「集う仮面達」
「…まーったくよー、こんな所に何の用があるんだ…」
ブラガは苛々を押さえきれぬ様子で呟いた。
その割に、ブラガの足取りには不安は無い。
一行の先頭に立って、周囲に注意を払いながら慎重に獣道を掻き分けて行く。
「くそ、今にも降ってきそうじゃねえか」
ブラガの言うとおり、空は一面の曇天で空気も湿っぽかった。
「…何のために来たかは、聞かされたじゃないですか、このあたりの地形を絵図面に起こすためですよ」
ブラガが振り返ると、彼のすぐ後ろを付いてきていた絵師のフィーが暗い顔をしていた。
「そう言ってる割にゃ、おめえも顔色が悪いぜ…何か心配事でもあんのか?この仕事が終われば俺は無罪放免、おめえも報酬が貰える上、本来の人物画でジャクオーウァのお貴族様に雇ってもらえるよう口効いてもらえるんだろ?」
そう言いつつ、ブラガの口調はそれを信じていないようだった。
「あなたも気付いてるんじゃ無いですか?…ニラデル地域がジャクオーウァ国とブイグ商王国とで取り合いをしてる土地だって事。そんな所の地形図を作らされるんですよ?けど、僕等に選択の余地はありませんでしたけどね…下手に断ったら、切られてましたよ」
溜息混じりに吐き捨てるフィー。
ブラガは怪訝に思った。
情報に敏い手練士−手練士とは盗賊の別の呼び方である−であるブラガでさえ、そこまで細かい事は考えていなかった。
ただ単に、ブラガ達に命令してきた偉そうな奴らの様子に、どうにもうさんくさい物を感じたまでである。
だがこのまだ10代にしか見えない若造は、社会情勢まで交えて状況を分析して見せた。
普通の庶民は食って行くことが第一で、社会情勢などに気を回す余裕など無いのである。
(…こいつ、上のやつらが監視役につけてきた兵士か何かじゃねえだろうな?…いや、違うな…こいつの不満そうな顔は本物だし、こいつ本当に貧乏人だ。だとすると…)
「なにブツクサ喋ってんのよ!このコソ泥が!さっさと先に立って歩きなさいよ!」
黄色い声がブラガの思考を遮る。
ブラガとフィーが溜息をつきながらそちらを見る。
声の主は、まだ少女と言っていい年頃の娘だった。
が、よく見ると二の腕にはしっかりと筋肉がついており、身のこなしも正式な戦闘訓練を受けた人間のものだ。
きわめつけに、少女は板金の入った重厚な皮鎧を着込み、兜を被り、長剣と小剣を腰に佩いていた。
「…うっせえ、少し静かな声でしゃべれ。たしかシャリアとか言ったな…剣の腕はどうかしらんが頭の中身は空っぽか?」
「な…何よ!!あんたコソ泥の分際で!!」
険悪な雰囲気になったブラガとシャリアに、あわててフィーが割ってはいる。
「や、やめてください二人とも!シャリア、ブラガさんが言ってるのはもうちょっと用心しろって事ですよ。ここはニラデルです。拓けた土地じゃありませんし、沼地、荒地が多いんです。どんな怪物がいるか分からないんですよ。だから喋るときも声を抑えて下さいって事ですよ」
「…付け加えて言えば、そんな動きを束縛するような重装備はどうかと思うがね。こういった原生林、沼地、荒地の続く地形ならもちっと軽い…皮鎧か皮チョッキぐらいにした方がよかったな…」
「……!!!」
シャリアは怒りで顔を真っ赤にしていたが、しかし彼らの言う事が正しいのも分かるので、返す言葉がない。
プイと横を向いて押し黙ってしまった。
「…やれやれ…あの小娘は全然わかってねえな…今俺達がどんなにヤバい状況かって…上のやつらにどんな思惑があるかは知らんが、使い捨ての道具として放り出されたってのに」
一行は再び歩き出した。
藪漕ぎしながら、周囲に気を配りながらのため、歩みは遅々として進まない。
それに、ところどころで休息し、フィーが地形図を描きながらだからこれもまた遅くなる原因である。
そのうちに日が暮れてきた。
一行は今夜の野営場所を決めた。
そこは原生林の中で少しだけ開けた場所で、そこに彼らは天幕を張った。
「…ちょっと待ってろ、俺が何か獲物を探してくる。その間に火を起こしておけ」
ブラガはつい、と出て行ってしまった。
「何よ、まだ食料はたっぷりあるじゃない」
「いや、いつまで時間がかかるかまったくわかりませんからね。だから、保存食料はできるだけ確保しておこうという心積もりなんでしょう…火を起こしておきますから、さきほど渡った小川で水を汲んできてもらえますか」
「わかったわよ」
フィーは手近で乾いた枯れ木を集めて回った。
人の手が入っていないため、簡単に大量の薪を手にいれる事が出来た。
その辺りの岩で急ごしらえの竈を作り、そこで火をつける。
そのとき、後で物音がした。
(シャリアか?ブラガさん?)
フィーはそっと後を見た。
そこには、大きな牙を生やした毛むくじゃらの獣がいた。
そいつは一瞬で飛びかかってきた。
「うわっ!」
初撃をぎりぎりでかわしたフィーは、竈から燃えさしを取るとそいつに突き付けた。
その獣は牙を突き出して威嚇する。
そいつの大きさはフィーの半分ちょっとだが、フィーにはずっと巨大に見えた。
獣はフィーの隙をうかがいつつ、フィーの回りをぐるぐると回った。
「だ、誰か!シャリア!ブラガさん!」
その時、急に獣の動きが鈍った。
なにか身体がうごかない様だ。
誰かが叫んだ。
「今だ、殴りつけろ!」
身体が反射的に動いた。
フィーは、燃えさしを獣の頭めがけて振り下ろした。
獣は魂消るような叫びを上げて逃走した。
フィーは安堵のあまり、しゃがみこんでしまった。
「…無事かね?」
声のした方を見ると、そこに見なれない男が立っていた。
年の頃は30前後だろうか。
「あ、あなたは?」
「私は旅の者だ…少々後暗い所があるので街道ではなくこんな所を通っているがね」
フィーは目を見張った。
自分で自分を後暗いなどという人間は初めてだった。
「あ、あ…有難う御座いました、俺はフィーといいます」
「クーガだ。私は何もしていない。声をかけただけだ」
「いえ、それでも助かりました。身体が竦んで、何をしていいのか分からなくなっていましたから」
フィーはあらためてクーガを見た。
軽装の皮鎧がまったく似合っていない、どちらかと言えば学者のような男だ。
顔は能面のようで、表情に乏しい。
そのときシャリアが戻ってきた。
「あんたっ!何者!?」
クーガにいきなり剣を突き付ける。
「わあああっ!シャリア、その人は!」
「…なんかうさんくさい男ね。コソ泥ブラガといい勝負だわ」
シャリアは警戒を解かない。
もっともクーガもまったく気にしていないようだ。
間にはさまれたフィーだけが肩身の狭い思いをしている。
「はは、ブラガさん遅いですねえ…」
「きっと何も獲物が獲れなかったんで恥ずかしいんでしょ」
「言ってくれるじゃねえか」
その後からブラガが気配もさせず現れる。
「きゃ!な、何よ!いるならいるって言えばいいじゃ…」
「静かにしろ、怪我人を拾ったんだ…そっちにもお客がいるな?」
見ると、ブラガは人間を一人背負っていた。
体力の余り無いブラガにはつらそうである。
「あ、こちらの人はクーガさんです。俺が獣…牙獣っていうんでしたっけ?に襲われたところを助けてくださったんですよ。なんていうのか…なんか後暗い所があるそうで、街道を通りたく無いって話で…それでこんな所を…」
「…ふうん…それよりコッチの小娘をどうにかしてくんねえか。おいシャリア、男が手当てするわけにもいかんだろ。おまえ天幕の中で手当てしてやれよ」
ブラガは油断なくクーガを値踏みする。
クーガは我関せず、と言った風情だったが、ブラガが下ろした女を見ると、一寸眉を動かした。
ほんの僅かな物ではあったが。
「なんだ、あんたこの小娘知ってるのか?」
クーガは答える。
「…その女はハリアーという。私をずっと付けまわしている女だ」
その言葉にシャリアが突如切れた。
「何!?あんたこのひとから逃げてるの!?あんたがこのひと騙したんでしょ!そうよ、そういう顔だわ!女騙して逃げるなんて最低よ!」
「わ、わああっ!シャリア落ちついてくれっ!誰もそんな事言って無いじゃないか!」
「そうだそうだ、勝手に頭ん中で自己完結して決めつけるんじゃねえよ。第一、さっきも言わなかったか?化け物や獣を刺激しないように、あまり騒ぐなってな。…それに、一刻もはやく手当てしてやった方がいいと思うがな」
その台詞にシャリアは顔を紅潮させると、女…ハリアーをブラガから軽々と受け取ると、天幕の中に消えた。
フィーとブラガは一緒に溜息をつくと、クーガの方を向いた。
「…しかし、本当の所あんたは何やったんだ?いや、言いたくなけりゃいいけどよ…あの女に付けまわされてるって言ったよな…こっちにも色々込み入った事情があるんでな、できりゃ聞かせて欲しい。そうじゃねえと、安心できねえんだ。」
「すまないが、話すわけにはいかん。こちらにも込み入った事情があるのでな。だが、ハリアーが私を付けまわすのは、あの女の信仰故だ」
フィーが驚いた声を上げる。
「信仰!?あのひと僧侶なんですか!?ペガンズの!?」
ペガンズとは、このアハーン大陸西方で広く信仰されている宗教である。
神聖ペガーナと聖拝ペガーナの二大宗派と、その他の小宗派に分派しており、他の宗教はおろか自分達の宗派間でも熾烈な争いを繰り広げている。
ちなみに、ここ西方南部地域で信仰されているのは聖拝ペガーナである。
だが、クーガは首を横に振った。
「いや、ハリアーは聖刻教徒だ。どうも、私を放っておくと人々に多大な迷惑をかけるに違いない、と信じているらしい。迷惑な話だ」
「せ、聖刻教ですかあ?」
フィーは嫌そうな顔をした。
フィーの信仰するペガンズ…フィーは聖拝ペガーナと呼ばれる比較的穏健な宗派だが…は異教徒を嫌う。
これが、西方北部で主に信仰されている神聖ペガーナだと、異教徒、異端者は即刻火あぶりにさえなってしまうくらいである。
ちなみに聖刻教は、アハーン大陸の反対側、東方地域で信仰されている、規模的にはペガンズと並ぶ巨大宗教である。
聖刻教はここ西方にも足がかりを持っており、ごく少数ではあるが入りこんできているのだ。
「聖刻教?知らねえなあ…ま、話してくれねえのはしかたねえ…か。ま、こっちもうさんくせえのは一緒だしな。まず飯にしようぜ。めんどくせえ話は食ってからだ。鳥をつかまえたから、これを焼いて食おう」
「?…この鳥はダメだ。残念だが内臓に毒がある…さほど強い毒では無いが。残りの鳥は大丈夫だ」
「ゲ…本当か?助かったな、ありがとよ。クーガだったな」
「…すいませんね、見張りにまで立ってもらっちゃって」
「気にするな。私も君達と一緒にいた方が安全だからな。こんな原生林の中では何が起こるか分からん」
フィーとクーガは一番手で見張りの当直についていた。
さすがにブラガもクーガを信用したわけではなく、一人で見張りをさせるつもりが無かったので、同じく一人で見張りをさせるには頼りないフィーと組ませたのだ。
クーガはその事に気付いているのかいないのか、顔に表情があまり出ないのでまったくわからない。
フィーはクーガに尋ねた。
「クーガさん、俺達に何も聞かないんですか?」
「?」
クーガは怪訝な顔をした…のだろう。
多少眉が動いた程度だが。
「いえ、俺達がこんな場所に来てる事についてですよ」
「君達にも事情があるのだろう。私の方が何も話さぬのに、君達の事情を聞くつもりも無いとも」
(できた人間だな)
そうフィーは思った。
それとも、周囲の事にあまり関心が無いのだろうか。
フィーは、なんとなくそんな気もした。
浮世ばなれした感触もあるし、どちらかといえばさっきのハリアーという娘よりよほど聖職者のように見える。
もっともハリアーは気を失っていて、一言も口を利いていないので、話せばまた印象が変わるのかもしれないが。
「ふう…いや、やっぱり聞いてもらえませんか?俺達がこんな所に来た理由についてです。なんとなく誰かに聞いてもらいたいんですよ」
フィーは、このクーガという男が信用できるように感じた。
クーガが頷いたのを見ると、フィーは話し出した。
「最初はジャクオーウァ国の首都、ジャクエンだったんですよ。そこで、街中で肖像描きをやって日銭を稼いでいたんです。そうしたら、みなりの良い男に声をかけられましてね。で、半分無理矢理脅されて、ニラデルの地形図を描いてくるように言われたんです。で、護衛にあの傭兵のお嬢ちゃん…シャリアっていうんですがね…あと、ジャクエンで盗みを働いて捕縛されたブラガさんが道案内…ってのも変か…まあ盗賊、いけねっ手練士だ、ですからそういった仕事には向いてるだろうってことで。でも、ニラデル地域って言ったら、ブイグ商王国とジャクオーウァ国で取り合ってる土地でしょ?そのために度々紛争が起きてるくらいだし。そんな所の地形図描いて来いなんて、まともな仕事じゃないですよ。戦争の準備じゃないですか。きっとジャクエンに戻ったら、報酬どころか戦争が実際に始まるまでどっかに幽閉でも…シャリアは分かって無いみたいですけどね」
「君達は本当に分かっているのかな?」
「は?」
フィーはクーガの問いに戸惑った。
「お、俺の考えに何か…間違いでも?」
「本当に戦争準備だとしたら、それ専門の働きをする間者が動くはずだ。君達のような素人を使って失敗する可能性を高める意味は無いな。間者を使うとなれば確かに高くつくが、国家予算と比すれば雀の涙でしか無い」
それは当然のことであろう。
クーガの言う事は完全に正しい。
だが、このような場所の地形図を作らされるというのは、戦争準備以外のなんだと言うのだろう。
フィーには分からなかった。
「君達の知らない…たぶん知らないであろう情報がある。ジャクオーウァ国とブイグ商王国とは、それぞれの後ろ盾である大国、ダングス公王朝とシャルク法王国の仲立ちで平和条約を結んだ。ほんの数日前の事だ。それに伴い、ニラデル地域は人の出入りが禁じられた。私がニラデルの原生林に入るわずか前に聞きこんだ話だ。にも関わらず、君達はここに入ってきている…ジャクオーウァの手引きがあったのだから、あたりまえなのだろうが」
焚き火に照らされたクーガの横顔は、何かとても無気味に見えた。
クーガは少々考えこんだのか、ちょっとの間黙り込んだ。
「…私は、ニラデル地域で狩りをする狩人に金を払って侵入できる場所を教えてもらったのだがね。だが君達の場合は…ふむ…今の時期ここニラデル地域に、認められた一部軍人以外の人間が見つかったら、どちらかの国の密偵として始末されてしまっても仕方が無いな。更にその人間がもし明らかな密偵の証拠…詳細な地形図とか、ジャクオーウァ国の手先である証拠の品とかを持っていれば、それを口実に両国間の平和条約もご破算にすることも出来なくは無い。両国のタカ派どもが大喜びだな。更に、その原因を作ったジャクオーウァ国への、シャルク・ダングスの両大国の風当たりも強くなるだろう。それらの国から見れば、せっかくお膳立てして条約を結ばせたのに、面子を潰されたという事になるからな。…もっとも、今言ったのは私の勝手な想像でしか無いが」
フィーの顔は蒼白く染まった。
「も、もしそれが本当なら、俺達はそんな陰謀の駒として使い捨てにされるって事ですか!?そんなのはもう御免だ!」
(もう御免だ?)
クーガはフィーの台詞の一部が一寸気になった。
だがクーガは詮索するつもりは無かった。
「落ちつきたまえ。そうと決まったわけではない。それに私の勝手な想像だと言ったはずだ。だが、私が君の立場であれば即刻ニラデル地域から退去して、逃亡するがね。ジャクオーウァでもブイグでもなく、他の国へね。ところで、君達に命令した人間は、君達の通る道筋を知っているのかね?」
「は、はい…」
「ふむ…皆を叩き起こしたまえ。危険だが夜が開けぬうちに移動した方がいい。ここからだとジャクオーウァが一番近いが…ダングス方面かシャルク方面へ逃走するべきだな」
フィーはあわてて天幕の方に駆け出した。
夜が開けた。
空は相変わらずの曇天。
一行はダングス方面に逃走すべく、夜中から歩きづめだった。
「…もう嫌よ!なんで逃げなくちゃならないのよ!?このままじゃ報酬も貰えないじゃないの!」
急流の淵に来たとき、一番遅れているシャリアが叫んだ。
シャリアは昨夜の話し合いでも、最後まで逃げる事に反対していた。
フィーとブラガが二人とも逃げる事を選び、地形図を描くフィーがいなくては仕事を完遂できず、原生林の中でブラガに置いていかれては行き倒れるしか無いので、仕方無しに付いて来る事を了承したのだ。
けっして彼らの意見に納得したわけではないのだ。
「なら来なくてもいいんだぜ」
「ブラガさん、そんなこと言わずに…クーガさん、そろそろ交代しましょうか?」
フィーの言葉にクーガは首を振る。
クーガは、いまだ意識を取り戻さないハリアーをおぶっていた。
「ハリアーの事は私の責任では無いだろうが、かといって全く責任が無いわけでも無い。君達には更に責任は無い」
そう言って、クーガはハリアーを自分で運ぶと主張したのだ。
「…クーガ、おめぇ何で俺達と来るんだ?この場合、自分だけで逃げた方が安全じゃねぇか?」
藪漕ぎをしながらブラガが尋ねた。
「いや、少なくともニラデルの原生林から脱出するまでは、大勢でいた方が安全だからね…私は獣や怪物にも多少は詳しいし、君達の方にも得だと思うが」
その時、ブラガは何かに気付いた。
後方で、鳥が一斉に飛び立ったのだ。
怪音も聞こえる。
「なんだ?なんか化け物でも出たか?」
このあたりには四手熊と言われる、通常の熊よりも何倍も大きな四本腕の強力な怪物も生息しているはずである。
それが出たら、この面々では逃げるしか手は無い。
「ふん!何をびびってるのよ!生半可な怪物ぐらいならあたしが」
「違います…怪物よりも、ずっと厄介な相手ですよ…」
フィーの顔面は蒼白になっていた。
やや遅れて、クーガも相手の正体に気付いた。
「…なるほど…厄介な相手、だな…」
「な、何よ何よ!なんだって言うのよ!」
フィーが答える。
「操兵ですよ」
操兵…それはアハーン大陸における最強兵器である。
身の丈は1〜2リート(4〜8m)におよび、分厚い甲冑で身を守った巨人兵士だ。
その腹腔内部に操手(操縦者)が乗りこみ、自由に操り闘う戦場の覇者だ。
「操兵が何よ!そんなもんがなんだって言うのよ!」
シャリアが咆える。
「莫迦かてめぇ!操兵見た事ねえのか!」
「無いわよ!だからどうだって言うのよ!」
操兵を見た事の無い人間はそう珍しく無い。
が、傭兵家業の人間で操兵を見た事のない人間はそれほど多くないはずだ。
シャリアは自分が駆け出しであることを自ら暴露してしまった。
「…こんの莫迦…」
その瞬間、林を巨大な剣で切り裂いて、青い巨体が現れた。
「あの機体は…確か…」
クーガがその操兵の事を思い出そうとしたとき誰かが叫んだ。
「馬鹿な!ジッセーグ・マゴッツだって!?」
(!?)
クーガがそちらを見ると、叫んだのはフィーだった。
「そ、そんな馬鹿な…西方北部では既に一般的な普及機だけど、南部ではほとんど無い新鋭機種なのに…単純な能力比較なら、性能的にはソーダルアイン連邦の旗操兵モルジ・リグに匹敵する強力機が」
旗操兵とは、一国の軍隊の象徴とも言うべき強力な操兵である。
(だが、何故ただの絵師であるはずのこの男がそのような知識を?旗操兵の具体的性能など、知っている人間はそう多くないはず)
クーガは不審に思った。
その時、背中で動く気配がした。
「う…ううん…え?」
「ようやく目が覚めたか。だったら私の背中から降りてくれ」
ハリアーは、一瞬状況がわからない様だったが、自分が追っていた相手の背中におぶさっている事に気付くと、悲鳴を上げた。
「きゃあああああぁぁぁぁっ!!!???わ、わたしを降ろしなさい!はやく降ろさないと…」
「だから降りてくれと言っている。今絶体絶命の窮地なのだ」
『…貴様等、ここニラデルは封鎖されておるのを承知で入ってきおったな。さてはいずこかの間者であろう。神妙にいたせ。』
ジッセーグ・マゴッツが低い音程の、しかし大きな声で喋った。
操兵を初めて見たシャリアは唖然として声も出ない。
ブラガは周囲を見まわして、逃げ場を捜していた。
(この急流に飛びこめばなんとかなるか?あの倒木にしがみつけばなんとか…)
しかし、フィーは別の事に気を取られていた。
「あ、あんた!俺達に仕事を押し付けたザイグとかいう人でしょう!その操兵に乗ってるのは、あんたなんでしょう!?」
それに驚いたのはシャリアだった。
「え!嘘!?ぜんぜん声が違うじゃない!」
「操兵の操手槽にある拡声器を通した声は、あんなふうになって聞こえるんです!あれに乗ってるのは、あのザイグって奴に間違い無いですよ!」
そのフィーの様子をクーガが見つめていた。
そのクーガにハリアーが尋ねる。
「な、何があったんですか!?何故あなたが私を背負って!?それにあの操兵は!?あなたまた何かやったんですか!?この人達はいったい誰なんです!?」
「静かにしてくれないか。後でいくらでも説明する。今はこの窮地を脱しないと」
そう言って、クーガは足もとの砂を一掴み掬い上げた。
ジッセーグ…いや、それに乗っている男が喋った。
『ほほう…物知りだな、絵師よ。が、貴様等には気の毒だがここで死んでもらわねばならん…な、何っ!何だこの反応は!』
その時、突如ジッセーグの上半身が煙で覆われた。
操兵の視界が塞がれる。
クーガが何かを投擲した態勢で叫んだ。
「今のうちに、川へ飛びこめ!」
ブラガがシャリアとフィーを川へ突き落とし、ついで倒木に駆け寄る。
「クーガぁ!手伝え!」
二人掛りで倒木を急流に落とす。
一瞬呆然としていたフィーだが、鎧の重さで沈みかけたシャリアを見てあわてて引き上げ、倒木にしがみつかせる。
その上からブラガと、ハリアーを抱えたクーガが飛びこんでくる。
一行は木にしがみついたまま急流を流されて行った。
『くそっ!逃がしたか!…まあいい、どうせすぐ追いつける。それにこの先はなだらかな地形が多いはずだ。ならば私のジッセーグだけでなく、アルガーのアズ・キュートも使えるというもの。挟み撃ちにして、必ず殺してやる』
「ふう…事情はわかりました。本当にクーガ、あなたの仕業ではないのですね?」
事情を説明されたハリアーは溜息をついた。
事故にあい気絶して、目が覚めたらあの騒ぎである。
混乱して、最初はろくに話を聞こうともしなかったのだが、フィーとブラガが二人掛かりで説得し、ようやく納得したのだ。
「わかりました。どんな企みがあるのかは知りませんが、そんな非道な行為を見逃すわけには参りません。八聖者もきっとお怒りになられているに違いありません!私もみなさんのお手伝いをいたします!」
ちなみに八聖者とは聖刻教の開祖であるとともに聖刻教の神として奉られている存在である。
張りきって声を張り上げるハリアーにブラガがつっこみを入れた。
「そいつぁ助かるよ。なら最初の手伝いとして、ちょっと静かにしてもらえねえか?下手に騒ぐと怪物のたぐいが来るかもしれんし、そうでなくても鳥とかがここいらからバーっと飛び立ったりすれば、俺達がここにいるのが、あの操兵の奴にバレバレだ」
赤面して黙り込むハリアー。
思わずフィーは笑みをもらした。
「まあ、そんなに気にしないでくださいよ。それよりも、これからどうするか皆で考えましょう…あれ?シャリア?」
シャリアは膝を抱えて座りこんでいた。
そうとう落ちこんでいるようだ。
フィーはシャリアを元気づけようと声をかけた。
「シャリア、落ちこむなよ。そりゃあ、気持ちはわからなくも無いけれど、ここを乗り切らなくちゃそれこそどうしようも…」
「あんたにあたしの気持ちなんてわからないわよ!!」
怒声に驚いて、一斉にあたりから鳥が飛び立つ。
ブラガは頭をかかえた。
「莫迦かおまえは…今こっちの嬢ちゃんに同じ事言ったばっかりだろうが。もし近くに奴がいたら、こっちの場所が…」
だがシャリアは抱えた膝に顔を埋めて、ブラガを無視する。
やがてその肩が小刻みに震えだす。
「お、おい…」
「シャリア?」
そのうちに、聞き間違えようのない嗚咽がシャリアの喉から漏れ出した。
フィーもブラガもどうして良いかわからずにうろたえる。
付き合いは浅く、まだその人柄をよく知っているわけではなかったが、シャリアが泣き出すなど想像もしていなかったのだ。
「うえっ…ひっく…もう駄目だ…もうお金送ってあげられないよぉ義父さん…義母さん…えっえっ…ひぐ…間に合わないよぉ…」
ハリアーは突然のことに驚いて右往左往していた。
そこへ後から肩を押すものがいた。
振り返ると、それはクーガだった。
クーガは低い声で言った。
「君の役目だろう。行きなさい」
ハリアーは驚いた。
クーガがこのような事を言うとは想像もしていなかったのだ。
ハリアーは、だが頷くとシャリアに近づき、その頭を抱きかかえた。
「…シャリアさん、話して…下さいませんか?何かお力になれるかもしれませんし、そうでなくても誰かに話せば少しは気持ちが安らぐものです」
ハリアーは、シャリアの背中を掌でやさしく叩き、頭を撫でつづけた。
そのうちにシャリアの嗚咽は小さくなり、消えて行った。
そしてシャリアはぽつりぽつりと話し始めた。
「…あたしは…昔親が死んじゃって…今の義父さん義母さんにひきとってもらったんだ。義父さん達、子供に恵まれなかったから…それで義父さん達は、同じような子供達をたくさん引き取って育ててたんだ。昔はけっこう裕福らしかったんだけど、そんな事してるから今じゃけっこう貧乏になっちゃって…。あたしは大きくなったから、自分で稼いで…昔っから腕っ節は強かったから、近くの引退した兵隊さんに剣術習って…それで、家にお金を送ってたんだ。だけど…義弟のジールが病気になっちゃって…その病気を癒すために義父さん義母さん大枚の借金して…高い薬のおかげでジールはなおったんだけど、借金返さないと…義父さんに最後に残った家を取られちゃうんだ。そうなったら…。義父さん義母さんはあたしに内緒にしてたけど、一番上の義妹が…ミリカっていうんだけど、あたしが下宿してた所に手紙で知らせてくれたんだ…。来月までに1000ゴルダ払わないと…」
「そうだったのか…1000ゴルダって言ったら、例の仕事の報酬分だったよね。」
シャリアはフィーの言葉に頷く。
「うん…だから、この仕事はなんとかしたかったんだ。あんたたちが逃げ出したとき、本当は後から何としてでも説得して…駄目だったら腕ずくでも…仕事に戻らせるつもりだったんだ。…だけど…あの青い操兵に乗ってた奴、あたしたちに死ねって言ってた…。お金払うつもりなんか無かったんだ。…ごめんねフィー、ごめんねブラガ…」
「な、なんで謝るんだい?」
「だって…あたし、やっきになって色々…迷惑かけたし…」
フィーもブラガも、シャリアがしおらしいのを見て、ひどく驚いた。
しかし、ここで動揺を見せるわけにもいくまい。
「気にして無いよ、そうでしょ?ブラガさん」
「お、おおう…は、ははは。んな事気にすんなってばよ。そ、それにだなあ、来月まではまだ少しは時間があるじゃねぇか。なんだったらダングスへ逃げたらそこで適当な貴族の屋敷…は警戒が厳しいから、別荘あたりが狙い目だな。ちょっと"仕事"すりゃ1000や10000なんて…」
「は?どんなお仕事ですか?」
ハリアーが聞きとがめる。
まだハリアーはブラガが手練士…盗賊である事を知らない。
「あ、いや何でもねえよ!さ、気を取りなおして行こうぜ!ん?」
見ると、クーガが何か考えこんでいた。
「…クーガ、何を深刻な顔してるんです?」
ハリアーが聞いた。
フィー、ブラガ、シャリアにはクーガの顔が深刻なのか、そうでないのかがさっぱり分からない。
ほとんど無表情で、いつも深刻に見えるし、そうでなくも見えるのだ。
昔からクーガを追いかけており一番付き合いの長いハリアーの言う事なら、きっとそうなのだろう。
クーガは顔を上げた。
「諸君、何故奴は我々…というか、君等のいる場所がわかったのだ?我々は、奴等の意図が尋常な物で無いと看破し、奴等の知っていた予定の進路を大きく外れてダングスへ逃げこもうとしたのだ。だが、あの時奴のジッセーグ・マゴッツは確実に我々を追尾していた。しかも、奴が出現した場所からまっすぐに我々の方へ向かってきたのだ。間には森林があって、我々を直接視認できなかったのにだ。」
面々はクーガの指摘にはっとした。
確かに、あの時ジッセーグ・マゴッツは一直線に自分達の方へ向かってきた。
「諸君、あのザイグという男から何か貰わなかったか?たとえば前金として変わった宝石を貰ったとか、装備品を借りたとか」
ナイフ、天幕、調理器具、手斧等など…。
一同は、目の前に心当たりの物を並べた。
クーガは一つ一つ、それを調べて行く。
が、目的の物は見つからなかったようだ。
クーガは、ハリアーに向き直った。
「ハリアー、聖霊の秘術を使って欲しい。僧侶の使う術には、魔力のある品を見つけ出すものがあったはずだな」
それを聞いたハリアーは、あわててクーガを木陰に引きずって行くと耳打ちした。
「クーガ!なにを考えてるんです!確かにその術はありますが、それは私の指が強い魔力を発しているものを勝手に指差してしまうと言うものですよ!あなたを指差してしまうのが落ちですよ!あなた、正体がばれたいんですか!?火あぶりになっちゃうかもしれませんよ!?」
「その危険もあるが、おそらくそうはならない。私の考えが正しければな。やってくれハリアー」
ハリアーは、怪訝な顔の一同の前に戻ると、印を組み朗々と祈念の詠唱を始めた。
しばらくすると、ハリアーの右手の指にかすかな明りが灯り、その指がフィーを指差した。
おどろいてフィーが動くと、それに従いハリアーの右手も動いて行く。
「おいフィー、お前のえりを指差して無いか?」
ブラガの言葉通り、ハリアーの指先はフィーのえりくびを指差している。
クーガはフィーのえりを探った。
「…あったね。これだ」
クーガはフィーのえりの裏からボタンのような物をつまみだした。
それは何の変哲も無い貝殻から作ったボタンのように見えた。
しかし、それが魔力を発しているのは間違いの無い事なのだ。
「な、なんだ?そいつは…」
ブラガの問いに答えたのは、やはりクーガ。
「これはちょっとした粧練物…要するに、妖術の産物だ。これには他に、これと対になるもう一枚のボタンがある。これは他には何の働きもしないし、寿命も短いのだが…これを君に、もう一枚を操兵の感応石にでも付けておけば、かなり遠く離れていても君のいる方向…近くにいれば具体的な場所までわかる、という代物だ」
「か、感応石?」
ブラガには何の事だかわからなかったようだ。
フィーがそれに答える。
「感応石って言うのは、操兵の中に据え付けてある黒水晶で、魔力の力を映し出すようになってるんですよ。操兵も魔力で動いてますから、たいていは他の操兵の場所を…隠れてないか、とか調べるために使うんですが」
「なるほど、そいつで俺達の場所を調べてたんだな!?かせよ!」
ブラガがクーガにつめよるが、クーガはひょいとかわす。
「駄目だ。これを壊したからと言って奴があきらめるとは思えん。それに、我々の大方の位置は知られているだろう。奴がこのあたりをしらみつぶしに捜せば、いつまでも見つからないわけにはいかんだろう。それよりは…」
「…おっと、そっから先は言わなくてもいいぜ。俺もなんとなく分かっちまった」
ブラガは不敵に笑みを浮かべた。
「ふむ、また動き出したか。好きなだけ逃げるがいい。いずれは終わりになるのだからな」
ザイグはジッセーグを反応のある方へ早足で歩かせた。
「あの絵師と盗人と小娘め、なかなか楽しませてくれるわい。だが、そろそろ美味な食事や風呂が恋しくなってきたしの。切り上げるかの…お?」
ジッセーグの前には、原生林がひらけて、ぽっかりと丸く切り取ったように草原が広がっていた。
反応はその草原の真ん中あたりからやってくる。
そちらを見ると、その辺りには何か岩のようなものが草の上に突き出していた。
「あの岩陰かの?」
ザイグはジッセーグをそちらに向かい歩き出させた。
拡声器を開き、怒鳴る。
『はっはっは、もう逃げられぬぞ!おとなしく我が手にかかるが良いわ!』
だが、一向に動きは無い。
ザイグが不審に思ったとき、ジッセーグの足元が沈んだ。
「ぬおっ!?」
ザイグは慌てて機体を立てなおそうとするが、既に操兵の膝まで地面に沈んでいる。
この草原は沼地だったのだ。
その泥の上に草が一面に生えていたのである。
人間ならばなんとか上を歩けるほどに固まってはいたが、操兵はとても無理な話だった。
ジッセーグは仰向けに転倒し、派手に泥の飛沫を上げた。
そのとき、操手槽の覗き穴から何かが飛びこんできた。
次の瞬間、それは炸裂して細かい煙状になり、操手槽を満たす。
ザイグは咳き込み、息ができなくなった。
あわてて扉を開き、機体外へ飛び出す。
息が苦しく、まともに動けない。
そこに何者かが切りかかってきた。
「覚悟しなさい!ザイグ!」
それはシャリアだった。
例のボタンをおとりにして、ここの沼地にザイグの操兵をおびき寄せたのだ。
「へっ!クーガの煙玉はよく効くなあ、おい!」
ブラガはボタンをもてあそびながら岩陰から姿をあらわす。
ザイグはシャリアの一撃目をからくもかわすと、腰の破斬剣を抜き放つ。
"煙玉"のせいで息が苦しく、うまく剣を操れない。
だが、それでもこのような駆け出しに負ける腕ではないはずだった。
右手で長剣、左手で小剣を操り、変幻自在の戦法を取るシャリアだが、まだまだザイグの敵ではない。
肩口から袈裟懸けに切り下ろす。
シャリアは真っ二つになる…はずだった。
だが、破斬剣の刃は何かに引っかかったかのように動きを止める。
確かに血がしぶき、鎖骨を叩き折ったが、そこまでで剣が止まってしまった。
「ば、ばかな…貴様"気"を使えるのか!?」
気闘法は、人間の身体に内在する"気"を呼吸法により導き出し、攻撃や防御に用いる戦闘術である。
これは本来は一部の宗派の僧侶が扱う術なのだが外部に流出し、今でもごくわずかだが宗教に関係ない使い手がいるのだ。
シャリアはこれを防御に用いたのである。
本来、ザイグの一撃はシャリアを二つにしてお釣りが来るほどであった。
だが、集中した"気"によりその斬撃をうけとめ、軽減したのである。
シャリアはザイグの注意がそれた一瞬を見逃さず、自由になる左手の小剣をザイグの首に埋め込んだ。
「ぐわあああああぁぁぁぁっ!」
「…っ!…ふうううう」
ザイグを倒すと、シャリアはしゃがみこんだ。
必死に耐えていたとは言え、充分な重傷を負っていたのである。
あわててハリアーが駆け寄り、傷に手を当てて必死に祈りを捧げる。
ほのかな温かい光がハリアーの掌から溢れ、シャリアの傷を癒してゆく。
「…へえ…僧侶の奇跡の術って、初めてみたよ…あ、さっきもやってたっけか。でも、やっぱり傷を治してもらう方が、らしいって感じがするよね」
「い、いえ…こんなのはただの"術"です。本当の"奇跡"っていうのは、全く別物なんです。次元が違います。あ、もう1回ぐらいなら術を使えると思います…ちょっと待ってて下さいね」
照れたハリアーは、もう一度術を使った。
なんとか折られた鎖骨もくっついた。
「…でも、ごめんなさいね。せっかくこんなにキレイなのに、肩に傷が残っちゃって。聖霊の秘術を使っても、傷が治るだけで、傷を消す事はできないんです。…でも、私がもっと修行を積んでれば、もっと薄い傷跡にすることもできたんでしょうけど…」
「き、キレイだなんて照れちゃうよ…お世辞はよしてよ…あんただって可愛いじゃない。15〜6歳ぐらいかな?」
その言葉にハリアーは悄然となる。
「あ、あの〜…私19なんですが…」
「ええ〜っ!?あたしより年上なの!?う、嘘〜!!!」
「…やれやれ、安心したら一気にかしましくなっちゃいましたね」
「それでかまわんだろう?あの年頃の小娘どもは、だいたいあんなもんだ。それよか俺ぁ、お前が心配だね。見たところまだ10代なのに、なんでそんなに老成してやがんだ」
フィーとブラガも安心したのか軽口を叩き合っている。
そんな彼等を尻目に、クーガはザイグの死体を調べていた。
特に書類や密書などの類は何も見つからない。
ふうと溜息をつき、クーガは術の結印を始めた。
自分の身体で手元を隠すようにし、小声で詠唱を行う。
しばらくすると、何か死体の上に視線をやって、小声で話し始めた。
その様子にハリアーが気付いた。
「何かありましたか?クーガ…どうかしたんですか?難しい顔をして」
そう言われても、フィー、ブラガ、シャリアにはクーガの表情はわからない。
多少眉をひそめていれば、何か気になっているのかな、程度には思うが。
「…まだ終わっていない」
クーガはそう言うと、ジッセーグの操手槽へ登った。
そして中を覗きこむ。
そのまましばらく動かなかった。
「…おい、終わっていないってどういうこった!」
「ここに来ればわかる」
皆がクーガのもとに駆けつけると、クーガは場所をどいて全員に操兵の感応石を見せた。
そこには黄色い光点が点滅していた。
その光点は、徐々に感応石の黒水晶の頂点へと近づいていた。
それを見たフィーの顔色が変わった。
「く、クーガさん!これは…」
「そうだ、もう一騎…いや、一台来る。おそらく、そこで死んでいる男の部下だ」
今一つ状況がわからなかった残りの面々も、その台詞を聞いて色めき立った。
「なんだと!?こんなのがもう一匹来るって言うのか!」
「いや、少なくともこいつよりはマシだろう。今度来るのは従兵機といって下級の操兵だ…人間がまともに戦って勝てる相手では無いのは確かだが」
「なんなのよ、その従兵機って!」
「従兵機っていうのは…操兵って言うのはこの機体のように首がついて人間みたいな形をした狩猟機っていう上位の機種と、箱に手足がついたような形をした従兵機っていう下位の機種にわけられるんです。狩猟機は一騎、二騎と数えるんですが、従兵機は一台、二台と数えます。そのくらい両者には強さに差があるんです」
ブラガは毒づいた。
「だけど、どうすんだよ。従兵機は俺も見たことあるけどよ。城壁を簡単にぶち壊せる代物だぜ。まともにやって勝てる相手じゃねえよ。罠ももう使えねえ。こんだけ泥が飛び散って、草のうわっつらがはげちまっちゃあ、ここが沼地だってあからさまにわかっちまう。第一、このデカブツがめりこんでるんだ、一目瞭然だぜ」
クーガは黙り込んだままだ。
何かを考えこんでいるらしい。
だが、クーガが考えを述べる前に、シャリアが叫んだ。
「わかったわ!あたしが戦うわ!」
ブラガは泡を食った。
「待て!待て!俺の言ってた事聞いて無いだろ!莫迦かおまえは!人間が罠も無しに太刀打ちできる相手じゃ…」
シャリアはふふん、と鼻で笑うと、言った。
「これを使えばいいのよ!」
顎で指し示したのは、ザイグの乗っていたジッセーグ・マゴッツ。
「あたしがこれに乗って戦うわよ。いい考えでしょ」
そう言うと、シャリアは操手槽の座席に飛び乗ろうとした。
「いかん!止めろハリアー!」
クーガが叫ぶ。
だが、シャリアの腕を掴んで止めたのはフィーだった。
「い、痛っ!な、何するのよフィー!」
傷の治りきっていない右肩を押さえて、シャリアはフィーに食って掛かった。
それを止めたのはクーガだった。
「死にたいならば止めないがな」
シャリアはクーガにも食って掛かる。
「な、何よ!あたしじゃ勝てないっていいたいわけ!?」
「それ以前の問題だ。君ではこの操兵を動かす事も出来ず、下手をすると操兵に取り憑かれて殺されてしまうぞ」
シャリアは思わずフィーの方を見た。
フィーは重々しく頷く。
「…操兵は、正しく訓練を受けた人間でなければ操る事は出来ない。それどころか、ちゃんと訓練を受けた人間でも、下手に技量の低い者が高位の機体に乗れば、精神を破壊されて廃人になったり、場合によってはそのまま死ぬこともあるのだ。君は操兵を見たことも無かったと言っていたな。そんな人間がいきなり狩猟機に乗りこもうなど、自殺行為だ」
シャリアは顔面蒼白になる。
「じゃ、じゃあ…どうするのよ!もうすぐ敵が来るんでしょ!あ、あんたはどうなのよクーガ!」
「私も駄目だ。私が学んだのは機種の分類、簡単な整備や点検のやり方、有名な機体の名前と能力…そういった所だ。操縦のやり方は学んでいない。…だが、乗れる人間がいないわけではない…そう思うのだがね、私は」
そう言ってクーガはフィーを見つめた。
フィーは頷き、口を開いた。
「…ええ、俺が乗ります。俺は乗れますから」
「経験は?」
「従兵機を10歳の頃から6年間」
「フィ、フィー?」
シャリアは何がなんだか分からない風情。
ブラガもハリアーも同様だ。
「狩猟機はこれがはじめてか。…すまない。こんな急場で無くば、詮索するつもりは毛頭無かったのだが」
「い、いえ…隠してたわけじゃありませんから…」
「ブラガ、頭によじ登って、操兵の仮面をはずしてきてくれないか?そっと、な」
ブラガは半信半疑で、ジッセーグ・マゴッツの顔に被せられている、素焼きのような仮面を外して降りてきた。
「おい…フィー、本当におまえコイツを動かせるのか?まあ…ただもんじゃ無いとはおもったけどよ」
「あ、はい…」
「ブラガ、仮面を私に渡してくれ。フィー、起動呪文の読み取りを手伝いたまえ。時間が無いぞ」
「…おい、ちゃんと元通り仮面を顔に被せたぞ。こんでこいつ、動くのか?」
ブラガが疑り深そうに尋ねる。
「そのはずだ。一応異常は無い。足を膝まで泥に突っ込んでいる他はな」
クーガが答える。
フィーは既に座席に座って、じっと待っている。
「フィー、起動呪文を使いたまえ」
「は、はい!」
フィーは指を組み、ゆっくりと印を結んで行く。
そして、小さな声で詠唱を行う。
これは操兵に搭乗するときの手続き…というよりは儀式である。
この呪文を知らない者は、操兵を動かす事はできない。
クーガとフィーは、操兵の仮面に描かれている文様からその呪文を読み取ったのである。
一通りの儀式が終了した。
その時、フィーが絶叫を上げた。
「うわあああああっ!」
顔中に脂汗を流し、必死で何かに耐えている。
そして、何かに向けて必死で訴えつづけていた。
「だっ!駄目だ!俺に…俺に従ええっ!ぐああああああっ!」
「クーガ!フィーが死んじゃう!死んじゃうよ!」
シャリアが訴える。
だがクーガは表情を動かさない。
「駄目だと思えば彼自身が諦めるだろう。そうで無い限り、こちらから手出しはできない。…しかし、従兵機に6年乗って訓練したと言ったから、充分だと思ったのだが。これだけ苦しむと言うのは…腕が鈍っていたのかもしれんな…だが安心したまえシャリア。フィーはもう大丈夫だ」
いつのまにかフィーの絶叫は止んでおり、息が荒いものの力強い笑みを浮かべていた。
フィーは操手槽の扉を閉めるとジッセーグを四つん這いにならせて、ゆっくりと泥の中から這い出した。
そして、これもゆっくりとジッセーグを立ちあがらせると、よろよろという風情で歩き出した。
「うおおおっ!やったやった!フィーの奴、うまいもんじゃねぇか!」
はしゃぐブラガ。
シャリアも手を叩いている。
だが、ハリアーは妙な顔をした。
「…何を浮かない顔してるんですクーガ?うまく行ったじゃないですか」
「いや、このままではフィーは負ける」
それを聞いて、シャリアが驚く。
「クーガ!あんたなんて縁起でも無いこと言うのよ!あんた言ったわよね、相手の操兵は下位の機種で…なんだっけ?ともかく格下だって!なのになんでフィーが負けるの!?」
クーガの答えはわかりやすかった。
「駄馬に乗った歴戦の勇士と、名馬に乗った新米下っ端兵士ではどちらが勝つと思う?つまりはそういう事だ。駄馬では勇士の実力を発揮出来ぬかもしれんが、名馬とて新米では扱い切れん。結局は腕の立つほうが勝つと言う事だ」
「そ、そんな!それじゃ、あんたそれが分かっててフィーを行かせたの!?」
「クーガ!あなたやっぱり…」
詰め寄るシャリアとハリアーを遮り、ブラガが尋ねる。
「…で?クーガ、お前さんの事だから何か考えてるんだろ?」
「当然だ。真正面からぶつかり合ってはフィーに勝ち目はまず無い。だが、フィーには我々の援護があるのだ。ほんのちょっと相手の気をそらすだけでも、フィーに勝ち目が出てくるだろう。特にシャリア、君は"気"を使えるのだろう?石ころにでも気を込めて、相手の操兵の"顔"を狙ってやれ。操兵の弱点は顔…あの仮面なのだ。私は回りこんで例の"煙玉"でも投げつけてやろう。相手に隙があれば、だがな」
フィーは、ザイグの部下…アルガーの乗る従兵機、アズ・キュートと相対していた。
アルガーは、最初フィーの乗るジッセーグ・マゴッツを見て、自分の主と思ったようだったが、フィーが不意を突いて切りかかった時、不幸にも剣先が木の幹にひっかかってしまい、当てる事ができなかった。
アルガーは、相手が自分の主人で無い事に気付き、誰何してきた。
『貴様、何者だ!その操兵をどこで手に入れた!それは我が主の操兵だぞ!』
フィーは千載一遇の機会を逃してしまった事に歯噛みしながら、再び剣を振り上げた。
アルガーのアズ・キュートは長大な鉄棍を振りまわし迫ってきた。
フィーは破斬剣で切りかかるが、アルガーのアズ・キュートは身軽にかわし、逆に鉄棍をジッセーグの胸板に叩きつける。
装甲の破片が飛び、フィーは凄まじい勢いで振り回された。
「ぐわあっ!」
フィーは操縦装置に胸をぶつけた。
肋骨がへしおれる音が骨を伝って耳に届く。
ジッセーグはよろめくが、自身の安定性で転倒は免れた。
しかしフィーは折れた肋骨が痛み、うまくジッセーグを操る事が出来なかった。
さらにアズ・キュートの攻撃が迫る。
だが、その瞬間アズの胸についている仮面に石が叩きつけられた。
『ぐわあっ!』
アルガーの苦痛の声が響く。
操兵と操手とは極めて深い繋がりを持つ。
操兵が感じた苦痛を操手が受ける事もあるのだ。
アルガーのアズは、蒸気を吹いて動きを止めた。
だが、フィーも肋骨の苦痛で身動きが取れない。
そのうちにアズ・キュートが再起動した。
フィーはその攻撃をぎりぎりでかわせた。
『お、おのれえええっ!』
アルガーは大きく鉄棍をふりかぶった。
次で決める気だ。
フィーは竦みあがった。
その瞬間、足の間に配置されていた感応石が眩い光を発した。
「な、なんだっ!?この反応はっ!」
次の瞬間、誰かの叫び声が聞こえた。
「今だ、切りつけろ!」
身体が反射的に動いた。
フィーは、ジッセーグの手に持たせた破斬剣をアズ・キュートめがけて振り下ろした。
その瞬間、アズ・キュートの動きが止まって見えた。
いや、実際に止まっていたのかもしれない。
鉄棍を振り上げた姿勢で、微動だにしていなかったように思える。
フィーの操兵が振るった剣は、見事にアズ・キュートを両断し、中の操手も真っ二つにしていた。
フィーはたまらず駐機姿勢をとらせると、座席にもたれて荒い息をついた。
外から声が聞こえた。
「無事かね?」
フィーは答えた。
「なんとか…だけど、肋骨折っちゃいました…声かけてくれたのクーガさんでしょ?おかげで助かりました」
「私は何もしていない。君の力あればこそだ」
フィーは笑った。
「あ、そうだ。あの従兵機…アズ・キュートの仮面を持っていきましょう。操兵鍛冶匠合に持っていけば、高値で買い取ってくれますよ、きっと。そうすれば、シャリアの家の借金もなんとかなるでしょう」
「既に、ブラガが取りに行ったよ。あれが金になると教えたら、あっという間に飛んでいった。」
フィーはまた笑った。
肋骨の骨折が痛んだ。
フィーはそれでも笑った。
映像板に、仲間達が駆け寄ってくるのが映った。
あとがき
このSSは私の処女作…というわけではありませんが、ほとんど処女作に近い作品です。
正直、ぜんぜん出来は良くありませんが、どうか読んで感想などいただければ幸いです。
彼らの冒険は、今後も続く予定ですが、次回更新はいつになるやら(汗)…まあ、がんばりますので、よろしくお願いします。
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