「第12話 後編」


 3−Aの面々は、学園広域生活指導員の新田先生に怒られていた。既に就寝予定時間も過ぎたと言うのに、大声できゃいきゃい騒いで周囲の迷惑になっていたからである。どんな風に騒いでいたかと言うと、修学旅行のお約束である枕投げに始まり、怪談を聞いて「ギャアアアァァァッ!!」と大声を出したり、宮崎のどかがネギ先生に告白したと言うことを聞いた5班の面々が祝杯をあげたり、これもまた修学旅行のお約束のHな話で盛り上がったり……。ぶっちゃけ一般客にはいい迷惑であったりしたりする。そのため、新田先生がブチ切れたのだ。彼は3−Aの面々に捌きを申し渡した。

「まったくお前らは……。昨日は珍しく静かだと思ってれば……。いくら担任のネギ先生がやさしいからと言って、学園広域生活指導員のワシがいる限り、好き勝手はさせんぞ!
 これより朝まで自分の班部屋からの退出禁止!!見つけたらロビーで正座だ、わかったな!」
「え〜〜〜っ!?」
「ロビーで正座ぁーーー!?」

 繰り返し言うが、このホテルには一般客も数は少ないが泊まっている。ロビーなんかで正座してたら、いい晒し者である。
 ちなみにその一般客の一人である始は、と言うと――。

(今の所は何事も無い様だな。だが気を抜くつもりは無い。来るなら来て見ろ。)

 ――ホテルの中で待機していた。彼の場合、予防的行動よりもいざ事が起きた時に急いで駆けつけた方が効率が良い。と言うか、彼の場合個人で動いており、味方といえるネギ達とも連携が取れないから、仕方が無いと言える。彼は気を張って、周囲で何か事件が起こった気配が無いかどうか、感覚を研ぎ澄ませていた。
 しかし湯上りの形で浴衣姿では、かっこつけてもあまり様になっていなかった。





 ホテルの廊下を、3−Aの少女達が2人1組で歩いていた。彼女らは、朝倉和美が提案した「ゲーム」に乗ったのである。そのゲームとは、各班2名ずつの代表者を出し、部屋で寝ているはずのネギとのキスを奪い合う、と言う物だったりした。誰が1番にネギ先生の唇を奪うか、でトトカルチョも行われている。なお互いの力づくの妨害――武器は枕に限られる――もO.K.であり、更には途中で新田先生に捕縛された場合は、そのまま朝までロビーで正座すると言う、参加者にはキビシいゲームだ。しかし参加者達は何か必要以上に熱中していた。ネギは実の所、かなりの人気者なのである。さらに和美は上位入賞者には豪華商品も用意していると約束した。それ故に、参加者達は異様なまでに燃えているのである。ちなみに昼間ネギに告白した5班宮崎のどかも、親友の綾瀬夕映にそそのかされてゲームに参加していたりする。
 実はこのゲーム、和美とカモとの『悪巧み』であった。ホテルの周囲には仮契約用の魔方陣が、カモによって描かれている。これで、このホテル内でネギと口付けを交わした者は、ネギの「魔法使いの従者」に――本人の意思とは関わり無く――なってしまうのである。カモの狙いは、仮契約の時に出現する「仮契約カード」の大量入手であった。実は仮契約を1回仲介すると、ちゃんとした仮契約カード1枚に付き、その仲介したオコジョ妖精にはオコジョ協会より5万オコジョ$が支払われるのである。ちなみに仮契約のキスは、ちゃんと唇同士でしないとならない。そうでなかった場合――たとえば頬っぺたなど――は、スカカードと呼ばれる出来損ないのカードが出てくる事になる。それはさておき、和美とカモの狙いは、ネギと3−A生徒達の大量仮契約による大量のオコジョ$のゲットであった。更に和美の場合はトトカルチョの元締めもやって、更なる儲けを狙っている。
 だが、カモ達の狙いは思わぬ所から崩れる事になる。和美は旅館内各所に仕掛けたカメラからの映像を各班部屋に流しながら、解説者兼トトカルチョの元締めとしてゲームの情報を3−Aの面々に伝えていた。

「え、えーーーと5班宮崎のどかが果敢にもネギ部屋に突入しましたが、どうやらキスは失敗した模様!ネギ先生は逃走しました!各オッズは変わらず……。」
「ね……姉さん。朝倉の姉さん!」
「何よ。」
「何か……。俺っちの目の錯覚かなあ……。ネギの兄貴が5人いるように見えるんだけど。」
「な……!?」

 ゲームのターゲットであるネギが、5人に増えていたのである。これは和美達が意図して企画した物では全く無かった。





 始はホテル内全体を覆う、異様な気配に気が付いた。悪意は感じないので今はまだ危険な物ではなさそうだが、何が起こるかわからない。とりあえず彼はホテル内を見回る事にした。と、そこにネギが現れる。始はそちらに向き直った。

「ああ、相川さん。」
「ネギ少年か。いったいどうした。もう寝ているはずの時間だろう。」
「あの……。お願いがあるんですが。」
「何だ?」

 始は短く訊く。ネギも単刀直入に答えた。

「あの……。キスしてもいいですか?相川さん」
「断る。」

 次の瞬間、ネギは吹き飛んでいた。始の壮絶なまでのローリング・ソバットを側頭部に受けたのだ。ちなみにローリング・ソバットは飛び技だと思っている人が多いが、実は軸足を地面に着けて立ち技として、飛ばずに蹴った方が威力が遥かに高いのである。無論始の蹴りも、威力重視だ。蹴り飛ばされた「ネギ」は言った。

「任務失敗……。ホギ・ヌプリングフィールドでした。」

 ぼむーーーん。

 壮絶に間抜けな音と共に、偽ネギは爆発した。始は嫌な予感がしていたので、手近な調度の影に隠れてその爆発をやり過ごす。彼は呟いた。

「やはり偽者……。やはり人間ではなかったか。最初からおかしな感覚は感じてはいたんだが……。しかしいきなりキスを迫ってくるとは。一体どう言うつもりなんだ?何かのいやがらせか?
 む?これは……。」

 始は爆発跡に落ちていた紙片を拾い上げる。それは人型に切った和紙で、表面には『ホギ・ヌプリングフィールド』と書いてある。始は、ドラマ等の中で陰陽術師がこう言う紙片を使って式神を作り出していたのを思い出す。

(……もしかしたら、昨夜の奴らの嫌がらせではないだろうな。関東系の西洋魔術師達は、このような物は使わないらしいから、少なくとも関西系の術者の手による物だろう。だが何故こんな事を?もしやネギの偽者を使って混乱を誘い、近衛を再び狙うつもりではないだろうか?
 いや、待て。まだ決め付けるのは早い。もしそうだったとしても、落ち着いて対応せねば。だが…この『ホギ・ヌプリングフィールド』とは一体何の事だ?いくらなんでも、お粗末過ぎる。)

 その時彼は今の偽者と同じ気配を複数感じた。

「……まさか。」

 彼は急いでそちらに向かう。すると枕を持った女子生徒に取り囲まれている3人のネギ?が居た。女子生徒達の中に楓の姿を見つけた始は、彼女に問いかける。

「おい長瀬。これは一体何の騒ぎだ。」
《おや始殿。しーーーっ、声が大きいでござるよ。新田先生に見つかってしまったら、ゲームオーバーでござる。
 ……京都に来ていたでござるか?》
「ああ、撮影旅行でな。」
《だから声が大きいと。》

 楓は微かに聞こえる程度の小声で話す。始も囁き返した。

《……お前の事だ。アレが3人全部偽者だってのは分かってるんじゃないのか?》
《まあ、そうでござろうな。気配が微妙に違うでござるし、ネギ坊主がこんな悪ふざけをするとは思えないでござる。でも、コレは遊びでござるからな。だったら遊びに乗るのも、また一興、でござるよ。にんにん。》
《……確かに敵意は感じないが。だが本当に大丈夫か?妙な事件が連発してるそうじゃないか。それと根っこは同じじゃないと、どうして言える。》
《ナニをボソボソ言ってるアルか?とにかくどれでもいーからチューするアル♪》

 割り込んできたのは、中国人留学生古菲である。楓はふっと息を付き、始に向かって肩を竦めて見せる。始は話が見えない。まさか少女達がネギの唇を賭けて争奪戦をしている等とは気づけと言う方が無茶だろう。古菲は楓に向かって言う。

《かえでつかまえるアルー♪》
《あいあい》

 楓は手近な一人のネギ?を捕まえる。古菲は目を瞑り、その頬にキスをした。そしてネギ?は呟いた。

「えーと……。では任務完了ということで……。ミギでした♪」

 ぼうんっ!

「長瀬。そいつら爆発するぞ。気をつけた方がいい。」
「遅いでござるよ……。ケホッ……。」
「きゅう……。」

 爆発の直撃を受けた楓と古菲は伸びてしまう。宙をひらひらと紙型が舞った。
 そこに騒ぎを聞きつけた新田先生が現れる。

「あっ!コラ、何だこの煙はっ!?ごほごほ……。」
「「チューーー♪」」
「ぬげほっ!?」

 残る2人のネギ?は一人が顔面に飛び膝蹴り、一人が腹に頭突きと言う見事な連携で、一撃で新田先生を倒してしまう。新田先生は床に倒れ伏した。のどかと夕映が慌てて持っていた枕に寝かせる。

「あわあわわ、に、新田先生がー……。」
「こうなっては、もはや後戻りできませんね。」
「ネギ君逃げたよーーーっ。ニセモノにキスすると、爆発するのー!?」
「ええいっ、ヤケですわ!追いますわよっ!」

 始は付いていけなくなってきた。なんとなく『若い者には付いていけんわい』とでも言いたげな雰囲気である。始はとりあえずロビーの片隅のソファに楓と古菲を寝かせると、自分も別のソファに座った。彼はゆっくりと大きな溜息を吐く。この騒ぎが何らかの陽動である可能性も消えたわけでは無い。だったら騒ぎその物は静観して、何かが起こった場合に備えた方が良い、と思ったわけだ。
 だが運命は彼を見逃してはくれなかった。ネギ?達の後を追って、女生徒達が走り去った後、その当のネギ?がひょこっとロビーに顔を出したのだ。ネギ?は気絶している楓にキスしようとする。始はその後頭部をどついた。

「いたいですね。」
「気絶して無抵抗の相手にキスしようとする奴には当然だ。……受け答えするだけの知能はあるのか。」
「はあ。なら相川さん、キスさせてください。」
「断る。何故、俺だ。」

 新田先生に捕まって、一足先に正座させられていた2人の女生徒達――長谷川千雨と明石裕奈はそれを聞き、頬を紅く染める。始は頭をかかえた。
 それを隙と見たか、ネギ?は飛びついて来る。だがそこは、人間の姿でもヒューマン・アンデッドの力を持つ男だ。並の人間どころか世界レベルの武術家ですら、このままの姿でも歯が立たない程の力を持っている。増してや中身は最強アンデッド、JOKERだ。いかにネギ?の運動能力が高くとも、どうにかなる物ではない。
 始は音も無くソファから立ち上がると、すっと体を躱す。ネギ?は顔からソファの背もたれに突っ込んでしまう。そこを背中から捕まえて、裏投げで落す――受身が取れないような投げ方で。正座していた千雨と裕奈は、うわちゃー、と言う顔で見ていた。
 ごすっと後頭部から落されたネギ?は呟くように言った。

「……ヌギでした。ではこれにて。」

 ぼむんっ!

「みぎゃっ!」
「ぬうっ!?」

 始はソファの陰に隠れて爆風をやり過ごした。やり過ごしてから、爆発圏内に楓と古菲を寝かせていたような気が、ひしひしとして来たが、気にしないことにする。どうせ爆発にさほど威力は無く、命には全く別状は無い。
 そこへもう一人のネギ?が顔を出した。実は最後のネギ?であるのだが、誰もそんな事は知らない。ネギ?は正座している千雨の所へ行って言葉を発する。

「長谷川さん、キス……。」
「いい加減にしろ、偽者。」

 必殺の右一本拳が、ネギ?の顔面の真ん中、鼻の下――所謂『人中』――に見事なまでに決まる。なお一本拳とは、拳のうち、人差し指の第二間接を突き出した形であり、狭い急所狙いに使われる。崩れ落ちるネギ?を始は引っ掴んで遠くへ投げ飛ばした。ネギ?の声がドップラー効果を伴って響く。

「ヤギでしたあああぁぁぁーーー。」

 ばふーーーん!

 今度は被害者は居なかった。だが始の背中は何か煤けていた。ちなみに助けられた形になった千雨は少し頬を染めている。始は眉をしかめた。

「……ふう。巻き込まれてしまった以上、最後まで行くしかない、と言うわけか。いいだろう、あといくつ居るかは知らないが、全部駆除させてもらおう。」

 始はそう言い放つと、他のネギ?を探して歩き出した。いるかどうかも分からない物を。と言うか、実はもう他にはいないのであるが。





 始はホテルの中を一回りして、ロビーに戻ってきた。そこへ本物のネギが戻ってくる。

「ただいまー。あれ……?何か騒がしいような……。」
「そこに居たか……。……と、本物か。危ない所だった。」
「あれ?相川さん、どうしたんですか?」

 始はあぶなく本物を攻撃する所だった事実を、はるか明後日の方向に振り捨てて、何が起こったかを彼の視点で説明する。

「何かお前のクラスの面々が騒いでいたんだが、な。ゲームだとかなんだとか言っていたな。所が、そこにお前の偽者が多数現れたんだ。で、騒ぎが拡大した。俺はそれに巻き込まれたと言う所だ。
 ところでお前の偽者を倒したんだが、そうしたら爆発して、その後こんな紙型になってしまった。何か思い当たる事は無いか?」

 始は爆発した身代わり達の紙型を、全て回収していた。それをネギに見せる。彼の意図としては、この紙型を見てネギが昨日の襲撃者に思い至ってくれれば、という期待を持っていた。襲撃者とやりあったのは『カリス』であって『始』ではない。だから『始』は千草達襲撃者の事に付いては知らないはずなのである。よって、始は関西呪術協会系の敵対者についての推測を口に出すわけにはいかないのである。
 果たして、ネギの顔色は変わった。だがそれは始の思う様に行ったためではない。ネギは口を開く。

「す、すいません!それ作ったの、僕なんです!」
「は?」
「夜遅く周囲の見回りに出て行くのに――あ、一寸魔法関係の事情があって、ホテルの周りを警戒しないといけないんです――その時に、部屋に僕の姿が無いと色々と他の先生とかが騒ぐかと思って……。
 それで刹……いえ、他の魔法関係者の方から身代わりの紙型をお借りして……。でも書き損じたのはゴミ箱に捨てたはずなのに。どうしてそれが動き出しちゃったんだろう。」

 始は溜息をつく。彼はネギの目の前にしゃがんで視線を合わせると、右手の裏拳でネギの額を軽く、本当に軽く小突いた。彼はネギに注意する。

「ネギ、魔法の道具ってのは、そんなに簡単に捨てたりしても大丈夫なのか?科学の製品でも、捨てるときは必ず決まりを守って捨てないと、環境汚染とかの問題になるぞ。」
「え、あ、で、でも紙だし……。あ。そ、そっか!紙でも魔法の道具なんですよね!?あ、あわわ……大変な事しちゃった。」

 始は苦笑する。彼はネギを小突いた右手を開くと、ネギの頭にぽんと乗せた。

「大失敗だったな。だが、致命的な失敗じゃなかっただけ、まだ良い。取り返しのつかない失敗なんかじゃ無いからな。
 今度の事を教訓にして、同じ失敗はしないようにしろ。同じ失敗したら、今度は本当にゴツンと行くぞ。」
「あ……。」

 そして始は、立ち上がるとネギを自分の後の方へ押しやる。そこには、のどかと夕映が小走りでやって来ていた。始はその事に、気付いていたのだ。
 ネギはのどかに告白の返事を伝えなければならないと言う大仕事が残っている。始は彼らの邪魔をしないように、その場を立ち去った。自室に帰る途中、和美とカモを引き摺った新田先生とすれ違ったが、互いに会釈をして通り過ぎた。
 その後、ネギとのどかが夕映のちょっかいにより事故でキスしてしまったり、3−Aのゲーム参加者、企画者+カモネギの面々が、新田先生により朝まで正座させられたりしたが、そこまでは始の知った事ではなかった。


あとがき

 さて後編です。今回はラブラブキッス大作戦のお話でした。ネギま!本編を、それほど大きくは逸脱しない展開でしたが、一寸ばかりネギに対して注意させてもらいました。そりゃ魔法の道具をそうぽいぽい捨ててたら、大変ですよね。
 ところでもしも感想を書いていただけるのでしたら、掲示板へよろしくお願いします。


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