「脅威、第2の宝珠」


 リギノス古王朝首都シラクの周旋屋に、フィー達はやって来ていた。周旋屋とは、山師相手の古代遺跡関係の情報屋と言った所である。
 当初ブラガは、ここリギノスの盗賊匠合に接触しようと考えていた。しかし裏街の酒場で噂話を聞いた所、ここリギノスではたとえ首都シラクに於いても、全盗賊を掌握している様な洗練された盗賊匠合は存在せず、単なる田舎ヤクザどもが勢力争いをしている様な状態と言う事だった。
 そこで彼等一同は、情報収集をするために、周旋屋に頼ったのである。周旋屋は基本的には、山師相手に古代遺跡の情報を売ったり、それ以外では隊商の護衛などの仕事や、場合によっては後ろ暗い仕事なども斡旋したりする。だがその他にも、周旋屋は各種様々な情報に通じており、その情報を売り買いする事もあるのだ。
 フィー達は、ブラガがあちこちの酒場を回って聞いて来た情報にもとづいて、周旋屋の案内人と接触した。そして前金を払い、街の裏道などをぐるぐると連れまわされたあげくに、ようやっと周旋屋まで連れてこられたのだ。裏道を連れまわされたのは、道を覚えられない様にするためである。周旋屋は、情報を商うと言う性質から、身の安全には非常に気を使っているのだ。
 今、彼等の目の前には、周旋屋を営んでいる老婆が座っていた。ブラガが代表して、話しかける。

「婆さん、ちょいと尋ねたい事がある。」
「おう、わしに分かる事ならば、何でも構わぬぞ。ただし、それ相応のお代はいただくが、の。」
「……ま、そうだろうな。婆さん、聞きたい事っつーのはよ、ある聖刻器の事なんだわ。正確には、神器や祭器っつった方がいい代物らしいんだがよ。大きさが、このぐれぇの……。」

 ブラガは両手で、直径2.5リット(10cm)ほどの輪を作ってみせる。彼は続けた。

「このぐれぇの、とても綺麗な宝珠だ。名は『オルブ・ザアルディア』。色はだいたい白っぽい。まるで自分から光り輝いてる様な、神々しい雰囲気と、どこか人を不安に陥れる様な、禍々しい雰囲気を纏ってやがる。しかもそいつには、持つ者を不健康にする呪いがかかってやがるんだが……。
 婆さん、そいつが何処にあるか、知らねぇか?大体の場所は、ここリギノスとソーダルアイン、トゥシティーアン王国の3国が隣接しあってる場所近辺らしいんだけど、よ。」
「むう……。すまんのう、わしには一寸分からんわ。」
「そうかい。」

 ブラガは落胆する。他の仲間も少々気落ちした様だ。だが老婆の話は、まだ終わってはいなかった。

「がっかりするのは、まだ早いぞい。3国が隣接し合う場所近辺、と言っておったな。今、その3国の間で緊張が高まっているのは、知っておるかの?」
「ほう?」
「発端は、ソーダルアイン連邦の中でも指折りの実力を持つ国、マーガス聖王国じゃ。彼の国は、国民の殆ど皆が敬虔な聖拝ペガーナ信徒で構成された、宗教国家での。神聖ペガーナの勢力が強いトゥシティーアン王国に対し、常々不満を抱いておったのじゃ。
 そこでマーガス聖王国では、ソーダルアイン連邦の盟主国であるシルン国に働きかけて、トゥシティーアン王国に対する政治的圧力を強化せんとしたのじゃ。同時にここリギノス古王朝に対しても、トゥシティーアン王国に対し圧力をかける様、要請が来た。ところがその事がトゥシティーアン王国に暴露されてしまっての。逆にトゥシティーアン王国側がリギノスに抗議してくる始末じゃ。両国間の関係は冷え切ってしもうてのう。リギノス、ソーダルアイン側では、現在トゥシティーアン王国との国境近辺に軍隊を集中させておる。
 もっともリギノスとソーダルアインもそれほど仲が良いわけではない。互いの軍隊を警戒して、動きが取れないでおるよ。」

 老婆はそこまで語ると、脇に置いておいた水差しからコップに水を注ぎ、喉を潤した。そして話を続ける。

「おかしいのはトゥシティーアン王国側の動きじゃ。トゥシティーアン王国は、言っては悪いが旧王朝諸国の中では弱小国じゃ。仮にも列強と呼ばれるリギノス、ソーダルアイン2国に相対して、真正面から立ち向かう事など出来るわけが無い。本来なら、の。
 ところがトゥシティーアン王国では、リギノスやソーダルアインの動きに反応して、軍隊を展開しておる。それどころか、まるで戦争になる事を覚悟しているかの様に、軍備を急速に増強しておるのじゃ。国民に重税を課してまでしての。本当であれば生き残るためには、戦争回避のために必死の外交努力をすべき時であるはずなのにのう。軍部の暴走、と言う奴じゃな。」
「……婆さん。それが俺達の聞きたい事とどう関係してくるんだ?」

 ブラガは痺れを切らした。だが老婆は手を軽く上げて、それを宥める様に振る。そうしてから、ついに老婆は本題に入った。

「トゥシティーアン王国の軍部を引っ張っているのは、トゥシティーアン王国ランガーク騎士団騎士団長のアラハヌ・ロッゾー・デーヌじゃ。こやつが軍部の暴走を招いている張本人での、滅茶苦茶な主戦論者じゃ。ところがこやつ、しばらく前に身体を壊した様でのう。伏せりがちになっておるのじゃ。じゃが、それでも影響力は何故か衰えず、逆に国王ですら逆らえぬ程になっておるのじゃ。まるで神懸りな程に。不思議とは思わぬかの?」
「……身体を壊した?伏せりがち?」

 ブラガと仲間達一同はその言葉に、なんらかの符合を感じた。彼の宝珠『オルブ・ザアルディア』には、持つ者を不健康にする呪いがかかっていた。

「婆さん、それって……。」
「ちなみに騎士団長アラハヌ・ロッゾー・デーヌは、軍隊と共に今現在、前線へ来ておるそうじゃぞ。ちょうど、リギノス、ソーダルアイン、それにトゥシティーアン王国の国境が接する辺りに、の。」

 老婆はにんまりと笑った。



 また案内人に裏道をぐるぐると連れまわされ、フィー達はようやっとの事で街の中央にある広場までやって来た。案内人は彼等を放り出すと、さっさと姿を消す。フィー達一同は、とりあえず自分達の宿まで戻って来た。宿屋の1階は、食堂兼酒場になっている。一同はそこへ陣取った。
 フィーはテーブルに着くと、徐に口を開いた。

「……どうもそのアラハヌとか言う騎士団長が怪しいですね。身体を壊して伏せりがちなくせに、神懸りな影響力。」
「あの宝珠には、どんな力があるかは不明だ。だが、持つ者の身体を弱くすると言う呪いは確かだ。私が身を持って確かめたのだから。それと感覚が異常に鋭くなる力も持っていたな。」

 クーガは、以前『オルブ・ザアルディア』を手に取った時の事を思い出しつつ話す。そこへシャリアが嘴を突っ込んだ。

「うだうだ言ってないで、とりあえず確かめてみましょうよ。早速明日、トゥシティーアン王国に向けて出かけましょ。」
「ちょ、ちょいと待て。」

 ブラガはシャリアを止める。彼は続けて言った。

「国境付近には、今軍隊が集まってやがるんだぞ?今リギノスから、南側にあるトゥシティーアン側には、直接抜けられねえ。」
「でしたら、第3国を経由するしかありませんね。西のソーダルアイン連邦もだめですから、東南にあるシュバンデの王国でしょうか。」

 ハリアーの言葉に、フィーは首をかしげる。彼は地図を広げながら言った。

「いえ、一度ソーダルアイン連邦に入り、更に西のウアスウアス宗法国に出て、そこから南進してトゥシティーアン王国に入ると言う道もありますよ?目的地には、こちらの方が近いんじゃないですか?トゥシティーアン王国は東西に長いですからね。」
「あ、そうですね。」
「……だが、国を幾つも横切る事になるぜ。手続きとかが煩わしい。一寸ぐらい遠回りになっても、シュバンデの王国側の方がいいんじゃねえか?」

 フィーの台詞に一旦納得しかけたハリアーだったが、ブラガがそれに待ったをかけた。一同は悩む。

「う〜ん。」
「どちらがいいですかねえ。」
「クーガ、貴方は意見、何かありますか?」
「いや。どちらを取っても一長一短、利点と不利益は五分五分だ。正直判断がつかない。」

 だが、シャリアがそれに決着を付けた。彼女は叫ぶように言う。

「だーっ!悩むのは柄じゃないのよ!決めた、こっち!近い方!いいわね皆!」

 シャリアが指したのは、ソーダルアイン連邦を通過してウアスウアス宗法国に入り、そこからトゥシティーアン王国に向かう道筋だった。仲間達はシャリアの迫力に、頷くしか無かった。



 次の日、フィー達はリギノス古王朝首都シラクを出立し、西に赴く。やがて彼等は、国境を接しているソーダルアイン連邦へと入った。ソーダルアイン連邦は、この地域に存在する人口数千から1万2千程の小国家の集合体である。地形的には非常に険しく、通行は困難であった。だが彼等は文句1つ言う事無く、この厳しい地形を西進していった。時折怪物等に襲われる事もあったが、フィーの操る従兵機ガウラックの敵ではなく、皆長槍の露と消えた。
 実際の所、彼らが心配していたのは、彼等を狙っているはずのトオグ・ペガーナの手先達による襲撃である。だが幸いな事に、トオグ・ペガーナの手先達は現れず、彼等は夕刻前にはウアスウアス宗法国へと入る事ができた。彼等はちょうどそこにあった小さな村落……ビザル村で、1泊する事にする。
 その日の夜、彼等は用心して順番に起きて、見張りをしていた。彼らが入った宿屋は、宿と言うのがおこがましい程の、ぼろぼろの木賃宿――食事も寝具も付かない、下級の安宿――である。彼等は大部屋1つを借りて休み、一日の疲れを癒していた。
 そして、クーガとハリアーが見張りの順番の時である。クーガが、やおら立ち上がった。仮面に隠れて表情は見えない。もっとも、彼はいつも通り無表情なのだろうが。ハリアーは怪訝に思い、クーガに問いかける。

「どうしたんです、クーガ?」
「とうとう来たらしい。侵入者だ。」
「!……わかりました、シャリア達を起こしましょう。」

 クーガはいつも通り、彼に仕える霊魂を召喚して、この宿を見張らせていたのである。その霊魂は、この安宿に、数人の不審者が侵入してきた事をクーガに知らせて来た。
 クーガとハリアーは、フィー、ブラガ、シャリアを起こす。彼等も疲れてはいた物の、文句も言わずに起き上って来た。欠伸混じりにブラガが問う。

「……ふぁ〜。と、クーガ。ついに来たのか?」
「どうもそうらしい。全部で6人だ。」
「さすがに鎧、着てる暇は無ぇよな。」

 ブラガはそう言いつつ兜だけを被り、壁際に行くとそこにランタンを掛けて何事か呟いた。

「……ティッカーブン。と、これで良し。」

 すると、ブラガが喋った命令語に従い、そのランタン――以前彼等が遺跡より発掘した聖刻器である――に火が灯り、明るく部屋を照らしだした。ブラガは手斧と小剣を構えて部屋の入口へ向き直り、敵を待ち構える。
 フィーとシャリアも、既に各々の武器を構えており、鎧こそ着てはいなかったものの準備は万端整っていた。クーガとハリアーは見張り番として最初から起きていたため、ちゃんと鎧も着ている。
 そして突然、部屋の扉が押し開かれた。襲撃者達が、部屋の中へなだれ込んで来た。刺客は全員が男の様で、全員がぼろぼろの外套を纏い、ぼろぼろの覆面をしている。だが彼等は、部屋の中が明るい事と、フィー達が全員起きていた事に、ぎょっとした。その隙を逃さず、クーガが心で念じていた術を解き放つ。彼がよく使う、数人の人間を金縛りにする術だ。6人の刺客のうち3人が、その場に凍りついた様に動きを止めた。
 そして残った3人に、シャリアが攻撃をする。

「はあああっ!!」
「ぐあっ!!」

 シャリアの『気』の込められた長剣は、その男をあっさりと斬り倒す。そしてフィーは、彼女の隣で別の男に斬りかかった。しかしこれはうまく躱され、彼の破斬剣は床を叩いてしまう。フィーは体勢を崩した。それを狙って、金縛りになっていない刺客が、小剣で攻撃して来た。フィーはもろにその一撃を受けてしまう。

「わああっ!」
「フィー!こんちくしょう!」
「ぐっ!」

 ブラガがフィーを斬った敵に対し、手斧で攻撃する。これは見事命中し、敵は苦痛の声を上げて後ろへ下がった。だがその敵も、突然その身体を硬直させる。見ると、ハリアーが光る掌をその敵へ向けていた。これはハリアーが多用する、敵1人を金縛りにする術である。
 フィーは一瞬、苦痛のために身動きが取れないでいた。そこへ、金縛りになっていない最後の刺客が嵩にかかって小剣で攻撃してきた。だがそこへ、クーガの詠唱が響く。彼が結印した術が発動し、5発の高密度に圧縮された気圧の弾丸が、刺客を襲った。更に同時にもう1つ術が発動し、電光がその同じ刺客に命中する。クーガほどの力量の練法師になると、低位の術であれば、複数の術を同時に行使する事も可能であるのだ。クーガの術を受けたその男は、吹き飛んで動かなくなった。
 残る敵は、全てが金縛りになってその場に立ちつくしている。この金縛りは、クーガの術もハリアーの術も数秒程度しか持たないのだが、今はそれで充分である。斬られた衝撃から立ち直ったフィーをはじめ、彼の仲間達は、身動きの取れない刺客達を取り囲んで、集中攻撃を見舞う。敵は為すすべも無く、倒れて行った。



 やがて朝が来た。昨夜の刺客のうち、生き残った者は2人だけであった。フィー達はその者達を尋問する。しかしその者達は、下請けの下請けとして雇われただけのやくざ者であり、まったく何も知らなかった。これは術法で心を読んで尋問したため、確かな事である。おそらくは、トオグ・ペガーナが後ろに居る事は間違いないと思われたが。
 生き残った刺客達と死体は、強盗として村人に引き渡された。生き残りたちは、おそらくは村人の手で裁かれるか、あるいはウアスウアス宗法国の教奥騎士団が巡回にやって来た時に引き渡されるのであろう。ちなみに、重傷を負わされたフィーは、ハリアーの手で既に治癒術の治療を受けている。彼はあっという間に元気になった。
 フィー達は、ビザル村を出立した。彼等はここから南進し、何事もなければこの日の夕刻にはトゥシティーアン王国の領土に入り、首都カン・グイキへと到着する事になる。そうなれば、目的の国境近辺までは1刻もかからない。フィー達一同は、襲撃者が来ないかどうか注意しながら、従兵機がなんとか通れる程度の道を進んで行った。
 やがて彼等は国境を越え、トゥシティーアン王国へとやって来た。首都カン・グイキまではあと少しである。この辺になれば、トゥシティーアン王国とウアスウアス宗法国間の街道が整備されており、従兵機でも余裕を持って通れる道になっていた。
 フィーは仲間に話しかける。

『ようやく到着ですね。まずは何から始めましょうか?』
「そうね。いきなりアラハヌって人の所へ行って、宝珠を持ってますかって聞くわけにもいかないだろうし。」
「おいおいシャリア……。んな事ぁ当たり前だろう。」

 ブラガが呆れた様に言った。シャリアはむきになってブラガに食ってかかる。

「んじゃあ、どうすんのよ!」
「まずは情報屋か、あるいは周旋屋にあたる。んで、何も情報が無かったら、そんときは俺がアラハヌん所へ忍び込んでみるさ。軍中の陣幕にでも、な。」
「私達はどうしましょうか。」

 ハリアーが尋ねた。ブラガは答える。

「お前らは、俺がどじった時に備えて待機しててくれ。なんとか逃げ出してはみせるから、追手の始末は頼んだ。ああ、別に殺さなくてもいいぞ。気絶でもさせて、その間にこちらは逃げだす事にするさ。」
「ブラガ。」

 ブラガが説明している所に、クーガが口を挿んだ。ブラガは怪訝そうな顔になる。

「なんだ?クーガ。」
「君が潜入するときは、私も一緒に行こう。」
「おまえが?」
「足手まといには、ならないつもりだ。」
「んー……。まあいいだろ、クーガの練法は頼りになるからな。」

 ブラガは承諾した。
 そうこうしている間に、トゥシティーアン王国の首都、カン・グイキが見えてきた。デン王国の首都サグドルや、リギノス古王朝の首都シラクよりは、ずっとこぢんまりとした街に見える。この国が事実上、戦争準備中であると言う事も考え、彼等は操兵を街に持ち込む事は避けた。街の外の森林に従兵機ガウラックを隠し、徒歩と馬で彼等は街に向かう。ちなみに例の杭は、ちゃんとフィーが持ってきた。万が一、誰かに奪われでもしたら大変だからである。街に入る為の審査は厳しかったが、なんとかブラガの贈賄と交渉で斬り抜ける事に成功した。
 彼等は宿に入り、一息ついた。さっそくブラガが夜の街へと繰り出して行く。目的は勿論、情報収集だ。ブラガはとある酒場に入り、カウンターで酒を注文した。

「おっちゃん、果実酒を1杯くれや。」
「はい、いらっしゃい。こちらは初めてですね、お客さん。」
「おう、今日着いたばっかりだ。まあ、仕事の途中なんで、あんま長くいるわけでも無ぇけどよ。」
「そうですか。そいつは残念ですね。まあこの街は、最近はけっこう物騒な事になってきてるみたいですけど。」

 ブラガはゴルダ銀貨を1枚カウンターに置いた。果実酒1杯分の代価としては、明らかに過剰な額だ。店主の眉が、ぴくりと上がる。ブラガは話を続けた。

「俺ぁ、ここへ着いたばかりで、こっちの方の流儀とか全然詳しくねえんだ。そう言った話とか含めて、色々聞くには、どこへ行ったもんかね?」

 そう言いつつ、ブラガは手で盗賊流の合図を送る。だがここの主人は盗賊とは関わりが無いのか、それには反応しなかった。だが、ブラガの質問には答えてくれる。

「お客さん、色々とそう言った方面の話を聞くには、裏通りにある『熟れた木の実亭』に行ってみなさいな。ただ、物騒な場所だから注意してくださいな。護衛が要るかもしれませんよ。それと、嘘の情報を平気な顔して売る連中も多いんで、お気をつけて。」
「そうか、あんがとよ。」

 ブラガは果実酒を飲み干すと、しばらく適当な話をした後、店を出た。彼はこの後も、他の酒場に行って情報収集を行うのだ。



 次の日、ブラガはクーガとシャリアを連れて、裏通りにある酒場『熟れた木の実亭』へやって来た。何故クーガやシャリアと一緒に来たかと言うと、ここが物騒な場所だとあちこちの酒場で聞かされたからである。ちなみにフィーとハリアーは留守番だ。
 ブラガはカウンターに陣取り、安い果実酒を注文する。クーガとシャリアもそれに倣った。無愛想な亭主は、何も言わずに素焼きのコップに果実酒を注ぎ、どんと音を立ててブラガ達の前に出す。ブラガはそれを口にしながら、片手で盗賊流の合図を送ってみた。と、亭主の顔色が変わる。亭主もまた、盗賊流の合図を手で返して来た。亭主は小さな声で言う。

「何が聞きたい?」
「情報屋の場所を知りたいんだがね。あと、ここらで『仕事』をするときは、何処に挨拶をすればいい?」
「情報だったら、ここで買えるぜ。あと、『仕事』をしたいなら勝手にすればいい。ここの街をシメてる親分は居ねぇ。以前は居たんだが、親分が死んで以来、幹部だった連中がばらばらに独立してよ。今丁々発止の殺り合いをしてる所だ。だから好きに『仕事』がしてぇなら、今が好機だぜ。」

 ブラガは息を吐いた。そういう事ならば、『仕事』……つまり盗みをするのに遠慮はいらないらしい。彼は続けて聞く。

「んじゃあよ、今から言う様なお宝の事を知らねえかい?大きさはこれ、このぐらいで……。『オルブ・ザアルディア』っつう、とっても美しい宝珠だ。色は白っぽいが、なんつうかこう……てめえで光ってる様な神々しさと、どっか恐ろしい様な禍々しさが一緒くたになってやがる。あとは、持ち主の感覚を異常に鋭くする魔法の様な力があるのと、持ち主の身体をすんげぇ弱らせる呪いがかかってやがるんだ。」
「知ら……まてよ?なんかどっかで……。ああ!ランガーク騎士団の騎士団長、アラハヌ……アラハヌ・ロッゾー・デーヌん所に持ち込まれた、アレか?」
「……大当たりだぜ。」

 ブラガは息を飲んだ。隣で黙って聞いていたシャリアも、興奮気味だ。クーガだけは、いつも通り無表情である。亭主は話を続ける。

「去年の夏だか秋だかに、騎士団長の所に賄賂として贈られた宝物ん中に、そんな代物があったんじゃねぇかな。呪いがかかってるとは知らなんだが、よ。そう言や、それ以来騎士団長は伏せり気味になったな。ただ、それからだったかな?なんつーか、異様な迫力を身につけてよ。王様や公爵様も騎士団長の言う事にゃ、表だって逆らえなくなっちまった。こんでいいか?」
「あんがとよ。幾らだ?」

 亭主は指を2本立てて見せた。ブラガはゴルダ金貨2枚……200ゴルダをカウンターに置く。ブラガが酒場を去ろうと立ち上がったその時、亭主が付け加える様に言った。

「あとこんだけ出してくれりゃ、おまけの話をしてやれるんだがね。」

 亭主は指を1本立てて見せる。ブラガは躊躇せず、ゴルダ金貨を1枚、つまり100ゴルダをカウンターに置いた。亭主はにやりと笑うと、そのおまけの話とやらを話し出した。

「騎士団長のアラハヌだがね。今日ここカン・グイキに帰って来るんだとよ。なんでも前線の様子を国王に直接報告するとかでな。だから今晩は、屋敷にいるはずだ。」
「……屋敷の場所と、警備状況を教えてくれるか?」

 亭主はほくほく顔になると、2本指を立てた。あまりのがめつさに、横で聞いていたシャリアの顔が渋面になる。だがブラガは素直に200ゴルダ支払った。



「……てなわけで、今晩早速そのアラハヌの屋敷に忍び込もうと思う。ハリアーが盗みとか嫌いなのは知ってるが、大事の前の小事、今回は目を瞑ってくれや。それにどうせ元々、賄賂として贈られた品だ。」
「そうですか……。仕方ありませんね。大きな災厄を防ぐためです。八聖者よ、お許しください……。」

 ブラガの説明に、ハリアーは少々気が乗らない様子だったが、仕方なさそうに承知した。ブラガは続けてその後の行動を指示する。

「上手く行ったら、朝に街の門が開くと同時に、さっさとこの国を逃げ出すぞ。」
「え?盗みがバレなくても?」

 シャリアが不思議そうに言う。ブラガは説明した。

「あの『熟れた木の実亭』の亭主から、情報を買ったろ?その事自体が価値のある情報になるんだ。」
「???」
「なるほどな。あの亭主、そこまで信用はできんか。」

 まだわけの分からない様子のシャリアだったが、流石にクーガは意味がわかったらしい。ブラガはシャリアに、細かく説明した。

「つまりだ、あのおっさんが『俺達がアラハヌの館の位置と警備状況の情報を買った』って情報を、また誰かに売るって可能性があるんだよ。それと、俺達の人相着衣なんかもおまけに付けて、な。」
「な、何よあの亭主!お客の情報を漏らすって言うの!?あんなにお金、取っておいて!」
「世の中そんなもんだ。」

 憤りの治まらないシャリアに対し、ブラガはしみじみと語る様に言った。



 その夜、ブラガとクーガは、人目を忍んでアラハヌの館までやって来ていた。ここは貴族街で、一般市民街とは城郭で区切られているが、情報屋から教えてもらった秘密のトンネルから彼等は貴族街まで入り込む事ができたのである。
 この館では、あちらこちらに篝火が焚かれ、広い庭を明るく照らしている。警備の兵士があちらこちらを巡回しており、なかなか隙を見せない。その様子をブラガとクーガは、館を取り巻く塀の上から見ていた。ちなみにクーガは仮面を被っている。クーガはブラガに尋ねた。

「……どうするのかね?警備の面々は隙を見せない様だが。」
「クーガ……。聞いた事なかったが、お前、空飛べるか?」
「む?うむ、飛ぶ事はできるが。……なるほど、その鎧の力で空を飛んで行くつもりか。」

 ブラガの鎧は、『飛翔の皮鎧』と言って、1日に1回だけ空を飛ぶ事ができるのである。また、クーガもそれに相当する、空を飛ぶ術を心得ている。ブラガは安心した様に言った。

「よかったぜ。もし飛べなかったら、お前はここでお留守番だったからな。」
「入る時はそれで良いとしても、出て来る時はどうするのだ?」
「何、兵士か何かの衣装を盗んで、それを着て堂々と出て来ようって寸法だ。」
「なるほどな。」

 クーガは納得した。そして彼は何やら結印を始めた。するとクーガの気配が完全に近いほど薄れて行く。ブラガからしても、目の前で見ているのでなければ、何処にいるのか分からないであろう気配の薄さだ。ブラガは溜息を吐く。

「練法てぇのは、便利だなあ。俺も覚えようかね。」
「3年はかかるぞ。しかも徹底的な訓練を積んだ本物の練法師でない限り、低位の術しか使えん。」
「げ。……んじゃ、行くぞ。」

 ブラガは心で念じ、自らの鎧に『飛翔せよ』と、命令を下した。するとブラガの身体は空中に浮いた。クーガもまた、心で念じて術を使用する。彼の身体もまた、空中に浮いた。彼等は、走る程度の速度で空を飛び、2階建になっている館の、その2階の窓へと辿り着く。ブラガは窓に聴診器を当て、中に誰もいない事を確かめる。ちなみに、あらかじめ入手している館の見取り図からすると、ここは廊下の窓のはずであった。彼は窓にかかっている閂を、針金で引っ掛けて開けると、窓を開けて中へと滑りこむ。クーガもまた、続いて中に入り込んで窓を閉めた。
 ブラガとクーガは、廊下を静かに、音を立てずに歩いて行く。と、廊下の先から灯りが近づいてくるのが見える。どうやら夜間の見回りをしている女中の様だ。ブラガは脇にあった窓の窓枠を登り、天井の梁に手を掛けて一気にそこへ登った。そしてクーガに手を貸そうとしたが、クーガの姿は既に何処にも無い。ブラガは息を殺して天井の梁の陰に隠れた。
 やがて女中が通り過ぎて去って行くと、ブラガは梁から降りてくる。そしてクーガの姿を探した。だが、クーガは何処にも見当たらない。と、いきなりクーガの姿が空中から滲み出る様に出現した。ブラガはこの術を見た事がある。かつてダングス公王朝に居たとき、そこで戦った相手の練法師達が、同じ術を使って姿を透明にしていたのだ。ブラガは、やはり3年かかっても練法を覚えようか、とさえ思う。練法の術は、盗賊にとってあまりにも羨ましい物だった。だが今はそんな事を考えている暇は無い。彼等は先に進んだ。
 ブラガとクーガはとうとう目的の部屋に辿り着いた。そこは騎士団長アラハヌの寝室である。ブラガは聴診器で部屋の中の音を聞いた。弱々しい寝息が聞こえる。ブラガはクーガに、向かって頷くと、ドアの鍵を外し始めた。やがてドアの鍵が外れる。彼等はこっそりと部屋の中へ入り込んだ。
 部屋の中では、1人の男が寝台で眠っていた。頬はこけ、まるで病人の様である。寝息は明らかに弱々しい。この男こそ、アラハヌに違い無かった。ブラガはアラハヌを起こさない様に、部屋を調べ始めた。だが色々な宝石や貴金属の類は見つかるものの、肝心要の宝珠『オルブ・ザアルディア』は見つからなかった。すると、クーガがブラガに耳打ちをする。

「……この男はいかにも弱っている。と、言う事はだ。この男が宝珠を肌身離さず持っている、と言う事ではないのか?」
「……厄介だな。」
「少しの間、離れていてくれるか?2リート(8m)以上。術を使う。」
「げ、部屋の外まで行かなきゃならんじゃねーかよ。」

 ブラガは一旦、部屋の外まで出た。クーガは小声での詠唱と結印を行い、自分を中心に一定範囲内の相手を昏倒させる術と、対象者1人の生命力を低下させる術を同時に行使する。術は効果を顕し、しばしの間、アラハヌは何があっても目覚めなくなった。クーガはブラガを呼び戻す。彼等は急いでアラハヌの身体を探り、問題の宝珠が小袋に入れられて首から下げられているのを発見した。
 ブラガはその宝珠を手に取る。だが彼は、その宝珠に呪いの力がある事を忘れていた。彼の生命力が急激に低下し、彼はよろめく。彼はその宝珠を、アラハヌが寝ている寝台の上に置いた。彼は息を吐く。
 クーガは何事か考えていた。そして彼は、懐からもう1つの宝珠――彼等が最初から持っていた方――を取り出す。彼はその宝珠を覆っている布地……『神力遮断布』を剥ぎ取った。こちらの宝珠は、聖刻教会僧正タサマド・カズシキの行った封印によって、その力を抑制されている。そのため、そのまま持っていても問題は無い、とクーガは判断したのだ。そして彼は、封印されている方の宝珠から剥ぎ取った『神力遮断布』で、封印されていない方の宝珠を包もうとしたのである。
 だが、それが失敗だった。

「……!!」

 クーガは、その瞬間巻き起こった神気に当てられて後ずさる。ブラガもまた、神気の衝撃を受けてよろめいた。神気の嵐は、アラハヌが寝ている寝台の上に置かれた宝珠『オルブ・ザアルディア』から吹き出ていた。クーガは呟く。

「しまった……!!」
「な、何が起きたんでぇ……。」

 そして、アラハヌが目を覚ました。彼は寝台の上に置かれた宝珠を鷲掴みにすると、高々と笑い声を上げた。

「ハハハハハハハハ!!アハハハハハハハハハハ!!もう1つの『オルブ・ザアルディア』がこんな所に!……猪口才な封印がかけられている様だが、そんな物はすぐにでも打ち破ってくれるわ!」
「ブラガ……。逃げるぞ。」
「な、何!?」
「気を楽にして、私の術を受け入れるんだ!」

 クーガは素早く結印を行った。だが、その間にもアラハヌはゆっくりと近づいてくる。その顔は精気が無く、頬はこけている。一歩毎に、アラハヌは痩せこけて行った。だがそれと共に、神気の渦は力強さを増して行った。そしてクーガの結印が完了する。
 ブラガが気付いた時、そこはアラハヌの館の、塀の外であった。クーガの術は空間を跳び越え、一瞬にして彼等をここまで運んだのである。ブラガはクーガに向かって、叫ぶように言った。

「な、なんなんでぇアレは!」
「私の失策だ。この神力を遮断する布地で、あの宝珠を包もうとしたのだが……。こちらの持つ宝珠を剥き出しにしてしまった事で、あの宝珠は同類がすぐ近くに存在する事に気付いてしまったのだ。そしてアラハヌの身体と、おそらくは精神をも操って、こちらの持つもう1つの宝珠を奪取せんと動きだしたのだ。……私の失策だ。」
「ち、悔やんでる場合じゃあねえ!問題は、これからどうするか、だ!」

 ブラガはクーガを叱咤する。クーガはしばし黙っていたが、やがて強く頷いた。
 その時、アラハヌの館の一部が、轟音と共に吹き飛んだ。ちょうどアラハヌの寝室があった辺りである。ブラガは塀によじ登ると、そちらを確認する。すると、背の高さが4リート(16m)程もあろうかと言う、巨大な化け物が見えた。良く見ると、その化け物は微妙に人間に近い形をしている。がりがりに痩せこけた胴体に、細い両腕、細い両脚を備え、骸骨の様な頭が付いている。その骸骨の様な頭の額部分から、強烈な神気が放出されていた。間違い無く、『オルブ・ザアルディア』である。……おそらくは、この化け物はアラハヌの成れの果てなのであろう。
ブラガは塀を飛び降りた。

「おい!とんでもねえ化け物が出てきたぞ!こっちに来る!逃げるぞ!」
「わかった。急ごう。」

 ブラガとクーガは、必死に走った。化け物は、彼等の後を追って来る。アラハヌの館の警備兵達は、腰を抜かすか、逃げ惑っていた。



 宿でブラガとクーガの帰りを待っていたフィー、シャリア、ハリアーの3人は、外で大騒ぎが起きているのに気付き、宿の外に出て見る事にした。彼等は、街中を人々が逃げ惑っているのを見る事になる。人々が逃げて来る元の方を見た彼等は、信じられない物を目の当たりにした。それは4リート(16m)はある、巨大な化け物であった。人間を異様に歪めた様なその姿は、極めて不気味であり、見る者に吐き気を催させる。
 化け物は、通り道にある家屋や建物をいとも簡単に破壊し、こちらの方へと進んで来た。化け物によって破壊された建造物には火が付き、燃え盛っている。その炎の灯りで、化け物の姿はくっきりと闇の中に浮き上がっていた。
 ハリアーは思わず聖印に手をやる。

「は、八聖者よ……。なんたる事でしょう。」
「あ、ブラガ達よ!」

 シャリアが叫び、ある方向を指さす。そちらを見ると、ブラガとクーガが必死に走ってくる所だった。

「クーガ!これは一体何が起こっているのですか!」
「すまん、私の失策だ。アラハヌの持っていた宝珠を、目覚めさせてしまった。」
「な、なんですって!?」
「詳しいこた、後だ後!それよか、あいつを何とかしねえと大変だぞ!奴ぁ、俺らが持っているもう1つの宝珠を狙って来ているんだ!」

 ブラガが叫ぶように言った。見ると、化け物は一直線に彼等の方へと近づいて来る。ハリアーは夜空を見上げた。

「……幸いな事に、今にも雨が降り出しそうな天気ですね。これなら雷が落とせます。」
「切り札の術を使う時かもしれんな。」

 クーガも呟く様に言う。その言葉を聞いて、ハリアーは蒼くなった。

「こんな街中で、大地震を起こすつもりですか!」
「いや、あれとは違う術だ。宿の中から荷物を取って来なくては。練法陣を描いた布を、準備してあるのだ。」

 そう言って、クーガは宿の中へと駆けこんで行った。残った面々が見ると、化け物はもうかなり近くまで来ている。そこへ、トゥシティーアン王国の操兵隊が到着した。フィーが叫ぶ。

「操兵隊だ!マルツ・ラゴーシュ1騎に、ガレ・メネアスが2台か!」
「け、けどよ。いくら操兵でもあんなでかい相手に、大丈夫かよ?」

 大丈夫では無かった。マルツ・ラゴーシュはあっさりと吹き飛ばされ、近場の建物に衝突して動きを止める。ガレ・メネアス2台は見るからに腰が引けており、まともに戦おうとはしていなかった。していなかったが、化け物はそれを許しはしなかった。逃げ腰のガレ・メネアスに追い縋ると、その細い脚でひと蹴りくれて2台とも吹き飛ばしてしまった。ガレ・メネアスは開放型の操手槽で、操手が剥き出しになっている。そのため、吹き飛ばされた時に操手は投げ出され、地面に落ちて大怪我を負ってしまった。
 フィーはそれを見ると、転倒しているガレ・メネアスに向かって走り出した。ブラガもまた、もう1台のガレ・メネアスに向けて走り出す。そしてシャリアは何を思ったか、建物に突っ込んだマルツ・ラゴーシュに向かって走り出した。ハリアーは朗々と八聖者に対する祈念を始める。
 フィーとブラガは、吹き飛ばされたガレ・メネアスに各々乗り込んだ。フィーはあっさりと、ブラガはなんとかようやくの事で、操兵との同調に成功する。更にフィーは、以前クーガが手に入れてくれた、操兵との同調を強化してくれる短剣の力をも使っていた。そのおかげで、フィーはまるで自分の手足と同じか、それ以上に操兵を操る事ができた。
 彼等2人は、自分達の乗り込んだ従兵機を起き上がらせる。フィーは軽々と、ブラガはようやっとと言った風情で。フィーは叫んだ。

『これでも……くらええええっ!』

 フィー操るガレ・メネアスは、斧槍を化け物目がけて振り下ろす。槍斧は、化け物の胴体に深々と突き立った。化け物が叫び声を上げる。

『ぐぐぐぐごごごごるうううらぁあぁぁああ!!』
『うるせえんだ、よっ!』

 ブラガもまた、自分の操縦しているガレ・メネアスに、斧槍を突き出させた。その斧槍は、化け物の脚を抉る。化け物は再び叫ぶ。化け物は、フィーの乗るガレ・メネアスに殴りかかった。

『ぐががぐぐがああああるううううぅぅぅらああああぁぁぁぁ!!』
『当たって、たまるかぁっ!ブラガさん!ブラガさんは後ろから攻撃を!俺は前から気を引きます!』
『わかった!』

 フィーは化け物の攻撃を、軽く躱してみせた。フィーの操縦の腕前は、既にかなりの物だ。ブラガはそれに比べれば、拙い腕だ。だからこそ、彼は化け物の攻撃目標にならない様に、後ろへ回った。化け物は、フィーのガレ・メネアスに攻撃を集中する。だがフィーの腕は一流の域に達しており、一向に攻撃が当たらない。
 と、そこへシャリアの声が聞こえて来た。操兵の拡声器を通しているために、かなり音声は歪んでいたが、それでもフィーにはそれがシャリアの声だとわかる。なんとシャリアは、最初に吹き飛ばされたマルツ・ラゴーシュに乗って来たのだ。

『さあ、怪物!あたしが相手になってやるわ!』
『しゃ、シャリア!?なんでマルツに乗ってるのさ!』
『乗ってた人が重傷だったから、代わってあげたのよ!』
『起動呪文は!?』

 狩猟機には大抵の場合、1騎毎に異なった起動呪文と言う物が決められている。これを知らない者には、狩猟機を動かす事はできないのだ。何故こんな物が決められているかと言うと、盗難対策である。狩猟機は、万が一にも盗まれるには高価過ぎる代物なのだ。
 ちなみに従兵機には、起動呪文は付けられていない場合が多い。特に軍隊で扱われる従兵機には、搭乗する騎士が決まっている狩猟機とは異なり、色々な兵士が交代で乗る場合が多い。そのため、面倒な起動呪文を決めてはいないのだ。
 シャリアは、フィーの疑問に笑って答える。

『教えてもらったわ。ちょっと『お願い』したら、あっさりと教えてくれたわよ。』
『……脅したんじゃねーのか?』

 ブラガはそう言いながら、斧槍で化け物を攻撃する。その攻撃はかろうじて命中し、化け物の胴体に浅く斬り込んだ。フィーも気を取り直して攻撃を行う。これは簡単に命中し、化け物の腕を深く傷つけた。
 そしてハリアーの術が完成する。轟音と共に、雷が化け物に落ち、その身体を焼き焦がした。化け物は悲鳴を上げる。

『ぐごごがあああるらららぁああああぁぁぁぁう!!』
『く、なんてしぶといんだ。でかいだけはある……のか?』
『ねえ、フィー!狩猟機って、『気』を使えるんでしょ!?』
『え、ああ使える。』

 フィーはシャリアの質問に答えつつ、化け物の攻撃を躱した。シャリアは続けてフィーに頼む。

『じゃあ、『気』で攻撃するから、時間をかせいでくれる?』
『……わかった!』

 シャリアはその返事を聞くと、今彼女にできる最大限の力で、『気』を練り始めた。マルツ・ラゴーシュの筋肉筒でその『気』が増幅され、すさまじい力となってマルツの機体に溜って行く。やがてシャリアは言った。

『行くわよ!フィー、どいて!』
『応!』

 フィーのガレ・メネアスが飛びのいた場所に、シャリアのマルツが飛びこんで破斬剣を振るった。マルツが振るった破斬剣は、化け物の胴体に深く斬り込む。それはまるで、熱したナイフでバターを溶かし切るような様子だった。化け物の悲鳴が響き渡る。

『ぎゅぎゅぎゅぎぎぎぎぃががあああうるるうるうるううううっ!!』
『きゃあっ!!』

 化け物は苦し紛れに、シャリアのマルツを殴り付けた。シャリアのマルツは吹き飛ばされ、転倒して石畳の道を滑って行く。フィーのガレ・メネアスは再び化け物の前に出ると、斧槍を振り下ろした。

『このっ!よくもやったな!?』
『ぎぎがががあああるううぅぅるるるらららららぅ!』

 化け物は、一向に弱った様子を見せない。攻撃は当たるのだが、その無尽蔵とも言える体力を削り切れないのだ。いや、違う。別に無尽蔵なわけではない。フィーは化け物の傷が治っている事に気が付いた。

『こ、こいつ……再生している!?』
『ま、まじかよ!んじゃあ、一度に大打撃を与えねえと、倒せないって事かよ!?けどさっき、シャリアの『気』の一撃をくらっても倒せなかったのに……。』

 ブラガが信じられないと言いたげな台詞を吐いた。その時、ハリアーが術で呼んだ雷が、再び轟音と共に化け物に落ちた。化け物は苦悶の叫びを上げる。

『ぐげげげがあああぁぁぁぁあああおおおおぉぉぉるるるるううう!』
『!……ハリアーさんの術で受けた傷は、治りが遅い!そう言えば、シャリアの『気』で受けた傷口もまだ完全には治ってないぞ!』
『んじゃあシャリアが復帰してくれれば、まだ勝ち目は……。』

 ブラガはフィーの気付いた事に希望を感じ、シャリアのマルツが滑って行った方を見遣る。だがシャリアのマルツは、必死に起き上がろうとしてはこけて、を繰り返していた。単純な話、狩猟機を操るには操縦技量が足りないのだ。ゆっくりと時間をかけてやれば、まだ起き上がる程度の行動は簡単なのだろうが、今は戦闘中である。シャリアが焦れば焦るほど、マルツは言う事を聞いてはくれなかった。
 と、その時である。クーガの叫び声が、周囲に響いた。

「さあ来い!お前の欲する物は、ここにあるぞ!」

 そう言って、クーガはあの封印された宝珠『オルブ・ザアルディア』を掲げ持つ。化け物は、それを見ると他には目もくれず、一直線にクーガに向かって歩き出した。

『クーガさん、無茶だ!』

 フィーは叫ぶ。そして化け物の足を止めようと、化け物の脚目がけて攻撃を繰り出した。だが化け物の脚に傷はついても、斬り落とすまでには至らない。化け物はゆっくりと、ではあったが、着実にクーガに向かって歩いて行く。その時、フィーは化け物の足元に、何か大きな布の様な物が広げられている事に気が付いた。その布の上には、緻密な紋様で陣図が描かれている。クーガは宝珠を懐にしまうと、凄まじい勢いで結印を行い、呪句を詠唱した。
 そして化け物が陣図の上に乗ったその時、クーガの術が完成する。

『ぐぎゃがぎゃひぃあるらるうるうぎぎぎがぐうがあああぁぁあああう!!』

 化け物の悲鳴が響き渡った。陣図……練法陣の中に、得体の知れない霊体の群が召喚されたのである。それは、すべての存在に悪意を持つ、闇黒の悪霊だった。化け物はおそるべき勢いで形を失い、悪霊に食われていく。やがて練法陣の上の空間は、完全に悪霊で満ち、真っ黒に見えた。
 そして唐突に、悪霊の群は消えた。同時に、練法陣も消え去っている。それだけではなく、あの化け物も完全に姿を消していた。クーガは、化け物がいた場所に歩み寄る。そこには、あの宝珠『オルブ・ザアルディア』がぽつんと転がっていた。クーガはそれを拾い上げた。呪いの力がクーガを襲う。クーガはそれに耐え、急いで宝珠をあの『神力遮断布』に包み込んだ。
 クーガのもとに、皆が走り寄って来る。

『クーガさん!』
『クーガ、無茶しやがって!』
『あ〜あ、あたし良い所ぜんぜん無いじゃないの。あー身体中痛い。』
「クーガ!今の術は!……その……大丈夫、でしたか?」

 クーガは、自分の顔を覆っている仮面を外す。彼の目の下には隈ができていた。皆は驚く。ここまでクーガが疲労しているとは、気付かなかったのだ。クーガは言う。

「フィー、シャリア、ブラガ。操兵で街の門を壊してしまってくれ。今のうちに逃げてしまおう。……あの怪物の正体とか、怪物を倒した方法とかを官憲から訊かれるのは、あまり愉快な事では無い。」

 街の門は、夜の間は完全に閉められている。夜間に街を脱出するには、門を破らねばならないのだ。クーガは続けた。

「不幸中の幸いと言ってはなんだが、例の宝珠はこの通り確保できた。後は急いでこの街、この国を去ろう。」
「……そうです、ね。急いでこの国を出た方がいいでしょう。でもクーガ、何故こんな事になったのかは、きちんと話してくださいよ。確か貴方の失策だとか仰ってましたが。」
「うむ。それについては追々話す。今はとりあえず脱出が先決だ。」

 ブラガがクーガに賛成する。

『おう、わかった。それじゃ、門を破るぜ。お前ら、馬を連れて来いや。』
「あ、はい分かりました。」
「うむ。例の杭も持って来なければならんな。」
『あ、ブラガさん。俺も手伝います。』
『あたしはもうこの機体、降りるわ。流石に上手く扱えないもの。門破りとか難しそうだし。馬、取りに行くわ。』

 フィーもブラガを手伝って門を破る事にし、残りの面々が馬を取りに行くことになった。勿論、例の大事な杭は忘れていない。そしてトゥシティーアン王国首都カン・グイキの西門は、大きな音を立てて破られたのである。



 それから6日ほど後、彼等はようやくの事でデン王国首都、サグドルまで帰ってきた。帰路の途中でも、時折トオグ・ペガーナの息がかかった――と思われる――者達に襲われたり、怪物や獣に襲われたりした。しかし、とりあえずはそれら全てを切り抜けて、サグドルまで帰還することに成功したのである。
 彼等はサグドルでいつも逗留している酒場兼宿屋へと宿を取ると、今後の事を相談し始めた。フィーが口を開く。

「やっぱり、一度タサマド師の所へ行った方が良いと思うんですよ。例の、宝珠の力を遮断する布地は今の所1枚しか無いですし、それを自由に使うには、残りの宝珠は封印状態にしておかなけりゃならないでしょう。その封印をお願いするんです。」
「うむ、私もフィーに賛成だな。一度モニイダスへ向かわないかね?」
「でもそうなると、宝珠を手に入れる一度毎に、毎回毎回モニイダスまで行って帰るのか。面倒くせえなあ。いっその事、例の僧正様を一緒に連れ歩くってえのはどうでぇ。……痛っ。」

 ブラガの戯けた台詞に、ハリアーはブラガの頭に一撃を加えた。無論拳で、である。シャリアが呆れた顔を見せた。

「ブラガ、あんた無茶ばっか言ってるんじゃないわよ。」
「ちょっとした冗談じゃねえか。」

 そんな時、ドアをノックする音が聞こえた。更に宿屋の主人の声がする。

「あのー、フィーさん達。お客様がお見えになってますが、お通ししてもよろしいですか?」

 フィーが代表して返事を返す。

「かまいませんが、どなたです?」
「ジムス様と、ナスターシャ様とお聞きしてますが。」

 一同は、クーガを除いて驚いた。わざわざこんな旅客街の外れにある酒場兼宿屋に、部下の武官であるジムスならともかく、ケイルヴィー爵侍の夫人であるナスターシャがやって来るとは信じられない。フィーは慌てて答えた。

「すぐお通しして下さい!」



 やがて、ケイルヴィー爵侍の部下ジムス・レンバーと、ケイルヴィー爵侍の妻ナスターシャ・ハルム・ケイルヴィーが部屋に入って来る。ナスターシャは部屋を見回し、そこに目当ての人物がいる事を確認すると、その人物に抱き付き泣きだした。その人物とは、ハリアーである。

「ハリアー様……。ああ、ハリアー様……。どうか、どうかお助け下さい。娘エリシアの呪いを解いた貴方様であらせられるなら、此度の事もなんとかしていただけるのでは、と思い、それを希望に今の今まで耐えて参りました。
 どうかハリアー様、お助けください!」

 ハリアーを始めとする一同は、目を白黒させている。ただ唯一冷静なクーガが、ナスターシャとジムスに説明を求めた。

「ジムスさん、爵侍夫人、一体何が起きたのか、お教え願います。それが分からなければ、力のなりようがありません。」
「これは失礼いたしました。」

 ジムスは深刻そうな顔で謝罪した。そして深刻そうな顔のまま、続ける。

「実はケイルヴィー爵侍様の事なのです……。」

 その後に続いた言葉に、フィー達は色めきたった。彼等は急いで支度し、宿の部屋を出て行く。行く先は、ケイルヴィー爵侍の邸宅であった。特にハリアーは急いでいる。その顔は、とても心配そうだ。そんな彼女の肩を、クーガの手が宥める様に軽く叩いた。


あとがき

 力技でしたが、なんとかパーティ一同は『宝珠』を手に入れる事ができました。しかし、デン王国に帰って来たのも束の間、彼等を事件が待ち構えています。……まあケイルヴィー爵侍絡みと言う事で、おそらく事件の内容は想像がつくのではないかと思いますが。
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