「第23話」


 この日の夕刻、龍宮神社の境内には、多数の人が集まりざわめいていた。しかもその中には、体格が良く威圧感のある男性が数多く見かけられる。それらはどうやら、何かしらの武術を身に着けている人物のようだ。始はそれらの人々を眺め遣り、感慨深げに思った。

(ふむ、そこそこできる者が多いな。だが……そこそこ程度以上の者は、思ったよりも少ない。これなら……小太郎はそこそこまで行けるか?)

 ここに居る者達は、その殆どすべてが格闘大会であるまほら武道会の参加者か、あるいはそれを見に来た見物人である。格闘技に関係した人物が多くいるのは当然と言えよう。ちなみにまほら武道会は、ここ龍宮神社にてその予選会と本戦が行われる事になっている。始はまほら武道会に参戦すると言う小太郎の応援をするために、わざわざここに足を運んだのだ。

「……まさか、あいつも参加者か?」
「まさか!あんなひょろっとした優男だぜ?」
「だよなあ。ははっ。」

 周囲の者達から、そんな声が聞こえて来る。どうやら始を見て言っている様だ。彼等の言っている事は、ある面では正しい。始はまほら武道会に、選手として参加するつもりはさらさら無いからだ。だが彼等の見立ては、ある意味では完璧に間違っている。始の戦闘能力は、はっきり言ってしまえば世界最高峰の武術家よりも、ずっと高いのだ。何せ彼が今その姿を借りているのは、地上の支配種族を決めるバトルファイトの勝者、ヒューマンアンデッドである。しかも付け加えて言えばその中身は、最強アンデッドたるJOKERなのだ。
 大半の者は、優男然とした始の外見だけを見て興味を無くす。だが極々稀にではあるが、始をじっと注視している者もいたりする。

(……ほう。タカミチ・T・高畑、だったか。以前学園長と一緒にいた奴だったな。……こうしてあらためて見れば、かなりできる、な。)

 そう、そんな者の1人は、かつて前年度の2学期までは2-Aの担任をしており、現在は非常勤兼学園広域指導員となっている高畑であった。しかも始がカリスとして情報収集した所によると、彼はかつて英雄サウザンドマスター達の一行であった『紅き翼』の一員であり、今も『悠久の風』と言う魔法使い団体に所属し、その戦闘能力の格付けはAA+と言う超人的なレベルであるらしい。この麻帆良学園においても、学園長の次に強いと言われている。
 高畑はやがて始から目をそらし、別の方向へ歩いて行く。始はそれを見送ると、別の人物に目を向ける。それは、魔法使い風のローヴに身を包んだ、胡散臭さを全身全霊で放っている人物だった。と、その人物と始の目が合う。その人物もまた、高畑と同じ様に始の事を注視していたのである。ローヴの人物は、人波の中をすっと流れる様な動きで始の方へと寄って来た。始は彼に問いかける。

「……何か御用ですか?」
「いえ、貴方も参加者なのかと思いましてね。中々の力をお持ちの様だ。」
「いえ、俺は参加者じゃありません。身内が参加するので、観戦とその応援に来ただけです。」
「ほう、ご身内が……。そのご身内も、やはりお強いのでしょうね。」

 始は口元だけで笑う。だがその目は笑っていない。

「流石に参加者である貴方に、身内の情報をお教えするわけにはいきませんよ。」
「ああ、それは確かに。これは私が迂闊でしたね。今の質問は忘れてください。……ああ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はアル……いえ、クウネル・サンダースと名乗っておきましょうか。」
「……自己紹介に、あからさまな偽名と言うのはどうかと思いますが。」
「申し訳ありません。しかし本名を晒すのは、少々まずい物ですから……。」

 ローヴのフードの奥で、その人物……クウネルが笑ったような気配がする。始は顔に張り付いたアルカイックスマイルを保ったまま、こちらも自己紹介をした。

「俺は相川始と言います。ところで……。」
『見学者と参加希望者は、入口よりお入りください。』
「おっと、時間の様です。それではこの辺で失礼致しますよ。貴方が出場者ではないのは、正直言って助かりました。御縁がありましたら、またお会いしましょう相川始さん。」

 アナウンスが流れる。クウネルは目の前にいるのに気配を感じさせない様な動きで、会場入り口の方へと向かって遠ざかって行った。始は眉を顰める。

(……奴め、気配がおかしかった。と言うか、長瀬の分身に似た感じがする。あれよりももっとずっと強固ではあったが……。実体では無い、と言う事か?)

 始もまた、入り口の方へと歩いて行く。と、そこへマイクとスピーカーで拡大された司会者の声が響き渡った。

『ようこそ!!麻帆良生徒及び学生、及び部外者の皆様!!復活した「まほら武道会」へ!!突然の告知に関わらず、これ程の人数が集まってくれたことを感謝します!!
 優勝賞金一千万円!!伝統ある大会優勝の栄誉とこの賞金、見事その手に掴んでください!!』

 司会者は見た目かなり大人っぽい様にも見えるが、まだ少女と言って良い歳の娘だった。彼女は言葉を続ける。

『では今大会の主催者より開会の挨拶を!学園人気No.1屋台「超包子」オーナー、超鈴音!!』
『你好』

 司会者の少女に紹介されたのは、これもまた1人の少女であった。チャイナ服を身に纏い、髪を2つのシニヨンにまとめた、ステレオタイプの中国人風少女である。周囲から声が上がった。

「オイまだガキじゃねえか。」
「バカ、知らねえのかよ、麻帆良の最強頭脳を。」
(麻帆良の最強頭脳……か。確かに只者では無い、な。)

 始はその超と言う少女の浮かべた微笑みに、何かしら不穏な物を感じた。そんな彼に、またも誰かが声をかけて来た。ただそれは前回のクウネル・サンダースとは違い、始の知った声である。更に言えば、気配――と言うか、アンデッドの知覚力で捉えた雰囲気など――も、見知った者のそれであった。始は徐に振り返る。

「おや、相川殿。もしや相川殿もこの大会に出場するでござるか?」
「長瀬か。いや、俺は小太郎が出るので、その応援に来ただけだ。長瀬は出るのか?」

 そこに居たのは、かの少女忍者、長瀬楓と鳴滝姉妹、他2名であった。楓は始に答える。

「んー、まだ決めてはいないでござるが。ただ、面白そうだとは思ってるでござるよ。」
「そうか、もし出るとなれば、小太郎が大変だな。
 ……所でこの子達をなんとかしてくれないか。たしか鳴滝姉妹、だったな。」
「あいあい。これこれ風香、史伽、その辺にしておくでござるよ。怖い物しらずでござるな。」

 鳴滝姉妹は、始に纏わりついていた。特に風香の方は、始が持っていたレンジファインダー・カメラを勝手に手に取って、弄り回していたりする。うっかりカメラの蓋を開けられでもしたら大変なので、楓が取り上げて始に返却した。
 そこへ残りの楓の連れが、声をかけて来る。

「楓が「怖い物」扱いするほどの人か……。楓、私達にもその人を紹介して欲しい物だな。」
「そーアルよー。……あれ?何処かで会った気もするアルね。」
「こちらの方は相川始殿と言って、「凄腕」の動物写真家でござるよ。前に猫の写真集の話をしたでござろ?あれは相川殿の作品でござるよ。
 相川殿、こちらは龍宮真名。そして古菲。どちらも拙者のクラスメートでござる。そう言えば古の方は、京都で一度だけちらりと会った事があるはずでござるな。」

 楓の言葉に、始は記憶を掘り返す。

「ああ確かに。たしか……偽者のネギ少年にキスして、爆発に巻き込まれていたな。」
「ナヌっ!?あ、あの時見ていたアルか!?」

 古は顔を赤くする。一方真名の方は興味深げに始を見遣る。始はその瞳の色が変化しているのに気付いた。だが真名は、小さく呟く。

「フ……。思い過し、か?」
「所でお兄さん、なかなかできるアルね?なんで大会に出ないアルか?」
「下手に目立ちたく無い物でな。」
「と言う事は、大会で目立つほどの自信があるってことアルな?よし、私と一戦やるアル!」
「おいおい、ここでそんな事したらそれこそ目立ってしまうだろう。勘弁してくれないか。」

 始は苦笑して断る。古は残念そうな顔をした。

「古、楓、そろそろ行くぞ。相川さん、それでは失礼します。」
「あ、真名待つアルね!ではまた後日、私と闘るアルよ!」
「それでは相川殿、にんにん。風香、史伽、行くでござるよ。」
「うん楓姉。それじゃね相川さん!」
「またねー!」

 始は彼女等に軽く手を振った。そして司会者、主催者の方へと意識を戻す。と、その大会主催者……超はとんでもない事を言い出した。

『――だが私はここに最盛期の『まほら武道会』を復活させるネ!飛び道具及び刃物の使用禁止!!
 ……そして『呪文詠唱の禁止』!!
 この2点を守ればいかなる技を使用してもOKネ!!』
(呪文詠唱……?魔法を使う時の呪文の事か?……一般人もいる前で、言って良いのか?それにそれを口に出すと言う事は、超鈴音も魔法関係者なのか?)

 超の説明はなおも続く。

『案ずることはないヨ、今のこの時代映像記録がなければ誰も何も信じない。大会中この龍宮神社では完全な電子的措置により携帯カメラを含む一切の記録機器は使用できなくするネ。
 裏の世界の者はその力を存分に奮うがヨロシ!!表の世界の者は真の力を目撃して見聞を広めてもらえれば、これ幸いネ!!』
(携帯電話のカメラはともかく……。俺のこのカメラや、あるいは使い捨てのレンズ付きフィルム等はどう無効化するつもりだ?俺のカメラやレンズ付きフィルムの類は電子的な部分など、フラッシュ系統しか付いていないぞ?高度な高価なカメラならばフィルム式でも、電子的な部分が狂えばシャッターが動作しなかったりする物だが……。)

 考えに沈む始をよそに、周囲の参加希望者達は意気上がる。

「なんかよくわからねえが、要するにルール無用ってコトだろ!?」
「裏の世界結構じゃねえか!」
「何が出ようと、ぶちのめしてやるよ!」

 始は考えを中断して、本来の目的である小太郎の闘いを観戦、応援するために小太郎を探す事にする。始がその気になれば、この様な混雑、熱狂している場所であっても、知り合いの気配を感じ取る事ぐらいは容易い。

(む。小太郎はあそこか。む、ネギと一緒の様だな。……ネギは先程、魔法をかけられて暴れ回っていた様だが、大丈夫なのか?と、そう言えば人間の姿でネギに会うのはけっこう久しぶりだったな。カリスとしてなら時折あったが……。少し注意しておかないとな。
 しかし一緒にいるのは……。タカミチ・T・高畑と……エヴァンジェリン?他にも桜咲刹那に神楽坂明日菜、あと知らない少女がいるな。ああ、あとカモとか言う小動物もいる。エヴァンジェリンはネギの魔法の師匠だから分かるが、ネギは高畑とも顔見知りなのか?……まあいい、小太郎の所へ行くついでだ。挨拶でもして来るとしよう。)

 始は徐に、小太郎達の方へ歩み寄って行く。彼は子供達に声をかけた。

「小太郎、見に来たぞ。ネギ少年、久しぶりだな。」
「あ、始兄ちゃんやないか。応援に来てくれたんか?」
「相川さん!え?なんで小太郎君と相川さんが知り合いなの?」
「かーっ!ネギ、情報遅いで?俺、始兄ちゃんの家に今、居候してるんや。」
「えーっ!?き、聞いて無いよっ!そんなの聞かなきゃ、分かるわけ無いよー!」

 小太郎とネギは、わーわー騒いでいる。始は続けて、高畑に向かい挨拶をする。

「はじめまして、相川始と言います。動物写真家で、小太郎の身元を引き受けています。」
「ああ、はじめまして。僕はタカミチ・T・高畑と言います。女子中等部で、非常勤で教職に就いてます。そこにいるネギ君の、歳の離れた友人……と言った所ですか。
 もしや相川さんもこの大会に?」
「いえ、俺は応援と観戦です。こう言う場に出場するのは、性に合わないものですから。」
「そうですか?中々の使い手と見ましたが……。」
「いえ、それほどでも。」

 始と高畑は、ある程度の礼節を保ちつつ、相手に踏み込まず踏み込ませない様に会話を行った。始の側からすれば、高畑とはあまり深く接触を持つつもりは無い。高畑は麻帆良学園では特に高い地位にいるわけでは無いが、それでも裏の事情に関わる者の中では、比較的中枢に近い位置にいる。始としては、高畑には自分の正体を知られたくは無かった。
 それならば最初から近付かなければ良い様な物だが、そう言う訳にもいかなかった。先程始は小太郎を探した時に一緒に高畑やエヴァンジェリンを見つけたが、逆に高畑の方もほぼ同時に始に気付いていたのである。しかも高畑には、先程目を付けられている事もあった。そこでそそくさと逃げるのは簡単だったが、後で小太郎と一緒にいる所を見られたら、逃げた分だけ変に思われると言う物だ。であるならば、普通に挨拶をして普通に別れた方が良い。
 始は次にネギと小太郎に話しかけた。

「ネギ少年、小太郎。そちらにいるお嬢さん達を紹介してくれないか?」
「あ、はい。こちらはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさん、桜咲刹那さん、綾瀬夕映さんです。」
「あれ?ネギ、明日菜の姉ちゃんは紹介せえへんのか?」
「明日菜さんの事は、相川さん知ってるんだよ。」

 徐に、始は少女達に挨拶する。

「相川始だ、よろしく。」
「はい、よろしくお願いします。」
「あ、よろしくです。」
「フン……。」

 エヴァンジェリンは特に興味を示さない様子で、鼻を鳴らす。始は苦笑して言葉を続けた。

「君がエヴァンジェリンか。君の従者だと言う絡繰とは、懇意にさせてもらってる。」
「何?……ほう、そうか貴様が。動物写真家だと言ったな。以前茶々丸が持って来たパネルの写真は、貴様が撮った物か。」
「ああ、たぶん俺が撮った物だろう。」
「そうか……。また撮ったら、貰ってやる。励むがいい。」

 それきりエヴァンジェリンは他所を向いた。もう話す事は無い、と言う事なのだろう。始も会話を無理強いするつもりは更々無かったので、小太郎とネギの方に顔を向ける。と、小太郎が凄い勢いで語りかけて来た。

「始兄ちゃん!ネギに何とか言ったってくれや!こいつすっかり腰が引けてしもとるんや!」
「だ、だって僕、ちょっと腕試しのつもりで出ようと思っただけだし……。こんなにたくさん強い人がいたら、腕試しの前に負けちゃいそうだし……。」
「何―ッ!?アホか!!強い奴がいたら、ワクワクすんのが男やろっ!?」

 始は少し考えて、そして言葉を発しようとする。だがその一瞬前、それに割り込む様な形で言葉を発した者がいた。まほら武道会主催者、超鈴音である。マイクとスピーカーで増幅されたその声は、しっかりとネギの耳を打った。

『ああ、ひとつ言い忘れてるコトがあったネ。この大会が形骸化する前、実質上最後の大会となった25年前の優勝者は……。学園にフラリと現れた異国の子供、「ナギ・スプリングフィールド」と名乗る、当時10歳の少年だった。』

 その名前を聞いた瞬間、ネギの目の色が変わった。超は言葉を締めくくる。

『この名前に聞き覚えのある者は……。頑張るとイイネ。』
「い、今のはネギ先生のお父さんの名前では?」
「ああ、けどマジか!?」
「き、記録を調べてみます。」

 夕映、カモ、刹那はネギの父親の名前に驚き騒ぐ。始は遠くに見える超の姿を、眉を顰めて睨んだ。超はにやりと不敵な笑みを浮かべている。始はその笑顔に不穏さと、かすかな不快感を覚える。

(……「ナギ・スプリングフィールド」か。英雄「サウザンドマスター」とやらの本名……。そしてネギの父親の名……。明らかに今の台詞はネギをたきつける目的があったのだろうな。その目論見は大成功、と言うわけか。)

 見遣ればネギは、先程までの腰が引けた態度とは逆に、強い意志を持った瞳で――悪く言いかえれば、何か思い詰めた様な目で――その右手を固く握りしめている。彼は小太郎に向かって、はっきりとした口調で宣言した。

「コタロー君!!僕出るよ!!」
「え!?お、おう、当然や!!……イキナリやる気出たな。」
「ヘヘヘ……。」

 始はそんなネギの後ろに回ると、その両肩に両手を置く。ネギは驚いた。

「わっ!あ、相川さん!?」
「やる気が出たのはいいが、今度は肩に力が入り過ぎだ。もう少し、心に余裕を持て。それではいざと言う時に、身体が硬くなって上手く動けないぞ。」
「え……。は、はい!」
「そう言う点では、小太郎を見習った方がいいな。」
「へ?お、おう!俺はいつでも自然体や!」
「後はそれが油断に繋がらなければ、なお良いんだが。」
「わ、わかっとるわい!ほっといてんか!」

 釘を刺されてむくれる小太郎を尻目に、始は再び超の方を眺め遣る。超は相変わらず、不敵に見える笑みを浮かべていた。だが始は、今度は不快感ではなく、若干の違和感を感じる。その違和感の正体は、間を置かずして明らかになった。

(……!!……なるほど、あの笑みは似ているのか。辛くて、苦しくて、どうしようもなくて、感情を表現できなくなった者が、条件反射的に浮かべる虚ろな笑みに。
 あの表情、あれは……苦しみを背負った人間の顔だ。子供である事を許されずに、子供であるうちから「大人」にならざるを得なかった子供の顔だ。)

 始は眉根を寄せる。よくよく考えれば、超もまた年端も行かない少女に過ぎないのだ……いかに不穏な物を感じさせると言えども。始は考える。

(だが……あの超とか言う娘の瞳には、力がある。そう言う思いをした者達の大半が、ただ流されるだけになってしまうのに、あの娘には「何か」に立ち向かう、強い意志の力がある。……ただ、その意志の力が向いている方向は、何かしら怪しいとしか言いようが無いが。
 あの超とかいう娘は、おそらくは何かを企んでいる。おそらくはネギを巻き込む形で。そうでなければ、ネギをたきつける様な事を言った理由が説明つかん。ただその目的は分からんが……。だが最終目的が分からずとも、少なくともその過程はあまりまっとうな物では無いかもしれんな。これが杞憂であればいいのだが。)
『――予選会終了ギリギリまで参加者を受け付けます!!年齢性別資格制限一切なし!!本戦は学祭2日目明朝午前8時より!!只今より予選会を始めます!!』

 司会者の少女の言葉が、会場である龍宮神社に響き渡る。まほら武道会の予選会が、今始まった。





 まほら武道会の予選は、20名1組のグループがA~Hまでの8組の、計160名にて行われる。それぞれのグループ毎にバトルロイヤル型式の戦いを行い、1グループにつき生き残りが2名ずつ、合計16名の本戦出場者が選出されるのだ。
 始はEグループの予選会場に出向いていた。小太郎が予選のグループを決めるくじを引いた所、Eグループに割り当てられたのである。始はEグループの戦場となる試合会場の舞台の脇に陣取り、その戦いを観戦していた。

(?……小太郎は、年齢詐称薬とやらを使って、16歳程度に外見を調整するとか言っていたはずなんだが。)

 Eグループ用の舞台の中では、小太郎がいつも通りの子供の姿で戦っていた。始は一瞬怪訝に思う。しかし司会の言葉を聞く限りでは年齢制限は無くなったらしいので、問題は無いのだろうと始はその疑念を流し去った。
 と、同じグループで戦っていた楓が、影分身の術を披露する。彼女は4人に分身し、それぞれが同グループの対戦相手をノックアウトして行った。それを見た小太郎が、ライバル心を剥き出しにする。

「何をー!負けへんでーっ!うおりゃー、五つ身分身!!」
「おお、やるでござるな。では12人。」
「ぐううっ、7人が限界やーっ!」

 試合を放り出して分身合戦を始めた小太郎と楓に、始は掌で顔を押さえ、溜息を吐く。彼はふと隣のFグループへと目を遣った。

「……ほう。」

 そこには高畑とエヴァンジェリンが出場していた。高畑は背広のズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、悠然と試合会場の舞台を歩いている。だが彼の周囲の参加者達は、ただそれだけでばたばたと舞台の床に倒れ伏していた。
 だが始の目には、その技の秘密が見えている。高畑はポケットを刀の鞘、拳を刀身に見立てて、超高速の「拳による居合抜き」を行っていたのだ。そして倒れ伏した参加者達は、その拳圧により顎を打たれ、脳震盪を起こしてノックアウトされたのである。

(だが、それだけでは無い、な。まだ隠している力がある。流石にこんな序盤で曝け出す様な真似はしない、か。)

 始はEグループへと視線を戻す。そこではどうやら分身合戦は終わりを告げ、ようやく真っ当な戦いが繰り広げられていた。いや、真っ当とは言い難いかもしれない。身長は大人の女程に高いとは言えど未だ中学生の少女と、それより更に小さな小学生の少年が、大の男達をばったばったと薙ぎ倒しているのだ。やはりどう見た所で、それは異常な光景と言えた。だがしかし、その異常な光景はこの武道会の予選会各所で見られている。予選会の試合場の半数以上で、中学生の少女や小学生にしか見えない少年などが、他の参加者を軽々と蹴散らしているのだ。

『決まったーーーっ!!Eグループ、長瀬選手と犬神選手、本戦出場だーーーっ!!』

 司会者の声が響く。楓と小太郎は笑顔で試合会場の舞台を降りて来た。小太郎は笑顔で始に話しかける。一方の始は、やや浮かぬ顔だ。

「始兄ちゃん!どやった、俺の戦いぶり?」
「……1つだけ大きな問題があったな。」
「へ?」

 小太郎の顔に、僅かな焦りが浮かぶ。それを聞いていた楓の顔にも、疑問符が浮かんだ。

「も、問題って何や?」
「あまり厳しく言うのも何だが、ここはあえて言うぞ?それは油断だ。」
「お、俺は油断なんて……。」
「まあ聞け。」

 始は噛んで含める様に諭す。

「小太郎、なんで必要も無いのに分身の術を使った?それと長瀬と分身合戦をして、他の参加者を半ば無視する形になったのは?」
「へ?そ、それは……。」
「今回周りにいた程度の連中では、そこにつけ込む事はできなかったわけだが……。もしお前の7~8割程度にできる奴がいたらどうする?確実にピンチに追い込まれていたぞ?……まあ、お前は周囲にいた連中の力量を正確に見切っていたのかも知れんから、これはまだ致命的じゃない。
 致命的なのは、うかつに分身の術を使える事を、周りのライバル連中に知らしめてしまった事だ。お前の分身は、相手がその事を知らなければかなり効果的だ。あの強敵だった自称没落貴族の伯爵ですら、初見では見切る事はできずに一撃貰っている。だが分身する事を知られてしまった以上、本戦に出場する選手レベルではもはや通用しないと考えていた方がいい。お前は重要な武器を1つ失った事になるんだぞ?しかも半分戯れの分身合戦で、だ。
 お前は強敵である長瀬ばかりに気を取られ、他の者達を軽視した。これを油断と言わなくて、何を油断と言うんだ?予選程度は実力を隠し、慎重に事を運ぶべきだったんだ。」
「あ……。う……。」

 小太郎は言葉も無い。彼は肩を落としてしょぼくれてしまう。そんな小太郎の頭に、始は苦笑しながら手を置いた。彼は小太郎の頭を撫で摩る。

「まあ、そんなに凹むな。きっとまだ挽回は効く。気落ちさせる様な事を言ったのは悪かったかも知れんが、気落ちしたままだと実力を発揮できないぞ?」
「お、おう!わかった!そやな、今回の事をしっかり反省して、次に活かせばいいんや!ハッキリ言ってくれておおきに、始兄ちゃん。」
「拙者には何も言ってくれないんでござるな。一寸寂しいでござるよ、にんにん。」

 小太郎が元気を復活させると、今度は楓がいつもの笑顔のまま、若干拗ねた様な事を言う。いつもと変わりない笑顔のためもあり、本当に拗ねているのかどうかは分からない。始はしれっと言う。

「いや、長瀬は分身できる事が知られたとしても、知られた事自体を武器にできるレベルだろう?とするならば、別に言う事、言える事は無いんだが……。」
「ほほう、そこまで信頼されていたでござるか。となれば、その信頼に応えるためにも優秀な成績を収めねばならんでござるな。」

 楓は鼻の下を指で擦りながら、自慢げな様子を見せる。始は鷹揚に頷いた。

「まあ小太郎共々頑張ってくれ。あ、一寸小太郎一緒に来てくれるか?」
「ええで?なんや始兄ちゃん。」

 始は小太郎を連れて、Bグループの方へと移動する。そこでももう試合は終わり、2人の本戦出場者が決定していた。1人はネギ、もう1人はあのクウネル・サンダースである。
 始は他人に聞こえない小さな声で小太郎に言う。

「あの魔法使い風のローヴを着込んでフードを目深に被った男……。奴には充分注意しておけ。見た目からはそうは思えないかも知れないが、おそらくこの大会で1番の優勝候補だ。」
「なんやて!?」
「おそらく俺でも変身しないと勝つのは難しいだろう。変身しても、苦戦するかも知れん。それ程の相手だ。」
「!!……そか。けどまあ、最初から負けるつもりは無いで。もし組み合わせ次第で奴と当たる事になったら、思い切り全力でぶつかったるわ。にしても、か~~~!そうなるとさっきの失敗、油断が痛いわ。それほどの奴やったら、こっちが分身するって事分かってたら、効果は薄いわな。」

 始はぽんと小太郎の頭に手を乗せて、わしゃわしゃと掻きまわした。小太郎も、されるがままになっている。やがて司会者の少女のアナウンスが辺りに響いた。

『皆様お疲れ様です!本戦出場者16名が決定しました!本戦は明朝8時より、龍宮神社特別会場にて!』
 では大会委員会の厳正な抽選の結果決定した、トーナメント表を発表しましょう!』

 始と小太郎は、トーナメント表の貼り出される方へと歩みを進める。途中でネギ他数名も合流して来た。そしてトーナメント表が公開される。

『こちらです!!』
「な……。ええーーーっタカミチ!?無理だよー!?」

 ネギの叫び声が聞こえる。トーナメント表を見れば、ネギは高畑と初戦で当たる様だった。一方小太郎も頬に冷や汗を流している。彼が勝ち進めば、あのクウネル・サンダースと2回戦で当たる事になっているからだ。
 小太郎はニヤリと笑い、ネギの背に向かって言葉を発した。

「時間ないけど、修行のおさらいでもするか?ネギ。」

 そんな彼等の後ろで、始はこの武道会の事を色々と考えていた。特に気になっていたのは、主催者たる超の事である。クウネルの事も気にはなってはいたのだが、どちらかと言えば超の方がなんとなく影響が大きそうだったため、そちらをまず気にする事にしたのだ。

(あの娘は一体……一体何をやらかすつもりだ?あの娘は、危険な気がする……色々な意味で。)

 始はしばしその場を動こうとしなかった。だが彼はとりあえず今日のところは帰宅する事にする。あまり深く考えても、意味が無いからだ。ちなみに小太郎は、今日はまだネギに付き合うそうだ。始はその場を立ち去ろうとして、その前に一回だけ振り返り、ライトアップされた龍宮神社を見上げた。本来荘厳なはずの神社は、お祭り騒ぎの舞台となって明るい雰囲気に包まれている。

「ふっ……。」

 始は息を吐くと、徐にその場を後にした。


あとがき

 今回はまほら武道会の、予選会編です。実は今の今まで始は「始として」はエヴァンジェリンに会った事ありませんでした。なので、今回会わせてみました。まあ、流石にカリスの正体だとはばれなかった模様です。あと超に対しての疑問も持たせてみました。ただ、まだ漠然とした不安程度ですけれど。それとクウネル(アルビレオ)や高畑とも一寸ばかり。
 それと一寸ばかり小太郎にお説教。小太郎の最大の弱点は、本人もネギま!本編で言っている通り、油断だと思います。まあ他にも色々あるとは言え、最大の物はソレと言う事で。ですが彼は「油断が弱点」とは分かっていても、「何が油断なのか」までは一寸分かっていない気がしました。なので、そこを突っ込んでみましたが、果たしてどうだったでしょうか。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。また、メールでもかまいません。


トップページへ