「呪いを操る者」


 フィー達一同は、リカール・ソルム・ケイルヴィー爵侍の妻であるナスターシャ・ハルム・ケイルヴィーと、そして爵侍の部下である武官のジムス・レンバーに連れられて、ケイルヴィー爵侍邸へと急いでいた。ジムスの話によると、爵侍の娘であるエリシアにかけられた呪いをハリアーが解いてから数日後、今度はケイルヴィー爵侍自身がエリシアの呪いによる病と同じ様な症状を訴えたのである。呪いはどんどんと進行し、ケイルヴィー爵侍は病の床に伏した。
 ケイルヴィー爵侍の夫人であるナスターシャは、娘エリシアを助けてくれた聖刻教会法師であるハリアーに頼ろうとしたが、ハリアーはその時既に国外へ出てしまっていたのだ。彼女は夫を看病すると同時に、一刻も早いハリアーの帰還を頼みにして待ち続けたと言うのである。

「幸いな事に、間に合う様に帰って来てくださって良かった。」

 そうジムスが言う。ケイルヴィー爵侍の容体は、だいぶ悪いらしい。だが、もう少しで上級市民・貴族街の入り口に着くと言う頃合いの事である。突然物陰から出て来たごろつきとしか見えない7人の男達が、彼等の周りを取り囲んで長剣を抜いた。フィーは叫ぶ。

「な、なんだお前達は!」
「こっから先へ、行かれちゃ困るんだよ。特にその女の坊主は通すなって言われてるんだ。」
「誰に言われた!?」
「言うわけねーだろ、バーカ。んじゃあ、死んでもらうぜ。」

 フィー達一同は武器を抜き、戦いの体勢を整える。ブラガはジムスに叫ぶ。

「ジムスさんは、奥様を護ってな!こいつらは俺らが片付ける!」
「わ、わかりました。奥様、私の陰へ……。」
「ひ、は、はいジムス。お、お願いします。」

 ナスターシャは、ジムスの後ろに隠れる。そのナスターシャとジムスを護る様に、フィー達はその周囲に展開した。と、クーガがハリアーに向けて言葉を発する。

「ハリアー、君もジムス殿の後ろへ隠れたまえ。奴らの狙いは君だ。」
「え!……はい、分かりました。ですが、援護はさせて貰いますよ。」

 ハリアーもまた、ナスターシャの隣へ移動する。そして、ごろつきと見える男達が一斉に乱れも無く襲いかかって来た。シャリアが叫ぶ。

「こいつら、ゴロツキじゃないよ!ちゃんとした戦闘訓練を受けてる!」
「くっそぉ、ヴァーズバン!」

 ブラガが、聖刻器である手斧の力を開放する。強烈なカマイタチが巻き起こり、ごろつきの振りをした男達7人のうち、2人が巻き込まれた。辺りに血が飛び散る。2人は音高く地面に倒れた。残りの男達は一瞬動揺する。

「く、くそ!妖術か!?」
「ばーか。古代の遺跡から発掘された道具には、こう言う代物もあるんだよ!」
「あんたら、覚悟しなさい!」

 シャリアの双剣が唸りを上げる。それは両方とも見事に命中し、1人の男を斬り裂いた。そいつは叫び声を上げて倒れ伏した。そしてフィーの破斬剣が水平に振るわれ、1人の敵の首を刎ね飛ばす。まるで噴水の様に、血が噴き上がった。
 4人もの味方があっと言う間に倒されたにも関わらず、男達は逃げようとはしなかった。練度こそそれほど高い物では無かったが、この士気の高さは、やはりごろつき等では無い。生き残りの3人は、一見弱そうに見えるクーガに狙いを絞って、護りを突破しようとした。ちなみにクーガは、ここが街中であると言う事もあり、今は仮面を被っていない。クーガは身を躱す事に集中した。時折体勢を崩してひやりとする事もあったが、彼は概ねすいすいと敵の攻撃を回避して行った。そして後方に控えるハリアーは、招霊の秘術を使い、1人ずつ敵を金縛りにして行く。
 十数秒後には、敵は全員が片付いていた。

「……どうする、生き残りのこいつら?」

 ブラガが呟く。襲って来た敵の内、7人中5人が生き残っていた。ただし全員が、かなり重度の大怪我を負って気絶しており、1人は放っておけば死ぬ事間違いなしであった。クーガはブラガに向かい、言う。

「衛兵に引き渡すしか、あるまい。もうやって来た。」
「ありゃ。んじゃあ尋問もできねえなあ。」
「尋問されるのは、俺達かもしれませんよ。」

 ブラガの暢気な声に、フィーは突っ込みを入れる。そう、彼等は街中で戦闘を行い、相手を殺傷しているのである。だがそこへジムスが口を挿んだ。

「大丈夫です。そちらは任せてください。奥様、彼等は暴漢から奥様を護るために働いたのです。そう言う事で、よろしいですね?奥様は夫であるケイルヴィー爵侍様のために、腕のいい薬師を呼びに、あまり治安の良く無い一般市民街まで出て来た……。そこを、この物盗りの暴漢に襲われた。わかりますね?」
「は、はい。ジムス、そういたしましょう。」
「おい!お前達!これは一体どういう事だ!」
「ああ諸君、お役目御苦労。私はリカール・ソルム・ケイルヴィー爵侍の部下でジムス・レンバーと申す者だが……。」

 やって来た衛兵は、ジムスと身分を明らかにしたナスターシャの話を聞き、フィー達一同を解放する。そして死体と重傷者を回収し、去って行った。明らかに、見た目だけで判断している。ごろつき同然の格好をしている襲撃者達は、格好だけで悪漢と判断され、更に全員が気絶か死亡しているために、申し開きもできなかったのだ。もっとも、悪漢には違いないのだが。
 フィーは呟く。

「やっぱり奴ら、ラクナガル爵侍の手下、なのかな。」
「おそらくは、な。」

 クーガが徐に言う。ジムスはいかにも腹立たしいとばかりに吐き捨てた。

「ラクナガル爵侍は、ケイルヴィー爵侍様を暗殺する事に決めた様です。恥知らずめ!」
「今回の呪いの病気も、まあやっぱりラクナガル爵侍の仕業なんだろうなあ。」

 ブラガが眉を顰めながら言う。その事は、フィー達には簡単に予想が付く事だった。



 彼等は上級市民・貴族街に入ると、ケイルヴィー爵侍の屋敷へと急いだ。ケイルヴィー爵侍の容体は、相当に悪いらしく、一刻も早い解呪が必要だからである。ケイルヴィー爵侍邸の前に立っている門番は、主君の御夫人がフィー達を連れて来たのを見ると、驚き慌てて門を開けた。

「奥様、爵侍様は?」
「寝室です。」

 彼等は夫人であるナスターシャに連れられて、ケイルヴィー爵侍の寝室へと向かった。部屋の前には、衛士が2人、立っている。ナスターシャは彼等に言葉をかけて、扉を開けた。
 寝室の中には、ケイルヴィー爵侍が寝台に伏せっていた。10代前半ほどである少女……ケイルヴィー爵侍の娘であるエリシアがそれに付き添って、看病をしている。ナスターシャがエリシアを優しく窘めた。

「エリシア、お父様が心配なのは分かるけれども、貴方もまだ病み上がりなのよ。看病は女中達や私に、任せておきなさい。」
「で、でもお父様が……。お父様が御病気なのに……何もできないなんて、そんなの……。」
「エリシア……。優しい娘ね。でも、お父様はすぐ良くなるわ。先日貴女の御病気を癒してくださった方が、来てくださったからね。」

 ナスターシャは、自分の不安を押し隠して娘に言い聞かせる。エリシアは、はじめて気付いた様に、フィー達に目を向けた。彼等の中から、ハリアーが歩み出る。

「しばらくぶりですね、エリシアお嬢様。もっともあの時は、貴女は伏せっておいででしたから、私の事は知らないかも知れませんね。」
「貴女は……?」
「私はハリアーと言う、旅の法師です。お父様……ケイルヴィー爵侍様は、必ず私が助けてみせます。ご安心を。」
「本当に?本当にお父様は元気になるの?」

 ハリアーは、深々と頷き、彼女に笑いかけた。エリシアは未だ不安そうだったが、彼女もまた、こくんと頷く。ハリアーを始めとするフィー達一同は、ケイルヴィー爵侍が伏せっている寝台へと近づいた。爵侍の顔色は悪く、頬はこけている。今にも亡くなってしまいそうな雰囲気すら感じられた。
 ハリアーとクーガには、またも以前エリシアに感じた様な、呪いの気配を感じ取る事ができた。ハリアーは〈聖霊話〉を使い、聖霊と語らって呪いの強度を確かめる。その結果、呪いそれ自体は、エリシアにかけられていた物とそう大差無い強さである事がわかった。ハリアーは朗々と、八聖者に対する祈りを捧げ始める。そして彼女の、解呪の術法が発動した。後はハリアーの意志力と、呪いの強さとの勝負であった。ハリアーは全身全霊を込めて、その意志力の勝負に集中する。やがてその場にいた人間には、硝子が砕ける様な音が聞こえたような気がした。ハリアーは、晴れやかな表情を浮かべる。

「やりました。呪いは解除できました。」
「流石に……凄い物だな。」

 クーガが称賛の声を送った。ハリアーは照れて顔を赤くする。その時、ケイルヴィー爵侍がうめき声を上げ、目を覚ました。

「う……。こ、ここは?私は……。」
「お父様!」
「あなた!私がわかりますか?ここはあなたの寝室です。倒れたあなたを、ハリアー様がまた助けてくださったのですよ!」

 ナスターシャがケイルヴィー爵侍に事情を説明する。爵侍は、ようやく事情を飲み込んだ様だ。

「そ、そうか……。私はエリシアと同じ呪いで……。!……こ、こうしてはおられん!早く出仕せねば……。私がいない間に、きっとラクナガルの奴めが……!」
「駄目です!呪いは解けましたが、身体は弱ったままなのですよ!」

 ハリアーが、ケイルヴィー爵侍を止める。だがケイルヴィー爵侍は、言う事を聞かなかった。

「ハリアー殿、此度も御力をお貸しいただきまして、実になんとお礼を申したら良いか……。本当に、ありがとうございます。そのハリアー殿のお言いつけとあらば、本来であれば何と致しましても聞かなければならぬ所でございますが……。
 ですが、事態は一刻を争うのです。私が倒れた事で、ラクナガル爵侍は宮廷で露骨に影響力を行使しているでしょう。その動きを、なんとしても止めなくてはならぬのです。この国を誤った方向に行かさぬためにも……。」
「ですが……。」
「ハリアー、行かせてさしあげたまえ。」

 ハリアーを遮ったのは、クーガであった。ブラガも言う。

「男には、行かなきゃならない時ってのが、あるもんなんだ。」
「ですが、顔色がまだ悪いです。頬もげっそりとしてますし。このままだと、舐められますよ。……含み綿をして、化粧をした方が良いでしょう。それで多少はごまかせます。」

 フィーもまた、ケイルヴィー爵侍に協力的だ。ハリアーは男達の共同戦線に沈黙する。シャリアはそんなハリアーの肩をぽんぽんと叩いて慰めた。
 クーガは続けて、ケイルヴィー爵侍に言う。

「出仕するのは止めません。ですが暗殺者に対する備えは、しておかなくてはなりますまい。」
「それならば問題無い。ジムスを連れて行く。ジムスが私を護ってくれる。」
「はい!一命に換えましても、爵侍様をお護りいたします!」

 その時、彼等の傍らに居たエリシアが、ケイルヴィー爵侍の寝巻の裾を掴んだ。爵侍はそれに気付くと、彼女の頭にぽん、と手を乗せる。エリシアは小さく呟いた。

「お父様、行ってしまうの?お身体、まだ……。」
「大丈夫だ、エリシア。私はこのくらいで死にはせん。ナスターシャ、着替えを。それと彼が先程言った様に、含み綿と化粧の準備だ。」
「はい。今用意させます。」

 ナスターシャは女中を呼びに、部屋の外へ出て行った。エリシアはまだ少し悲しそうにしていたが、止めても無駄だと分かっているのか、ケイルヴィー爵侍の寝巻の裾から手を放した。ケイルヴィー爵侍は、そんな娘に向かい、優しく言った。

「エリシア、お前も疲れただろう。お前こそ病み上がりなのだから、もう部屋で休みなさい。私はもう大丈夫だから。いいね?」
「……はい、お父様。皆様、ハリアー様、ありがとうございました。」

 エリシアはフィー達、特にハリアーに深々と頭を下げると、ケイルヴィー爵侍の寝室を出て行く。ジムスも、フィー達を応接間に連れて行こうと、声をかけようとする。そのとき、クーガが爵侍に向かい、ある疑問を投げかけた。

「爵侍様。前回と言い、今回と言い、相手はどうやって呪いをかけたのでしょうか。正直、不思議でなりません。」
「……どう言う事、かね?」
「私は妖術……練法にも一般人より多少は詳しいと自負しております。ですが、この様な強力な呪いをかけるには、普通は何らかの触媒が必要なのです。超高位の練法師であれば、相手が術師の類でない普通の人ならば、名前だけを触媒にして呪殺する、と言う事も可能かもしれません。
 ですが……そう言った超高位の練法師など、そうそう居る者ではありません。増してや普通の人間であるラクナガル爵侍の言う事を聞いて、何度も何度も気軽に呪いをかけるなど……。」

 ケイルヴィー爵侍は、真剣な表情でクーガの話を聞く。クーガは続けた。

「低位の術者でも、名前だけでなく普通使われる様な触媒さえ手に入れば、呪いをかける事は可能でしょう。ですが、どうやって触媒を得たのか……。」
「触媒とは何かね?」
「血や髪の毛、爪などの身体の一部分が主です。何時、何処で、どの様にして取られたのでしょう。」

 ケイルヴィー爵侍は考え込んだ。

「髪の毛であれば、私の物ならば、そう難しい話では無い。宮廷に出仕したり、そうでなくとも表に出る事は少なく無いからな。だがエリシアは、話は別だ。年少と言う事もあり、社交界にもまだ出してはおらぬ。表に出る事など、そうそう無い……。
 誰か、内部の者の仕業と言う事、かね?」
「可能性は高いかと。」
「……少し、諸君らに頼みがあるのだが。」

 ケイルヴィー爵侍は重々しく言った。クーガは応える。

「なんなりと。」



 それから数日間、フィー達一同はケイルヴィー爵侍の邸宅に滞在した。表向きは、ケイルヴィー爵侍とエリシアの病を治療した事を感謝して、その気持ちを表すために爵侍が留め置いた、と言う事になっている。彼等は一見、日がな一日何もせずに遊んでいる様に見えた。いや、フィーだけは女中や次女、下男や衛士達の絵を描いていたが。
 そんなある日、彼等は1室に集まっていた。彼等はお客故に、1人に1部屋の客室が割り当てられている。だが何か相談事があるらしく、彼等はフィーの部屋に入り込んで、しばらく話し込んでいた。ブラガが小さな声で言う。

「俺は下男やら侍従やらに聞き込みしてみたが、そいつらの中には怪しそうなのは居なかった。みんな忠誠心が厚くて、暑苦しいぐらいだぜ。」
「あたしとハリアーは、女中や侍女連中に話を聞いてみたんだけど、エリシアお嬢ちゃんが呪いにかけられた頃から様子がおかしくなったのは、女中のアナだって話よ。お嬢ちゃんが心配だからだって、皆は思ってたみたいだけど。」

 シャリアもまた、小さな声で言った。そう、彼等はケイルヴィー爵侍の屋敷に潜んだ、ラクナガル爵侍への内通者を探していたのである。
 フィーが一同の話をまとめた。

「……と言うわけで、一番挙動が怪しいのはやっぱり女中のアナ、だね。俺が絵を描いてて見た限りでも、なんか彼女は罪悪感と言うか、そんな物を抱いている様に見えた。」
「さっすがー。」

 シャリアがフィーの観察眼を褒める。クーガは、徐に言った。

「それでは私は、彼女が外出する際に、霊魂を召喚して付いていかせよう。」
「俺も例の『遠眼鏡』で、その女の行く先を覗いて見よう。」
「変な所、見るんじゃないわよ。」
「うっせえ、もしそうなっても不可抗力だ。」

 『遠眼鏡』とは、練法の力が秘められている望遠鏡である。これは30リー(120km)以内の好きな場所の様子を眺める事ができるのだ。勿論、誰かの様子を窺い続ける事も可能である。シャリアは、ブラガがその『遠眼鏡』で変な所を覗き見しないかどうか、と言っているのだ。ブラガは、シャリアの突っ込みに不満顔だった。
 フィーは彼等に向かって、女中のアナの予定について語る。

「女中のアナは、毎日夕刻に買い物に出るんだ。もうそろそろのはずだよ。」
「……何よ、随分詳しいじゃない。そんなに女中達と仲良くなったの?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。アナの絵を描いてたら、出かける時間になって、そう言う話になっただけだってば。」
「ふーん?」
「ちょ、しゃ、シャリアってば!からかうのは、よしてくれって。」

 フィーはシャリアに弄られるままだった。
 その日彼等は、アナに霊魂を付けてやったり、ブラガの『遠眼鏡』で様子を見張ったりしていた。しかし、今日の所はアナは普通に買い物に行って帰って来ただけだった。フィー達一同は正直拍子抜けする。だが今日一日で結果が出る物では無い、と思い直し、今後も継続してアナの様子を窺う事にした。



 だがその日の夜の事である。ブラガの部屋に、クーガがいきなりやってきた。彼は急いで言う。

「アナが動き出した。霊魂を付けてやる術の持続時間ぎりぎりだったから、危ない所だった。今、館の裏口から出た所だ。例の『遠眼鏡』は、どうかね?」
「何!?『遠眼鏡』はもう夕方に使っちまった!まだ回復してねえ!」

 ブラガの持つ宝物『遠眼鏡』の、その秘められた力は、1日1回しか使う事ができないのだ。ブラガは舌打ちする。

「ちっくしょ、後をつけるにも今からじゃ追いつけるかどうか……。」
「ブラガ、尾行を頼めるかね?」
「あ?あ、ああ。だが追いつけるか……。」
「私の術で送る。」

 クーガは既に、仮面を被っていた。ブラガは、ああ、と言う顔をすると、すぐに頷く。クーガは空間を跳び越える術を結印した。低い詠唱が漏れる。そしてクーガはブラガに向けてその術を発動させた。ブラガの身体が空気に溶ける様に消えていく。
 そしてブラガは次の瞬間、ケイルヴィー爵侍邸の裏口の外側に立っていた。彼が見遣ると、角を曲がって歩いて行く若い女――女中のアナの姿が見えた。彼は尾行を開始する。アナは自分に尾行が付いているなど、気付きもしない。彼女はしばらく歩くと、とある裏通りの建物に入って行った。そこは非登録の酒場の様だった。主に、貴族の下男や女中達が息抜きをするための場所である様だ。ただ、立派な家に仕えている者は行かない場所でもある。
 ブラガは店の中に入って行った。そしてアナと男が会っているのを見つけると、その近くへ座って、聞き耳を立てた。

「……その女坊主の髪の毛は、取ってこれなかったんだな。」
「だって!髪の毛の手入れとかしましょうかって言っても、修行だから自分でやるって聞かないんだもの!無理強いとかはできないよ!」
「その女が使った後のブラシや櫛にも、髪の毛は残っているだろう。」

 男は不機嫌そうに言う。アナは必死に言い訳をした。

「それが、使った後は綺麗に掃除されて、取り去られてるんだよ!あたしが悪いんじゃないよ!」
「むう……。まさか、こちらを警戒してるの……か?」
「お願いだよ!あたしや、あたしの家族を呪わないでおくれ!あたしにゃ、もうどうしようも無いんだってば!」
「馬鹿、声が大きい!」

 アナは必死に男を怒らせまいとする。どうやら、彼女はこの男に脅迫されているようだ。やがてアナと男は立ち去る。ブラガは一瞬男の後を追おうかとも思った。だが、相手はアナとは違い、一端の玄人だろう。気付かれでもしたらまずい、と考え、彼は後を追わなかった。どうせ相手はラクナガル爵侍の手の者と、ほぼ決まっているのだ。彼は男の人相などの特徴を覚えるだけで、この場は満足する事にした。



「……なるほど。ハリアーがいるかぎり、何度呪っても結果は同じになると考え、ハリアーをまず始末する事にした様だな。」

 クーガは徐に言う。シャリアは憤懣やるかたない、と言った風情だ。

「なんて卑怯者なのよ!やり方が陰険だわ!」
「だが効果的だ。陰険なのは間違いないがね。」

 クーガはそう言うと、しばらく考え込む。と、シャリアが再び口を開いた。

「ねえ。なんとかそいつをやっつける方法は無いの?話からすると、そいつが呪いをかけた張本人なんでしょ?」
「の、様だな。だが呪いっつーのは、離れた所から隠れてでもかけられるんだろ?ラクナガル爵侍の屋敷から呪いをかけてきたとすれば、前面に出てくるわけが無ぇ。……難しいな。」

 ブラガは首をひねりつつ言う。だがその時、クーガが言葉を発した。

「いや、おびき出す手は無くも無い。無くも無いのだが……。」
「なんでぇ、何を口ごもってやがるんでぇ。クーガらしくもねぇ。」
「……言いづらい方法なんですか?」

 ブラガとフィーが、口々に言う。クーガは頷いた。

「うむ、言いづらい方法だ。」

 そう言って、クーガは黙ってしまう。まだ話が続くと思っていたブラガ、シャリア、フィーはしばらく待っていたが、クーガが喋り出さないので一斉に喋り出した。

「何よ何よ!言いづらい方法って、どんな手段なのよ!」
「なんか汚ぇ手段ってぇ事か?そんなら相手も汚ぇことしてるんだ。遠慮するこた無ぇよ。」
「そうですね。なんて言うか、因果応報ですよ。この相手なら、多少の事は許されると思いますよ。」
「……いや、たしかに汚い手段と言えなくも無いのだが。だが問題はそこにあるのでは無いのだ。」

 クーガは、平板な声で無表情に言う。だがなんとなく、今まで行動を共にしてきた仲間達には、その言葉に困ったような響きを感じ取っていた。と、そこへハリアーが割って入る。

「クーガ、私ならかまいませんよ?」
「ハリアー……。」
「人を呪い、しかも脅迫や暗殺に使うなど、到底許しておける事ではありません。そんな者を倒すためでしたら、多少の事は大丈夫です。」

 ハリアーはクーガに諭す様に言う。そんな2人だけで話の内容がわかっているらしい様子に、シャリアは疎外感を感じて思わず嘴を突っ込んだ。

「ちょ、ちょっと!何2人だけで話進めちゃってるのよ。あたし達にも話の内容、教えてよ。」
「あ、ごめんなさい。クーガが言いづらかったのはですね。私をおとりにするって事ですよ。」
「ええっ!?」

 ハリアーの台詞に、フィーは驚きの声を上げた。シャリアもまた、驚きを抑えられない。

「ちょ、ちょっと!ちょっと待ってよ!ハリアーをおとりにするって、どう言うこと!?」
「敵は触媒が手に入らず、私を呪う事ができなくて、困っています。ですから触媒の代わりに、近距離まで出向いて私を呪殺しようとするのでは無いか、そう思うのですよ。近距離であれば、確実性も上がりますから。」
「勿論確実では無い。呪殺に頼らず、部下の手を使い、ハリアーを直接害しようとする可能性も高い。先日の様にな。
 だが正直手づまりだ。こちらも、向こうも。こちらがケイルヴィー爵侍様の屋敷に籠っている以上、あちらには手が出し様が無いはずだ。髪の毛などを取られない以上、な。しかしこちらも、あちらが動かない以上、アナと言う女中を捕まえることぐらいしかできない。それでは蜥蜴の尻尾切りをされて終わりだ。」

 ハリアーとクーガの台詞に、残り3人は言葉も無い。ハリアーは続ける。

「それに私達はこのままずっと、爵侍様の御屋敷に御厄介になっているわけにも行きません。私達には、やらなければならない事がありますからね。」

 その後を、クーガが引き取って話を続けた。彼は心を決めた様だ。いつも通りの平板な声だが、心なしか力強く感じられる。

「そこで、我々はこの屋敷を近い内、明日にでも辞去する。そして相手が手を出し易い旅客街の、いつもの酒場兼宿屋に戻る。そしてわざと警戒を弛める振りをするのだ。詳しい事は、これから詰める事になるが……。」
「……分かった。そうしよう。仲間をおとりに使うっつーのを躊躇ってたんだな、おまえさんは。
 だが他にやり様の無ぇのも確かだ。ならばちゃんと成功させるっきゃ無ぇな。」
「ほ、ほんとに良いの?ハリアー。」

 納得したブラガと違い、シャリアはまだ不安そうだ。フィーも何と言っていいのかわからず、黙りこくっている。だがハリアーは力強く頷いた。

「ええ、かまいません。虎穴に入らずんば虎児を得ず、です。何、そう簡単にはやられたりしませんよ。」
「本当ですね?ハリアーさん。」
「約束だよ?ハリアー。」

 フィーとシャリアもまた、おとり作戦に同意した。翌日、彼等はケイルヴィー爵侍邸を辞し、旅客街にあるいつもの酒場兼宿屋へと戻る事になった。



「……って言うわけさ。あの女の坊さん、仲間と一緒にお屋敷を出て、旅客街へ戻ったんだよ。」
「そうか。ならば話は早いな。旅客街ならば、騒ぎを起こしても問題は少ない。……御苦労だったな。」
「それじゃ、あたしはお屋敷に戻るよ。」

 ケイルヴィー爵侍の女中アナは、エリシアとケイルヴィー爵侍を呪い、病に陥れた男と会合していた。彼女はフィー達一同に関する情報、特にこの男の呪いを破った聖刻教会法師であるハリアーについての情報を、この男に渡していた。アナは情報を話し終えると男と別れ、ケイルヴィー爵侍邸へと帰途についた。
 だがしばらく行った時、アナは何者かに呼びとめられた。彼女は思わず足を止める。

「やあ、アナさんじゃないですか。こんな所でどうしたんです。」
「あ、あら。フィーさん。」

 それは、先頃までケイルヴィー爵侍邸に滞在していた客、絵師のフィーだった。彼は彼の仲間一同の中で最も物腰が柔らかく、話し易い男だった。アナは少々警戒したが、何ほどの事もあるまいと思い、口を開く。

「いえ、あたしは一寸お買いものに来ただけですんで。フィーさんこそ、こんな所まで何をしにいらしたんですか?」
「いえ、少々忘れ物をしまして、戻る所だったんですよ。」
「あらあら、気を付けないといけませんよ。」

 アナは更に警戒を解く。この男は、何処か得体の知れないクーガや、身ごなしから徒者では無さそうなブラガとは違い、大した事は無い。彼女はそう思っていた。フィーが言葉を続けるまでは。

「ええ、気を付けませんとね。いや、大変な忘れ物をしたもんです。ケイルヴィー爵侍様を裏切っている女中を捕まえるのを、すっかり忘れて帰っちゃう所でしたから。」

 フィーが何を言ったのか、一瞬アナには分からなかった。だがその言葉を理解した瞬間、彼女は脱兎の如く走り出した。だが、目の前に女が1人、現れる。確かシャリアとか言う、女のくせに剣士をやっている身の程知らずだ。アナは叫んだ。

「おどきっ!」

 それに対する返事は、深い呼吸音だった。そして『気』の乗ったシャリアの拳が、アナの腹部にめり込む。アナは文字通り吹き飛んだ。シャリアは言葉を発する。

「あっちゃああ〜、やり過ぎちゃった?」
「そうだねシャリア。」

 追い付いて来たフィーが、苦笑混じりに言った。シャリアはそれを睨みつける。アナは必死に言った。

「あ、あたしは悪くない!悪いのはあの男なんだ!あのランタークって言う男!あたしは脅されて、仕方無く……。」
「脅されてたのは可哀想だとは思うけどね。でもあんたが裏切ったおかげで、エリシアお嬢ちゃんやケイルヴィー爵侍様がひどい目にあったんだよ。……釈明は、爵侍様の前でするんだね。」
「ケイルヴィー爵侍様は寛大なお人だし、ハリアーさんもあまりひどい事はしないように言ってくださったから、それに望みを託すんだね。」

 前後からシャリアとフィーに挟まれて、アナは力なく地面にへたり込んだ。



 ブラガはいつもの酒場兼宿屋の1階部分にある酒場にて、軽く酒を嗜んでいた。と、その瞳がきょろりと動く。彼の目は、2階へ階段を上って行く男の姿を捉えていた。ブラガはその男の姿が階上へ消えるのを確認すると、急いで建物の外へと駆けだした。そして建物の裏手へと回り込み、2階の窓から垂らされている紐を軽く引く。彼の耳に、2階からかすかにリンリン、と言う鈴の音が聞こえて来た。彼はそれに満足し、酒場へと戻って行った。
 ブラガに見られた事を気付かなかったその男は、シャリアとハリアーが取っている部屋の前までやって来た。そして扉を叩く。中から返事が聞こえて来た。

「はい、どなたですか?」
「宿の者です。シャリアさんにお届け物です。」
「シャリアは今出かけていますが……。」
「お荷物だけ、置かせていただいて構わないでしょうか?」
「はあ……。」

 がちゃりと、部屋の鍵を開ける音がする。それと同時に、男はある術を結印した。扉が開き、男は術の力を解き放つ。

「ああっ!?」
「けっ、こうも簡単に引っ掛かるとはな!」

 扉を開けたのは、ハリアーだった。彼女は男が放った、相手の生命力を低下させる術の直撃を受ける。彼女はよろめき、後ずさった。男は部屋に入って来ると、べらべらと喋り出す。

「貴様が俺の……このランターク様の呪いをさんざん邪魔してくれた女坊主か。同じ部屋に泊まってる貴様の仲間の女剣士が、今どっかに出かけてるって事は、向かいの建物の窓から望遠鏡で確認してたんだよ。」
「な、何が望みです……。」

 ハリアーは、生命力を低下させる術を受けて、苦しそうだ。男は、最初は楽しそうな口調で、後半は腹立たしそうに言った。

「貴様さえ死ねば、俺の呪いを邪魔できる奴はいない。貴様のせいで、爵侍様から何度怒られたと思ってやがる。おかげで、俺の信用はがた落ちだ。」
「爵侍……。ラクナガル爵侍ですか……。」
「おっと、喋りすぎたな。貴様はじわじわと死なせてやる。くらえ、俺の秘術!」

 そう言って、男――ランタークは詠唱と共に結印を始めた。だが突然彼は結印を止めると、慌てた様に左右を見回す。

「だ、誰だ!?お、俺の秘術が……!!」
「……この程度で、秘術、か。」

 そう言って、寝台の陰から立ち上がったのは、仮面を着けたクーガである。クーガは気配を消す術法を使って身を隠し、相手の術を奪って自分の物にする術法を用いてランタークの術を奪い、妨害したのだ。ランタークは焦り、驚いた。

「な、ば、馬鹿な!本物の練法師だと!?」
「この様な三流術師によくあれだけの呪いが……。ハリアー、大丈夫かね?」
「ええクーガ、多少ふらつきますが……。」

 クーガはランタークに向き直ると、言葉を紡ぐ。その声は平板であったが、何処となしに怒りを感じさせた。

「ハリアーを苦しめた責任は、とってもらおうか。」
「ひ……!ガムガームズ!」

 ランタークは慌てて何かの合言葉を唱える。どんな効果があるのか分からないが、ランタークのはめていた指輪の1つが輝いた。そしてランタークは新たな結印を開始する。クーガにはその術の正体が分かっていた。自身を透明にして姿を隠す術だ。ランタークはどうやら逃げるつもりらしい。
 クーガは低位の術法を2つ、合成して結印する。彼の手から、小さな電光と、高密度に圧縮された気圧の弾丸5個が、同時に放たれた。それらは全て、ランタークに着弾する。と、その衝撃でランタークの結印していた術法が暴発を起こした。ランタークは叫ぶ。

「ああああっ!?」

 術の暴発により、彼が今まで結印していた透明になる術ではなく、先程ハリアーにかけた生命力を低下させる術が、ランターク自身にかかってしまう。ランタークは、クーガに使われた攻撃術法の打撃のためだけでなく、大きくよろめいた。それでもランタークは後ろを向き、必死に逃げようとする。クーガが小さく呟いた。

「……逃がさん。」

 クーガは武器に一時的に魔力を付与する術を、一瞬念じただけで行使し、自分の長剣に魔力を与える。そしてランタークに追い縋り、斬撃を見舞った。

「……。」
「ぐはっ……。」

 ランタークは崩れ落ちた。廊下に血が、どくどくと流れる。ハリアーが、ようやくかけられた術の効果が治まったのか、しっかりとした足取りで歩いて来た。彼女はクーガに向けて言う。

「……殺してしまったんですか?」
「うむ……。やり過ぎた様だ。私とした事が……。」

 ハリアーは、クーガに何か言おうと思ったが、思い直して止めた。そして彼の背中をぽんぽんと軽く叩く。クーガはハリアーに軽く頭を下げた。一寸して、ブラガが応援のため、2階へと上がって来る。だが彼は、既に事が終わっているのを見て、溜息をついた。



 あの後、クーガは術法を用いてランタークの死霊に対し尋問を行った。その結果、彼があの呪いを行使していた事は本当で、また彼がラクナガル爵侍の命でそれを行っていた事も間違いの無い事だった。ランタークの死霊が言うには、あの呪いは彼が古代の遺跡から発掘した資料に基づいた物であるとの事だ。
 更にランタークは、幾つかの貴重な宝物を持ち歩いていた。1つは、彼が使ってみせた指輪で、『擬似治癒環』と言う名前である。この指輪には、練法の力が秘められており、一時的に体力か精神力を賦活する事ができる代物であった。あの時彼は、術法の連続使用で消耗した精神力を、この指輪の力で一時的に賦活し、更なる術法を使う余裕を作り出していたのだ。この指輪は、後日シャリアが持つ事になった。彼女は『気』を使うため、精神力の消耗が激しかったからである。
 次の宝物は、これもまた指輪であった。その名を『薬師の指輪』と言い、小さな聖刻石が飾り石になっていた。これは装着した者に、優れた薬師としての能力を与える指輪である。その性質上、本来であれば癒し手であるハリアーにこそ相応しい道具であったが、いかんせん聖刻の魔力を用いた物品である。そのためハリアーは遠慮し、とりあえずクーガが持つ事になった。
 最後の宝物は、見た目古ぼけた皮製の袋である。だがこの袋はとんでもない代物であった。見た目は単なる小物袋であるのだが、中にどれだけの物を詰め込んでも、大きさが変わらず、しかもいくらでも物が入ると言う物品だったのだ。その名も『無限袋』と言う。ただし入れた物の重さは変わらない。当初ブラガがこれを欲しがったが、最終的には貴重品を多く持つクーガがこれを貰う事になった。ちなみにこの袋には、誘印杖が2本入っていたが、それもクーガしか使えないために彼の物となった。
 ちなみにランタークの死体は、クーガが練法の転移術を使って、外に捨てて来た。流れた血の跡などは、ハリアーが率先して始末を行った。何か思う所があったらしい。そしてしばらく後に、ケイルヴィー爵侍の所からフィーとシャリアが帰って来た。その後、死体を始末に行ったクーガが帰還し、これで全員が揃う事となったのである。



 ランタークを倒してから、3日が過ぎていた。フィー達はあの後、ランタークを倒した事をケイルヴィー爵侍に報告した。爵侍は非常に感謝し、是非何か礼がしたいと申し出た。既に多大な金銭を貰っていた事であるし、当初は遠慮しようと思っていたフィー達であったが、クーガが1つ願い事をしたいと言った。それは、アヴィ・レールを織り込んだ布が7、8枚ほど欲しいと言う物だった。
 仲間達は最初、何のためにそんな物が欲しいのか、不思議がった。しかし彼の言葉を聞いて、納得した。彼は宝珠『オルブ・ザアルディア』を包んでおくために、その布を欲しがったのである。アヴィ・レールは聖刻の波動や光、熱などを反射する力がある金属だ。それがどこまで『オルブ・ザアルディア』の『神力』に対抗できるかはわからない。だが、ただ晒して持って歩くよりはそちらの方が安全であるだろう事は、確かだった。ケイルヴィー爵侍は、できるだけ早く入手できるよう手配する、と約束してくれた。
 ケイルヴィー爵侍邸を辞した彼等は、その足で鍛冶組合へと赴く。修理中だった狩猟機、ジッセーグ・マゴッツの様子を見るためである。果たして、修理は綺麗に完了していた。だが、鍛冶組合にはそれ以外に、喜ばしい知らせが待っていた。なんとフィー達が発掘した、あの古代の操兵仮面に見合った、新たな狩猟機の機体を製作する、その許可が下りたと言う知らせだった。彼らが鍛冶組合に対し正式に依頼をしてから、おおよそ3週間目の事である。普通、操兵を製作するかどうかの審査には、短くて2週間から、長ければ半年の時間がかかる。今回の場合、かなり短い期間で審査を通ったと言えるだろう。
 フィーは喜び、即座にケイルヴィー爵侍邸に取って返した。理由は、フィー達がケイルヴィー爵侍に預かってもらっていた仮面や聖刻石などの、操兵製作に要する代価の物品を受け取りに行くためである。そしてフィー達は、無事に代価となる物品を、鍛冶組合に納める事ができた。
 またこの時、当の古代の操兵仮面は、その機体に用いられる予定である古代の感応石共々、鍛冶組合側に渡された。その仮面用に機体を新造するのであるから、機体調整の都合などもあり、仮面を鍛冶組合に渡すのは当然である。だがフィーは少し躊躇した。結局は鍛冶組合側にその仮面を渡したのであるが。フィーは仮面を渡す時、仮面の表面を撫でさすり、名残惜しげに一時の別れを告げた物である。
 そして今、フィー達一同は、モニイダス王国の首都、デル・ニーダルへ向けて出発しようとしていた。目的は、デル・ニーダルの聖刻教会僧正、タサマド・カズシキに、先日入手した宝珠『オルブ・ザアルディア』を一時的にでも封印してもらうためである。今は『神力遮断布』によって、その力を抑え込まれているが、万が一にでも宝珠が発動してしまえば、どうなることか分かった物では無い。
 ハリアーはしみじみと言った。

「僧正様はお元気でしょうか。今度もちゃんと、封印できると良いのですが。」
「タサマド師の実力であれば、大丈夫だろう。」

 クーガがタサマドの力に太鼓判を押す。彼等はこの後、タサマドに宝珠を封印してもらいに行き、すぐさまデンに取って返してケイルヴィー爵侍からアヴィ・レールを織り込んだ布を受け取り、その後でモルアレイド海岸諸国はリムトス森林国へと向かう予定である。リムトス森林国には、第3の『オルブ・ザアルディア』が存在するのだ。
 と、ブラガが愚痴を言う。

「しっかし、1つ手に入れる度にいちいちあの僧正サマの所までやって来て、封印してもらわにゃならんとは。リムトスまで行ったら、そっから直接ガッシュの帝国やスカード島まで行きたいもんだが、よ。」
『仕方無いですよ。前回見たでしょう。あんな化け物を創り出す様な、物騒な代物なんですから。一々その力を封印しておかなけりゃ、どうなる事か。』

 フィーの狩猟機ジッセーグ・マゴッツから声が響いた。ブラガは溜息を吐く。そこへシャリアの従兵機ガウラックから、元気な声がかかる。

『何辛気臭い溜息なんか吐いてるのよ!結局は、やるしか無いんだから!もっときびきびと行きましょ!そんで、さっさと全部終わらせちゃいましょ!』
『そうだねシャリア。頑張ろうか。』

 フィーの声には、決意の様な物が溢れていた。皆は気を引き締める。空は彼らの前途を祝福するかの様に、晴れ渡っていた。


あとがき

 ケイルヴィー爵侍を狙っていた呪い屋は、無事に始末されました。また、ケイルヴィー爵侍邸にいた内通者も捕まえる事ができたので、これでしばらくは大丈夫なはずです。もっとも厚顔なラクナガル爵侍の事ですから、このままでは済まないとは思いますけれどね。いつかは対決する時が来る……と思います。はい。
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