「八聖者の声」
ようやくの事で狩猟機ジッセーグ・マゴッツの修理が終わったフィー達は、あの恐るべき宝珠『オルブ・ザアルディア』の封印を頼むために、力ある僧侶の存在を求めて、モニイダス王国の首都デル・ニーダルへの街道を旅していた。ちなみに、シャリアの従兵機ゴルタルも前回の戦いで損傷を受けたが、構造が簡単であるために、ジッセーグよりもあっさりと修理が完了している。シャリアがゴルタルを操縦しているため、彼女の馬はハリアーが引いていた。
彼等は既に国境を越え、モニイダス王国内に入っている。なお今回は、ケイルヴィー爵侍が身分保障をしてくれたおかげで、正式な旅行手形が発給されている。そのため、大した問題も無く、国境を越える事ができていた。
彼等は街道途中に存在する鉱山街である、ゴンド町までやってきた。ここはデン王国との街道途中に存在するだけあり、宿場としての機能もある程度は充実している。もっとも、街道がそれほど整備された道と言うわけでも無いからには、宿場としてある程度以上は望めない。とりあえず今日の所はここで一泊し、明日の昼頃には彼等は首都デル・ニーダルに入る予定だった。
フィー達一同は、2体の操兵を駐機場に預けると、その晩の宿を探し始める。やがて1軒の適当な宿屋が見つかった。彼等は皆でその宿に入って行く。フィーが代表して、宿の主人に声をかけた。
「すいません、今晩宿を取りたいんですけれど、部屋は空いてますか?」
「何人様ですか?」
「5人です。」
「ああ、大丈夫ですよ。ただ、大部屋1つになっちゃいますが、かまいませんか?」
フィーは仲間に顔を向ける。仲間達は頷いた。フィーは宿の主人に承諾の返事をした。
「ええ、かまいません。」
「それなら、2階に上がってください。上がってすぐの所にある、大きく『3』と書いてある部屋です。これがお部屋の鍵です。お食事は、1階の酒場で食べてくださいな。それと宿台は1泊お1人様1ゴルダで、先払いです。それと、お食事の代金は、別料金になっております。」
「はい、わかりました。全員で5ゴルダですね、はいこれ。ああ、後でお湯をたらいに貰えますか?」
「ああ、身体拭くためですね。わかりました。追加で1ゴルダいただきます。ああ、そうだ。宿長に記名をお願いします。ああ、馬は厩に繋いで、飼葉をやっておきますよ。かまいませんね?」
その言葉に頷いたフィー達は宿長に記名すると、2階へと上がって行った。彼等は部屋に入ると、相談を始める。
シャリアが口を開いた。
「で、明日デル・ニーダルに入ったらどうすんのよ?」
「まずは聖刻教会に挨拶に行きたいのですが……。」
ハリアーが皆に顔を向け、言った。クーガが頷く。
「うむ。デル・ニーダルの聖刻教会僧正は、かなりの高僧だと言うからな。期待が持てる。」
「らしいですね。しかも上手くすれば、聖水なども手に入るかも知れません。負の生命を払う術に、必要なのですよ。」
ハリアーは嬉しそうに言葉を続ける。どうやら聖刻教会の教会があるのが喜ばしい様だ。ブラガが結論を言う。
「んじゃ、まずは聖刻教会って事で。ただ、俺はちょいと盗賊匠合に顔繋ぎに行ってくるからよ。」
「わかりました。それじゃあ、夕食にしましょう。1階へ行きましょうか。」
フィーは皆を促し、先に立って1階へと降りて行った。
そして、一同が食事を取っていた時の事である。彼等に声をかける者があった。
「もし、すみませんが……。もしかしたら貴方がたは、駐機場に駐機している操兵……狩猟機の持ち主ではありませんか?」
「……貴方は?」
フィーは注意深く、その人物の様子を窺う。身なりはかなり良く、何処かの商人の様に見えた。その人物は、フィーの問いに答える。
「私は交易商人のロッゾ・カーウニーと申します。デン王国にここゴンド町で採れる銅などを運び、デン王国からは鉄製の鋤鍬等の農具や鍋釜、武器防具に至るまでの進んだ工業製品を買い付けてくる、と言う仕事をしております。
今私はデン王国から帰って来たばかりでして、買い付けて来た工業製品をデル・ニーダル市まで運んで、小売商に卸さねばならんのです。ですがここへ着く直前に、街道沿いのピル・アレーはモニイダ山から降りて来た怪物に、護衛の者が怪我をさせられましてな。」
ピル・アレーとは、ラムクト山脈のこの辺りでの呼び名である。そこまで言えば、フィー達にはこの商人が何を言いたいのか、わかった気がした。
「そこでですな。貴方がたに護衛の代わりを務めていただけないかと、お願いに上がった次第です。貴方がたは操兵もお持ちだ。怪物など、物の数では無いでしょう。どうかデル・ニーダル市までの道中、我々を護っていただけませんでしょうか?報酬は、お1人当たり前金100、成功報酬としてもう200、お支払いしましょう。」
フィーは仲間達の顔を見遣る。真っ先に口を開いたのは、シャリアである。
「……いいんじゃない?どうせデル・ニーダルまでは行く予定だったんだし。」
「まあ、いいんじゃねぇか?俺ぁ、構わないぜ。」
「私もかまいません。困った人を助けるのも、八聖者の思し召しでしょう。」
ブラガとハリアーも承諾する。見ると、クーガもフィーに向けて頷いてみせた。フィーは商人に答える。
「わかりました、そのお仕事、受けましょう。期限はデル・ニーダルに着くまで、と言う事で。」
「おお、助かりました。ああ、お名前を聞いていませんでしたな。」
「俺……私はフィー、後の者は、あちらの右から順に、シャリア、ハリアー、クーガ、ブラガです。」
「そうですか。皆さん、明日は朝食を取ったらすぐ出立でよろしいですかな?それでは明日はよろしくお願いします。」
交易商人ロッゾは、そう言って頭を下げ、自分の宿へ帰って行く。フィー達も、2階の自分達の部屋へ引き上げた。
次の日、まだ朝早い刻限に、彼等はゴンド町の街中にある広場で、ロッゾの隊商と合流した。隊商は、荷車が5台もある大掛かりな物である。その各々に、大量の鋤鍬や鍋釜、そして少量ながら武器防具が積まれていた。ロッゾは、操兵が2体と言う事に驚き、喜んでいた。彼は狩猟機の事ばかりが頭にあり、従兵機も彼等の所有物であると言う事は、気付いていなかったのだ。やがて彼等は、デル・ニーダルに向けて出発した。
ゴンド町を出発して半刻ばかり過ぎた頃、ハリアーが身を強張らせた。彼女は皆に向かって言う。
「何か、獣の吼え声の様な物が聞こえます!気をつけてください!」
一同は気を引き締める。彼等は注意しながら進んで行った。すると東西に伸びる街道の北側の森林から、1匹の体長30リット(1.2m)はある、巨大な猫の様な獣が飛び出して来た。クーガはすぐにその獣の正体に気付く。
「山猫だ。かなり強いぞ。気を付けるんだ。」
『操兵で相手をしようか?』
「いやシャリア、君とフィーは警戒を続けてくれ。こいつが怯えている様なのが気にかかる。ひょっとすると、こいつを圧倒する様な化け物が、続けて来襲する恐れがある。」
そう言いつつ、彼は馬から飛び降りて剣を抜く。ブラガとハリアーもそれに倣った。山猫は体高が低すぎて、馬の上からでは攻撃し難いからである。彼等は山猫に立ち向かった。ちなみにクーガは今、仮面を被っていない。ロッゾ達、隊商の面々が居るからである。
クーガは、左手の小指にはめた指輪の力を思念により開放する。これは『防護の指輪』と言い、かつて探索した古代遺跡に居た亡霊ツァード・ローグ・ヴァムガードより、仮面と共に受け継いだ装備の1つだ。この指輪の力を開放すると、短時間の間、装備した者を護る力が働くのである。
ブラガもまた、思念で『風神の兜』の力を開放した。彼の周囲を風の防護が取り巻く。そのブラガを、山猫が襲った。その攻撃は鋭い。だがブラガは風の防護により、その攻撃をなんとか躱した。
「こんの!お返しだ!」
ブラガは右手に手斧『切り裂きの斧』を持ち、左手に小剣を構えて山猫に斬りかかった。もっとも、シャリアの様な二刀流ではなく、左手の小剣は受け流しだけに用いているのだが。ブラガの手斧が、山猫の脇腹を抉る。同時に、クーガの長剣が山猫の顔面を斬り裂いた。ハリアーの鎚矛は、残念ながら山猫の脇の大地を抉る。おかげでハリアーは体勢を崩してしまった。幸いな事に、次に狙われたのはクーガであったが。クーガは鋭い身ごなしで、山猫の攻撃を躱した。
何度かの攻防の末、クーガ達は多少の傷を負ったものの、山猫を倒す事に成功する。山猫は重傷を負い、力無く鳴き喚いていた。クーガは山猫に長剣を突き立て、とどめを刺す。ハリアーは呟いた。
「少々かわいそうな気もしますね。」
「……そんな事を言ってる場合かよ。来たぞ!」
ブラガが警告の叫びを上げる。先程山猫が飛び出して来た森林から、めきめきと木を轢き倒しつつ、巨大な影が現れた。それは全長が1.5リート(6m)ほどの、3本も首のある巨大な蛇だ。クーガは警告の声を上げた。
「そいつは『三つ首』と呼ばれている蛇だ!巻き付いて締め付けを行って来る!人間には厳しい相手だが、操兵には問題の無い敵だ!頼んだぞフィー、シャリア!」
『了解です!』
『まかしといて!』
クーガ、ハリアー、ブラガは急いで後退した。代わってフィーの狩猟機ジッセーグ・マゴッツと、シャリアの従兵機ゴルタルが進み出る。三つ首は文字通り3つの首からシャーシャーと息を吐き、威嚇してくる。だがそんな物には怯えず、フィーのジッセーグが、先制攻撃を行った。破斬剣の刃が、三つ首の胴体に斬り込む。一撃で重傷を負った三つ首は、必死でジッセーグに巻き付こうとしてくる。だがジッセーグは素早い動きでそれを躱した。
更にシャリアのゴルタルが、長槍で突きかかる。長槍の一撃は、三つ首の長い胴体を貫き通した。三つ首はあっさりと絶命する。シャリアはゴルタルに長槍を振らせて、三つ首の死体を森林の中へ放り出させた。
あまりにあっけない勝利に、ロッゾ達隊商の面々は一瞬絶句する。しかしすぐさま彼等は、一斉にフィーとシャリアを称える声を上げた。
やがて彼等は、昼前にはモニイダス王国の首都、デル・ニーダルに到着した。巨大な城壁に囲まれたその街は、デン王国の首都サグドルよりもかなり大きい。軍事的にはデン王国の方がずっとずっと強国なのだが、都市人口ではモニイダス王国のデル・ニーダル市の方が上だった。ちなみに国全体の人口では、デン王国7万、モニイダス王国6万と、デン王国の方が上回っている。
フィー達は、しきりに礼を言うロッゾ達から報酬を受け取ると彼等と別れ、自分達の操兵を街の外に造られた駐機場へ預けて、街の中へ入って行った。フィー達はまずターバル街と呼ばれる旅行者用の街区へ赴き、役場と呼ばれる旅行者登録所にて旅行者登録を行った。そして同じターバル街にある適当な宿屋へ行き、宿を取る。その後彼等は、徐にターバル街を出て、一般市民や隊商が宿泊するための街区である、ニエシェ街へと向かった。もっともブラガだけは、ターバル街にあるとされる、盗賊匠合に出向くために分かれて残ったが。
フィー達は、ニエシェ街に入る時に街区の門前に立っている衛兵から、うるさいぐらいに注意を受けた。それによると、一般の旅行者――フィー達の様な山師も含まれる――は、ニエシェ街で入る事の出来ない場所が多く存在するので気をつけなくてはならないらしい。また当然の事ながら、貴族・上級市民街である街区、ゴーズ街――これはニエシェ街の奥に存在している――には、特別な許可の無い限り入ってはいけないと、きつく釘を刺された。
フィーは衛兵に向かい、言った。
「大丈夫ですよ。我々は、仲間が信仰している聖刻教会の教会に、参拝とご挨拶に行くだけですから。用事が済んだら、すぐに出て来ます。」
「本当だろうな?」
衛兵は、疑り深く問う。フィーは誠実そうな顔で頷いた。
「本当です。間違いありません。」
「ならば良いが……。」
衛兵は、ようやく解放してくれた。フィー達は、ニエシェ街の北にある、聖刻教会へと向かった。
やがて彼等の前に、荘厳な教会の建物が現れた。それは聖拝ペガーナ等の西方で大きな勢力を誇る宗教の寺院などと比べるとかなり小さかったが、見るからに信者達の心をこめて造られた物である事がわかった。彼等は建物に近寄ると、礼拝堂の中へと入って行く。するとそこでは、立派な僧服を着た壮年の男が、神――まず間違いなく八聖者であろう――に祈りを捧げていた。
男はフィー達が礼拝堂に入って来る物音に気付くと、立ち上がって振り向いた。その姿は、威厳に満ち溢れている。彼は言葉を発した。
「ようこそ聖刻教会へ。何の御用かな?」
「はい、私は旅の聖刻教会法師で、ハリアー・デ・ロードルと申します、僧正様。こちらは聖刻教徒ではありませんが、私の仲間達です。今日は何とぞお願いの儀あって、こちらに参った次第でございます。」
ハリアーはそう答える。僧服の男はにこやかに笑って言った。
「そうかね、法師ハリアー。そしてお仲間の人達。私はタサマド・カズシキと言う聖刻教会僧正だ。願い、とは何かね?」
「はい……。クーガ、あれを。」
「ああ、ハリアー。」
クーガは前に進み出る。タサマドは眉をぴくりと動かした。クーガは、どうやら自分の正体……練法師である事が、この人物にばれたと言う事を理解する。だがタサマドは何も言わず、クーガもまたその事については知らぬ振りを通す事にした。クーガはタサマドに向かって、要件を話す。
「実は数ヶ月前、我々はとある古代の遺跡より、ある遺物を発見したのです。それがこれです。」
「ほう?……これは!」
タサマドは、クーガが懐から取り出した、布地に包まれた宝珠を見て、興味深げな顔をする。だがクーガが布地『神力遮断布』の包みを開け、宝珠『オルブ・ザアルディア』の本体をさらけ出すと、目を見張った。どうやら彼は〈聖霊話〉――招霊系の高位の僧侶が使える、聖霊との意思疎通をはかる技――にて、この物体の正体を見極めた様だ。
クーガは再び『オルブ・ザアルディア』を『神力遮断布』で包み直すと、言った。
「これは、恐るべき邪悪な力を持っています。我々が目の当たりにした範囲では、負の生命を無尽蔵に創り出す、などと言う効果も持っています。そしてこれを、トオグ・ペガーナ……ご存知でしょうか?世界の破滅を願う邪教の集団です。そのトオグ・ペガーナが、この宝珠を狙っているのです。おそらくは、碌でもない目的に使うために。」
「それは……。とても看過できる事ではないな。」
タサマドは真剣な顔で言う。彼は続けた。
「で、私に何をせよ、と?」
「この宝珠の力を封印して、保管して欲しいのですよ。正直な話、この様な危険な代物、我々が持って歩くにはあまりに負担過ぎるのです。」
クーガがそう言うと、タサマドは残念そうに首を振った。
「残念ながら、私の力ではこれを封印する事は不可能だ。いや、それだけでは無い。おそらく人間の力では、これを封じる事など不可能だ。一時的になら封印する事は不可能では無いだろうが、長期に渡る封印を施すのは無理だろう。」
「「そんな!」」
「そんな事って……。」
フィーとシャリアが悲鳴を上げた。ハリアーは僧正の言葉に絶句する。
クーガは眉を顰めた。彼の考えでは、シャルク法王国の大寺院にいる僧正級の聖拝僧であれば、この物体を封じる事ができるだろうと思っていた。だが、目の前の聖刻教会僧正は、優にそれだけの実力を備えている様に感じられたが、その可能性を否定したのだ。おそらくタサマドの見立ては間違ってはいるまい、とクーガは直観した。
クーガは重ねて言う。
「では、せめてこの品物を安全に保管していただけませんか?」
「それも難しいだろう。私のいるこの教会の建物は、決して警戒厳重な場所とは言い難い。悪意を持ってその品物を奪いに来る輩がいたなら、護りきれるだけの防備は無いのだ。」
「……そうですか。」
「だが、せめてこれだけは、させてもらおう。」
タサマドはそう言うと、礼拝堂の奥にある祭壇から、何かお札の様な物を持ってきた。そしてクーガの手から宝珠『オルブ・ザアルディア』を取ると、『神力遮断布』の包みを開く。顕になった『オルブ・ザアルディア』に、タサマドはそのお札を貼り付け、八聖者への祈りを唱えた。その瞬間、何かの叫び声の様な物が響いたかと思うと、美しく輝いていた『オルブ・ザアルディア』の表面が、いちどきに曇ってしまう。そして、『オルブ・ザアルディア』からは何の力も感じられなくなった。
タサマドはしばらく『オルブ・ザアルディア』をまるで親の仇の様に見つめていたが、やがて息を吐いた。
「これで、しばらくの間は大丈夫だろう。あまり長い期間は無理だが、短期的にならば私にも何とかなった様だ。しばしの間だけだが、この宝珠は石ころ同然だ。」
そう言ってタサマドは、お札を貼られた『オルブ・ザアルディア』を再び『神力遮断布』に、丁寧に包み込む。そしてその包みを、彼はクーガに手渡した。彼は言葉を紡ぐ。
「大変だろうが、これも八聖者の試練かもしれない。君達の手に、この宝珠が渡った事は、何かしらきっと意味があるのだと思う。これは何処かに預けるよりも、君達が持っていた方が良いだろう。無責任に聞こえるかも知れないが……。
大して力になれず、済まない。」
タサマドは無念そうに言った。ハリアーは慌ててそれを宥める。
「そんな事はありません僧正様。一時的にせよ、その宝珠を封印してくださって、ありがとうございます。私ではとてもそこまで出来ませんでした。」
「そう言ってもらえると助かる、法師ハリアー。」
タサマドは、小さく笑った。
「そうかい、結局駄目だったかい。」
その夜、旅行者街区であるターバル街の宿屋で、フィー達はブラガと合流した。ちなみにあの後、ハリアーはかなりの大金をタサマドの教会へと献金し、幾許かの聖水を分けてもらって来ている。更にクーガは、街中の市場の片隅にあった露店で、美術品扱いされていた2本の誘印杖を見つけて買い取っていた。
ブラガはクーガに向けて問いかける。
「んじゃあどうする?シャルクまで足を延ばして、アーハーレ・タルケンの大寺院まで行ってみるかい?」
「いや、タサマド師の見立てでは、この宝珠を完全に封印するのは人間業では不可能だろうとの事だ。それに、一時的にではあっても、タサマド師はこの宝珠を封印してくれた。であるならば、私やハリアーが危険を冒してまでシャルク法王国に赴くのはどうかと思う。」
「そっか。まあ俺も、あっちじゃ手配されてる可能性があるからなぁ……。」
ブラガの台詞に、フィーが反応した。
「だったら、シャルクまで行くのは無し、ですね。うっかりブラガさんやハリアーさん、クーガさんが異端審問官に捕まりでもしたら大変ですし。」
「おいおい、俺は異端者じゃねーよ?」
「あ、そーだっけ。犯罪者だったわね。」
フィーに反論したブラガだったが、シャリアの台詞にがっくりと来る。そんなブラガを尻目に、クーガとハリアーはお茶を淹れて飲んでいた。
と、そこへ部屋の扉を叩く音がする。そして宿の主人の声がした。
「あのー、このお部屋はフィーさん達の御一行ですよね?ハリアーさんはいらっしゃいますか?」
「あ、はい居りますが。」
フィーが応えた。宿の主人は用件を伝える。
「ハリアーさんにお客さんが見えてらっしゃいます。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「お客様は、どなたですか?」
「タサマド・カズシキと名乗る、お坊様ですが。」
ハリアーは、慌てて部屋を飛び出して迎えに出た。
やって来たタサマドは、真剣な顔をしていた。ハリアーがお茶を出す。
「どうぞ、僧正様。」
「あ、いや。そう構わずとも良いよ。……それより、君達に重要な話があって来たのだ。聞いてくれるかね?」
「はい僧正様。」
唯一タサマドと面識のないブラガが、フィーに小声で尋ねる。
「おい、アレが例の聖刻教会の僧正サマかい?」
「ええ、そうですよ。」
フィーも小声で答えた。そんな様子には構わず、タサマドは話し始める。
「実はあの後、私は瞑想をしていて、八聖者の啓示を受けたのだよ。瞑想の中で見えた映像では、君達は先程の宝珠を8つ持っていた。」
「「8つ!?」」
ハリアーとシャリア、2人の叫び声が重なった。タサマドは続ける。
「うむ。それと前後して、君達がある遺跡から、長さ半リート(2m)はある大きな『杭』を見つけ出す映像も見えた。その遺跡なのだが、ここモニイダス王国デル・ニーダル市の南西、モブアス要塞近くの古代遺跡だ。」
「!?」
その言葉に反応したのは、クーガだった。彼はタサマドに問う。
「それは確かなのですか?ディラレル要塞やツァモイ要塞ではなく、モブアス要塞の近くなのですね?」
「うむ、間違いない。要塞から徒歩で北東に1日も離れていないはずだ。そして最後の映像なのだが、君達が8つの宝珠を1つに合体させて、更にその杭を操兵に持たせてそれを打ち抜こうとしている光景だった。これほどまでにはっきりした啓示を受けたのは、随分と久しいよ。」
クーガは呆然としていた。その様子を見ていた周りの者も、驚いている。これほどにクーガが動揺しているのを見たのは、初めてなのだ。タサマドは続ける。
「君達には、何か天から与えられた使命がある様だ。私に出来る事は少ないが、もし困った事があって、私の力を必要とするならば、何時でも訪ねて来たまえ。
では、私は教会の仕事があるので、これで失礼する。……頑張りたまえ。」
タサマドは、そう言うと教会へ帰って行った。クーガは未だ呆然としているままだ。ハリアーはクーガを揺すった。
「クーガ、どうしたんです!クーガ!」
「!……ハリアーか。」
「どうしたんですか、クーガさん。」
「ほんと、どうしたのよ。何時ものあんたらしく無いわね。」
「そうだぜ。驚きに我を忘れるなんて、よ。」
仲間達は口々に、クーガの様子を訝しむ。クーガは答えた。
「何、タサマド師の言った、モブアス要塞近くの古代遺跡……。そこが、次に発掘を試みてみようとしていた古代遺跡だからな。古文書に書いてあった場所通りだ。」
「な、何ぃ!?」
ブラガが驚きの声を上げる。神様をあまり信じていないブラガだが、タサマドが語った神……八聖者の啓示と、これから行おうとしていた自分達の行動がぴったり重なるとあっては、流石に動揺せざるを得ない。ブラガはクーガに尋ねる。
「もし、俺達がその遺跡に行かなかったら、どうなるんでぇ?神様……八聖者だったか?そのお告げだとよ、俺達がその杭とやらを掘り出すはずなんだろ?」
「そんな事をしたら……おそらくは何か悪い事が起きるでしょう。防げたはずの災厄が起きてしまう、とか言う形で。」
ブラガに答えたのは、クーガではなくハリアーだった。彼女は思い詰めた表情をしている。するとシャリアがハリアーに向かい、威勢良く言った。
「大丈夫!行かないなんてこと、しないから!ね、そうでしょ皆!」
「う、うん……。行きますよ、ハリアーさん。」
「……でもよ、なんか気分悪ぃな。自分達の行動が、あらかじめ決められてるみてぇでよ。」
「ま、まあソレはあるわね。」
シャリアもブラガの意見には、多少なりとも賛成の様だ。だが、フィーが強い口調で言葉を発する。
「そんな事、ありませんよ!相手が神様だろうとなんだろうと!自分の選択は自分だけのもんです!神様の言う通りにするか否かは、自分で決めるんです!結果的にその通り動いたとしても、あくまでそれは自分の選択の結果です!」
「その通りだな、フィー。」
クーガが重々しく言う。
「神は道を示す。だが、それに従うか否かは、個々の人々の判断次第であるべきだ。その自由は奪われるべき物ではない。もっとも、神の示す道が、信者にとっては最善である事が多いのも確かだが、ね。
私は、自分の意志で、自分の選択の結果として、その遺跡を発掘しようと思う。それで間違いは無いと思うからだ。」
「俺も、自分の意志でその遺跡に行きます。ハリアーさん、それでいいんですよね?」
「そうだ、な。俺も自分の考えで、その遺跡に行くぜ。神様のお告げは、その遺跡がハズレじゃあ無いって証拠ぐらいに考えときゃいいか。」
「あたしも自分の思う通りに動くわ!まずはその遺跡を洗いざらい調べ尽くすわよ!」
「皆さん……。」
一同は、口々に自分自身の決めた事を口に出す。ハリアーは、何か感動を覚えた。彼女の仲間達は、決して信心深くは無い。だが彼等の行いその物は、きっと八聖者の御心に沿う物だと、そうハリアーは思うのだった。
ハリアーは、その夜夢を見た。その夢では、光り輝く8人の人影が、彼女の前に立っていた。その内の1人が、彼女に向かい、手を差し伸べる。彼女はその手を取った。その瞬間、視界が変転し、彼女は遥か上空から、アハーン大陸西方南部域を見下ろしていた。
彼女は最初驚いたが、そのうち段々と落ち着いて来た。落ち着いて来ると、今まで見えていなかった物が見えてくる。それは地表にある光の点だった。だがその光は、酷く禍々しい。見つめると、なんとなく吐き気もしてくる。その光の点は、全部で8つあった。
唐突に、彼女は理解した。その光の点は、あの宝珠『オルブ・ザアルディア』の在り処だったのだ。旧王朝地域内に2つ、モルアレイド海岸諸国に2つ、ガッシュの帝国の領域内に1つ、スカード島に1つ、ファインドの大森林に2つ、その光は存在していた。
やがて彼女に声が聞こえて来る。
『お前達が住む、この西の大地を滅ぼす、意志ある力が存在する。』
『それに先んじて、その所業を妨害せよ。』
『そして、その意志ある力を滅ぼすのだ。』
『意志ある力は8つに分かたれている。』
『意志ある力は、1つに集まろうとするだろう。』
『それは危機でもあるが、好機でもある。』
『集まった意志ある力は、強いが脆い。』
『さあ行くのだ。』
ハリアーは次の瞬間、目を覚ましていた。だが夢を見ていた間の記憶は、しっかりと色濃く残っている。彼女には分かっていた。これは八聖者の啓示である、と。彼女は使命を授かったのだ。
フィー達一同は、モブアス要塞都市への道を馬と操兵で歩いていた。この道は、カレビア森林国へと続く街道でもある。この街道を通って、カレビア森林国からの木材や燃料用の薪等が、モニイダスへと運ばれて来るのだ。またこの街道は同時に、カレビア森林国を突っ切ってシャルク法王国を通り抜け、モルアレイド海岸諸国までも通じている。カグラ・ルートを使った東西交易はによってもたらされた東方や中原の産物は、モニイダス王国からこの街道を通ってモルアレイド海岸諸国へと運ばれ、海上輸送を経て西方北部域へと運ばれるのだ。
デル・ニーダルから3刻ばかり歩いたフィー達は、その辺で街道から右に逸れた。目的の遺跡へは、道らしい道は無い。そして1刻ほど更に歩いた後で、彼らは目的の遺跡を見つける事ができた。それはやや大きめの社の様な代物である。だがその遺跡は、既に石で出来た扉は開け放たれ、そこかしこの石組は崩されており、どう見てもとっくの昔に荒らされた後であった。
ブラガは愚痴る。
「やれやれ、こんな調子じゃあ何も残ってねえんじゃねえか?」
「いえ、あります。」
そう言ったのは、ハリアーだ。彼女は強く言った。
「必ず何か、残っているはずです。僧正様が言った通り、八聖者の啓示があったのですから。」
「そうでしたね。少なくとも、例の『杭』は残ってるはすですよね。」
フィーはジッセーグから降りつつ、そう言った。シャリアもゴルタルを駐機させると、操兵の仮面を外す。彼女もまた、口を開いた。
「とりあえず、中に入って調べてみましょう?」
シャリアの意見に、全員従う事にした。
ブラガは愚痴る。
「……何にも無ぇなあ。」
「きっと何処かに隠し扉なりなんなり、あるはずです!」
「と言われても、よ。フィー、描いた地図見せてくれや。」
「はい。」
フィーはかなり正確に描かれた遺跡の図面をブラガに渡す。ブラガはその図面をもとに、1部屋1部屋丹念に調べて行った。だが、何処にも隠し扉の類は見当たらない。
ブラガは切れた。
「あーもう!完っ全にからっけつの遺跡だぜっ!一体どうしろってんだよ!」
「落ち着いてよブラガ。こういう所でこそ、あんたの得意技が役に立つんでしょ?」
そう言った連中を放っておいて、クーガは1人仮面を被って部屋の中を歩いていた。やがてクーガは、床のある位置まで来ると、歩みを止めた。フィーが怪訝そうに尋ねる。
「どうしたんです?」
「ここはブラガが来た時、既に開かない様細工されていた落とし穴だったな。」
「ええ。俺達の前に来た奴らが、落ちない様に封じたんじゃないかって。」
クーガはそれだけ言うと、何やら心で念じ始めた。そして術が発動する。高位の術者になれば、心で念じただけで低位の術ならば発動させる事ができるのである。クーガは被っている仮面の助力により、それだけの力を得ていた。彼は術による、透視能力のこもった目で、床の下を見つめる。
クーガはブラガを呼ぶ。
「ブラガ、この落とし穴を開く様にしてくれ。……陰険な仕掛けだ。落とし穴の中に、隠し扉がある。」
「な、何いいいっ!?」
その後、ブラガは四苦八苦して、前に来た奴らが施した細工を取り払い、落とし穴が開くようにした。そして彼等全員が、麻縄を下ろして落とし穴の中へ降りる。シャリアが降りるのに特に苦労した。そしてつい手を滑らせて穴の底に叩きつけられ、酷い打撲を負ってしまう。ハリアーの手当てで大事には至らなかったが、これから先が思いやられた。
ブラガは落とし穴の底で、隠し扉を見つける。彼は罠を調べ、おそらくは無い事を確認すると隠し扉の鍵を解錠した。隠し扉の向こうから、黴くさい臭いが漂ってくる。一同は、緊張感を増した。これから先は、手つかずの遺跡なのである。
フィー達は、随分と地下深くまで、進んだような気がしていた。迷宮の様な道筋を歩いていき、時折ある扉を開けて部屋へと入り込む。無論、罠調べやその解除、鍵開け、などにブラガは大忙しだった。なお、時々はクーガも鍵開けに挑戦してみたりもしていた。
ここで見つかった物品は、主になんらかの聖刻語による書き付けの類であり、クーガには価値があったが残りの面々には価値が無いも同然の物ばかりだ。だが次の部屋を調べた時である。そこの部屋には、テーブルに似た形の台座の様な物が設置されており、その上に大きな石の箱が置かれていた。ブラガはまず、罠を調べる。
「ち、何かモノはわからねえが仕掛けられてやがるな。うかつに箱を開けると作動する仕組みだ。解除するのに手間がかかるぜ。」
「頼んだわよ、ブラガ。」
「まあ、任せとけや。」
ブラガはしばらく屈みこんで箱と格闘していたが、やがてすっきりした表情で顔を上げた。その顔には、やり遂げた、と言う雰囲気が漂っている。
「なんとか解除できたぜ。いいか、開けるぞ。」
ブラガは箱を開ける。皆は一斉にその中を覗き込んだ。そこにはかなり大粒の、乳白色をした石がかなりの量、保管されていた。クーガは呟く様に言う。
「聖刻石の原石だ。」
「な、何っ!?」
ブラガが驚きの声を上げる。シャリアもまた、その量の多さに溜息の様な声で言葉を発した。
「フィー。これだけの聖刻石があれば、鍛冶組合に支払う代価には不自由しないんじゃない?」
「そうだね……。」
フィーもまた、呆然とした表情だ。ブラガとクーガは、聖刻石の原石を袋に詰める。特に大物なのが、直径4リット(16cm)程もある原石である。これはどれだけの価値があるのか、わからなかった。更に、直径1〜3リット(4〜12cm)程の石もごろごろしている。金に換算すれば、どれだけになるだろうか。もっとも、彼等はこれを金に換える気は無い。彼等はこれを、フィーが持つ古代の操兵仮面に新たな機体を造るための代価として、鍛冶組合に渡すつもりなのだ。
フィー達は、また迷宮を進み始めた。そしてとうとう、迷宮の一番奥の部屋に、彼等は辿りつく。そこには、長さ半リート(2m)以上はある、一本の金属製の杭が床面に突き立っていた。床面には、その杭を中心にして、何らかの陣図……練法陣が描かれていた。
そして杭を囲むように、3体の石の像が立って居る。クーガはその石像を怪しく思った。
「これは……?もしかしたら……。」
「クーガ、どうしたんですか?」
ハリアーが、クーガの様子に不審を覚えたのか、尋ねてきた。クーガは皆にも聞こえるよう、はっきりした声で答える。
「この石像なのだが……。もしやすると石人かもしれん。」
「石人……ですか?」
「うむ、早い話が、動く石像だ。うかつに近寄ると、動いて襲いかかってくる。だが、そう見せかけてただの石像かも知れんし、あるいは何がしかの罠が仕掛けられているかもしれない。」
するとブラガが、軽弩を巻上げ始めた。彼は言う。
「へ、クーガ。こいつで遠くから射て、正体を確かめようぜ?」
「なるほど、な。では頼んだ。」
ブラガは慎重に狙いを付け、軽弩を発射した。軽弩の矢は、真ん中の石像に命中し、胸板に大穴を開けた。石の像は、果たして3体とも動きだす。クーガは皆に向かい、警告の言葉を発した。
「やはり石人か。こいつは石で出来ているだけあって、堅い。それに耐久力もかなりの物だ。動きもそこそこ素早く、攻撃力も高い。気をつけるんだ。それと多少頭が良いらしい。」
「はい。わかりました。俺は右の奴の相手をして、そいつを引き付けておきます。他のが終わったら、加勢してください。」
「じゃああたしは、左の奴ね。石の塊ぐらい、この剣でぶった斬ってやるわ。」
フィーとシャリアは、左右の石人の相手を始めた。真ん中の損傷している石人は、残りの三人が相手をする事になる。
ハリアーとブラガが、各々得物を抜いて、損傷している石人に襲いかかった。クーガはそれを見つつ、術法を結印し始める。彼は低位の術を複数組み合わせて、いちどきに発動させようとしていた。そして術が完成する。空気を固めたかの様な気圧の弾丸5発と、氷の弾丸9発が石人を襲う。石人は全ての弾丸をまとめて喰らった。気圧の弾丸の方は、さほど効果を表さなかったものの、氷の弾丸は石人をその場に氷漬けにする。石人は、動けなくなった。そこへブラガとハリアーの攻撃が次々に命中する。
クーガは、同じ術をフィーの相手をしている石人にも撃ち込む。そちらの石人も、動きが取れなくなる。シャリアの前の石人も、同様に氷漬けにされた。やがて動けなくなった石人は、3体全てが石の屑山へと姿を変えた。
石人を始末したブラガは杭を見つつ、感慨深げに言う。
「こいつが例の杭、かあ。なんか金属の柱ってぇ気もするんだが、どんな力を持ってんのかね。」
「使い方はタサマド師の話でわかっているが、力のほどは分からないな。」
石人の残骸を漁りながら、クーガが応える。とクーガは石人の残骸から何やら見つけた様だ。彼は仲間達を呼んだ。
「皆、いいものを見つけたぞ。こちらへ来てくれ。」
「え?何処で見つけたんですか?」
「石人の中身が空洞になっていて、そこに宝が隠されていたのだ。見たまえ、これなど大した物だぞ。」
彼は1つの板金製胴鎧を取り出す。そしてそれをシャリアに放った。シャリアは驚く。この板金鎧は、まるで皮製品の様に軽かったからだ。彼女はクーガに問うた。
「クーガ、こ、これって……。」
「癒しの鎧『ファード・ガータ』と名がついているな。その鎧を着た者が、心で念じて命ずる事により、1日1回だけ、着用者の傷を癒してくれるらしい。更に、皮鎧並に軽く、全身鎧に近い防御力を持っている……と書いてあるな。」
クーガは以前の部屋で手に入れた書類の一部を見ながら、そう答える。するとブラガが、別の物を引っ張り出しながら尋ねた。
「クーガ、こいつは?」
「それはおそらく、こちらの書類に書いてある『飛翔の皮鎧』だな。1日1回、心で念じる事で空を自由に飛べる。もっともある程度、身軽でなければならんが、な。
そちらの物は『失神の小剣』とこの書類に書いてある。斬り付けた相手を時折失神させる武器の様だ。まあ時折、だがな。」
「ねえ、あたしこの胴鎧、もらっていいかな?」
「なあ、俺こっちの皮鎧と小剣が欲しいんだが。」
シャリアとブラガが尋ねる。フィーは、武器と鎧は間に合っているので、その言葉に頷いた。クーガもまた、鎧は以前探索した遺跡で、亡霊から受け継いだ物を既に着用しているし、武器は特に欲しく無い。ハリアーは基本的に、聖刻の魔力による品物は使わない。
ちなみにクーガは、別な物を欲しかった。
「私はこのマントを貰いたい。構わないかな。」
「どんなマントなのよ?」
シャリアが鎧を板金製胴鎧に着け換えながら、聞いた。クーガが答える。
「着た者に、若干の幸運を授けると書いてある。」
「げ、俺もそれ欲しいな。……まあ、いいか。他のもん、貰ったし。」
「クーガには、いつも世話になってるしね、いいわよ。」
「俺もいいです。欲しい物は特に無いですし。」
フィーの台詞に、クーガは最後の1つの品を取り出した。彼はフィーにそれを渡す。それは小ビンに入った、黒い液体だった。フィーは戸惑う。
「な、何ですこれ?」
「この書類によると、『幻術のインク』らしい。これで描いた物が、幻として出現すると言う代物だ。大きさは最大で操兵ぐらいまでだ。……絵師である君には、ぴったりの代物だと思うが?」
「へえ……。これはいいですね。貰っても?」
これには全員が頷いた。と、シャリアがハリアーに向かって言葉を発する。
「ハリアー!あんた何も貰ってないでしょ。」
「いえ、私は僧侶ですから、聖刻の魔力を使った代物は……。」
「だったら、これあげる。私のお下がりで悪いけど、かなり頑丈な上に軽いんだよ。コレ。」
シャリアはハリアーの手に、今まで着ていた、名工の手になる板金入り皮鎧を押し付けた。ハリアーは一瞬驚くが、嬉しそうな顔になった。
「シャリア、ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね。」
彼女は嬉しそうに、鎧を着替え始めた。
その後、彼等は例の杭の周りに集まる。クーガによれば、どうやらこの杭の周りに描かれている練法陣は、長期保存の術法のための物らしい。クーガが手に入れた書類によれば、この杭は『パイ・ル・デ・ラール』と名が付いており、古代に於いてもその正体が分からない物だったらしい。ただ、正確にはこれは聖刻器――聖刻石の魔力を用いた物品――ではなく、神の聖なる力による祭器や神器の類である様だった。
一同は、半リート(2m)はある金属の杭を、力を合わせて床から抜いた。その杭はけっこう重く、一人でもなんとか運べない事は無いが、2人以上で運んだ方が楽だった。
その後彼等はようやくの事で、地上へと戻って来た。とっくに日は暮れており、彼等は慌てて野営の準備をした。その後遅い夕食を取り、順番に見張りを立てて就寝する事にした。クーガは何時も通り、召喚した霊魂を見張りに立てていたし、ハリアーは〈聖霊話〉で聖霊と会話し、周囲に敵対的な者や魔物などがいないかどうかを調べていた。
その夜は結局、何事も起こらなかった。次の朝、食事を摂ると、彼等はデル・ニーダルへ向けて帰途についた。だが、その途中の事である。フィーが駆るジッセーグ・マゴッツの感応石に、光点が灯ったのだ。フィーは仲間達に警告する。
『みんな、操兵の反応だ!気をつけて!狩猟機1、従兵機が2、だ!』
一同は、一斉に身構える。ハリアーは精神を集中し、〈聖霊話〉で周囲の聖霊に話しかけた。聖霊からの答えは、すぐに返って来る。ハリアーは叫ぶように言った。
「相手は敵です!こちらに敵意を持っています!」
やがて、その相手の姿が見えて来る。馬に乗った、ならず者風の男達が4人、同じく馬に乗った、僧服の男が1人、その後ろから狩猟機1騎と従兵機2台が付き従う。僧服の男は叫ぶように言った。
「奴らだ!間違いない、狩猟機の背中に『杭』を載せておる!貴様ら、魔神ジアクスに仕える高神官様の命だ!奴らを倒し、『杭』を葬り去るのだ!」
『トオグ・ペガーナか!後ろの操兵は……マルツ・ラゴーシュと、あとは形式がわからないか。』
「やれやれ、あれだけ倒したのに、まだ居るのかよ。しかも今度は、この杭を狙ってやがるのか?」
フィーの声に答えるかのように、ブラガが呆れた様な呟きを漏らす。トオグ・ペガーナの一党は、一斉にかかって来た。ブラガは素早く手斧を構えると、合言葉を叫ぶ。
「ヴァーズバン!」
合言葉によって、ブラガの手斧『切り裂きの斧』の力が解放された。敵の密集している所に、強烈なカマイタチが巻き起こる。3人が巻き込まれ、2人が落馬して動かなくなった。だが1人は苦痛に耐えつつも突進し、もう1人はカマイタチの効果範囲から外れている。ブラガは心で念じ、自分の兜である『風神の兜』の力を開放した。彼の周囲を、風の障壁が取り巻く。
クーガは、流砂を作り出す術を結印していた。敵の操兵は多く、このままでは不利だ。なんとかして、1対1程度に持っていかなくてはならない。だがその術には多少時間がかかる。仲間達が持ち堪えてくれる事を信じ、彼は結印を続けた。
僧服の男は、魔神ジアクスに祈りを捧げていた。そしてその男は、配下の者と斬り結んでいるブラガに向かって右手を突き出す。その掌は、聖なる光に輝いている。魔神の僧侶であっても、神は神、僧は僧と言う事か。ブラガは身体が硬直しつつあるのを感じた。だが彼は、必死で意志力を振り絞り、その術に耐える。トオグ・ペガーナの僧侶は驚いた。
「わしの術が効かないだと!ぐっ!?」
そのトオグ・ペガーナ僧に、ハリアーのまったく同じ術が襲いかかる。トオグ・ペガーナ僧は馬上で硬直した。ハリアーは、その術の効果が切れないうちにトオグ・ペガーナ僧を倒すべく、馬で駆け寄ろうとするが、配下の者の1人に阻まれる。彼女は腰につけていた鎚矛を抜いた。
「邪魔です、どきなさい!」
ハリアーを阻んだ、トオグ・ペガーナ配下の者は、彼女に長剣で斬りかかった。それを躱しつつ、彼女は鎚矛で殴りかかる。腕はどうやらほぼ互角の様だ。一進一退の攻防が続いた。
フィーは2対1で戦っていた。相手の力は、そう強いわけでは無かったが、狩猟機マルツ・ラゴーシュと形式不明の従兵機の2体の相手は、さすがに骨が折れた。だからと言って、操兵に乗る様になってまだ日の浅いシャリアに、荷が重い仕事を押し付けるわけには行かない。見ればシャリアは、敵の残り1台の従兵機と、必死の戦いを繰り広げている。敵従兵機の乗り手と、彼女の腕前は、そう大差ない様だった。
『くそ、早く勝負を付けないと……。こうなったら……。ガルウス!』
フィーは合言葉を叫び、ジッセーグ・マゴッツの手に握らせた魔剣の力を開放した。魔剣の刃に光が走り、その光が敵であるマルツ・ラゴーシュの装甲を紙の様に斬り裂いて行く。敵の装甲が剥離し、脱落して行った。だがほぼ同時に、マルツの破斬剣による攻撃も、フィーのジッセーグに命中していた。フィーは衝撃で、操手槽内壁に身体をぶつける。
『うわっ!!や、やったなあ!?』
と、その瞬間である。まだ無傷であった敵の従兵機が、地面に沈み始めたのである。従兵機の拡声器からは、悲鳴が聞こえる。
『わ、な、なんだこりゃあ!?たっ助けてくれえっ!沈む、操兵が沈んで行くっ!』
従兵機はもがくが、もがけばもがくほど蟻地獄の巣に捕らわれた蟻の様に、流砂の中へ沈んで行く。フィーは快哉を叫んだ。
『クーガさん!!』
「さあフィー、とどめだ!」
『はい!』
フィーはジッセーグを操り、マルツ・ラゴーシュに斬りかかった。
戦いはフィー達の勝利に終わった。トオグ・ペガーナ僧は結局ブラガに倒され、落馬して地に伏した。残念な事にシャリアが、従兵機ゴルタルを完全破壊されて重傷を負わされたが、ハリアーの治癒術と、新たに手に入れた鎧が持つ癒しの力により、怪我は大事無く済んだ。更にクーガの作り出した流砂によって地面に沈められた従兵機をフィーのジッセーグで掘り出して、新たなシャリアの乗機とする事となった。シャリアは乗り慣れたゴルタルの事を思い、いつまでも勿体無いと愚痴を言っていたが。
ちなみにシャリアの新しい従兵機の名前は、ガウラックと名付けられた。
やがてフィー達一同は、モニイダス王国首都、デル・ニーダルまで戻って来た。流石に全員が疲労の色を滲ませている。かれらは翌朝にはもうデン王国のサグドルに戻る為の旅路につく予定だ。そのためハリアーは、疲れているにも関わらず、タサマドの所まで『杭』を手に入れた報告と、挨拶に赴く事にした。だが、ハリアーが驚いた事に、クーガも彼女に付いて来ると言う。ハリアーは怪訝に思ったが、了承した。
聖刻教会の教会に行く途中、クーガはハリアーに話し掛けてきた。
「少々聞きたい事がある。」
「なんでしょうか、クーガ?」
「此度の件で、君は何か神の啓示を受けなかったのか?」
真正面から切り込んできたクーガに、ハリアーは驚きの表情を返した。だが、その事自体がはっきりとした返事になってしまっている。ハリアーは、あらためて首肯した。
「はい、ありました。僧正様からお話を聞いた後の夜ですが。私は夢を見たのです。8人の光り輝く人影の夢を。そして私は見ました。この西方南部域に散らばる、8つの禍々しい光を。あれこそが、宝珠『オルブ・ザアルディア』の場所を表しているに違いありません。
そして私は命を受けました。この西方を滅ぼす、『意志ある力』を倒せ、と。その意志ある力とは、おそらくは8つの『オルブ・ザアルディア』に宿っているに違いありません。」
「そうか……。君は『探索』を授かったのだな。」
「はい。」
『探索』とは、神がその僕である僧侶に与える使命の事だ。この使命に成功する事で、僧侶は奇跡の力を振るう権限を神から授かる事になる。クーガはしばらく無言だったが、徐に口を開いた。
「よく話してくれた。ならば私は、君に協力しよう。」
「クーガ……。」
「何、おそらくはどこか『上』の方で、私の運命や目的もまた、君の使命、君の『探索』に関わる様に操作されている可能性がある。君の助けになる様に、ね。
運命に流されるつもりは毛頭ないが、だからと言って、変な方向に向かって逆らうつもりも無い。私は最善と思われる道を、選び続けるだけだ。それが君を助ける事になると言うのならば、文句は無い。」
ハリアーは感極まった様子で、立ち尽くしていた。そんな彼女を、少し先に行っていたクーガが振り向く。彼は尋ねた。
「……どうかしたかね、ハリアー。」
「クーガ、ありがとうございます。」
「何、礼を言われるほどの事は無い。言ったはずだ。私は最善と思われる道を、選び続けるだけだ、と。」
「それでも、です。ありがとうございます、クーガ。」
クーガは、前へと向き直ると歩きだした。照れているのかも知れない。だが彼の顔はいつも通り無表情であり、本当にそうなのかは分からなかった。
ハリアーは小走りに急いで、クーガに追いつく。2人は無言で、道を歩き続けた。
あとがき
いよいよハリアーに、『探索』が与えられました。この『探索』とは、ワースブレイドをよく御存知の方なら知っていると思うのですが、神(ハリアーの場合、八聖者)より僧侶に与えられた聖なる使命の事です。ちなみにこれを果たした場合、僧侶は『奇跡』を起こす力(招霊衡法や気功法の事ではない、本当の奇跡です)を与えられます。ただその分、使命の難度もかなりの物なのですが。
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