「第20話」


 この日、始は小太郎を伴って再び京都に来ていた。それも関西呪術協会の本山に、である。理由は、小太郎の麻帆良小学校への転校について、小太郎の未成年後見人である近衛詠春と話し合うためだ。
 ふと、始は小太郎が緊張しているのに気付いた。彼は小太郎に声をかける。

「どうした、らしくないな。あがっているのか?」
「ん〜、そやないけど……。学園長とかゆーのが長さんにかけあってくれたんで、脱走の件はチャラになったんやけど……。やっぱちょっと、な。」
「流石に気まずい、か。」
「ん。」

 始は小太郎の肩を叩くと、本山の玄関口へと向かう。小太郎もあわててそれに付き従った。始はインターホンに向かって声を掛ける。

「ごめんください、お電話でお約束していた相川ですが。」
『はい、今お迎えにあがります。』

 やがて玄関口に案内の女性が現れた。始達はその女性の案内に従い、応接室へ通され、お茶と茶菓子を出される。

「こちらで少々お待ちいただけますか。すぐに近衛が参りますので。」
「ええっ!?長さんが直接来るんか?」
「はい、わかりました。」
「う〜。」

 小太郎は詠春が来ると聞き、落ち着かない様子だ。実の所、始も西の長である詠春が直接応対するとは思っておらず、代理人か誰かが来るとばかり思っていたのだが。
 始は焦っている小太郎の頭に掌をぽんと置くと、言葉を掛けた。

「大丈夫だ。近衛詠春氏は話の解る人と聞くぞ。なに、そんなに緊張することはない。」
「そやかて……。」
「お待たせしました。」

 その時、応接室に詠春が入って来た。小太郎はらしくもなく満面に汗を浮かべている。始は腰掛けていたソファから立ち上がると、会釈をする。小太郎もあわててそれに倣う。

「はじめまして、相川始と言います。」
「ど、どうもっ!長さん!」
「はじめまして、相川さん。私が彼の後見人をしている近衛詠春です。
 小太郎君、そんなに固くならなくてかまわないよ。お義父さん……麻帆良学園の学園長さんからも口添えされているからね。怒ってはいないよ。……まあ反省室を脱走する前に、こちらに話を通して欲しかったのが本当の所だけれどね。」
「え、あー。そ、そやけどあんときは一刻を争う感じやったし……。すんまへん。」

 詠春の柔らかい語り口で、ようやく小太郎も肩の力が抜けたようだ。詠春は続ける。

「小太郎君、関東に……麻帆良学園の小学校に転校したいって、本気かい?なんでまた。」
「おう……やない、はい、本気や!あっちには俺のライバルのネギもおるし、近場で腕を磨き合いたいんや。」
「なるほど。……では相川さんが、関東での小太郎君の身元を引受けてくださる、と言うんですね?」
「ええ。道端で倒れていた彼を見つけたのも、何かの縁でしょうから。」
「なるほど、そうですか……。」

 実の所、始が小太郎の面倒を見る事にしたのは、小太郎が彼の正体――仮面ライダーカリスであること――を知っているからだ。小太郎からしても、麻帆良には他にはネギの知己ぐらいしか伝手は無い。大人の知り合いで頼りにできそうなのは始ぐらいなものだった。
 ちなみに当初小太郎は、自分一人で転校や引っ越しなどの問題を全て解決するつもりでいた。麻帆良に来た後も、一人暮らしをしようと考えていたくらいである。だが始から、それは無謀だと言う事を諭されて、考えを改めたと言う経緯があった。

「ふむ……。」
「……。」

 詠春は始の目をじっと見る。始もまた詠春を見返した。双方微動だにしない。特に始は瞬きひとつしない。
 やがて詠春が口を開く。

「……かなり使いますね。」
「いえ、それほどでも。」
「どうです?私と一本勝負してみませんか?」
「いきなりですね……。なんでまた?」

 詠春の放つ剣気を、始は軽く受け流す。ちなみに小太郎はその余波だけで毛を逆立てており、口も挿めない。詠春は始に向かって言った。

「いえ、小太郎君をお預けするかもしれない方のお人柄を知るためには、これが一番手っ取り早いと思っただけですから。」
「なるほど。いいでしょう。……得物は?」
「私は木刀で。そちらはお好きな物をどうぞ。……道場はこちらです。」

 詠春が先に立って、案内する。彼らは場所を道場へ移した。





 始は小太刀の木刀での二刀流を選んだ。彼は片手で扱うのに手頃なサイズの木刀を二本手に取ると、自然体で立つ。一方詠春は通常よりも長い、野太刀と言ってもいいサイズの木刀を正眼に構える。道場の真中で、彼らは向き合った。ちなみに小太郎は、道場の片隅で見学している。
 詠春は思う。

(……手ごわい。)

 始は一見隙だらけに見えるが、詠春には何処に打ち込んでも討ち取れるイメージが湧いてこないのだ。つまりその隙は、すべて囮と言う事になる。生半な腕の持ち主であれば、あっさりとその罠に嵌っていた事だろう。彼らは互いにじりじりと足摺をして、互いの位置取りを変えていく。
 突然始が、今まで抑え気味にしていた気配を解放した。詠春はいきなり目の前に猛獣でも出現したかのような錯覚に襲われる。だが詠春は、それが誘いである事に気づいていた。気づいてはいたが、あえてその誘いに乗る。詠春は斬りかかった。

「破ッ!」
「噴ッ!」

 閃光の様な斬撃だった。普通の使い手であれば、一撃で勝負が決まっていただろう。しかし始は、左手の小太刀で詠春の斬撃を横方向から叩いて凌ぐと、右手の小太刀で反撃に出る。詠春は引き戻した野太刀の鍔元でその一撃を受けた。小太刀とは思えない重い一撃に、詠春の手が痺れる。詠春は後方に跳んで間合いを取った。

「……やりますね。」
「……本気は出さないんですか?」

 始の台詞に、詠春は内心驚く。瞬動術や「気」による強化、神鳴流の技を使わないでいた事を、始は見抜いていたのだ。しかも今のたった一合で。だが「裏」の事情について知らない「一般人」である「はず」の始の前で、そういった技を使うわけにもいかない。

「いえ、流派の門外不出の奥義と言う奴は、試合では出すわけにはいかないでしょう。奥義を使わないからと言って、本気で無いというわけでもありませんし。」
「そうですか。では……。」
「ええ、続けましょうか。」

 詠春と始は、再び向かいあう。そしてどちらからともなく、打ち合いを始めた。互いの斬撃を躱し、あるいは受け、逸らし、往なし合う。道場には、二人が打ち合う音が絶える事無く響いていた。





 始は、再び応接室で詠春と向かいあっていた。小太郎は席を外している。詠春が口を開いた。

「正直、余計にわからなくなりましたよ。貴方と言う人間が。貴方を見極めるつもりで試合に臨んだんですがね。」
「ほう……?」
「最初は只の……只の、と言う言い方はおかしいかもしれませんが、達人級の武術家かとも思っていました。ですが、貴方は更に「奥」がある。何か底知れない物が、貴方から感じられる。そう……人外とすら言えそうな感触が。」

 始は右瞼をぴくりと上げる。詠春は厳しい表情で続ける。

「貴方は普通に人間としか思えない。そうとしか感じられない。ですが、どう言えばいいのか……。もっと「奥」がある。深い、とてつもなく深い、ね。」
「……。」

 詠春は相好を崩した。緊張感が霧散する。

「……だからと言って、信頼できないわけではないですよ。いや、むしろ信じられる。貴方と剣を交えてみて、それが感じられた。あれほどの力……いや、それ以上の力を持っていながらそれに溺れる事無く、いざという時はその力を振るう覚悟も持っている。」
「それは買いかぶりですよ。」
「いえいえ。これならば貴方に小太郎君を預けるのに、問題は無いでしょう。彼の事を、よろしくお願いしますよ。」

 そう言うと、詠春は次の間で待機していた御付の者に、小太郎を呼ぶように指示を下す。やがて小太郎が応接室に姿を現す。詠春は小太郎に向かって言った。

「小太郎君、麻帆良への転校、認めましょう。」
「ホンマか!長さん!」
「書類などは後日、準備出来次第郵送しますから。宛先は相川さんのお宅でいいですね?」
「ええ、かまいません。」

 始は答える。その後、彼らは細々した手続きについて話し合った。その結果、小太郎の身元引受人兼保護者代理は始が務めること、小太郎は始の家に下宿すること、小太郎の学費や生活費などは詠春――正確にはその代理人――が始の口座に振り込むことなどが決まる。一通りの事が決まったので、始と小太郎はお暇する事にした。





 その日の夕食時、詠春は食事に手も着けずに、今日の来客の事を考えていた。

「相川……始さん……でしたか。凄い人、いえ恐い人でしたね……。」

 詠春はヘルマン事件の詳細について、義父である近衛近衛門から口頭ではあるが知らされていた。その話の中で、小太郎がネギや仮面ライダーカリスと協力してヘルマンを退治した事も聞いている。相川始は、その小太郎が連れて来た人物であり、しかも詠春が実際に相対した感触では、明らかに只者では無かった。

(……可能性はあります、ね。彼が仮面ライダーだとすれば……。
 いえ、先走りすぎですね。とりあえず、この事は私の胸の内に収めておきましょう。)

 そう決めると、詠春はあらためて食事を始めた。





 その頃、始と小太郎は宿で休んでいた。茶を飲みながら、始は思う。

(近衛詠春……。感づかれた、かもしれんな。だが……確証は無い、だろう。)
「始兄ちゃん、どないしたんや。」
「ん?いや、な。西の長は、それだけの事はあるな、と思ってな。」
「?」

 小太郎は意味がわからず首をかしげる。始は苦笑を浮かべた。

「何、心配するほどの事じゃない。そろそろ時間だな、飯にでも行くか?」
「おう!」

 二人は部屋を出ると、宿の食堂へと歩いて行った。


あとがき

 さて今回は、小太郎関係の後始末編です。一応こう言った事は、きちんとやらなければならないと思います。麻帆良で小太郎の身元を引き受けてくれる人物がちゃんといないと、色々と面倒が起るとも思いますし。原作では千鶴や夏美、いいんちょの所へ転がり込んだ、と言うか強引に引き取られた形になってますが、やはり裏では近右衛門あたりが身元引受人になっていたんでしょうか。いや、そうでないと困るでしょうね。いくら千鶴が貫禄があっても、やはり一介の中学生なわけですし。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


トップページへ