「第19話 その1」


 雨の中、始のバイクは家路を辿っていた。今日の天気予報では、夕方から雨だとは言ってはいた。だが彼は、雨が降り出すまでには帰れるだろうと思い、買い物に出ていたのである。しかし予想していた以上に買い物に時間がかかった事と、雨が天気予報よりも早く降り出したことで、彼は雨の中を濡れながら帰る羽目になっていた。まあ一応、雨合羽は用意してはいたが。
 と、始はバイクを減速させる。ふと、妙な気配と言うか、彼の感覚に触れる物を感じたためだ。彼は道端にバイクを停めて、その感覚が導く方へ歩いていく。そこには一匹の犬が倒れていた。その犬は前足に怪我をしている。始は眉を顰めた。

(この犬……普通の犬では無い?)

 始の超感覚は、この犬がただの犬ではない事を彼に教えていた。彼はその犬を拾い上げる。

「ハッハッハッ……。」
(この犬の気配……。何処かで覚えがある?)

 始はとりあえず、雨合羽とシャツの前を開くと、その犬をそこへ包むようにして入れ、ボタンを留める。そしてしっかりと犬が衣類の中で固定されている事を確認すると、バイクをそっと走らせはじめた。





「師匠、ドラゴンを倒せるようになるには、どれ位修行すればいーですか?」

 そうネギがエヴァンジェリンに問うたのは、エヴァンジェリンの『別荘』で彼がエヴァンジェリンの猛特訓を受けていた途中のことであった。ちなみにエヴァンジェリンの『別荘』とは、エヴァンジェリン宅の地下室に置かれた、直径50〜60cm程度のガラス瓶に封入された、一見模型のような塔である。
 実はこの瓶の中には、現実の空間が切り取られて封入されているのだ。ネギ達は転移の魔方陣を使い、この瓶の中の世界と外の空間とを行き来しているのである。更に言えば、この瓶の中の世界で1日過ごしても、外の世界では1時間しか経過していないと言うおまけ付きである。日常先生の仕事で忙しいネギが修行を積むには、もってこいの場所であった。もっとも、この瓶の中の世界に一度入ると、中で1日単位で過ごさないと、外の世界に出てこられないと言う欠点もあるが。
 それはさておき、先程のネギの台詞に対するエヴァンジェリンの反応は、次のようなものであった。

「アホかーーーッ!」
「ぺぷぁ!?」

 ネギはエヴァンジェリンの鉄拳制裁を喰らった。エヴァンジェリンは続けて言う。

「21世紀の日本で、ドラゴンなんかと戦うコトがあるかーーー!アホなコト言ってるヒマがあれば呪文の1つでも覚えとけ!」
「あううー」
「エヴァちゃんエヴァちゃん」

 そう言って割って入ったのは、明日菜である。今日は彼女と他数名の3−A生徒達もまた、この別荘に付いてきていたのだ。ちなみにその女生徒の大半は、きゃいきゃい言いながら初心者用の練習用魔法の杖で遊んでいる。彼女らは、ネギから教わった初心者用の魔法の呪文――着火呪文を唱えては、だめだー、とか出ないー、とか騒いでいた。
 それはともかく、明日菜はネギがドラゴンを倒すとか言い出した理由をエヴァンジェリンに説明した。

「実はね、ネギのやつ先日図書館島の地下図書室の更に奥にいってきたのよ。お父さんの手掛かりがそこにあるって、夕映ちゃんと本屋ちゃんが京都で手に入れてきた地図のコピーを解読してくれたのよ。」
「何!ナギの手掛かり!?」
「はい、その通りです。が、解読と言うほどのものではなく……。」
「あうー。」

 京都で手に入れてきた地図とは、ネギの父親ナギ・スプリングフィールドが残した地図である。その地図にはここ麻帆良学園都市の詳細が暗号で記されていた。ネギはその暗号の中に、父親ナギの手掛かりがあるのではないか、と地図を解読していたのである。
 だが実際にナギの手掛かりを見つけたのは、暗号を詳細に分析していたネギではなく、そのコピーを渡された綾瀬夕映、宮崎のどか達図書館探検部員であった。ぶっちゃけた話、ナギの手掛かりは暗号でもなんでもなく、地図の中に手書きのカタカナででかでかと「オレノ テガカリ」と書き込んであったのだ。
 明日菜の台詞に、夕映とのどかが続ける。

「それで私達とネギ先生が図書館島の地下図書室最奥部へと挑んだわけですが……。」
「そこにいたんですー。おおきなドラゴンさんが……。」
「何?」

 エヴァンジェリンは片眉を上げる。そう、ネギとのどか、夕映ら3名が地下図書室の最奥部に至った時、そこには巨大なドラゴンが居たのである。ネギ達3名は、そのドラゴンに追い散らされ、命からがら逃げ出して来たのであった。
 その事を聞いたエヴァンジェリンは考え込む。

「むう。ナギの手掛かりのある場所の前に、ドラゴンが……。おそらくそれはガーディアンだな。番犬のような物だ。しかしここ麻帆良学園の地下深くに、そんなものが潜んでいたとは……。むう……。ナギの手掛かり、か……。」
「そ、それで師匠。ドラゴンを倒せるようになるには、どれ位修行すればいいでしょうか。」
「アホかーーーッ!」
「ほべぷっ!?」

 ネギは再び鉄拳制裁を喰らう。エヴァンジェリンは吼えた。

「お前はまだまだそんな事を論じられるレベルにもなっておらんわっ!
 ……ところで神楽坂明日菜。お前はそのとき付いていかなかったのか?お前なら小僧がどこかへ探検に行くとなれば、付いていきそうな物だがな。」
「う……。そ、それは……。」
「いやー、それなんだがよ。今回は兄貴達、兄貴の杖に乗って飛んでったんだよな。」

 口ごもる明日菜にかわり、カモが説明をする。

「なんでかは知らねーけどよ、姐さんが乗ると、兄貴の杖、うまく飛ばねーんだよなー。だから今回は涙を飲んでお留守番ってわけ。」
「なるほど、明日菜……。お前、体重が120kgほどもあるのか。なるほどな。」
「なんでよーーーッ!!」
「ふげろっ!?」

 明日菜の突っ込みが、諧謔を飛ばしたエヴァンジェリンに直撃する。エヴァンジェリンは叫んだ。

「き、貴様っ!いくら弱まっているからとは言え、真祖の魔法障壁をテキトーに無視するんじゃないっ!」
「ふんだ!」
「ああ、アスナさんも師匠も、やめてくださいよー。」
「アホばっかです。」
「あううー。」

 ネギの修行風景は、今の所平和一色だった。





 ネギ達が、エヴァンジェリンの『別荘』の中で騒いでいる頃、外の世界で蠢動している者達がいた。雨の降りしきる中、その者達は麻帆良学園都市の路地裏に、密かにうごめいていた。
 路地裏の路面にできた水溜りが、ぐうっと盛り上がる。それはまるで海月か何かのようにも見えた。その物体には、二つの光る目が有った。その目は、明らかに知性を感じさせる。

「……ネギ……スプリングフィールド……。」

 その物体は2つ、3つと数を増やすと、くすくすと笑い声を立てた。だがやがて再び、それらの物体は、とぷん、とぷん、と水溜りの中へと姿を消していった。やがて、その路地裏からは全ての気配が消えてしまう。そこにはただ、雨が降り続けるだけだった。





 始は拾った犬を自宅へと連れ帰った。そしてリビングでタオルの上に寝かせ、詳細に調べてみる。すると、犬の額に何やら紙片のようなものが張り付いていた。その紙片には梵字が書かれている。始は少々迷ったが、どうせその紙片は濡れて剥がれかけていたため、思い切って剥がしてみた。
 すると突然、しゅうしゅうと煙が上がった。始は驚かない。何かが起こるだろうと、心構えができていたからだ。そして煙が晴れたとき、犬の姿は無く、そこには一人の少年が寝転がっていた。
 始はその少年に見覚えがあった。

(気配に覚えがあるのも当然か。たしか京都で、あの眼鏡の女呪術師の一党に居た半人半獣の少年、だったな。名前は……聞いていなかったな。)

 始は聞いてはいなかったが、少年の名前は犬上小太郎と言う。自称ネギ・スプリングフィールドのライバルである。もっとも、そんなことは始が知る由もない。
 始がふと見ると、小太郎は右腕に怪我をしている。更に額に手を当てると、小太郎は相当高い熱を出していた。始は部屋の奥へ行くと、滅多に使わない救急箱を持ち出してくる。

(半人半獣に人間の薬で良い物か……。まあアンデッドである俺に人間の傷薬が効くんだ、かまわんか。)

 その時、突然小太郎が立ち上がった。そして彼は、始に飛び掛ってくる。その指先に光る鋭い爪は、始の喉笛を狙っている。

 トスッ!

 始は体を躱し、手刀を小太郎の後頭部に入れた。小太郎は崩れ落ちる。始は溜息をついた。

(やれやれ、いきなり暴れ出すとは。錯乱していたようだが、どうしたものか。……とりあえず、毛布でぐるぐる巻きにして拘束しておくか。と、その前に一応手当てはしておこう。)

 始は小太郎の手当てを手早く行うと、彼を客間へと運んでいった。と、小太郎がうなされるように言葉を発する。

「う……ネギ……。あいつに……伝えな……。危険が……狙われ……。」
「!?」

 始は目を見開く。小太郎が、ネギと敵対するグループに居たのは確かだ。その小太郎が、ネギに危険を知らせようとしている。その事実は、始を驚かせた。
 ただ、小太郎は始が――ワイルドカリスがリョウメンスクナノカミを倒した後、その現場に楓達と一緒になって現れている。また、その時フェイトの石化魔法で死に掛けていたネギを励ましてもいた。その事から察するに、あの時点で小太郎は降参していた可能性が高い。となれば、彼が今回ネギに味方するような立場に立っていてもおかしくは無いのかも知れない。
 だがそれ以上に、小太郎が今言った事が事実ならば、ネギに危険が迫っている事になる。始はどうしようか一瞬迷った。が、彼はとりあえず小太郎を毛布でぐるぐる巻きに拘束すると、その額に熱冷ましに濡れ手拭をかけてやる。その後、懐から携帯を取り出して、電話をかける。相手はネギだ。とりあえず小太郎を拾った事情を説明して、危険を警告するつもりなのだ。
 だが電話は繋がらなかった。返って来たのは、おきまりの「〜電源が入っていないか、電波の届かない所に〜」のアナウンスだ。それもそのはず、始が電話をかけた相手のネギは、今エヴァンジェリンの『別荘』で魔法の訓練の真っ最中であり、いわば別の空間にいるような物である。電波が届かないのも当たり前であった。
 始は次に茶々丸に電話をかけてみる。ネギになんらかの危険が迫っているらしい事を話すためだ。だが茶々丸にも電話は通じない。茶々丸もまた『別荘』の中に入っており、電波が届かない所にいるのである。
 始はどうすべきか悩んだが、とりあえず小太郎の目覚めを待つ事にした。始がカリスとして動くには、まだ情報が少なすぎることもあったためである。彼は小太郎の額に乗せた濡れ手拭を交換してやる。

(なんとかしてネギに連絡を取らないとならんな。だが、どう説明したものか……。それにどうやって連絡をとったものか……。)

 始は考え込む。彼が座っている傍らでは、小太郎がうなされながら眠っていた。


あとがき

 いよいよヘルマン伯爵との対戦開始です。とりあえず今回は小太郎君の登場から。小太郎君、女っ気無しルートに入ってしまいました(笑)。
 ネギ君は、まだ何も知らずに楽しく修行中です。彼に危機が迫るのは、次回あたりになるでしょうね。
 なお、前回も書きましたが、ネギの修行は本編よりも遅れています。例の「無詠唱魔法の射手+雷の斧」コンボも覚えてませんし。はてさて、どうなることやら。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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