Episode:02「I’m afraid.」


「……って言うわけなんですよ。何考えてるんですかね、魔法の修行に10歳、いや数え年だから実年齢は9歳ですか……そんな子供を教師として送り込んで来るなんて。それにあんなお子様に教師としての義務を負わせるっていうのは、学生側にも本人にも、いい事だとは思えませんよ。しかもいきなり担任教師ですよ?あの子供と生徒側、どっちにも負担が大きいでしょうが。
 いや前担任の高畑先生もしょっちゅう出張とか行ってて、担任教師としての義務をきちんと果たしてるとは言い難かったんですが……。」
「……少なくとも長谷川が大変なストレスを溜め込んでるってのは、よくわかった。」

 千雨の剣幕に、光一は若干引き気味だった。ここは光一のマンションである。千雨は例の携帯電話の通話傍受によって得てしまった情報について相談するため、日曜日の休みを利用してここに来ていたのだ。
 その情報とは、この世界には魔法使いと呼ばれる特殊能力者達が存在し、麻帆良学園都市がその魔法使い達の街である、と言う事である。千雨は最初のうちはその事についての説明をしていた。だがそのうちに感情がエスカレートし、気付けば麻帆良の日常において魔法使い達がもたらしていると思われる変事やトラブルについて、盛大に愚痴を垂れ流していた。それらの変事の中でも最たる物が、しばらく前に前担任タカミチ・T・高畑に代わり彼女達麻帆良学園本校女子中等部2−Aの担任になった子供先生、ネギ・スプリングフィールドの事である。
 ネギは僅か10歳――数え年であるため、実年齢は9歳――の天才少年だ。この年でイギリスのウェールズにあるメルディアナ魔法学校を首席卒業しており、最終課題の修行として「日本で先生をやる事」を与えられた。そしてその修行を果たすため、日本の麻帆良学園で教職に就いたのである。
 だがいくら天才児とは言え、子供は子供。その様な子供が担任教師となる事に、千雨は頭を痛めていたのだ。実際既にその子供先生は、幾つかの魔法がらみと思われる騒ぎを起こしていた。主に女生徒が脱げると言う、少々破廉恥な方向性で。もっともネギが担任となっている2−Aの面々は能天気な輩が多く、そのためか魔法がバレると言う事は無かった様だが。
 と、そこへ絨毯敷きの床に寝そべっていたリープがふと訊ねる。

「ところで長谷川さん。先程の話ではついつい傍受してしまった携帯電話の通話から情報を得た、と言う話でしたが……。それにしては詳し過ぎませんか?」
「う゛……。」

 その指摘に、千雨は硬直する。リープはじっと千雨を見つめた。光一も千雨を見つめる。千雨は観念した。

「う……。じ、実は……。電波傍受であのガキ……ネギ先生が来るって事知ってから、ネット経由で学園長のノートPCにダイブして情報盗った……んです。学園側が正気とは思えなかったんで、つい……。」
「長谷川……。」
「長谷川さん……。」

 光一とリープは、疲れた様な声で千雨を窘める。光一は頭を振り、顔を引き締めると千雨に向かい言った。

「長谷川。あまり無理はしないでくれ。電脳戦は危険なんだ。電脳空間で致命傷を負えば、現実世界の君も死ぬ。……まあ、この世界、この時代のネットワークには、それほど強力な敵になる存在は無いとは思うけど。
 電脳戦の訓練は、今度必ず時間を取るから。最初のうちは必ず俺と一緒にダイブする事。いいね?」
「はい……。」

 千雨は肩を竦めて小さくなっていた。光一はそんな千雨の頭に手を置いて、優しく撫でる。彼の顔には柔らかい頬笑みが浮かんでいた。千雨の顔が紅くなる。だが彼女は光一の手を振り払おうとはしなかった。
 千雨は問う。

「光一さん。あんた、一体何処から来たんだ?麻帆良の技術力は常識を外れてる。ウチのクラスにもロボットの学生がいるぐらいだ。誰も不思議に思ってないけど、さ。たぶんアレも魔法関係なんだろうさ。
 ……だけど光一さんやリープ、そして私の今の身体は、そんなウチのクラスのロボを遥かに超えた科学力の産物としか思えない。ただでさえ高度な麻帆良の技術力を、ブッチぎってるんだ。」
「……。そう、だな。ある程度は話しておいても良いか。もう戻る事は叶わない世界の事だし……。」

 光一はそう言うと、千雨の頭から手を除ける。千雨はその手の感触が去るのを、無意識に少々名残惜しく感じる。光一は徐に口を開いた。

「俺はある時、電車のホームから落ちた女の子を助けようとして、身代わりみたいな形で電車に轢かれたんだ。そして死んだ俺は、東八郎……先代の『8マン』からこのマシナリーボディ『8th』を貰って蘇り、『8マン・ネオ』として戦う事になったんだ。このボディそのものや他のマシナリー達、更に様々な軍事サイボーグ、超科学兵器等を造り出した超国家機関『ジェネシス』とね。」
「……。」
「途中経過は今のところ省くけど、何年もの長い戦いの末、俺達はかろうじて勝利した。そしてあの最後の決戦の時、俺はある『超エネルギーシステム』の暴走を抑え込もうとして、リープと共に時空の歪みに捉われて……気付いたら、この世界にいた。俺の元いた世界の十何年、あるいは何十年かの過去に酷似した、この世界に。」

 千雨は目を見開く。

「過去に……酷似した世界?」
「うん。俺の世界の過去そのものじゃ無い事はすぐに分かった。一応ネットが存在してたから、そこから情報を引き出せたから。歴史や地名の微妙な違いとかな。俺とリープからすれば、『極めて過去に近い並行世界』って所かな。」
「……正直、予想を斜め上に突き抜けた話でいっぱいいっぱいです。」

 千雨は溜息を吐く。光一は柔らかく微笑む。だがその瞳には、一抹の寂寥感が垣間見えた。千雨はそれに気付いたが、何か言う前に光一が話を続ける。

「ちなみに君の身体である『16th』は、『ジェネシス』が造ったアディッショナル・ナンバーズのマシナリーに、俺が持つ『8マンのマトリクス』をコピーした物だよ。俺である『8th』よりも後発のマシナリーだから、実の所秘められたポテンシャルは俺よりも高いんだ。俺とリープがこの世界に来た時に、未使用のそのマシナリーも巻き込まれて一緒に来たんだよ。」
「え゛っ!?光一さんよりも強いんですかっ!?私が!?」
「いえ長谷川さん。長谷川さんには戦闘経験がほとんどありませんし、その能力を使いこなしてもいません。ですからあくまで伸び代が光一よりもあると言うだけであり、もし今戦ったら光一どころか私にも勝てませんよ。」

 リープの台詞に、千雨はなるほどと納得する。そして彼の話の中で一寸だけ気になった事を尋ねた。

「ところで光一さん、あんた一体いま何歳なんです?見た目高校生ぐらいにしか見えないけど、何年も戦ったって……。」
「ああ、そっか。俺はついつい外形を、最初にマシナリーになった時の年齢のままにする癖がついてるからな。」

 光一はそう言って、身体の外観を変化させる。身長が伸び、スーツ姿になったその姿は、今まであった少年らしさが失せて大人の男っぽさが醸し出されていた。光一は軽く微笑すると言葉を続ける。

「実年齢は今の所23歳だ。もっともこっちの世界に来た時に戸籍を作ったんだけど、それは16歳って事になってる。ちなみに学校には行ってない。大検を取って、麻帆良学園がやってる通信制大学に籍を置いてる。
 ……大人の姿の方が良ければ、こっちの姿で応対するけど?」
「い、いえっ!さっきまでの姿でいいですっ!な、なんか違和感がっ!」
「そっか。」

 光一は苦笑して姿を少年の物に戻す。千雨は大きく息を吐いた。実際の所彼女は、違和感と言うよりも何か気恥かしかったのだ。先程まで気安い感じで話していた相手が急に大人になられると、狼狽してしまう。そんな千雨と光一を、リープがやれやれと言った様子で眺めていた。

「随分話が逸れちゃったな。話を戻そうか。と言っても、学園の魔法使い達に関してはとりあえずこちらからは静観するしか無いと思うけどね。直接こちらに何らかの手出しをしてこない限りは。」
「……そう、ですよね。けど、魔法使いかぁ……。なんでそんなファンタジーがこんな風に現実を侵食しやがるんだか……。現実にそんなもんが居るなんて、考えもしなかったけどなあ。
 SFに片足どころか両足、いや首までどっぷりと浸かってる私が言う事じゃないかもしれないけど。」
「そうですね。私など長谷川さんから話を聞いた今でもまだ半信半疑です。」

 リープの言葉に、光一は首を横に振る。

「いや、俺達の世界にも超能力者は存在したからね。超能力者が居るんなら、魔法使いだって居てもおかしくないさ。」
「光一……。」

 光一の目に、一瞬だけ哀しみの陰りが走る。リープは思わず視線を下げた。千雨はふと思う。

(光一さんは……過去に悲しい事があったのかな。たぶん……きっとそうだ。)

 だが光一は、あえて軽い口調で言葉を発する。

「それに長谷川から『妖怪』の映像を受け取っただろ?あんな物がいるんだ。魔法使いぐらいじゃ驚くには当たらないさ。
 まあとりあえずは、魔法使い達には俺達の正体は隠しておくべき、だな。麻帆良大工学部やら麻帆良工科大に拉致されて分析、分解されるってのは、ぞっとしないし。」
「……そうですね。でもそうだとすると、妖怪と戦ってた桜咲……あ、私のクラスメートですけど、それを助けたのはまずかったですかね?」
「長谷川は、その事を後悔しているのかい?」

 急に真正面から光一に見つめられて、千雨はどぎまぎする。だが光一の瞳が真面目な事を理解すると、彼女は思わず背筋を伸ばした。そして彼女は深く息を吐いて自分を落ち着かせると、首を横に振った。

「いえ、後悔してません。あそこで保身に走って桜咲を見捨ててたら、凄く後味の悪い思いをしたと思います。そんなのはご免ですから。」

 その答えに、光一は満面の笑みを浮かべる。それを見た千雨は、思わず赤面した。光一は力強く頷く。

「ああ、それでいい。それで、いいんだ。長谷川がやった事は、決して間違いじゃ無い。きっとそれは、正しい事なんだ。」





 千雨は光一のマンションを出て、街を歩いていた。

(結局は現状維持、か。まあそれしか無いんだけどよ。でもまあ愚痴を聞いてもらっただけ、気は晴れたか。……こんな魔法なんてファンタジーが関わった悩みなんて、理不尽さをネットのチャットで大衆に訴えるワケにもいかねーしな。……まあ言葉を飾って内容を暈せばいいのかも知れないけど、やっぱり直截的に話せる相手がいると、気が楽だよな。)

 駅のある方向へ歩きながら、千雨は色々と考える。学園の魔法使い達の事やそれに対する自分の立ち位置、光一達の事、それに自分自身の身体の事など。

(しかし光一さんから出された能力トレーニングの宿題、けっこう厳しいもんがあるよなあ。まあ事情はわかるけど。きちんと力を使いこなせる様になっておかないと、下手な時についついうっかり力を使っちまわないとも限らないからな。……うっかり体力測定なんかの時に加速装置で高速転移なんかしちまったら、とんでもねえからな。
 仕方無ぇ、今日も時間を見て人気のない山中にでも出向くか……。はぁ……私はインドア派なんだが……。)

 ふと喉の渇きを覚えた千雨は、何処かに自動販売機でも無いか、と辺りを見回す。自動販売機は無かったが、喫茶店が見つかった。そこそこ人気のある店らしく、見た限り満席では無いものの結構客が入っている。

(……機械の身体だってえのに、喉が渇くとはね。良く出来てるよ、まったく。飲み食いも普通にできるし。……本当は飲み食いしなくても良い身体だっつーのに。)

 千雨はその店に入ると、奥まった席が空いていたのでそこに座る。そして店員が水を持って来たので、一番安いブレンドコーヒーを注文した。やがてコーヒーが運ばれて来る。千雨は香りを楽しみつつコーヒーを啜り、そしていきなり噎せた。突然千雨の『耳』が、警察無線の緊急連絡を傍受したためである。

『……緊急!緊急!八十九銀行東麻帆良支店にて銀行強盗発生!犯人は4名、各々拳銃を所持しており……。』

 パトカーのサイレンが辺りに鳴り響き、喫茶店の客達が立ち上がって窓際へと駆けよる。よりにもよって事件が起きた銀行は、千雨が入った喫茶店の目の前だったのだ。千雨は頭を抱えた。

(クソ、私が出張る事はねえ!警察に任しときゃいいんだ!落ち着け!)

 千雨はコーヒーカップの取っ手を握りしめ、あおる様にコーヒーを流し込む。外から拳銃の発砲音が聞こえた。悲鳴が上がる。

『……犯人グループは客と銀行の行員を人質に立て篭もっており……。』
(今回は前とは違う!前は、桜咲は顔見知りだった!今回はそうじゃ無い!)

 千雨は伝票を持ってレジへと向かう。外の騒ぎはますます大きくなる。

(見知らぬ誰かがもしも死んだからと言って、私に何の責任がある!?)

 千雨は呆然としている店員を呼んで、コーヒー代金を押し付けると店の外へと出る。

(私の知った事か!この身体が超人的な力を持ってるからと言って、中身の私はただの一般人なんだ!)

 千雨はその場から走り去った。





 銀行のロビーで、目だし帽を被って顔を隠したステレオタイプな銀行強盗が、拳銃を見せびらかす様にして客や行員の様子を見張っていた。その数は4名。その内のリーダー格と思しき男が、銀行カウンター内に置かれていた電話にがなる。

「包囲を退かせろって言ったろうが!それと逃走用の車だ!はやくしねぇと人質を殺すぞ!」

 男は乱暴に受話器を叩きつけると、仲間に向かい叫んだ。

「おい!適当なのを1人表に連れ出して、見せしめに殺せ!」
「わ、わかった。おい!てめえだ!」
「ひ、やだ!やだあぁ!」
「みちるちゃん!やめて、私が代わりになりますから、その子を放して!」
「うるせぇ!」

 言われた仲間の男が、年端もいかない少女を引っ立て、その母親を蹴り倒して気絶させた。だがリーダー格の男はそれを止める。

「馬鹿野郎!適当ってのは、でたらめって事じゃねえぞ!女子供は逃走の時の人質だ!野郎を殺せ!」
「す、すまねえ!んじゃてめえ、来い!」
「ひ、ひやぁああぁ!」

 中年の男性行員が引っ立てられた。引っ立てた犯人の男は嫌らしく笑って言う。

「運が無かったな。さ、表に出な。」
「い、いやだ、たすけてくれ……。」
「諦めなっ!」
「あんたが、な。」

 何処からともなく、少女の様な声がした。次の瞬間、犯人の男がいる真上の天井板が崩壊し、そこから何か黒い影が降りて来る。黒い影は、人質を引っ立てていた犯人の男を叩き伏せた。肋骨が折れる嫌な音が響く。黒い影は、少女の様な形をしていた。
 リーダー格の男と、残り2名の犯人の計3名が、慌てて拳銃をその影……黒い少女に向ける。リーダー格の男が叫んだ。

「サツか!?」
「……ったく、よりにもよって私が近くにいる時に、迷惑な真似してくれやがって。何考えてやがんだよ!だいたい金が欲しけりゃ、もっと賢く稼ぎやがれ!こんな割に合わねえ事しねえでよ!迷惑なんだよっ!」
「「「……あ?」」」

 犯人達はあっけに取られるが、それも一瞬の事。彼等は即座に気を取り直すと、一斉に発砲した。だがその弾丸は一発足りとも命中しない。黒い少女の姿は瞬時に霞み、消える。キイィィンと耳鳴りの様な金属音に似た音が周囲に響き、犯人達の持っていた拳銃が銃身を縦に斬り飛ばされてばらばらに分解した。更に犯人達の腕や足がへし折れる音が派手に聞こえ、その全員が崩れ落ちる。直後、黒い少女が再び姿を現した。
 黒い少女は言わずと知れた、戦闘形態になった千雨の姿だった。

(くっそ、手加減がうまくできねえ……。色々折っちまった。人の骨を折る感触って、気持ち悪ぃもんだな、ちくしょう。)

 千雨は内心で毒づく。たとえ強盗犯と言えど人間を傷つけたと言うのは、千雨の一般人としての感覚には重い物がある。
 その時、悲鳴の様な少女の叫びが上がった。

「あぶない!!」

 千雨は反射的に体を躱す。その瞬間、千雨の身体に掠る様にして銃弾が通り過ぎた。千雨は慌てて振り向く。そこには警備員の服装をした男が、拳銃を構えて立っていた。おそらくは事前に潜り込んでいた、犯人グループへの内通者だろう。その男は舌打ちをすると、千雨に警告の叫びを上げた少女を掴み上げ、銃を突きつけた。
 男は忌々しげに言う。

「やってくれたな……。何者か知らねえが、おかげで計画が滅茶苦茶だ。」
「……警察が来た時点で、全部おじゃんになってるって思うのは、気のせいか?」
「てめえ!」

 千雨の台詞に、男は激昂する。千雨は慌てて男を宥める。

「オーケー、オーケー。わかった。落ち着け。その子を放せ。余計罪が重くなるだけだぞ。」
「ち、逃げ切れねえのはわかってらあ、ちくしょう。ああちくしょう、どうせここで金が手に入らなきゃ、俺達ぁオシマイなんだよ。ヤバい借金のカタに、移殖用にハラワタやら角膜やら皮膚の一片、血の一滴に至るまで、残さず売り飛ばされるコトに決まってるんだ!どうせなら、行く所まで逝ってやらあ!人質、皆殺しにしてやる!」
「おい待てって!!」
「黙れっ!動くな!」

 男が拳銃を人質の少女から離し、狙いを千雨に移した。千雨はその銃口を見つめつつ、千載一遇のチャンスとばかりに高速転移しようとした。
 そしてその拳銃がばらばらに斬り裂かれた。

「は?……ぐうっ!?」

 鈍い音がして、警備員の格好をした男が崩れ落ちる。

「はい?」

 千雨はまだ高速転移していなかった。突然の事態の急変に、頭が付いて行っていない。ともあれ千雨は放り出されかけた少女を抱きとめた。

「……っと、大丈夫か?」
「う、うぇえぇ……。こ、怖かった……。うええぇぇえぇぇん……。」
「ああ、泣くな。もう終わったから、な?」
「大丈夫か、『16th』?」

 その時、突然声がかけられた。千雨はその声の方を見る。そこには千雨の戦闘形態に似た、黒を基調としたマシナリーの姿があった。その胸には、赤で『8』の文字。視界の中には『8th』のアイコン。……光一の戦闘形態である。

「こ、光、じゃなかった、『8th』……でいいんですか?来てたんですね。」
「君より一拍遅れたけどな。それと『8マン・ネオ』と呼んでくれると嬉しい。拘りのある名なんだ。」
「どっから入って来たんです?」
「通気口。」

 見ると彼の斜め後ろにある通気口の給排気口の、その蓋が吹き飛んでいた。
 光一はふっと笑うと、その口を開く。

「さ、もう行かないと。警察が来る。」
「あ、ちょ、ちょっと待って……。」

 千雨は慌てて抱きかかえていた少女を降ろし、踵を返した光一の後を追う。2人が高速転移して加速状態に入った直後、銀行の中の様子がおかしいと気付いた警官達が突入してきた。





 パトカーが集まり騒がしい銀行前を後にして、千雨と光一は並んで歩いていた。と、光一の体内無線にコールが入る。隣を歩いている千雨からだった。

『……本当は、事件なんか無視して警察に任せようと思ったんですよ。』
『うん、それも間違いじゃない。』
『ですよね。被害者達は顔見知りでもなんでもない他人だし。第一、こういう時のために警察があるんだし。』
『……。』

 光一が黙っていると、千雨が言葉を続けた。無論、口には出さずに体内無線による通話である。

『だけど……。気付いたら銀行に忍び込んでた。そして、銀行員のおっさんが殺されそうになった時、飛び込んでた。素人が下手に手を出して失敗して、被害が広がったら、どうする気だったんでしょうね、私。現に最後の一人、警備員に化けてたやつを見逃すって失敗をしたし。正義のヒーローにでもなったつもりだったのかよ、私。』
「でも誰一人死ななかった。」

 光一が体内無線ではなく、口に出して言った。びくりと千雨の肩が震える。光一は続ける。

「犯人も含め、誰一人として死ななかった。人質には傷一つ無い。」
「だけど……。だけどっ……。」

 その時、突然光一の右手が千雨の左手を握った。千雨は顔を上げる。視線の先には、光一の優しい目があった。光一は呟く様に言う。

「怖かった、んだろ?」

 千雨は小さく頷く。彼女もまた呟く様な声を、なんとか絞り出す。

「怖かった……んだ。あの妖怪なんかと戦うよりも、ずっと怖かった。妖怪はなんて言えばいいのか……。現実感が、小さかったって言うか……。殺すのにも躊躇は……無かったんだ。
 でも、あの銃口は、こ、怖かった。それに、手加減を間違え、て、殺しちゃ、う、のも、こ、怖かった。ひ、ひとごろし、になりたく無かった。で、でも人質、を、殺され、るのは、も、もっと怖かった、んだ。そ、そうなって、後から後悔に、苛まれ、るのの、方が、嫌だった。怖かった。」
「俺も怖いよ……。」
「!」

 光一は小さな声で、しかしはっきりと言った。

「俺も怖い。かつて怖かったし、今も怖いし、これからも怖いだろう。ずっと、ね。」
「こ、光一、さんは……。」
「だけど立ち向かう。だから立ち向かう。怖いからこそ、それに立ち向かえるんだ。
 ……ごめん、何を言ってるのかわからないな、これじゃ。だけど、これだけはわかって欲しい。長谷川は一人じゃ無い。」

 その言葉を聞いたとたん、千雨の目からはらりと涙がこぼれ落ちた。彼女は思わず袖口で涙を拭く。そして今度は真っ赤になって下を向いた。
 そしてその後千雨は駅まで光一に送ってもらった。駅に着くまで、光一は千雨の手を放さなかった。いや、千雨が光一の手を放さなかったのかも知れない。まあ、どちらでもいい話ではあるが。





 明けて月曜日、千雨は2−Aの教室に登校していた。窓際から4列目、前から5段目の自分の席に着く。と、そこへ麻帆良パパラッチを自称する報道部員、朝倉和美がやって来た。千雨は怪訝な顔をする。

「おはよーちうちゃん。良い週末だったかな?」
「な、なんだよ朝倉。私がどんな週末過ごそうと勝手だろ。」

 千雨がそう言うと、和美はにんまりと笑う。

「いやー、実は日曜日に八十九銀行東麻帆良支店に強盗が入ったってニュース、知ってる?」
「なっ!?」
「いやー実は私もその時現場近くに居てさー。拳銃を持った銀行強盗を、謎の人物がばったばったとなぎ倒したって言うじゃない。まあ警察が来てたし、その現場には入れなかったんだけどねー。
 でもってさ、そこで見ちゃったんだよねー。ちうちゃんを、さ。ちなみに写真も撮ったよ。」

 千雨は顔面蒼白になる。

「な、お、おい!」
「ふふふ〜ん、どーしよっか、な〜♪この写真。」
「待て、待て待て待て!」

 千雨は和美の胸倉を掴むと、教室の後ろ扉からそのまま廊下へとダッシュした。そして廊下へ出ると千雨はドスの効いた声で和美に問う。

「何が望みだ、朝倉ぁ……。」
「ん〜、そだね〜。折角のスクープだし。」

 和美はにやりと笑う。千雨は唾を飲み込んだ。緊迫した空気が漂う。
 と、突然和美は笑いだした。

「あははは、な〜んてね。心配しなくてもいいよ♪人の恋路の邪魔なんかしたら馬に蹴られちゃうしね〜。」
「は?恋路?」
「またまたー。ま、写真も返してあげるよ、ホラ。ネガも渡すから安心して。」

 そう言って和美がネガごと渡してきた写真を見て、千雨は目を丸くした。千雨はその写真を見る瞬間まで、そこには千雨が戦闘形態に変身する様子でも写っているのだとばかり思い込んでいたのだ。だがそこに写っていたのは……。

「いやー、ネットアイドルちうちゃんの趣味がああいう優男だとはねー。なんとなく筋骨隆々としたマッチョマンが似合うんじゃないかと思ってたんだけど。」
「……。」

 そう、その写真に写っていたのは、光一に手を引かれ、赤面して下を向いて歩く千雨の姿だったのである。その写真を見た千雨の顔は、今度は蒼白から一気に紅潮した。

「なななななな、お、おまおまおまえ、かか勘違いすんじゃねーぞ。別に光一さんは私と付き合ってるってワケじゃ……。」
「へー、コーイチさんって言うんだ。名字は?」
「だだだ黙れっつってんだろ朝倉てめぇ!」
「いや言われて無い。今初めて言われた。」
「〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 千雨は完全にテンパっていた。そんな千雨を尻目に、和美は教室へ戻って行く。

「ああ、そろそろ朝のSHR始まるね。急いで戻らないと。んじゃお先。」
「あ、てめぇ待てコラ!……行っちまった。くっ、私も戻るか……。」

 自分も教室へ戻りながら、ふと千雨は和美が返してよこした写真に目を向ける。ピント、構図、その他諸々がきちんと整った、いい写真ではあった。確かにこれだけ見れば、千雨と光一の逢引写真にしか見えまい。千雨は右手で頭を掻きつつ、和美の勘違いをどうすべきか考えながら、教室へと入って行った。写真とネガを無意識のうちに大事そうに仕舞い込みながら。


あとがき

 千雨魔改造SSの第2話です。今回は千雨に弱い所を曝け出して貰いました。無敵の力を持っていても、中身は普通の女の子ですからね。涙が出ちゃう事も、ままあるでしょう。
 一方で「エイトマン・インフィニティ」側のキャラである光一にはかなり強化を加え、精神的にも能力的にも強いスーパーキャラになってもらってます。原作の光一は、未熟な少年の側面も持っていたのですが、本作では「戦いを終えた後」と言う事で成長後の理想的なキャラになっています。今後とも色々と、千雨を支えてくれることでしょう。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。感想があれば、きっと筆者が奮起して続編をがんがん書く気力が湧く事でしょう。たぶん。


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