「第17話」


 その夜、麻帆良学園学園長近衛近右衛門と英語科教諭タカミチ・T・高畑は、本日の職務を終えて帰宅する途中であった。いや、正確に言えば帰宅途中に何処ぞの飲み屋に寄って、一杯ひっかけようとしていた所であった。
 高畑が学園長に言う。

「ところで、最近のネギ君の様子はどうですか?」
「うむ、なかなか良くやってくれておるぞい。先日の修学旅行のときなど、こちらの予想しておった以上の障害や危険があったんじゃが、仲間たちと力をあわせて、なんとか切り抜けてくれたわい。おまけに木乃香のコトまで色々と解決してくれよった。
 正直、木乃香に関しては、あの子の魔力の事もあり、もはや秘密にしておく事は困難じゃったからのう。なんとか上手く事が転がってくれて、本当に助かったと言うもんじゃ。
 もっとも、ネギ君やその仲間達だけのおかげでは無いがの。」
「例の『仮面ライダー』ですか……。」
「うむ。」

 学園長は、未だに時折痛みを訴える腰を叩きながら首肯する。学園長は言葉を続けた。

「こちらからもエヴァを増援に送ったんじゃがの。エヴァに何をさせる暇もなく、敵を……解き放たれたリョウメンスクナノカミを一撃で倒してしまったそうじゃ。
 まあエヴァも逃げようとした賊の首魁を捕らえたんじゃがの。」
「……それはまた。リョウメンスクナノカミって、アレでしょう?日本の神話に出てくる……つまり神話級の化け物を。」
「しかもじゃ。」

 学園長は眉を顰める。

「スクナが倒された後、関西の者達がスクナを再封印しようとしたんじゃがの……。」
「どうかしたんですか?」
「スクナの残骸が見つからんかったそうじゃ。どこにも。」
「!?」

 高畑の、眼鏡の奥の目が見開かれる。学園長は続けた。

「リョウメンスクナノカミは、超強力な鬼神ではある。呪術師達が召喚する鬼達の超々々々々々々強力版……まさに神と呼べるほどの超強力な『鬼』じゃと言って良いじゃろうて。つまりは元々、鬼達の世界から何らかの形で召喚されてきたものなのじゃ。
 そして『鬼』という物は、倒されて……殺されてしまえば『還る』……。もといた世界に、の。」
「まってくださいよ?つまり『ライダー』は、リョウメンスクナノカミを……鬼神を普通に『倒した』だけではなくて、完全に『還した』、つまり殺した、と?」
「その可能性が高い。いや、信じがたいことではあるが、『還る』ことすら許さずに、本当の意味で鬼神を『滅して』しまった可能性すら……。
 いや、まさか、の。鬼や悪魔等を『還す』だけでも一大事なのに、それらを本当の意味で『滅す』など、極一部のそれ専門の超高等魔法でなければできんことじゃ。それを、神の名を冠する鬼神を、などとな。ふぉっふぉっふぉ……。」

 学園長は笑った。あまりにばかばかしい想像だと思ったからだ。だがそれでも、仮面ライダーカリスがリョウメンスクナノカミを少なくとも『還した』のは間違いのない事である。あまりの攻撃力に、高畑は一瞬慄然とした。だが、やがて彼も笑い出す。

「あまりに凄すぎて、笑うしかありませんね、そりゃ。いやはや。今日は『ライダー』が敵にならない事を祈って、乾杯しますか。」
『それはお前達次第だな。』

 その声と共に、突然二人の背後に強大な『気配』が吹き上がる。学園長にも高畑にも、今まで何も感じられなかったのに、だ。二人からすれば、いきなり背後にドラゴンでも空間転移で出現したかのような感覚だっただろう。学園長と高畑は、ゆっくりと、背後の気配の持ち主を刺激しないように、本当にゆっくりと振り向いた。
 そこには、黒い身体に白銀のプロテクターを纏い、真紅の複眼をした戦士……仮面ライダーカリスが立っていた。
 カリスは徐に言葉を発する。

『訊きたい事がある。お前達、麻帆良学園の魔法使い達は、いったいネギをどうするつもりだ?』
「どう……とは?」
『麻帆良学園、いや、英国の魔法教会もか。それらも含めて、お前達はネギを無理矢理に成長させようとしているように見受けられる。』

 カリスは一度言葉を切った。そして学園長と高畑、二人を睥睨する。二人は気おされるものを感じた。だが、表には出さなかったが。カリスは再び言葉を発した。

『あの子は「子供」だ。特別な生まれであるかもしれない。重いものを背負っているかもしれない。だが、だからどうした。子供である以上、「子供」である事は当然の権利だ。無理矢理に成長を強いるような事は、するべきではない。
 お前達は、子供に無理矢理に「大人」と同じ義務と責任を背負わせようとしているように、俺の目には見える。あの子を無理矢理に「大人」に仕立て上げようとしているように見える。本来彼の年齢には不似合いな「試練」を課したり、な。』
「それは……。」
「……。」
『無論、俺の言っている事が理想論だと言うことは、百も承知の上だ。悲しい事だが、子供のうちから「大人」にならなければならない子供など、ごまんといる。なんらかの「事故」で両親を失った子、何処かの「戦場」で生まれ育った子、他にも様々な事情で子供のうちから「大人」にならなければならなかった子供達……。だがそれでも……周囲の大人は、子供が子供であるうちは、子供でいさせてやるべきではないか?少なくとも、そう「努力」すべきではないのか?
 ……お前達からは、その「努力」が見えて来ない。お前たちは「何」をやっている?』

 カリスは切々と訴えかけるように語った。高畑は唇を噛み締めている。だが学園長は飄々として立っていた。学園長が口を開く。

「……わしらがやっておるのは、「次善の策」じゃよ。」
『ほう……?』
「おぬしが言うようにできるなら、それこそ最善、理想通りじゃろうて……。だが、できん。何故か?単純な理由じゃ。手が足りぬのじゃよ。ネギ君はの、『英雄の息子』じゃ。それ故、常に理不尽な悪意に晒される危険性を秘めておる。
 現に彼が今よりももっと幼い頃……そう、6年前にもなるかのう。彼の住んでいた村が悪魔の群れに襲われての。村人は全て石化されてしまい、助かったのはネギ君とその姉代りをしていた少女だけじゃった。理由は、おそらくはその村が「英雄の故郷」であったからであろうのう。村人達は未だに解く事もできぬまま石化されたままじゃて。」

 学園長は深く、深く溜息をついた。カリスはじっとその姿を凝視したままだ。

「わしらの力でネギ君を完全に守ってやれれば良いのじゃがのう……。わしらの手の長さにも限度がある。それ故に、このある程度護りが保証された麻帆良学園都市において、ある程度の試練を与え、ネギ君の成長を促しておるのじゃて。魔法学校の卒業証書に修行先として、「A TEACHER IN JAPAN」と記されたのを良いことにの。
 万が一のときに、彼自身の力で身を守る事ができるように、とのう。わしらの手が届かなくとも……の。
 それが彼の「子供としての幸せ」に傷をつけるかもしれんことは、重々承知の上じゃ。危険が彼に迫ったとき、何もできないよりはマシ、と言う物じゃと信じてのう。」

 そう言った学園長の姿は、普段よりも年老いて小さく見えた。カリスはその様子に溜息をつく。学園長自身がそのことについて慙愧の念を抱いているのは見て取れた。だがカリスは容赦なく言葉を続ける。この事は言わなくてはならない事だからだ。

『……であるならば、今回の修学旅行は大失敗、と言うわけだな。手頃な試練、どころかネギにはあまりにも手に余る事態だった。しかもお前たちはほとんど何も対策を講じていなかった。』
「うむ、それを言われるとつらいのう……。まさかあそこまで大事になるとは思ってもみなんだ。万が一のために、魔法先生を一人、ネギ君には内緒で付けておいたのじゃが……。
 その程度では、どうにもならなんだ。わしの見通しの甘さ故じゃ。言い訳はするつもりは無いわい。」

 カリスは頭を振った。やれやれ、といった風情である。

『俺としては到底認められはしないが、お前達もお前達なりにネギの事を考えているのはわかった。……到底認める事はできんが、な。ネギがあまりに哀れすぎる……。
 最後に一つだけ言わせてもらおう。「助長」という故事成語は知っているだろう。お前達のやり方からは、その臭いがする。お前たちのやり方では、ネギが歪んで成長しかねないぞ。』
「!」
「むう……。」
『俺としてはそれを認めるわけにはいかん。お前たちの思惑を潰す事になるかもしれんが、俺は俺で好きにやらせてもらうぞ。ネギが「子供」でいられるように、な。ではな。』
「あ、待ってくれ!」

 高畑が、回れ右をして立ち去ろうとしたカリスを止める。カリスは顔だけを高畑に向けた。

『……なんだ?』
「君の……君の目的はなんなんだ?」
『……。』

 カリスはしばらく押し黙った。だが徐に言葉を発する。

『……そう、だな。目的は、ある事はある。まずは人類の破滅を防ぐ事、だな。
 ……人類は、そう……暖かく、優しい。ま、そうでないのも居るが、な。正直失うのは惜しいと思う。失いたくないと思う。』

 カリスの脳裏には、あのモノリスや、倒しても倒しても湧いてくるダークローチによる大破壊の様子が浮かんでいた。カリスは行方不明のモノリスを捜索する決意を新たにする。もっともその方法は今の所考え付かないし、実際の所モノリスは既に存在していないのだが。
 高畑が言葉を続ける。

「人類の破滅を防ぐ?人類に危機が迫っているとでも言うのかい?」
『……いや。あくまでその可能性がある、というだけだ。俺は予防的に動いているだけだ。』
「そのために麻帆良学園への侵入者を捕らえたり、ネギ君達に力を貸したりしたのかい?」

 高畑の問いに、カリスは苦笑を漏らした。

『ああ、いやそれは違う。それはどちらも俺が気に入ったごく少数のヒト達の平穏を守っただけだ。無論その中にネギも入っているがな。結果的に麻帆良学園が守られる事になったのは、儲け物だとでも思っておけ。
 ……そうだな。そう言ったヒト達の幸せを守ることもまた、目的のひとつと言えるかもしれないな。』

 実際、カリスにも自分の心の動きは整理できていないのである。ただ、己の心の欲するままに動いているだけであると言えば言えるかもしれない。「剣崎」に影響を受けた、と言うこともあるかもしれない。だが、今言った事、今言った目的は本心ではあった。カリスは彼にとって大切なヒト達を守りたいから戦っているだけなのである。
 カリスは呟くように言った。

『……もういいな?ではな。』

 そう言うとカリスはカリスアローにカリスラウザーをセットし、スペードの9のカードを取り出してラウズした。電子音声が響く。

『マッハ』

 カリスは衝撃波を纏うほどの超高速で疾走した。その姿は、瞬時に見えなくなる。学園長と高畑はしばしその後姿があった場所を凝視していた。だが、やがてどちらともなく溜息をつく。
 学園長は言った。

「「助長」か……。そうかもしれん。だがその危険を冒しても、やらねばならん。
ネギ君に、自分で危険を切り抜けられる力を付けてもらうためにも、のう……。」

「助長」とは、以下のような故事成語である。
 昔、宋の国にある農夫がいた。その農夫は、自分の畑に植えた苗の成長が悪いのを心配していた。彼はある日畑に出ると、苗の生長を助けようとして、苗を引っ張って回った。
 彼は家に帰ると「今日は苗が生長するのを手助けしてやった」と家人に言った。驚いた農夫の息子が畑に行ってみると、苗はみな根が土から浮いて、枯れてしまっていたと言う。
 この故事が元となり、余計な事をしてかえって害を招く事を「助長」と言うようになったのである。
 高畑は呟くように言う。

「ですが、ネギ君と言う苗を枯らす事の無いように、今後一層の注意が必要ですね。」
「そうじゃのう。修学旅行の時の様な失敗は、二度としてはならんの。学園の警備体制も近いうちに見直しておかんとならんかのう。」

 学園長と高畑は再び溜息をつくと、歩き出した。二人の今夜の酒は悪い酒になりそうであった。


あとがき

 今回は、修学旅行編の後始末です。さすがに今回の学園側の不手際は、見過ごせなかった、と言う所でしょうか。カリスは今まで避けていた学園側との直接接触に踏み切りました。もっとも、互いの主張は平行線(と言うほどひどくはないかな?)だったわけですが。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


トップページへ