「第18話」


 バイクのエンジンが唸りを上げる。とある金曜日の午後をかなり回った頃合、というかもう夕方近く、始は麻帆良に帰ってきた。彼は、昨日の朝からちょっとばかり東京へ出かけていたのである。理由は、今度自費出版する野生動物の写真集と、猫の写真集の2冊について、とある出版社の編集者と打ち合わせをしてきたからだ。

(俺が留守にしている間、特に変わった事はなかったようだな。)

 始は、バイクを走らせ家路を辿る。その途中、いつも茶々丸が猫達に餌をやっている広場の近くを通り掛かった。彼はバイクを停車させる。

(そう言えば、この路地の向こうだったな、いつも絡繰が猫に餌をやっているのは。時間的にもそろそろだな。今日もいるだろうか?……少し寄って行くか。)

 バイクのエンジンを切り、車体を手で押しつつ、始は広場へと入っていった。果たしてそこでは茶々丸が猫達に餌をやっていた。茶々丸はすぐに始に気付く。始は片手を上げて挨拶を送った。茶々丸も頭を軽く下げてくる。
 バイクのスタンドを立て、ハンドルロックをかけてから、始は茶々丸に近付いた。無論、猫達を驚かさないように、気配を抑え気味にするのは忘れない。もっとも、茶々丸が傍にいれば必要ない配慮であるかもしれない。茶々丸の周囲の猫や小鳥は、まったく警戒心も見せずにリラックスしている。
 始は茶々丸に話し掛けた。

「絡繰、しばらくだな。その後どうだ?」
「お蔭様で。相川さんもお変わりなく。……どうぞ。」

 ツイ、と茶々丸が猫缶をひとつ無言で差し出す。まるでそれが当然のように。始もまた、当然のようにそれを受け取り、キコキコと缶を開けると中身を餌皿に移す。するとすぐに猫達が餌皿に集まってくる。始と茶々丸は柔らかい表情で、それを眺める。
 と、始がまったく関係のない事を訊ねる。

「ところで、先週の土曜日はどうだったんだ?ネギ少年の合否は。」

 これは約1週間前、先週の土曜日がネギのエヴァンジェリンへの弟子入りテストの日であったから、その事について聞いているのである。茶々丸もその事は知っている。というか彼女もそのテストに同席していた。彼女はネギの合否に付いて答える。

「はい、ネギ先生は無事試験に合格されました。」
「ほう。どんな試験だったんだ?」
「ネギ先生の魔力行使の限界を見るものでした。結果は、マスターは表向きぎりぎり合格したように装って不満そうにしておられましたが、内心では喜んでおられたように思われます。」
「そうか。……で、今頃は魔法の鍛錬の真っ最中、と言った所か?」

 始の言葉に、茶々丸は首を横に振った。

「いいえ、こんどはネギ先生は、体術の師をさがしておいでです。」
「体術?魔法使いが?」

 今度は、茶々丸は首を縦に振る。

「マスターが、どのみち魔法使いにも体術は必要だとおっしゃったのです。最初はマスターが魔法といっしょに合気柔術を教えようとなさったのですが、どうもネギ先生のスタイルには合わないようで。」
「ネギ少年が戦っている所は見た事が無い。よくわからんな。」
「はい、ネギ先生のスタイルは魔力を攻撃に乗せるタイプです。ですので、合気柔術とはいまひとつ……。マスター曰く、達人レベルになれば話は変わってくるらしいのですが。
 それでネギ先生のスタイルに合った格闘技の使い手を体術の師匠とするべく、色々と捜しておいでです。」

 猫が茶々丸に擦り寄って甘える。茶々丸はその猫を撫でてやった。猫はごろごろと喉を鳴らす。

「相川さんがネギ先生に体術を教えてさしあげてはいかがですか?」
「俺が?」
「はい。以前停電の際に見せていただいた技は、お見事でした。」

 始は一寸返事に詰まる。彼は眉を顰めて答えた。

「……残念だが、無理だ。俺は優先してやらねばならない事が少々多すぎる。
 それに、俺の格闘の技は人間離れした身体能力を前提にしている所が多いからな。ネギ少年では教えても生かしきれんだろう。」
「そうですか……。」
「すまんな。」
「いえ。」

 猫の餌皿は既に空になっていた。猫缶の残りももう無い。始は空き缶を集めると、餌皿と重ねて、茶々丸が持ってきていたレジ袋に詰め込む。猫達は1匹、また1匹と何処かへ去っていく。始と茶々丸は立ち上がった。

「さて、俺はそろそろ帰らねばならん。」
「私もマスターの夕食を用意しなければなりません。」
「そうか、それではまたな。」
「はい。それでは失礼いたします。」

 バイクに跨ると、始はエンジンを掛けた。彼はギアを入れ、クラッチを繋ぐ。走り出したバイクを、茶々丸はしばし見守っていたが、バイクが路地に入り見えなくなると、彼女もまた踵を返して家路についた。





 次の日の土曜日、始はカメラを構え、山中を歩き回っていた。野生動物の写真を撮るためではあるが、それ以外に例のモノリスの捜索を再開したという意味合いも持っている。彼は以前よりも更に捜索範囲を広げていた。
 ネギによれば、学園の魔法使い達――学園長らはモノリスに付いて何も知らないらしい。学園長達がネギに対し隠し事をしている可能性もあるが、そうでなかった場合、あのモノリスが野放しになっているかもしれないのである。

(俺『達』全アンデッドをこの異世界へ放逐した後、モノリスは元の世界に残っている、と言う可能性もあるが……。もしそうであるならば、『大破壊』が起こっていない理由も納得がいく。モノリスを操っている『統制者』の力がこの世界に及んでいないのであれば、……。)

 始の想像は、正解に近い所までいく。だがそれは所詮、推測にもならない想像のレベルでしかない。始は頭を振って思いなおす。

(いや、そう楽観はできん。この世界で万が一『大破壊』が起こるようであれば、悔やんでも悔やみきれん。
 この世界の人間達も、元の世界の人間達と同じだ。優しく、暖かい。まあ、そうでないのがいるのも同じだが……。失いたくは無い……。)

 始の脳裏に、天音――栗原天音と言う少女の笑顔が浮かぶ。彼女こそが、彼が「子供」に拘るようになったきっかけの存在であろう。そしてその母親である遥香や叔父である白井虎太郎、仮面ライダーであった橘や睦月の姿が次々に浮かび上がってくる。彼らとの交流が、「相川始」の「人間」としての原体験であった。
 彼は一枚のカードを取り出し、じっと見つめる。そのカードこそは、JOKER――仮面ライダーの最後の一人にして、始の「友」、剣崎一真であった。

「……。」

 彼は無言でカードをしまうと、再び歩き出した。ついでに木っ端をひょいと拾い上げると、シュッとあさっての方向へ投擲する。

スコーン。

「ふげっ!?」

 始の投げた木っ端に当たって、枝の陰から落ちてきたのは、誰あろう長瀬楓であった。

「あたたた……。ひどいでござるよ、拙者まだ何もしておらぬでござるに。」
「これからする気満々だっただろう。闘志とかそんな物がピリピリと首筋に来たぞ。」
「むう……。あいかわらず凄い察知能力でござるな。」

 始は楓に手を貸して立ち上がらせた。楓も素直にその手を借りる。始は楓に向かって言った。

「ところで、今日は相手をしてやれないぞ。今日は見ての通り仕事がある。」
「それは残念でござるな。けれど、そろそろお昼時でござるよ?お昼ぐらいご一緒してもかまわんでござろ?」
「む、もうそんな時間か。ふむ、そうだな、わかった。」

 彼らはしばらく行った先の岩場まで移動し、そこで昼食を摂る事にした。





「ほう、写真集を出すでござるか?」

 岩魚の塩焼きを頬張りながら、楓は始に聞いた。ちなみにこの岩魚は楓があらかじめ川で捕って置いた物である。始も自分のランチジャーから出した玉葱の味噌汁を啜りながら、楓の問いに答える。

「ああ。一応2冊、な。」
「ほほう。それでは拙者、よければクラスメートなどに宣伝するでござるが?」
「そうだな……。どちらの本も上製本――ハードカバーだから、価格がやや高目なんだが、猫の写真集の方は値段を抑え気味にしてある。中学生の小遣いでもまあ買えると思うぞ。宣伝してくれると言うなら、そちらをたのむ。
 残念ながら野生動物の写真集の方は、値段も張る上に一寸マニア向けと言った風情で客層も違う。女子中学生向けじゃないな。
 ああ、ところで実際の出版はまだ1ヶ月ほど先の事だ。あまり急がなくてもいいぞ。」
「あいあい、わかったでござるよ。」

 楓は微笑むと、火の周りからもう1匹岩魚を手に取った。と、彼女は始が難しい顔をしているのに気付く。

「どうしたのでござるか?不味い物でも食べた様な顔をして。」
「ああ、いや……。」

 始は最初口ごもる。彼は少々考え込んでいるようだ。が、すぐに口を開く。

「長瀬、例のモノリスだが……。まだ見かけてはいない、な?」
「ああ、悩んでいたのはそのことでござったか。残念ながら見かけてはいないでござるよ。」
「やはり、か。せめて無いなら無いと、はっきりさせる方法があれば良いんだが……。」
「むう……。」

 楓は始が考え込むのを見て、自分も考え込んでしまう。始はその様子に、苦笑して謝罪する。

「いや、飯時にすまなかった。思い詰めては上手く行くものも行かなくなる。気長にやるとするさ。こっちの事情でそちらにまで心配をかけて、すまなかったな。」
「あ、いや謝られるほどのことではないでござるよ。それより、ご飯にするでござるよ。」

 楓はそう言って、岩魚にかぶりつく。始も笑ってご飯をかきこんだ。





 その後、始は修行をする楓と別れ、時間が許す限り山中を歩き回ったが、当然の事ながらモノリスの手掛かりすら掴めなかった。代わりに、いい写真はけっこうな枚数撮れたらしいが。


あとがき

 もうすぐヘルマン伯爵がやってくる時期ですが、伯爵との対戦前に、やっぱり一寸ワンクッション置く事にしました。今回は、始の日常と言ったところでしょうか。
 今回の始ですが、とりあえず自費出版で写真集を出させる事にしました。後はどこか場所を借りて個展(写真展)を開くなり、どこかのフォトコンテストに出品するなり、写真家としての活動の幅を広げさせていこうかな〜と。
 なおネギの修行ですが、本編よりも若干遅れています。まだ格闘の訓練も受けていませんし。多分、原作通りに古菲に中国拳法を習う事になるとは思うんですけどね。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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