「鋼の恋心」


「好きです」
 アンドロイドの少女は、私に向かってそう言った。
 彼女の名はテーラと言う。
 女性型アンドロイドのレンジャー…レイキャシールだ。
 テーラとは、私がハンターとなってからしばらくの間、チームを組んで一緒にクエストをこなした事もある。
 少女とは言っても…少女型とは言っても、実のところ年齢は私よりも上だ。
 彼女はまだ未熟だった私を、一人前のハンターに鍛え上げてくれた師匠であり恩人でもある。
 私が、ただ守られていただけの見習い期間を脱出し、今の仲間たちと組むようになったのは1年前だ。
 今では私の実力…ギルドに認定されたハンターレベルは、彼女よりもずっと上になっている。
 だが、それでも私にとって彼女は尊敬する師であり、頼れる『姉』のような存在でもあった。
 そのテーラが私に対し、そのような感情を抱いていたとは思いもしなかった。
 その事をあの当時に知っていたとしたら、私はいったいどうしていただろうか。
 テーラは再び言った。
「貴方が私と離れて以来、ずっと貴方の事を想っていました。」
 彼女の目はとても真剣に見えた。
 アンドロイドと付き合いの浅い人間は信じようとしないが、アンドロイドのレンズ眼にも表情はある。
 私の目の前で、私に訴えかける彼女の目は、本当に真剣で、そして哀しみに彩られていた。
 彼女は続ける。
「最初、正直貴方はとても出来が悪い生徒でした。少し考えれば犯さない失敗を何度も繰り返し、まったく見込みは無いとさえ思っていたものです。ですが、その後貴方はどんどんと実力をつけ、あっという間に逞しくなっていきました…実際、私の眼鏡違いだったのでしょうね。最初に貴方の素質を見抜けなかったのですから」
 彼女は肩を落とし、悄然とした様子でしばらく口をつぐんでいた。
 だが、決然とうつむいていた顔を上げ、再び話しはじめる。
「最初は貴方のことを、人間で例えて言うなら出来の悪い『弟』のように感じていたのだと思います。とても手間がかかり、いつも面倒をかける…でも見捨てることの出来ない…そうですね、『可愛い』と思っていたのではないか…そう思います。私は人間ではありませんが、その表現がおそらくは適切であると推測できます」
 私は思わず口をはさみそうになった。
 いい歳をして、『可愛い』と言われては正直なところ立場が無いからだ。
 だが、寸前で思いとどまることが出来た。
 彼女は真剣に話している。
 であるならばその言葉を、こちらも真剣に最後まで聞かねばならない。
「ですが貴方はどんどんと成長していきました。あっという間に手がかからなくなり、私が助けられることも多くなりました。貴方と言う存在に対する私の認識は、いつのまにか『弟』ではなくなっていました。あの当時の私は、貴方のことを仕事上の『パートナー』として認識していたのです。いえ、そう認識している、と思い込んでいました」
 テーラは再びうつむくと、声の音量を下げた。
 まさに、消え入るような声だった。
「…ですが、それは間違いでした。貴方はそのうちひとり立ちの時を向かえ、自分に見合った同程度の実力を持った仲間を見つけてチームを組みました。それは当然のことです。何もおかしなことはありません。ですがその後、私には変化が起きました。簡単な仕事で、普通ならやらないような失敗を繰り返し犯しました。貴方のいたときの癖が抜けないのだろうと、行動パターンデータを繰り返しデバッグしました。ですが、失敗はおさまりませんでした」
 彼女は顔をその両手で覆った。
「ハンターチームの仲間から『物思いにふけることが多くなった』と指摘されました。後から自分の行動を分析してみると、そのような時にはいつも貴方と共に任務をこなしていた頃の記録情報を呼び出していました。睡眠中に見る『夢』にも、貴方が出ることが多くなりました。私が危機的状況に陥ったとき、貴方に助けられた場合の映像が再生される事が多かったです」
 アンドロイドの言う『夢』とは、AIが記憶の整理をするときのフラッシュバックのことだ。
 人間の夢と同じように、様々な記憶が入り交ざって、実際にはなかった事柄や、突拍子も無い状況の映像を見ることもある。
 しかし、『夢』を見ているアンドロイドにとって重要な事柄に関わる記憶が映像として再生される、ということは間違いがない。
「その仲間に相談したところ、彼女は言いました。それは『恋』だと。最初私には信じられませんでした。私は人権こそ認められる条件を満たしてはいますが、その中では初期型に類するアンドロイドです。そのような感情を持てるだけの能力は、私のAIは持っていないと思っていました。ですが…」
 消え入りそうな様子で彼女は言葉を続ける。
 そのあまりにも儚げな様子、悲しげな様子に、私は彼女が本当に消えてしまうのではないかと、そのような錯覚を覚えたほどだ。
「ですが、とうとう私はそのことを認めざるを得なくなりました。ある仕事の最中、私は自分のミスで窮地に落ちました。そしてそのとき、私は一緒に行動していた仲間ではなく、声を出して貴方に助けをもとめてしまったのです。そのときはっきりと自分の感情が確認できました」
 テーラは顔を上げると、私と目をあわせた。
 そして、きっぱりと言い放つ。
「貴方を愛しています」
「テーラ…」
 彼女は後ろを向いて歩き出した。
「て、テーラ!何処へ行く!?」
 呼び止める私に、彼女は言葉を続けた。
 その歩みを止めようともしない。
「…私は、今の私の『気持ち』を貴方に伝えたかっただけです。私はそれで満足です。…私はアンドロイドです…貴方と共にいたいなどと言う、大それた望みは最初から持っていません。ただ、私の『想い』を伝えることができただけで、充分です」
 私はその言葉に対し、困惑と、そして怒りを感じた。
 駆け寄った私は、テーラの細い腕をつかむと強引に向き直らせた。
「…!…放してください…」
 彼女は私と視線をあわせようとせずに言った。
 私はあえてゆっくりとした口調で彼女に話しかける。
「テーラ…君はどういうつもりで、そんな事を言うのだ。アンドロイドだからと言って、なぜ私と共にいられない、などと言うのか。そのようなことはまったく関係ないことではないか。それに君は私の返答も聞いていない。いいか、よく聞いてくれ。私は君を尊敬しているし、頼りに思っている。『姉』のようにすら思ってもいる。だがそれ以上に、私は君を…かつて君とチームを組んでいた頃から私は君を」
「やめてください!!」
 彼女の悲痛な叫びが響く。
 彼女が声を荒げるなど今までになかったことだ。
 それだけ彼女の『心』が苦痛に満ちているという事なのだろうか。
 だが…。
「私は貴方の重荷になりたくはない!なってはいけない!だから諦めたのです!諦めたのに!こんなアンドロイドの私など!貴方にはふさわしくない!やめてください…諦められなくなって…しま…う…」
 彼女はそのまま床にくずおれる。
 人間でもニューマンでもない、アンドロイドである彼女は『泣く』ことは無い。
 だが、彼女は確かに泣いていた…そう思う。
「…こら」
 私は彼女の頭頂部に、手刀を振り下ろす。
 ゴンという金属音がした。
「あっ」
「いいかねテーラ…君は何を考えているんだ。君と私の間でアンドロイドだなんだという事を重荷に考えるなど馬鹿げている。現に、ニューマンや人間と婚姻契約を結んでいるアンドロイドだって、数は多くないが存在し、しかもそのかなりの部分は幸せな暮らしを維持している。しかも…」
 そこで私はいったん口を閉ざし、一拍置いた。
 そして最大音量で叫んだ。























「しかも私自身がアンドロイドだというのに、何をはばかることがあるのか!?」















「あっ…!!」
 どうやら彼女は、すっかりその事が電脳から抜け落ちていたらしい。
 自身の恋愛感情と、自分がアンドロイドである事に混乱をきたしていたためだろうとは、理屈では推測がつく。
 だが、なんと言えばいいのだろうか。
 こういう時、人間やニューマンならば『どうにも腑に落ちない』とでも言うのだろうか。
 少々違うようにも思える。
 とにかく、何というのか、あまりに間の抜けた話で納得がいかないのだ。
「あ、あの…ら、雷音丸…貴方は…」
 テーラはどもっている。
 自分の間抜けな勘違いに、かなり混乱をきたしているようだ。
 しかしこれは勘違いというか、どちらかと言えばケインズが言うところの『大ボケ』というものに近いようにも思える。
 正直な話、私のAIはかなり酷使されたように短期記憶のバッファーが、かなりの部分埋まっており、状況に対する分析や行動指針などを割り出すための平均算出時間が相当遅くなっていた。
 人間やニューマンならば『へとへとに疲れた』というところだろうか。
 今夜の睡眠時間は必要以上に長くなりそうである。
 だが、それでも最低限のことは言っておかねばならない。
 それも今すぐ、緊急にである。
 私は床にへたり込んでいるテーラに手を貸して立たせると、彼女のレンズ眼を見つめてきっぱりと言った。
「私も君を好きだ」


(おまけ)
「…雷音丸のやつぁよ、よく『人間の気持ちはわからない』『ニューマンはもっとわからない』とかほざくがよぉジェイル」
「うん?」
「俺にゃあ奴ら、アンドロイドの方がわからんね…」
「うむ、その気持ちは俺もよくわかるぞケインズ…はぁ…」
「あの女アンドロイドもわけわかんねー事言ってたけどよぉ。雷音丸も雷音丸だ。なんであんな場所であーいうコトやるかね」
「うむ…」
「俺にゃあ、こっぱずかしくて出来やしないね、あんな『ギルドカウンター前』でベタベタの愁嘆場なんてよぉ…やっぱり精神構造が違うのかね俺らと」
「いや、あいつらが特殊なんだと思うが」
「だな…あんな大ボケアンドロイドどもばかりじゃあ、シャカイチツジョとかコージョリョーゾクとかいうもんもなりたたねーやな」
「…そう言ってる割にはケインズ」
「んぁ?」
「羨ましそうだぞ」
(直後フォイエ、バータ、ゾンデの嵐が飛び交い、ジェイルとケインズは膨大な罰金の支払処分および短期のクエスト紹介停止処分を受けたとのことだった。どっとはらい)


あとがき

 さて、今回はベタベタの恋愛モノです。
 WEEDには恋愛経験が薄いので、人間やニューマン間の恋愛ストーリーは正直書きようがありません。
 まあ情け無いですが。
 だもんで、アンドロイドの恋愛なら多少うすっぺらで中身が無くともごまかせるかなー、と。
 まー、なんて卑怯者(笑)

 そんなわけで、主人公3人組のジェイル君ケインズ君には今後もお相手ができる可能性はありません(笑)
 御愁傷様です。
 ちーん(なむなむ)。
 まあ、彼らには作者と共に不遇を囲ってもらいましょう。

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 感想を送ってくださると、作者であるWEEDがものすごく喜びます。


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