Episode:04「Double Eight.」


 4月に入って春休みが終わり、新学期が始まった。新クラス――と言っても前年度からそのままの持ちあがりである――の3−Aの教壇には、今年度から正式な教師となった新担任が立っていた。椎名桜子と鳴滝姉妹が叫ぶ。

「「「3年!A組!!ネギ先生―っ!!」」」

 わあぁーっとノリの良いクラスの連中が一斉に唱和した。担任の教師――僅か数えで10歳という年齢の子供先生――ネギ・スプリングフィールドは照れながら頭を掻いている。それを見ながら、千雨は深く息を吐いた。
 かってであれば、千雨はおそらく『バカどもが……』とでも内心で毒づいていただろう。いやこの能天気なクラスの連中を、彼女は今も馬鹿だとは思ってはいるのだが。それはともかく、ついつい彼女の視線はネギに向かう。ネギは教壇で、3−Aの面々に対しての挨拶を行っていた。

(こいつ……。とてもそうは思えねーが、あんなに重い過去を抱えてやがんだよなぁ……。とてもそうは思えねぇけど。頭はいいけどバカだし。)

 そこへ源しずな教諭がやって来て、ネギに今日は身体測定である事を告げる。うっかり忘れていた今日の予定を思い出したネギは、慌ててクラス一同に向かって言葉を発した。

「で、では皆さん身体測定ですので……。えと、あのっ、今すぐ脱いで準備してください!」
(ホラ、バカだ。)

 ネギの失言に、桜子と鳴滝姉妹が囃し立てる。

「「「ネギ先生のエッチ〜〜〜!!」」」
「うわ〜〜〜ん!まちがえましたー!」

 ネギは慌てて教室から、全速力で離脱して行った。それを見遣りつつ、3−Aの女生徒達はイイ笑顔で語り合う。

「ネギ君からかうとホント面白いよねー。」
「この一年間楽しくなりそーね。」

 千雨は衣類を脱ぎつつ、心の中で溜息を吐く。

(ふう……。あのガキからかうのもいいが、あんまり度を超すんじゃねえぞ。ただでさえあのガキは、色々大変なんだからよ。ったく……。
 って何で私があのガキを心配してやんなきゃならねーんだよ。ん……。まあ、仕方無ぇか。色々と知っちまったもんな。つい気になっちまうのは、普通だ普通。
 ……でも、普通じゃねぇんだよな、私は。)

 下着姿で突然ずーん、と落ち込んだ千雨を、周囲の者は不思議そうに眺める。そんな千雨の肩をぽんぽんと叩いて慰める者がいた。千雨は振り向く。そこに居たのは楓であった。

「……なんだよ。」
「いや、長谷川殿が何やら落ち込んでいたようでござったからな。」
「ん……。ま、サンキュ。大丈夫だ。」

 千雨は春休み中に麻帆良外れの山中で、楓と出逢っていた。その時楓は『16th』の戦闘形態を取っていた千雨の事を、『友』と呼んだ。千雨はその事を少々の気恥かしさと共に、ほんの僅かな戦慄をもって思い返す。

(コイツ、勘が鋭いからな。薄々勘付いてやがるんじゃねーかな。薄々って言うか、コイツの中では確信のレベルで。
 ……まあでも、騒ぎ立てもしてないし、しないだろコイツなら。)

 ちなみに千雨は、春休み中何度か山中に赴いて、光一からの宿題である能力トレーニングを行っていた。しかし先ほど述べた1回を除き、千雨は楓とは遭遇していない。その事を、自分でも気付かぬままに若干残念に思っている千雨だった。
 なお余談であるが、千雨は春休み中努力したにも関わらず、未だ超音速の機動を会得してはいなかったりする。この事について千雨は、自分には才能が無いんじゃないかと内心思っている。もっともそう言う方面の才能は、千雨は欲しいとも思っていなかったが。
 千雨は身体測定の体重計の前に出来ている列に並ぶ。列の前の方で、桜子とクラス委員長である雪広あやかが何やら騒いでいたが、千雨はしれっと聞き流した。彼女はそのまま考え事に浸る。

(……しかしどうすっかな。体重とか身長とか座高とか。前年度のデータきっちりそのまんま、ってのは何か変だろ。ほんの少しだけ変えるかな……。けど、今の年頃の平均的な成長って、どのぐらいなんだ?くそ、今日が身体測定なんだって知ってたんだから、前もってネットで調べときゃ良かった……。)

 マシナリーである千雨は、彼女が望んでマトリクスを書き換えない限りは成長も老化もしない。だが前回の身体測定結果と寸分たがわず同じ結果と言うのは、傍から見てあきらかに異常と言える。とりあえず彼女はどのデータも、前回の測定結果よりも微妙に心持ちだけ増やして置く事にした。
 やがて千雨の体重測定の順番が来て、そして測定し終わる。次は座高でも測定しようかと、彼女は別の列に並んだ。と、彼女の耳に誰かの声が飛び込んで来る。

「――だな神楽坂明日菜。ウワサの吸血鬼はお前のような元気でイキのいい女が好きらしい。十分気をつけることだ……。」
「え……!?あ……はあ。」

 それはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う一見小学生にすら見える小柄な金髪の少女と、そして神楽坂明日菜と言うツインテールの髪形をしたオッドアイの少女の会話だった。ちなみに明日菜は所謂『バカレンジャー』の一員であり、バカレッドの称号を貰っている。この2人は普段は絡む事の少ない、珍しい組み合わせだ。千雨は眉を寄せる。エヴァンジェリンが言った『吸血鬼』と言う言葉が引っ掛かったためだ。
 千雨は、このエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う10歳程度にしか見えない少女が、実は600歳を超える真祖の吸血鬼である事を知っているのである。無論それは、春休み中に麻帆良学園のデータバンクにダイブして盗って来た様々な情報に、その事実が記されていたためだ。

(よりによって『吸血鬼』であるてめえが、そう言う事言うかよ。しかも既に失効してるとは言え、600万ドルの賞金首だった程の『吸血鬼』兼『悪の魔法使い』。しかし今は麻帆良学園本校中等部に通うように呪いをかけられ、魔力も限界まで封じられて学生兼麻帆良学園の警備員、か……。しかし……。)

 千雨は麻帆良学園のデータバンクではなく、学園長個人のノートパソコンから盗って来た情報に思いを巡らす。そこにはエヴァンジェリンについて、学園長の個人的な書き込みが添付されていた。

(本来なら3年で解かれるはずの呪いが解かれずに、今年でもう15年目。15年間中学生をやり続けているっつーのは、いくらなんでも……。しかもその呪いをかけたのがあのガキの父親である『英雄』ナギ・スプリングフィールド……。学園長は個人的にはマクダウェルに同情的っぽいけど、麻帆良学園の長兼関東魔法協会理事としてはどうにも動けない……ってか。)

 千雨は更に考える。今度はエヴァンジェリンと会話していた神楽坂明日菜についてだ。

(神楽坂は神楽坂で、あいつのデータにゃ不審な点ばっかりだったな。まず両親に関するデータが全く無ぇ。それに小等部低学年の頃に海外から転校してきたって事になってんのに、出身国とか出身地とかデータが全く無ぇ。元担任の高畑が保護者やってるが、高畑自体学園長に次ぐ強さの魔法先生で、色々と重要人物らしいし。裏に重てぇ事情があるって言ってる様なもんじゃねぇか。神楽坂本人にゃ自覚無いみたいだがよ。見た目はただの能天気な女子中学生なのに……。
 ったく、なんでこんなに重い事情抱えた奴ばかりがいるんだよ。そう言った連中を1クラスに集めたのは、何らかの意図があるんだろうけどよ。って言うか私自身今は重い事情抱えたうちの1人になっちまってるじゃねーか!学園側では把握してねーだろうけどっ!)

 思わず千雨は、叫ぶ。

「だーっ!?なんだってこんなコトになっちまってるんだっ!」
「へ?そんなに座高高く無いよ?だーいじょうぶだって長谷川!あんたの脚は充分長いから!」
「え?あ、ああ悪ぃ早乙女。突然叫んじまって。」

 何時の間にか千雨の並んでいた列は進み、彼女は無意識に座高計に腰掛けて座高を計測していた。彼女は座高計を操作していた早乙女ハルナに軽く謝罪をする。
 と、そこへ廊下から叫び声がかかった。保健委員、和泉亜子の声だ。

「先生ーーーっ!大変やーーーっ!まき絵が……、まき絵がーーー!!」
「何!?」
「まき絵がどーしたの!?」
「わあ〜〜〜!?」

 亜子の叫びに、クラスの面々は慌てて教室の扉や廊下側の窓を開く。廊下でぽつんと立って身体測定が終わるのを待っていたネギが、突然廊下に飛び出して来た半裸の女生徒達に大慌てになる。千雨はその騒ぎに精神的な頭痛を覚え、米神を揉んだ。





 騒ぎの原因であった佐々木まき絵は、結局の所特に大した事もなく保健室で眠っていたらしい。ネギと何名かの生徒が様子を見に行き、付き添っていた源しずな教諭から話を聞いたところ、麻帆良学園内の『桜通り』にて、ぐっすりと眠っている所を発見された様だ。戻って来たネギが教室で説明した所によれば、ただの貧血らしいとの事だった。
 以上が、千雨が聞いた話である。特に取り立てて大した事の無い話であった。そう、そのはずであった。たとえ、満月の夜になると桜通りに真っ黒なボロ布に身を包んだ吸血鬼が出没する、などと言う噂話があったとしてもである。だから佐々木まき絵が桜通りでその吸血鬼に血を吸われたなどと言う妄想は、笑い飛ばしてしかるべき馬鹿話なのである。

『……そう、馬鹿話……のハズなんだがな。なんで私は日も暮れたこの時刻に、桜通りまでやって来たりするんだろう、リープ。』
『光一に感化されたのではありませんか?彼は誰かが危地にある場合、自らの身も顧みずに事件に飛び込んでいきますからね。……ちなみに光一は、今晩も合成麻薬の取引を潰しに出ています。
 ……それに、吸血鬼が馬鹿話でなく実在するらしい事は、貴女は知っているはずでしょう?正直私自身は半信半疑なんですけれどね。』

 千雨は視界の中に開くウィンドウに映る、リープの姿に視線を遣った。彼女とリープは体内無線のチャンネルを開き、それによって会話しているのだ。千雨は溜息を吐く。

『はぁ……。光一さん、相変わらずだな。最近麻帆良学生の物と思われるサイトの掲示板やブログで、悪を叩く謎の超人の噂が話題になってるぞ。『エイトマン・ネオ』って名前が出てる時もある。まあ、良いことしてるんだし、力量も確かなんだから、制止するのも何だけど、一寸自粛した方がいいんじゃねえかな。
 ……麻帆良の魔法使い達とかちあったら、どうすんだよ。』
『ああ、先日誘拐犯を捕まえた時に、現場で出逢ったそうです。その時は捕らえた犯人達と誘拐された子供とを魔法使い連中に渡して、さっさと退散したそうですがね。』
『……。光一さんホント大丈夫なのかよ……。ところでリープ、私が光一さんに感化されてるってどう言う事だよ。』

 眼鏡の奥で半眼になり、千雨はウィンドウの中のリープを睨む。リープは真面目腐った口調で、千雨に答えた。

『級友が血を吸われているのかも知れないのが、気にかかってどうしようも無いのでしょう?』
『そ、そう言うわけじゃ……。ねぇんだよ、多分……。桜通りの吸血鬼が本物で、仮にそれがマクダウェルだったとして、だ。奴にも色々事情、あるっぽいからな。それに佐々木の件含めて、騒ぎになるのを嫌ったのかも知れないけど、被害者が死んだとかって話は聞いて無い。だから……マクダウェルの仕業だったなら、吸血自体を止めようって気は、実は無い。無い……んだが。
 だけどその被害者を放り出して行くってのは、一寸、な。意識も無く完全に無力化された被害者が、こんな道端に放置されてたら、色々とマズいだろ。変質者だって出ないとも限らないし。いや吸血鬼自体がある意味変質者と言や変質者なんだが……。』
『……光一に感化されてるのか、元からそうだったのかは知りませんが、貴女は優しい人ですね。』

 リープの台詞に、千雨は顔を赤らめる。

『ばっ、な、何でそうなるんだよっ!?私は吸血自体は放っとくって言ってるんだぞ!?』
『それも級友の事情を鑑みての事でしょう。そして貴女はその上で、自分にできる事をやろうとしている。
 ……そうですね、私も手伝いましょう。今からそちらへ向かいます。』
『べっ、別にいいって。吸血された被害者を『偶然に』発見して、保健室なり女子寮なり交番なりへ運ぶだけなんだから。』
『いえ、万一に備えてですよ。不測の事態が起こらないとも限りませんし。直線で空を飛んでいけばすぐ着きます。』
『……そう言やリープ、空飛べるんだったな。』

 犬が空を飛ぶと言う事に、千雨が壮絶な違和感を感じていると、そこへ小さく声がかかった。

「あ、あの……。長谷川……さん?」
「わあ!?」
「きゃっ!!……あ、あの、ごめんなさい。驚かせちゃったですー……。」
「み、宮崎!?」

 そこに居たのは、千雨のクラスメートである宮崎のどかであった。愛称『本屋』と言われる読書好きで、図書委員でもある。更には麻帆良学園の中に存在する巨大図書館『図書館島』を探索するための中学、高校、大学合同サークル『図書館探検部』にも所属したりもしている。ちなみに彼女は制服姿だ。
 千雨は息を整えると、のどかに話しかける。

「宮崎、今帰りか?」
「は、はいー。長谷川さんはどーしたんですか?」
「あー、いや一寸ヤボ用で出張って来ただけだ。気にすんな。んじゃあな。」

 千雨はさっさとのどかを帰してしまおうとした。桜通りの桜並木の何処かに隠れて張り込もうと思っていた千雨にとって、のどかが居る事は障害になる。のどかはそんな千雨の思惑には気付かず、しかし素直に頷いた。

「はい、長谷川さんも気を付けてくださいねー。それじゃあお先に……!?」

 ザワッ……。

 急に生温かい風が吹き渡った。のどかがビクッと体を震わせる。千雨は反射的に体内のセンサーを全開にした。彼女は思わず舌打ちする。

(ちぃっ!マズった!だらだらリープと駄弁って無いで、さっさと何処かに隠れときゃ良かったんだ!)
「ひ……。」

 のどかが恐怖の声を漏らす。彼女の視線は通りの脇にある街灯の上に向けられていた。無論、千雨の視線もまたそちらに向いている。そこには黒いボロボロのマントを纏い、同じく黒いとんがり帽子を目深に被った何者かが立っていた。その怪人物は呟く様に言う。

「25番、長谷川千雨……そして27番の宮崎のどか、か。悪いけど、少しだけその血を分けてもらうよ。……だが片方の相手をしている間に、もう片方に逃げられるわけにもいかんな。……眠りの霧!!」

 怪人物は懐からコルク栓をした試験管と丸底フラスコを取り出すと、投げつけて来た。空中で試験管とフラスコは砕け、中の液体が混じり合う。するとそこを起点に、爆発的に霧が発生し、千雨とのどかを包み込んだ。千雨は隣にいるのどかが意識を失い、倒れ込もうとするのをセンサーで感じる。彼女はのどかを抱きとめて、後ろに飛び退る。街灯の上の怪人物は、一寸驚いた様子だ。

「ほう?レジストしたのか?」

 この『眠りの霧』の魔法は、催眠性の霧を発生させ、それに包まれた生物を眠らせると言う効果がある。霧を吸いこまない様に息を止めても、皮膚から成分吸収されるために無意味だ。だが千雨はマシナリーなのだ。睡眠が必要無いわけではないが、人間用の睡眠薬など――それが魔法によって合成された物であっても――意味をなさない。それ故に、彼女にはこの魔法は効力を発揮しなかった。
 千雨のセンサー……サーモグラフにより、マントと帽子で隠れている怪人物の身体の熱映像が捉えられる。

(ち、やっぱりマクダウェルかよ!)

 そう、その怪人物はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルその人であった。千雨は思わず頭を抱えたくなった。本来なら千雨は、吸血の対象者を救護するためだけにここに来たのである。だが今まさに千雨自身が、血を吸われそうな立場なのだ。

(ちっ……。絶対に私の血を吸われるわけにゃ、いかねー……。やっぱ、来なきゃ良かったか?)

 千雨はマシナリーである。その身体はレントゲンやMRIすらも、生身の人間であると騙せる程の高性能な機械体だ。当然ながら、その身体の表層部分には『赤い血』すら流れている。下手な血液検査など誤魔化せるほどの人工血液だ。
 だが吸血鬼にソレを吸われた場合はどうだろう。いくらなんでも、誤魔化せるとは思えない。エヴァンジェリンに血を吸われると言う事は、千雨の正体が露見すると言う事に直結しかねない大事なのだ。

「……まあいい。どちらにせよ同じ事だ。血を吸った後で、今の魔法に関する記憶も消させてもらおう。」
「!」

 エヴァンジェリンが街灯の上から飛び掛かって来る。千雨はのどかを抱えたまま、素早く飛び退った。その運動能力に、エヴァンジェリンは怪訝な思いを抱き、首を傾げる。

「!?……長谷川千雨、貴様本当に長谷川千雨本人か?」
「!」

 そのとき千雨は閃く物があった。彼女はマトリクスを書き換えて、外見を変化させる。

「……!?馬鹿な!タカミチ!?」

 そう、千雨は外見をかつての担任教師、タカミチ・T・高畑の物に変化させたのである。千雨は高畑の姿で口を開く。その声も、高畑の声その物だ。

「いけないな、マクダウェル君。夜遊びもほどほどにしておいた方がいい。」
「!?貴様誰だ!プライベートでは、タカミチは私の事をエヴァと呼ぶ!」
「おお、これは失敗したかのう、ふぉ、ふぉ、ふぉ……。」
「じ、爺!?……いや、それも本当の姿では無かろう。貴様何者だ。」

 今度は千雨は学園長たる近衛近右衛門の姿を取っていた。千雨は顎髭を撫でつけながら溜息を吐く。

「ほ……。やれやれ、今大事なのはワシの正体ではあるまいに。どちらかと言うと、正体を誰何されるべきなのは、おぬしの方じゃろうて?」
「く……。」

 エヴァンジェリンは悔しそうに黙り込む。千雨は姿を自分自身の物に戻した。いくらなんでも何時までも自分の格好を、ぬらりひょんその物の学園長の姿にしておきたくは無い……美意識的な意味で。これでおそらくはもうエヴァンジェリンは、千雨の事を『長谷川千雨』本人だとは思っていないだろう。それが千雨の狙いだった。おかげで非常識な行動も取れる、と言う物だ。具体的に言うと高速転移、とかである。それに時間稼ぎも上手く行った。
 次の瞬間、何処からともなく影が降って来て、千雨とエヴァンジェリンの間に割り込む。その影は大型犬の大きさと形をしていた。リープである。リープは体内無線を使って、千雨に話しかけた。

『無事ですか、長谷川さん。』
『ああ、大丈夫だ。来てくれて助かった。』

 リープはエヴァンジェリンに向かい、唸り声を上げて見せる。あくまで普通の犬のフリをしているのだ。千雨とリープは、エヴァンジェリンと睨み合う。

「さて、どーすんだい吸血鬼さんよ。このまま睨み合ってても、らちが……。」
「待てーっ!!」

 台詞の途中で、突然割り込みが入った。全センサーをエヴァンジェリンに集中していた千雨はびっくりする。一方のリープは闖入者に気付いていたのだろう、動じる様子は無い。この辺りは、年季の違いと言う物だろう。
 割り込んだ声は、千雨とエヴァンジェリン、それに千雨の手の中にいるのどかの担任教師、子供先生ネギ・スプリングフィールドの物だった。

「ぼ……僕の生徒に、何をするんですかーーーっ!!」

 見遣れば、ネギは普通ではとても出せないぐらいの速度で疾走して来る。千雨はセンサーの一部をそちらへ向けた。すると小さく叫ぶ様なネギの声が拾える。

「ラス・テル・マ……あ、駄目だ!人がいるから魔法は……。」

 千雨は眩暈を覚えた。魔法が秘匿される物だと言う事は、どうやら麻帆良の魔法使い達にとって常識であるらしい。だがその常識を、この子供先生はきちんとわきまえているのか怪しい物である。日常生活における常識において非常に怪しい所があるこの少年は、その本領であるはずの魔法の世界においても常識無しなのだろうか。それとも呪文詠唱をぎりぎりで思い止まった事を若干なりと評価するべきなのだろうか。
 何はともあれネギは千雨達とエヴァンジェリンの間に割り込んで、エヴァンジェリンに向かい杖を構えて立つ。

「貴方が『桜通りの吸血鬼』ですね!?一体何の目的があって、僕の生徒達の血を狙うんですかっ!?」
「ふふ、知りたいか?なら私を捕まえてみるがいいさ。」
「くっ……。あれ?でもこの声何処かで……。だけど……。」

 ネギは何やら苦悩している様だ。おそらく、千雨達の前で魔法を使ってはいけない、などと考えているのだろう。魔法が使えなければネギは只の10歳……数え年であるから、満年齢では9歳の少年に過ぎない。まああと1ヶ月もすれば誕生日なので、そうなれば堂々と10歳と言えるのだが。
 ネギは叫ぶように言った。

「長谷川さん!宮崎さんを連れて、逃げてください!こいつの相手は僕がします!」

 おそらくは担任しているクラスの生徒達を危険に晒したく無い気持ちが半分、魔法を使って戦うためがもう半分と言った所のネギの提案を、千雨はとりあえず受け入れる事にする。彼女はのどかを横抱き――所謂お姫様抱っこ――にして走り出す。

「わかりました!けど私らが逃げおおせたら、ネギ先生も逃げてくださいよ!」

 そして彼女は体内無線でリープに頼み事をする。

『リープ!気取られない程度に離れた所から、マクダウェルとネギ先生の様子を探っててくれ!私は宮崎の安全を確保してから戻るから!』
『わかりました。任せてください。』

 リープは途中から千雨とは別方向に走り、物陰で戦闘形態になって翼を生やし、宙に飛び上がった。おそらくは空中から監視するつもりの様だ。
 千雨は走った。すぐに後ろの方からズバアッ!とかバキキキキン!とかパキイイン!とか派手な音が聞こえてくる。どうやらネギとエヴァンジェリンが魔法で戦い始めたらしい。

(まだこっちが充分離れてないっつーのに。本当にあのガキ共は魔法隠すつもり有んのかよ?……ん?アレは……。)

 千雨の前の方から、2人の人影がやって来るのが見える。神楽坂明日菜と近衛木乃香、ネギが居候している女子寮の1室の住人である。言わばネギの保護者と言っても良いかもしれない。ちなみに木乃香はこの麻帆良学園学園長近衛近右衛門の孫娘であり、なんと極東随一の魔力を秘めていると言う存在である。しかし彼女自身は、彼女の親の意向もあり、魔法には関わらずに育てられている。当然彼女自身、魔法の存在は知らない一般人の扱いである。
 それはともかく、彼女達は千雨と彼女が抱きかかえているのどかに気付くと、小走りに寄って来る。

「長谷川じゃない!どうしたの本屋ちゃん!?」
「千雨ちゃん、のどかは一体どうしたんや!?」
「……今しがた、例の吸血鬼に襲われたんだ。宮崎は気絶しちまって、進退窮まった所にネギ先生が割って入ってくれて、それで逃げる事ができたんだ。」
「「えええぇぇぇっ!?」」

 一寸ネギが美化され過ぎたかも知れない。それはともかく、千雨はのどかを2人に預ける、と言うか押し付ける。

「宮崎の事頼む。私はネギ先生の様子を見に行く。」
「え、あ、ちょ、ちょっと長谷川!私も行く!このか、本屋ちゃんお願いね!」
「えっ!?わ、わかったえ!」

 千雨は一瞬、げっ、と思う。明日菜に付いてこられては、戦闘形態に変わる事ができない。高速転移は、加速率が低くても良いならば人間体でも使えなくも無いが、明日菜の前ではそれも使えない。だが明日菜を止める上手い言い訳を思いつかない内に、明日菜は走り出してしまった。仕方なしに千雨も、元来た道を走って戻り始める。

(か、神楽坂の奴、速いッ!?人間体とは言え、マシナリーだぞこちとら!それが追い付くのに苦労するってぇのは、何だよ!?)
「長谷川、体育で、手ぇ、抜いて、たの!?」
「ああん!?」
「私の、全力と、変わらない、スピード、じゃない!」
(会話しながら全力で走れるって……なんなんだよ、てめえはよ!……ん!?……コレだ!)

 千雨は急に速度を落とした。明日菜は怪訝な顔で、こちらも速度を落としつつ振り向く。

「どうしたの?」
「いや……、さすがに、無理、し過ぎた。先、行って、くれ。」
「……!わかった!じゃ先行くね!」

 言うや明日菜は全力を出し、すっ飛ばして駆けて行く。それを見送った千雨は、そっと桜並木の陰に隠れて、そこで戦闘形態に変わるや、高速転移して疾走した。





 ネギは窮地に陥っていた。空を飛んで逃げるエヴァンジェリンを魔法で武装解除し、ある建物の屋根の上にて追い詰めたまでは良かったが、そこに伏兵が潜んでいたのだ。いや、追い詰めたと言うのもネギの主観でしかない。実の所ネギはエヴァンジェリンに、伏兵がいる場所まで誘い込まれた、と言うのが正しいのであろう。
 ともあれネギはその伏兵、エヴァンジェリンの『魔法使いの従者』絡繰茶々丸の圧倒的な体術の前に、呪文を唱え終わる前にその出がかりを潰されてしまい、魔法を使う事もできずに取り押さえられてしまったのである。エヴァンジェリンは、ネギの父親サウザンドマスターに呪いをかけられた恨み事をひとしきり喚いた後、にやりと不敵な笑みでネギに顔を近づける。

「このバカげた呪いを解くには……奴の血縁たるお前の血が大量に必要なんだ。……悪いが死ぬまで吸わせてもらう。」
「うわあ〜〜〜ん!誰か助けて〜〜〜っ!!」

 ネギは茶々丸に押さえ込まれたまま半泣き、いや全泣き状態で叫んでいる。その首筋に、エヴァンジェリンが噛みついて血を吸い始めた。

 ばきっ。

 そしてエヴァンジェリンと茶々丸は何かに吹き飛ばされた。

「ぎゃぶうっ!?」
「あっ。」

 エヴァンジェリンと茶々丸は、屋根の上を転がりながら体勢を立て直す。エヴァンジェリンはなんとか、と言った風情で。茶々丸は比較的楽々と。彼女達が立ち直って周囲を見回すと、そこには2つの影――1つは人間型でネギを抱きとめており、1つは大型犬の様な姿をしている――があった。無論その影は、千雨とリープの戦闘形態である。
 千雨はネギを屋根の上に降ろすと、彼に声をかける。

「……あー、加速して助け出したからな。しばらくは目が回るぞ。……って、この台詞前にもどっかで言った覚えがあるな。ま、いいか。しばらくは動かずに、屋根に伏せてじっとしてろ。」
「あ……、あ……。」
「あー、あー、喋るな。怖かったのは分かるからよ。」

 そして千雨はエヴァンジェリンと茶々丸に向かい合う。だが千雨が口を開こうとした時、エヴァンジェリンの方から話しかけて来た。

「くっ、貴様……。貴様だな?先程長谷川やタカミチ、爺に化けていたのは。それが貴様の本性か……。そしてそのメカっぽい犬みたいな奴が、先程飛び込んで来た犬だな?」
「ん……。まあそうだな。……んでもって、だ。『桜通りの吸血鬼』サンよ。あんたの事情は分からんでも無い。」
「……何?」

 エヴァンジェリンは怪訝な顔をする。千雨は続けた。

「あんたの状況には、同情の余地は充分にある。っつーか、実際同情しちまったしな。」
「貴様……!」

 エヴァンジェリンは目を吊り上げた。その瞳は、怒りに爛々と輝いている。

「貴様如きがこの私に!『闇の福音』『不死の魔法使い』『童姿の闇の魔王』と呼ばれたこの私に!私に同情だと!?ふざけるな!」
「ふざけちゃいねーよ。って言うか、同情するかどうかはあくまであんたの話を聞いた側の問題だ。あんたが誇り高くて同情を嫌うとか言うのは、また別の話だ。それに同情するなって言ったって、感情の問題だからな。しちまったもんは仕方が無ぇだろうよ。感情をそこまで制御できるのは、悟りを開いた奴か仙人ぐらいなもんだろ。」
「くっ……。」

 千雨は肩を竦める。

「そんな事もあって、一寸血を吸うぐらいなら、放って置くつもりだった。今までの所、桜通りでの犠牲者は一寸した貧血程度で済んでたからな。だが……。
 だが、死ぬまで吸うとあっちゃあ止めざるを得ない。あんたにゃ悪いけどさ。」
「……茶々丸。」
「はい、マスター。」

 茶々丸が前へ出る。と、それにあわせてリープが前に出る。同時に千雨が身構えて移動する。エヴァンジェリン主従とネギとの間に入る形だ。エヴァンジェリンが舌打ちをする。

「ち……。魔法薬も無い状況では、分が悪いか。退くぞ茶々丸!」
「はい、マスター。」

 茶々丸はエヴァンジェリンをその肩に乗せ、屋根の上から空中へ飛び出す。その背中と脚から、スラスター光が噴射されていた。どうやらそれで空を飛ぶらしい。最後にエヴァンジェリンは千雨に向かい、問いかけた。

「貴様……。名はなんと言う。」
「ん……。『16th』……いや。」

 千雨は少し悩んだ。『16th』と言うのは、アディッショナル・ナンバーズ・マシナリーとしての番号に過ぎない。『8th』である光一が『エイトマン・ネオ』と名乗っている様に、自分も何か、『らしい』名前を持った方がいいのかも知れない。……『ちう』?それはハンドル名兼ネットアイドルとしての芸名だ。
 千雨は決めた。16は8の2倍、と言う所から持って来た、比較的安直な名前かも知れないが、『8マン・ネオ』たる光一に連なる存在の名称としては、そう悪くも無いだろう。彼女はその名を口にする。

「私は『ダブル・8』だ。」

 実は『8ウーマン』とか『8ガール』とか、『8マン・フィメール』とかも考えたのだが、いまいち言葉の座りが悪かったため、お蔵入りとなった。

「そうか……覚えたぞ『ダブル・8』。覚えておけ、貴様はかならず我が手で引き裂いてくれる。」
「それではネギ先生並びにお二方、失礼いたします。」

 茶々丸が空中でぺこりと礼をすると、次の瞬間エヴァンジェリン主従の姿はそこから消えていた。いや、千雨達のセンサーからすれば、高速で飛び去って行くその姿はしっかりと捉えられているのだが。
 千雨はネギに向き直る。

「さて……大丈夫か、ネ……じゃない、少年。」
「あ、あうあう……。こ、怖かったです〜〜〜!」
「駄目そうですね。」
「そーだな。」

 千雨とリープは、泣きついて来るこの少年をどうやって泣き止ませようか、頭を捻る。だがその答えが出る前に、2人――正確には1人と1匹――のセンサーに、急速に近づいて来る1人の人物が引っ掛かった。ドドドド……と、地響きの様な音すらも聞こえて来る。千雨とリープは顔を見合わせた。
 次の瞬間、何者かが飛び込んで来た。

「ウチの居候に何すんのよーーーっ!!」

 明日菜だった。千雨とリープは明日菜がかまして来た壮絶な飛び蹴りを、瞬時に高速転移してひょいと躱す。目標を見失った明日菜の身体は屋根の上をすっ飛んで行き、その縁から落っこちそうになった。ちなみにこの建物は八階建てで、26〜7mの高さがある。

「きゃああああぁぁぁぁっ!?……あれ?」

 明日菜が落ちそうになった所を、リープが銜えて止めていた。ちなみに屋根の上にその爪が喰い込んでいる。更に千雨が溜息を吐きながら駆け寄り、落ちかけた明日菜の身体を屋根の上まで引っ張り上げた。

「あ、アリガト……。って、違ーーーう!!あんたが今度の事件の犯人なの!?しかも子供いじめる様な真似し……。」
「あ、アスナさんっ!違います!違うんです!その人達は僕を助けてくれたんです〜〜〜!」
「……え゛っ!」

 泣きながら叫ぶネギの言葉に、明日菜は思わず顔を引き攣らせる。千雨はなんとなく雰囲気的に脱力する物を感じ、がっくりと肩を落とした。

「あー、あー。分かってもらえたんなら、それでいいさ。その少年の事はあんたに任せたぞ。それじゃな。リープ、行こう。」
「はい。」
「あ、え、ちょ、ちょっと待って……。」

 狼狽する明日菜にはかまわず、リープが翼を生やして夜空へと舞い上がる。千雨はそれに抱きついて、一緒に大空を飛んだ。その影は、あっと言う間にネギや明日菜から見えなくなる。

「あ……行っちゃった。」
「……う……うっく、ひっく。」
「ネギ!」

 明日菜はしゃくりあげるネギに向き合う。彼女は叫ぶように言った。

「も〜〜〜、あんたってば一人で犯人追っかけてったりして!本屋ちゃんと長谷川を逃がせたのはいいけど、そしたらすぐにあんたも逃げなさいよ!怪我でもして取り返しのつかないコトになってたら、どーすんのよバカッ!!
 ……ってアンタ、首から血が流れてるじゃないの。だ、大丈夫?ネギ……。」
「うっ……、ひっく。ぐすっ……。」
「ん?……わっ!」

 ネギは明日菜に飛びついた。明日菜は思わずよろける。

「うわーーーん!アスナさーーーん!」
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ。あ、危ないって。屋上なんだから。」
「こっこわ……こわ、こわかったですーーー!!」

 ネギは全泣き状態で明日菜に縋りつく。明日菜はそれを必死で宥めた。そこへ声がかかる。

「……何やってんだ、お前ら。うひゃー、高ぇ。一寸怖いなこりゃ。」
「あ、長谷川!あ、そっか。来たんだ。」

 それは人間体に戻った千雨であった。千雨はあの後、適当な所で空を行くリープから離れて人間体に戻ると、ネギ達がいる建物まであらためてやって来たのである。実はあのまま女子寮へ帰る事も考えたが、それだと明日菜あたりが千雨を探して歩き回りかねない。表向きは、明日菜は千雨をおいてきぼりにして、ネギ達を追った事になっているからである。

「んで?ネギ先生は?」
「ん、たいした怪我は無さそうだけど、すっかり怯えちゃって……。ホラ、もう大丈夫だからね。何があったのか、ちゃんと話してちょうだい?」
「……いや神楽坂。それよりはまず下に降りようぜ。こんな高い所じゃ、落ち着く物も落ち着けねーだろ。」
「……それもそーね。んじゃ降りよっかネギ。」

 千雨、明日菜、ネギの3人は屋根の上から天窓を通って建物の中へ入る。階段を降りながら、千雨は考えた。

(……ったく。なんでこんなコトになったんだろうなあ。やっぱり吸血被害者の保護とか考えずに、寮でネットしてれば良かったか?……だがなぁ。もし来なければ、このガキは今頃……。いやその場合神楽坂の助けが入った、か?……あー、だとしてもマクダウェルと絡繰相手じゃあなあ。)

 千雨の視線の先では、ひっくひっくとしゃくりあげながら、明日菜に慰められつつ階段を降りるネギの姿があった。千雨はなんとなく苛立ちを感じる。その苛立ちは段々と募って行った。やがて彼らは地上へと降りる。ネギは未だ泣いていた。
 千雨は突然ネギの前にしゃがみ、視線を合わせると大声で一喝する。

「ネギ先生!!しっかりしやがれっ!!」
「ひっ!」
「ちょ、長谷……。」

 明日菜が思わず千雨を止めようとする。しかし千雨はそれに構わずに話を続けた。

「いいか!てめえは頑張った!てめえが飛び込んで来たおかげで、宮崎を吸血鬼から助けられた!てめえは頑張っただけじゃなく、きちんと成果を出したんだ!そりゃ100点満点とはいかなかったろうさ!だが低く見ても70〜80点ぐらいは取れてる!充分に及第点だ!
 それとも何か!?宮崎の無事は、てめえに取って、取るに足りないもんだってのか!?」
「あ、そ、そんな事は……。」
「だろ!?だったらびくついて泣いてねぇで、胸を張れ!!てめえは頑張った!!てめえは良くやった!!だったら胸を張れ!!堂々と胸を張って、誇りやがれ!!」

 ネギはふるふると震えた。その目からは、未だ涙が零れ落ちる。だが彼は腕でその涙を必死に拭うと、決然と顔を上げた。まだ涙目ではあるが、その瞳には力が戻っている。

「……ありがとうございます、長谷川さん。」
「いえ……。つい口調が荒くなりました。すいませんでしたネギ先生。……まあ、結果に満足しちゃいけませんけど、繰り返しになりますが今日宮崎を救えた事に関しては、誇らなきゃ駄目です。まあ、満足はしちゃいけませんがね。」
「……あれ?いつの間にか私、空気になってる?」

 明日菜が、何処となく寂しそうに呟く。そんな明日菜に向かい、千雨は言葉を発する。

「悪ぃ、神楽坂。私は先に帰る。ネギ先生のこと、頼むな。」
「あ、長谷川。何だったら一緒に帰らな……。」

 明日菜の台詞を最後まで聞かずに、千雨はその場を走り去った。その千雨に、体内無線のコールが入る。念のために周囲を警戒していたリープからだった。

『長谷川さん。』
『リープ、何かあったのかよ。』
『いえ、問題はありません。……長谷川さん。長谷川さんも、誇らなきゃ駄目ですよ?』

 千雨は一瞬で顔を赤くする。

『て、てめえ!聞いてたのかよ!』
『聞くともなしに。』
『〜〜〜〜〜!!』

 千雨は声にならない叫びを、体内無線のチャンネルで上げた。リープはその叫びを黙殺し、言葉を続ける。

『あのネギと言う少年を助けたのは長谷川さんです。少なくとも、その事は誇るべき出来事ですよ。』
『……。けど、よ。』
『けど、は無しです。あなたは良くやりました。誇ってください。』

 リープの声には、深い優しさがあった。千雨は頷く。

『……うん。……サンキュ、リープ。』
『どういたしまして。では私は光一のマンションに帰ります。おやすみなさい。』
『おやすみ。』

 千雨は夜の道をひた走る。その顔には、ほんの僅かに頬笑みが浮かんでいた。


あとがき

 千雨魔改造SSの第4話です。千雨は今回、自分が戦闘形態時に名乗る名前を決めました。いや、『8マン・フィメール』と言うのも悩んだんですけれど、『マン』には『男』というニュアンスが強すぎたんで、パスしました。『ス○パーマン』に対する『ス○パーガール』みたく『8ガール』も悩んだんですが、これも語感がなんか微妙で、結局は16=8×2と言うことで『ダブル・8』となりました。
 あと一寸、千雨にネギを叱咤させてみました。ネギに良い影響があると良いんですが(笑)。
 それと光一があんまり出て来ない理由が明らかになりました。彼は本筋の裏側で、『8マン・ネオ』として正義の為に日夜戦っていたんですね、コレが。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。あまりにも反応が無いので、誰か読んでくれているのか不安になったりしてます。でも頑張って書きますので、できましたら応援の程、お願い致します。


トップページへ