「第19話 その4」


 カリスとヘルマンは互いに見合っていた。カリスもヘルマンも互いを見据えながら、じりじりと相手の隙を見計らいつつ動く。スライム達は、2人の気迫に圧されて割って入れないでいた。と、その時爆発的な魔力が迸る。ネギが閉じ込められていた水牢の方だ。
 カリスもヘルマンも、そちらの様子を伺う。無論、どちらも相手に隙は見せていない。と、内側からの強圧的な魔力で弾けとんだ水牢が2人の目に映った。ヘルマンは驚く。そのヘルマンの懐に、ネギが飛び込んで来た。彼は全身から、凄まじい魔力を放っている。

「ぬぉ……。」
『ネギ!』

 ネギは密着した間合いから、へルマンに対し肘打を放つ。カリスに隙を見せるわけにはいかなかったヘルマンには、それを躱したり防いだりする余裕は無かった。ヘルマンは鳩尾に肘打を受け、呻く。カリスは2人の間に、割ってはいる機を逃した。ヘルマンに攻撃しようにも、ネギと密着しており手を出しかねる。
 ネギは更に蹲るような姿勢を取り、そこから飛び上がりざまに強烈なアッパーカット気味の掌打をヘルマンに見舞った。

「ぐぉっ……。」

 ヘルマンは胴中央に強烈な打撃を受けて、空中高く飛ばされた。ネギはそのまま跳躍し、空中でヘルマンに拳の連打から肘打、前蹴りの連続技を叩き込む。

「ぐむ……。」

 ヘルマンは苦悶した。





 水牢のあった場所で、小太郎はネギの突然の豹変に驚愕していた。

「な……何やあの動きは!」
「ま、魔力の暴走だ!まだ修行不足で使いこなせちゃいねーが、兄貴の最大魔力は膨大だ。それが何かのきっかけで一気に解放されれば……!し、しかし兄貴、こりゃあ……。」

 別の水牢に閉じ込められていたカモが叫ぶ。

「く、くそ……。」

 小太郎は、とりあえず明日菜達捕まっている他の面々を解放しようと、彼女等の水牢の方へ動いた。が、その前にカリスとの戦闘から離脱してきた1体のスライムが立ち塞がる。

「おっと、それはさせないのナ。」
「く、退けや雑魚がっ!」

 小太郎はスライムに殴りかかる。スライムは殴り飛ばされるが、ぐねぐねと変形して衝撃を受け流す。小太郎は歯噛みをした。





 空中でヘルマンの顔をぶん殴ったネギは、墜落していくヘルマンを追って、杖を掴んで飛翔した。自分を追ってくるネギの姿を見て、ヘルマンは大声で笑った。

「ふははははは、いいね!すばらしい!!君を侮っていた事を謝罪しようネギ君!それでこそサウザンドマスターの息子だ!!」

 地上に残されたカリスは、2体のスライムを叩きのめしつつ、その様子を見上げていた。カリスアローでスライムどもを切り払いつつ、彼は苛立たしげに思考する。

(サウザンドマスターの息子?だから何だ。親がどうであれ、子供が苦しむ理由にはならん。)

 彼はベルトのカードホルダーから一枚のカードを取り出した。そのカードはハートの4、フロート・ドラゴンフライのカードである。彼はカードをラウズする。電子音声が響いた。

『フロート』

 カリスはカードの力を借り、大空へと飛翔した。





 一方小太郎は、スライムを殴り飛ばしつつネギの動きを見遣っていた。彼は呟く。

「ネギ……。スゲェ……。」

 だが小太郎はネギの戦い方が非常に危うい事も気付いていた。今のネギは周りが見えていない。ただ力に任せて闇雲に突っ込んでいっているだけだ。

(けど、けどな……ネギ!その戦い方じゃアカン!)

 小太郎はなんとかネギとヘルマンの戦いに割ってはいる隙を窺う。だが彼の前には1体のスライムがおり、彼が隙を見せればすかさず攻撃してくる。

「くっそおおおぉぉぉ!お前邪魔や!スライムなんて雑魚のくせして、いいかげん退けやぁっ!!犬上流・空牙!!」
「きゃうんっ!?」

 小太郎が放った気の弾丸が相手に着弾し、これは流石に相手にダメージを与えた。だが気弾は小太郎の消耗も激しい。乱用はできない。もし彼が狗神を使えていたなら、相手をもっと楽に倒せていただろう。だが現実には、今現在彼は術を封じられている身だった。
 小太郎は歯噛みをした。





 ネギは怒濤の連続攻撃で、ヘルマンを押し捲る。だがヘルマンは攻撃を喰らいながら、笑っていた。彼は内心で思う。

(うむ、素晴らしい。惜しい才能だ。将来を見てみたい。
 だが、しかし……。そう言った才能が潰えるのを見るのもまた……。)

 ヘルマンは弾き飛ばされる。ネギは杖を左手に持ち替え、右手の拳を握りしめてそれを追う。ヘルマンは再び笑い、その姿を変貌させていく。彼は悪魔の本性を現した。

(私の楽しみの一つだよ!!)

 ヘルマンの口から魔力の光が漏れる。かつてスタン老人達を石像にした、石化の魔力だ。ネギはへルマンに殴りかかろうとする途中で、勢いが付きすぎて身を躱す事はできない。ネギは目を見開いた。遠くから小太郎の声が聞こえる。

「ネギーーー!!」
「!」

 だが、ヘルマンの口から石化の魔力が撃ち放たれると同時に、ネギを抱えてその魔力弾を躱した者がいた。カリスである。彼はフロートのカードを使い、空を飛んでここまでやって来たのだ。
 カリスはネギを後ろにかばうと、空中でヘルマンに向き直った。彼は言う。

『貴様の相手は、俺ではなかったのか?』
「これは失礼。あまりにネギ君が素晴らしかったのでね。つい我を忘れてしまったよ。だが仮面ライダーが空まで飛べるとは、情報に無かったね。
 ……おや?だがその脚では、戦い様が無いのではないかね?」

 ヘルマンが指差したカリスの両脚は、石化の魔力弾がかすりでもしていたのだろう、じわじわと石化が始まっていた。カリスにかばわれたネギは、それを見て愕然とする。彼をかばって目の前の悪魔に石化された、スタン老人の姿をカリスに重ねて見ていたのだろう。

「か、カリスさん!」
『大丈夫だ。それはお前も知っているだろう。』

 カリスは1枚のカードを取り出すと、ラウズする。それはハートの9、リカバー・キャメルのカードであった。電子音声が響く。

『リカバー』

 べきべきと音を立てて、カリスの脚が元に戻っていく。彼は更に2枚のカードを取り出した。ハートのJ、フュージョン・ウルフとスペードのJ、フュージョン・イーグルである。彼はその2枚を次々にラウズする。

『フュージョン』
『フュージョン』

 電子音声が響き、消耗したラウザーのAPがチャージされた。ヘルマンは言う。

「どうやら、君の強さの秘密はそのカードにあるようだな。」

 カリスはその言葉を無視すると、後ろにかばったネギに言う。

『ネギ、こいつの相手を俺がしている間に、捕らわれた仲間達を解放しろ。』
「え……。」
『急げ。』
「は、はい!」

 ネギは杖を操って、地上にある明日菜達が捕らわれている水牢の方へと飛んでいった。それを見送ると、カリスはヘルマンと対峙しながら、ゆっくりと地上へと降りていく。ヘルマンもまた、カリスと向かい合う形で地上へ向けて降りていった。やがて両者は地上へと降り立つ。

「……。」
『……。』
「……悪魔アッパー!」

 先に動いたのはヘルマンだ。彼が悪魔アッパーを放つと、魔力の衝撃波がカリスに向かって地面を割きながら奔った。カリスはその衝撃波を渾身の力を込めた左足で踏み潰す。魔力の残滓が周囲に飛び散った。カリスはすかさずカリスアローから光の矢を連射する。ヘルマンはその光の矢を、あるものは躱し、あるものは魔力の込められたジャブで撃墜した。
 カリスはヘルマンがフォースアローを撃墜している間に距離を詰めると、カリスアローで斬りかかる。ヘルマンは仰け反って躱した。火花が散り、表面の皮一枚が切り裂かれる。カリスはカリスアローを振り下ろした姿勢から回転し、そのまま浴びせ蹴りに繋ぐ。ヘルマンはその蹴りを身体にかするようなミリ単位の見切りで避けると、カリスにパンチの連打を見舞った。カリスは浴びせ蹴りが躱されたため体勢が崩れており、連打の直撃をくらう。だが彼は最低限の体捌きで、胸部のプロテクターでその打撃を受けた。若干のダメージにはなったが、カリスの胸甲の強度は高く、たいした事はない。カリスは連打を胸部で受けながら、前蹴りを繰り出した。ヘルマンは自分から後ろに飛んで衝撃を殺すが、それでもダメージを受ける。ヘルマンが飛び退った事により、両者の間が離れた。カリスとヘルマンはすぐに体勢を整え、向かい合った。





 ネギは小太郎の戦っている場所へ向かって降りていった。カリスが空へ飛んで行ってしまったため、手の空いた残り2体のスライムも小太郎に向かっていっている。彼はその2体のスライムに向けて、魔法の矢を放った。

「ラス・テル、マ・スキル、マギステル!風の精霊17人、集い来たりて……魔法の射手・連弾・雷の17矢!」
「ウビャアアアッ!?」
「ギャヒェエェッ!!」

 2体のスライムは、魔法の矢の直撃をくらって叫んだ。ネギは地上に降りると叫ぶ。

「小太郎君、大丈夫!?」
「こ、この……。」
「え?」
「アホかーーーっ!!」
「へぷっ!」

 小太郎はネギの頭頂部にグーで突っ込みを入れる――それはもう思いっきり。ネギは驚く。

「こ、こここ小太郎君!?」
「アホかーいっ!!あんな無茶苦茶な突っ込み方しよって!カリスが割り込んどらな、今頃お前やられとったで!!
 確かにお前の魔力はスゴい、それはわかったわ!そやけどな、戦い方は最低やぞ!!周りも全然見えてへん!ただ闇雲に突っ込んどるだけ!あんなん、俺でも返り討ちにできるわ!
 ったく、アイツとどんな因縁あるか知らんけど、突然キレよってからに!!頭よさそうな顔してるくせに!あんま心配させんなや!」
「え、し、心配してくれたんだ……。」
「ア、アホ、言葉の綾や!」
「お、おい犬コロ!後ろ!」
「誰が犬コロや!……見えとるわいッ!」

 小太郎はカモの声に応え、後ろから殴りかかるスライムの1体を後ろ蹴りで蹴り飛ばす。彼は再びネギに向き直ると、その肩口を掴む。彼は言った。

「おうネギ。あの軟体動物どもには打撃が効かへん。決め手はお前の魔法や。俺が前衛やるさかい、しっかりたのむで?」
「あ、う……うん!」
「お、おい俺っち達も出してくれよ。」
「後や、後!」

 小太郎は3体のスライムに向けて、飛び掛っていく。ネギも魔法の杖を構えて、詠唱を開始した。





 ヘルマンは、スライムが少年達によって倒されていくのを横目で見て、微笑んだ。

「ふふ、素晴らしい少年達じゃあないかね、仮面ライダー。ああ言う子供達がどう成長し、どう育っていくか、その姿を思い描くと、わくわくしてこないかね。」
『……同意しよう。だが事を急がせ過ぎて、歪んで成長してしまうのは目も当てられないな。あの子らには、余計な試練が多すぎる。』
「それは私の事を言っているのかな?」
『お前の事だけじゃない……。が、その通りだな。』
「はっはっは。これはきついな。」

 ヘルマンは笑う。カリスはカードホルダーに手を伸ばし、3枚のカードを取り出した。と、ヘルマンが言葉を続ける。

「しかし仮面ライダー、いささか過保護過ぎではないかね?それでは「正しい」成長の機会までスポイルしかねないぞ?」
『あの子ら、特にネギには周囲の環境が厳しすぎる。俺が甘すぎるぐらいで丁度良かろうよ。』
「ふむ、それも一理ある……がねぇ。」

 そう語り合いながら、2人はじりじりと摺り足で立ち位置を変える。カリスは必殺のカードを使う隙を見つけようと、そしてヘルマンもまた、カリスの隙を見つけようと。と、カリスとヘルマンの視界の片隅に、人質達を解放してこちらへ駆けて来る2人の少年の姿が映った。カリスは叫ぶ。

『よせ!来るな2人とも!』

 ヘルマンは、2人の少年にその顔を向ける。彼の顔は、人間の物から悪魔の本性へと既に変わっていた。その口に、石化の魔力光が宿る。それは少年達を攻撃するポーズを見せ、カリスの動揺を誘う作戦である事は見え見えであった。
 だが、カリスは相手のその作戦に乗らざるを得ない。カードをラウズする暇も無く、彼はただ突進した。一撃二撃もらう事を覚悟で――あるいは石化の魔力弾を再び自分で受ける覚悟で、カリスは攻撃に出ざるを得なかったのである。果たして、カリスが近付くとヘルマンは石化の魔力弾が発射されようとしている口を、カリスへと向けた。
 だがそれよりも早く、瞬動術を使いヘルマンの懐に飛び込んだ者がいた。しかも6人である。分身した小太郎だった。ヘルマンは驚愕する。

「むお!?こ、これは……。影分身と言うヤツかね!?東洋の神秘!」

 ヘルマンは分身に幻惑される。彼はパンチで分身の小太郎を次々に打ち落とした。だがヘルマンの左側に回りこんだ1人の小太郎――小太郎の本体が、ヘルマンの顔を拳で打ち抜く。石化の魔力弾が、あさっての方向へと飛んでいった。小太郎は叫んだ。

「ネギ!」
「――一条の光、我が手に宿りて敵を喰らえ。」

 既にネギは呪文を詠唱していた。ネギの魔法が発動する。

「……白き雷!!」
「ぐおっ!!」

 ネギの左手から放たれた雷撃が、ヘルマンを直撃する。そのダメージは強烈だ。更に雷撃による感電で、ヘルマンの動きが一瞬硬直した。ネギは叫ぶ。

「カリスさん!」

 カリスは突進しつつ、手に持ったままだったカードをラウズする。

『ジェミニ』『ファイヤ』『ドロップ』
『バーニングディバイド』

 電子音声が響く。カードの絵柄がホログラムのようにカリスの周囲に浮き上がり、彼の身体へと吸い込まれていった。カリスは突進の勢いのまま跳躍し、空中で前転する。その途中、カリスの姿は2人に分身した。その2人のカリスが、回転の勢いのままヘルマンに向けて踵落しを放つ。その足には、炎が纏いつき、燃え盛っていた。
 2人のカリスの、炎の踵落しがヘルマンに炸裂する。ヘルマンの身体は爆炎に包まれ、吹き飛ばされた。

「ぐ……お……。」
『……。』

 ヘルマンは炎を纏い付かせて、大地に倒れ伏した。カリスは空中でくるりと反転すると、1人に戻り大地へと降り立つ。少年達は喜びに満ちた顔でカリスの元へ駆け寄ってくる。

「やったなカリス!」
「カリスさん!」

 ごん、ごちん。

 カリスは2人の少年の頭に、拳骨を落した。勿論軽く、だ。彼が本気で殴ったら、少年達の頭は消し飛んでしまう。小太郎とネギは喚いた。

「痛ってー!」
「な、何するんですかー!」
『危ない事をするからだ。……俺には他人の石化は治せん。頼むから、もう無茶はしてくれるな。
 だが……。ありがとうな。』

 カリスはそう言うと、今拳骨をくれたばかりの2つの頭を両手でそっと撫で擦った。
 と、そのときヘルマンが炎に包まれたまま、ヨロヨロと立ち上がる。カリスはすかさずそちらに向かい構えを取った。少年たち2人は、流石にぎょっとする。だがヘルマンは言った。

「ああ心配しなくてもいいよ。もはや完全にやられたからね。私の敗北だよ。」

 ヘルマンの身体は、両肩からシュウシュウと音を立てて消滅しつつあった。そこはカリスの必殺キックを受けた場所であった。彼の両腕は、既に煙となって消滅している。ヘルマンはどさっと音を立てて座り込む。見れば彼の両脚もまた、煙になって消えつつあった。彼はネギに向かって言う。

「さて、ネギ君。急がないと、私は消えてしまうぞ?とどめを刺さなくても良いのかね?このままにすれば、私はただ、召喚を解かれ、自分の国へと帰るだけだ……。しばしの休眠を経て、復活してしまうかもしれんぞ?」
「僕は……。」
「君を人質に使う事が決まった際、君の事は少し調べさせてもらった。なに、私の興味本位でね。君が知っている戦闘呪文のウチ、君が最後に覚えた呪文……上位古代語魔法だよ。
 本来、我々のような高位の魔物は封印することでしか対処できない。そういったモノを完全に打ち滅ぼし、消滅させる超高等呪文。君は復讐のために……このような機会のために覚えた呪文のはずだろう?」

 そう言いつつも、ヘルマンの身体はどんどん消滅していく。既に四肢は完全に消滅し、座り込んでもいられずに彼は仰向けに倒れた。未だ消えぬ炎がヘルマンの身体を焼いて行く。ネギは少しの間、押し黙っていたが、口を開いた。

「僕は……とどめは刺しません。」
「ほう?何故かね?」
「迷いがあるからです。さっきはつい切れてしまったけれど、おちついて考えれば6年前もあなたは召喚されて、命令に従っただけです。そんなあなたを殺してしまうのは、何か違うんじゃないか……って。
 責められるべきは、あなたにそんな命令をした召喚者の方じゃないか……って。」
「だが私は君の故郷の村を壊滅させた実行犯だぞ?いいのかね?」

 ヘルマンは胸から上だけになった状態で、おかしそうに言う。ネギは律儀に答えた。

「後からこの決断を悔やむかもしれません。でも、今の僕にはあなたを討てそうにありません。」

 そう言ったネギの肩に、カリスがぽんと手を置く。ネギは驚いてカリスを見上げた。カリスはそのネギに頷いてみせる。

「……お人よしだな、ネギ君。いい事を教えてあげよう。君のおまけで攫ってきた、近衛木乃香嬢……。彼女なら、いつか私の石化を解くほどの術師に成長するかもしれんよ。……そう、つまりは君の故郷の村人達の石化を解く事ができるやもしれんと言うことだ。今も石になったまま眠っている村人達をね。」
「!な、何故そんな事を教えてくれるんです!?」
「さてな……。何か企んでるのかもしれんよ。何せ、私は悪魔だからねえ。ははははははは!」

 ネギはあわてて水牢があった場所の方を振り向く。そこでは、念のためと言う事で攫われてきたネギの従者達――明日菜、のどか、刹那、そして木乃香がようやく目を覚まし、カモから事情の説明を受けているところだった。ネギは再びヘルマンの方を振り向く。ヘルマンはもうほとんど消滅しかかっていた。
 雨が上がり、月が空に出ている。その空に向かい、ヘルマンの身体は煙になって消えていった。ヘルマンの最後の声が周囲に響き渡る。

「仮面ライダー!君の本当の力を出させる事ができなかったのは心残りだ!だが楽しかったよ!!ネギ君、小太郎君共々、いずれまた会おう!!ははははははははははははは!!」

 ネギ、小太郎、そしてカリスは立ち昇っていく煙をいつまでも見上げ続けた。





 時を同じくして、採石場の崖の上で身を隠している人影があった。いや、人影と言って良いものだろうか。そこに居たのは、絡繰茶々丸であった。彼女は携帯電話で己の主に連絡を取っていた。

「……はい。ネギ先生は無事です。」
『戦いの様子はちゃんと記録したんだろーな。』
「はい。間違い無く。」
『ならばいい。お前が戻ってきたら、その記録映像を見せて貰おう。さっさと帰ってこい。』
「はい。では。」

 茶々丸は電話を切ると、踵を返そうとした。だが彼女は一寸動きを止めると、立ち去る前に再び崖下へと目をやる。そこには煙となって消えていくヘルマンを見守るネギと小太郎、それにカリスが居る。
 そのとき、カリスの顔が茶々丸の方を向いた。双方の視線が交錯する。茶々丸はぺこりと頭を下げた。カリスはそれに頷きを返す。ちなみにネギと小太郎は茶々丸に気づいていない。茶々丸は今度こそ踵を返し、その場を立ち去って行った。





 次の日、始と小太郎は始のバイクで世界樹前の広場に来ていた。小太郎は始の腰から手を放すと、バイクのタンデムシートから降り、ヘルメットを脱ぐ。

「……ぷはっ!」
「……。」

 始もヘルメットを脱いでバイクのホルダーに取りつける。そして彼は広場の中程の方を見やった。そこには石段に座り込んで、何やら考え込んでいるネギの姿があった。ネギは悄然とした様子で、思考に没頭している。そのため、始と小太郎には気付かないでいた。
 小太郎は呟く。

「なんやアイツ、あのヘルマンとかいう奴のコト、引き摺っとおのか。なんやら因縁深そうやったしなあ……、あの切れっぷりからしても。故郷の村が壊滅とかどうとか言っとったしなぁ。」
「ああ……。」

 始と小太郎はネギの様子を窺う。ネギは項垂れて考え込んでいたかと思うと、突然首を左右にぶんぶんと振った。そして溜息をつくと、また項垂れてしまう。
 小太郎はそんなネギの様子を見て、何やら苛々してきたようだ。彼は呟く。

「あー、アイツあーいうヤツなんやなあ……。なんや物事を難しく考えてしもて、ドツボにはまってまう……。あーもう、イライラするわ!」
「……。行け、小太郎。」
「へ?」

 始はネギの方へ向けて、小太郎の背を押した。小太郎は意味がわからず、びっくりした顔をする。始は小太郎に向かって言った。

「ネギが凹んでいるのが気に入らないんだろう。お前の思う通り、やってみろ。」
「……おう!」

 始の台詞に、最初はきょとんとしていた小太郎だが、すぐに満面に笑みを浮かべるとネギの方へと走って行った。彼は叫ぶ。

「ネギーーー!」
「わぷろぱぁっ!?」

 叫んだついでに、小太郎はネギの後頭部に一撃をいれた。綺麗に入ったその一撃は、あぶなくネギを石段から転げ落とす所だった。ネギは叫び返す。

「い、いきなり何するのさっ!小太郎君!あぶないじゃない!」
「なーに黄昏てるんやネギ!辛気臭いで!溜息なんかつきよって!」
「む……。」
「そーいう時はやなあ、ぱーっと身体動かして、頭からっぽにするんや!そや、俺とひと勝負しよかネギ!」
「え、ええっ、今から!?いきなり!?」
「そや!」

 小太郎はネギの腕を引っ掴むと、彼を開けた場所まで引っ張っていった。ネギはあわあわと泡を食った様子で引き摺られていく。

「ま、待ってよ小太郎君。ちょっ……実は今、昨日無理したせいか体中痛くて……。」
「カリスのお陰で大した怪我しとらんかったやろが。」
「いやホントに!ホントに!」
「仮病は許さへんでぇ!!」

 始はバイクに跨り、ハンドルにもたれかかった姿勢でわいわいと騒ぐ少年達を眺めやっていた。その表情は柔らかい。彼は少年達の様子を、微笑みながらいつまでも見つめていた。


あとがき

 ヘルマン卿編、堂々の完結です。色々と考えたりもしましたが、今回は奇をてらわずに、綺麗に終わらせる事にしました。それとネギがヘルマン卿にとどめを刺さない理由を、ちょっとばかりはっきりさせてみました。まあ筆者である私の勝手な考えなのですけれども。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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