「第14話」


 始は望遠レンズを装着したカメラを望遠鏡代わりに使って、ネギ達の様子を見ていた。彼がネギ達を発見した際、ネギ達は清流の中にある大岩の上で、3人で一休みしている所だった。その3人とは、1人はネギ当人、1人は明日菜、そしてもう1人は何故か宮崎のどかだった。彼女は昨日、ネギに告白した女生徒である。ああ、そう言えば3人だけじゃなく、カモも居た。
 どうやらのどかにも、ネギの魔法はバレてしまったらしい。始は、こんな調子でどんどん魔法がバレていったら大丈夫なのか、ネギの事が心配になった。彼はネギがいくら天才少年だからと言って、子供に大人と同じオコジョ化の刑罰を課す事には反対である。だが厳然たる事実として、彼がいくら反対の気持ちを持っていようと、魔法使い達の社会に於いては、それは制度として成り立っているのである。はっきり言って、もしそうなったときには、ネギを連れて逃げるぐらいの行動しか取り様が無い。その場合、ネギの魔法使いとしての未来を閉ざす事にもなるだろう。もしオコジョ化の期間がさほど長く無いなら、素直にオコジョになるのも現実的な妥協点の一つではあるかもしれない。
 始はそんな事をつらつらと考えながら、彼らの様子を伺っていた。彼の見るところ、ネギは若干負傷しているようである。だが致命的な事にはなっていない所を見ると、なんとか切り抜けることはできたようだ。フェイトを足止めしていた事が、良い方向に働いたのならば良いが、と始は思った。その時、女の子の声が響く。

「おーい、アスナー。」
「このか!?来たの!?」

 その声は、近衛木乃香の物であった。だが、その周囲には桜咲刹那だけかと思いきや、3人程余計な人物が付いてきていた。朝倉和美、早乙女ハルナ、綾瀬夕映の3名である。どうやら、木乃香を連れてネギ達と合流するために逃げようとした刹那を、なんらかの方法で附けて来た様だ。彼らに捕まってしまった当の刹那は、呆然としているのが始にも見て取れた。
 ネギ達はやがて関西呪術協会本山の入り口の方向へ歩き出した。途中、明日菜が和美と刹那、特に和美に食って掛かっている。危険を理解せず、刹那に無理矢理付いてきた事に腹を立てているようだ。刹那は捕まってしまった事に対し、恐縮している模様である。だが和美の側は暖簾に腕押し、豆腐にかすがい、糠に釘。彼女には気にした様子はさっぱり無かった。
 始はふと何かの気配に気付く。彼はカメラをカメラバッグにしまった。そして一枚のカードを取り出す。そのカードはハートのA、『チェンジ・マンティス』のカードである。いつの間にか、始の腰周りにはごついベルトが出現していた。彼は呟くように言う。

「変身。」

『チェンジ』

 始がカードをベルトのバックル部分、カリスラウザーにラウズすると電子音声が響き、彼は一瞬にしてカリスへとその姿を変えていた。カリスは森の中へその身を踊らせた。





 天ヶ崎千草は苛立っていた。彼女の目的の為に、木乃香をその手に収めねばならないと言うのに、木乃香を含むネギ一党は関西呪術協会本山へと向かっているのだ。もし本山へ入られてしまえば、本山を包む結界により、木乃香に手を出すことは困難、否、至難となる。更に言えば、木乃香の父親である近衛詠春は関西呪術協会の長にして親関東派筆頭だ。木乃香の事だけでなく、彼にネギが携える東からの親書が渡ってしまえば、政治的にまずい。東と西、両協会の手打ちの形式が整ってしまうのも、千草の目的からすれば腹立たしい事である。
 そんな大変な時だと言うのに、小太郎とフェイトが一時的とは言え、戦闘不能であるのだ。決定的に手駒が足りなかった。2人とも、そう時を置かず復帰できるが、頭数が必要なのは今この時だった。

「……そやけど、親書よりもまずはお嬢様やわ。本山の結界に入る前に、なんとしても手に入れんとあきまへん。月詠はん、戦力は足りんかもやけど強襲をかけるえ。」
「小太郎はんもボロボロにされてしもて、あの新入りのフェイトはんも自分の術、跳ね返されて、身体半分石にされてしもて……。フェイトはんが召喚したこの鬼はん数に入れても、確かに戦力は足りまへんなあ。そやけど、それも一興。刹那センパイは任せてくれはって結構どすえ。」
「後はウチの式神でなんとかするえ。猿鬼と熊鬼ほどではなくとも、数を揃えて攪乱しますえ。その間に隙を付いて、お嬢様を手に入れますのんや。」
『なるほど。それしかあるまいな。だが無理がある。成功の見込みは殆ど無いぞ。』

 男の声に、千草と月詠は仰天し、そちらを向く。そこには黒い影が立っていた。漆黒の身体に銀のプロテクター、真紅の複眼。言わずと知れたカリスである。月詠はすかさず身構える。千草はフェイトの召喚した鬼――と言うより悪魔――ルビカンテに命じ、自分の前に立たせ、呪符を取り出した。
 カリスはその様子を見て、言った。

『やめておけ。』
「何を……ッ!」
「女の子やないのんが一寸残念なんやけど……。強い相手と戦りあうんは望む所ですえ〜。」
『フゥ……。』

 カリスは溜息をつき、肩を竦めた。と、彼はいきなりカリスアロー片手にルビカンテに斬りかかる。ルビカンテは鉈の様な剣で受けようとした。だがその一撃は重く、受けたその剣ごと一撃の元に切り裂かれる。ルビカンテはあっと言う間に消滅――返されてしまった。
 ルビカンテが返されたその一瞬、それを隙と見て、月詠が双刀で斬りかかった。だがしかし、カリスは余裕で受けた。月詠は流石に己の武器を破壊される事は無かったが、受けられた衝撃で体勢を崩す。月詠は一度体勢を整えようと、必死で飛び退る。
 カリスは追い討ちを掛けようとしなかった。千草が呪符を発動させて火炎弾を連射したのを見て取っていたからだ。だがその火炎弾をもカリスは余裕で躱すか、あるいはカリスアローで斬り落す。続けて型紙を取り出して式神を召喚しようとする千草だったが、カリスはその取り出した型紙を光の矢で狙い打ちし、焼き尽くす。
 月詠は再び体勢を立て直して、襲い掛かって来た。カリスは立ち位置をコントロールして、自分と千草の間に月詠が入るようにしてみせる。これで千草は下手な術は放てない。更にカリスは、千草が式神の型紙を取り出そうとする度に、月詠との白兵戦を続けながら光の矢で射て牽制してみせると言う離れ業までやってみせた。
 はっきり言って、レベルが違い過ぎた。千草達は、遊ばれている、と感じたかもしれない。だがそれは間違いである。カリスは遊んでなどいない。カリスには相手を弄ぶ趣味など無い。しばらく戦ってから、カリスは言葉を発した。

『……さて。もういいだろう。そろそろネギ達は本山へ入った頃合だ。』
「「!!」」
『どうする。まだ続けるか?』

 カリスの目的は、単に時間稼ぎであった。もっとも、相手をできるだけ無傷で捕らえようと言う欲目も無いでは無かったが。千草達を殺さずに捕らえ、関西呪術協会への裏切り者として本山へ引き渡せば、関西の協会への足掛りが出来る。そこから例のモノリスを関西呪術協会が隠し持っていないか確認する腹積もりが、無かったとは言えない。だが、あくまで目的の第1は、ネギ達が本山へ入るまでの時間稼ぎであった。
 カリスの言葉に、千草は動揺を見せる。それとは反対に、動揺を見せないのが月詠だ。これは月詠の目的が強敵――できれば女の子――と戦う事であって、千草は単なる雇い主に過ぎないためである。当然彼女にとっては千草の目的それ自体はどうでも良い事であるのだ。
 カリスは続けて言う。

『……まだ続けるならば、相応の覚悟をしろ。』
「「!!」」

 カリスの雰囲気が変わった。先程までは普通の雰囲気――それでもある程度の闘気は放っていたが――だったが、今はまさに殺気と言える物をその身に纏っていた。場数をこなしている剣士である月詠はびくりと一瞬身を震わせただけで済んだが、千草の方はそうは行かなかった。千草の膝は笑い、まともに立っていられるのが不思議なぐらいだ。だがそれでも、千草は必死の気迫で、座り込んでしまいそうな己の身体に叱咤し、その場に立ち続けた。
 彼女は言った。

「仕方ありまへんなあ。ここは一時、退かせてもらう事にしますえ。月詠はん!」
「はあ。うちはもう少し戦ってもええんやけど……。わかりましたえ〜。」

 千草達はその身を翻すと、逃走した。カリスはそれを追わなかった。やがて彼は振り返ると、藪の中に向かい、呟くように言う。

『さて、第3ラウンドと行くか?』

 その手は、カードホルダーへと伸びている。千草達との一戦では、使おうともしなかったカードを使う気だ。そんなカリスに、平板な感情を感じさせない声が届く。

「いや、ここは雇い主たちを逃がせた事だけで満足しておくよ。」
『そうか。』

 声と共に、藪の陰から出てきたのはフェイトであった。カリスが千草達を見逃したのは、フェイトの気配――人間とは思えない異質なソレ――を感じ取っていたからだ。もはやフェイトの身体には、石化の跡も無い。もっともこれはカリスとて予想はしていた事だ。若干ながら予想より早かったと言えば言えるが。
 フェイトは続ける。

「君と戦り合っては、正直勝てるかどうか怪しいからね。こんな瑣末な仕事で、万が一倒されてしまうわけにも行かない。」
『そうか。俺もお前と戦うのは面倒だ。致命打を与えたと思っても、転移術で逃げられてしまうからな。
 それにお前との戦いでは、互いの手の内、手札を1枚ずつ曝しあっているような物だ。今度は俺の技に、何か対策を立てて来たんだろう。』

 フェイトはそれには答えず、踵を返す。彼は立ち去った――転移魔法を使わずに、歩いてだ。無論、いつでも転移魔法を使う準備はできている。カリスが襲い掛かって来た時にはすかさず転移魔法で逃げるつもりだ。カリスもその事は理解している。本来であれば、カリスはこの場でフェイトは倒してしまいたかったのであるが、単純な戦闘能力であればともかく、逃げ足に関してはフェイトに及ばない。ここで無理に戦っても、いざとなれば又フェイトは逃げてしまうだけだろう。だからこの場は後を追わなかったのである。
 次にフェイトと戦うとなれば、どうしても戦いが避けられない状況下においてだろう。たとえば木乃香が攫われるなり、圧倒的戦力が相手に付くなりの状況においてである。それまではおそらく、カリスの側はともかくフェイト側はカリスとの戦いは避けるだろう。
 周囲に他人の気配が無くなったのを確認して、カリスはハートの2のカードを取り出してラウズした。電子音声が響く。

『スピリット』

 ドア程度の大きさの光の壁が、カリスの傍らに現れる。カリスがそれを潜り抜けると、その姿は一瞬にして相川始の物に変身した。始は心の中だけで思う。

(……本当なら、今の内に倒して置きたかったが、な。奴は危険だ。いつもいつも俺がネギ少年達の傍にいられるわけではない。本山の中ならば、まず安全だと思いはするが……。俺では流石に本山の中まで付いていけるわけでは無いからな。)

 始は自分の荷物とバイクを置いてある方へ歩いていった。これから彼は、呪術協会本山の結界の外で、ひたすら待ちの姿勢である。うっかり彼自身が結界に侵入してしまうわけにもいかないのだ。


あとがき

 さて今回、フェイトあっさり復活です。今回、フェイトが一時的とは言え、戦線離脱していたため、千草達を「手出しする必要は無い」と諌める人物がいなかったので、千草達はネギ達が本山に入る前に強襲をかけようとしていました。そこをカリスに止められると言う流れです。ですがカリスも、フェイトの復活により、千草達を叩き伏せるには至りませんでした。フェイトの側からすれば、カリスに対する勝利は難しく、カリスの側からすれば、何かあればフェイトは転移で逃げてしまうため、勝てはするものの遣りづらい相手と言う感じですね。……フェイトがはぐれメタルに思えてきました(笑)。
 強さ評価の話ですけれど、単純な戦闘能力で、フェイトがイージス艦2隻分とすればノーマルのカリスは……そうですね、イージス艦3隻ぐらいのつもりで書いてますね。もっともネギま!本編中でも言われている通り、相性や戦術その他が色々と関わって来ますので、やっぱりあまり意味は無いかも知れません。
 ところで今回、ばっさり切った与太話の部分があります。こんな↓感じのジョークを入れようかと思っていたのですが、やっぱりあっさり切ってしまいました。一寸惜しいかな、と思ったので、ここで(笑)。



 小太郎はネギの前に立ちはだかり、嘯くように言い放つ。周囲にちり紙が舞った。

「オレの強さにお前が泣いた。涙はこれで拭いとき!」(注・作品世界は2003年度です。「電王」は放映されてません。)

 カチン!

 ネギはなんとなくむかついたので、言い返す。

「君……。倒すけど、いいよね?答えは聞いてないッ!!」(注・だから作品世界は2003年度です。「電王」は放映されてません。)

 ムカッ!

 小太郎とネギは向かい合い、笑いあう。

「「ふ、ふふふふふふふふ……。ふはははははははは……。」」
「あ、兄貴ぃ(汗)」
「ね、ネギってば。そっちのアンタも何やってんのよ(汗)」



 いや、一寸した冗談の部分だったんで、入れない方がよかったかと思いましたけどね、流石に(笑)。
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