異端審問の恐怖
注)本作品ではキリスト教、特にカトリックが誤解されるような表現が含まれております。くれぐれも本当のキリスト教教会組織とは関わりが無いことを肝に命じた上、お読みください。
その日の朝、唐巣神父は郵便受けから取ってきたエアメールの中身を握り締めたまま硬直していた。
彼の額には玉のような大粒の汗がいくつも浮いている。
神父の口から苦渋の呟きがもれた。
「…奴が…異端審問官が来る…」
「…というわけで、先生は朝からずっとこうなんだタイガー。もうしわけないんだけど、エミさんにはよろしく言っておいてくれるかな?」
「わかったですジャ。しかし、いまどき異端審問官ですかノー?」
「まぁ…悪魔祓い(エクソシスト)は教会組織は認めてないから…。それに教会を破門されている先生が神父を名乗ってる…自分で名乗ってるわけじゃなく、周囲の人間がそう呼んでいるだけなんだけどね…のも気に食わないらしいんだ」
ピートはタイガーに向けて申し訳なさそうに頭を下げた。
タイガーは彼の師匠である小笠原エミの言い付けで、唐巣神父に除霊の助力を頼みに来たのである。
もっとも実のところ、エミが唐巣神父へ助力を頼もうとしたのはピート目当てであった。
本来であれば彼女はタイガーに代理を頼んだりせず自分で誘いに来るつもりであったが、突然急用ができてしまい来られなかったという裏がある。
閑話休題。
タイガーはピートが手にした紙片…エアメールと、十字架の前に跪いて一心に祈り続ける唐巣神父へと目を向けた。
「僕もいまどき…とは思うんだけどね。今も交流がある、教会に残った先生の御友人が警告をくださったんだよ。ごく一部の過激な輩が暴走した…日本へ向かった。ってね」
「そんな状態ジャと、どーしようもないですノー」
唐巣神父の祈りはなんかそろそろ愚痴に近くなってきている。
内容は弟子である美神の守銭道爆走ぶりやその周囲の人間たちの常識の無さ、人情紙風船っぽさなどが主となっていた。
…そろそろダメなのかもしれない。
その時、教会の扉がノックされた。
表から横島の声がする。
「おーい、ピートぉ。唐巣神父、いるかぁ?」
「あ、はい横島さん。いることはいるんですが…」
ピートはそう言って、扉を開けた。
教会の前には横島が立っていた。
ただ、問題は彼の後ろにキツい目をした神父服の青年が立っていたことだろう。
ピートとタイガーはぎょっとした。
横島は笑顔で彼らに説明する。
「ああ、なんでもこの人は唐巣神父に用事があって、わざわざローマからやってきたんだそーだ。なんでも古い知り合いだとか…」
「き…輝道正志っ!!やっぱり…君が来たのかっ!君が来てしまったのかっ!」
叫んだのは唐巣神父だった。
輝道と呼ばれた青年は不敵な笑みを浮かべる。
「…唐巣『元』神父。…貴方に神の裁きを下しに来ました」
彼はそう言うと、呆然としている横島を蹴り飛ばした。
横島は軽く数メートルは吹き飛んで、ピート、タイガーを巻き込んで神父を押し倒す。
「うわあぁぁぁっ!?」
「ぐわっ!」
「でええぇぇぇっ!?」
「のわぁああぁぁぁっ!?な、ナニすんじゃぁっ!せっかく人が親切に道案内してやったちゅーのにっ!」
輝道青年は鼻で笑った。
「…異端者唐巣和宏…そしてその一党よ。この異端審問官輝道正志が断罪するっ!」
「うわああぁぁっ!?俺は関係ないぞっ!!」
「わっしもですジャああぁぁっ!!」
「ああっ二人とも薄情な…」
あまりにも情けない友二人の言い分に、輪をかけて情けない声でピートが抗議する。
輝道青年…いや異端審問官はふたたび鼻で笑うと尊大に言い放った。
「…そちらの男は横島忠夫…唐巣和宏の孫弟子だ。充分に関係がある。
そしてそちらの優男はピエトロ・ド・ブラドー…。唐巣和宏の直弟子にして汚らわしいバンパイア・ハーフ…。貴様のような輩が神の僕を名乗ることなど、天が許してもこの俺が赦さんっ!
そちらの影が薄い大男もついでに断罪してくれよう!!」
「…わっしは…わっしは…」
あまりと言えばあまりな言い草に、タイガーは壁を向いてしゃがみ込み涙する。
そして横島は『うわー、うわー』と情けなく右往左往し、ピートは自分が半吸血鬼であることを揶揄されて、ぐっ!と詰まる。
だが、その時彼らの後ろで頭をかかえていた男が立ち上がった。
「…訂正してもらおう」
唐巣神父である。
彼は先ほどまでの狼狽振りが嘘のように、厳しい表情で毅然と異端審問官の前に立ちはだかった。
「ピートは信仰厚く悪を憎み正義を愛する勇敢な男だ。『汚らわしい』だって?訂正してもらおう!」
「ふん、邪悪の手先どもめ…互いにかばい合うか!」
異端審問官は神父服の懐から錫杖型の神通棍を取り出すと、神父に向かって殴りかかる。
神父も神に祈りを捧げ、霊力を集中させる。
そして二人の聖戦士は激突した。
「ぬううぅぅんっ!?」
「くうっ…」
「す、凄ぇ…実力はほぼ互角…だな」
「な、なら手助けがいれば確実に勝てるんじゃないんですかノー…」
「な、なら僕が…先生!唐巣先生いま行きます…」
ピートはそう言いつつ互いに弾き飛ばされた一方、唐巣に走り寄ろうとした。
だが唐巣はそんなピートを制する。
「だめだピート!逃げろ、逃げるんだ!勝ち目は…無いっ!こいつは私を倒せばそこでとりあえずは満足するはずだっ!私が時間を稼いでいる間に…」
「…そうはさせんっ!!異端審問官としての使命にかけて!誇りにかけて!!目の前に現れた異端者や背教者を逃がしてたまるものかっ!!聖合!!」
輝道がそう叫んだ瞬間、唐巣のボロ教会の中をすさまじい閃光が包んだ。
同時に、飛び交う光の球体が神父の身体を打ちのめした。
ピートは倒れる神父の身体を必死で抱きとめる。
閃光が収まったとき、そこには凄まじいまでの存在感を持つ異様な姿が佇んでいた。
それは銀色のはいてくめたりっくこんばっとすぅつであった。
異端審問官は両足を開き、身体をひねって右拳を自分の左膝前あたりに持ってくるようなポーズを取る。
「異端!」
そのまま彼はその右拳を大きく円を描くように回すと腰だめにし、今度は左手刀を天に向ける。
「審問官!」
そして彼は両腕を顔の前でクロスさせると振り下ろし、左手を胸部装甲の前へ持ってくる。
すると胸部装甲が展開し、そこから電子辞書のような形の『電子聖書』…表紙には十字架が刻印されている…がせり出してきた。
彼はその電子聖書を左手に持ち、高々と掲げ見栄を切る。
「エステバン!!」
…ここで、異端審問官エステバンの『聖合』プロセスを解説しよう。
「聖合!」
輝道正志がキーワードを叫ぶと、彼の脳の横に埋め込まれているセンサーが『聖合』の意思を確認し、頭頂部に埋め込まれた発信機兼用の無線機が異端審問官極東基地主コンピュータへコンバットスーツの転送要請を発する。
異端審問官極東基地の転送装置は輝道正志の位置を発信機で確認すると、その場所へ向けてコンバットスーツを霊力による強制転移によって送り出す。
そして異端審問官輝道正志、洗礼名『エステバン』はわずか0.05秒で聖合装着を完了するのだ!
「異端審問特別法、第一条!異端審問官エステバンはいかなる場合でも令状なしに異端者・背教者・異教徒を逮捕することができる!」
エステバンはそう叫ぶと、右太腿の装甲を展開し、そこに隠されていたれぇざぁびぃむ銃を取り出す。
「ホーリー・ブラスト!」
「ちょっと待てぇええぇっ!?ここ日本は『異教徒』だらけやないかいっ!?」
「よ、横島サ〜ン!!文珠、文珠〜〜〜!!文珠でなんとかしてくださいですジャー!!」
横島はあわてて文珠を出す。
だがエステバンは銃を太腿のホルスターへ戻すと流れるような動きで後ろ腰からバトン状の物体を引き出す。
するとそれは青白く輝くれぇざぁぶれいどぉに変わった。
なお、バトンの前半部は左右に展開し、全体としては十字架型の剣になっている。
エステバンはその剣の切っ先で横島の右手を貫こうとした。
横島は反射的に栄光の手で受けるが、文珠を取り落としてしまう。
エステバンは、まだ文字が入っていないその文珠を踏み砕いた。
「あああぁぁぁ〜〜〜っ!!さ、最近仕事が忙しかったからソレが最後の一個やったのにいいぃぃ〜〜〜」
「なんですとぉぉぉっ!?エラいことですジャああぁぁっ!」
「ダンピール・フ…ぐわぁっ!」
ピートはダンピール・フラッシュを見舞おうとしたが、エステバンの左手から伸びたネットが彼を捕らえる。
ネットは結界を形成し、ピートが霧になって逃げることをゆるさない。
次の瞬間、霊力のエネルギーをともなった高圧電流が、ピートの身体を焼いた。
「ピートさんっ!!」
「た、タイガー…幻覚で…幻覚に…まぎれて…先生を連れて…逃げ…」
「さ、さっきから幻覚を出しているんですがノー…効かないんですジャー…」
タイガーの幻覚は、確かにエステバンに幻を見せてはいる。
だが、エステバンはコンバットスーツのカメラアイからの映像を、直接脳へ送り込んでいるのだ。
これは『視覚』に近い存在ではあるが、通常の『視覚』とは異なる。
この『機械的感覚』を持っているはずもないタイガーでは、これに対応した幻覚を送り込むことはできないのだ。
エステバンは再び口を開く。
「異端審問特別法、第二条!異端審問官エステバンは相手を異端者・背教者・異教徒と認めた場合、自らの判断で対象者を処罰することができる!」
「なんやその悪法は〜〜〜!!」
横島は泣き言を言いつつサイキックソーサーを投げた。
だがエステバンが十字剣を振るうと、ソーサーは叩き落される。
「十字・断罪剣ッ!…第二条補足!場合によっては、抹殺することも許される!」
「わ〜〜〜っ!!殺す気満々〜〜〜!?」
「わーーーっ、横島サ〜〜ン!!」
「く、くそっ…先生っ」
わずか数分で3人はズタボロにされてしまう。
さらに言えば、唐巣神父はコンバットスーツを装着した瞬間に、文字通り瞬殺(まだ生きてるけど)されてしまっている。
彼らはあっというまに教会の隅に追い詰められてしまった。
「…第六条。子供の夢を奪い、その心を傷つけた罪は特に重い…」
「「「そんなことしてない〜〜〜!!」」」
「さあ裁きの時だ…むっ!?」
エステバンが十字レーザー剣を振りかぶったそのとき、彼のセンサーがなにやら妙な気配を捉えた。
彼は剣を左手に持ち替え、右手で銃を抜く。
「…魔族粒子反応あり!」
「…なんだ魔族粒子って」
横島のさりげない突っ込みに耳も貸さず、エステバンは教会の玄関に向き直る。
すると、その扉が開いた。
「な、なんでござるかコレはっ!!」
「ちょ、なにやってるのよアンタっ!!」
「ヨコシマを虐めるやつは、ゆるさないでちゅーっ!!」
横島達3人は驚愕した。
このエステバンとかいう異端審問官は、無駄に無意味に無茶苦茶に強力だ。
シロ、タマモでは歯が立ちそうに無い。
パピリオならばおそらくは余裕で勝つことはできようが、こいつ相手ではとんでもない大破壊合戦になってしまう。
そんなことになったら、今現在妙神山預かりの身であるパピリオの立場は無くなってしまうだろうし、それにそんな戦いに巻き込まれては、残りの面々の命も危ういのだ。
…だがエステバンは彼女らを見て、呆然と立ち尽くしていた。
やがて彼はぽつりと呟く。
「駄目だ…戦えん」
「「「は?」」」
横島達は再び驚愕した。
今まで殺す気でかかってきた異端審問官が、突然戦意を無くしたのである。
「…やっぱり女子供相手では戦えないんでしょうか。一応正義を自称してますし」
「いや、あの狂信ぶりからして、ほんとなら相手が女子供だからって言っても…」
「わけがわからんですジャ」
そんな彼らを後目に、エステバンは苦悩の叫びを上げた。
「嗚呼、教会は悪魔祓いを認めておらんっ!いかに敵とは言えど悪魔(魔族)と戦うわけにはいかんのだっ!お、おのれえええぇぇぇっ!!」
「「「「「「ヲイ、そっちかい」」」」」」
横島達はあきれ返った。
エステバンは悔しげな様子で屋外へと走り出る。
「ジャスティアン!」
彼が一声叫ぶと、はるか彼方から微妙にパトカーっぽい自動車が空を飛んで瞬時にやってきた。
エステバンはそのパトカーっぽい車に、形だけ颯爽と乗り込む。
「…おのれっ、今日は引き下がるが…いずれかならず唐巣和宏とその一党は退治してくれるっ!」
彼は捨て台詞を吐き捨てると、パトカーっぽい車を離陸させる。
その謎のスーパーカーは、あっというまに空の彼方へと消えて行った。
ぽつりとピートが呟く。
「…なんとか助かりました…ね」
「おう…。あ、そうだ。なんでおまえらココに?」
「小竜姫から休暇をもらったんでちゅ。でも美神のとこ行ってもヨコシマいなかったんでちゅ」
「そこに拙者とタマモがちょうど帰ってきたんでござるよ。で、タマモが先生を見かけたと言ったんで…」
「誰だかしらないけど、人を案内してるみたいだったから声をかけなかったんだけど…。唐巣神父の教会の方へ行くのが見えたからパピリオを案内してきたの」
事情がわかった横島は、感謝を込めてパピリオの頭を撫でてやった。
お約束でシロがヤキモチを焼き、これまたお約束でタマモに突っ込まれる。
そんないつもどおりの日常が、やっと戻ってきたのだ。
ピートも横島もタイガーも、いつもどおりの騒がしい平穏を享受していた。
…おいピート。
気絶したままの唐巣神父は放って置いていいのか?
なお、後日日本GS協会からローマ教会に非公式に抗議がおこなわれ、おもいっきり異端審問官エステバンが絞られたというのはまた別の話である。
あとがき:
いや、ちょいとデンパが飛んでいたのをついつい受信してしまいましたハハハ。
エステバンは宇宙○事シリーズと機○刑事ジ○ンを足して3.141592653589793238462643383279で割ってそこにロボ○ト刑事Kのエッセンスを加えてみて、ついでにシ○バとハカイダ○を足してみたんですが、どーだったでしょうね(笑)
まあ、あくまでシャレですんで、あんまり怒らないでくださいね。
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