「光弾」


シナリオ:WEED
イラスト:CROSS

 ダニエルは、坑道の廊下で座り込みながら、にがにがしげに溜息をついた。
 その右足は大きく引き裂かれ、大量の血が流れ出していた。
「ちっ、TP切れだ…最後のトリメイトか…」
 ダニエルは真空パッケージを引き裂くと、使い捨ての圧力注射器で薬品を足
に注入した。
 ほとんど瞬時に、彼の傷口はあとかたもなく消え去る。
 再生したばかりのピンク色の皮膚が、そこに傷があった唯一のなごりだ。
「おい、センサーに反応がある。追ってきたみたいだぜ」
 長銃をかまえた男…ダニエルの相棒である、レンジャーのレイスが声をかける。
 栗色の頭を振って、ダニエルはパルチザンを支えにして立ち上がった。
「おう…くそ、奴め…いいかげんにあきらめろ」
「無理だろうな。奴は何が何でも俺たちを殺すつもりらしいからな」
 二人はこの場から逃れるべく、次の部屋へと足を踏み入れた。

 発端は、ギルドで受けたあるクエストだった。
 無許可でラグオルに降下し、行方不明になった人間の捜索依頼がギルドに舞い込んだのだ。
 ダニエルとレイスのコンビがそのクエストを受けた。
 二人はそこそこ歴戦のハンターズであったし、任務の条件も『捜索相手が死んでいた場合でも遺品さえ持ち帰れれば報酬は支払われる』という、比較的容易なものであったため、彼らは軽い気持ちでそのクエストを受けたのだ。
 ところが彼らは、そこでとんでもない秘密を知ってしまった。
 その人間の失踪に、悪名高い犯罪組織が関与していたのである。
 それは『ブラックペーパー』といった。
 そして彼らは、調査中にブラックペーパーの機密書類を…その一部を見てしまった。
 そこには、組織の背後に本星『フォーブ』政府があるという事実…というよりも、政府の非合法活動を一手に担っている部門が『ブラックペーパー』であるという事実が書かれていた。
 さらに、ブラックペーパーはハンターギルドにも数多くの配下を潜入させていたという事も、その書類には書かれていた。
 それらは、通常はハンターズとしての活動をしながらも、『上』からの指令を受けしだい冷酷な暗殺者や卑劣な盗賊へと姿を変えるのである。
 そして、そのクエストは失敗に終った。
 捜索相手の死亡は確認できたものの、遺体も遺品も持ち帰ることはできなかったのだ。
 その人間は、なんらかの生体実験に使われたあげく反応炉で骨も残らず分解されてしまったのだ。
 そしてそれ以来、彼らはところどころで命を狙われるようになった。
 相手は『骸(MUKURO)』と『屍(KABANE)』と呼ばれる二人組の暗殺者であると思われた。
 それがわかったのは、彼らが盗み見たあの資料に、彼らの概要が書かれていたからだ。
 狙った相手は何があろうと追いつめる、凄腕の暗殺者であるとのことだった。
 そして今、ダニエルとレイスは、クエストで降下した坑道で、その暗殺者に追いつめられようとしていたのだ。

「…確かに、奴ら自身の事を書いた資料を見られたとあっちゃ、俺たちを見逃すわけにはいかねぇだろうな」
 ダニエルは、自らが倒したギルチックの残骸を見下ろしながら言った。
 その部屋には、二人が倒したギルチックやカナディンの残骸が、無数に転がっていた。
 レイスは溜息をつきながら答える。
「だな。しかし、レンジャーの俺が言うのもなんだが…奴め、狙撃屋っぽい陰険な手段だ…」
 二人の暗殺者のうち、『屍』の方はレイキャスト(男性型アンドロイド・レンジャー)であることがわかっている。

 彼らは物陰からの狙撃に追い立てられるうち、坑道エリアに出現する機械系の敵が数多く出現する部屋へと誘導され、消耗をしいられていた。
 レイスはそのことを言ったらしい。
 だが、そのレイスの台詞に、ダニエルは疑問を感じた。
「『奴』?『奴ら』じゃぁねぇのか?」
「いや…どうも相手は一人っぽい…しかも、一瞬見えた姿はレイキャスト特有のカクカクした外形だ」
 レイスの説明に、ダニエルは考え込む。
「つまり…例の資料からすると敵は『屍』の方か。『骸』の方もレンジャーらしいが、レイキャストじゃあないらしいしな。人間かレイキャシール(女性型アンドロイド・レンジャー)かはわからんが」
 ふとダニエルがレイスの方を見ると、彼は無念そうにうつむいていた。
「どうした?」
 ダニエルの言葉に、レイスは悄然とした声で答える。
「…いや、俺は今日、本当にどうかしている。お前を支援するための射撃もワンテンポ遅れて、そのせいでお前は最後のトリメイトを無駄に使うはめになったろう。他にも、トラップを打ち落とすのに遅れるとか、この肝心なときに色々とミスを重ねた。パイオニア2に無事に戻れたとしても、このままじゃお前からコンビの解散を突きつけられそうだな」
 冗談めかして言ってはいるが、レイスはそのことを気にしているのか元気がなかった。
 それに対し、ダニエルも冗談めかして答えた。
 あまり深刻になっては相棒の負担になると思ってのことだ。
「ああ、そうならねぇように、今後はちゃんとやってくれや」
 笑いを浮かべながら、ダニエルは先へと歩き出した。

 二人は、パイオニア2への転送装置がある場所を目指して歩き続けた。
 本当なら、このような非常事態になった場合、テレパイプかリューカーで既に帰艦しているはずである。
 しかし、彼らにその手段は許されていなかった。
 最初、暗殺者『屍』の攻撃にさらされた直後、レイスがテレパイプを使用して脱出を図った。
 だが、そのテレパイプは一瞬ゲートを開いたが、すぐにゲートは消滅した。
 レイスは再びテレパイプを使用したが結果は変わらなかった。
 さらにリューカーのテクニックも用いたが、今度はゲートすら開かなかった。
 ダニエルも、『そのこと』に気づいた。
 パイオニア2へのテレポート・ゲートが何らかの方法で妨害されているのである。
 あわてて自分もリューカーを使ってみようとしたダニエルだったが、レイスがそれを制止した。
 帰艦できない以上、TPの無駄な消耗は危険になるばかりだというのが、その説明であった。
 そして彼らはテレポート・ゲートに頼らず、転送装置により帰艦すべく坑道を歩き続けていたのだ。
 だが、暗殺者『屍』の執拗な追撃やトラップ攻勢により、彼らは転送装置からはなれた場所へと追い込まれつつあった。
 更に、どんなに坑道をかけまわっても『屍』はきっちりと追尾してきていた。
 ダニエルは、持ち物に発信機でも仕掛けられたのではと思い、調べてみた。
 しかし、その形跡はまったく無かった。
「…このままじゃあ、ジリ貧だぜクソぉ。この広間は隠れる場所も無ぇし、相手の姿も見えるだろう。ここで逆に相手を待ち伏せしたらどうだ?」
 ダニエルは、苛立ちのあまり切れかけていた。
 レイスはそれを諌める。
「ダニエル、それは無理だ…奴はこういった場所では姿をあらわさん。ここで襲えば確かにレンジャーには有利だ。隠れるものが無いからな。だがお前がまだ元気なうちは、奴は自分の姿を見られたくないだろうからな。奴が姿をあらわすのは、確実に相手を始末できる場合だけだ」
 レイスも苛立ちを抑えかねているのか、つかつかと周囲を歩き回りながら言う。
「どうしても、奴に直接立ち向かいたいなら、こう広々とした部屋ではなく、次の次の部屋がいいだろう。あそこには障害物があるから、相手は物陰から狙撃できる。たぶん自分で攻撃をしかけてくるだろう。だが障害物は、こちらの防御にも向いている。そこで奴を迎えうとう」
「なるほどな」
 ダニエルは頷く。
「だったら、さっさとその部屋へいこうぜ。ま、どーせギルチックあたりがいるんだろうけどよ…ところで、なんでお前その部屋の様子しってんだ?」
 レイスは長銃をかつぎながら答える。
「以前、臨時でたのまれ仕事で、その部屋までいったことがあるんだよ。ほら、2〜3週間前だったか、しばらく留守にしたことあったろう」
「おお、あんときか」
 ダニエルも納得して、パルチザンを杖代わりに立ち上がった。

 その部屋は確かにレイスが言ったとおりの部屋だった。
 しかし、計算違いもあった。
 その部屋には、坑道で1〜2を争う強力な敵、シノワビートとシノワゴールドが配備されていたのである。
 床に落ちる影に気づくのが遅れ、気づいたときにはダニエルは部屋の奥深くへと入り込んでしまっていた。
 2体の敵に囲まれたダニエルは、袋叩きにあった。
 なんとかシノワどもを倒したときには、ダニエルは大きな傷を負ってしまった。
「…ちぃっ…運良くコンテナからディメイトを見つけたが、これじゃあ完全には治らんな…」
 悔しげにダニエルは呟く。
 彼が自らを治療している間、レイスはレーダーに集中していた。
「…来たようだぞ」
 ダニエルがそちらを向くと、物陰にレイキャスト特有の角張ったシルエットが見えた。
 そちらから、長銃の発射音とともに黄色のフォトン弾が飛来する。
「ちっ!」
 ダニエルは横っ飛びにコンテナの陰に隠れる。
「うわっ!」
 レイスは長銃をはじきとばされながら、壁のでっぱりの陰に飛び込んだ。
 そちらを見たダニエルは、レイスの支援が見込めないと理解するや、腰から予備武器のハンドガンを抜きつつ乱射した。
 一瞬、『屍』が遮蔽物に身をひそめる。
 その隙を狙って、ダニエルは今まで隠れていたコンテナを捨て、次の物陰へ移動した。
 『屍』の射撃はレイキャスト特有の正確さを誇っている。
 しかし、それゆえにダニエルには予測しやすかった。
「でぇえええぇぃい!!」
 ダニエルは裂帛の気合とともに、パルチザンを構えなおして飛び込んだ。
 青いレイキャストが、必死になって銃口をダニエルに向ける。
 一瞬早く、ダニエルのパルチザンがその長銃を弾き飛ばした。
 胸元にフォトンの刃を突きつけられたそのレイキャスト…『屍』は、声一つ立てずに立ちつくしていた。
「…詰めが甘いな」
 ダニエルが気づくと、レイスが『屍』の取り落とした長銃を拾い上げていた。
「そうだな…俺たちを追いつめる手際はさすが、と言っていいけどな。肝心の詰めが甘くちゃしょーがねぇな」
 笑みを浮かべながら、ダニエルは『屍』に突きつけたパルチザンを突き刺そうとした。


「いや、詰めが甘いのはお前だよ」


 ダニエルには、何がなんだか理解できなかった。
 その背からは、とめどなく血が流れ出していた。
「れ…レイス?」
 振り向いたダニエルの目は、たったいま彼を撃った長銃を構えているレイスの姿が映っていた。
「レ、レイス…何故…」
 その瞬間、ダニエルの胃から熱いものがこみあげ、彼は吐血した。

 彼は取り落としたパルチザンを、必死になってつかもうとする。
 そのパルチザンをレイスの足が遠くに蹴り飛ばした。
「悪いな。お前とはけっこう長い付き合いだが、こいつとの付き合いはもっと長いんだ」
 そう言いつつ、レイスはダニエルの腰からハンドガンを奪うと、彼の額に突きつけた。
 ダニエルの唇が動くが、その喉からはゴボゴボという音とともに血があふれ出るだけだった。
 だが、レイスにはダニエルが何を言いたいのか理解できた。
「…そうだ。俺が『骸』さ。こいつの相棒なんだよ。…本当は、お前を殺したくはなかったんだがな…俺があのとき一緒にいれば、例の発端になったクエストを受けるのを、なにがなんでも止めたんだがな…だが、こうなってしまった以上どうしようもない」
 レイスの胸元に、血まみれになったダニエルの手が伸びる。
 だが、ほとんど力がはいらず、簡単に振り払われてしまう。
「その血の吐きようでは、内臓が傷ついたらしいな…せめて苦しまないようにとどめをくれてやる」
 さらにレイスの唇がかすかに動いた。
 だが、ダニエルにはもはやその言葉を聞き取れなかった。
 視界も暗くなっていた。
 ただ、突きつけられた銃口だけが、暗くなった世界に、やけにはっきりと浮かび上がっていた。
 そして黄色みを帯びた光弾がダニエルの意識を貫き、全ては暗転した。

「…すまんな。結局お前の手を汚させてしまった」
 『屍』は長銃を『骸』から受け取りながらそう言った。
「いくらお前でも『仲間』を殺すのは気がとがめるだろうと、全て俺がやると言っておきながら…すまんな」
 だが『骸』は首を横に振る。
「こんな稼業だ。汚い手で相手を地獄へ送るのは慣れっこだ。それに『上』からの命令に逆らうわけにもいかん。だから気にするな。人情家の殺し屋なんてのは、長生きできないぞ」
「…お互いに、長生きはできそうにないな」
 『骸』の返事に『屍』も冗談めかして応える。
 そして、『屍』はダニエルの死体を抱え上げると、手近な橋の上から地下深くへと投げ捨てた。
 『骸』は、懐からテレパイプを…細工されていないテレパイプを取り出すと、足元に放った。
 たちどころにテレポート・ゲートが形成される。
 二人の姿は、ゲートの中に消えて行った。

あとがき

 さて、今回はCROSSさんの企画で、彼と合作でPSO小説を作成してみました。
 彼のリクエストで、ハード&シリアスです。
 軽いギャグ物にしようかと思ったのですが(笑)

 さて次回作は何にしましょうかね。
 『骸』『屍』コンビのゴルゴ壱拾参的ストーリーにしようか…それとも新キャラでも作ろうか…。
 なかなか悩みますな(笑)

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