「ガッシュの帝国へ」


 ハリアーは、ただひたすらに宝珠『オルブ・ザアルディア』を睨みつけていた。そして、モニイダス王国の首都デル・ニーダルに居る聖刻教会僧正タサマド・カズシキから貰った封印札をその宝珠に貼り付ける。彼女はその後、徐に八聖者への祈りを捧げ、招霊の秘術を行使した。
 その瞬間、その場に居た者は、何者かの絶叫が聞こえた様な気がした。そして宝珠『オルブ・ザアルディア』はその美しいとも禍々しいとも言える輝きを失い、あっと言う間に曇ってしまった。
 ハリアーは思わず溜息を吐く。彼女は呟いた。

「……できた。」
「やったじゃない、ハリアー!」
「おめでとうございます!」
「凄ぇ、凄ぇ。あの僧正サマがやったのと同じじゃあ無ぇか。」

 シャリア、フィー、ブラガがハリアーを褒め称える。そしてクーガがゆっくりと頷いた。

「よく頑張った、ハリアー。」

 ハリアーもまた、皆に向かい頷く。こうして聖刻教会法師ハリアーは、3つ目の宝珠『オルブ・ザアルディア』の一時的封印に成功したのである。



 フィー達一同は、リムトス森林国の首都マグマナンドまで戻って来ていた。彼等は旅行者街区の酒場を兼ねた宿屋に入り、そこでこれからの行動を相談していた。フィーが地図を広げる。

「次は何処にしましょうか。ここから近いのはスカード島かセルゲイですけれど……。ガッシュの帝国って手もありますね。スカード島とかに先にいっちゃうと、そこからガッシュの帝国に行くのが大変になっちゃいますし。」

 ガッシュの帝国――正式名称ガーズレイド海王国――は、今フィー達が居るリムトス森林国から西南西にはるか行った所にある。スカード島やセルゲイは北東方向であり、まったく逆方向になるのだ。
 シャリアが、ガッシュの帝国と聞いて嫌な顔をする。

「ガッシュの帝国かぁ……。やだなあ。あっちって、旧王朝とかよりもずっと男尊女卑が激しいんでしょ?」
「ああ。女は大人しくして、男の言う事にハイハイ従ってねーとダメらしい。そうでない女、男に逆らう様な女はもう女とは認めらんねーそうだ。だからと言って、男扱いされるわけでもねーから、そんな事するとひたすら損だって話だぜ。
 ああ、あと髭が薄かったり肌の白い奴ぁ、『女のような奴』って罵られて、まともな扱いしてもらえねーそうだ。もっとも外国人までそうなのかどうかは知らねーけどよ。」

 ブラガの台詞に、フィーは酢を飲んだ様な顔をした。彼はラズマ氏族ほどではないが肌が白く、髭も薄い性質だったからである。もっとも髭に関しては、彼らの仲間は皆きれいに剃っていたが。
 そこへクーガが口を挿む。

「我々の操兵の修理は、どれぐらいかかる予定なのかね?」
「おおよそ2ヶ月半と言った所です。」

 つい先程まで、鍛冶組合へ操兵の修理を頼みに行って来たフィーが、それに答えた。クーガはそれを加味して考えをまとめる。やがて彼は言った。

「やはり、先にガッシュの帝国へ向かった方が良いだろう。操兵が直るまでに時間がかかるとあらば、操兵を持って行けそうに無い場所へ、まず行った方が良いと思う。」
「そうだな。スカード島へ渡るぐらいなら、操兵を運べる船を借りるのも、なんとかなるだろうが。だがガッシュの帝国はちと遠い。そこまで操兵を運ぶのは難しいからな。
 それに先にガッシュの帝国へ行っておいた方が、後々楽だ。それでいいな、皆?」

 ブラガの声に、一同は頷いた。渋々と言う者もいた事はいたが。と、クーガがハリアーに向かい、問いかけた。

「ハリアー、たしか『オルブ・ザアルディア』の在り処は、エズラ湖の辺りだったな?エズラ湖のどの辺かね?」
「あ、はい。ええと……たしか、このエズラ湖の北の端の所ですね。」
「内陸部か……。おそらく人の殆ど住んでいない場所だな。」

 クーガは顎に手をやり、考え込む。だが、すぐに頭を振った。

「……駄目だな、危険過ぎる。」
「クーガさん、一体何が危険過ぎるんですか?」

 フィーが尋ねた。クーガはそれに答える。

「いや、な。モルアレイド大森林を突っ切ってエズラ湖までたどり着けばどうか、と一瞬考えたのだよ。だが道なき道を行く事になるし、怪物等も多い。到底行きつけまい、と考え直したのだ。」

 一同は呆れた様な顔をする。ガッシュの帝国へ行くのに、内陸部を通って行こうなどと考えるのは普通ではない。モルアレイド海岸諸国からガッシュの帝国へ行くのには、海路を使うのが当たり前なのだ。内陸部には、ファインドの大森林にも匹敵しようかと言う、モルアレイド大森林が存在する。人の手が、全くと言って良い程入っていない、大密林だ。それを突っ切って行こうなどと考えるのは、相当の変人である。
 ブラガは溜息混じりに言う。

「やっぱり練法師ってのは、普通人とは考え方からして違うのかね。」
「可能性が少しでもあるならば、常識に囚われずそれを検討して見るのも、大事な事だと思うがね。」

 クーガが言い返す。これはかなり珍しい事だ。普段この男は、感情を表に出す様な事はまったく無い。一同は揃ってクーガの顔を見つめる。クーガは表情を変えずに言った。

「……どうかしたかね?」
「……ま、まあとにかくだ。やっぱりガッシュの帝国へ行くなら、海路だろ海路。ただ、注意しておきてぇのは、ここでもシャリアとハリアーだ。」

 ブラガは女性陣に向かって言う。2人、特にシャリアはきょとんとした顔をしている。その事について、クーガが徐に説明を加えた。

「ガッシュの帝国に行く船と言うのは、やはり帝国船籍の船しか無いと言って良い。ガッシュの帝国では海神アマルポスを信仰している。そしてアマルポスは女性を嫌うと言う言い伝えがあるのだ。」

 クーガは一息つく。彼はハリアーとシャリアの2人の顔を見渡した。そして話を続ける。

「……そのため帝国では、出来る限り船に女を乗せないようにしている。どうしても乗せる場合は、航海の前に禊の儀式を行う。更に女性の船客は、肌の露出を抑えた服を着せられて、航海の間中ずっと船室に閉じ込められる。……2人とも、我慢できるかね?」
「クーガ……。あなたが先程モルアレイド大森林を突っ切るなどと非常識な事を言いだしたのは、私達の事を気遣って、ですか?」

 ハリアーは問うた。クーガは多少躊躇したが、首肯する。

「うむ。特にハリアーは他の宗教……アマルポス神教の禊の儀式を受けなければならない事に、耐えられるのか、と思ったからだ。」
「……ありがとうございますクーガ。私は大丈夫です。他教の儀式を形ばかり受けたからと言って、別に八聖者や教会の権威が傷つくわけではありません。それに戒律では、世界を救済する事が大事だと言っています。そのためであれば、その程度、何でもありません。」

 ハリアーは堂々と言い放つ。一方のシャリアは少々困った顔をしていた。

「……あ、あたしは……一寸つらいかも……。儀式とか衣服とかはともかく、ずっと閉じ込められるのは一寸つらい、かな?あはははは。」
「あははは、じゃねーよ。」
「シャリア、これは必要な事なんだ。お願いだから、我慢してくれないかな。」

 ブラガとフィーに言われ、シャリアは渋々と頷く。ブラガは続けて言った。

「まあ、シャリアもハリアーも納得してくれたところで……。何処から何処まで船に乗る?」
「入国税はかかるが、アレトスカ族の港の、それも一番近い所で船を降りる事にしよう。ハリアーとシャリアの2人に、あまり長い時間耐え忍ばせるのは心苦しい。乗るのは港街ベルナンドからで良いだろう。」
「入国税がかかるって、どう言う事?」

 シャリアがクーガの台詞に引っ掛かりを感じ、問いかけた。ブラガが代わって答える。

「ガッシュ帝国の領地、ガッシュ半島は西方南部域の3分の1近い広大な土地だ。その西側半分をバセスカ族が、東側半分をアレトスカ族が、そしてセズナイク群島って所をラカマンって部族がそれぞれ占有してる。
 このうちアレトスカ族の領地の、更に東側に俺達の目的地であるエズラ湖があるんだがよ。なんつーか、この……がめついんだよ、アレトスカ族は。海の商人だから、がめつくても仕方無い所はあるけどよ。だから普通はアレトスカ族の港で降りないで、その更に西のバセスカ族の港で降りて、陸路でアレトスカ族の土地に向かうんだがな。がめついアレトスカ族に、入国税を絞り取られないために。まあもっとも、バセスカ族はバセスカ族で、荒っぽいって問題点があるんだけどよ。」
「入国税は仕方無いですよ。使った分は、また何処かで稼ぎましょう。」

 フィーが慰める様に言った。ブラガもそれに頷く。フィーは皆の顔を見回すと、話をまとめた。

「じゃあ明日はベルナンドへ向かいましょう。ベルナンドには馬で5日ぐらいかかりますね。途中には、街道沿いに村が2つ程度しか無いそうです。つまり村に泊まれても2回まで、残りは途中で野宿になります。出立前に食料を買っておきましょう。ああ、そうだ。鍛冶組合にも顔を出して、操兵の修理はゆっくりでも構わないと言っておかないと。3ヶ月ぐらいかかってもいいって言って、その間預かっていてもらいましょう。
 ベルナンドに着いたら、適当なアレトスカ族の港街まで乗せて行ってくれる船を探しましょう。多少はぼったくられるのは覚悟の上ですね。
 アレトスカ族の港街に着いたら、そこから内陸を目指しましょう。……と、こんなもので良いですか?」

 一同はフィーに向け、軽く頷いた。



 次の日、朝早くから彼等は出立の準備に忙しかった。具体的には、途中での野宿に備えて食料を買い込んだのである。幸いにも、マグマナンドは物資が豊富であり、保存食の買い付けに不自由は無かった。また、フィー、シャリア、ブラガの3人は鍛冶組合まで出向き、操兵の修理が完了しても、しばらく預かっていて貰える様、交渉した。結果、預かり賃を多少余計に支払う事にはなったが、修理の時間も合わせて3ヶ月は預かっていて貰える事になった。
 食料の買い付けが終わると、即座に彼等は出発した。目的地はリムトス南側の港街、ベルナンドである。マグナマンド、ベルナンド間には街道が通っており、先日の様に森の中を強引に進む様な真似はしなくて済んだ。ちなみにあの宝珠『オルブ・ザアルディア』を最後に破壊するための杭は、フィーの馬の脇にまるで馬上槍の様に括り付けられている。フィーの馬は、このために力の強い馬が選ばれていた。今まではこの杭を操兵に積んで歩いていたため、この様な苦労はしないで済んでいたのだが、こればかりは仕方が無かった。
 だがその日の夜の事、問題は早くも発生した。この日は街道の途中で野宿をする事になり、皆順番に見張りをする事にして、交代で眠っていた。事件が起きたのは、フィーとシャリアが見張りの順番の時である。フィーが何事かに気付いた。彼は鋭く言う。

「シャリア、皆を起こして!」
「え?あ、う、うん。」

 フィーは破斬剣を手に、立ち上がる。シャリアもまた、天幕の方へ走っていった。灯りは焚火の炎のおかげで問題は無い。フィーは暗闇の中へ向けて、叫んだ。

「そこに居るのは分かっている!出て来い!」
「……ばれちまっちゃ、しょうがねえな。」

 闇の中から現れたのは、見るからにごろつき風の、6人の男だった。シャリアが、ブラガ、クーガ、ハリアーを引き連れて戻って来る。彼等はフィーの脇に並んだ。なお、クーガはマグマナンドの街を出てからすぐ、仮面を被りっぱなしにしている。
 フィーは、ごろつき風の男達に向けて言った。

「お前達、何が目的だ!」
「なあに、ちょいと欲しい物があるんだよ。ついでにそこの姉ちゃん達も貸してくれれば、言う事は無ぇんだけどな。」

 ヒヒヒ、と下品に男達は笑う。簡単にシャリアが切れた。

「あんたたちなんかに、勝手にされてたまるもんですか!」
「おいおい、進歩ねぇなあシャリア……。もう少し、話聞いても罰は当たらねえよ。」

 そう言いつつ、ブラガは手斧と小剣を構えた。シャリアも双剣を構えて、油断なく立つ。ごろつき風の男達は、もはや問答無用とばかりに長剣で斬りかかって来た。
 ブラガがいきなり、愛用の手斧の力を開放する。

「くらえや!ヴァーズバン!」

 ごろつき風の男達のうち、3人がカマイタチの範囲内に巻き込まれた。血飛沫が飛び散る。巻き込まれた男達は叫んだ。

「うわああっ!?」
「ぎゃあっ!!」
「ひいいっ!」

 目に見えて、男達は怯んだ。そこへクーガが結印していた練法が発動する。彼は気圧の弾丸の術と、小さな電撃を放つ術を合成して使っていた。彼がいつも良く使う組み合わせである。男達6人に、それぞれ1発ずつ気圧の弾丸が飛んだ。そして電撃は……フィー達の後ろ側に居た、軽弩を構えていた男に命中する。その男の身体は、電撃に麻痺してしまった。
 クーガは呟く様に言う。

「見張らせていた霊魂が、敵は『7人』だと言っていた。」
「さすがですね、クーガさん。」

 フィーはそう言いつつ、クーガの気圧の弾丸を受けた者達に斬りかかっていく。シャリアもまた、彼と並んで敵に斬りかかった。ブラガの手斧によるカマイタチの攻撃を受けた男のうち2人が、まず倒れて沈黙する。同時にハリアーは、後ろの麻痺した敵に向かって駆け寄りつつ、鎚矛を手に構えた。
 戦える者が4人になってしまった男達は、それでもフィー達をなんとか殺そうと、長剣を振るう。だがフィーにもシャリアにも命中しない。2人とも、かなりの腕前にまで成長していたのだ。
 やがてブラガも、戦闘に参加する。フィー達は1人ずつに攻撃を集中して、確実に1人ずつ仕留めて行く事にした。やがて3人目が倒れ、4人目も倒れた。その時になって初めて、ごろつき風の男達のリーダーは逃亡を選択する。

「こ、こいつぁかなわねぇ!逃げるぞ!」
「へ、へい!」

 だがその時、再びクーガの術が発動する。今度彼は、一定範囲内の相手を金縛りにする術を一瞬念じただけで発動させた。ごろつき風の男達は、2人とも身体が硬直する。それはほんの数秒の事でしかないが、それで充分だった。シャリアとフィー、そしてブラガが彼等を斬り倒すのには、その数秒でも余るぐらいだったのだから。
 見るとハリアーも、電撃で麻痺した相手を鎚矛で殴り倒している。襲ってきた敵は、これで全滅した。ごろつき風の男達は、フィー達の強さを完全に見誤っていたのだ。
 クーガは、心の中で何事か念じただけで、ある術を発動させる。それは死者の霊魂と、会話をするための術法だった。彼はこの術を用いて、このごろつき風の男達の霊魂を尋問するつもりなのである。彼はしばらく、何事か虚空に向かい呟いていた。だが突如振りかえると、仲間達に向かい、言葉を発した。

「こいつらは、あの『宝珠』と、今フィーが持っている『杭』を奪う様に依頼されていた、山師くずれだ。」

 その言葉に、仲間達に緊張が走る。宝珠と杭を奪う、と言う行動指針を持つ相手に、彼等は非常に心当たりがあったのだ。ハリアーが小さく呟く。

「トオグ・ペガーナ……。」

 クーガも頷く。今までしばらく攻撃が無かったが、とうとう奴らがやって来たのだ。魔神ジアクスを奉じる邪教の集団にして、世界の破壊を目指す狂信者集団……。それがトオグ・ペガーナである。始末に悪い事に、彼等は邪神とは言え、本当に神の使徒であるのだ。そのため、神の僕でなければ身につける事がかなわない強力な秘術を、彼等は使いこなす事ができるのである。
 だがブラガが言う。

「でもよー。こいつら下請けの下請けのそのまた下請けぐらいじゃねーの?なんか弱っちかったし。僧侶とか暗殺者とかが出て来ないってのは、やっぱこっちは手薄なんじゃねーかな。」
「かも知れません。でも、そうでないかも知れません。用心に越した事は無いですよ。」

 フィーの台詞にブラガは、わかっている、とでも言う様に手を振った。



 フィー達一同は、次の日も旅を続け、夕刻には街道沿いの村……サクード村に入った。ここは街道沿いの村だけあって、きちんとした宿屋が1軒だけだが存在している。フィー達は、この晩はそこに宿泊する事にした。
 もっとも、宿に宿泊するからと言って、警戒を疎かにするわけではない。彼等は交代で起きて見張りを立て、更にクーガは術を使い、霊魂を召喚して警戒に当たらせていた。そしてその夜の事である。真夜中に半鐘が鳴り響いた。見張りに起きていたのは、ブラガである。彼は驚いて喚いた。

「なんだなんだ!?火事か!?と、とりあえず皆を起こして……。」

 ブラガは大急ぎで仲間達を起こす。霊魂を召喚していたクーガだけは、その霊魂からの知らせで、自分で起きていたが。一同は素早く身支度をする。と、その時彼等の部屋の扉を叩く音がした。それと同時に声がする。

「お客さん!お客さん!起きておくれ!怪物が襲って来たんだ!」

 宿の主人の声であった。一同は扉を開ける。そこにはやや緊張してはいるが、それほど慌ててはいない宿の主人の姿があった。ブラガは怪物について尋ねる。

「怪物?どんなんだ?」
「でかい3つ首の蛇だ。あんな大物は滅多に出ないが、1、2ヶ月に1回ぐらいは襲撃があるんだよ。自警団が相手をしてるから、お客さん達はとりあえず村はずれの避難壕に避難しておくれ。今日泊まってるのはお客さん達だけだから、俺が避難壕まで案内するから。」

 宿の主人はそう言って、先に立って彼らを案内しようとする。だがそれを止める者がいた。ハリアーである。

「待ってください、私達も戦いましょう。皆さん、いいですね?」
「いいわよハリアー。おじさん、あたしたちも戦えるわ。何処で戦ってるの?」

 シャリアも乗り気の様だ。宿の主人は驚いたが、一応答えた。

「村の西側だが……。お客さん達、本当にいいのかね?」
「仕方ないでしょう。あの蛇……三つ首とは俺達も戦った事がありますが、操兵でもないとやっかいな相手です。人手はあった方がいいでしょう。」
「やれやれ、仕方がねえなあ。」

 フィーとブラガも、武器を手に取った。彼等はいざ動こうとしたが、ふとクーガの様子を見遣る。彼は何やら一心に念じている様子であった。彼は、練法の術を使おうとしていたのである。彼ほどの高位の術者になると、低位の術法であれば、手で印を組み言葉で呪句を詠唱すると言う手順を踏まなくとも、精神を集中して念ずるだけで術を発動させる事が可能になるのだ。
 やがてすぐにクーガも動き出す。術法の行使には、それほど時間は必要ないのだ。彼は言葉を発した。

「遅くなってすまない。では行こうか。」

 一同は、怪物と戦うため動き出した。



 フィー達が現場に着いた時、戦況は決して良くはなかった。自警団員の数人が地に這わされ、残りの者達は三つ首の攻撃を何とかして防いでいると、そう言う状況だったのである。ハリアーは仲間達に言った。

「三つ首の注意を引き付けておいてくれませんか?少々手間がかかる術を使おうと思いますので。」
「じゃあ1人当たり首1本ずつね。あたしとフィーとブラガで、1本ずつ注意を引き付けるわよ。クーガは……なんか術、使えるのがあったらお願いね。」

 シャリアがハリアーに頷きつつ返事を返す。一同はそれに頷く。と、その時である。クーガが突然小さく叫んだ。

「……いかん!」

 そしてクーガは近場にあった、三つ首に打ち壊されたらしい小屋の残骸の陰へ身を隠した。ブラガが、何があったのかと走り寄るが、小屋の陰には既にその姿は無かった。ブラガは皆の所に戻ると、仲間だけに聞こえる様な小さな声で言う。

「クーガが居ねえ!たぶんあの《瞬動》とかいう、空間を渡る術だ!逃げたとは思わねぇが……。」
「クーガさんの事ですから、よっぽどの理由があるんでしょう。」
「……そうですね。私達は、とりあえずあの三つ首を倒しましょう。」
「じゃ、行くわよ皆!」

 一同は、三つ首に向かって走り寄った。正面にシャリア、フィー、ブラガ、の3人、そしてやや後ろ側面の尻尾に近い所にハリアーと言う具合だ。ハリアーは朗々と八聖者への祈りを詠唱する。三つ首は一瞬そちらに3つの首の1つを向けようとした。

「こんの!あんたの相手はこっちよ!」

 だがその動きをした首に、シャリアが双剣で斬りかかった。魔力を秘めた長剣と小剣が、両方とも見事に命中する。シャリアに斬られたその首は、シャリアに攻撃目標を変えると噛みついて来た。シャリアはぎりぎりでその攻撃を躱す。

「……今のは危なかったわ。」
「この蛇め!」
「この野郎っ!」

 フィーとブラガも、各々の武器で三つ首に斬りかかる。その攻撃は、彼らが対応しているそれぞれの首に、見事に命中した。三つ首は、それぞれの首で噛みつき攻撃を見舞うが、フィーとブラガは軽くその攻撃を躱してみせた。
 しばしの間、攻防が続く。一度はシャリアが石に蹴躓いて体勢を崩す場面もあったが、攻撃を回避する事に専心して難を逃れた。そしてついに、ハリアーの術が完成する。ハリアーは聖霊の輝きを宿した両掌で、三つ首の胴体に触れた。その瞬間、三つ首は絶叫を上げて、大地に倒れ込む。ハリアーの秘術で、ほぼ全ての生気を一瞬にして奪われたのだ。ハリアーはシャリアに向けて叫ぶ。

「とどめです!シャリア!」
「了解!くらいなさい!」

 シャリアの双剣が、動けなくなった三つ首を切り刻む。三つ首の身体から、どくどくと血液が流れ出て、三つ首は死んだ。周囲に居たこの村の自警団員達からは、称賛の声が上がる。シャリアやブラガは、手を振ってそれに応えたりしていたが、ハリアーは厳しい声で言った。

「皆さん。クーガが心配です。何処に行ったかは分かりませんが、一度宿に戻りましょう。」
「あ、そ、そうだったな。」
「そうですね、急ぎましょう。」
「あ、待ってよ!」

 ハリアーが先に立って走り始める。ブラガ、フィー、シャリアの3人も、急いでその後を追った。



 宿に帰って来た一同は、驚く事になる。宿に残してきた荷物が、荒らされているのだ。フィーは言った。

「大変だ!あの杭がありません!」
「何ぃ!?」

 ブラガが驚きの声を上げる。ハリアーは言った。

「クーガが急いで消えたのは、この事があったからなのでしょうね。でもどちらに行ったのやら……。〈聖霊話〉を試してみましょう。クーガの仮面は強力な品物ですから、探知が楽にできます。」
「あ!あたしも『気』で探ってみるわ!」

 ハリアーとシャリアは、精神を集中させた。ハリアーの〈聖霊話〉は、周囲の大気に満ちる聖霊に語りかけ、周囲の情報を知る事ができる技術である。集中する時間が長ければ長いほど、情報を知ることの出来る範囲は広くなる。一方、シャリアの『気』で探る、とは、単純に言えば気配を探る事に等しい。ただシャリアは、今までの戦いの中で、達人とも言える程に『気』の扱いに習熟していた。そのため、少々集中するだけでハリアーの〈聖霊話〉にも負けないほどに周囲の情報を得る事ができるのだ。
 やがてシャリアが叫ぶ。

「あっちよ!クーガの『気』を感じる!」
「私も感じました。間違いなくクーガの仮面の力です。」

 女2人は宿の部屋を飛び出して行く。残された男2人も、慌てて後を追った。
 やがて彼等は、村の外れまでやって来る。そこは村の東側、怪物が現れたのとは反対側である。そこにあったのは、惨憺たる光景だった。4人の男が、あるいは斬られ、あるいは全身焼け焦げて地に伏しており、その全てが息絶えている。そしてその真ん中に、あの杭を確保して、クーガがへたり込んでいた。仮面のために顔は見えないが、相当疲労している様だ。いや、何か負傷しているのかも知れない。
 ハリアーがクーガに駆け寄る。

「クーガ!何があったんです!」
「見ての通りだ。こいつらが、皆の荷物を荒らして、この杭を奪って行こうとしていた。……ああ、それと金品も幾らか奪われたな。1人足りとて逃がしてはいないから、こいつらの懐を探れば奪い返せる。」
「それより貴方は大丈夫なんですか!?」

 ハリアーの台詞に、クーガは首を小さく左右に振る。

「少々やられたよ。相手に練法の使い手がいたのだ。初歩の術しか知らぬ未熟者だったが……。それにやられる様では、私もまだまだ未熟、と言う事だな。」

 見ると、クーガは左手に杭を抱え込み、右手で胸元を押さえていた。ハリアーが急いで診察する。どうやらクーガは表面上外傷は無いが、敵の術法により体内に損傷を負っている様だ。ハリアーは急いで治癒術の祈念に入った。
 やがてクーガは立ち上がれる様になった。彼はハリアーに礼を言う。

「すまないハリアー。ありがとう。」
「それはいいんです。それよりも!1人で危険を冒すとは、どういうつもりですか!」
「しかしあの場合、已む無しと……。いや、すまない。」

 一旦ハリアーに言い返しかけたクーガだったが、ハリアーの必死な顔を見て、謝罪する。ハリアーはしばらく頬をふくらませていたが、やがて彼女も謝罪した。

「……すみませんクーガ。貴方のおかげで、この杭を持っていかれずに済んだと言うのに。」
「いや、君が心配して言ってくれたのは分かっている。」
「おお、あったあった。……こいつらも自分の金、持ってたみてえだな。俺達から奪ったよりも、合計額が多い。」

 ブラガの台詞に、クーガとハリアーはそちらを向いた。そこではブラガが死体の懐を漁っていた。フィーはクーガに質問する。

「クーガさん、こいつら一体何者でしょうか。」
「杭を狙った所から、おそらくはトオグ・ペガーナに依頼された者達であることは間違いないと、そう思うのだがね。」
「?……いつもの霊魂を尋問する術は、使わなかったんですか?」

 クーガは無表情に――もっとも彼は仮面を被っており、表情は見えないのだが――言った。

「いや、こいつらを追うのに空間跳躍の術を多用してな。その後も戦うのに術を多く使ったので、力尽きてしまった。その術を使うだけの余裕が、今の私には無いのだよ。」
「なるほど……。」

 フィーは納得する。クーガは、続けて言った。

「……一応、彼らの死体から髪の毛でも持って行けば、後から死者の霊魂は呼び出せるがね。無論、そうするつもりだが。情報は大事だ。」
「そ、そうですか。」
「まあ、クーガのおかげで杭を持っていかれる様な大事にならずに済んで、よかったわ。」

 シャリアがその場をまとめた。そして彼等は、後から騒ぎにならない様に、それらの死体を始末するべく動き出した。まあ、村のはずれを流れる川に、死体を流しただけだが。
 そして次の日、フィー達一同は怪物退治の報酬として、全員で500ゴルダ受け取った。村は貧しい故、報酬が若干少なめなのは仕方無い。それでも村側では、宿代を無料にしてくれたり、保存食などを只で分けてくれたりと、色々気遣ってくれたが。彼等は気持ちよく、村を立ち去った。



 そしてその日の夕刻、1日街道を馬で歩いたフィー達一同は、野宿をしようと天幕を張っていた。その時、クーガが皆に向けて話し出した。一同は耳を傾ける。

「皆、少し聞いてくれ。」
「なんです?」
「また何か問題か?」

 フィーとブラガが、怪訝そうに言う。クーガは話を続けた。

「精神の疲労がある程度回復したので、例の盗人達の髪の毛を用いて、死者の霊魂を召喚して話を聞いてみたのだよ。やはり彼等は、依頼者から宝珠と杭を奪取する様に言われた山師達だった。もっとも、依頼者がトオグ・ペガーナであるかどうかは確認できなかったがね。」
「……まず間違いないわね。あの宝珠と杭が狙いだって言うんだもの。」

 シャリアが当然と言った風に言う。だがクーガの話には、まだ続きがあった。

「昨夜の村……サクード村に三つ首を嗾けたのも、奴らの仲間だった。問題は、そいつが怪物を嗾けるために、別行動していた事だ。我々を逆恨みして、攻撃を仕掛けてくる事は充分考えられる。」
「1人ぐらいなら、どうと言う事も無ぇんじゃねえか?」

 ブラガの疑問に、クーガは首を横に振った。クーガはその理由を語る。

「その生き残った者が、練法師だとしてもかね?しかも仮面持ちの。」

 一同の顔が引き攣った。仮面持ちの練法師の恐ろしさは、目の前の男……クーガの力量を見て、彼等は嫌と言うほど理解している。クーガは話を続ける。

「門派は木門らしい。よりにもよって、な。樹木が多いこの国では、手強い相手だ。」
「木門って?」

 シャリアが尋ねる。フィーやブラガも、同じ事を聞きたいらしい。クーガは答えた。

「植物などを操る術を得意とする門派が木門だ。また植物は生命力の象徴でもあるから、生命力その物を操る術も、高位には存在すると言う。」
「げ、そこいらの木があたし達を襲ってきたりするの?」
「その様な術も、存在する様だ。」

 クーガの台詞に、シャリアは絶句する。だがすぐに立ち直り、言い放った。

「何、大丈夫よきっと!こっちの味方にも、クーガって立派な練法師が居るんだもの!ね!それにハリアーだって術は使えるし!負けないわよ、きっと!」
「……そう、ですよね。大丈夫ですよ、きっと。」
「だ、な。俺らの味方にも居たんだもんな、そう言えば。」

 フィーとブラガも、シャリアに同意する。ハリアーもクーガに向けて頷いた。クーガはこれ程の信頼を寄せられて、少々困惑したかの様だ。彼は言った。

「まあ……。注意は怠らない様にしよう。では野営の準備を続けよう。」

 結局その夜は、敵襲は無かった。獣や怪物に襲われる事も無く、彼等はゆっくりと休みを取る事ができた。



 フィー達一同は、その後も順調に旅を続けた。時折獣に襲われる事はあったが、彼等は今までに培った確かな実力で、それを退けていた。そして彼等は、途中にあるトルドと言う村で一泊し、その村を問題無く出立できていた。そしてその日の昼頃である。フィーが馬を歩かせながら、感慨深げに言った。

「この調子で行けば、今日の夕刻にはベルナンドの港街に入りますね。このまま何事も無いといいんですけれど……。」
「フィー、注意を怠るんじゃねぇぞ?クーガが言った事、忘れんなよ?」
「わ、わかってますよ。」

 ブラガの突っ込みに、フィーは言い返す。だがそれでも、やはり気を引き締め直した様で、その顔つきが厳しくなった。
 その時、突然街道脇の樹木から、一斉に木の葉が散った。クーガ――彼はトルド村を出てから、仮面を被りっぱなしであった――が皆に叫ぶ。

「木門の姿隠しの術だ!気をつけろ、何処から来るかわからない!」

 次の瞬間、何処からともなくクーガに何かが投げつけられた。躱そうとしたクーガだったが、躱し切れない。彼はその投げつけられた物体から生えた強靭な繊維に、身体中を絡め取られてしまった。彼は落馬し、負傷してしまう。
 だがそれでも彼は、必死に術を念じた。身体の自由が効かないため結印をする事はできないが、低位の術であれば彼は印を結ぶ事無く念じるだけで発動できるのだ。クーガが念じたのは、魔力感知の術だ。敵が姿を隠しているならば、魔力感知によってその位置を特定しようとしたのである。
 フィー達は敵の姿が確認できず、右往左往していた。ただ一人、ハリアーを除いては。ハリアーは馬から降りると、即座に八聖者に祈りを捧げ、何やら招霊の秘術を使うべく祈念している。フィー、シャリア、ブラガの3人もまた、ハリアーに倣って馬から降り、クーガの傍まで駆け寄って警戒態勢を取った。クーガは魔力感知により敵の位置を特定したらしく、ブラガに指示を飛ばす。

「ブラガ!君から前方に半リートだ!」
「よっしゃあ、喰らいやがれ!ヴァーズバン!」

 ブラガは自分愛用の聖刻器の手斧をかざすと、その力を開放する合言葉を唱えた。彼の目の前で、強烈なカマイタチ現象が巻き起こる。舞い散る木の葉の中で、血飛沫が飛び散るのが見えた。シャリアとフィーは、その血飛沫を目印に飛び出す。

「そこね!」
「このぉ!」

 だが相手の姿を捉える事はできず、彼等は戸惑う様に足を止めた。そこへ、敵の術が完成する。

「うわああぁっ!?」
「きゃあああ!」
「いてててててっ!な、なんだこりゃ、木の葉が……!」

 フィー、シャリア、ブラガの3人が悲鳴を上げる。新たに舞い散った木の葉が、今度は刃の様に変化して、彼等を襲ったのだ。いや、彼等だけではない。その術の範囲内に居たのは、クーガとハリアーも一緒だった。特に身動きがとれないクーガは、もろにその刃状になった木の葉の攻撃を受けている。クーガの傍にいて、一緒に巻き込まれたクーガの馬は、苦痛に嘶いて数歩下がった。それだけで、その馬は術の範囲内から逃れていた。
 クーガは木の葉の攻撃に傷つきながらも、仲間に向けて叫ぶ。

「下がるんだ!この術はそれほど効果範囲は広くない!」
「で、でもクーガさん動けないんじゃ!このままじゃ……。」
「そうよクーガ!あんたこのままじゃ斬られ放題じゃない!」

 クーガは仲間の台詞には応えず、念じるだけで発動が可能な低位の攻撃術法を発動させる。6発の気圧の弾丸が、未だ姿の見えない敵に向けて放たれた。間違いなくその術は、敵に命中した。だが敵は強靭な意志力で耐えきった様だ。と、何処からかまた何かが投げつけられる。今度目標になったのはフィーだ。だがフィーは、かろうじてその投げつけられた物を躱す事に成功する。
 やがて舞い散る木の葉が薄れ、敵の姿が顕になった。ブラガの手斧の力で多少怪我はしているものの、どうやらまだまだ大丈夫の様だ。おそらくは男で、緑色の仮面を被っている。その男……練法師は徐に言った。

「わが下僕達を屠った者、今ここに討ち果たさん。」

 そして練法師は、新たな結印を始める。狙いはクーガの様だ。クーガは先程と同じ術で対抗する事を試みるが、練法師はやはり強い意志力で耐えてみせた。だが、敵練法師の術が発動しようとしたその時、練法師を何者かが鎚矛で殴り付けた。シャリアが叫んだ。

「ハリアー!」
「クーガに手出しはさせませんよ。」

 ハリアーが言い放つ。その練法師は鎚矛の攻撃胸に受け、大打撃を被った。だが気力で意識を維持し、今クーガに向けようとしていた術を、ハリアーへと解き放つ。だが、ハリアーは微動だにしない。よく見ると、ハリアーの身体には切り傷ひとつ付いていない。あの木の葉を刃とする術が、未だ続いているにも関わらず、だ。その練法師は叫んだ。

「そ、そうか!何らかの抗術を使っておるな貴様!」

 その通りだった。ハリアーが行使した術は、練法やその他の術法に対抗するための術だったのだ。ハリアー達の様な一部の僧侶が用いる招霊衡法と言う秘術は、練法に対する極めて強力な対抗手段になるのである。ハリアーは問答無用とばかりに再び鎚矛で殴り付けた。練法師は躱そうとしたが、躱し切れず頭に直撃を喰らう。頭蓋骨が陥没し、練法師は崩れ落ちた。ハリアーは急ぎ招霊の秘術を用い、敵練法師が用いた、木の葉を刃と為す術を解除する。ハリアーの力により、その術はあっさりと解除された。
 ハリアーはクーガに走り寄る。クーガは、木の葉の刃に幾度も斬られ、血を流し過ぎて昏倒していた。ハリアーは一瞬慌てる。このままではクーガは死んでしまいかねないからだ。だが彼女はすぐに己を取り戻し、自分にできる最高の治癒術を使うべく、八聖者に祈りを捧げ始めた。そして彼女の両掌に光が宿る。ハリアーはその両掌をクーガに押し当てた。即座に大部分の傷がふさがり、仮面の脇から見える首筋にも血の気が戻って来る。クーガは意識をとりもどした。ハリアーは、安堵の溜息をつく。
 と、ブラガが徐に言葉を発した。

「おーい、こちとらも手当してもらえねーか?皆けっこう傷ついてんだがよ。術とか使わなくてもいいから。」
「あ、す、すいません!今行きます!」

 ハリアーは慌ててブラガ達の方へと小走りで駆け寄って行く。放っておかれた馬達が、一声嘶いた。



 どうにかこうにかフィー達一同は、リムトス森林国南側の、港街ベルナンドに辿り着いた。彼等は適当な宿を取ると、万が一の襲撃者に備え、交代で見張りをしつつ睡眠を取る。幸いな事に、彼等を襲う者はあらわれなかった。彼等は無事に朝を迎えた。
 その後彼等は、港にてガッシュの帝国行きの船を探した。正確には、アレトスカ族居留地の港街、タイオーナまで連れて行ってくれるなら、何処行きでも良かったのであるが。
 アレトスカ商人の船は何隻か見つかったのだが、彼らの一行にハリアーとシャリアと言う、2人の女性が含まれている事を知ると、その大半が乗船を断って来た。しかし、幸いな事と言っては何だが、ある強欲な商人兼船長が、彼等の乗船を認めても良い、と言って来た。ただしその代償に、かなり法外な金額を運賃として前払いで徴収される事となる。更にハリアーとシャリアは、前もって知っていた事とは言え、禊の儀式を受けさせられた上に、肌の露出の少ない服――もっとも2人とも元々肌の露出は少なかった――に着替えさせられ、航海の間中船室に閉じ込められる事と相成った。
 その強欲なアレトスカ商人兼船長――名をオトル・ハナーニュと言う――によれば、出航は2日後だと言う。ちなみに女性2人の禊の儀式は、当日行われるとの事だ。フィー達一同はそれまでの間、ガッシュの帝国領に関する情報収集に励んだ。そして夜は宿屋に引きこもり、誰とも知れぬ襲撃者に備える。結局の所、襲撃者は現れず、彼等は無事に出航する事ができた。
 船の上から遠ざかるベルナンドの港街を見つつ、フィーは言葉を発した。

「なんとかなりましたね。ハリアーさんの〈聖霊話〉でも、敵を探す術でも、この船の乗員には敵意を持つ者は居ないって結果が出ましたからね。これで一安心って所ですか。」
「そうだな。しかしそうなると、しばらく暇ってわけだが。」
「……船の中に敵が居ないからと言って、安心はできん。船の外からやってくる可能性もあるのだからな。」

 フィーとブラガは、クーガの台詞にげんなりした表情になる。ちなみに残り2人、ハリアーとシャリアは、船室に閉じ込められていたため、ここには居ない。クーガは続けた。

「だが、今のうちにゆっくり休んでおくのは、必要な事だろう。これまでは少々気を張り詰め過ぎた感がある。」
「そ、そうだよな。」
「ですね。」

 フィー達は、ほっとした表情になる。そして潮風に吹かれながら、遠ざかる港街を見つめていた。


あとがき

 パーティ一同は、結構強いはずなのですが、今回はたった1人の練法師にやられる所でした。まず最初にパーティの術師を封じられると、パーティの連携が上手く回らないと言う事ですね。幸いにも敵は、ハリアーと言う僧侶を見逃していたわけですが。
 まあそんなこんなで、パーティ一同はガッシュの帝国行きの船を見つける事ができました。ガッシュの帝国は異民族の国家です。一応パーティが属しているアハル人と言う民族とも交易しているので、まったくやりづらいと言う訳ではないのですがね。
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