこの港から上陸するのが普通である。フィー達一同も勿論、犯罪を犯す気などは無く、この港から島へ入るのに文句は無かった。
 シャリアが2週間ぶりの上陸を前に、嬉しそうな顔で言う。

「わあ……。これがスカード島かぁ……。いったいどんな所なんだろ。」
「鉄鉱山の島だとは聞いてるけどね。」

 フィーがシャリアの疑問に答える。さらにブラガが補足説明をした。

「随分と田舎だって話だがな。リムトスとどっちが田舎かね。ファインド森林に比べれば、まだマシだとは思うがな。」
「田舎者で、悪かったですね。」
「ブラガに悪気はあるまい。それにシャルク出身のブラガからすれば、南部の何処へ行こうと田舎なのは本当の事だ。まあ西、北部域と比べればそのシャルク法王国とて田舎なのだが。」

 ファインド出身者であるハリアーとクーガが、ブラガの台詞に棘のある台詞を返した。もっともクーガの言葉はいつも通り平板で感情を感じさせず、内容ほどの棘を感じさせなかったが。ブラガは慌てた。
 そんなブラガの様子には構わず、クーガがスカード島について蘊蓄を述べる。

「田舎とは言っても、開発の手は既に奥まで入っている。鉄鉱山開発の目的でね。2週間前まで居たリムトス森林国と比べれば、あちらの方がずっと田舎だな。
 ちなみに広さから言えば、リムトスの半分以下だが、その中に30以上の小さな都市国家が存在している。以前まではこの島の最大勢力は、最多の良質な鉄鉱山を保有しているロデマス国であったのだが、しばらく前のスカード争乱によりその勢力は分裂、当時頭首だったクサルーカン・ロデマス自身も命を落としている。今はアウゲスティン古王朝のオルノーサ王家を象徴として、その後見のアゴスティス派が、圧倒的とまでは言えないが最大の力を持っている……らしい。」
「……何処からそう言う知識を仕入れて来るのよ。」

 シャリアが呆れた口調で言った。クーガはそ知らぬ様子だ。そうこうしている内に、『銀色の秋刀魚』号はオシー港の桟橋に接岸した。フィー、シャリア、ブラガの3人は各々の操兵に仮面を着けるとそれに乗り込み、起動させる。ハリアーとクーガも、自分の馬を船倉から曳いて来た。そしてフィー達一同は、『銀色の秋刀魚』号とその船長、船員らに別れを告げ、船を降りて行った。



 フィー達一同は、オシー港内に設けられた酒場に入ると、適当な料理や酒を注文した後、テーブルの上に地図を広げた。もっともそれは、西方南部域全体の地図であり、スカード島それ自体はさほど大きく載ってはいない。ちなみに半リートはある例の杭『パイ・ル・デ・ラール』を店に持ちこんでいるため、店の者からは若干嫌な顔をされた。
 フィーは眉を顰めながら言った。

「もう少し、詳しい地図が必要ですね。何処かで仕入れないと。」
「この国、タンラス荘園はさほど大きな国ではない。しかし島の唯一の玄関口として、非常に重要な個所にある。そのため、非常に賑わっている。商人の類も多いから、なんとかなるだろう。」
「……なんでオシー港なのに、タンラス荘園なんですか?普通どっちかに名前が統一されてるはずじゃ?」

 クーガの台詞に、疑問を感じたフィーがその疑問を口に出す。クーガは答えた。

「先代の荘園主、オシー・シャンクラスはスカード争乱で死亡している。その跡目に選ばれたのがタンラス・カックォーだね。だから荘園の名前はタンラス荘園と変わったが、港は通り名としてオシー港の名前が残っているのだね。もっとも正式には、今ではタンラス港と言うらしいが、誰も昔の名前でしか呼ばないらしい。」
「なるほど……。じゃあまずは、何か腹に入れたら地図を仕入れに行きましょうか。」

 その時、ずかずかと足音高く酒場に入って来た者達がいた。4人程で皆、僧服を着ている。彼等は酒場の中心で、朗々とペガンズ八柱神に祈りを捧げた。すると、彼らの光の灯った指先がつ、と動き、ある者の指はハリアーを、ある者の指はクーガを指差す。これは術者や術者の宗教にとって、邪悪とされる者を探し出す術法である。特にこの者達の宗教である神聖ペガーナは、異端や異教徒に対し厳しい。彼等に取っては、異教徒たる聖刻教会信徒も、異端者たる練法師も、教敵であった。彼等は叫んだ。

「こいつらは異端者だ!即刻捕まえろ!」

 次の瞬間、クーガが心の中で念じた術が発動し、彼等の内3人を金縛りにする。そして、続けてハリアーが同じ様に心で念じて発動させた術が、残った1人を金縛りにした。クーガとハリアーは溜息を吐く。クーガは言った。

「そう言えば、ここタンラス荘園では神聖ペガーナが信仰されていたのだったな。」
「クーガ、今のうちに逃げましょう。」

 2人はフィー、シャリア、ブラガに言う。

「急いで逃げよう。私達のせいで、済まない。」
「この術は、そうは持ちません。」
「わかった、行きましょう」

 フィーはそう言って立ち上がる。残り2人もそれに倣った。彼等は酒場をとっとと逃げ出す。店の前に繋いでいた馬を取り戻し、クーガは真剣な声音で言う。

「急いでこのタンラス荘園を抜け出す必要があるな。私とハリアーが手配される危険がある。」
「急いで買い物をしてしまいましょう。」

 ハリアーも自分の馬を曳きつつ、それに応える。一同はそれに頷くと、市場の方へと向かった。幸いな事に、市場では目的としていたこの島の地図は、すぐに見つかった。少々値がはったが、急いでいる彼等は特に交渉などせずに言い値で買う。その他、食糧品などを買い込んだ彼等は、駐機場から操兵を引き取り、さっさと街道を西進したのである。



 ここはバミツ国ガーコ村、鉱山同士を結ぶ鉱山街道途中の小規模な宿場である。フィー達一同は中途半端な時間にタンラス荘園を出発せざるを得なかったため、この村で宿を取る事にした。宿の一室で、彼等は買ったばかりの地図を広げる。
 フィーがハリアーに尋ねた。

「ハリアーさん、この地図でハリアーさんが啓示で見た光は、どの辺にありましたか?」
「ええ、大体この辺ですね。」

 そう言ってハリアーが指差したのは、スカード島西海岸に位置する都市国家、バリスタである。一同はクーガを見るが、クーガは首を横に振った。

「流石に私でも、スカード島の事について全て詳しく知っているわけではないよ。島の中央部に集中している裕福な鉱山国以外は、大体が農業や漁業によってその経営を成り立たせているらしい。そのバリスタ国も、おそらくはそんな平均的な都市国家の1つではないかね?」
「クーガでも知らない事はあるんだな。」

 ブラガが呟く。彼は続けて言った。

「んじゃあ、ちょいとその辺の酒場に行って来るとしようか。そのバリスタとか言う国について、情報を集めてくらあ。」
「あ、俺も行きます。」
「あたしも。」

 フィーとシャリアがブラガに追随する。彼等3人は、連れ立って宿の外へと出て行った。残されたクーガとハリアーは、とりあえずする事が無い。彼等は荷物の番をしながら、3人が帰って来るのを待つ事にした。



 ブラガは酒場のカウンターで一杯引っ掛けながら、酒場の店主に話を聞いていた。フィーとシャリアは、同じく酒を嗜む程度に飲みながら、その様子を見ている。ブラガは店主に向かい、問うた。

「なあ、ちょっと知りたいんだが、バリスタって国はどんな国なんでぇ。」
「バリスタ?西海岸の、かね?」
「ああ。」

 店主は一寸考えると、素焼きのコップを洗いながらブラガに答える。

「どんな国って言われてもねぇ……。普通の国、だあね。主な産業は漁業と農業。スカード島の中では、食糧生産国だね。鉱山持ってないから。正確にはバリスタ準爵領って言うんだけどもよ。実際の所、歴とした独立国家だわな。」
「へぇ。領主様はどんなお人なんでぇ。」
「ハルヅェン・バリスタ準爵様だな。温厚で人柄の良い人だけど、まあ名君てわけじゃ無い。ただ凡愚でも無いけどな。オルノーサ王家に完全に忠誠を誓うとまではいかないが、きちんと敬意を払ってる。今の所、大した問題は無い国だぁね。ただ跡継ぎのダーヅェン様が放蕩息子でねぇ。次の代になったら、あの国潰れるんじゃないかね。」

 店主は笑いながら言った。ブラガも笑いながら、追加で質問をする。

「ははは、ところでよ。最近その国に、何か変な事件とかは起きてねえかい?」
「うんにゃ、何にも無ぇよ。平和なもんさね。なんだい、何かあるのかい?」
「うーん、あると言えばある、無いと言えば無いんだがな。」
「なんだいそりゃ、ははは。」

 店主はブラガの台詞に苦笑した。と、フィーがブラガに耳打ちをする。

「ブラガさん、鍛冶組合が何処かに無いか、聞いて見てくださいよ。」
「お、そうだったな。……なあ親父さんやい。操兵鍛冶の鍛冶組合は、何処にあるか知らないか?俺らの操兵の調子、見て貰いたいんだがよ。」
「なんだい、お前さん方、操兵持ちだったのかい。んー、そうだね。こっから西に行った所にある、アムラトって鉱山都市に1つ、立派なのがあるよ。アムラトは先の戦争で壊滅したんだがね。復興したオルノーサ王家の直轄領として復活したんだ。都市の人口は以前ほどじゃあ無いが、それでもそこそこ大きい街だね。」

 ブラガはその答えに満足すると、酒代としては多少多目の額をカウンターに置いた。フィーとシャリアもまた、自分の飲んだ分の酒代を置く。店主は愛想良く言った。

「こんなに良いのかい?んじゃ、良かったらまた来とくれ。」
「んじゃな、親父さん。」
「ごちそうさまでした。」
「ごちそうさま、おじさん。」

 3人は、それぞれ店主に挨拶をすると店を出て、宿へと帰る事にした。帰り道で、ブラガは2人に言う。

「さて、アムラトとか言う街に寄ったら、あとはまっすぐバリスタだな。」
「だけど、地図によればバリスタに行くにはけっこうな難所がいくつかあります。注意が必要ですよ。」
「それにトオグ・ペガーナの連中も、きっとこの島にやって来るはず。いや、もしかしたらもう来てるかも知れないわ。そっちにも注意しなくちゃ。」

 フィーとシャリアは徐に言った。その言葉に、ブラガも眉を顰めて考え込む。だがすぐに顔を上げ、彼は言った。

「ま、今悩んでても仕方ねぇ。やれる事を1つづつやって行くしか無ぇさ。」

 彼等はゆっくりと、宿への道を歩いて行った。



 そして次の日の昼前、フィー達一同は鉱山都市アムラトへと到着していた。こんな中途半端な時間にこの街へ着いたのも、タンラス荘園を慌ただしく逃げ出して来なければならなかったためだ。彼等は街に入るとまず、鍛冶組合の建物を探す。幸いな事に、それはすぐに見つかった。フィーは応対に出た渉外係の鍛冶師に、彼らの操兵の点検を依頼する。

「……と言うわけで、俺達の操兵は2週間ばかり潮風に晒されて来たんで、どこかまずい事になってないか、点検をお願いしたいんですよ。」
「ああなるほど。了解しました。そう言う事なら狩猟機は500〜600、従兵機は300って所ですね。悪い所があったら、更に金がかかる可能性もありますが。明日までには点検終えておきますよ。」
「そうですか……。お願いします。」

 鍛冶組合の建物を出ると、ブラガは愚痴を言う。

「やっぱり高ぇなあ。操兵を維持するだけで、金が飛んでくぜ。」
「仕方ないですよ。操兵って言うのは、そんなもんです。」

 フィーがブラガを宥める。そこへシャリアが口を挿んだ。

「ねえ、酒場に行って情報を集めるにも時間が早いし、街を見て歩かない?」
「そうですね。かまいませんよ。」
「こう言った、物流の中心地となる場所には、様々な珍しい物が集まって来るものだからね。何か掘り出し物でも見つかるかも知れない。」

 ハリアーとクーガが、シャリアの言葉に賛成した。フィーとブラガにも否やは無いらしい。彼等は商店が軒を連ねる方へ向かい、歩き出した。



 その日の夕方フィー、シャリア、ブラガの3人は、情報収集のため酒場回りをしていた。ちなみにクーガ、ハリアーはまた留守番である。フィー達一同は、例の杭『パイ・ル・デ・ラール』や宝珠『オルブ・ザアルディア』を始めとして、失うわけにはいかない貴重品を多く抱えている。そのため、宿に置いた荷物を見張る役はどうしても必要になるのである。
 それはともかく、フィー達は何軒目かの酒場を出て来た所であった。バリスタ国に関する情報は、以前手に入れた物と大差は無く、増してや肝心の『オルブ・ザアルディア』に関する情報は、かけらも手に入らなかった。ブラガはいい加減酔いが回ったらしく、少々ふらついている。

「くっそ……。また空振りかよ。」
「まあ、仕方無いでしょう。とりあえず何も起きて無いって事は、良い事じゃないですか。」
「そうね。あの宝珠が発動してたら、えらい事だもんね。」

 フィーとシャリアは、毎回の様にブラガの情報収集に付き合って飲み歩いているうちに、どうやらブラガよりも酒に強くなったらしい。彼らの足取りはしっかりしている。ブラガは仏頂面で、彼らの様子を眺めた。と、何処かで聞いた様な声が彼等の耳に届く。

「もし、お客さん。ちょいと占っていかないかい?」
「お?」

 ブラガはその声の聞こえて来た方に、顔を向ける。そこには、何処かで見た様な気がする小さな天幕が張ってあった。その天幕には異国風の刺繍が施されている。どうやら、占術師の出店の様だった。
 フィーとシャリアは、その何処かで見た様な天幕に、首を傾げる。どうも今一つ思い出せない様だ。だがブラガはその占術師の出店を、しっかりと思いだしていた。

「そう言や、あんときも似た様な状況だったな……。」

 ブラガは先に立って、その天幕へと入って行く。フィーとシャリアは、一瞬戸惑ったが、すぐに後を追った。果たしてそこには、以前リムトス森林国にて、宝珠『オルブ・ザアルディア』の在り処を占ってくれたあの女占術師が座っていた。彼女の前には小さな丸テーブルが置かれ、その上には直径3リット(12cm)程の水晶球が光っている。
 ブラガは丸テーブルの前に置かれている、背もたれの無い椅子に腰かけた。そして彼は口を開く。

「よお。また会ったな。」
「言ったろ?また会いそうな予感がするって。ところで早速だけどね……。あんたら、今回は1歩遅かったね。もっとも、あんたらは出来る限り早くやって来たんだから、あんたらのせいじゃ無いけど、ね。」
「……なに?」

 占術師の女は、目を半眼にすると、重々しく言葉を紡ぎ始めた。

「恐怖の核、神の力宿せし珠は、既に贄の手に有り。贄は自らを贄と知らず。されど珠の力に魅せられし贄、その力を振るわん。戦乱治まりしこの地に、再びの戦を呼びこまんとす。恐れよ恐怖の核たる珠を。贄のその身を化生と為す。其はバリスタの地、スラー城にあり。其は既に魔窟なりや。そして密かに珠を狙う者あり。1つは邪なる神の僕。1つは風纏いし魔導師。ゆめ忘るるなかれ。
 ……てな所かね。」
「てな所かねって、お前な……。どうせ格好つけるんなら、最後まで格好つけやがれ。
 しかし……。もうあの宝珠による災いが、始まりつつあるってわけか?しかも宝珠を狙う奴らが2組もある?邪神の僕は知ってるが……。風纏いし魔導師、だと?冗談じゃねーな。」

 ブラガは占術師の女に向かい、愚痴を吐いた。女はただ笑うだけだ。と、そのときフィーが声を上げる。

「ああっ!思い出した!あんた、リムトスのマグマナンドに居た占術師!」
「ああ!そう言えば!」

 シャリアもようやく思い出した様だ。ブラガは呆れた声で呟く。

「なんだよ、今頃気付いたのか?」
「ま、教える事はこれぐらいかねぇ。ただ、今回見料の代わりにちょいとお願いしたい事があるんだけどね。」
「……なんでぇ?」

 占術師の女はにっこり笑うと、ブラガの疑問に答えた。

「バリスタ国に潜入して、そこのお姫様を助け出して欲しいのさ。バリスタ国は今……ちょうど今頃、大変な状態になってるはずだからね。あたしの占いによれば。
 あたしはあそこのお姫様にはちょいと借りがあってねぇ。先代のバリスタ準爵、オルヅェン様ん時に、ちょいと縁起でもない占い結果が出たんだよ。そん時、つい歯に衣着せずに、そのまんま言っちまってさ。あやうく斬られる所だったんだよね。そこに口添えしてくれたのが、お姫様……アーシア・バリスタ様ってわけなのさ。」
「見料の代わりがソレかよ。前回と違って、随分高ぇ見料だな。」

 ブラガの厭味にも、占術師の女は動じない。女は後ろにいるフィーとシャリアの方を見遣る。彼女は言った。

「ねえ、あんたらを見込んで頼むよ。バリスタ国はあたしの占いが当たってれば大変な事になる、いや既になってるはずなんだ。そしてあたしの占いは当たる。……どうかアーシア姫様を助けてあげてくれないかい?」
「……ねえフィー、ブラガ。助けてあげても良いんじゃないかな?ハリアーだったら、見捨てないって言うだろうし。クーガだって皆が賛成すれば、反対はしないと思うわよ。」
「……そうだね。重要な情報も貰ったことだし。スラー市ってのは、バリスタ国の首都でしたよね。宝珠『オルブ・ザアルディア』がそこにあるって分かっただけでも大きいですよ。」

 だがブラガは眉間に皺を寄せて言う。

「いや、待て。事が大きすぎる。きちんと仲間全員に話を通してからじゃねえと、受けられねぇ。……フィー、シャリア、お前らは一度戻って、クーガとハリアーにこの事を伝えるんだ。俺はここで待ってる。」
「……慎重だねぇ。ま、それでこそ信頼に値するってもんだけどね。」

 フィーとシャリアはブラガに言われた通り、この天幕を出て宿へと戻って行く。ブラガは占術師の女に訊いた。

「ところで、宝珠は誰が持ってるかとかは、占いでわからなかったのか?」
「それは正直わからないねぇ。占術で分かる事なんてのは、はっきり言えば不安定なんだよ。物事が異様にはっきり見える事もあれば、うすぼんやりとしか見えない事もある。ただ言える事は、あたしの占いは当たる……って事さね。」
「そうか。」

 溜息を吐いたブラガは、腕組みをして目を瞑った。占術師の女も、何も言わない。しばらくの時が流れた。と、突然天幕の外から声がかかった。

「ブラガさん、居ますか?」
「おう、フィー。戻って来たか。」

 天幕の中に、フィーとシャリアが入って来る。フィーは杭『パイ・ル・デ・ラール』を担いでいた。ブラガはフィーが何であの杭を担いで来たのか、と訝しむ。その理由はすぐにわかった。天幕の中に、クーガとハリアーも入って来たのだ。荷物の番をしている者がいなくなるのでは、貴重品は持って歩くしかあるまい。元から狭い天幕の中は、6人もの人間が入った事で鮨詰め状態となった。

「ちょ、ちょっとあんたら!いくらなんでも多人数が入り過ぎだよ!」
「フィー、シャリア!おまえらは話聞いてたんだから、一度外出とけ!」
「あ、は、はい。」
「ごめんハリアー、ちょっと退いて。」

 フィーとシャリアは天幕の外へ出た。クーガとハリアーは占術師の女に顔を向ける。ハリアーが口を開いた。

「貴女の占術の内容と、貴女のお願いは2人から聞きました。私はそのお願い、できるならばお引き受けしたいと思っています。」
「だが我々は、宝珠の探索をどちらかと言えば優先せざるを得ない。あれは放っておけば、より多くの人々を不幸に……犠牲にするだろう。」

 クーガがハリアーに続けて言葉を発した。占術師の女の顔に、落胆の表情が浮かぶ。だがクーガの台詞は、終わっていなかった。

「だが現状では、誰が宝珠を持っているかなどの情報が無い。そのアーシア姫が、宝珠が存在するスラー城の情報を持っている可能性もある。であるならば、アーシア姫の救出と保護を行うのは、吝かではない。」
「そ、そうかい!ありがとよ!」
「おい、いいのか?……いいなら、別にいいんだが。」

 クーガの台詞に、占術師の女は顔を綻ばせ、ブラガはほっとした様な、困った様な、難しい表情をした。クーガの言葉は、なおも続く。

「ところで我々は、アーシア姫との面識が無い。アーシア姫を見分ける事も、出会った時信用してもらう事もできないのだが?」

 占術師の女は一寸考えると、徐に提案する。

「もしあんたらが良かったら、だけど……。あたしが一緒に行く、てのはどうだい。それなら問題は解決だろ?それにあたしは戦いとかは無理だけど、他の事なら役に立つよ。」
「なら問題は無いですね。私はそれで良いと思いますよ、クーガ、ブラガさん。」
「うむ。」

 ハリアーとクーガは同意した。ブラガは苦笑して、冗談半分の言葉を口にする。

「しかし、結局報酬は今回の見料分だけかい。さっきも言ったけど、高ぇ見料だな。」
「う〜ん。あ、そうだ。これで良かったら進呈するよ。」

 そう言って、占術師の女は天幕の奥から何やら引っ張り出して来る。それは1本の誘印杖だった。女はクーガに向かい言う。

「あんた、あたしの見立てが間違ってなけりゃ、コレ使えるだろ?」
「……。」

 クーガはその誘印杖をしばらく矯めつ眇めつしていたが、やがて占術師の女へ向かって言う。

「一晩これを借りる。」
「借りる?」

 女は驚いた様子を見せた。

「……どう言う事だい?」
「いや、我々と共に来るのだろう、君は?であるならば、物騒な事態に備え、君が持っていた方が良かろう。私はしばらく時間さえあれば、これから術を読み取って覚える事ができる。だからそれで充分だ。
 ブラガ、報酬が足りないならば、私から払おう。私は術の知識と言う、金では換えられない報酬を貰う事になるからな。」

 クーガの台詞に、ブラガは泡を食って首を左右に振る。

「いやいやいやいや、冗談だから!仲間から報酬なんて取れねえよ!……なあ、ちょっと聞きたい事があるんだがよ。」

 と、ブラガが首を左右に振るのを止めて、占術師の女に向けて話しかける。彼女は聞き返した。

「ん?なんだい?」
「いや、な。お前の事、なんて呼べばいい?一緒に行動すんだろ。いつまでもお前、とかてめえ、とかじゃあよ。」

 占術師の女は、ああ、と言う様に頷くと、満面の笑みでブラガに向かって答える。

「あたしの事は、フェリカって、そう呼んどくれ。ブラガ、だったよね。これからしばらく、よろしく頼むよ。」
「お、おう。」

 ブラガはどぎまぎしつつ、女……フェリカの挨拶に応える。顔を商売用の薄いヴェールで隠しているからよく分からなかったが、よく見るとかなりな美人……かも知れなかった。



 次の日の朝、鍛冶組合から操兵を引き取って来たフィー達一同は、アムラト鉱山の西の出口で、フェリカの荷馬車と合流した。商売物のヴェールを被っていないフェリカはやはり美人であった。フィー等は多少どぎまぎした物だ。もっともシャリアに脇腹を抓られていたが。ちなみに操兵には特に悪い所は無かったらしく、多少の微調整で済んでいたため、追加料金を取られる事はなかった。
 彼等はここから一旦南下し、リーアズ領を横切った後にミレイルへと入り、ミレイル国内を東西に横断している街道を使ってバリスタへと赴くつもりである。だいたい3日弱の行程であった。そしてその予定通り、フィー達はその日の午後半ばには、ミレイル首都ミレノの手前辺りまでやって来ていた。彼等は森の中の街道を、西へ向かい歩いていた。

『やれやれ、酷い山道だったぜ。』

 従兵機ガウラックの拡声器からブラガの声がする。それに同意する様に、狩猟機エルセ・ビファジールのシャリアが愚痴を漏らす。

『特にあの峠近くの崖っぷちの道!あぶなく落ちるかと思ったわよ。』
『まあ落ちずに何とか通れたって事は、シャリアの腕も上がって来たって事だよ。』

 フィーの狩猟機、ジッセーグ・マゴッツからも声が上がった。実の所シャリアのエルセは、その峠近くにあった崖っぷちの道を通り抜ける際に、彼のジッセーグに手を引いてもらっている。流石に彼は、この中でも最も操縦の腕が立つだけの事はあった。ちなみにブラガのガウラックは、ブラガ自身の技量が上がって来ている事、機体が従兵機であり操縦し易い事などもあり、なんとか自力で難所を切り抜けている。
 隊列の中央にいた荷馬車を操っていたフェリカが、感慨深げに言う。

「しかし、あんたら操兵であの峠道を通り抜けるなんて、結構な腕利きなんだねぇ。いや何、占術で知ってはいたんだけど、実際にこの目で見るとまた違うもんだね。」
『いや俺は操兵の操縦しか能がありませんから。』
『また謙遜して。』

 ジッセーグの拡声器から発せられるフィーの声に、シャリアが突っ込んだ。そこへハリアーから声がかかる。

「どうやら次の村が見えて来ましたよ。今夜はあそこで泊まりですね。」

 クーガが無言で頷く。彼等は連れ立って、村へと入って行った。
 森の中にあるその村……キューナール村は、一応簡易的ではあるが宿泊施設のある、かろうじて宿場としての機能を持つ村だった。宿泊施設とは言っても、木賃宿――寝具も食事も無く、自炊するための薪程度が支給されるだけの安宿――であったが。フィー達は、村の広場に各々の操兵を駐機させると、村の共同井戸から操兵に水を補給し、その後でその木賃宿へと入った。
 宿の大部屋――大部屋1つしか無い宿ではあったが――に入ると、ハリアーが夕食について提案する。

「皆さん、夕食の材料を村で買い求めて来ましょう。」
「そうね。いい物があると良いんだけど。」
「あたしは占術と違って、料理とか苦手なんだけどねぇ……。」

 シャリアとフェリカが、ハリアーに同意して立ちあがった。フィーも手伝おうかと立ち上がるが、シャリアに止められる。

「いいわよ別に。そんな大勢で行っても意味無いし。ゆっくり休んでて。」
「あ……。悪いね、それじゃあ頼むよ。」

 フィーはそう言うと座り直す。女達3人は、笑いながら宿を出て行った。フィーとブラガは、しばらくそちらの方を見遣っていたが、やがてもう1人の仲間の方へ顔を向けた。そちらでは、開いた地図を前にクーガが何やら考え込んでいた。フィーはクーガに話しかける。

「どうしたんですか、クーガさん。何か問題でも?」
「いや……。バリスタ国で起きていると言う事態について、考えていたのだよ。」
「なんだ、そんな事なら行ってみなけりゃ分からんだろうがよ。」

 クーガの返答に、ブラガが呆れたように言う。クーガは、一応はそれに同意して見せる。

「うむ、確かにその通りなのだがね。だが……。」
「だが、何でぇ。」
「いや、操兵は目立つ。姫君を隠密裏に奪取して攫うのには、あまり向いていないと思ってね。何処かに操兵を隠して、徒歩でバリスタ国に潜入すべきではないか、と思ったのだよ。」

 クーガの台詞に、ブラガとフィーも考え込む。確かにクーガの言う通りなのだ。ブラガが徐に口を開いた。

「じゃあどの辺に、操兵を隠す?」
「それで考え込んでいたのだがね。ブラガ、明日国境近くまで行ったなら、例の『遠眼鏡』で操兵を隠せそうな場所を探してはくれないかね?」
「ああ、わかっ……。」

 わかった、とブラガが言いかけた時である。ハリアーとシャリア、フェリカが食材を抱えて部屋に飛び込んで来た。彼女らの血相が変わっている。シャリアが叫んだ。

「大変だよ!バリスタがここミレイルに突然攻め込んだって!」
「それだけじゃないよ。バリスタを中心に、ノーゾ、ツナエル、クラルの合計4国が秘密裏に同盟を結んで、ミレイルとナインズを攻めてるんだ。完全な奇襲攻撃だよ。」
「人の話を総合すると、ミレイルの西半分近くが占領された様です。大げさに言っている可能性も無くも無いですが……。」

 フェリカとハリアーが、シャリアの台詞に捕捉を行う。クーガが地図を見て言った。

「その同盟を組んだと言う4国は、いずれも西海岸沿岸の国だな。」
「そうだよ。どの国も、先の争乱でひどい目にあった連中さ。もっとも自業自得の感が強いけどね。先の争乱の末期では、相手が同盟を組んだ相手だろうがどうしようが、構わずに滅茶苦茶やったって話だからねぇ。もっとも、大半の国は何処も同じ様なもんだったらしいんだけど。
 それでも今回攻め込まれたミレイルほどは、消耗してなかったって言えば言えるんだよね。ミレイルは教会派って言う派閥の中心として、戦乱の真っ只中に居たからさ。ミレイルを叩くなら、今を逃す手は無いね、確かに。」
「だがミレイルは、ここスカード島における聖拝ペガーナ信仰の総本山であったはず。そんな所に戦争を仕掛けるとは……。なるほど……。そう言う事か。ふむ……。」

 フェリカの言葉に付け加える様に言ったクーガは、何やら考えついた様に言うと、黙ってしまう。ブラガがそんなクーガを促した。

「なんでえ、自分だけで分かってないで、皆にも教えろよ。」
「ああ、すまない。ただ私は、この事件の背後に、あの宝珠『オルブ・ザアルディア』があると考えただけなのだよ。当然の事だろう?」
「ああ、言われてみれば。」

 フィーもクーガの台詞に頷いた。突然のバリスタの暴挙には、何か理由があるはずなのだ。その原因があの宝珠だとすれば、納得が行く。実際、8つある宝珠のうち1つは、西方北部域北テーラタイン平原のサンダーン王国にて、大規模な反乱を引き起こしている。
 そこへブラガが口を挿んだ。

「それはいいとして……。いや、あんまり良く無ぇんだが。それはそれとしてよ、戦争になっちまってるんなら、どうやってバリスタに侵入する?」
「……クーガさんがさっき言った通りに、操兵を隠して国境線を越えましょう。ただし隠し場所はこの近くで。」

 フィーが眉を顰めつつ、言った。一同はそれに頷きを返す。フィーは言葉を続ける。

「問題は、今日このままここに泊まって良いのか、です。この村に避難民とかが押し寄せたりする事を考えると……。」
「言われてみれば、そうよね。あまり人目に付くのも考え物か。」

 シャリアが頷きつつ言う。続けて、ブラガが自分の考えを述べた。

「とりあえず操兵を隠したら、この村で乗用馬を買おう。フェリカの荷馬車は、操兵と一緒に隠して置く事になるだろうな。そしたら今晩は、その隠し場所で1晩泊まろうぜ。明日になったら、軍隊が行軍しないような山道や何やらを選んでバリスタに潜り込むんだ。まあ、実際にバリスタに入れるのは明後日あたりか。」
「それが一番でしょうね。」

 フィーはブラガに同意する。それで話は決まり、早速彼等は動き出した。まずブラガが『遠眼鏡』の力を使い、近場で操兵を隠せそうな場所を探す。幸いな事に、この村からそう遠く無いが、かと言って近くも無い場所に、廃鉱となった鉱山跡があった。彼等はそこに操兵と、フェリカの荷馬車を隠す事に決める。例の杭『パイ・ル・デ・ラール』は、とても持って歩け無さそうだったので、地面に穴を掘って埋め、その上に操兵を駐機させておく事にした。
 フィー、ブラガ、シャリアの3人とフェリカは、鉱山跡へと早速出発した。クーガとハリアーは、彼等の分の馬を買い求め、その後で彼等の後を追う事にする。しかしこの様な村では、馬は貴重である。その馬を4頭も買い取るのに、クーガとハリアーは交渉で時間を取られた。しかし結局、クーガとハリアーはなんとか馬を買い取ってフィー達の後を追った。その頃には既に日は暮れていた。暗い中、彼等はランタンの灯りを頼りに馬を歩かせる。

「しかし、自分以外の馬を2頭ずつ曳きながら自分の馬を操ると言うのは、結構大変な物ですね。」
「仕方あるまい。急がねばならんのは分かるが、あえて安全第一で行こう。急がば回れ、だ。」

 クーガとハリアーは、鉱山跡への元道だった場所――今はその形跡が僅かに窺える程度――を慎重に進んで行く。やがてクーガとハリアーは、何事も無く仲間達の元へ辿り着いた。



 廃鉱となった鉱山の跡地で一夜を過ごしたフィー達一同は、次の日から街道から外れた山道などを通って、バリスタ国を目指した。無論、隠して来た操兵の仮面は持ってきている。時折獣などに襲われる事もあったが、彼等は大筋何事も無く旅程をこなしていった。そして2日目が終わろうとした時には、彼等はバリスタの首都にまでやって来ていた。
 バリスタの首都であるスラー市は、平野に築かれた街である。河川に張り付く様にして城が建てられ、その城を要にして扇型に広がる様に、城郭に囲まれた城下町が造られている。戦時中であると言うのに、人の出入りは制限されておらず、フィー達はすんなり街中に入る事ができた。
 ブラガはフェリカに尋ねる。

「で?そのアーシアってお姫さんに、どうやって接触するんでぇ。って言うか、表立って大変な事にゃなって無ぇみてぇなんだがよ、戦争起こした以外は。助ける……っつーか、お姫さん掻っ攫う必要あんのか?」
「おかしいねぇ……。大変な事になってるのは間違いないんだよ、この国自体が。姫様をここに置いておけないぐらいに。」

 その時、フィーが街の中央広場の方で、人が大勢集まっているのを見つけた。彼はそちらへ行ってみる。そして集まっている人に、声をかけた。

「あの、どうしたんですか?こんなに人が集まって。」
「見りゃ分かるだろ。今からこのバリスタの国主様の演説が始まるんだよ。」

 この中央広場は、スラー城に面しており、そこから城のバルコニーを見る事ができる。そしてそのバルコニーに、護衛の衛兵達に囲まれて、若い男が姿を現した。その若い男は頬がこけ、痩せ衰えて顔色は蒼白く、今にも倒れそうなほど不健康に見える。だがその若い男は、高らかに声を張り上げた。

「わが親愛なる臣民諸君!」

 その時、フィーは凄まじい衝撃を受けた様な気がした。その若い男から、凄まじいまでの威厳と威圧感を感じたのである。若い男は続けた。

「わが国と同盟国の軍勢は、ミレイル及びナインズの軍を華麗なる奇襲攻撃により撃破、敵国の首都へと迫っている!我らの勝利は、もはや目前である!
 これまで我が国は、常にミレイルの風下に立たされてきた。彼の国は、恐れ多くも聖拝ペガーナの威を借り、その権威もて周辺各国に圧力をかけてきた。これが神の使徒のすることであろうか!いや、無い!このような事、神が許すはずが無いのである!
 それ故、我らは立ちあがったのである!神の名を騙るミレイル、その走狗たるナインズ、そしてそれらを支援する各国を我らの手で平定し、このスカードに真なる平和を……。」

 フィーは息を飲む。別にこの男は大した事を言っているわけではない……。無い、のだが、ぐいぐいと吸いつけられる様な物を、フィーはこの男に感じていた。
 と、その時である。突然フィーの気が楽になった。気付くと、あのバルコニーの男から感じた威厳は、まったく無いとまでは言わないが、かなり薄れている。彼はきょろきょろと周囲を見回す。するとクーガが、懐に彼の仮面を隠している所であった。フィーは彼に問う。

「クーガさん?もしかして今、俺は……。」
「うむ、何らかの呪縛にかかっていた様だな。今しがた、解除した。シャリアも呪縛にかかった様なので、そちらはハリアーが行った。しかし……。」

 クーガは周囲を見回す。

「これだけの大人数を呪縛するとは、凄まじい物だな。見たまえ。」

 フィーが周りを見ると、その中央広場に集まっている人々は皆、陶酔した顔つきで、バルコニーの男の演説を聞いている。フィーはぞっとした。と、そこへブラガとフェリカがやってくる。クーガはフェリカに問いかけた。

「あのバルコニーの男が、ハルヅェン・バリスタ準爵かね?若すぎる様な気もするが……。」
「違う違う、あれは息子のダーヅェンさ。代替わりしたって話は聞かなかったけどねぇ。」

 その時、バルコニーの男……ダーヅェン・バリスタが、彼等にとってとんでもない事を口にする。

「……けで、故に我らが勝利するのは理の当然である!神の御心である!その勝利を前にして、私は先代国主である我が父ハルヅェンを殺害した我が妹、アーシアを明日正午に火刑に処し、この聖戦の完遂を祈願せんとするものである。そして私は……。」

 フェリカはその言葉を聞き、蒼ざめる。彼女は何か叫ぼうとした。だが、その口をブラガが押さえる。

「……!!……!?」
「しっ!静かにしろ!お姫さんを助けたいんだろ!?……腹は立つだろうが、このまま大人しく演説を聞いてるフリをするんだ。」

 そう小声で言って、ブラガはフェリカの口から手を離す。フェリカも理解したのか、騒ぎだそうとはしなかった。そこへハリアーとシャリアもやって来る。彼等一同は、演説が終わるまで大人しく待つ事にした。
 やがて演説が終わり、聴衆が散って行く。皆、熱狂的にダーヅェンを讃える言葉を口にしている。その様子を見つつ、ブラガが言った。

「とりあえず、適当な酒場にでも入るとしようや。そこで相談しようぜ。」

 一同はその言葉に頷くと、その場を離れた。



 その夜、スラー城の地下牢の1室では、1人の少女が、石畳の床に伏して泣きながら眠っていた。その少女は、まだ十代半ばと見える。彼女の衣装は汚れ、手荒く扱われでもしたのか、あちこちがほつれていた。
 その時その地下牢に、突如として空中から滲み出る様に現れた影があった。その数は3つ。そして影の内1つは、眠る少女に小走りに駆け寄った。その影は小さな声で、少女に呼びかける。


「お姫様。アーシアお姫様。起きてくださいな。」
「う……うん。……だ、誰っ!?」
「お静かに!……あたしです、占術師のフェリカですよ。助けに来ましたよ、お姫様。」

 そう、影のうち1人は、フェリカだった。そして残り2人はブラガとクーガである。彼等は、クーガの術で空間を跳躍し、直接アーシアが居る地下牢にその姿を現したのだ。フェリカは、クーガの正体が本物の練法師だと知ると、非常に驚いていたが。彼女は自分も若干の練法を使える事もあり、クーガの事も練法の使い手だとは勘付いていた。しかし彼女は、クーガが本物の練法師だなどとは思っても見なかったのだ。
 ちなみに、ここまで来るのには結構手間暇がかかっている。まずアーシアの居場所を探るために、ブラガの『遠眼鏡』をアーシアの姿を知るフェリカに貸した。そして地下牢に居るのを見つけたら、今度は心で遠隔通話をする練法で、フェリカがクーガに地下牢の場所のイメージを伝える。それによりクーガはようやく、外部から地下牢へ直接、空間跳躍ができる様になったのだ。
 アーシアはフェリカの台詞に、一瞬顔を綻ばせる。だがすぐに悲しげな顔になると、自分の足を見つめた。彼女の足には、しっかりとした造りの足枷がはめられており、壁から鎖で繋がれていたのである。だがフェリカはにっこりと笑うと言った。

「大丈夫ですよ。さ、頼んだよ。」
「おう、任せろ。」

 今度はブラガの出番である。ブラガは懐から盗賊の七つ道具を取り出すと、アーシアの足枷をいじり出す。数分もしないうちに、ピーンと小さな音を立てて、足枷は外れた。今度こそ、アーシアの顔が笑顔になった。だがフェリカが小さく叫ぶ。

「やばい!誰か来たよ!?」
「皆、私の傍まで寄るんだ。」

 クーガが鋭く言う。フェリカとブラガは素直にクーガの傍に寄った。だがアーシアは、怪しげな仮面を着けた男が恐いのか、なかなか近寄ろうとしない。フェリカがアーシアに言い聞かせる。

「アーシアお姫様、この人はぜんぜん恐くありませんよ。あたしらの味方です。さあ、こっちに来てください。」
「ほ、本当?」
「本当ですって。さ、気を楽にしてくださいな。今、ここから出してあげますから。」

 アーシアは、おずおずとクーガの傍、と言うよりはフェリカの傍に寄る。クーガは急いで多人数用の空間跳躍の術を結印した。彼の口から詠唱が漏れる。
 その時、牢の中を燈火が照らした。牢番の声がする。

「そこに居るのは誰だ!罪人の所で何をしている!」

 クーガは構わず結印を続けた。結印が完成し、術が発動する。フェリカがアーシアに言った。

「身体と心から力を抜いて、術を受け入れてください!」
「は、はい……!」

 そして彼等の姿は地下牢から消えた。



 フィーとシャリア、ハリアーは、馬を準備して街の外に隠れていた。すると突如、空間から滲みだす様に4人の姿が現れる。勿論、アーシアを含めたクーガ達4人だ。フィー達はクーガ達に駆け寄る。

「やりましたね!」
「まだだ。見回りの牢番に見つかった。すぐに逃げるぞ。」

 クーガの台詞に、フィー達は厳しい顔になる。そして城のあちこちに燈火の灯りがともった。何やら叫ぶ声も聞こえる。ブラガが小さく叫んだ。

「やべえ!急ぐぞ!」

 フィー達は、各自の馬に跨り、一斉に全速力で駆けさせた。アーシアはフェリカの後ろに必死でつかまっている。そして彼等はその夜の内に、ミレイルとの国境にある山中へと逃げ込む事に成功した。



 フィー達一同は、次の日の昼近くまで山中で野営し、眠った。無論交代で見張り番は立ててある。そして目覚めた後遅い朝食を摂り、その席でフィー達は、改めてアーシアに挨拶と自己紹介を行った。

「はじめまして、お姫様。私はフィーと申します、旅の絵師にございます。」
「どうもお姫さん、俺はブラガって言う手練士だ。」
「あたしはシャリア。女だけど、剣士やってるんだ。お姫様、よろしくね。」
「私は旅の聖刻教会法師、ハリアー・デ・ロードルと申します。お目にかかれて光栄です、お姫様。」
「私はクーガと申します。昨夜の事……私が妖術を使ってお助けした事は、内緒ですよ?」

 アーシアは、一瞬戸惑ったが、やがて一同に頭を下げる。

「皆様方、危ない所をお助けいただき、実に有難うございました。私はアーシア・バリスタと申します。私はもう少しで、無実の罪で火刑に処せられる所でした。重ねてお礼、申し上げます。有難うございました。」

 そしてアーシアはフェリカに向き直ると、再び頭を下げた。

「フェリカさん、来て下さって本当に有難うございます。私はあのとき、もう駄目だ、私は父を殺した兄によって処刑されるのだ、と完全に諦めていました。」
「あ、やっぱりお父上を殺したのは、あのダーヅェンなんだ。」

 シャリアが思わず口走った台詞に、一同の顔は引き攣る。アーシアは悄然として言った。

「はい、兄が父を自らの手で殺めたのです……。毒刃を用いて……。私はそれを見てしまい、周囲の者に訴えたのですが……。衛兵達も兄の味方でした。衛兵達は分かっていて、兄の味方をしていたのです。父に忠実だったはずの衛兵達が、父を殺した兄に味方するなど信じたくありませんでしたが……。」
「……やはり間違い無い、か。あの異様な威厳、あの妙に痩せ衰えた様子と、それに似合わぬ活力。」
「クーガ、まさか!?」

 ハリアーがクーガの台詞に反応する。クーガは頷いた。

「おそらく間違い無いだろう。『オルブ・ザアルディア』はダーヅェン・バリスタが所有していると思われる。……しかし厄介だな。1国の国主ともなれば、警戒が並では無いはずだ。以前のトゥシティーアン王国ランガーク騎士団騎士団長、アラハヌの時の様には行くまい……。
 それに、既に戦争は始まってしまっている。これを収める事は、容易ではあるまい。」

 クーガは重々しく言った。一同は、訳の分かっていないアーシアを除き、絶句している。と、その時アーシアがフェリカに問いかける。

「戦争……とは何の事です?フェリカさん。戦争は終わったはずですが?」
「あ、そ、それはだね……。」

 フェリカはバリスタ国の主導により、戦争が始まってしまった事を告げるべきか否か迷う。だがどうせすぐに分かる事だ。フェリカは意を決して、現状をアーシアに告げる。アーシアは愕然とする。

「そ、そんな……。バリスタが他の3国と結んでミレイル、ナインズに戦争を仕掛けたなんて……。兄はなんと言う事を……。ようやく戦争が終わって、まだそれ程経っていないと言うのに。」
「しかもあの演説の様子じゃあ、ミレイルやナインズだけで済ますつもりは毛頭無ぇだろうな。」

 毒食らわば皿まで、とばかりにブラガは言い放つ。アーシアは絶句してしまった。フェリカは痛々しそうな顔で、それを見ている。
 クーガが再び口を開いた。

「何はともあれ、安全な場所までアーシア姫を届けるのが先決だな。我々はこの島に来て、まだ日が浅い。どこか良い場所はあるかね、フェリカ。」
「そうさねぇ……。」
「オルノーサ王家を頼ります!」

 アーシアがそう叫んだ。一同はその顔を見つめる。アーシアは再び言った。

「オルノーサ王家を頼ります。オルノーサ王家も此度の戦争には、苦々しい思いをしているはずです。かならずやスカード島の諸侯に呼びかけて、兵を出してくださるでしょう。そして、私がいれば大義名分は成り立つはずです。私は、兄が父を殺めた事の生き証人です。兄が簒奪者である事の、生きた証拠です。」
「……皆、俺は姫様をオルノーサまで連れて行くべきだと思う。」

 フィーがきっぱりと言った。シャリア、ハリアー、ブラガも頷く。クーガが徐に言った。

「では、目指すはオルノーサ領の首都、レーサラと言う事で良いね。食事も終わったな。それでは出発するとしよう。
 ……と、その前にやらねばならぬ事があったな。皆、聖刻器などを持っている者は、少し離れてくれるかね。姫様に魔力感知の術を使いたいのだ。」
「お、それなら俺が指輪の力を使うぜ?昨夜、目いっぱいの距離を空間跳躍したから、まだ疲れが取れて無ぇだろが。」
「それなら頼もう、ブラガ。」

 クーガはブラガが持っている聖刻器を一時預かり、アーシアの傍を離れる。他の一同も、アーシアから離れた。アーシアは、何が起こるのか不安で仕方が無い様子だ。ブラガは、指輪の力を開放する合言葉を唱えた。

「魔力視の指輪よ、その力を開放せよ。『ポンディル』!」

 ブラガの眼に、魔力を感じる力が宿る。ブラガは安堵の溜息を吐く。

「大丈夫だ、お姫さんの身体には何も反応は無ぇぜ。追跡されてる危険は、これでかなり減ったな。」
「そうですか、一安心ですね。」

 フィーを先頭にして、一同はぞろぞろと戻って来る。そしてフィー達一同は野営の始末をし、馬に跨ると、山道を歩かせ始めた。



 そして2日が過ぎた。フィー達一同は、時折襲い来る獣などを退ける事で実力を示し、アーシアからの信頼を勝ち得ていた。そして彼等は、彼らが操兵を隠した場所、鉱山跡まであと少し、と言う所まで来ていた。
 しかしフィー達には不安もあった。現在の最前線がどの辺りなのか、全くわからないのである。正直な話、彼らが今、バリスタ軍を中心とした西海岸同盟軍の勢力圏内に居るのか、それとも既に外まで出ているのか、それがはっきりしていなかったのだ。2日前、彼らがバリスタ首都であるスラー市の広場で、ダーヅェンの演説を聞いた限りでは、西海岸同盟軍はミレイルの首都、ミレノ市を攻略開始直前だった。もしもミレノ市が陥落しているのであれば、最前線はミレイルの東の国境付近まで到達している可能性が高い。そうであれば、彼等はまだ西海岸同盟軍の勢力圏内にいる事になる。
 フィー達一同は、ついに鉱山跡まで戻って来た。フェリカの荷馬車を牽く荷馬は、繋いでいた場所から届く範囲内の草をほぼ食べつくしており、あと少し放っておかれたら飢えてしまう所だった。フィー、ブラガ、シャリアは各々の操兵の様子を確かめる。幸い、何処にも故障は無く、彼らの操兵は何の問題も無しに起動した。また、土中に隠してあった杭『パイ・ル・デ・ラール』も、埋めた場所にそのまま存在していた。
 一通りの事が終わると、クーガはブラガに頼み事をする。

「ブラガ、少しいいかね?」
「あ?なんだ?」
「例の『遠眼鏡』でキューナール村の様子を探ってみてくれないか。」
「キューナール村?」
「あの私達が、泊まるのをやめた村だ。君らの馬を買った村でもある。あの村が以前の通りであれば、西海岸同盟軍がそこまで来ていない可能性が高い。」

 ブラガは納得した。彼は『遠眼鏡』でキューナール村の様子を見る事にする。

「さて、あの村の様子は、と。『レックリック』!……おい!大変だ!村の建物とか破壊されてて、村には人っ子一人居ねえ!」
「!……ブラガ、道なりに東へ進んで行って、西海岸同盟軍の姿を見つけられるかね?」
「やっては見るが……。」

 ブラガは『遠眼鏡』の視点を道なりに動かしていき、西海岸同盟軍の姿を発見しようとする。すると彼は、彼らが苦労して通ってきた街道の難所である山道に至る、その直前の平地に、西海岸同盟軍の1部隊が陣を張っているのを見つけた。それは狩猟機2騎、従兵機6台と、兵士が騎兵歩兵合わせて数十人と言う部隊である。ただしこれだけでは無く、他の部隊もまた、周囲の広い範囲に展開している模様だ。

「……いやがった。街道の傍に展開している部隊だけで、狩猟機2、従兵機6、騎兵が10、歩兵が30ってぇ所かね。あと、他の部隊が更に広範囲に展開してる見てえだ。」
「そうか……。」

 そこへフィー達がやってくる。ブラガは、今調べた事を彼等に言って聞かせた。

「……というワケだが、どうしたらいいもんだろうな?」
「取れる道は2つだ。非常に通行困難である事を覚悟の上で、戦闘を避けて操兵で山道……それも西海岸同盟軍が張っていないだろうとんでもない場所を通って、西海岸同盟の勢力圏内を脱出するか……。もしくは彼奴等の後ろから攻撃をかけて、他の部隊が集結する前に葬り去り、そのまま逃げる事だ。」

 クーガの台詞に、一同から溜息が洩れる。フィーは言った。

「クーガさんの地震の術で叩き潰すのは無し、ですか?」
「それをやっては、我々が通る道が崩れてしまう。あの術は効果範囲が広すぎるのだ。あの峠道まで巻き込んでしまうな。」
「はぁ〜、上手く行かないもんだなあ。」

 クーガは言った。

「なら、とんでもない難所を行くかね?」
「それは技量的に無理ですよ。俺はともかくシャリアとブラガさんが危ない。いやたぶん俺でも危ないでしょう。
 ……仕方ありません。強引に、西海岸同盟軍の守備隊を突っ切りましょう。」

 フィーは決意した。ブラガとシャリアもまた、意志を決定した様だ。彼等はフィーの台詞に頷いている。ハリアーは、フェリカとアーシアを見て言った。

「私が術であなた達2人を安全に逃げ出させてあげます。ただ、荷馬や乗用馬はともかく荷馬車は勘弁してください。」
「荷馬に積めるだけでいいよ。荷馬車と余分な荷物は、まあ諦めよう。最悪の場合は、この水晶球があればいいからね。」
「よろしくお願いします。」

 そしてフィーがまとめて言う。

「じゃあ今晩はとりあえずここで1泊野営して、明日朝早く……できればまだ暗いうちに奇襲しましょう。まあ狩猟機には感応石がありますからね、奇襲になるかどうかは不安ですが。そして騎馬組は、操兵が戦ってるのに乗じて、とりあえず離脱に専念する。それでいいですか?」
「いや、私は転移の術があるからな。ぎりぎりまで君らを支援しよう。」
「そうですか、ありがとうございます。それじゃあ、夕食を食べてしまいましょう。」

 フィー達一同は夕食を食べると、そのまま次の朝に備えて、順番に休んだ。



 次の朝、まだ暗い内である。フィー達一同は、西海岸同盟軍の背後を突いて前線を突破すべく、操兵を歩かせていた。操兵組がこれまで乗っていた馬は、適当に逃がしてある。そして彼等は、街道の難所になっている細い山道の近くまでやって来た。そこには西海岸同盟軍の陣が張られている。
 しかしその陣に置いては、警戒している従兵機が1台しか無い。どうやら狩猟機の操手は眠っている様だ。だがその従兵機の操手は、フィー達に気付いた。後ろからやって来たと言う事情から、味方だと勘違いしてもおかしくは無い。だがその操手は、紋章も何も付いていないフィー達の操兵を警戒した。その従兵機の操手は、武器を構えると同時に、大声を上げた。

『貴公等は何処の軍勢に所属する者なりや!速やかに所属を明らかにされたし!』

 操兵の拡声器を通して響くその声に、陣地はたちどころに目を覚ましつつあった。フィーは舌打ちをする。と、ハリアーが何か術を使うために祈っているのが彼の眼に映る。そして彼女はフェリカへと手を触れた。その瞬間、フェリカの姿が消える。彼女はハリアーが念じた場所へ転移したのである。続いてハリアーは同じ術を使い、アーシア、そしてフィリカの荷馬と、彼女等が乗って来た乗用馬を、次々と遠距離に転移させた。
 一安心したフィーは、その眼の前の形式不明従兵機に向かって、魔力を持った破斬剣で斬りかかった。その従兵機は、一撃のもとに斬り砕かれる。操手の悲鳴が響き渡った。

『わあああああぁぁぁぁぁぁっ!!』
『シャリア!ブラガさん!今度は仮面剥ぐの、時間がかかるから無しですからね!逃げ出すのが第一ですから!』
『わかってるわよ。』
『応……。もったいねぇけどな。』

 2騎の狩猟機の内1騎と、残り5台の従兵機が動き出しつつあった。



 一方その頃、クーガは1人の上級騎士――おそらくは将軍格――の天幕を襲撃していた。そして彼は、練法の術で相手を氷漬けにし、捕獲する事に成功したのである。彼は精神で念じ、指にはめられた『魂の指輪』の秘められた力を開放する。これで彼は相手の心が読める様になる。彼は相手の肩に手を置き、質問した。

「君の狩猟機の起動呪文はどんな物かね?」
「だ、黙れ!そんな事を喋ると思うか!この妖術師め!」

 騎士はクーガを罵って、答えなかった。しかしクーガにはその心が読めている。彼は氷漬けにしたその上級騎士に、長剣でとどめを刺す。そして机の上に置かれた狩猟機用仮面を持って天幕の外へ出た。無論、その際に姿を透明にする事は忘れない。彼は透明になったまま、深紅に塗られた狩猟機フォン・グリードルの方へと歩き出した。
 フォン・グリードルとは、鍛冶組合が供給している狩猟機の中でも高い実力を持った機体であり、同時に高級機に分類されている。そのためあちこちの国で、国家や軍隊の象徴となる操兵……旗操兵として用いられる場合が多い。
 おそらくはこの西海岸同盟軍の旗操兵であるその狩猟機を、クーガは奪うつもりでいたのである。



 フィー達は善戦していた。フィーが敵狩猟機、マルツ・ラゴーシュと対戦し、シャリアやブラガは障害物を利用して、できるだけ1対1で残りの従兵機と戦う事にしている。敵の従兵機は5台も居たが、シャリアとブラガの絶妙な機動に、どうしても数の優位を活かせなかった。そして、マルツ・ラゴーシュの騎士はやきもきしていた。フィーの操兵を操る技量が高く、彼の腕ではなかなか攻撃を当てる事ができないでいたのだ。騎士は怒鳴る。

『おい、そっちと遊んでいないで、こちらを支援しろ!』
『は、はい!』

 5台の従兵機の内2台、ガレ・メネアスと言う従兵機の標準機と、形式不明の機体――おそらくは改造に改造を重ねた老朽従兵機だろう――が、フィーに向かって来る。これでシャリアやブラガと戦っているのは、形式不明機が2台にガレ・メネアスが1台だけだ。フィーはまず形式不明の従兵機を潰す事にして、そちらに斬撃を見舞う。特に気合いも入れず、無造作に放った一撃の割には、それは会心の斬撃であった。操縦桿を握る手に、未だに感触が残っている。敵従兵機は、胴体から上下に真っ二つになり、地面に転がった。
 その時、もう1騎の狩猟機が、敵マルツ・ラゴーシュの後ろに立った。機種はフォン・グリードルであり、間違い無く旗操兵として用いられている物である。マルツの騎士は、味方が来たと思って勇気づけられ、フィーのジッセーグに向かって破斬剣を振り上げた。だがフォン・グリードルは手に持つ長剣で、後ろからマルツに斬りかかる。マルツはそれに気付きもせず、あっさりと直撃を受けた。マルツはどこか重要な機構が破壊されたらしく、次の瞬間あちこちの関節から部品をばらまいてひっくり返り、動かなくなった。フォン・グリードルから、フィーのジッセーグに向けて言葉が発せられる。

『フィー、無事かね?』
『クーガさん!?奪うのに成功したんですか!?』
『うむ、しかし私には少々荷が重い様だね。』

 フィーはそれを聞きつつ、残ったガレ・メネアスに突きを見舞う。その鋭い突きは、ガレの片足を抉り取り、派手に転倒させた。そしてフィーとクーガは、シャリアとブラガの手助けに向かう。シャリアは形式不明の機体相手に、優勢に戦っていた。しかしブラガはとうとう位置取りに失敗し、ガレ・メネアスと形式不明機の2台を相手にしなくてはいけなくなっていた。左右から斧槍の直撃を受け、ガウラックの従兵機にしては厚い装甲に、大きく罅が入った。筋肉筒が張り裂け、血液が吹き出したガウラックは、蒸気を吹き上げてその動きを止める。
 フィーとクーガは、急ぎブラガの救援に向かった。フィーはガレ・メネアスを目標にし、クーガは形式不明機を叩き斬るべく斬撃を見舞う。両者とも、見事に一撃で勝負を決める事ができた。ガレ・メネアスと形式不明機は、五体がばらばらになり、吹き飛ばされる。フィーとクーガは、早速ブラガの方を確かめた。残念な事に、ガウラックは完全に破壊され、擱坐している。ブラガはよろよろとガウラックの残骸から出て来た。幸いな事に、怪我は軽い様だ。クーガはフィーに向けて言う。

『フィー、君はシャリアの手助けに向かいたまえ。私はブラガの様子を見る。』
『わかりました!』

 フィーがシャリアの方へ向かうと、クーガはブラガの前に機体を駐機させ、機体から降りる。クーガは言った。

「大変だったな。無事かね?」
「クーガ!?おい、こいつはどうしたんだ?」
「奪った。君がこれに乗りたまえ。私には一寸荷が重い。起動呪文はこうだ……。」

 ブラガは何が何だかわからないまま、起動呪文を覚える。そして押し込まれる様にして、フォン・グリードルへ乗り込んだ。彼はクーガに言う。

『おい、本当にいいのか!?』
「かまわない。と言うよりも、その狩猟機を頼んだ。私はハリアーの援護に向かう。シャリアの方が済んだら、君らもこちらに来て手伝ってくれ。」

 クーガはそのまま、走り去った。



 ハリアーは、物陰に隠れていた。馬は自分の物と、クーガに預けられた1頭の、計2頭が彼女の傍らに居る。彼女はひしめく兵士達の中を駆け抜ける事ができるか否か、考えていた。

(難しい……ですね。)

 いくら僧侶として高い実力を持つ彼女でも、これだけ多数の人間相手では到底勝ち目は無い。今彼女が見つかっていないのは、純粋に運である。
 するとその時、彼女の後ろで彼女を呼ぶ声がした。

「ハリアー、まだ無事の様だな。」
「!!……クーガ、びっくりするじゃありませんか。」
「すまない。」

 クーガは謝罪すると、脱出の作戦を説明し始めた。

「私が幻影を出す。奴らがそれに驚いて逃げ惑っている隙に、馬を全力で走らせて逃げ出す。いいね?」
「幻影、ですか?」
「うむ。」

 ハリアーは頷く。クーガは徐に術を念じ始めた。そして術が発動する。そこには狩猟機レビ・シュバーグの幻影が立っていた。そして周囲の兵士達を斬り払いはじめたのだ。あまりに真に迫った幻影であるため、これにより重傷を負わされた者は気絶し、殺された者は擬似的に死んでいった。もっとも彼等は、自分を傷つけた相手が幻だった事に気づけば、回復してしまうが。
 クーガはハリアーに合図をする。

「今だ!」
「はいっ!」

 2人は馬に乗ると、一斉にその馬を疾走させた。彼等は幻影のレビ・シュバーグの足元を抜け、西海岸同盟軍の陣を駆け抜けて行く。兵士達は、幻影のレビ・シュバーグに追い散らされ、彼等を追う事はできなかった。



 フィーとシャリア、ブラガの3人は、敵陣にあった西海岸同盟軍の操兵を残らず破壊し終えてから、クーガとハリアーの後を追いかけた。倒した敵操兵や、破壊されたガウラックの仮面を回収する暇は無い。フィー達の狩猟機の感応石には、こちらへ向かって来つつある、おそらくは西海岸同盟軍の狩猟機や従兵機の反応が映し出されていた。フィー達はガウラックの背中に積んであった幾つかの荷物だけを操兵の手で引っ掴むと、すぐさま移動を開始した。彼等は一度通って来た、難所続きの細い山道に入り込む。この山道は、拙い操縦のシャリアや、奪ったばかりの狩猟機に慣れないブラガではきつかった。特に峠近くの崖っぷちの道は、彼等に取って非常に危険な場所である。だが彼等は、操縦技量の確かなフィーに助けられ、なんとかこの山道を踏破した。
 クーガとハリアーは、山道を1リー(4km)ほど行った所で、フェリカやアーシアと合流して待っていた。フェリカとアーシアは、ハリアーが招霊の秘術を用いてここまで転移させたのである。フェリカは馬に乗り、アーシアはその後ろにつかまっていた。更にフェリカは自分の荷物を積んだ荷馬を、片手で曳いている。
 その時、フェリカが素っ頓狂な声を上げた。

「ありゃ?従兵機が狩猟機に変わってるじゃないかい。どうしたんだい?」
『……ガウラックは、ぶち壊された。』

 ブラガが仏頂面で言う。もっとも彼はフォン・グリードルの操手槽に居るため、顔は見えないが。彼は台詞を続けた。

『ガウラックに積んでた荷物を、こいつの背中に積み直せないか?いざと言う時、操兵の手がふさがってちゃ、戦うに戦えん。』
「……いや、荷物をシャリアかブラガの操兵の、どちらか1騎にまとめて持たせよう。積み直す時間が惜しい。追手に追いつかれたら困る。」

 クーガの台詞に、ブラガは不承不承ながらも頷く。そして自分の機体に、荷物を持たせる事にした。フィー達一同は、先を急いだ。



 やがて山道も終わり、操兵でも歩き易い道に出た。するとフィーが叫ぶ。

『感応石に反応!狩猟機5、従兵機10の大部隊だ!』
『おいおい、冗談じゃねぇよ……。』
『逃げ切れない?』

 ブラガとシャリアが口々に言う。彼等も自分の機体に装備されている感応石を見て、その数に腰が引けている様だ。だがフィーは感応石に表示されている、相手と自分達の位置関係を見て、何やら思う所があったらしい。

『ちょ、ちょっと待ってくれ。相手は、俺達が行く先に布陣してるんだよ。もしかしたら西海岸同盟軍の部隊じゃないかも知れない。』
『だったら、何処の軍よ?』
「ミレイル軍の残存部隊……にしては、数が多いな。」

 クーガが彼等の機体の足元から言う。彼は続けて言った。

「私が偵察して来よう。ここで待っていたま……。」
『まって下さい!相手が動き始めた!……そうか、相手にも感応石があったんだ!こっちから分かるって事は、向こうからも分かるって事じゃないか!』
「……いざと言う時は、私が切り札の術を使おう。その必要が無い事を祈るが……。」

 フィーの台詞に、クーガは徐に幾つかの術法の触媒を取り出した。やがて、かなりの規模の軍勢がその姿を現す。感応石で見て取った通り、狩猟機が5、従兵機が10、騎兵歩兵に至っては、数100人は居る。するとアーシアが、その旗印を見て叫んだ。

「あの旗印は、オルノーサ王家の紋章です!ミレイルとナインズの旗印も見えます!」
「……となると、あの先頭に立っている狩猟機は、オルノーサ王家の旗操兵、古操兵シグル・ナズル・サーズディン。乗っているのは、おそらく女王の夫である、クロイデル・ギンガス=オルノーサ夫君殿下か。」

 クーガが冷静に分析する。そして彼は、フィーのジッセーグに顔を向けた。

「フィー、交渉を頼む。何、我々の事情を素直に、なおかつやや堅苦しい言葉で言えば良い。それだけでかまわん。」
『……わかりました。皆はここで待っていてください。』

 そう言うと、フィーのジッセーグ・マゴッツは単騎で前へと進みだした。相手の軍勢は、それを見て足を止める。ジッセーグはそのまま足を進め、やがて軍勢の前で声を張り上げる。

『騎上より、失礼いたします!オルノーサ王家、クロイデル・ギンガス=オルノーサ夫君殿下とお見受けいたします!私めは、フィーと申す一介の山師にございます。我々は敵ではありませぬ!
 我々は、バリスタ国に潜入し、簒奪者ダーヅェン・バリスタの手によって処刑されようとしておりました、国主ハルヅェン・バリスタ準爵の姫君、アーシア・バリスタ様を奪回してまいった者どもにございます!』

 先頭に立つ、威厳ある甲冑姿の巨大な武者……オルノーサ王家の旗操兵である古操兵サーズディンから、声が上がる。

『簒奪者ダーヅェン・バリスタ?此度の事は、ハルヅェン・バリスタの謀では無いと言うのか?それにアーシア・バリスタ姫だと?』
『ハルヅェン・バリスタ準爵様は、ダーヅェンの手によって毒刃で命を落としたと、そう我々は聞かされております。今回の戦は、ダーヅェン・バリスタの手によって起こされた物にございます。アーシア姫は……。』

 そう言って、フィーのジッセーグは後ろの方を見遣る。

『今、あちらにて私の仲間達が護っております。』
『……。』

 サーズディンの胸板が開き、そこからまだ若い、青年と言って良い男が姿を現した。フィーも慌ててジッセーグの胸板を開き、相手に姿を見える様にする。その若い男……クロイデルは言った。

「……正直、此度の戦はわからない事だらけだ。本陣まで足を運んでくれるか?詳しく話を聞きたい。無論、貴君らの安全は保障しよう。」
「はい、仰せの通りに。では仲間達を呼んでまいりますゆえ、しばしご猶予をば……。」
「うむ。」

 フィーはジッセーグを後退させると、仲間達の方へ振り向かせ、ゆっくりと歩かせた。どうやら、アーシアをオルノーサ王家の元まで届けると言う、彼らの当初の目的は達せられた様である。だがこれからが難しい。バリスタを中心とした、西海岸同盟を打ち破り、ダーヅェン・バリスタを追い詰めて、おそらくダーヅェンが持っていると思われる宝珠『オルブ・ザアルディア』を奪い取らなければならない。そして未だ姿を現さないトオグ・ペガーナ……。それにフェリカの占術に出た、宝珠を狙うもう1つの影、風纏いし魔導師の事も気になる。
 フィーは頭を振った。考え込んでいても仕方が無い。まずは前に進む事だ。フィーはジッセーグの歩みを止めさせる。ジッセーグの周りに、仲間達が駆け寄ってくるのが見えた。


あとがき

 今回は、ワースブレイドのリプレイや、『剣の聖刻年代記』の小説にも出て来る、スカード島を舞台にいたしました。スカード島は、けっこう資料が揃っているため(それでも穴は多いのですが)、その資料に対し矛盾点が無い様に書くのがけっこう大変でした。特に大変だったのが、リプレイや小説に出て来る『クロイデル・ギンガス』と『サーズディン』の扱いですね。背景や設定がかっちりと固まり過ぎているために、自由勝手に動かすわけにもいかなくて、さてどうしましょう、と言う所です。はい。
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