「第21話」


 小太郎の転校手続きも終わったある週末、始と小太郎は麻帆良学園都市郊外の山中に赴いていた。理由は小太郎の修行のためである。人目が無い場所で手合わせを行うために、わざわざこんな場所まで足をのばしたのだ。
 最初始は「自分の技は教えても活かせないだろう」と修行に付き合うのを断っていた。だが、小太郎の方は「手合わせだけでかまわへん」と始を口説き落としたのである。始は、手合わせだけであるならば時折楓ともやっているため、それ以上断る理由が無くなり承諾したのだ。
 森の中の開けた場所で、二人は向かいあう。小太郎がにやりと笑って言った。

「へへ、いくで始兄ちゃん。」
「ああ。」

 始の相槌と共に、小太郎が瞬動で飛び込んで来る。だが始の目には、その動きははっきりと捉えられていた。始は殴りかかる小太郎の腕を取り、投げ落とす。小太郎は受け身を取り、転がって立ちあがろうとした。小太郎が受け身を取れたのは実の所、始が手加減して投げたからである。そして小太郎が立ち上がる前に、始の踵落としが上から降ってくる。小太郎は危うい所で直撃を避けた。彼は必死で転がって、更なる追撃を避け、体制を立て直して立ちあがる。
 小太郎が立ちあがった所に、始の中蹴りが飛んできた。小太郎は腕を十字に交差させてその脚撃を受ける。だがその重い衝撃は、小太郎の受けと気による防御壁とを貫いて、小太郎にダメージを与えた。小太郎はよろめきつつも後ろに跳躍して間合いを取ると、笑って言葉を発した。

「へへへ、さすがやな始兄ちゃん。だが、これならどないや!」

 小太郎は再び瞬動術で飛び込んで来ると同時に、7人に分身した。だが所詮は残像を利用した分身の術、始の超感覚には通用しない。始はこれよりももっと完璧な、楓の影分身ですらも本体を見破る事ができるのだ。始は横合いから殴りかかって来た本体の小太郎の腕を取ると、再び投げ落とす。小太郎は再び受け身を取ってダメージを殺す。だがこのまま寝転がっていては、始の追い打ちが来る事は解りきっている。小太郎は必死で地面を転がり、始から距離を取った。

「……ほんまに始兄ちゃん、「気」とか瞬動とか使えへんのかいな。信じられんわ、なんでそれでそこまで強いんや。」
「練習してみようかとは思っているがな。興味深い戦闘技術だ。」
「ほな、この礼に後で教えたろか?」
「それは有り難いな。」

 始は視線を小太郎から逸らす。あからさまな誘いだ。だが小太郎はそれにあえて乗る。彼は叫んだ。

「犬神!疾空黒狼牙!」
「む。」

 小太郎の掌から黒い影の様な犬神が湧き出すと、数体に分かれて始に襲いかかる。同時に小太郎は、その犬神に紛れて瞬動術で始の零距離まで飛び込んでこようとした。だが始はいつの間にか手に握りこんでいた数個の小石を投擲し、その犬神を全て撃ち落とす。そして始は小太郎の瞬動にタイミングを合わせて拳の連打――散弾撃を放った。丁度瞬動の「抜き」の所に連打を喰らい、小太郎は派手に転倒する。始は転倒した小太郎に組みついて、その首を極める。小太郎はしばしもがいていたが、やがて「落ち」てしまった。





 しばらくして小太郎が目覚めると、彼はテントの中に転がされていた。彼はテントを出てみた。すると始が石で組んだ即席のかまどで火を起こし、野外炊飯をしているのが目に入る。彼は丁度、鍋いっぱいの汁物をかきまぜていた所だった。

「小太郎、起きたか。」
「おう。いやーやられたわ。完敗や。始兄ちゃん、やっぱ強いわ。「気」も使えんどころか、「変身」もしてへんのに、なんであないに強いんや。」

 口調は軽いが、小太郎は非常に悔しそうだ。始は飯盒2つに炊き込みご飯の準備をしつつ、言葉を発した。

「年季が違う、年季が。」

 始は飯盒を火にかけると、小太郎に向き直った。

「小太郎は確かに強いが、俺ぐらいの相手からすれば、動きが読みやすい所がある。だから技の出がかりを潰す様に動けば問題なく捌けてしまう。」
「むう……。」
「それに大技や奇襲技に頼る傾向が強いな。そう言った技は当たればでかいが、読まれると途端に無力化する。面白く無いかもしれないが、地味な基本技も大事だぞ。
 それと犬神を出すとき、できるなら叫ばないで出せないか?一々叫んでいたら、攻撃のタイミングがもろにばれてしまうぞ。」
「むう……。一々もっともやな……。」

 小太郎は悔しそうに頷く。始は小さく微笑んだ。彼は話を変える。

「ところで小太郎。学校の方はどうだ?」
「あ?あーあー、ダメやダメ。クラスの奴らみんなガキっぽくて、弱っちいし。」
「……いや、他にもあるだろう。授業とか付いていけてるか?」
「あ゛……え゛……。お、おう。」
「本当か?」
「な、なんとか……。」
「……まあ、大丈夫ならいいんだが。文武両道と言う言葉もある。戦いが強いだけじゃ、いけないぞ。」

 勉強の話となると、小太郎はとたんに舌が回らなくなる。実の所、彼は勉強はあまり得意では無いのだ。
 小太郎は話を別な方向に持っていこうとする。

「あー、と、ところでな始兄ちゃん。知ってるか?あとちょっとで麻帆良学園全学園合同の学園祭やて!」
「ああ、そう言えば何か色々騒いでいたな。被り物を着て仮装して歩いていたり。」

 始は今のところは説教をするつもりは無かったので、小太郎のあからさまな話題転換に乗ってやった。小太郎はほっとしたのか、明るい調子で話し続けた。

「学際門、見たか?まだ作りかけやけど、凄ぇでかい門やったで。いやー、面白そうやわ。俺いいときに転校してきたなー。
 そや、学園祭で格闘大会もあるんやて!始兄ちゃんも出えへんか?」
「いや、俺は遠慮しておく。目立つのは好まん。」
「そか……。なんや残念やな。」

 小太郎は少々気落ちした様子だったが、すぐに元気を取り戻す。

「よし、ほな俺の優勝は決まったようなもんやな!」
「そうか、頑張れよ。ただ自信を持つのはいいが、自信過剰は危険だぞ。」
「わ、わーっとるわい。これはそんなんやなく、気概っちゅー奴や!」
「それならいいんだが。」

 始は苦笑する。と、彼は野外炊飯のために集めて来た薪を一本手に取ると、あさっての方向へ瞬時に投げ放った。だがその薪は空中でドスっと音をさせて何かに当たると、くるくると回転しながら地面に落ちた。小太郎はその薪に走り寄って拾い上げる。

「これは……!」

 薪には一本の手裏剣――クナイと呼ばれる形式の物が突き立っていた。小太郎は顔を上げて、周囲を見渡した。始は声を上げる。

「流石だな、長瀬。腕を上げたか?」
「にんにん。相川殿も相変わらず超人的な知覚力でござるな。」
「か、楓姉ちゃん!?」

 近場に立っていた樹木の枝の上に、楓が姿を現す。小太郎は驚いた。楓の気配がまったく感じ取れなかったからだ。楓の穏行は既に完成の域に達していた。小太郎レベルの気配察知能力では、その存在を感じ取ることはほぼ不可能である。
 始は楓に向かって問いかける。

「今日はどうした?長瀬。」
「いや、恒例の修行に来てみたところ、先客がおったので様子を見に来たんでござるよ。相川殿ではないか、とは思っていたでござるが、小太郎が一緒におるとは予想外でござった。」

 にんにん、と楓が微笑む。小太郎は始に耳打ちをした。

《始兄ちゃん、随分親しそうやけど、もしかして『兄ちゃんの秘密』を知っとる俺以外のもう1人って、楓姉ちゃんなんか?》

 始は口に出しては答えず、ただ首を左右に小さく振る。小太郎にはそれで意味が通じた。彼は今度は声を大きくして尋ねた。

「ところで始兄ちゃんと楓姉ちゃんて、どんな関係なんや?」
「何、拙者と時折手合わせしていただいてるんでござるよ。今日も相川殿の手が空いていたなら、一本お願いしようかと思ってやってきた所でござる。
 所でそう言う小太郎と相川殿は、どんな関係でござるか?」
「何、成り行きで俺が小太郎の保護者代理兼身元引受人をやっているんだ。」
「ほう、そうでござったか。」

 丁度その時、火にかけていた飯盒から白い蒸気が吹きあがる。始は薪を1本手に取ると、飯盒の蓋の上に触れさせる。これは飯盒の中にまだ水分があるかどうかを確かめているのだ。ぐらぐらと揺れる感じがしたなら、沸騰中と言うことでまだ水分が残っている。この感じが無くなっていれば、水分が無くなって御飯が炊きあがったことになる。やがて彼は飯盒を火から外すと、広げた古新聞の上に逆さにして置いた。

「小太郎、そっちの鍋を火から下ろしてくれるか?」
「おう。よっと……。」
「お、豚汁でござるか。美味しそうでござるな。」
「食べていくか?」
「いや、かたじけない。申し訳ないでござるな。よかったら拙者が獲ってきた岩魚も食べて欲しいでござる。」

 楓は何処からともなく木の枝に刺した岩魚を数匹取りだす。そしてそれに塩を振り、かまどの前に並べて立てて行った。やがて岩魚がこんがりと焼けてくる。飯盒の炊き込みご飯も、丁度良く蒸れた。3人は火を囲んで、食事を始める。

「む、この炊き込みご飯、美味しいでござるな。」
「始兄ちゃんは料理も一流やからな。」
「あまりおだてるな。」
「この岩魚、旨いな。何処で獲ったんや?」
「そこの沢の少々上流にある渓流でござるよ。」

 3人は旺盛な食欲を発揮して、食べ進めて行った。そのときふと小太郎は、話題にネギの事を持ち出す。

「ところで楓姉ちゃん。ネギの様子はどないや。」
「んー、どうしたでござるか急に。」
「いや、こないだの朝に会った時、また何か元気なかったからな。」

 小太郎は豚汁を啜り込む。始は小太郎に向かい、問いかける。

「ネギ少年の事が心配か?」
「んー……。」

 小太郎は一瞬詰まる。が、すぐに返事を返した。

「ちゃうちゃう!やっぱライバルがシャキッとしてへんと、勝ってもおもろないからな。」
「なるほど、そうか。」
「ふふ、友情でござるなあ。」
「な、だ、誰が友達やねん!ライバルや、ラ・イ・バ・ル!ほんでどーやねん楓姉ちゃん!」

 楓はにんにんと微笑んで答える。

「うむ、一時期激しく落ち込んでいたでござるな。うちのクラスの古菲の話では。なんでも中国拳法の練習中に、あまり無茶をするので「何を焦っているか」と諫めたら落ち込まれたそうでござる。」
「へ?ネギのやつ中国拳法やっとんのか。」
「ほう、道理で……。ところで「クーフェイ」とは?」
「ネギ坊主の拳法の師匠でござるよ。中武研――中国武術研究会の部長でござる。」

 始と小太郎は、対ヘルマン戦でのネギの動きを思い出す。確かにあの時のネギの動きは、中国拳法の物だった。
 楓は続ける。

「古菲が注意した台詞のどこがクリティカルだったかは解らんでござるが、酷くショックを受けたようだったとのことでござるよ。」
「そんで?」
「……。」
「流石に授業とかでは平静を装っていたでござるが、端々に心労が見てとれたでござるな。」

 楓は深刻そうに言葉を紡ぐ。小太郎は苦々しそうに顔を顰めた。

「アイツはそーいうヤツなんや。頭ええかもしらんが、余計な事まで考え込んでしもうてドツボにはまりよる。ほんま、しょーがないやっちゃ。」
「そう言いながら、心配そうでござるよ。」
「これはライバルの不甲斐無さに腹を立てとるんや!」

 小太郎は喚く。その様子に楓は頬を緩めると、それまでの深刻さを振り棄てて言った。

「心配しなくてもいいでござるよ。ネギ坊主はその後何があったかはわからねど、今はケロッと元気になったでござるから。」
「な……。楓姉ちゃん、からかいよったな!?」
「怒るな小太郎。長瀬は最初から「一時期」の事だと言っていたぞ?気付かなかったか?」

 始は小太郎の頭を掌でぽんぽんと軽く叩く。小太郎はむくれて炊き込みご飯を口にかき込んだ。
 やがて食事が終わると、楓は始に向かって言葉を発した。

「さて、食後の腹ごなしに一本、お願いできるでござるか?」
「あ、待てや楓姉ちゃん!今日は俺が先約やで!?」

 小太郎はそう言って立ち上がる。始は苦笑し、彼もまた立ちあがった。

「どちらでも俺はかまわんが、喧嘩はするなよ。順番はじゃんけんででも決めろ。俺はまず洗い物を済ませてくるからな。」

 そう言うと始は、飯盒や鍋をまとめて抱えると、洗い物をするために歩き出した。後ろから小太郎のぎゃーぎゃー言う声が聞こえてくる。始はその様子に口元を綻ばせると、沢の方へ下っていった。


あとがき

 さて今回は、学園祭前の日常?のひとコマと言った所でしょうか。
 始と小太郎では、やはり始の方が圧倒しています。ただ始は瞬動とか気とかまだ使えないので、比較的受け身の戦いになってますね。
 いよいよ次回から、学園祭が始まります。始はあの大騒ぎに、どう関わっていくのでしょうか。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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