「狙われたフィー」


 夏も終わりに近いと言うのに、強烈な日差しがフィー達一同を照らす。ここはモルアレイド海岸諸国のリムトス森林国、港街ベルナンドである。彼等はガッシュの帝国で、4つめの宝珠『オルブ・ザアルディア』を入手する事に成功し、その後1ヶ月の船旅を経て、今ようやくここまで帰って来たのだ。フィー達は、彼等をここまで乗せてくれた船長兼商人――ただしかなりの強欲――の、ウルク・ダッカーに別れの挨拶をすると、各自の馬を連れて帆船『風切る飛魚』号を降りて行った。ちなみに、最後に8つの『オルブ・ザアルディア』をまとめて破壊するために必要な例の杭『パイ・ル・デ・ラール』は、フィーの馬に括りつけてある。
 1ヶ月ぶりの陸地に下り立ったシャリアは、思い切り伸びをする。

「ん〜!!やっぱり陸地はいいわね。船の中で閉じ込められてるのって、窮屈で仕方がなかったもの。」

 この『閉じ込められていた』と言うのは比喩でも何でもない。彼女とハリアーは、船の中で航海の間中、ずっと1室に閉じ込められていたのである。理由は、船主側の宗教上の物である。ガッシュの帝国の船は本来、宗教上の理由から女を乗せない事になっているのだ。だがどうしても、と言う場合は、まず乗せる前に女性達に禊の儀式を行う。そしてその女性達に肌の露出の少ない衣服を着せた上で、航海の間中ずっと船室に閉じ込めておくのである。これはガッシュの帝国の、宗教上の戒律故に、どうしようも無い事であった。
 フィーとブラガは、そのシャリアの様子を、微笑ましく見ている。それをシャリアが見とがめた。彼女はフィー達を睨みつけて言う。

「……何よ。なんか文句あるの?」
「いや、ここはもうガッシュの帝国じゃないからね。文句は無いよ。」

 フィーは苦笑して言った。彼らの後ろでは、クーガとハリアーが並んで歩いている。そのクーガが、フィー達に向かって言葉をかけた。

「フィー、ブラガ、シャリア……。今ハリアーとも話していたのだが、今日の内に食料などを買い込んで、明日マグマナンドへ出立しよう。」
「そうですね。鍛冶組合が、いつまでも修理の終わった操兵を預かっていてくれるとは思えないですし、早く受け取りにいかないと。預かり賃を支払った分までは待つでしょうけど、残り期日はそう無いはずです。下手をすると、何処かに中古操兵として売り飛ばされてしまうかも。」

 フィーは眉を顰めて言った。ブラガがそれに応える。

「そうなったら、堪ったもんじゃ無ぇな。んじゃあ急ごうぜ。」

 そして彼等は、食糧などを買うために市場へと歩いて行った。だが、そんな彼等を見張っている者がいた。もっとも、誰もそれには気付かなかったが。監視者は、そっとフィー達の後をつけて歩きだした。



 次の日の朝、フィー達はベルナンドを出立し、マグマナンドへ向けて馬を歩かせていた。フィーが徐に口を開く。

「この分だと、トルド村には予定通り着けそうですね。」
「だと良いがな。」

 ブラガが気の無い返事をする。その時、シャリアがふと何かに気付いた。

「……?」
「どうしたんだいシャリア?」

 フィーの声にも耳を貸さず、シャリアは馬を止めるとじっと集中し始めた。そしてハリアーに声をかける。

「ハリアー。ちょっと、あの例の〈聖霊話〉だっけ?試してみてくれないかな。敵意があるわけじゃないみたいだけど、一寸気になる気配があったから。」
「!……はい、わかりました。」

 ハリアーは、しばし意識を集中した。一同は馬を止めて、その結果を待つ。やがてハリアーが口を開いた。

「……たしかに、何者かが後ろ20〜30リート(80〜120m)に居ますね。最初はただの旅人かとも思ったのですが、私達が馬を止めたら、向こうも止まりました。こちらの様子を窺っている事は確かの様です。ただし、殺意や悪意は感じませんでした。」
「そう!そうなのよ。殺気が全然無いのよ。だから一寸わけが分からなくって……。」

 2人の台詞に、クーガが無表情な声で意見を述べる。ちなみにクーガは街を出た時から仮面を被りっぱなしで、実際の表情は見えない。

「ただ雇われただけの見張り役、と言うのはどうだ?それならば殺意や悪意は無くとも不思議ではない。」
「ちょ、一寸待て。誰が俺らを見張る様にって……。んなのは1つっきゃ無ぇか。」

 ブラガは自分の疑問に自分で答えを出した。クーガも頷く。

「そうだな。1つしかあるまい。」
「トオグ・ペガーナ……。」

 フィーが唾を飲み込んだ。ブラガが馬を逆方向へと返す。彼は言った。

「ちっくしょう、ならとりあえず捕まえてやるか!」
「あ、待って!『気』が急激に遠ざかっていく。こっちが気付いたのに気付かれたんだわ!」

 シャリアが叫ぶように言った。ブラガは残念そうに言う。

「ちっくしょ、逃げられたか。」
「……仕方あるまい。今後も注意して行くしかあるまい。」

 クーガが首を左右に小さく振る。一同は先へ進む事にした。



 その後も、姿の見えない監視者は時折現れた。フィー達は定期的にシャリアが『気』を探ったり、ハリアーが〈聖霊話〉を使ったりして、監視者が居るかどうかを確かめた。そしてその大方において、監視者と思しき者は存在していた。だが相当手慣れた者らしく、こちらが気付いた事に気付くと、即座に撤退してしまうのである。
 幸いな事に、襲撃自体は無かった。ただただフィー達を見張っているだけの様なのである。だが、流石にフィー達も疲労してきた。見張られていると言う自覚は、中々神経を消耗する物なのである。その分、たまに現れた怪物相手の戦闘は、激しい物になった。鬱憤晴らしと言えば聞こえが悪いが、実際その様な物だった。
 やがてフィー達は、リムトス森林国首都、マグマナンドへと到着する。彼等は宿を取ると、皆で一緒に鍛冶組合へと向かった。

「なんだ、帰って来たのかい。もう少しでこの操兵、中古品として売り飛ばす所だったよ。いや、儲けそこねたな。」

 これが、リムトス森林国マグマナンドの鍛冶組合渉外担当者の第一声だった。あまりの言い草に、フィー達は怒るよりも呆れ、呆れるよりも安堵してしまった程だ。フィーは鍛冶組合の渉外担当に向けて言った。

「じょ、冗談は無しですよ。こっちは必死で期日に間に合うように、ガッシュの帝国から帰って来たってのに。」
「……誰か冗談を言ったか?」

 鍛冶組合の渉外担当は、とぼけた顔をして見せる。フィー、シャリア、ブラガの顔に、冷や汗が伝った。渉外担当は、重ねて言った。

「何はともあれ、この操兵3体、即刻引き取っとくれ。場所を取られて、こっちは困ってるんだ。」
「は、はい!」
「い、急ご!フィー!ブラガ!」
「お、おう!」

 3人は慌てて各々の操兵に乗り込む。フィーのジッセーグ・マゴッツ、シャリアのエルセ・ビファジール、ブラガのガウラックが起動音を上げて立ちあがった。フィー達はこれから公営の駐機場へと操兵を持って行き、そこに機体を預けるのである。3体の操兵は、音高く歩き出した。



 その日の夕刻の事である。フィー、シャリア、ブラガの3人は、街の馬商人に自分達の馬を売りに行って帰ってきた所である。彼等には操兵があるので、馬はこれ以降は不要になるのである。これまで苦楽を共にしてきた馬を売るのは、少々寂しかった様で、彼等はやや言葉少なだった。ちなみにクーガとハリアーは、宿で留守番をしていた。
 フィー達が帰って来て、その日は夕食となった。夏であるが故に、周りはまだ明るいが、時間はそこそこ遅い。宿の1階は酒場になっており、宿に宿泊している者にはそこで定食が出される事になっている。なお、酒は1杯までは定食に付属しているが、それ以上は別料金となる。一同は、その日の夕食を其々の神に感謝して頂いた。
 ふと、フィーは不思議な感覚を感じた。何処からか『宿の外へ出ろ』と声が聞こえ、何故か外へ出なければならない様に思い込んだのである。だがその理由は、彼にも分からなかった。フィーはふらふらと酒場の出口へと向かう。仲間達はその様子を怪訝に思った様だが、厠にでも行くのだろうと考え、フィーを止めなかった。
 そしてフィーは、宿の建物の外へ出た。そこで彼は、突然身体が硬直するのに気が付いた。彼は脇に吊るしていた短剣を抜こうとする。だが身体の硬直のためそれは叶わず、短剣は後ろから近づいた何者かに取り上げられ、捨てられてしまった。更に彼の両手は手早く拘束され、口には猿轡が噛ませられる。そして彼は何処かへと連れ去られてしまった。



「フィーの奴、遅ぇなあ……。」

 ブラガは呟いた。フィーがふらふらと、宿の1階の酒場から外へ歩き出してから、しばらく経っている。そこへクーガが厠から戻って来た。ブラガはクーガに尋ねる。

「なあ、フィーの奴見なかったか?」
「いや、見ていないが?」
「さっき外の方へ歩いて行ったんだ。厠だと思ったんだがな。」
「やあねえブラガ、食べてる時に厠だなんて。」

 シャリアがブラガに突っ込んだ。ブラガの台詞に、クーガは怪訝そうに答える。

「いや、厠には私以外誰も来ていない。……ハリアー!」
「なんでしょうクーガ。」

 ハリアーは一通り食事を食べ終わった所だ。彼女はクーガの張り詰めた様な――と言っても、付き合いの長い彼女以外にはわからないのであるが――様子を怪訝に思う。クーガは続けた。

「頼む。〈聖霊話〉を使ってくれないか。周囲に敵意を持つ存在が居ないかどうか、確かめて欲しいのだ。」
「!……承知しました!」

 ハリアーは聖霊と意志を疎通し、周囲の状況を探る。敵意を持つ存在は居なかったが、彼女はある物を探知した。

「これは……!」

 ハリアーは外へと走り出る。一同も後を追った。ハリアーは外の道へ小走りで出ると、そこへしゃがみ込む。クーガもそこに走り寄って、ハリアーが見つめている物品を拾い上げた。

「これは……。フィーの短剣だ。フィーの、操手と操兵の同調を強化してくれる聖刻器の短剣だ。これが落ちていると言う事は、フィーに何かあったな。」
「なんだと!?」
「クーガ!あたしも『気』を探ろうか!?」

 ブラガは驚き、シャリアはきつい表情で言い放つ。クーガは頷いた。

「頼む、シャリア。」
「了解!……。」

 シャリアは深い精神集中に入った。ブラガは結果を待たず、酒場の2階になっている宿の部屋へ走り上がって行く。やがてシャリアが目を開いた。彼女は言う。

「……居る。フィーの『気』が遠ざかっていく。そしてその近くに、あたしに……たぶんあたし達全員に害意を持ってるやつが居やがる。方向は……あっち!」

 彼女は北の方角を指差した。そこへブラガが降りて来る。その手には、あの『遠眼鏡』があった。

「こいつでフィーの連れていかれた場所を調べよう。ええと、合言葉はなんだっけか……レックリック!」

 『遠眼鏡』に秘められた練法の力が発動し、ブラガははるか彼方の見たい物を見られる様になった。ブラガはこれでフィーとその周囲の様子を探ろうと言うのである。

「見つけた!むう……馬に荷物の様に積まれてやがる、フィーの奴。くそ。」
「フィーは無事!?」
「今のところは怪我とかさせられて無い見てぇだが……。」

 ブラガは悔しそうに続ける。

「そのうち、拷問とかするに決まってるんだ。奴らの事だからな。」
「ブラガさん、場所を特定したら、すぐに救出に動きましょう!」

 ハリアーが一生懸命に言う。仲間の事が心配な様だ。クーガは一同に言う。

「だが救出に動いたとしても、だ。敵はおそらくフィーの身柄と、あの『宝珠』や『杭』の交換を条件に、脅してくるだろう。」
「!」

 ハリアーの顔が蒼白になる。あのような代物を、おそらく黒幕と思われるトオグ・ペガーナの手に渡すわけには絶対にいかない。しかし、もしその様な事態になったら、渡さねばフィーの命は無いであろう。ハリアーは苦悩する。
 だが、クーガが言った。

「渡す必要は無いが、交渉する振りと、脅迫に屈して品々を渡す振りだけはやってくれ。あくまで振り、だ。何としても時間を稼いでくれ。」
「何か考えがあるのですね?」

 ハリアーは、希望を込めてクーガを見遣る。クーガは頷いた。その時、『遠眼鏡』でフィーと敵の様子を見ていたブラガが皆に声をかける。

「……たぶん奴らの隠れ家に到着したみたいだぜ。ただ、操兵が居やがる。狩猟機だ。型式は、以前見た事のあるレビ・シュバーグだと思う。破斬剣と、大型の盾を持ってやがる。」
「場所はどこよ!」
「街を出て、馬や操兵で北に半刻も行った、海岸沿いの掘立小屋だ。奴らは馬の全力疾走で行ったみたいだけどな。……後ろに荷物の様に積んでるフィーの事は構わずに。」

 ブラガはシャリアの問いに、吐き捨てる様に答えた。フィーを荷物の様に積んだまま全力疾走をしたと言う事は、フィーは随分と酷い思いをしたに違い無い。シャリアが叫ぶように言う。

「何はともあれ、フィーを助けに行くわよ!」
「急いだ方が良かろう。街の城門が閉まってしまう。」

 クーガの台詞に、一同はあわてて装備を取りに、宿の自分達の部屋に戻った。



 閉まりかけていた街の城門で、衛兵と押し問答をして、賄賂まで渡してやっと通してもらえたブラガ、クーガ、ハリアー、シャリアの4人は、暮れかけた森の中の街道を北へ急いでいた。ちなみに、フィーの狩猟機ジッセーグ・マゴッツは、今はクーガが操縦している。例の『杭』は、ジッセーグの背中に積んであった。なお、一行の先頭では、ハリアーが馬に乗ってランタンを持って、道を照らしている。
 やがて小道が街道から海側の方へと別れている場所に出た。従兵機ガウラックのブラガが道を教える。

『そこの森の小道を東北へ……海側へ行くんだ。操兵じゃ、一寸歩きづらいが。』
『だけど、敵のレビ・シュバーグは通った道なんでしょう?だったら通れない事、無いわよ!』

 シャリアが意気揚々と言う。たしかにしばらく前、操兵らしい物が通った足跡が、そこには付いていた。ハリアーも頷いて、馬を操り小道に分け入って行く。その後をシャリアの狩猟機、エルセ・ビファジールが追う。その後をブラガのガウラック、クーガのジッセーグ・マゴッツが付いて行った。
 やがて陽がすっかり沈む。あたりは暗くなり、ハリアーの掲げているランタンと、天頂にある月明かりが、道を進む頼りとなった。もっとも月は時折雲に隠れ、その頼り無い事と言ったら無い。シャリアのエルセ、ブラガのガウラック、クーガのジッセーグから、次々に声が上がる。

『くっ……今あぶない所だったわ。何かに躓いちゃった。』
『岩が突き出してやがる。クーガ、気をつけろよ?』
『うむ、すまない。』

 こう暗くては、ただ歩くだけでも非常に神経を使う。一同の進む速度は、かなり落ちていた。やがて街を出てから半刻程が過ぎる。だが彼等はまだ目的地には着いていなかった。やがて彼等の目の前が、ぱっと開ける。森を抜けて、海岸に出たのだ。ブラガが皆に声をかける。

『あと少しだ!海沿いに北へ行った所に、森との境に小さなボロ小屋がありやがる!傍らにレビ・シュバーグが駐機してやがるから、すぐ分かるハズだ!』
「わかりました、急ぎましょう皆さん。」

 ハリアーが応えて言う。一同は若干だが、速度を上げた。そのときシャリアが叫ぶ。

『……!ちょっと待って!感応石に反応が出たわ!これは……狩猟機!』
『こちらにも反応が出た。おそらくこちらの接近に気付いて、操兵を起動したのだろう。』

 クーガが冷静に分析する。やがて立ち上がったレビ・シュバーグの巨体が見えて来る。その足元には、5人の人影が居た。シャリアは叫ぶ。

『フィー!』

 そう、5人のうちの1人は、縛られたフィーだったのである。ブラガも叫ぶように言った。

『やい、てめえら!フィーを放さねぇか!』
「いいだろう、放してやろうではないか。ただし、貴様らがこちらの言う事を聞けば、だがな。」
『な、何ぃ!?』

 女の声が響く。4人の敵のうち、1人は女であり、それが敵の頭目らしい。ブラガはその声の内容に憤った。フィーが叫ぶ。

「だめだ、皆!こいつらの言う事を聞いちゃいけない……。ぐはっ!」
「きさまは黙っていろ!」

 女は鎚矛でフィーを殴った。人質を殺してはまずいため、手加減して軽く殴ったのだが、それでもかなりの打撃をフィーは受ける。彼は地面に倒れた。

『フィー!』
『フィー!てめえ何しやがる!』
「フィーさん!」

 仲間達は悲鳴を上げた。そんな中、クーガが敵に話しかける。

『……条件を聞こうか。』
「そうだね。まずは貴様ら、操兵から降りろ。」

 女は当然と言った風情で、そう言葉を発する。だがクーガは、すぐには承知しない。

『ならば君の方も、その操兵から部下を降ろしたまえ。話はそれからだな。』
「おや、こいつがどうなっても良いのかね?」
『君こそ、こちらがフィーの命と仲間全員の命を天秤にかけた場合、交渉が決裂するとは思わないのかね?』

 ハリアー、ブラガ、シャリアの3人が息を飲む。彼等はクーガが本気で言っているなどとは思わないが、その冷たい台詞には少々引く物がある。敵の頭目である女は、舌打ちをして言う。

「ちっ……。いいだろう。操手槽を開け。こちらが降りると同時に降りろ。」
『……了解した。皆、操兵から降りる用意をしてくれ。』

 クーガとシャリア、ブラガは敵の操手が操兵を降りると同時に、自分達も操兵を降りた。クーガはブラガに向かい、言う。

「ブラガ、打ち合わせ通り交渉を頼む。」
「ああ……。わかった。」

 ブラガは敵に向かって声を張り上げた。

「さあ、てめぇらの条件を言え!」
「こっちの条件は、宝珠『オルブ・ザアルディア』4つと、その操兵が背負ってる杭『パイ・ル・デ・ラール』だ。それを渡せば、この男は返してやろう。」
「4つ!?」

 ブラガは訝しく思う。トオグ・ペガーナの連中が知っている宝珠『オルブ・ザアルディア』の数は1つのはずだ。だが敵はそのブラガの疑問に答える。

「とぼけても無駄だ。この男の精神を読ませてもらったからな。『オルブ・ザアルディア』が全てで8つあることも、それを打ち砕くためにその杭『パイ・ル・デ・ラール』が必要な事も、全てお見通しだ。」
「ち……。」
「やられましたね……。」

 ブラガとハリアーが悔しそうに呟く。シャリアが敵の女頭目――おそらくは、トオグ・ペガーナの尼僧――に向けて叫ぶ。

「心が読めるんだったら、そんなになるまでフィーを痛めつけなくてもいいじゃないの!」

 そう、フィーはかなり痛めつけられ、重傷を負っていた。更に先程鎚矛で殴られ、もはやこれ以上やられたら命が危ない所まで来ている。トオグ・ペガーナの尼僧は、嘲笑った。

「ははは。何、かなり強情だったからな。つい力が入ってしまった。仕方なかろう。
 ……で?どうするのだ?宝珠と杭を渡すのか、渡さないのか?」
「なあ、全部渡せってのは流石に強欲じゃねぇか?一部で済ませる気は無ぇか?たとえば宝珠2つ、とかよ。」

 苦し紛れのブラガの問い掛けに、トオグ・ペガーナの尼僧は笑って謝絶する。

「駄目だな。全部、だ。しかも杭も付けてだ。そうでなければ、この男は死ぬものと思え。」
「ち……。」

 ブラガは舌打ちをする。いかにも悔しそうだ。シャリア、ハリアーもまた、悔しそうにしている。クーガだけは、先程からまっすぐ突っ立って、微動だにしていない。その様子を見て、トオグ・ペガーナの尼僧は再び嘲笑った。



 フィーは朦朧とする意識の中、憤ると共に苦悩していた。自分が敵に掴まってしまったために、今この様な事態に陥ってしまっているのだ。なんとかしたいが、彼に出来る事は無い。しかも彼はかなりの重傷を負わされ、もはやこのまま放っておかれたら、命すら危うい状況下なのだ。
 その時、フィーの耳にかすかな声が聞こえた。

「……今、縄を切る。聞こえるかね?縄を切ったら、君を術で飛ばす。抵抗するんじゃないぞ。」

 そして彼の身体が自由になると、小さく低い呪句の詠唱が聞こえる。次の瞬間、彼の身体は空間を跳躍し、ハリアーの足元に出現していた。
 トオグ・ペガーナの尼僧は叫ぶ。

「な、何が起こった!?」
「やったぜクーガ!」
「さっすが、頼りになる!」

 ブラガとシャリアが快哉を叫ぶ。トオグ・ペガーナの尼僧は、彼らが動いた時に、彼等の傍らに立つクーガとか言う男の身体を通り抜けた事に気付いた。あの男は幻影だったのだ。では本物のあの男は何処に居るのだろうか。トオグ・ペガーナの尼僧は部下達に向かって叫ぶ。

「貴様ら!周囲を警戒しろ!あ奴は妖術師だ!どこかに姿を隠して居るぞ!おい、貴様は操兵を動かせ!」
「は、ははっ!」

 敵の操手は、慌ててレビ・シュバーグに飛び乗ると、起動手順を行う。だが一瞬早く、ジッセーグ・マゴッツが起動して立ち上がった。クーガはフィーを空間跳躍させた後、自分も術を使い、ジッセーグの操手槽に直接転移したのだ。クーガ操るジッセーグ・マゴッツは、魔力の込められた破斬剣を抜き放つ。やや遅れて、シャリア駆るエルセ・ビファジールと、ブラガのガウラックが立ちあがり、各々の武器を構えた。ハリアーは、フィーの傷を癒すべく治癒術の祈念に入っている。
 クーガのジッセーグ・マゴッツが、破斬剣を手にレビ・シュバーグに斬りかかった。だがぎりぎりで起動が間に合ったレビ・シュバーグは、大盾でその剣を受け止める。凄まじい衝撃音が響いた。そこへシャリアのエルセ・ビファジールも加わる。シャリアのエルセは、操手同様に双剣を振るい、レビ・シュバーグに斬り付けた。レビはそれも盾で受け止めつつ、立ち上がって破斬剣を抜いた。
 一方、ハリアーはフィーの傷を癒すための治癒術に忙殺されていた。フィーの意識は殆ど無い。一刻も早く、傷を癒す必要がある。そこへ敵の部下である男3人が、彼女達を殺すべく走り寄って来た。だがそこへ割り込んだ者がいる。ブラガの従兵機、ガウラックだ。男達は皆、一斉に腰が引けた。そんな男達を、ブラガのガウラックは、容赦せずに槍先にかけて行った。ブラガの雄叫びが響く。

『うおおおおぉぉぉぉっ!手前らぁ!』
「ひいいぃぃっ!」
「ぎゃああぁぁぁっ!」
「うわああぁぁぁぁ!!」

 男達は、ブラガの従兵機に蹴散らされる。そのままブラガの従兵機はトオグ・ペガーナの尼僧を倒してしまおうと、突き進む。だがその槍先は、トオグ・ペガーナの尼僧に当たりはしたのだが、そこでぴたりと動きを止めてしまった。ブラガは叫ぶ。

『こ、この術は!打撃を殺す術!』

 そう、これは招霊の秘術に数ある術の1つで、ある一定範囲内において、あらゆる打撃が威力を失うと言う効果を持つ術なのだ。更にトオグ・ペガーナの尼僧は、別の術も念のために行使していた。それは練法をはじめ、あらゆる術法に対する抵抗力を上げるための秘術である。この術を使えば、かなりの高位練法からさえも、自らの身を護る事ができるのである。トオグ・ペガーナの尼僧がこの術を用いたのは、どうやら妖術師……練法師であるらしいクーガ対策であった。
 その頃ハリアーは、フィーの傷を癒す術をようやくの事で完成させていた。彼女の両掌に聖霊の光が宿る。彼女はその掌をフィーの身体に押し当てた。たちどころにフィーの身体の傷が癒えて行く。フィーは目を覚ました。

「あ……ハリアーさん。」
「もう大丈夫ですよ、フィーさん。今、あの邪教の僧侶を倒して、フィーさんの仇を討ってあげますからね。」

 そう言ってハリアーは、雷を呼ぶ術を使うべく、八聖者に祈りを捧げ始めた。幸いな事に、天には僅かだが、雨雲が見える。フィーはよろよろと立ちあがったが、何かに気付くと叫ぶ様に言った。

「そ、そうだ!あの女僧侶、逃がしちゃいけません!あいつは心を読む術で、俺から宝珠の情報をあらいざらい引き出したんです!あいつは、他の宝珠がある場所も知っています!」

 ハリアーは驚いたが、雷を呼ぶ術の祈念をそのまま続けた。そしてその術が完成する。雷が、トオグ・ペガーナの尼僧目がけて落ちた。

「ぎゃああああぁぁぁぁぁっ!!き、貴様、許さんぞ!」
「許さないのはこっちです!」

 ハリアーは邪教の尼僧に叫び返す。どうやらトオグ・ペガーナの尼僧は、先に使用していた抗術の影響で、致命傷は受けずに済んだらしい。しかしそれでもかなりの重傷を受けた様で、地面にへたり込んでいる。ブラガがガウラックの槍で突きかかっているが、これもまた打撃を殺す術のために、何ら効果を上げていない。
 その時、クーガが叫ぶ。

『ガルウス!』

 それはジッセーグ・マゴッツが装備している魔力を持った破斬剣の、秘められた力を開放するための合言葉だ。魔剣の刃が光り輝き、その光がレビ・シュバーグの分厚い装甲板をバターの様に切り裂く。レビ・シュバーグは損傷のため動きが鈍り、大盾を持っていられなくなってそれを手放した。レビ・シュバーグは破斬剣を両手で持つと、クーガのジッセーグ・マゴッツに向けて斬りかかる。だが鈍った動きでは、当てる事は叶わない。
 そこへシャリアのエルセ・ビファジールが、今彼女にできる限りの強さで練った『気』を込めた長剣で突きかかった。彼女が今回この『気』による攻撃を行うのは、これで都合4度目である。彼女は精神力の消耗を補うため、『擬似治癒環』という指輪の力を借りて、精神力を一時的に回復させている。そこまでした甲斐があって、彼女の操るエルセが振るった長剣の突きは、見事にレビ・シュバーグの胴体を刺し貫いた。レビ・シュバーグの全身の筋肉筒が衝撃で千切れ、ばらばらに壊れて飛び散る。操兵同士の勝負は付いた。
 クーガはトオグ・ペガーナの尼僧に向けて言う。

『これで勝負は決まった。お前の術も、そう何時までも保つまい。』
「……だから何だ。降伏しろとでも言うのか?馬鹿なことを……。」

 そう邪教の尼僧は言った。その時である。尼僧の身体に、突如力が漲った。彼女は叫ぶ。

「ああ!ビョンド様!この不甲斐無い私めをお助け下さると!ああ、有り難や!」

 そして、もはやこれ以上術を使う余力も無かったはずの、トオグ・ペガーナの尼僧の身体が、あっと言う間に癒えて行く。ハリアーは、その術の正体に気付いた。彼女は叫ぶ。

「その女は、遠くの高僧から聖霊の秘術による遠隔通話で、力を受け取っているのです!気をつけてください!今の彼女は、遠くにいる高僧の力を借りる事ができます!」

 そしてハリアーは、急いで再び雷を呼ぶべく、祈り始めた。そんな彼女を見遣りつつ、トオグ・ペガーナの尼僧は憎々しげに言い放つ。

「貴様如き薄汚い邪教の僧侶が……。私に雷を落とすなど、許せぬ!死ぬがいい!」

 その瞬間、ハリアーと隣にいるフィーに、雷が落ちた。先程ハリアーが使った術と、同質の術による物だ。2人は強烈な雷撃に悲鳴を上げた。

「きゃあああああぁぁぁぁぁっ!!」
「うわああああぁぁぁぁっ!!」

 ハリアーは、雷撃を受けたその衝撃で、祈りを中断してしまった。フィーは再び重傷を負い、気絶してしまっている。ハリアーもまた重傷を負っており、苦痛に動きが取れない。トオグ・ペガーナの尼僧は、楽しげに嗤った。
 と、その時である。クーガの操るジッセーグ・マゴッツが魔剣を振り上げた。そして思い切り振りおろす。トオグ・ペガーナの尼僧は反射的にそれを躱そうとした。果たして、巨大な魔剣の刃は、かろうじて彼女の傍らを通り過ぎて行く。そしてそれは地面を大きく穿った。この空間では、あらゆる打撃が無効化されると言うのに、地面は大きく穿たれたのである。尼僧は思わず叫ぶ。

「な、何故だ!まだ術が切れる時間では……!」
『……私がその術を解除した。ハリアーとフィーを傷つけた報いは、受けてもらおう。』

 クーガが静かに言う。そしてジッセーグは剣を再び振り上げた。邪教の尼僧は叫ぶ。

「そ、そんな馬鹿な!びょ、ビョンド様!宝珠は8つあり、そのうち1つはスカード島です!スカード島に手勢を送り込んで下さいませ!私はこれまででございます!」

 次の瞬間、クーガ操るジッセーグ・マゴッツは、魔剣を振りおろしていた。トオグ・ペガーナの尼僧は、跡形も無く粉微塵になった。



 ハリアーとフィーの怪我は、一時的に精神力を回復させる術を用いた、ハリアー自身の手によって回復していた。彼等一同は、トオグ・ペガーナの連中が拠点にしていた掘立小屋を調べるが、そこではフィーが脱がされた彼の操手用防具を取り戻せただけで、何の情報も無く終わる事になる。クーガは、肉片になったトオグ・ペガーナの尼僧の死体から霊を呼び出し、尋問を試みたが、尼僧は余計な情報は何1つ知らされてはいなかった。
 次の日、フィー達一同はマグマナンドまで帰って来た。だが彼等は、一度宿に戻るとすぐに動き出す。目的は、マグマナンドからスカード島まで連れていってくれる船を探すためだった。そして更に次の日、フィー達一同は操兵を使って、マグマナンドの港で、船……帆船『銀色の秋刀魚』号に荷積み作業を行っていた。操兵、それも狩猟機従兵機合わせて3体込みの彼等を安くスカード島まで運ぶ代わりに、荷積み作業を手伝う事を船主から頼まれていたのである。ちなみに船主も船長も、ガッシュの帝国人ではない、普通のアハル人である。それ故、女を船に乗せる事に抵抗は無かった。
 エルセ・ビファジールで大きな荷物を運びながら、シャリアはぼやく。

『あ〜あ、陸地に着いて1週間も経ってないってのに、なんでまた船に乗らないといけないのよ。皆あのトオグ・ペガーナの女僧侶が悪いのよ!』
『ごめん、俺が攫われて情報を引き出されたせいで……。』
『あ、ああいいのよ、いいの!術を使われたんだから、仕方無いわよ!』

 フィーの落ち込んだ声音に、シャリアは慌てて慰めの言葉をかけた。フィーは小さめの壊れやすい荷物を、ジッセーグ・マゴッツで運んでいる。彼の操縦技量が一番高いために、彼は繊細な作業を任されていた。
 ガウラックで大物の荷を運びながら、ブラガが徐に言う。

『しかしあの女僧侶、あの瞬間に遠くの高僧と遠隔通話の術とやらで繋がってたんだろ?なんかとんでもねーなー。』
「間違いないだろうな。あの最期の瞬間に叫んだ情報、宝珠が8つあると言う事と、スカード島に宝珠の1つがあると言う情報は、トオグ・ペガーナの高僧であるビョンド・ジーカーに流れてしまっただろう。
 一撃目を外さなければ、その情報が漏れる事も無かっただろうな。すまない。」

 クーガはガウラックの足元でそれを誘導しながら、感情のこもらない平板な声で言う。だが一見無感情に聞こえても、結構長い間一緒に旅をしてきた仲間達には、彼がなんとなく悔しがっている事が、分かる様な気がしていた。
 ハリアーがクーガを宥める様に言う。

「クーガのせいではありませんよ。あれは仕方ありませんでした。それよりも、一刻も早く荷積みを終えて、スカード島に向かいましょう。」

 クーガはハリアーに向け、小さく頷く。トオグ・ペガーナの者達は、手勢をスカード島に送り込むであろう。彼等はそれよりも先に、宝珠『オルブ・ザアルディア』を手に入れねばならないのだ。
 ブラガが気合いを入れて叫ぶ。

『よおっし、いっちょ頑張るか!次の荷はどこだ、クーガ!』
「こちらだ。ただ気合いを入れるのはいいが、気をつけてくれ。船と桟橋との渡し板は、不安定だからな。もし海に落ちたら、君ごと従兵機は沈んでしまうぞ。」
『脅かすなよ。』

 彼等一同は、その日精一杯働いた。そしてその晩は船に泊まり、次の日早くには出航と相成った。シャリアとハリアーは、船の舷側から遠ざかるマグマナンドの港を見て、歓声を上げる。特にシャリアは、先日までぶつくさ言っていたとは思えない変わり様である。
 シャリアはにこやかに笑い、言った。

「いやー船ってのも、ガッシュの帝国船じゃなけりゃ、いいもんじゃない。潮風が気持ちいいわよね。」
「そうですね。ガッシュの帝国の船では、船室に閉じ込められていましたし。」

 ハリアーもシャリアに同意する。だがクーガがそれに水を差した。

「だが潮風は、操兵に悪いのだよ。操兵は鉄で出来ている。潮風は鉄を錆びやすくさせるのだ。」
「そうですよね。陸地に着いたら、どこか鍛冶組合できちんと見てもらいたいですね。」

 フィーが溜息混じりに言った。それにブラガが反応する。

「また金がかかるのか……。操兵は大金稼げるけど、同時にその金に羽が生えて飛んでく物でもあるんだな……。」
「そんな物ですね。はぁ……。」

 フィーはまた溜息を吐く。その背中を、シャリアが音高く叩いた。

「ぶほっ!?」
「何しょんぼりしてるのよ!これから一層大変になるんだから、気合い入れておかなけりゃ、駄目じゃない!」
「そ、そうだね……。」

 フィーはシャリアの言に同意するも、結局の所あまり元気は出ない様だ。そんな彼の様子を見て、仲間達は笑う。もっともクーガだけは、何時も通りに無表情を貫いていたが。
 そして彼等は船の行く先を睨みつけた。この海の向こうにはスカード島がある。そしてそこには5つ目の宝珠『オルブ・ザアルディア』と、トオグ・ペガーナとの戦いが待っているのだ。


あとがき

 仲間が敵の手に落ちる、と言う展開を今回初めてやってみました。そうしたら、やった後で、けっこう大変な事に気付きました。ワースブレイドのシステム上では、何かしらの行動を行って経験を積まなければ、技能を成長させられないのです。捕まらなかった残りの仲間達はともかく、フィーは捕まっていた間、全然行動を行えなかったわけですね。つまり経験を積めませんでした。そのため仲間達はこのお話の後、ちょっとだけ強くなったのですが、フィーだけはあまり強くなりませんでした。まあ、重傷を負ったので、それも1つの経験ではあるので、肉体耐久度(いわゆるHP)がちょっと伸びましたが。
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