「第16話」


 修学旅行あけの日曜日、ネギは悩んでいた。彼は今回の修学旅行で、己の力量不足を強く実感していたのである。いざと言うときには他人の力を借りる事も躊躇しないが、いつでも力を借りられる誰かが傍にいるとは限らない。現に前回は、カリス達が間に合ったとは言え、彼一人ではあの白髪の少年――フェイト・アーウェルンクスには勝つ事はできなかった。
 そういうわけで、ネギは自分の力の底上げを考えていたのである。少なくとも、自分ではかなわない相手でも、助力が入るまで粘る事ができるぐらいにはなりたい、と、そう考えていた。だが、そうは言っても具体的な方法までは思いつかない。

「あ〜〜〜!どうしたらいいんだろう!」
「兄貴、もう少し落ち着けや。」
「そんなこと言ったって〜〜〜!」

 ネギはごろごろと部屋の床を転げまわった。なだめようとしたカモもの言葉も半分耳に入っていない様子だ。せっかく修学旅行先の京都で手に入れてきた、父親の手掛かりの地図――麻帆良学園の地図の束――の調査にも身が入らない。
 そんなとき、ごろごろと転がりまわるネギを踏んづけた者がいた。

「ぶべらっ!?」
「あ、兄貴いいぃぃ〜〜!?」
「ちょっと!ほこりが立つじゃないの。悩むんなら悩むで、おとなしく悩んでなさいよ。」

 明日菜だった。

「ちょ、アスナさん酷いですよ。」
「そんなこと言ってもね。ほこりが立つってのも本当だし。それにばたばた暴れられると近所迷惑でしょ。そう言うことも考えなさいよね。
 んで?何悩んでんのよ。」
「は、はあ……。」

 ネギは口ごもった。少々気恥ずかしかったのだ。それを見て、明日菜はムッとする。彼女は両拳をネギのこめかみに押し当て、力いっぱいぐりぐりとやる。いわゆるウメボシである。

「あだだだだだだだっ!!」
「あーっ!兄貴いいいぃぃぃっ!あ、姐さんそのぐらいで……。」
「あんたねえ……。私に隠し事なんて10万42年早いのよ!
 んで?何悩んでんのよ。」

 ネギは已む無しと思い、彼が何を悩んでいたのかを明日菜に語った。それを聞き、明日菜も唸る。

「う〜ん。強くなりたいってネギの気持ちもわからなくもないけど……。自分一人じゃ難しいと思うわよ。
 ……そうだ!誰かに弟子入りして教えてもらうってのはどうよ!実はあたしも刹那さんに頼んで、剣道教えてもらうことにしたのよ。例のハリセンをもっと上手く使いこなせるようになりたいと思って。ネギもあんたより強い人に弟子入りして、鍛えてもらうって言うのはどうよ?」
「なるほど!いい考えだと思います!でも……誰にお願いしましょう?強い人って言うと……カリスさん?」
「カリスの旦那は魔法使わねーでしょが兄貴。それにどこに居るかもわかんねーし。」
「「「う〜〜〜ん。」」」

 結局、外に出て気分転換をする事にした。





 始は今日はのんびりと街中を歩いていた。麻帆良学園中等部3−Aの修学旅行に付き合って、京都までバイク旅行をしてきたので、今日は休息に充てるつもりだったのである。ついでに、食料品などを始めとして、不足している品々の買出しなども行うつもりではあったが。
 ふと彼が、どことなく馴染みのある気配を感じ、目を向けると、そこにはネギと明日菜、それにカモのいつものトリオが歩いていた。ネギは腕組みをして、うんうん唸っている。明日菜は苦笑しながらその頭をぽんぽん叩いている。ネギはどうやら何か悩んでいる様子だ。始はとりあえず彼らの前に立つと、声をかけた。

「よく会うな」
「あ、相川さん。こんにちは。」
「こんにちは相川さん。今日は買い物か何か?」
「そんな所だ。……だがどうかしたのか、ネギ少年は?傍から見ても挙動不審だったぞ。」
「えぇっ!?そ、そんなに変でしたか僕?」

 始が軽く頷いて見せると、ネギはがっくりと肩を落す。始はそんなネギの頭に手を置くと、軽く撫でてやる。彼は続けて言った。

「せっかく会ったんだ。少し早いが昼飯でも奢ってやろう。」
「え?わ、わるいですよそんな」
「何、気にするな」

 始は先頭に立って歩き始める。ネギ達2人と1匹も、あわててその後を追った。





 いつもの食堂棟で、彼らは昼食を取りながら、雑談をまじえて話をしていた。始は麻婆豆腐定食を食べながら、ネギと明日菜の話を聞く。

「……なるほど。強くなりたい、か。」
「ええ、せめて助けてくれる人達の足を引っ張らない程度には。あと、自分一人でなんとかしようとかは思ってないんですけれど、それでも誰かの助けが間に合うまでは頑張れる程度には、と……。」
「で、アタシの意見としては誰かに教えてもらって鍛えてもらうのがいいんじゃないか、と。自分一人の独学じゃ、それこそ限界あると思うし。」
「ふむ、たしかにその通りだな。
 しかし魔法を鍛えるとなると、俺では相談相手になってやれんな。俺は魔法の事には門外漢だからな。そちら方面の知り合いもいない。」

 始は考え込む。

「そうだな……。ネギ少年、お前は学園の魔法使いに知り合いも居るんだろう?そちらに誰か良い師匠候補がいないか相談してみるのはどうだ?」
「そうですね……。今度機会があったときにでも相談してみようかと思います……。」
「ところでネギ少年。」
「はい?」

 ネギは始の呼びかけに、今まで伏せ気味にしていた顔を上げる。始は眉間に皺をよせて、真剣な表情でネギに語りかけた。

「強くなりたい、と言う気持ちは否定しない。だが、急ぎ過ぎるなよ。ゆっくり、ゆっくりと、で良いんだ。急ぎ過ぎると、道を誤ったり、途中でばててしまう事だってある。……俺はそう言う例を、いくつも知っているからな。やり直しが効く程度の間違いで済むなら、それもまた勉強になるからまあいいんだが……。
 ただでさえ道は険しいんだ。一歩一歩、ゆっくりと踏みしめて山道を登っていけ。」
「……はい!」
「さすが年の功、いいこと言うわねえ……。」
「あのー。もー一缶おかわりもらっていいっすか?」

 真剣な話をよそに、カモは缶ビールを飲んでいた。





 ネギ達は、始と別れて町の散策を続けた。ネギは一応機会があり次第、学園の魔法使い達に――具体的に言えば学園長に――相談してみようと一応の方針は決まったものの、まだ時折考え込んでいた。明日菜はカモを肩に乗せ、やれやれと苦笑しつつネギの後を付いて行く。
 やがて彼らは、街外れの広場へとやって来た。ここには、そこかしこにベンチが設えてある。そのベンチには、昼寝をしている中年男性や、子供連れの母親、雑誌を読みふけっている青年、それに仮面ライダーカリスなどが腰掛けてくつろいでいた。
 ネギはぽつりと言う。

「そういえば、こんな場所でしたね。ベンチとかは無かったですけど。」
「?」
「いえ、僕らが茶々丸さんをやっつけようとして、カリスさんに怒られた場所ですよ。」
「ああ。」

 時間的にはそれほど経っていないはずなのだが、彼らは波乱万丈の修学旅行を過ごして来たせいか、ずいぶんと以前の事のような気がした。ネギはためいきをつく。

「僕、あれ以来色々と考えて動くようにしているつもりなんですけど、上手くやれてるのかなあ……。修学旅行でも、なんていうか皆の足を引っ張っちゃっただけみたいな感じだったし。
 なんか空回りしているみたいな感じも、時々することあるし……。」
「何言ってんのよ。アンタみたいな子供は間違ったり空回りしたりしてもいいのよ。そうして経験を積んでいくんだから!
 それにあんた、きちんと努力してるじゃない。今日言ってたみたいに、せめて足引っ張らない程度に、とか、助けが間に合うまで粘れる程度には強くなりたいとかって、色々考えて決めた事なんでしょ?」
『そうだな。それにもし間違いを犯しても、それが致命的な事にならないようにするのは周りの大人のやる事だ。本当に取り返しのつかない事をしそうになったなら、俺も含めて誰か大人がしっかり叱ってくれるだろう。いつかの様に、な。』
「「「えっ!?」」」

 いつの間にか、ベンチに座ってくつろいでいたはずのカリスがネギ達の傍までやってきていたのだ。まあ、実はネギ達の先回りをして待っていたのではあるが。ネギ達は非常に驚く。

「か、カリスさんっ!?い、いつからここにっ!?」
『お前らが来る前から居たが。』
「ぜ、全然気付かなかったわ……。」
『ところで先程言っていた、強くなるとかならないとか言う話は、どういう事なんだ?』

 カリスは少々強引に話を変える。本当は始の時に既に訊いている話ではあるのだが、カリスは知らないはずの話である。それ故、二度手間ではあるが、あらためて尋ねているのだ。ネギと明日菜は顔を見合わせた。ネギがぼそぼそと小さな声で話し始める。

「実は……。」





「……と言うことなんです。」
『ふむ。今回の事で力不足を痛感したから、多少でも強くなっておきたい、ということか。だがあまり無闇に力を求めるのも、どうかと思うぞ。
 ……だが、決意は固そうだな。』
「はい。」

 カリスはシャドーチェイサーを手で押しながら、しばらく無言だった。ネギ達はその様子を眺めながら、それに付いて行く。カリスはやがてある店の前で立ち止まる。その店は、鯛焼き屋だった。カリスは店の親父に向かって言葉を発する。

『餡子の鯛焼きを10個、包んでくれ。』
「へい……いっ!?」

 店の親父はカリスの風貌に一瞬ぎょっとするが、そこはプロ根性である。何事もなかったかのように、焼きたての鯛焼きを10個袋に入れると、渡してよこした。カリスは千円札を2枚、どこからともなく出すと、親父に渡しつつ言葉を続ける。

『領収書を。宛名は上様でかまわん。』
「へいっ。」

 カリスは領収書とお釣りを受け取ると、ネギ達の所へ戻ってくる。ネギ達はその庶民的な行動に一瞬あっけに取られていた。だがネギはなんとか立ち直ると、カリスに尋ねる。

「え、えっと。鯛焼きって言うんでしたっけ、それ。どうするんです?」
『これから行く先への土産にする。』
「どこへ行くのよ?」
『ある魔法使いの所だ。ネギの師匠になってもらいに行く。』
「「「えええっ!?」」」





「……で、私のところへやってきたと言うわけか。」
『そうだ。』

 カリスとネギ達がやってきたのは、エヴァンジェリンの家である。カリスは茶々丸が淹れてくれた茶を啜りながら、エヴァンジェリンに答えた。エヴァンジェリンは咆える……鯛焼きを齧りながら。

「アホかあああぁぁぁっ!?私と坊や、それにお前は一応敵なんだぞ!?その私に弟子入りだと!?」
『そう叫ぶな。普通に話しても充分聞こえる。』

 カリスは空になった湯飲みを卓袱台に置いた。そして話を続ける。

『エヴァンジェリン、お前は優秀な魔法使いだ。あの「こおるせかい」だったな。あの魔法、わずか600歳余であれだけの力を身に着けるとは、驚嘆に値する。』
「な、なに……?ほ、褒めても何も出ないぞ。と言うか若造扱いするなと言っている。」
「カリスさん、お茶のおかわりはいかがですか。」
『頂こう。さてエヴァンジェリン。俺はお前を信頼に値すると思っている。悪ぶってはいても、筋は通す質のようだからな。
 それにネギほどの素質を持つ者の師匠ともなれば、生半な魔法使いでは務まるまい。その点、お前ならば安心だろう。俺が知る限り、今まで見てきた限りでは、ネギを教導するに相応しい実力者はお前を措いて他には無い。』

 カリスは学園の警備に当たっている魔法先生や魔法生徒が窮地に陥っている所を、何度も助けてきている。そのため、平均的な魔法先生や魔法生徒達の能力は大方知っているのだ。
 エヴァンジェリンはカリスのベタ褒めの評価に、少々頬を染めている。一方、カリスの隣で話を聞いていたネギ達は、最初こそ驚いていたものの、カリスの台詞を聞いて「なるほど」と納得する。
 ネギはずいっと前に出ると、エヴァンジェリンに向かい声を上げた。

「エヴァンジェリンさん!僕からもお願いします!っていうか僕の事なのに僕からもって言うのは変かもしれませんけど……。えっと……。
 ど、どうかお願いします!僕をエヴァンジェリンさんの弟子にしてください!」
「なっ、あー、むー……。」

 そこへカリスが口を挟む。

『それにだ。エヴァンジェリン、お前にも特典があるぞ。授業料として毎回支障が無い程度に少しずつ血をもらえば、呪いを解くのに必要な量が集まるかもしれんぞ。』
「く……。わかったよ。今度の土曜日、もう一度ここへ来い。弟子に取るかどうかテストしてやる。それでいいだろ?」

 エヴァンジェリンはぶっきらぼうに言い放つ。だが、その頬は紅く染まっていた。ネギは笑顔になって礼を言う。

「あ、ありがとうございます!」

 その様子を見届けると、カリスは立ち上がった。茶々丸が尋ねる。

「お帰りですか?」
『ああ。用事は済んだしな。またな、茶々丸。』

 そう言いつつ、カリスは茶々丸の頭を撫でた。そしてエヴァンジェリンとネギ達に向かい、言葉を発する。

『ネギ、明日菜、カモ。先に失礼する。またな、エヴァンジェリン』
「二度と来るなっ!」
「カリスさん、今日はありがとうございました」

 カリスは玄関のドアを開けて外へ出ると、停めてあったシャドーチェイサーに跨り、走り出した。ネギ達はそれを見送る。明日菜は呟いた。

「カリスさんって、何処の誰なんだろ」
「色々お世話になってるのに、何のお礼もできてないですからね。」
「フン、礼がしたいのはコッチも同じだ。もっとも別の意味だがな!」
「仮面ライダーだもんなぁ、あのダンナ。ひょっとしたら、近場にいる誰かなのかもしんねーぜ。」
「……。」

 周囲が騒ぐ中、茶々丸は、ただ黙って立っていた。だがしばらく経ってから、そっとドアを閉めると、お茶の後片付けをしに台所へ歩いていった。


あとがき

 今回はネギのエヴァへの弟子入り経緯です。色々と検討してみたのですが、やはりネギの師匠足りえる(魔法使い的な意味で)のはエヴァンジェリンしかいないんじゃないかなあ、と。あとは学園長ぐらいでしょうが、学園長を師匠にするには無茶がありますからね。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


トップページへ