「ラグオルの狩人(ハンター)」
正直なところ、人間たちの気持ちはよくわからない。
たしかにパイオニア2の食糧事情は逼迫している…らしい。
日々の食事の内容も、日を追って貧しさの度合いを増している…という話も聞く。
だが、食料源を自然原料の物から培養蛋白…遺伝子改造したバクテリアによる合成蛋白のことだ…に順次切り替えていけば、まだしばらくは保つはずである。
第一、故郷である惑星フォーブにいた頃から、下層階級に属する人々はろくに味付けもされていないできあいの培養蛋白を主要な食料源にしていたはずだ。
下層であれ上流であれ中流であれ、どの階級に属していようと人間は人間なのだし肉体の構成要素が変わるというわけでもないだろう。
であるならば、何を食おうが肉体が維持できればいいと私は思うのだが。
それはまあ、パイオニア2の中に設置できる培養プラントでは、フォーブで作られる培養蛋白と比して多少品質が落ちるやもしれない。
だが、人体の肝機能がしっかりしていればその程度何の問題もないと思うのだが。
「…少なくとも、こんなのを食おうなどと思うよりは、よっぽど健康的だと思うのだ…がっ!」
私…アンドロイドのハンターである雷音丸…は目の前で断末魔の叫びをあげるブーマに、ソードでとどめの一撃をあびせた。
「…雷音丸、ブーマのサンプルはそのぐらいでいいだろう」
最後のブーマを倒し終わった私に、このハンターチームのリーダーである人間…レンジャーのジェイルが声をかけてきた。
「そうか…では次はモスマントだったな」
「昆虫によく似た生物だったよな〜…サバイバル教本には昆虫も貴重な蛋白源だって書いてあったけどさぁ」
ぶつぶつ言っているのは、ニューマンのフォースであるケインズだ。
「なんであんな代物くわにゃならんのだ…お前はいいよなー雷音丸。この仕事は、サンプルの捕獲だけじゃなく、それを調理したものを食って、レポートまで提出しないと終らないんだぜぇ?アンドロイドのお前は、このクエスト最大の試練を免除されてるってぇワケだ」
ケインズは、どうやらこの仕事の依頼者である総督府の学者よりはまともな精神をしているらしい。
いつもであれば、彼ほど非常識な者はいないと思っていたのだが。
ケインズはさらに続ける。
「だいたい、総督府は研究用に何体も原生生物を捕獲してるはずじゃあねぇのかよ」
「あれは研究用で、他にサンプルを回せる余裕は無いそうだ。それに、何体もって言うほどは捕らえておらんとの事だ」
ケインズにジェイルが説明する。
しかしケインズはぶつぶつと、モスマントを食うなんて、などと愚痴を言い続けている。
彼の気持ちもわからないでもない。
だが、彼には酷かもしれないが、彼の認識の誤りは一応指摘しておくべきだろうと思う。
「ケインズ」
「なんだよぉ雷音丸」
「捕らえるのはモスマントだけじゃないぞ。モスマントの巣、モネストもだ。当然、それも食わねばならんはずだ」
そう言った瞬間、ケインズは絶望的な叫び声をあげて地面に倒れ伏した。
私はアンドロイドで本当によかったと思う。
「…これで最後か?」
ヒルデベアにとどめを刺した私は、やや後方から援護射撃をしていたジェイルを振り返って尋ねた。
だがジェイルは首を横に振る。
「まだ一種類残ってる。ラッピーだ。アル・ラッピーは個体数が少ないからいらないそうだが普通のラグ・ラッピーはぜひとも必要だそうだ」
私はそれを聞いて絶句した。
「ラッピーを捕らえろ…?」
それは至難の業だった。
今までラッピー種を倒したハンターは存在しない。
ラッピーという種族は好戦的ではあるが臆病で、数発攻撃を喰らっただけで気絶してしまう。
だがその割に肉体的耐久力や防御力は桁外れで、普通なら確実に死んでいるだけの攻撃を受けても生きているのだ。
そして目がさめても狸寝入りを続け、こちらの隙をうかがって一気に逃げ出すのである。
その逃走速度は極めて速く、てだれのレンジャーですら逃げるラッピーに命中弾を与えるのは至難の業である。
私も、ラッピーが逃走し終える前にその生命力を削りきる自信はまったく無かった。
「まあしかし、森林区域に出没する原生生物中では一番食料源としての期待が持てそうじゃないか。総督府から渡されたリストにも最重要として赤丸がついている」
そう言われてしまっては、どうしようもない。
私は首を振りつつ、ラッピーを捜すため歩き出そうとした。
ところがケインズが動こうとしない。
「ケインズ?」
「ケインズいくぞ」
ケインズは肩を落としつつこちらへ歩き出した。
「どうしたんだ?ケインズ」
ジェイルが尋ねると、しょんぼりとケインズは答えた。
「…ヒルデベアなんか食いたかねぇよ…」
「だーっ!また逃げたっ!?」
ケインズのラバータで氷漬けにしたはずのラッピーが、氷塊を振り払って逃走した。
慌てたジェイルがライフルを乱射する。
なんとか一発は当てたものの、ラッピーは一度転等しただけで立ち上がり、あっという間に草むらへ逃げ込んでしまった。
「このままでは無理だな…」
私はラッピーが羽の間に隠し持っていた金塊を拾い上げながらつぶやいた。
余談であるが、ラッピーは何故か羽毛の間に高純度の金やらレアメタルやらを隠し持っていることが多い。
おそらくは鉱脈の露頭から拾ってくるのだろう。
光物が好きな所は、さすがに飛べなくても鳥というだけの事はある。
『…鳥…か』
私はジェイルに向き直った。
「ジェイル、どうせ食べてしまうのだろう?羽毛はむしるんだろう。ちょっとぐらい外面が汚れても大丈夫ではないのか?」
「何か考えがあるのか?」
怪訝な顔でジェイルが尋ねた。
「な〜るほど、トリモチ作戦ってわけか。これならあの黄色い毛玉どもだって…」
ケインズは嬉々として周辺に宇宙船補修用ゲル化剤をばらまいていた。
「じゃあ俺とジェイルがここで待ち構えてるから、雷音丸はラッピーどもをこっちに追い込んでくれ」
一転して上機嫌になったケインズの台詞に、ジェイルも重々しく頷く。
私は彼らから離れて、レーダーに映る影へ近寄っていった。
そろそろと忍び足で歩いていくと、何処からか黄色いラッピーが降ってきた。
「よし!」
私はラッピーを振り切らないように、速度を調節しながら罠をしかけた場所にむかって移動していった。
ラグ・ラッピーは何も知らずにのこのこと追いかけてくる。
そろそろゲル化剤をばらまいている場所だ。
私は自分が罠に踏み込まないように足元に注意しながら歩き続ける。
「雷音丸!!レーダーを!!」
ジェイルの叫び声が聞こえた。
はっとした私がレーダーを見ると、丘の向こうに光点が見えた。
「ヒルデベア!」
気づいたときには、一匹のヒルデベアが私の頭上はるかに跳躍していた。
私は横っ飛びに、落下してくるヒルデベアを避けた。
しかし、そのはずみでゲル化剤のトリモチに突っ込んでしまう。
ヒルデベアはヒルデベアで、別のゲル化剤に踏み込んでもがいていた。
だが、さすがにヒルデベアの膂力はすさまじく、その場所の地面ごともちあげて私に向かってきた。
「あぶねぇ!」
「伏せろ!」
ケインズのラバータが、ジェイルの狙撃が、ヒルデベアを叩き伏せる。
ヒルデベアは苦し紛れに炎を吐いた。
二人の攻撃はなおも続く。
ついにヒルデベアは倒れ伏した。
「…はぁ、あぶなかったな」
「大丈夫か?雷音丸」
ズタズタになったヒルデベアを見下ろしながら、二人は私に話し掛ける。
だが、できるならそれは、このラッピーをなんとかしてから言ってほしい。
ヒルデベアが吐いた火炎の熱でゲル化剤が硬化し、それに固められてしまった私は、ラグ・ラッピーに突付かれるままになっていたのである。
とても痛かった。
その後、あらためてトリモチ作戦をしかけ…今度は他の原生生物が近くにいない事を確認してから、である…見事に数体のラグ・ラッピーを捕獲できた。
そして、それぞれの原生生物をパイオニア2のハンター食堂で料理に仕立ててもらった。
ジェイルとケインズは四苦八苦しながらそれをたいらげている。
無論、毒性や病原菌、寄生虫などのチェックはメディカルセンターが完璧にやってくれたので、心配はない。
しかし、モネストの内部組織にモスマントの肉をあしらったサラダ、ブーマのハンバーグ、ゴブーマのソーセージ、ジゴブーマのタルタルステーキと続くゲテモノ料理には、歴戦の二人もかなり消耗したようだ。
一番閉口していたのは、サベージウルフの鍋でもバーベラスウルフの焼肉でもなく、やはりヒルデベアの腿ハムだったようだ。
ヒルデベアの腿はとんでもなく筋張っており、粗食に慣れた彼らもさすがに消化しきれず、腹を壊してしまった。
そのおかげで、残りの料理の試食は数日延期するはめになったが。
意外と好評だったのが、ドラゴンステーキである。
もっとも、あの巨体であっても、食用に適する部分はおどろくほど少なく、狩りにかかる手間を考えると食料源としては有望とは言えなかった。
そして、一番苦労させられたラッピーである。
「ぐぇええぇえっ!?な、なんだこの血なまぐささはっ!!」
「ま、不味い…」
さもありなん、と私は思った。
故郷である惑星フォーブにも、ダーチーという飛べない鳥がいる。
ダーチーは臆病な鳥で、時速80kmで走るための強靭な足、そして周辺を警戒するための長く伸びた首を持っている。
ダーチーを驚かすと、まともな人間でもニューマンでも、無論アンドロイドでも追いつけない速さで逃走する。
ダーチーは食用として飼育されている事が多いのだが、と殺する時にはガスなどを用いて、驚かさないようにして静かに殺すようにされている。
興奮したダーチーは全力を出すためにアドレナリンを過剰排出する。
そして、筋肉に大量に酸素を供給するため血圧が上昇、結果として毛細血管があちこちで破れ、筋肉が食用に適さないほど血なまぐさくなってしまうのだ。
ラッピーも、そのダーチーとは形状こそ違えども、習性はかなり共通点がある。
おそらくは体質も似ているのではないかと思っていたのだ。
『…まあ、もっともラグオルの異変のおかげで、原因がわかるまでは不必要な環境破壊は危険だから、と…ガスの類は使用を禁じられていたし、やむをえんだろう。それにNBC兵器類はハンターズギルドでは認められていないしな』
私は心の中でつぶやいた。
「う、うぷっ!」
「不味ぃ〜まじぃよ〜」
私はアンドロイドで本当によかったと思う。
そろそろ私も充電に行こう。
「…これがレポートですか。ごくろうさまでした。このレポートを参考に、食料調達計画を検討させてもらいます。報酬はギルドカウンターで受け取ってくださいね」
総督府の使いの女性は、にこやかな笑みを浮かべながらそう語った。
ちなみにジェイルとケインズは現在寝込んでいる。
さすがに妙なものを食いすぎたようだ。
さっさと彼らの分も報酬をうけとって、帰るとしよう。
「ところで…」
そう女性が言ったとき、私は嫌な予感を覚えた。
アンドロイドには第六感は存在しないと言われているのだが。
「引き続き調査をお願いしたいんです。今度は洞窟内部をお願いします」
…次はアルタードビーストを食う気だろうか。
人間というのは、本当にわけがわからない。
もしかしたら、そのうち坑道のマシン類の生体部品や、ダーク系モンスターまで食おうとするかもしれない。
私はアンドロイドで本当によかったと思う。
あとがき
私が初めて書いたPSO小説です。
このSSは、CROSSさんから頂いた暑中見舞いのお礼に、「月下美人」に寄贈した物です。
このSSは、PSOをやっている最中に、「ラッピーって美味いかなあ」という話題になったのがモトネタです。
いや、言ったのは私だけで、周辺の人たちはいっせいに「Boo!」とブーイイングの嵐だったんですがね。
でも、そこらへんからだんだんと考えが膨らんできまして。
そこで、ちょうどCROSSさんへの暑中見舞いお返しに悩んでいたので、「これだ!」と思って一気に書き上げました。
まあ、でもやっぱりヒルデベアやブーマ、アルタードビースト類は食いたくないですな。
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