「第15話 前編」


 夜も更けてきた。始は野営の準備を済ませている。ホテルのフロントには、事情により帰るのが遅くなると携帯電話で連絡を入れた。彼は時折望遠レンズを装着したカメラを望遠鏡代わりに本山の様子を伺うが、特に変わった様子は無かった。
 始は、こう言う張り込みは苦にならない。動物写真家としてのキャリアが物を言っている。彼は来るかもわからないシャッターチャンスが来るまで、藪の中で何時間でも粘る事もある。これも、それと同じだ。彼は起こるかどうかもわからない緊急事態に備えて、じっと待ち続けた。
 だが不安要素もある。それは関西呪術協会の本山周囲に張り巡らされている守護結界の事だ。それは害意有る者を防ぐ他、他者の侵入を感知するなど、余程の事が無い限り頼りになる代物である。だが始にとっては、本山の中の様子を気配で探り難くなる厄介な代物でもあった。外部からの魔法的探知――魔法による覗きやスパイ行為を防ぐための機能の副産物として、気配などによる探知も妨害されるのである。厳密には、アンデッドとしての超感覚は気配の探知とは異なるのだが、それでも幾許かなりの影響を受けていた。
 ふと彼は妙な事に気付く。本山の様子が静か過ぎるのだ。もう完全に寝入っている頃合だとは思えない。彼は下唇を噛んだ。

(……やられたかもしれん。)

 彼は一瞬で決断を下すとバイクに跨り、ハートのA、『チェンジ・マンティス』のカードを取り出した。そして躊躇無く、出現させたベルトのバックルにラウズする。電子音声が響いた。

『チェンジ』

 始の姿は、一瞬にしてカリスへと変身していた。乗っていたバイクも、シャドーチェイサーに変形している。彼は即座にシャドーチェイサーを発進させた。目的地は関西呪術協会の本山、その中枢である。





 カリスが本山の建物に到着した時、そこは相変わらず静寂に包まれていた。カリスが結界を破った、と言うのにである。ここが健全な状態であれば、カリスが結界を突破して侵入して来た事は既に知られているはずだ。だが誰一人として対処しようともしない。

(やはりやられたか……。)

 カリスは建物の中に土足で入り込む。するといきなり1体の石像が、廊下のど真ん中に突っ立っていた。――石化した人間である。カリスはその人間と面識は無かったが、顔は写真で知っていた。

(……西の長、近衛詠春。こいつまでこの様と言う事は……。石化と言うことは、やはりフェイトだろうか。奴の気配は妙に『薄い』からな。本山の結界の影響も鑑みれば、気付けなかったのは止むを得ない仕儀とも言えるが……。やはり失態だったな……。
 奴を叩いておいた方が良かったか?……無理だな。転移術を使った、奴の逃げ足には追いつけん。それより、ここがこの様と言う事は……もはや奴はここには居ない?)

 彼は「カリス」としての感覚を全開にして、周囲を探った。「相川始」ではなく「カリス」の超感覚をもってすれば、本山の守護結界による探知障害も問題ないとまでは言わないが、ある程度減免できる。と、彼の感覚に馴染みのある気配が引っ掛かった。ネギ達である。正確には、ネギと明日菜、それに刹那だ。それとカモ。彼等は全速力で、何処かへ移動しつつある。カリスは停めておいたシャドーチェイサーまで戻ると、ネギ達を追うために急発進させた。



 明日菜と刹那は、攫われた木乃香を助けるためにネギとカモだけを先に行かせ、2人だけで千草が召喚した150体程の鬼達と渡り合っていた。千草は自分達が逃走するための足止めとして、木乃香の魔力を使って、手当たり次第に鬼を召喚していったのである。
 2人とも、鬼達の攻撃をよくしのいでいる。既に150体のうち半数は倒して返すことに成功していた。だが鬼達の中にも腕の立つ者がいる。それ等が前面に出てきて、彼女らは徐々に押され始めた。

「大丈夫ですか、明日菜さん……。」
「はぁ、はぁ、大丈夫。……でも、この人(?)強い……。」
『平安の昔と違って、「気」やら「魔力」を操れるようになった人間はしぶといな。しかし、いつまで持つか……。』

 明日菜に対峙している鬼の1体がそう呟く。烏族と呼ばれる、鬼の中でもエリート階級だ。見た目はカラス人間で、剣技に優れる。刹那がサポートに入ろうとするが、別の鬼達がそれを許さない。刹那は心の中で呟く。

(こいつらも別格か……。)

 明日菜はよくやってはいるが、所詮は素人だ。本物の達人級の相手に対しては、分が悪い。明日菜が武器として使っているハリセンは、ネギとの仮契約の証として授与されたアイテムであり、触れた魔力を破壊、消失させる力を持つ。敵が召喚された魔物や式神等であれば、一撃で「返す」事が可能である。その名も『ハマノツルギ』。しかしいくら強力な武器であっても、いくらこの相手の鬼達に対し相性の良い武器であっても、相手に当たらなければどうしようも無いのである。
 刹那は自分の相手達をまず片付けてしまおうとするが、相手は達人級だ。下手をすると、自分が倒されてしまいかねない危さが有る。うかつには動けない。明日菜がなんとか持ち堪えてくれる事を祈るしか無かった。
 と、その時である。バイクのエンジン音が聞こえた。烏族も、他の鬼達もそちらに気を取られる。もっともそこは達人レベルだけあって、明日菜や刹那に隙は見せない。明日菜や刹那は、どこかでその独特のエンジン音に聞き覚えがあるような気がした。そんな気がしたのも道理、それはカリスのシャドーチェイサーであった。
 シャドーチェイサーは、戦場になっている川を見下ろす崖の上から跳躍した。そして1体の鬼をクッションにして着地する。潰された鬼は、あえなく「返され」た。そしてそのままシャドーチェイサーはカリスの車体捌きに従い、戦場である川の中を縦横に走り回る。更に、当たるを幸い鬼達を轢き潰し、跳ね飛ばしていく。数体居る親玉級の大鬼の内1体が、その前に立ちはだかる。その大鬼は巨大な棍棒を振り上げて、マシンの上にいるカリスを叩き潰そうとした。

『女子供は殺さん様に言われとるが、手前は別やな。本気でやらせてもらうでぇ!』
『……。』

 カリスはマシンをスピンさせると、自分の片足を軸にその後輪を浮かせ、棍棒ごと目の前の大鬼目掛けて叩き付けた。棍棒がへし折れ、マシンの後輪の直撃をくらった大鬼の頭部が消し飛ぶ。頭を失った大鬼の身体は水飛沫を上げて川の中に倒れこみ、消滅していく。
 カリスは戦場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回すと、水飛沫を上げながら明日菜と刹那の所へマシンを走らせた。彼女らと相対していた烏族やその他の達人級鬼達は、ひとまずカリスとの対峙を避けて、後退する。カリスは少女達に話し掛けた。

『すまん、遅れた。……無事か?』
「あ、はい。」
「ええ……。」

 突然の救援に、2人の少女は驚きを隠せない。そんな彼女らに、カリスは問い掛ける。

『ネギはどうした。あの子供先生は。』
「!そ、そうでした!私達の事はいいですから、ネギ先生を助けに行ってください!向うの湖の方です!」
「私達がここで鬼達の相手をしている間に、戦闘を避けて、攫われたこのかを助け出す作戦なのよ!あっちには、このかを攫ったあの白い髪の少年がいて、うまくそいつをやり過ごさないといけないんだけど……。」
『……無茶な作戦だな。あの白髪の少年、フェイトはそんなに甘い相手ではないぞ。』

 カリスは内心焦る。千草達に木乃香を奪われてしまった事もそうだが、ネギが1人でフェイトに相対していると言うことは、あまりに力量の差が有りすぎて無茶もいい所である。
 カリスが茶々丸から頼まれた第1の目的は、ネギを護る事である。そのネギが1人で敵陣に乗り込んでいる。放ってはおけなかった。それに彼女達を見守っている存在が居ることに、カリスは気付いている。彼女達のことは、その者達に任せておいても大丈夫だろう。
 明日菜が叫ぶように言う。

「甘い相手じゃないから、助けに行ってって言ってるでしょ!真正面からやりあったら、あいつにはあたしらじゃまともには勝てないのは分かりきってるのよ!」
『分かった。先に行かせてもらう。だが、お前等も追いついて来い。必ず、だ。』
「わかったわ!」
「あ、はい!」
『ではまたな。』

 カリスはそう言うと、シャドーチェイサーを急発進させた。その進路の先は、もっとも鬼達の密度が濃い場所だ。彼は1枚のカード――ハートの6を取り出すと、シャドーチェイサーに搭載されているモビルラウザーにラウズした。電子音声が響く。

『トルネード』

 水煙が巻き上がった。シャドーチェイサーのマシン技、『トルネードチェイサー』が発動する。マシンの周囲を竜巻の障壁が取り巻いた。カリスのマシンが行く所、多くの鬼達を巻き込んで千切り飛ばす。カリスの乗ったシャドーチェイサーはそのまま、ネギが向かった湖の方向へ走り去った。

『オヤビン!あいつ行ってもうたっ!』
『やれやれ、さっきも思うたけど西洋魔術には侘び寂びってもんが無くて困るわ。』
『ありゃ魔法やないで……たぶん。』
『そやったら何やねん。』
『俺にわかるかい。』

 鬼達は口々に軽口を言いつつも、決して隙を見せない。だが明日菜と刹那の側も、仕切り直しができた事で余裕が出来た。彼女らは2人で背中合わせになり、敵の動きを待ち受ける。
 その時、ネギとカリスが向かった方角に、光の柱が天に向かって聳え立った。刹那は叫ぶ。

「あ、あの光の柱は!?」
『ほっほ〜〜〜、こいつは見物やなあ。』
「どうやら雇い主の千草はんの計画が上手くいってるみたいですなー。あの可愛い魔法使い君は間に合わへんかったんやろかー……」

 少女の声が割り込んでくる。刹那はその声に聞き覚えがあった。昼間にシネマ村で木乃香と刹那を襲撃した、天ヶ崎千草に雇われた神鳴流剣士――月詠だ。月詠は続ける。

「まあウチには関係ありまへんけどなー。刹那センパイ(はぁと)。
 あのカリスはん言うお人も強かったけど、ウチにはどうも合わしまへんのんや。やっぱりウチは刹那センパイの方が……♪」
「くっ……。」

 刹那は悪寒に身を震わせる。彼女は思わず歯を食いしばった。その時、明日菜が叫ぶ。

「刹那さん、気にしちゃダメ!今、あのカリスさんもネギを助けに行ってくれてるんだから!
 それにあの人、追いついて来いって言ってたでしょ。さっさとこいつら片付けて、追っかけるわよ。」
「……そうですね。さっさとこいつらを倒して、後を追いましょう。」

 刹那は気を取り直した。と、そこに更に頼もしい声がかかる。彼女達の居る場所から、少し離れた岩場の上に、2人の少女の影があった。

「助っ人はいらないかい?仕事料はツケにしてあげるよ刹那。」
「うひゃー♪あのデカいの本物アルかー?強そアルねー(はぁと)。」
「あ……。」
「ええっ!?えええ〜〜〜っ!?」

 そこに居たのは龍宮神社の一人娘である龍宮真名と、バカイエローこと古菲であった。明日菜は何故彼女らがここに居るのかが分からず混乱する。刹那が代わりに彼女らに問う。

「龍宮、助っ人はありがたいが、何故ここに?」
「何、楓が夕映から救援の電話を受けたとき、偶然そこに居てね。」
「リーダーがピンチアルからには、助けねば仲間とは言えないアルね。」

 真名は薄く笑うと、銃を構えつつ言う。

「ところで、さっきのが例の『仮面ライダー』かい?刹那。」
「え、ええ。そうです。」
「何故京都に来ているのかは知らんが、凄い奴だな。いや戦闘能力の話じゃない。私達が居ることに気付いていたみたいだったからさ。」
「だから、さっさと行ったアルね。」

 刹那も明日菜も驚きを顔に浮かべる。自分達は真名と古菲の気配に、まるで気付けなかったからだ。だが刹那も真名を驚かせるネタを1つは持っていた。彼女はそれを披露する。

「何故『ライダー』が京都に来ているのか、と言うことですが……。龍宮、『ライダー』本人の言う所によれば、「観光」だそうです。」
「は?観光?」

 真名は流石に意表を突かれたらしく、呆れ顔になる。だが次の瞬間、真面目な顔――「仕事」の時の顔になると、こっそり襲い掛かろうとしていた鬼の額を撃ち抜いた。それを合図に、乱戦が再開された。だが助っ人の参入により意気軒昂たる少女達は、それまでの押され気味な様子を感じさせなかった。


あとがき

 さて今回は前編です。ちょっとばかりバイクアクションに力を入れてみました。やはりライダーと言うからには、バイクアクションが無いと嘘ですよね。
 今回始はすっかりフェイトに出し抜かれています。どんなに強い戦闘力を持ってはいても、1人では限界があると言うことですね。フェイトの方も、隠密裏に事を運ぶには適した技能や技量を持ってますし。原作本編でも、誰1人として手遅れになるまで気付けませんでしたしね。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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