「第15話 中編」


 楓は小太郎の腕を極め、彼を尻の下に敷いた形で動きを封じていた。彼女が何故小太郎と戦っていたのかと言うと、ネギの代わりである。
 小太郎はここ、ネギが目的としていた湖の手前の森で、ネギを待ち伏せしていたのである。彼の目的は、彼を一度負かした相手であるネギとの再戦だった。だがネギは1分1秒でも早く、木乃香を救いに行かねばならない身である。
 そのタイミングで、夕映からの連絡でネギ達を助けに来た楓がネギと合流した。楓は小太郎の相手を引き受け、ネギを湖へと行かせたのである。そして楓は小太郎を見事に負かした、と言うわけだ。
 楓は小太郎に向かって言った。

「ふむ。……結局、本気を出さなかったなコタローとやら。勝った気がせぬでござる。」
「いや……。言い訳はせん、負けは負けや。……強いな姉ちゃん。」
「か……。勝ったのですか……?」

 木陰から戦いの様子を見守っていた夕映が楓に問いかけた。だが答えが返る前に、再び夕映が叫んだ。

「!?か、楓さんアレを!!」
「む。」
「あだだ。」

 腕を極めたまま振り向いたため、小太郎が苦痛に呻く。だが楓も夕映もそれに構っている余裕は無かった。ネギが向かった湖から立ち上っている光の柱の中に、何やら巨大な影が浮かび上がっていたのである。





 ネギは湖上の祭壇に蹲っていた。目の前には木乃香を連れて宙に浮かび、嘲笑う千草がおり、その背後にはビル程もある巨躯の大鬼が、下半身をそれまで封印されていた大岩に沈めた形で立っている。千草が誇らしげに、嘲笑うように解説した。

「二面四手の巨躯の大鬼『リョウメンスクナノカミ』。千六百年前に討ち倒された、飛騨の大鬼神や。
 フフフ、喚び出しは成功やな。伝承では身の丈一八丈もあったというけど……。こいつはそれ以上ありそうやな。てゆーかデカくてびびったわ。」

 そう、ネギは間に合わなかったのである。小太郎のリベンジ強要を長瀬楓の助けで切り抜け、フェイトをペテンにかけて一時的に『戒めの風矢』で動きを拘束したまではよかったが、そこで時間切れ、タイムオーバーであった。彼らが時間を稼いで居る間に、千草は木乃香を使った召喚の儀式を終えてしまったのである。
 ネギは唇を噛み締めて、考え込んだ。

「ここ、こんなの相手にどうしろっつんだよ。……兄貴!?」
「……あのデカ物は相手にしない。正直僕の手に余る。」

 ネギは杖を構えて、小声で続けた。

《このかさんを失えば、あのおサルのお姉さんだけじゃ、きっとアレを制御できないか、少なくとも全力は使えなくなる筈。だって、呼び出すのだけにこのかさんを必要なら、後生大事に連れて行く必要は無い筈だもの。だから、このかさんを取り戻せれば……。そうすれば、今の僕じゃだめでも、子供の僕じゃだめでも、きっと誰かアレを倒せる人がいるはずだ。
 僕はこのかさんを取り戻す事に全部賭ける。》
「兄貴っ!?」

 ネギは杖に跨ると、大鬼神の肩口の所に居る木乃香と千草目掛けて飛び出した。だが実質上それは大鬼神リョウメンスクナノカミへと向かっていっているのに等しい。カモは肝が冷えた。
 千草は当初、ネギが闇雲にリュメンスクナノカミに向かって来ているものと思った。それ故特に何も対処はしなかった。スクナの絶対的な防護の力の前に、多少の魔法など何の意味も持たないと思っていたからである。
 だが、ネギの目標が自分達である事を悟ると、流石に焦りを覚えた。既にネギはかなり千草達の傍まで来ており、スクナの力は大雑把すぎて使えなかった。彼女は慌てて猿鬼と熊鬼を召喚する。

「契約執行3秒間!ネギ・スプリングフィールド!!」

 ネギは自分に対する魔力供給を行い、自分の身体能力を強化した。そして召喚されたばかりで体勢が整っていない猿鬼をまず一撃で粉砕した。そして千草の方へ回り込む様子を見せて熊鬼を牽制し、すかさず殴りつけて連打を見舞う。熊鬼もたまらず破壊された。
 だがネギが使っている、自分への契約執行による魔力供給は、強引で不完全な術式である。魔力の消耗が異常に早く身体への負担が大きいと言う欠点、否、欠陥があった。これまでの戦いに使った魔力に加え、限界ぎりぎりの今この状態でこの術を使う事は、飛ぶ為の魔力すら残らない危険があった。

(チャンスは1度だけだ。失敗はできな……。!?)

 ネギは悪寒に襲われ、身を翻す。虚空に爆発の様に煙が――石化の毒煙が広がった。毒煙がネギをかすめる。彼はバランスを崩し、湖上の祭壇の上へ落下した。

「く……風よ!」

 ネギはなけなしの魔力を振り絞って、祭壇へ軟着陸した。しかしそれは、軟着陸とはかろうじて言えるかどうかの、不時着と言ってもいい着地の仕方だった。ネギはゴロゴロと転がり、あやうく祭壇の端で、湖に落ちることだけは避けた。ついでにカモも。
 彼はふらつく頭を振り、よろよろと立ち上がる。そして顔を上げたそこに居たのは、やはりフェイトだった。『戒めの風矢』の持続時間は、わずか数十秒。術の持続時間が切れて、解放されたフェイトがネギの行動を妨害したのである。上の方で千草が叫んだ。

「コラー!新入りっ!ウチまで巻き込まれそうになったやないの!」

 フェイトはそれには応えず、ネギに向かい言葉を発した。

「善戦だったけれど……。残念だったねネギ君……。」

 フェイトは1歩1歩近付いてきた。ネギにはもう魔力も体力も殆ど残っていない。更に、彼の右手は先程毒煙がかすめた肘の所から石化が始まっている。カモは焦った。

(マズイマズイマズイマズイマズイマズイこれはマズイ、何か打つ手は、何かーーー。だああああ。
 そ、そうか!!パクティオーカードのまだ使っていない機能――。)

 カモは小声でネギに話し掛けた。

《兄貴、ここは味方を呼ぼう。》
《ど、どうやって?》
《前に説明しただろ、パクティオーカードの機能の事!あれで仮契約した相手を召喚すんだよ。》

 カモはオコジョ魔法を使って、念話で明日菜と刹那に話しかけた。





 明日菜と刹那は、夜の山道を光の柱が見える湖へと向かい、急いでいた。光の柱の中に、巨大な二面四手の鬼の影が見えたため、何かあったと感づいた2人は、鬼達の相手を真名と古菲に任せてネギを救うために駆けつけている途中だったのだ。

『姐さん!!刹那の姉さん!!そっちは大丈夫か?』
「カモ!?」
「カモさん!?」

 カモの声がいきなり脳裏に響いた。2人は驚くが、一応刹那は魔法関係者であり、明日菜もまたパクティオーカードでの念話経験があったため、然程混乱せずに済んだ。カモの声は続けた。

『力を貸してくれ。こっちは今、大ピンチだ。』
「今そっちへ向かってるわよ!あとカリスさんが先にそっちに行ったはずなんだけど、まだ着かないの!?」
『カリスの旦那!?来てるのか!?けど、間に合いそうもねぇな!!2人をカードの力で喚ばせてもらうぜ!!』
「よぶ!?」



 フェイトはボロボロのネギに向かい、呟くように言った。

「殺しはしない。……けれど、自ら向かってきたということは、相応の傷を負う覚悟はあるということだよね。
 ……体力も魔力も限界だね。よくがんばったよ、ネギ君。」

 フェイトは言葉を切ると、右手をス……と上げた。何かしらの魔法を使うつもりだろう。と、その時ネギが動いた。懐に、まだ動く左手を突っ込んで、仮契約の証、パクティオーカードを引っ張り出して宙に投げ上げる。

《やれ兄貴!》
「……くっ!召喚!!!ネギの従者、神楽坂明日菜!!桜咲刹那!!」

 カードが光り輝き、ネギの眼前に、2つの光の魔方陣が描かれる。そしてそこから明日菜と刹那の姿が現れた。ネギは2人に向かい、謝罪の言葉をかけた。

「アスナさん、刹那さん、僕……すいません。このかさんを……」
「わかってるネギ!!……ってぎゃああ〜!?何よあれ〜〜〜!?」
「落ちつけ姐さん!」

 明日菜は二面四手の巨躯の鬼神を見て、軽くパニックに陥る。そんな様子を見て、フェイトは冷たく言い放つ。

「……それでどうするの?ヴィシュ・タル、リ・シュタル、ヴァンゲイト。小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。」

 フェイトは呪文の詠唱を始めた。呪文の冒頭の文言からして、相手を石化させる魔法である事は間違いなさそうだ。

「な!呪文始動キー!?姐さん、奴の詠唱を止め――。」
「ダメです、間に合わない!」
「時を奪う毒の吐息を。石の息吹!!」
「「「「え?」」」」

 フェイトの呪文が完成した。だがフェイトはネギ達ではなく、明後日の方向へ向けて魔法を発動させた。爆発的な毒煙が虚空を汚す。3人と1匹はあっけに取られた。
 電子音声が響く。

『フロート』『ドリル』『トルネード』
『スピニングダンス』

 石化の毒煙を突っ切って、黒い影が宙を舞って現れた。黒い影は竜巻をその身に纏い、高速回転している。毒煙はその竜巻に阻まれて、黒い影本体に当たる事は無かった。黒い影はそのままフェイトの周囲をぐるぐると幻惑するように浮遊すると、突然その死角から回転キックを放って来る。
 フェイトは以前、これと同じ技を見た事があった。その時は空間の狭い路地裏であったため、技の主は浮遊の動きを制限され、キックの軌道を読む事ができた。しかしここは開けた場所である。技を放った者は、変幻自在に浮遊してフェイトの目を晦ました。フェイトは避けられずに、回転キックの直撃をくらった。

 バリン。

 魔法障壁が音高く砕けた。フェイトの強固な魔法障壁も、この必殺技の直撃には耐えられなかったのだ。直撃を喰らったフェイトは、大きく吹き飛ばされて湖に落ちる。黒い影は蹴りを当てた後、くるりと空中で回転して祭壇の床上へ、蹲るような姿勢で降着する。黒い影は呟くように言った。

『なるほど、毒煙であれば反射される事も無いと踏んだか。俺単体を攻撃するものではなく、狙った範囲を毒煙で満たす、と言う術のようだからな。
 しかし……奴め。障壁を貫かれたのに、純粋な体術でキックの威力を殺したようだ。致命傷は与えられなかったか……。』

 黒い影はゆっくりと立ち上がると、ネギ達の方を向いて言葉を発する。

『……無事か?』
「あ……か、カリスさん!」

 黒い影――黒を基調とした身体に銀のプロテクター、そして顔面には紅い複眼……仮面ライダーカリスの姿がそこにあった。


あとがき

 今回は中編です。ネギ達が必死に戦って、それでも太刀打ちできない所へ颯爽と現れるカリス、と言う感じを目指して書いて見たんですが、う〜ん、こんなモノかなあ……?もうちょっとネギ達を頑張らせた方が良かったですかね?
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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