最終回 さらばアシュタロス
(注)美神令子ファンの方は不愉快に感じる可能性があります。ご注意ください。
「…今日までアシュタロスと疑われ続けて…。君に仕事を回したりしてるし…。僕には怒る権利があると思うんだ」
芦優太郎は右手で口元を隠しながら言った。
彼の口調はなんとなく不機嫌そうにも聞こえる。
美神は額に汗をうかべつつ、しかし威圧感すら漂わせ、握りこぶしを突き出して言い放った。
「お金なら返さないわよ!?」
「金のことはいーんだ」
芦はひきつり笑いで応える。
彼は息をつくと居ずまいをただし、次の言葉を吐き出した。
「…頼んだいきさつはともかく…君の仕事は一流だ。できれば今後もビジネスの関係は続けたい」
芦は椅子から立ち上がると、美神にあらためて向き直る。
彼の表情は大胆不敵で、しかしなおかつ真剣でもあった。
美神は息詰まる感覚を覚える。
しかし、それはけして不快なものではなかった。
「そこで…君達が謝罪するというなら…おわびに僕とデートってのはどうだい?」
「…!…私と?」
「食事でもなんでもおごるよ。どうだい?」
芦は美神にこんな約束をすることの恐ろしさをしらない。
しかし、もし知っていたとしても彼は彼女を誘う事をやめはしなかっただろう。
彼はにやりと笑みをたたえた表情で続ける。
「君に…興味があるんだ」
「…どこでもいい?」
美神はあどけない、しかしとても魅力的な笑顔で応えた。
「…し、信じられん女だな君は!?はじめてのデートで地下カジノ船にいって、男のおごりで10億も賭けるか…!?」
芦はひきつりながら掠れ声で抗議する。
ここは、かつて地獄組が所有していた地下カジノ船だ。
現在は別組織が運営しているが、美神はいまだ顔パスが効く。
もっともけして彼女が招待されることは金輪際無いが。
だが勝手にやって来る分には、彼女を止めることは誰にもできないし、してはならない事にもなっている。
これは先代運営者から涙ながらに申し送られた鉄の規律であったりしたりするような気がするらしい。
当の美神は嬉しげな笑い声とともに、芦に応えた。
「勝ったんだからいいじゃん!おかげで楽しかったわ♪」
「まったく…君を見てるとあきないね」
芦はそう言って美神のおとがいに軽く手を添える。
美神は一瞬ためらったが、そっと目を閉じた。
―――ま、いっか。
男と女、二つの影が重なって一つになった。
芦は唇を離し、危険な…不敵な笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「…これから今日の勝利を祝って、どこかで飲みなおしといかないかい?」
「…ええ、勿…」
「ちょーーーっと待ったああぁぁっ!?」
ざばあああぁぁぁん!!
突如海中から水柱とともに現れたのは、アシュタロス配下昆虫三人娘の次女、ベスパである。
美神は一瞬あっけにとられたが、即座に懐の隠しから神通棍を取り出してかまえ、芦を背後にかばう。
ベスパはそんな美神にかまうことなく、芦に向かい叫んだ。
「アシュ様!いったいどうしてしまわれたのですかっ!本当ならこのまま美神令子の魂から、エネルギー結晶を奪い取るはずではありませんかっ!」
「な、何を言ってるんだっ!君は何者だっ!?アシュ様って、あのアシュタロスのことかっ!?どいつもこいつも、なんであいつと僕を勘違いするんだっ!!」
「あ、アシュ様!?」
ベスパは立ちふさがる美神を苦も無くはじきとばし、芦をつかまえてその瞳を覗き込む。
芦は相手のその怪力に抗う術も無い。
彼は必死にもがき、美神は神通鞭で殴りかかるがベスパは気にもとめなかった。
やがてベスパの顔に困惑が広がる。
「…ち、違う…土偶羅様っ!?これはアシュ様じゃないよっ!?いったいどういう事さっ!!」
『ま、まてベスパ!…何っ!?バカなっ!そ、それは『本物の』芦優太郎だ!ベスパ、すぐ戻れっ!再調査する!』
どこからともなく土偶羅の声が響いた。
その内容に、ベスパは焦りの色を浮かべる。
「ちっ…なんてこったい」
ベスパの側になにやらゲートっぽい空間の穴が現れる。
彼女はそこに飛び込んで消えた。
後には、あっけにとられた様子の芦と美神が残される。
「…いったいなんだったの…」
「さあ…?あ。ところでオカルトGメンには連絡しないでいいのかい?」
「あ゛っ!!」
泡を食った美神がオカGに連絡したため、オカGとGSの集団がここ地下カジノ船に押し寄せ、結果として地下カジノ船が摘発、潰されて美神達の儲けがフイになったのはあくまで余談である。
『…つまりどういう事です?』
『もーちっとわしらにもわかるよーに説明してくれへんか』
キーやんサっちゃんの凄まじいまでの霊圧に、土偶羅は完全に萎縮してしまっている。
ベスパもガッチガチに硬直したままだ。
彼らの手首には手錠がはめられている。
彼らを連行して来た小竜姫とワルキューレ…彼女らは冥界とのチャンネルが回復した後、即座に回復をはじめ、今現在では既にほぼ完全な状態になっている。
しかし、その彼女らも何か言おうとしては舌を噛むというありさまであった。
キーやんサっちゃんはタメイキをつく。
結局なんとか説明が聞けたのは、人界での諸雑用…これは親愛なる姉上様方に押し付けられたものである…を片付けたジークが報告にやってきてからであった。
ちなみに小竜姫やワルキューレは、キーやんサっちゃんに目通りするハメになるぐらいなら、ベスパらの連行はジークにまかせて地上の仕事をやっていればよかった、と後悔したそうだ。
ちなみにジークが頑張って説明したところによると、今回の事情は以下のようなことだったらしい。
まずアシュタロスは、捕えた美神を宇宙のタマゴに放り込んだ。
そこで彼自身は芦優太郎という富豪に化け、美神を篭絡して魂を奪い、エネルギー結晶を取り戻す。
そしてそのエネルギー結晶でコスモプロセッサなるシステムを動かし、この宇宙自体を改変するつもりだったのだ。
だが彼が宇宙のタマゴ内の世界に…正確には芦優太郎という存在に入り込んだとき、アシュタロスという存在は芦優太郎という存在に完全同化してしまったのである。
もともと芦優太郎は、アシュタロスが宇宙のタマゴに操作を加えて生み出させた、アシュタロス自身の寄代となる存在である。
彼自身がその存在に溶け込みやすいのは無理が無い話だ。
なおかつ彼はおのれの存在を決定的瞬間まで隠す必要があり、できるだけ徹底的に芦優太郎という存在の内に消えようとしていた。
そのため、おそらくその同化する操作に彼自身がミスり、彼の意思も記憶も知性も知識も力も『芦優太郎』の内へと消えてしまったのだろう。
これが、土偶羅が演算した『アシュタロス消失事件』の顛末である。
『…なあキーやん。アシュタロスは死んだわけやないやろ?そやけどこの場合…どないなるんや?』
『…前例がありませんからね。彼はこの『宇宙』の外へ行ってしまったようなものですから…。ただ、ある意味ではこの宇宙の中にいるとも言えますし…。そんな中途半端な状態のため、宇宙意思による彼自身の保全も正常に成されない可能性が…』
『たぶんやっこさんがやったミスちゅーのんは、宇宙の反作用…が出た結果なんやろな』
キーやんサっちゃんは、なんとも言いがたい複雑な気持ちのようだ。
おもむろにキーやんが言葉を続ける。
『アシュタロスは、たぶん復活はしませんね。ただそのかわり、他の上位魔族が力を得て魔神となるか…あるいは他の魔神が強くなるか…どちらかではないかと』
『…あ〜、それやけどな。つい今さっき、アシュタロス分のパワーが、わしの手元にもどってきよったんや。つまりわしがどうするか選べ言うこっちゃろコレは?…なぁキーやん、どないしたらええんかな?』
『…魔界のことなんですから、自分で決めてくださいよ』
なんともあっけないアシュタロスの最期であった。
サっちゃんはしばらく手元の光球…アシュタロスのパワーそのもの…を困ったような顔で眺めていた。
突然彼はベスパの方を向く。
ベスパはびくぅっ!と引き攣った顔を見せた。
さしもの彼女も、サっちゃん相手では恐怖心が抑えられぬらしい。
サっちゃんはできるだけ霊圧を弱め、いかにも優しそうに…見るべき人が見れば、うさんくさそうとも言うが…語りかけた。
『ベスパやったな。ま、アシュタロスのやつもコレである意味満足やったんとちゃうか?あの宇宙のタマゴん中の世界で、芦の子孫あたりに妙に霊力の強いヤツが出たりするやもしれんが、やつ自身が復活するこたあらへん。ま、オマエにはちょい厳しかったかもしれんが…』
彼はそう言うと、キーやんに向き直る。
キーやんもおもむろに頷いた。
『…さて、それではこの辺にしましょうか。宇宙のタマゴは…そうですね、中立地帯である月で月神族に預かってもらうこととしましょう』
『そやな。おうワルキューレとか言うたな。オマエ特に許可するから、使者に立てや。うまく行ったら、あの宇宙のタマゴ、別んとこで別の宇宙に仕立てることもできそーやんか。結局得したんとちゃうか?ほなブっちゃんやアっちゃんによろしゅうな』
『はい、ではまたいつか』
キーやんサっちゃんはその場を立ち去って行った。
後に残された者たちは、ぐったりとへたり込む。
そんな中、ベスパは複雑そうな表情でうつむいていた。
だが、その表情がふっと緩む。
「く…くく…ふふふ…ははは、はっはっは…アシュ様…おめでとうございます…貴方の…お望み通り…です…うぐっ…く…ううう…」
ベスパはその場に泣き崩れた。
宇宙のタマゴの中の世界では、芦と美神との結婚式が行われている真最中である。
この世界では、あれから既に一年が経過していた。
ちなみに美神は結婚式を地味にやりたがった。
…無論金がかかるからである。
だがこの場合、芦家の面子などもあってやむをえず盛大な式となっていた。
参列者は皆、喜ばしげに笑っている。
西条と横島の笑顔は引き攣り気味であったが。
そんな横島の脇腹を、ルシオラがつねる。
「あでっ…」
「しっ…静かに。…まったく。浮気には寛容なつもりだけど、よその奥さんにまで手は出さないでね」
「あ、ははは…」
別な意味でひきつり笑いをする横島に、ルシオラは笑顔を向ける。
やがて式も終わり、花嫁がブーケを投げる時がきた。
未婚の女性参列者は、あわよくば自分がブーケを、と目を血走らせる。
その周りの男性参列者達は、やや腰が引けていた。
「そぉーれっ!」
美神…いや、既に芦令子となった彼女がブーケを投げ上げる。
芦家側の女性参列者達は、美神家側の女性参列者達に一瞬で蹴散らされた。
美神家側の男性参列者達や既婚女性参列者達は滝のような汗を流す。
「ソレはあたしが貰うワケ!」
「いいえ!私がもらってピートおにーさまと薔薇色の未来を築くのっ!吸血鬼のことはヘルシング一族にまかせてもらいますっ!」
「あーん、わたしも令子ちゃんのブーケ欲しい〜」
「式神に取らせたらダメだって!ちっくしょ、あたしだって負けるかあっ!!」
「貴女にだけは負けられませんわ!」
「ああ、ふたりとも…」
「わたしだって欲しいでちゅっ!」
「お子様が取ってどーするんだいっ!」
誰が誰だかわかるようなわからないような、やっぱりわかるような気もしないでもないが、凄まじい争奪戦が繰り広げられる。
そんな中、問題のブーケは一人の女性の手の中に転がり込んだ。
「…?…困り・ました・ビッグ・プロブレム・どうしましょうか・ドクター・カオス」
「「「「「「「「「「ま、マリア!?」」」」」」」」」」
よりによってマリアがブーケを手に入れてしまったのである。
つまり、あくまでジンクスでしかないのだが、ここに参列した女性たちはマリアが結婚するまで結婚できないことになってしまう。
「カオスーーー!!すぐ、すぐに男性型アンドロイドを作るワケ!!」
「ま、まて。わしが作ったらマリアの弟になってしまうぞ!?倫理的に問題が…」
「嗚呼、おじーさまのメカにはアンドロイドはありませんでしたっ!どうすればいいのかしらっ!?」
「ふえええ〜〜〜ん」
「わーっ!!六道先輩が〜〜〜っ!!」
「だ、誰か止めなさいっ!!」
もはや収拾がつかなくなった。
そんな中、肝心の花嫁花婿は、こっそりと空き缶が山ほど付いたコブラに乗って逃げ出してしまっている。
賢明な判断だ。
他の客たちも、美神側男性招待客が手際よく避難誘導している。
特に唐巣神父は、この式が自分の教会で行われなかったことを神と芦家に感謝しつつ精力的に働いていた。
ちなみに横島は既に式神暴走に巻き込まれてボロクズと化しており、ルシオラの膝枕でうんうん唸っているところだったりする。
まあ、宇宙のタマゴの中の世界は、けっこうお気楽極楽らしかった。
宇宙のタマゴの外では、いまだアシュタロス消失から一月も経過していなかった。
横島は、今や自分の事務所となった元美神除霊事務所の建物の窓から、夜の街を眺めている。
彼は今回の働きで特例が認められ、GS協会からは雪之丞達ともども正式な免許状を交付されていた。
ちなみに雪之丞は新生横島除霊事務所の客員GSとして、バリバリ働いている。
ルシオラは横島の助手として働き、パピリオは扶養家族に納まっていた。
ベスパはルシオラ達の功績が物を言い、かなり刑期が削減されたらしい。
いまだ娑婆には出て来れないが、手紙のやりとり程度は許可されている。
だが、横島の気持ちは未だ晴れてはいなかった。
彼は美神令子が宇宙のタマゴとともに彼らの前から消えてしまったことに、正直ショックを受けていた。
おキヌや人工幽霊壱号も口数が減り、完全に立ち直るのは時間が必要そうである。
彼はためいきをつく。
そんな彼の腕に、誰かが触れる感触がした。
「…ルシオラ!」
「…」
ルシオラは、横島の腕をそっと抱きかかえる。
横島の腕に、柔らかいものが感じられた。
彼は赤くなる。
「ルシオラ…」
「ヨコシマ…。内に溜め込まないで。ぜんぶ…ぜんぶ受け止めてあげるから。ヨコシマがわたしを受け止めてくれたように…。ぜんぶ…ぜんぶ受け止めてあげるから」
横島の両の眼から、涙がこぼれおちる。
ルシオラは、そんな彼の涙をそっと唇で拭った。
〜Fin.
あとがき:
え〜、何故か宇宙電波が降ってきた勢いで突如として書き上げたシロモノです。
本編第33巻リポート7からの分岐でございます。
はっきり言って、ギャグの予定だったんですよ。
アシュ様消失理由なんて、その最たるもんでしょう。
タマゴの外の世界では、空に美神の姿が浮かんで銅像が立っているシーンがあったりしてたんですが。
タマゴの中には美神さん居るんですけどね。
基本的な話運びは全然かわってねーのに、なんでこーなったんでしょ?
うーん謎です。
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