「宝珠と老人」


 気持ちの良い風が吹き渡る。初夏の日差しが、フィー達を照らしていた。ここはリムトス森林国の首都、マグマナンド……その入り口である。彼等は約1ヶ月強の時間をかけて、旧王朝諸国からここまでやって来ていた。

『ん〜、ようやくの事で、ここまでやって来たわね。』
『そうだねシャリア。とりあえず駐機場を探そう。いや、その前に鍛冶組合の建物を探した方がいいかな?長旅で、機体がくたびれてるから、調べてもらった方がいいかも知れない。……事前に調べた範囲では、リムトスには鍛冶組合があったはずだよね。』
『しっかし、随分と入国税取られたわね。操兵持ち込むのに、これだけお金がかかるとは思わなかったわ。』

 シャリアの従兵機ガウラックと、フィーの狩猟機ジッセーグ・マゴッツから声がする。馬上から、ブラガが応えた。

「んじゃ、先に鍛冶組合だな。ちょいとそこいらの人間に話を聞いてみよう。」
『お願いします。』

 フィーの声が、操兵の拡声器から響いた。ハリアーはそれを聞きながら、1ヶ月と少し前の事を思い返していた。



 フィー達一同はその日、モニイダス王国へとやって来ていた。目的は、モニイダス王国首都デル・ニーダル市に居る聖刻教会僧正、タサマド・カズシキに面会する事である。彼等はつい先日手に入れる事ができた、2つ目の宝珠『オルブ・ザアルディア』をタサマドに一時的にでも封印してもらうつもりであった。
 聖刻教会の教会までやって来た彼等は、礼拝堂へと入って行く。そこには、タサマドが祭壇前に跪き、八聖者へと祈りを捧げていた。タサマドは、彼等に気付き振りかえる。ハリアーが声をかけた。

「ご機嫌麗しゅう存じます、僧正様。」
「しばらくぶりだね法師ハリアー。その後、どうなっているかね。」
「はい、なんとか2つ目の宝珠を手にする事ができました。今日はそれを封印していただくために、罷り越した次第であります。」

 ハリアーはそう言うと、クーガに向かい促す様に頷く。クーガは懐から、『神力遮断布』に包まれた宝珠『オルブ・ザアルディア』を取り出した。タサマドはそれを受け取ると机の上に置き、祭壇から札の様な物を取って来た。彼は『神力遮断布』の包みを開けると、顔を顰めながらその札を宝珠に貼り付ける。そして彼は八聖者に祈りを捧げた。
 その瞬間、その場に居る者達には何者かの叫び声が聞こえた様な気がした。それは断末魔の叫びにも似ている。そして今の今まで美しく、禍々しく輝いていた宝珠は、その輝きを失って曇ってしまった。タサマドはしばらく宝珠を見つめていたが、やがて息を吐き出して言う。

「これでしばらくは大丈夫だ。ただ、この札を剥がしたりはしない様に。」
「ありがとうございました、僧正様。」

 ハリアーがタサマドに礼を言う。そこへブラガが口を挿んだ。

「けどよ、宝珠を手に入れる度に、いちいちここモニイダスまで出向いてこなけりゃならねーのは、やっぱ大変だよな。」
「ブラガさん!」

 ハリアーは慌ててブラガを制止しようとする。だがブラガは構わず続けた。

「なあ僧正様。例の宝珠は、西方南部中に散らばってるらしいんだ。1個手に入れる毎に、ここまで戻って来るのは非効率っつーか……。その間に、別の宝珠が力を発動でもさせたら、えらい事になる。なんか良い方法は、ねーっすか?」
「うむ、それならば……。」

 タサマドは、再び八聖者を祭った祭壇まで歩いて行くと、そこから3枚の札を取って来る。そしてそれをハリアーに渡した。

「これを持って行きなさい。使い方は先程見せた通り、封印したい物に貼り付けて、《隔擾相》の秘術を使えば良い。その術で対象が弱った瞬間、その札が効力を発揮して対象を封印するのだ。今は3枚しかないが、君達がまた来訪する時までには、追加を製作しておこう。」
「ま、待ってください!まだ私にはその術は使えないのです!」

 ハリアーは悲鳴の様な声を上げた。《隔擾相》とは、聖刻器などの能力を狂わせる術法であり、招霊の秘術の中でもかなり高位に属する術である。だが、タサマドは動じない。彼は続けて言った。

「何、大丈夫だ。法師ハリアー、君はあと少しでその術を使える所まで来ている。いずれ遠からず、私を越える実力を手に入れるであろう。」
「そんな……。」
「自信を持ちたまえ。八聖者の共にあらんことを……。」



「ハリアー、どうしたね。……ハリアー?」
「はいっ!?」

 ハリアーが気付くと、クーガが彼女に何か話しかけている所だった。彼女は周囲を見回す。すると仲間達が、彼女の事を注視していた。ハリアーは慌てて言った。

「はい、すいませんクーガ。何のお話ですか?」
「いや、鍛冶組合の場所が分かったから、移動しようと言う事なのだがね。」
「わかりました、ぼうっとしていて申し訳ありません。」
「いや、そこまで済まながる事も無いがね。」

 クーガはそう言うと、馬を歩かせ始めた。皆も各々、馬や操兵を移動させはじめる。ハリアーもまた、馬で彼等の後を追った。



 操兵を鍛冶組合に預け、彼等は宿へと入った。その宿は、1階が酒場兼用になっている、一般的な宿である。彼等はとりあえず2階の自分達が泊まる部屋で話し合う事にした。
 フィーが地図を広げ、話し始める。

「今いる所は、ここマグマナンドです。ハリアーさん、啓示で見えたって言う光は、どの辺だったんです?」
「ええ、大体この辺ですね。」

 そう言ってハリアーが指差したのは、ほぼ海沿いにあるマグマナンドから、随分と南西方向の内陸に入り込んだ場所であった。クーガが言葉を発する。

「何も無い所だな。もっともこの国、リムトス森林国は、首都であるここマグマナンドと、港街ベルナンド以外はほとんど樹海に覆われているがね。……詳細な地図があればな。」
「片道で、3日……いや森の中だから4日は覚悟せにゃならんか。だが、行ってみるしか無ぇんだよな……。一応、その辺で噂話とかは拾ってみるが、よ。」

 ブラガも、仕方なさそうに言う。そこへシャリアが口を挿んだ。

「だけどトオグ・ペガーナの連中、最近は姿を見せないわね。」

 そう、彼等を付け狙っている――正確には、彼らが持ち運んでいる『宝珠』と『杭』を狙っている――トオグ・ペガーナの面々は、このところ襲撃を控えていた様だった。それは彼らの下部組織や、下請けに使われていた暗殺者共も同じであり、旧王朝諸国を出るあたりまでは頻繁に襲撃があったのだが、モルアレイド海岸諸国に入ってからは、その姿を一向に見せなくなっていた。
 ブラガが自分の考えを述べる。

「もしかしたら、この辺にゃ居ねえのかもな。あいつらが狙ってるのは、旧王朝の国々なんだろ?
 色々な指示は偉い奴が、秘術を使って遠距離に声を届けて命令してるって言ってたろが。だったらよ、指示を受ける奴が居ない場所に俺達が来ちまえば、なかなか手を出し辛いってもんじゃ無ぇのか?」
「だが、そうとは限らん。」

 クーガが重々しく言う。一同は顔を引き締めた。彼は話を続ける。

「この国は、一応聖拝ペガーナの勢力範囲内だが、他の宗教の信仰にも寛容な土地柄だ。こう言う土地でこそ、トオグ派の様な異端宗派や、その他の邪教を信仰する者も活動し易い。注意を怠ってはならない。」
「それはその通りですね。注意は怠らない様にしましょう。」

 フィーがクーガの言に同意を返した。クーガは頷く。

「やはりここでは単独で動き回らない様にしよう。ブラガ、噂話を仕入れに行く時は、かならず誰かと一緒に行く様にしてくれ。」
「わかった。んじゃあフィー、一緒に来てくれるか?早速出かけようと思うんだが。」
「あ。あたしも一緒にいい?」
「じゃ、ブラガさんには俺とシャリアがいっしょに付いて行くって事にしましょう。」

 ブラガが頷き、彼等は活動を開始する事にした。



 ブラガ達は酒場を何軒もはしごしていた。目的は、ハリアーが指差した場所に何かが無いかどうか調べるためである。だが、一向に成果は上がらなかった。ブラガが呟く様に愚痴を吐き出す。

「くっそ……。流石に飲み過ぎたぜ。」
「あれだけ酒場をはしごすればねえ……。」
「そう言うシャリアは平気そうだね……。」

 彼等は、宿屋への帰途に付いていた。何も結果を出さずに帰るのは忸怩たる物があったが、仕方のない事である。だが、もうすぐ宿屋だと言う所で、彼等を呼び止める声が聞こえた。

「もし、お客さん。ちょいと占っていかないかい?安くしとくよ。」
「あ?」

 ブラガはそちらへ顔を向ける。そこには小さな天幕が張ってあり、今の声はその中から聞こえて来たのだった。その天幕には異国風の刺繍が施されており、どう見ても典型的な占術師の出店に思える。
 興味を惹かれたブラガは、そこに立ちよって見る事にした。普段はあまりこう言う所には行かないのだが、酔いに任せた所もあったかも知れない。それに一応は考えもあった。

「ちょっとブラガ、そんな所に寄る気?」
「なあに、こう言う所にも、情報は集まるもんさ。そう言うのを尋ねてみるってのも、いいかも知れん。それに……もしも本物と言える腕を持つ占術師なら、千金を払っても惜しかねえぜ?」
「そんなもんですか?」

 フィーやシャリアの胡散臭そうな顔を無視して、ブラガは天幕の中へと入って行った。仕方なしにフィーとシャリアも後に続く。天幕の中には、小さな丸テーブルが置かれ、その上に直径3リット(12cm)ほどの水晶球が置いてあった。そして丸テーブルの前には客用の背もたれの無い腰掛けがあり、その反対側に、1人の女が座っていた。女は異国風の衣装を着ており、顔を薄いヴェールで隠している。ブラガは腰掛けに座り、早速質問をしようとした。すると、それを制して女が語り始めた。

「あんたらの行く手に、恐怖が待っているよ。その恐怖の核は、小さな丸い球体……珠、だね。珠らしき物が核になって、それがあんたらを恐怖に陥れる。」
「……んな事ぁ、端っから知ってらぁ。俺らが知りてぇのは、その核になる珠とやらが今どこにあるか、だ。大体の場所は分かってるんだがな。誰が持ってるとか、何処ぞの遺跡に隠されてるとか、そう言う話を聞きてぇんだよ、俺らは。」

 一瞬息を飲んだブラガだったが、一瞬で立ち直り、酒臭い息で言い放つ。後ろに立つフィーとシャリアは驚きで声も出ないと言うのに、大した胆力だった。女はにやりと笑うと、話を続ける。

「まあ待ちなって……。珠の1つはニーインの中に1人だけ居るペガーアンが持っている。ただ、それを無理に取り上げることは難しいねぇ……。その者は珠をどこかに隠してしまっている。ちゃんと話をして、譲ってもらうんだねぇ……。」
「ねえ、ニーインて何?」

 シャリアが口を挿んだ。それにフィーが答える。

「ニーイン教ってのがあるって、そう聞いた事がある。南部の先住民族である、グリム氏族の宗教らしい。もっとも、今は純粋のグリム氏族はそうは居ないし、宗教的にも大抵聖拝ペガーナに改宗してる。……いや、今は生まれた時からペガーナ信徒である方が多いか。」
「おや、物知りだねぇ坊や。」
「ぼ、坊や!?」

 フィーは占術師の女の言い様に、呆然とする。本当は怒ってもいいのだろうが、なんとなく怒る気になれなかったらしい。占術師の女は続けた。

「でも、まだまだ知らない事も多いみたいだね。ニーインは、ここら辺じゃまだ生き残ってるよ。ここマグマナンドや港街ベルナンド、それに街道沿いにある2つの村には殆どアハル人しか居ないけど……。それ以外の、森の中に点在する集落は、みんなグリム氏族さね。そして、そこで信仰されてるのは、ニーイン教さ。」
「ほう?」

 ブラガが面白そうな顔で相槌を打った。そして彼は懐に手をやって尋ねる。

「いくらだ?」
「安くしとくって、言ったろ?全部で……そうさね、30の所を20でいいよ。」
「そうか。」

 ブラガは女の言う通り、20ゴルダを丸テーブルの上に置いた。女は言う。

「ありがとさん。……あんたらとは、また会いそうな気がするよ。こいつは占いじゃ無く、単なる予感だけど、ね。」
「そっか。んじゃ、またな。」
「ん。」

 占術師の女と挨拶を交わすと、ブラガは立ち上がり天幕を出て行った。慌ててフィーとシャリアはその後を追った。



 5日後、フィー達は森の中を進んでいた。彼等はマグマナンドで情報収集をしたその翌日に出立し、モルアレイド大森林に続くこの森に分け入ったのだ。それから4日、彼等は森林の中を苦労しながらも進んでいた。何故苦労するかと言うと、2体の操兵の図体が、森の中を進むのにあまりに適さなかったためである。
 もっとも、操兵を持ってきていたためか、やっかいな獣や怪物にはあまり襲われなかった。襲われた回数は、せいぜい1日に1度未満か。1度だけ巨大四手熊に出会ったが、2体の操兵の敵ではなく、あっさりと返り討ちにできた。
 ちなみに操兵を持って来た事で苦労した事は、もう1つあった。それは時折現れる吸血虫である。これは大型動物を専門に襲う、体長10リット(40cm)、羽を含めると30リット(120cm)にもなる巨大な蚊である。大型動物専門と言う事で、人間は襲わないのだが、これは操兵を襲う事がある。これに操兵の血が吸われると、吸われた個所から操兵の血が凝固を起こす。結果、血を吸われ過ぎると、最悪の場合は操兵が動けなくなってしまうのだ。フィー達は夜間の野営中など、この吸血虫の撃退に必死になった。
 そして今、彼等は突然細い道に出た。その道の脇に立っていた立て札によると、どうやらこの先に集落があるらしい。フィーは操手槽で地図を広げ、位置を確認してみた。どうやら、その先の集落が、目的地に一番近い集落であるらしい。彼は仲間に向かい、言葉を発した。

『この先にある集落が、目的地じゃあ無いでしょうか?少なくとも、地図に付けた印に、一番近いと思うんですが。』
「そうか。んじゃあそこ、行ってみっか。」

 ブラガが応えて言う。と、クーガがハリアーに向かって、ある事を確認する。

「ハリアー、宝珠に異常は無いかね?」
「ええ、大丈夫です。……今の所は。」

 今、あの宝珠『オルブ・ザアルディア』は、2つともハリアーが所持していた。以前はクーガが持っていたのだが、今その宝珠は希少金属アヴィ・レールを織り込んだ布地で包まれている。練法師がアヴィ・レールを身に着けると、練法を使う際の失敗率、暴発率が上昇するのである。それ故、宝珠はハリアーが持つ事になったのだ。
 従兵機ガウラックのシャリアが、狩猟機ジッセーグ・マゴッツのフィーに向けて、尋ねる。

『フィー!その集落は見える?』
『いや、道が曲がってるから、木に隠れて見えないよ。』

 シャリアがフィーに尋ねたのは、フィーは狩猟機に乗っているため視点が高く、遠くまで見通せるからである。だが道は細かく曲がりくねっており、先が見通せない。已む無く、彼等はただひたすら道なりに進んで行った。
 と、突然視界が開けた。

『ようやく着いたか……。』

 フィーが思わず声を上げる。そこにあったのは、こぢんまりとした集落である。この集落の人々は、森を切り拓いた畑で、農耕生活をしているらしかった。畑には、農作業をしている人々の姿が見える。彼等は、驚いた表情で操兵の方を見上げていた。この様な集落には、操兵など来る事は殆ど無いのであろう。

『……しくじりましたか、ね?』
『何が?フィー。』
『いや、シャリア。こんな奥地の集落に居る人々は、操兵なんか見た事も聞いた事も無いって場合が多いんだ。シャリアだって、俺達が初めて会ったその時は、操兵見た事無かったんだろ?』

 フィーは溜息を吐きつつ言葉を続ける。

『だから、さ。突然こんな操兵を見たら、村人はどう思うか、ってね。少なくとも、友好的にはなれないんじゃあないか、ってさ。』
『あ、そっか……。』

 シャリアは納得した様だ。だがその心配は無用だったらしい。クーガが徐に口を開いた。

「……フィー、大丈夫の様だ。あちらから人がやって来る。だが特に武器など構えてもいないし、警戒もしていない。」
「本当ですね。もしかして、操兵を見た事あるんでしょうか。」

 ハリアーの台詞が終わる頃には、この集落の者と見える人物が、彼らの前に到着していた。その人物は壮年の男であった。彼の身長はフィー達よりもかなり低く、肌の色は黄色い。髪の毛と瞳は黒で、明らかにグリム氏族の人間である。彼はフィー達に話しかけた。

「これはこれは、この様な小さな集落になんのご用ですかの?」
「一寸尋ねたい事があるんだがよ。」

 ブラガが一同を代表して話し始める。

「この集落に、ペガーナ信徒って居るか?あんた達は普通ニーイン教だろ?」
「ペガーナ信徒……?その人に、何か御用ですかのう?」
「居るのか?居るんなら、そいつ……いや、その人にちょいと聞きてぇ事があるんだがよ。」

 その男は、少し考え込んだ様子だった。だが、別に話してもかまわんだろうと言う結論に至ったらしく、口を開く。

「集落の外れ、森との境目に掘立小屋を建てて住んでる老人がおりますがの。あの老人が、たぶんペガーナの信徒だと思うんですがのう。アハルの人ですし。」
「ありがとよ。何処へ行けば会える?」
「こっから見て、集落の反対側に建ってる掘立小屋ですのう。集落を突っ切って行けば、すぐ見えますな。」
「そっか。ありがとよ。」

 ブラガは軽く礼を言うと、馬を進め始めた。他の一同も、軽く頭を下げる。フィーとシャリアは顔が見えないので、言葉で礼を言ったが。

『どうもありがとうございます。』
『ありがと、おじさん。』
「いいえ、いいえ。別にこれぐらいの事……。」

 フィー達は集落の真中にある広場を突っ切って、集落の反対側へとやって来た。しばらく行くと、確かに森との境目に掘立小屋が立っている。彼等は操兵を駐機させると、その掘立小屋へ近づいて行った。
 その掘立小屋は、いかにも掘立小屋と言うのが相応しい、雑な出来をしていた。フィー達はその小屋の前に立ち、扉を叩いた。だが返事が無い。盗みに入るつもりではないので、勝手に扉を開けるわけにもいかず、フィー達は困ってしまった。と、そこへ後ろから声がかかった。

「わしに何か用かね、旅の方。」

 フィー達は振り向く。そこには、見るからにグリム氏族の出では無い、あきらかにフィー達と同じアハル民族と思われる老人が立っていた。老人とは言え矍鑠としており、その身ごなしには隙は無い。その手には、小弓と矢筒、それに獲物と見える鳥を持っていた。彼に思わず気圧される物を感じたフィーだったが、とりあえず自己紹介をする。

「はじめまして、御老体。私はフィーと申す者です。此度は少々お願いがあって参りました。」
「あ、俺はブラガだ……です。」
「あたしはシャリアって言います。シャリア・マルガリ。」
「私はハリアー・デ・ロードルと申す旅の法師です。」
「……私はクーガと申します。」

 ハリアーは聖刻教徒だと名乗らなかった。相手がペガーナ信徒だから、気を遣ったのである。ペガーナ信徒は、大抵他の宗教に寛容ではない。
 老人は、ふんと鼻を鳴らすと、自分も名乗った。

「わしはジオスと言うただの爺じゃ。お願いとは何かね、若いの。」
「ある占術師から、貴方が宝珠『オルブ・ザアルディア』を持っていると聞きました。それを、どうか私達に譲って欲しいのです。」

 老人……ジオスの顔色が変わる。だが彼は、厳しい目つきでフィーを睨むと、言った。

「知らんな。何かの間違いじゃろう。」
「お願いです!あれを譲ってください!あれは、ただ放って置くには危険な代物なんです!」
「知らんと言ったら、知らん!どかんか若造!」

 ジオス老人はそう叫ぶと、フィーを押しのけて自分の小屋へと入り、扉を音高く閉めた。ブラガはフィーに向かって問う。

「どうする?忍び込んで家探しでもするか?」
「そう言うわけにも行かないでしょう。」
「こうなったら、ここで根競べです。ここで座り込みをしましょう。」

 そう言ったのは、ハリアーだ。本気で座り込みをするつもりらしい。彼女の傍らで、クーガが溜息を吐いていたが、逆らうつもりも無いらしかった。
 結局は、彼女の言った通りに座り込みをする事と相成った。



 そして1晩が過ぎた。フィー達は流石に交代で眠りもしたし、食事も干し肉だが食べたが、その場所を一歩たりとて動く事は無かった。やがて扉が開き、ジオス老人が小屋から出て来る。ハリアーは彼に歩み寄ると、その足元に土下座をした。フィー、シャリア、ブラガは驚く。だが、クーガはハリアーの隣へ歩いて行くと、彼もまた土下座をする。やがてフィーとシャリアも、ジオス老人の後ろ側へ行くと、そこで土下座をした。ブラガは最後になったが、やはり土下座をしてみせた。
 ハリアーがジオス老人に必死に願う。

「どうか!どうかあの宝珠をお譲り下さい!あの宝珠は危険な道具であり、害を為さない様に葬ってしまわなければならないのです!どうかお願いします!」
「御老人。あの宝珠は決して宝物の類では無い。呪いの道具なのだ。なんとかして、あれを8つまとめて破壊してしまわねばならない。そのためにも、どうか……我々にあの宝珠を譲って欲しい。」

 クーガもまた、静かな声で老人に語りかけた。老人は黙ったままだ。だがふと、妙な事に気づいたらしく、彼はクーガに尋ねて来た。

「8つまとめて、じゃと?あんなものが、まだ7つも存在するのか!」
「御存じでは無かったので?」

 クーガは言った。ジオス老人の顔は、呆然としている。クーガは、たたみ掛ける様に言った。

「御老人、あれを破壊してしまうには、8つの宝珠『オルブ・ザアルディア』を一旦集めなければならぬらしいのです。現在までに我々は2つ、集める事ができました。まだ先は長いですが……。」
「2つ、じゃと!?……お主ら、それを見せて見い。」

 ハリアーは一瞬躊躇った。だが、クーガが首を前後に振るのを見て、覚悟を決める。彼女は2つのアヴィ・レールの布地を開き、2つの宝珠を顕にして見せる。彼女は言った。

「現在、一時的な封印中ですので曇っておりますが……。」
「封印、だと!?むむ……。」

 ジオス老人は、何やら考えている様だ。やがて彼は問いを発する。

「……あのジッセーグは誰の狩猟機だ。」
「!……ジッセーグを運用しているのは、俺です。」

 フィーは答える。ジオス老人は言い放った。

「操兵でわしと戦い、勝利をおさめる事ができたら、宝珠の隠し場所を教えてやろう。」
「え!そ、操兵!?」
「お爺さん、操兵が何処にあるのよ。」

 フィーとシャリアの疑問に、ジオス老人は答えた。

「森の中に地下室付きの小屋を作って、そこに隠してある。血液は抜いて、森の奥にある川の岸に開いた鍾乳洞に保存してある。機体には筋肉筒保存液を注入している。……誰か、従兵機を使ってる奴。地図を書いてやるから、血液を運んでこい。残りの者は、機体の起動準備じゃ。
 ……さっさとせんか!!」

 一同ははじかれた様に仕事に走った。



 その操兵は、老人が言った通り、森の中に建てられた小屋の、地下室に隠してあった。おそらくこの地下室も、この操兵で掘ったのだろう。ちなみに機種は狩猟機エルセ・ビファジールであった。高い機動力を誇る機種で、優れた剣技を持つ騎士に好んで使われる狩猟機である。その薄紫色のエルセは、地下室に作られた木枠を組んだ台座に、静かに横たえられていた。
 操兵の機体を保全するために注入されていた筋肉筒保存液を血液と交換するには、かなり時間がかかった。クーガが見た所、隠してあった操兵はあちこち作動不良を起こし、致命的な故障こそ無いものの、非常に扱いづらそうだ。だがジオス老人はエルセに乗り込むと、それを起動し、あっさりと立ち上がらせて見せる。既に老人とは言え、腕は鈍っていない様である。と言うか、今まで彼が操手だなどと思いもしなかったが。
 フィーは言った。

「本当に、戦うんですか?」
『あたりまえじゃ。お前らが本当にあの宝珠を託せる人物かどうか、わしには分からん。それ故、お前の力を確かめる事で、その試しとしようと思うたのじゃ。』

 エルセからジオス老人の声がする。フィーは溜息をついて言った。

「わかりました、やりましょう。何処でやります?」
『ここでよかろう。ここならば森も多少は切り拓いておって、操兵が立ちあう余地は充分にある。早く狩猟機を持ってこんか。』
「はい。」

 フィーは駆け出して行く。残った一同は、突然の急展開に唖然とする他無かった。ハリアーが呟く様に言う。

「フィーさん、勝てるでしょうか……。」
「機体だけで言えば、今だけならばフィーの方が上だ。あの狩猟機、エルセ・ビファジールは長年の整備不良がたたり、血液が古い事もあって、あちこち作動不良を起こしている。本来は、エルセの方がジッセーグよりも高い性能を持っているのだがね。
 だが見た限り、操縦の腕前は御老体の方がやや上では無いか、と思われる。油断は決してできんな。」

 クーガの解説に、一同は不安げな顔をした。シャリアが仏頂面で言葉を吐き出す。

「あたしが手伝うわけには……いかないよね、やっぱり。」
「そりゃそうだろ。1対1の決闘みてぇな物だからな。」

 ブラガが呆れた様に応えた。やがて地響きと共にフィーの狩猟機、ジッセーグ・マゴッツがやって来る。ジオス老人は、エルセに突剣を抜かせつつ言った。

『では始めるとするかの。剣を抜くのじゃ。』
『はい。』

 フィーのジッセーグもまた、魔力の込められた破斬剣を抜き放つ。同時にフィーは、操兵との同調を強化する短剣の力を使った。フィーの精神が、より強くジッセーグの仮面と結び付けられる。ジオス老人は残りの面々に向かって言葉を発した。

『開始の合図をたのむ。』
「わかったわ!2人とも構え!……始めぇっ!!」

 シャリアの合図で、フィーとジオス老人はお互いの操兵を突進させた。先手を取ったのはジオス老人である。エルセ・ビファジールの持つ突剣が閃いた。ジッセーグの左肩装甲に穴が穿たれる。だがそれほど重い損傷では無い。フィーのジッセーグが、魔剣を叩き付けた。だがジオス老人のエルセは、からくもそれを躱す。老人は言った。

『ほう、なかなかやる様じゃの。じゃが……まだまだじゃっ!』
『くっ……。』

 今度先手を取ったのは、フィーのジッセーグだった。破斬剣の刃が魔力光の残滓を空中に残し、エルセ・ビファジールに襲いかかる。だが老人は攻撃を放棄し、フィーの攻撃を躱す事に専念した。そしてエルセは、見事にフィーの渾身の一撃を回避する。ジオス老人の感嘆の言葉が響く。

『今の一撃は危なかった……。躱す事に専念しておらなんだら、やられておったわい。』
『くそ、当たらない!腕前にこんなに差があるのか!』

 フィーの無念そうな声が聞こえる。そんな彼に、仲間達の声援が送られた。

「フィー!今の一撃をもう一回よ!」
「一撃当てればなんとかなるぞー!」
「フィーさん、がんばってくださーい!」
「……。」

 いや、クーガだけは黙って、戦いの成り行きをじっと見守っていたが。
 次の先手も、フィーがなんとか取る事ができた。フィーは神経を集中させて、なんとか相手に攻撃当てようと必死になる。彼は吼えた。それはジッセーグの吼え声となって、迸る。

『うおおおおおぉぉぉぉぉっ!!』
『ぬぐぅっ!?』

 ジッセーグの一撃が、綺麗にエルセに入った。だがほぼ同時に、エルセの反撃の一撃がジッセーグの胸板を貫く。両機は、飛び退る様に離れた。ジッセーグの拡声器から、フィーの荒い息が漏れる。

『はあっ、はぁっ、はぁっ……。』
『……。』

 と、突然エルセが膝を折る。駐機姿勢になったその機体から、ジオス老人がよろよろと降りて来た。彼は言う。

「……ここまでじゃな。歳には勝てぬ、か。」

 そう言った老人の口から、血が吐き出された。彼は崩れ落ちる様に倒れる。慌ててハリアーが老人に駆け寄った。肋骨でも折って、それが内蔵に刺さりでもしたのか、と思ったらしい。だが違った。ジオス老人は、大きな怪我はしていない。老人は呟く様に言葉を絞り出す。

「済まぬが、薬を……。わしの小屋にある薬草を煎じた汁を、取って来てくださらんかの……。何、ちょっとした……持病じゃよ。」
「病気?病気なんですね?」

 ハリアーは聞くなり、八聖者に祈りを捧げ、招霊の秘術を使う。それは今ハリアーが使える最高位の秘術だ。ハリアーの両掌に聖なる光が宿り、それをハリアーはジオス老人の身体に押し当てた。
 次の瞬間、老人は驚きの顔で立ち上がった。今倒れた事が嘘の様である。ハリアーはほっと息を吐いた。ジオス老人は、ハリアーに問うた。

「不思議じゃ、ちっとも苦しく無い……。あれだけ苦しめられた病が、嘘の様じゃ。おぬし……旅の法師、とか言っておったの。もしやペガンズの僧であられるのか?」
「あ、いえ……。」

 ハリアーは、答えるのを躊躇する。前にも述べた通り、ペガンズの信徒は大抵、他の宗教に対し排他的であるからだ。だが結局彼女は、正直に言う事にした。

「私は聖刻教会の者です。ペガーナの神々を信奉する貴方には、愉快な事では無いかもしれませんが……。」
「聖刻教……。いや、それでもわしの病を癒してくれた事には変わりが無い。このジオス……ジオース・ガム・ガナード、感謝いたしますぞ。」

 ジオス老人、いやジオース老は、ハリアーに向かって深く頭を下げた。ハリアーは慌ててそれを止めさせようとする。

「そんな……どうか頭をお上げください。私は当然の事をしたまでです。」
「なんと謙虚な……。わかり申した、ハリアー殿。」

 ジオース老は頭を上げると、にこやかに笑ってみせた。そして彼はフィーに向かって言う。

「若いの。おまえさん中々見どころがあるのう。よかろう、わしが隠している宝珠、お前さん方に預けよう。あの悪魔の珠をこの世から消滅させる事ができるなら、こんなに喜ばしい事はない。」
『は、はい!』
「御老体、前々から思っていたのですが、貴方はあの宝珠の恐ろしさを御存知の様だ。一体何処で知ったのですか?」

 クーガがジオース老に向けて問いかける。ジオース老はそれに答えた。

「わしは元西方北部域、北テーラタイン平原の1国、サンダーン王国はサイガン騎士団の一員であった。サンダーン王国は北部域の中でも比較的弱小国ではあったが、それでも誇りだけはある国で、国民皆が1つにまとまっている国じゃった。ところがある日、鉱山から不思議な珠が掘り出されたのじゃ。そう、それがあの宝珠じゃ。」
「……鉱山から掘り出されたのですか。」
「うむ。そしてその宝珠を掘り出した鉱夫が、突然豹変した。異様なまでの野心とカリスマを持つ様になり、あろうことか国王に対し反乱を企てたのじゃ。恐るべきは、その者に同調する者達が数多く居た事じゃった。あれほど国王に対し忠誠を誓っていた騎士達の一部までもが、反乱に身を投じた。信じられなんだが、の。」

 ジオース老は溜息を吐く。彼は話を続けた。

「そして反乱はなんとか鎮圧された。じゃが我が国の被害は、それは大きかった。そして我ら騎士団は、反乱の首謀者を追い詰めて討ち取った。じゃが、本当の悪夢はそれからだったのじゃ。
 わしは今でも忘れん。あの宝珠から禍々しい光の柱が上空へ向かって立ち昇ったのを。それと同時に、周囲に転がっておった死骸が起き上がり、我らに向かって来たのを。あろうことか、倒したはずの反乱側の狩猟機までもが、腐りつつも起き上がって向かって来たのじゃ。」
「……それは。」
「わしらはその悪夢の敵軍を、なんとか討ち滅ぼした。腐った敵狩猟機は、首しか弱点が無い事に気づくまで、かなりの被害が出たがの。そしてわしは、自分の乗っていたこのエルセ・ビファジールの剣でその宝珠を打ち砕こうとした。じゃが、砕けなかったのじゃ。もっともその衝撃のためかは知らねど、光の柱は消えたがの。
 そしてわしは、その場から宝珠を持って逐電した。このまま国に、この宝珠を置いておっては駄目じゃと、そう思ったのじゃ。国におる神聖ペガーナ僧に宝珠を任せると言う考えは、何故か浮かばなんだ。おそらく無意識に感じておったのじゃろうて。この宝珠は、彼等でも手に負える物では無い、とのう。……そしてわしは、ここ西方南部域にまでやって来て、この様な辺鄙な集落に隠棲しておったと言うわけじゃ。」

 ジオース老の話は終わった。彼は徐に森の奥へ向き直ると、歩きだす。

「宝珠の隠し場所はこちらじゃ。今案内しよう。」
「……。」

 一同は後に続く。フィーもジッセーグから降りて、彼の後を追った。そちらは森が濃く、操兵では入るのが難しかったからである。やがてしばらく行った後、ジオース老は足を止める。そこは、巨大な老木の前であった。彼は口を開く。

「宝珠は、この大木の虚に隠してある。今取り出すから、待っておれ。」
「あ、俺がやりましょうか?あの宝珠には、身体を弱くする呪いがかかってますよね?手放せば治るみたいですけど。」
「何、あまり年寄り扱いするでない。」

 フィーの申し出を却下し、ジオース老は大木にするすると登ると、上の方にある木の虚に手を突っ込んだ。そして呪いの力に顔を顰めながら、1つの直径2.5リット(10cm)ほどの珠を取り出す。明らかにあの宝珠、『オルブ・ザアルディア』であった。
 だがその時、突然ジオース老は苦悶の声を上げる。そして『オルブ・ザアルディア』から天に向かって、光の柱が立ち昇った。辺りに禍々しい空気が満ちる。

「ぐ、ぐあああぁぁぁっ!?に、逃げよ!この宝珠はわしが……意志を持つ生き物が久しぶりに近づいたのを感知して、目を覚ましたのじゃ!こ、このままでは、わしがお主らを害する事になってしまう!」
「御老体!宝珠を捨てるのです!」

 クーガが叫んだ。ジオース老は必死に宝珠を持つ手を振った。宝珠が手から落ちる。だが同時に、ジオース老もまた、木から落ちた。どさりと彼の身体が地面に激突する。
 ハリアーとシャリアがジオース老に、クーガとフィー、ブラガが宝珠に走り寄る。クーガは既に、『神力遮断布』を手にしていた。これで宝珠を包み込み、発動を抑え込むつもりだ。
 だが間に合わなかった。老木の根元に落ちた宝珠『オルブ・ザアルディア』は、その光を強める。次の瞬間、老木の根が波打ち、その枝がフィー達を襲った。フィーとブラガ、クーガは間一髪で躱す。シャリアもまた、木から落ちて重傷を負ったジオース老を抱えて飛び退った。だがそのジオース老とシャリアを身をもって庇ったハリアーは、枝に捕まってしまう。ハリアーは、枝に締め付けられた。凄まじい力に、ハリアーは悲鳴を上げた。

「あああっ!」
「ハリアー!」

 シャリアが叫ぶ。クーガは急いで仮面を被り、低位ではあるが破壊力のある術を念じる。彼は金属の粉を一掴み、腰にぶら下げている袋から取り出すと、それをハリアーを捕まえている枝に投げつけた。金属粉が白熱し、枝を一瞬で焼き尽くす。
 クーガはハリアーに駆け寄った。

「ハリアー、無事かね?」
「クーガ、ありがとうございます。ジオース殿は?それにあの宝珠は……。」

 重傷を負い、苦しそうなハリアーが言葉をなんとか紡ぐ。クーガはハリアーに肩を貸しながら答えた。

「ジオース殿は無事だ。宝珠は……。」

 クーガは宝珠の落ちた場所に目を遣る。だが宝珠は、既に動く大木の枝に掴み上げられて、はるか梢の方へ持ち上げられていた。クーガは舌打ちをする。感情を表に出さない何時もの彼からすると、非常に珍しい。彼は皆に向かい言った。

「操兵の所まで戻るぞ。この相手では、生身では厳しい。」

 皆は一斉に、後ろに向かい走り出した。大木は根っこを引っこ抜き、彼らの後を追って来る。ハリアーは、彼女を横抱きにして走るクーガに向かい、言った。

「お、下ろしてください。自分で走れます。」
「駄目だ。君は重傷なのだぞ。」

 クーガはハリアーの言を却下する。やがて森が開け、彼らが先程操兵の勝負をした場所に出た。フィーは急いでジッセーグに搭乗する。シャリアも肩を貸していたジオース老を地面に横たえると、一瞬従兵機ガウラックの方へ行こうとしたが、思い直した様に立ち止まる。彼女はブラガとクーガに向かって言う。

「クーガ、ブラガ!あんたらどっちでもいいから、ガウラック使って!」
「お、おいシャリア、んじゃお前はどうすんでぇ!」
「あたしは……。」

 シャリアはそう言って、ジオース老の上に屈みこむ。彼女は言った。

「おじいさん!おじいさん、お願い!あのエルセ・ビファジールの起動呪文教えて!あれなら『気』が使えるんでしょ!?」
「う……。ま、まて、わしも戦う……。」
「駄目よ!お爺さん、肋骨を折ってるのよ!?お願いだからあの操兵の起動呪文、教えてちょうだい!」

 クーガはそれを最後まで見ずに、ブラガに言う。

「ブラガ、君が従兵機を使いたまえ。私は術があるからな。」
「お、おう。わかった。」
「待て。ガウラックの長槍に一時魔力を与える。操兵に乗ったら、槍を私の方へ突き出してくれ。」

 ブラガもまた、ガウラックに走り寄ると飛び乗った。クーガもまたガウラックに近寄ると、何やら念じ始める。そして、ブラガが突き出させたガウラックの長槍に、手を触れる。それを都合2度繰り返すと、彼はブラガに言った。

「いいぞブラガ。これで槍に魔力が宿り、打撃力が上がると同時に、軽くて扱いやすくなったはずだ。」
『有り難ぇ!んじゃ、いくぜっ!』

 ブラガはようやく森から出て来た大木の化け物に攻撃を仕掛けるため、ガウラックを操り、走らせた。
 一方、フィーの狩猟機ジッセーグ・マゴッツは、既に大木の化け物と接敵していた。フィーは魔力持つ破斬剣を振るい、大木の化け物に斬り付ける。

『くらえええっ!』

 ばきばきと言う音と共に、大木の化け物の枝が何本も落ちる。だが操兵をはるかに超える巨体には、大した打撃にはなっていない様だ。フィーは舌打ちをする。

「ちぃっ、枝じゃなく、幹に攻撃を喰らわせられれば……。」

 だが大木の化け物は、その本体とも言うべき幹を、何本もの枝で護っている。フィーは再び舌打ちした。
 その時、ブラガの従兵機ガウラックが参戦する。ブラガはガウラックに、長槍を力いっぱい突かせた。その長槍は見事に枝の防御を貫通し、幹に命中する。ブラガは快哉を上げた。

『やったぜ!……おわっ!?』
『ブラガさん!うわっ!!』

 ブラガと、フィーが驚きの声を上げる。なんと大木の化け物は根を伸ばし、地中を潜らせて彼等の操兵の背後から攻撃を仕掛けて来たのだ。ジッセーグもガウラックも、直撃をくらってつんのめりそうになる。どちらも結構な打撃だった。ブラガが悲鳴を上げる。

『ちくしょう!導線が切られた!う、動きが……。』

 従兵機は狩猟機と違い、機体を制御している仮面の力が弱い。そのため、それを補助するために機体各所の筋肉筒へ、機体制御のための針金が繋げてあるのだ。無論それが無くとも動く事ぐらいはできるが、切れてしまえば動きが鈍る事は間違いが無い。
 一方、フィーのジッセーグの方も被害は大きかった。

『く、くそっ……。装甲板が……。』

 フィーのジッセーグは、狩猟機にしては決して装甲が厚い方ではない。その薄めの装甲板が打撃を受けた衝撃で、さらに剥離し、脱落したのである。もう一撃同じ個所に喰らえば、運が悪ければ破壊されかねない。
 その時、シャリアの叫びが響き渡った。

『フィー!ブラガ!場所開けて!うりゃああああああ!』

 彼女はジオース老を説き伏せて、狩猟機エルセ・ビファジールを借りる事に成功したのである。彼女は『気』を練り上げ、操縦桿を通してエルセの機体に叩きこむ。筋肉筒がその『気』を増幅し、エルセの機体に溜めこんだ。尋常でない『気』を纏ったエルセが、突剣で突きかかる。エルセの攻撃は、凄まじい威力を発揮して、大木の化け物の幹を抉った。
 フィーも負けじとジッセーグに魔剣を振るわせる。その攻撃は、今度は枝の防御ごと斬り破り、大木の幹に切り込んだ。彼は叫ぶ。

『やったぞ!』

 だが大木の化け物は、まだまだ弱った様子を見せない。化け物は、残った枝と根を使い、一斉に攻撃を仕掛けてきた。フィー達は必死にその攻撃を躱す。

『う、うわっ!今度は筋肉筒がやられた!ち、力が出ねぇ……。』
『くそっ!間接が……。速度ががた落ちだ、ちくしょう!』
『きゃあっ!こっちもやられたわ!』

 流石に全ては躱しきれなかった様だ。フィー達の操兵は、ずたずたになる。だがそれでも、フィーのジッセーグが一番損傷が軽い。流石に操縦技量が一番高いだけの事はある。
 フィー達は反撃に出た。フィーが敵の攻撃手段である枝や根を掃う事に専念し、シャリアとブラガが幹を狙って攻撃した。

『どうだ!これで残る枝はあと少しだぞ!』
『これでも……くらいやがれぇっ!』

 フィーとブラガの攻撃は、見事に成功した。だがブラガの攻撃は、残念ながら操兵の筋力が落ちているために、あまり打撃を与えていない。シャリアは『気』を練って、落ちた打撃力を補おうとした。エルセの拡声器から、『気闘法』独特の呼吸音が聞こえる。

『……いっけええええ!……あ、しまった!』

 シャリアはエルセ・ビファジールの武器である突剣を、大木の化け物の幹に変な形で突き立ててしまった。音高く、突剣が折れる。突剣は儀礼用の武器としての側面が強く、脆くて折れやすいのだ。シャリアのエルセは、武器を失ってしまった。
 そこを狙って、大木の化け物が根を伸ばして攻撃してきた。シャリアの操縦はまだ拙く、それを躱せるほど腕が良く無い。シャリアは目を瞑った。
 だが、その木の根が音を立てて吹き飛んだ。見れば、クーガが何か術を放った様である。彼は再び結印に入る。そして彼の放った気圧の弾丸5発と、直径1リット(4cm)ほどの小さな炎球が、今度はフィーのジッセーグに攻撃を仕掛けようとしていた木の枝を吹き飛ばした。クーガは続けて結印に入る。

『クーガ、ありがと!』
『シャリア、これ使え!ガウラックはズタボロで力が出ねえ!お前が使った方がいい!』

 ブラガのガウラックが、長槍を放ってよこす。シャリアのエルセは上手く……と言うよりも、運良くそれを空中で掴み取ると、構えた。

『よおし!一気に勝負を決めてやるわ!フィー、ちょっとだけ時間を稼いでくれる!?』
『わかった!まかせてくれ!おおお、ガルウス!』

 フィーは魔剣の合言葉を叫び、魔剣の力を開放する。ジッセーグの魔剣は大木の化け物の防御を斬り破り、幹を大きく切り裂いた。シャリアは思わず呟く。

『何よ、自分で決めちゃうつもりじゃないの?……よおっし!』

 彼女は『気』を練る特殊な呼吸を繰り返す。今彼女が練れる限りの強力な『気』が練り上げられた。彼女はそれをエルセの操縦桿に叩きこむ。エルセがその強力な『気』を更に増幅した。彼女はずたぼろのエルセを走りださせる。

『おおお!行っけえええええ!』

 凄まじい『気』を纏った長槍が、大木の化け物の幹に当たった瞬間、大木の化け物の幹が千切れ飛んだ。ブラガが叫ぶ。

『やった!』

 そして駄目押しとばかりに、倒れ込んだ大木の化け物に、ハリアーが呼んだ聖なる雷が降り注いた。大木の化け物は、一瞬にして燃え上がる。更にクーガの術が発動し、燃え上がる大木の化け物から、光を発する1つの珠が浮かび上がった。無論、それは諸悪の根源である宝珠『オルブ・ザアルディア』だ。宝珠はふわふわと空中を漂い、クーガが手にした『神力遮断布』の上に落ちた。クーガは手早くそれを包み込む。宝珠から発せられていた光が消え、周囲に満ちていた禍々しい気配も消えた。



 一同は、その日はこの集落に泊まった。と言っても、この集落に宿泊施設があるわけでは無いので、自分達が持参した天幕を使っての事だったが。
 クーガが呟く。

「しかし失敗したかも知れんな。切り札は、いつでも使える様にしておくべきであったかも知れん。」
「何の話ですか?」

 ハリアーが尋ねた。彼女はあの後、一時的に精神力を回復させる術を使ってからジオース老と自分の負傷を癒した。そのため、限界を越えて疲労している。今も彼女の目には、隈ができている。クーガは彼女の問いに答えた。

「以前、トゥシティーアン王国で使って見せた術の事だ。あの術があれば、もう少し楽にあの大木の怪物を始末できたのではないか、と思ってな。……此度は、あれに使用するための練法陣を用意していなかったのだよ。様々な事情によって、な。」
「あの術ですか……。悪霊を呼びだす……。あの術は、あまり好きではありませんね。」
「だが効果的だ。今後はいつでも使える様にしておくべきかも知れん。……金が1回につき、10,000ゴルダほどかかるがね。」

 それを聞き、一同は驚いた。フィーが泡を食って言う。

「クーガさん!そう言う事ならば、共用の財布から出しますから言ってくださいよ!そんな大金、個人の財布から出してたんですか!?」
「む。だが術法の触媒などは……。」
「いいですから!今度からはちゃんと言ってくださいね!」

 クーガはフィーの迫力に黙らされた。ブラガが面白そうに言う。

「クーガが言い負かされるのって、あんま見ないよな。」
「そうねー。フィーって、やる時はやるわよね。」

 シャリアも同意する。クーガは溜息を吐いた。と、ブラガが真剣そうな顔で話を変える。

「ところでよ、今回の化け物は、あのトゥシティーアン王国で出た化け物と比べて、若干弱かった気がするんだが。」
「あ。俺もそれは思いました。俺のジッセーグの武器が魔剣で、ガウラックの長槍にもクーガさんが術をかけてくれてたし、敵の傷が治らないのはその為かとも思いましたが……。
 ですが、トゥシティーアン王国の時の化け物は、一撃で操兵をなぎ倒してたのに、今度はそこまでの威力は無かったですからね。」
「おそらくそれは、あの宝珠が樹木を寄り代にしていたせいもあるのだろう。前回、トゥシティーアン王国の事件の時は、寄り代となったのは意志を持つ人間だった。それが大きかったのだろう。……動物では、どうなのだろうな?おそらくは、人間の時ほどは強くないとは思うのだが……。」

 ブラガとフィーの言葉に答えて、クーガが自分の予測を口にする。一同の顔が、渋面になった。
 その時、天幕の外から声がかかった。

「おい、おぬしら。起きておるかの?」
「ジオースさん!今出ます。」

 本当ならば、入ってくださいと言うべきなのかも知れないが、この天幕は5人用だ。ただでさえ人数ぎりぎりで中は鮨詰め状態であるのに、更に中に迎え入れるなど不可能だった。フィー達一同は外に出る。

「何か御用ですか、ジオースさん。」

 フィーが尋ねる。シャリアは少々気後れしている様だ。ジオース老は、徐に口を開いた。

「実はの、わしのエルセ・ビファジールの事なのじゃが……。」
「ごめんなさい!」

 シャリアがいきなり謝った。ジオース老は目を白黒させる。

「な、なんじゃ?一体どうしたと言う?」
「だって、あたしがあの狩猟機を随分壊しちゃったから、それで怒りに来たんでしょ?」

 それを聞き、ジオース老は破顔一笑した。彼は首を振りつつ言う。

「違う違う。そうではない。……もし良かったらお主らに、あのエルセ・ビファジールを進呈しようかと思っての。」
「ええっ!?」
「そ、そんな、良いんですか!?」
「いいのかよ爺さん。なんか悪いぜ。」

 シャリア、フィー、ブラガは驚いて言う。ハリアーもまた、目を丸くしていた。クーガだけはいつも通り、泰然自若としていたが。
 ジオース老は笑って話を続けた。

「このままこの集落に住むわしが持っておっても、宝の持ち腐れじゃ。それにエルセ自身も、ここで眠り続けるよりかはお主らに使ってもらえた方が幸せじゃろうて。……それにわしには、修理する金も無いしの。」
「御老体、貴方がここに隠棲する原因となった宝珠は、今我々が預かっているのです。この集落を出て、一旗上げるおつもりは無いのですか?貴方ほどの達人ならば、たとえお歳を召されていても、引く手数多のはずです。」

 クーガの台詞に、ジオース老は首を振って言う。

「いや、わしはもう一線でやれるほどの気概は持っておらんよ。肉体的な問題ではなしに、心の問題なのじゃ。わしはこのままここで、ゆるゆると朽ち果てて行くとしよう。」
「そうですか……。」

 クーガは口を閉じる。そしてジオース老は、ハリアーに向かって言った。

「ハリアー殿、我が病を癒していただき実に有難うござった。あの宝珠の始末、くれぐれもお頼み申しますぞ。」
「はい、お任せ下さい。八聖者に誓って、必ずや成し遂げて見せましょう。」

 ハリアーは、力強く頷く。ジオース老も、嬉しそうに頷いた。



 次の日の朝、彼等はその集落を出立し、マグマナンドへの帰途についた。ジッセーグ・マゴッツにはフィー、エルセ・ビファジールにはシャリア、ガウラックにはブラガがそれぞれ乗り込んでいる。ブラガが乗っていた馬は、クーガが曳いていた。集落の前の道には、ジオース老が見送りに出ている。周囲の人々は、3体もの操兵を――どれもかなり損傷していたが――物珍しそうに眺めていた。フィーが一同を代表して挨拶をする。

『それではジオースさん、お世話になりました!どうか御壮健で!』
「うむ、お主らも頑張るんじゃぞ。ではな!」

 ハリアーとクーガは馬上から頭を下げた。ブラガとシャリアは、操兵に手を挙げさせる。そして彼等は歩きだした。ジオース老は、彼らが見えなくなるまでそれを見送っていたが、やがて自分の掘立小屋へと帰っていった。


あとがき

 わりとあっさりと、第3の宝珠を手に入れることができました。しかも狩猟機エルセ・ビファジールのおまけつき。ただし結構ボロボロですので、修理に金と時間がかかりますが。このエルセ・ビファジールは、今後シャリアが主に使用する事になります。
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